アムロ大尉、ガンダムに乗る。   作:しんしー

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第26話 来訪のハサウェイ

 

 宇宙世紀0100。

 宇宙は沸き立っていた。

 浮足立っていたと言っていい。

 だが、それはやむを得ぬことと言えるだろう。

 長い圧政と大きな戦乱。

 混迷、あるいは混乱の時が流れ、その果てに、ついにスペースノイドがその悲願を勝ち取る日が訪れたのだ。はしゃぐなという方が無理というものである。

 しかし、その立役者たる男は、スペースノイドの興奮を理解しつつも、彼らの勝利で終わることを良しとはしないだろう。

 今日という日はスペースノイドの勝利の日ではない。

 人類が革新するための真の第一歩を歩みだす日なのだ。

 昨日までの価値観が逆転しただけ世界…スペースノイドがアースノイドを蔑視、あるいは虐げることを良しとする時代の到来であってはならない。彼はそのことを十分に理解している。今日と言う日は、全ての人類が宇宙に上がり手を携えて新たな時代を築いていく、その礎となる日でなくてはならないのである。

 

 サイド1空域に浮かぶコロニー、スウィート・ウォーター。

 地球連邦が難民対策で急造したこのコロニーは、無茶な設計が影響して自転速度すら一定ではないなどと囁かれている。かつて貧困と無秩序と暴力が跋扈していたこのコロニーは、その男が自らの政治活動の拠点としたことにより、清貧の地となった。

 彼の説く、ともすれば絵空事の理想論は、その男の静かな、けれど熱い想いにより着実に宇宙に広まっていった。そしてついには、地球に生きる人々の共感すら得ることとなった。

 無論、いまだ敵は多い。

 戦いはまだ続くだろう。だが、今日という日が歴史の大きな転換点となることを、アムロ・レイは確信している。

 

 雑多な工業区画の、どこにでもある小さなデブリ回収会社の整備工場。

 その地下…すなわちコロニーの外殻に最も近い区画にある秘密のMSドックで、背中に大きく“ブルー・ジャイアントスター”のロゴがついた作業用ジャンパーを着たアムロは、一人ガンダムの整備を続けていた。若々しくはあるが、全体的に少しに肉がつき…中年と言えないこともない年恰好である。赤毛のくせ毛に、白髪を見つけることもあるようになった。

 一応つけっぱなしにしているテレビには、地球連邦大統領選の開票を待つとある陣営の様子が映し出されている。集まった支持者…報道するテレビクルーすら興奮し浮足立っている中、シャア・アズナブルはわずかな笑みを静かに浮かべて質素なソファに腰掛けていた。

 傍らに、ララァ・アズナブル夫人が幼子を膝に乗せて寄り添っている。幼子の齢は3歳くらいだろうか。大人たちの興奮にあてられることもなくきょとんとしている様が愛らしい。大人たちの熱狂は何なのか尋ねるように父を見た息子の頭を、シャアは優しく撫でた。アムロは物色していたガンダムのプラグの交換部品に見切りをつけて、別のパーツに手を伸ばす。

 

「アムロ」

 

 呼び掛けられたアムロが顔を上げて振り返った先には、二人の青年が立っていた。

 一人はきかん気の強そうな面影を残し、アムロと同じジャンパーを着たカツ・コバヤシ。もう一人は植物監察官を目指して大学で学ぶ、ハサウェイ・ノア。アムロの旧知の若者たちである。

 

「カツ、仕事は大丈夫なのか?」

「今日のこの日に仕事なんかしてられないよ。宇宙世紀の歴史が動くって一日なんだぜ、アムロ」

 

 アムロは手元の部品箱に視線を戻した。

 

「大人はどんな時でも、自分がやるべきことをやるもんだ」

「アムロさんこそ、仕事している場合なんですか? ラルさんもシャリアさんも、上のパーティ会場でアムロさんのこと待ってますよ」

 

 ハサウェイが生真面目な口調でアムロに呼びかけた。

 

「俺はいいよ」

 

 そっけないアムロにハサウェイは小さく肩をすくめながら、持参したワインのボトルとつまみの品々を傍らの作業テーブルに静かに置いた。

 

「ラルさんなんか酔っぱらって、感極まって泣き出してるよ。キャスバル様がついに大統領になられる日が来るとは…ってさ。なぁ、ハサウェイ」

「クラウレさんも呆れ返ってましたよ。…見ておく価値があると思うな、僕は」

 

 その様を思い浮かべてわずかに口元を緩めながら、アムロはどうにか納得のいく交換部品を見つけることができた。使えそうな同じジャンクパーツを、あと七つは見つけなくてはならない。カツは三人の傍らにそびえ立つ白いモビルスーツを見上げて言った。

 

「アムロはホントにガンダムが好きだな…もう大昔のポンコツじゃないか」

「ちょっと、ポンコツはないでしょ、カツ」

 

 ハサウェイが慌ててカツをたしなめる。

 

「年代物は確かだが、こいつだってまだまだやれるさ」

 

 アムロの静かな言葉にカツは、へぇ…と反応した。

 

「…アムロ、これでよかったのかい?」

「何がだ?」

「シャアがテレビの中でこんなにもてはやされてるのにさ、アムロはこんなところでガンダムいじって…世間的にはテロリストだぜ?」

 

 テロリスト、という過激な言葉にハサウェイはさらに慌てる。

 

「人にはその人なりにやるべきことってのがある。カツだってもうわかってるだろ。それを間違えちゃ駄目だぜ。なぁ、ハサウェイ」

 

 突然自分に話を振られたハサウェイは、はぁ…と曖昧な返事を返した。カツはガンダムを見上げたまま言葉を続ける。

 

「まあね…おれもエゥーゴに入って戦いたいって思ってた時があって…父さん母さんに反対されて随分喧嘩もしたけど、今となってはそれで正解だったかなと思ってるさ。おれ程度の腕じゃ戦死するのが関の山だったろうしさ」

 

 アムロがこの世界でカツと出会ったのは、最初の人生で言う『ネオ・ジオン戦争』が終わってからである。

 カツが『正史』で戦死する運命を辿ったのは、自分と再会したせいだとアムロは思っていた。

 だからアムロは、ア・バオア・クーの先の時間へ行くことができた時には、カツと会うことを極力避けてきた。今の人生でカツに出会ったのは宇宙世紀0090を過ぎてから…スペースノイド解放武装過激派組織「ロンド・ベル」のMS隊隊長を務めるようになってからだ。

 カツのことをハヤトに頼まれた時は、相当に悩んだものである。

 だが、二十歳を過ぎて再会したカツは、もう大人になっていた。

 衝動に任せての志願でないことがわかり、アムロは彼を受け入れた。ただし、カツのパイロットとしての技量はアムロの眼鏡に叶うことはなかったので、後方支援的な仕事に従事させている。公社の下請けでコロニー外壁保全を手掛ける小さな会社のプチモビ部隊主任が、カツの表の顔だ。ちなみにこの会社、社長はランバ・ラル、実務の取り仕切りはシャリア・ブルが務めている。シャリアについては彼が『正史』にも存在していたことに、アムロは感慨深くもあったりしたものだ。

 

「…父さんと母さんを泣かせない親孝行がカツのするべきことさ」

 

 アムロは変わらず、部品箱から目を離さずにカツに言った.

 

「まぁ…そうだよな。おれとレツとキッカのこと、一生懸命育てててくれた父さんと母さんを泣かせることはしたくないからな。…おい、お前もだぜ、ハサ。ブライトさんとミライさん、困らせるようなことするんじゃないぞ」

「僕はそんなことしないよ」

「どうだかな。ハサは何処か俺の若い頃と似てるからな」

 

 にやにやとそんなことを口にするカツに、ハサウェイは少し真顔で唇を尖らせる。キャラが被ると昔から言われ続けているため、このネタは彼には禁句なのだ。

 

「アムロさん、真面目な話、上に上がりましょう。シャアが大統領になってくれれば僕たちロンド・ベルの役目も一段落じゃないですか。そりゃあ表社会でシャアと一緒に喜ぶわけにはいかないですけど、せめてみんなで…」

「いいよ、ハサ。無理強いはするなって」

 

 今度はカツが、齢若い弟分をたしなめた。

 

「こんなタイミングで何かを仕掛けてくる奴らがいないとも限らないだろ。こう見えてこのガンダム、いつでも発進できるようにスタンバってあるんだぜ」

 

 え、とハサウェイは静かに佇むガンダムを見上げる。

 

「ラル社長だってアレは酔ったふりだよ。みんな、万が一に備えてこうして集まってんだ」

 

 アムロは手を止め、初めてカツと目を合わせて笑みを返した。

 

「もう少ししたら上がる。ラルやみんなにはそう伝えておいてくれ」

「わかったよ。行くぜ、ハサ」

「ちょっと、待ってくださいよ、カツ」

 

 さっさとエレベーターに向かうカツを追って、しかしハサウェイは一瞬立ち止まってぺこりとアムロに頭を下げた。やっぱり育ちがいいなと感心しながら、アムロは二人を見送った。

 なんとなく、アムロはハサウェイの運命も変えているような思いに捉われた。

 

 

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