アムロはしばし、呆けた。
セイラの言っていることの意味が、分からない。
セイラはシャリア・ブルと再び顔を見合わせ、言葉を続ける。
「アムロ、過去に戻った貴方が本来の歴史ではしなかった行動を取ったら、歴史はどうなると思って?」
「それまでの歴史から分岐したパラレルワールドができる。先刻そう言ったな」
「ええ、そのとおりよ。貴方はこれまでのタイムリープでかなりたくさんの新しい歴史…世界を創った。でも、歴史の改変で作られる小さな新しい世界とは別に、もともと存在する大きな世界がいくつかあるの」
「…具体的には、どういうことなんだ…?」
「そうね…」
セイラは少し考えこんだ。
「貴方や私がもともと軍人だった世界。覚えているわよね? ホラ、私と貴方が…しちゃった世界」
一夜の思い出にまた頬を赤らめるセイラをしり目に、ああ…とアムロは呟いた。
あの世界では何故かアムロはもともと軍人で、ララァと半ば相打ちとなりガンダムを失った。宇宙の漂流から救助され、辿り着いたサイド6から連邦軍に戻り、グレーに染められたガンダムに乗り換えて再びジオン公国と戦った。そして共闘を訴えるシャアと共鳴し…その直後、撃墜されて死んだ世界だ。
「他にも、兄さんが遊園地に攻めてくる世界とか、木星で血まみれの巨神と戦った世界とか…いくつか思い当たる世界があるわね、アムロ」
アムロは黙って頷いた。あれらの世界は自分の行動が創った世界ではなく、もともとあった…と考える方がしっくりくる、明らかに異質な世界だ。
「アムロがもともと生きていた世界もその一つ。基本の世界から分岐してできた世界の一つなの」
「分岐してできた世界…? 俺が最初に生きていた世界は…オリジナルじゃない、のか…?」
「ええ。大きいのは確かなのだけど、基本の世界ではないわ。でも、もしかしたら基本の世界よりも丈夫で…発展した世界なのかもしれないわね。ちなみにこちらのシャリア・ブル大尉は、おおもとの…基本の世界のご出身よ」
話を振られたシャリア・ブルは、はっはっはと笑って見せた。何処か、無理矢理陽気に振舞おうとしているように見える笑い方だ。
「ええと…シャリア・ブルは、俺が生きてきた世界には存在してなかった。だから俺は彼を知らなかった…ということでいいのか?」
「さすが最初にして最強のニュータイプ。察しがよいですな」
「55億の魂の方たちが貴方を送り返すことができるのは、貴方が初めてガンダムで戦った時が限界なのだそうよ。そして、そのあたりのタイミングというのが…ちょうどアムロの生きてきた世界が基本の世界から枝分かれするタイミングのようなの。いい、アムロ。貴方は貴方の行動によって、基本の世界で生きるか、貴方が生きてきた世界の方で生きるのかが決まるのよ」
「なんだかわかりづらいな…」
アムロの呟きに、セイラはまた少し考えこんだ。
「そうね…オリジナルの世界ではないけれどアムロが本来生きてきた世界…アムロにとっては正しい歴史の世界と言うことだから、さしずめ『正史』と言うところかしら。基本の世界の方は…『正史』で生きてきた貴方が、何かの拍子で一時的に訪れるだけの世界。基本の世界の方からしたら、貴方は仮初めに訪れた旅の途中の来訪者…『Travel Visitor』。基本の世界は、略して『TV版』の世界とでもいうところかしらね」
「『TV版』の世界!」
何がツボに嵌ったのか、シャリア・ブルは大爆笑を始めた。アムロもセイラのセンスにツッコミを入れたかったのだが、ナイスミドルが全裸で股間を揺らしながら大笑している様は二人を本気でドン引かせ、それどころではなくなった。
笑い続けるシャリア・ブルを前に、アムロは咳払いして気を取り直す。
「ちょっと待ってくれ…まず、此処までの話と先刻言っていた…その、”『TV版』の世界はあの瞬間で終わっている”というのはどう繋がってくるんだ?」
セイラはこの不思議な空間で出会って初めて見せる難しい顔で言葉を紡いだ。
「ア・バオア・クーで強制的に過去に戻らされてしまう『TV版』の世界には、そこから先の時間がないのよ」
「時間が…ない?」
「ええ。『正史』の世界は兄さんがアクシズを落とそうとしたり、もう少し小柄なガンダムが出てきて戦争をしたり、その後もいろいろなことが起きてずっと続いていく。でも、『TV版』の世界では…貴方や私…ホワイトベースのみんながア・バオア・クーから脱出した後の時間が存在しないの。其処で切り落とされたかのように…ぷっつりと終わっているのよ」
「それは…どういうことなんだ?」
「わからないわ。私に言えるのは『世界はそのようにできている』ということだけよ。でも…考えようによっては幸せなことかもしれないわ。アムロと再会できたあの瞬間で世界が終わっているなら、兄さんがあんな馬鹿な事をすることはないのだもの…」
セイラは身体を震わせ、堪えきれずに俯いた。
「それは違いますよ、アルテイシア様」
セイラの肩に、シャリア・ブルはそっと手を置いた。大爆笑から一転して実直な面持ちで語り掛けるシャリア・ブルは、実に切り替えが早い。
「キャスバル様のことを思っての貴方のお気持ちはわかりますが…今に満足して未来のない世界を望むなどやはり間違っていると私は思います。悲惨な未来が来るとわかっていても…それを乗り越えるために与えられたのが私たちのニュータイプの能力なのではないですか? いえ、ニュータイプでなかったとしても、持っている力で明日を創ろうと努力していくのが人間なのだと私は思います。現にアムロ君はそのために頑張っているのではないですか。貴方だって、そんなアムロ君を助けるためにこうして世界の理を解き明しそれを伝えようとなさっているのでしょう? …なによりアルテイシア様。私からしたら、未来がある世界に存在していた貴方たちは…それだけで羨ましい限りですよ」
最後の言葉で、アムロはシャリア・ブルの境遇と心情を理解した。
『正史』の世界には存在しないシャリア・ブルには、仮にアムロに討たれることがなくても未来が存在しないのだ。アムロがシャアにニュータイプの時代の礎を築かせることができたとしても、その世界にこの男はいない。
セイラもシャリア・ブルを慮ったのだろう。涙を拭い、顔を上げた。セイラの立ち直りを見て、アムロは話を再開させる。
「…もし仮に、次に俺がタイムリープした過去が『TV版』の世界になったとしたら、俺が歴史を改変して、死んでしまう筈のみんなを助けたりシャアとわかりあえたりしても、無駄になってしまうということか…」
「そういうことになるのかしら。貴方が『正史』に繋がる行動を取れば、アムロは未来のある時の流れに進むことができる…間違えたら、またア・バオア・クーで強引に巻き戻される世界を生きることになる…」
「まさしく、アムロ君が何をしたら『正史』の世界に進めるのか、が問題でありますな」
シャリア・ブルが口髭を撫でながら深刻な面持ちで呟いた。
「…ああ。だが、どうしたらいいんだ?」
アムロは険しい顔で考え込む。
「…なぁんて、大丈夫ですよ、アムロ君」
突然、シャリア・ブルがにかりと笑いながら自信満々に言った。
「私とアルテイシア様にぬかりはありません。私たちはちゃんと、貴方が『正史』の世界に進むための方法を見つけてあります」
「なんだって?」
セイラとシャリア・ブルは顔を見合わせ、にんまりと笑みを交わした。シャリア・ブルはわざとらしく咳払いなぞをする。
「答えはですな、アムロ君。…貴方がガンダムで」
”そこまでです、シャリア・ブル”
圧倒的な力を感じさせる声が響いた。
セイラとシャリア・ブルが、時を止められたかのように固まってしまう。アムロ自身も身体を動かすことができなくなった。
”シャリア・ブル、それにアルテイシア様。貴方たちがこの世界の仕組みをこそこそと調べていることは気がついていました。アムロがあまりに手間取っているから少しだけヒントを与えることを許しましたが、これ以上は認めません。さあ、元の姿にお戻りなさい”
声の言葉とともに、セイラとシャリア・ブルは無数の光の粒となって四散した。
“誰だお前は…何者なんだ!”
”アムロ、貴方ももう行くのです。早くこのゲームをクリアなさい。刻は無限にあるけれど、これ以上無駄に世界を創っても仕方なくてよ”
声の主は何処か辛そうに…哀しそうにそう言った。
“…君は…もしかして、ラ”
”お行きなさい、アムロ!”
アムロは、落ちるよりも早くサイド7へと飛んだ。