「アムロ、よくやったな。さすが、私の造ったガンダムだ。赤い彗星何するものぞ、だ」
「父さんのおかげだよ。ガンダムじゃなかったら僕は撃ち墜とされてた」
「何を言う、アムロ。お前の操縦もなかなかのものだったぞ。ガンダムの性能をあそこまで引き出せるとは、さすが私の息子だ。私は嬉しいぞ、アムロ」
直に再会した父の言葉に、アムロは抱擁したくなるほどに愛おしさを覚えた。
* * *
サイド7を出港後、アムロは目が回るほどに忙しい時間を過ごしていた。
主な原因は父、テム・レイである。
ガンダムについて最も詳しい開発者なのは確かなのだが、テムはあくまで技術者であり、整備そのものの作業や補給備品の管理などの実務的な能力は皆無…いない方がましなほどだったのである。ド素人の少年たちを怒鳴りつけ、無茶ぶりをしては激昂する父に、少年たちが苛立ちと不満を募らせていく。アムロはそんな彼らをなだめて回りながら、父を諫めつつ自らガンダムの整備に精を出した。
一方でアムロは、避難民たちの世話を担当するフラウ・ボゥを手伝って幼子の母親や老人たちを励まして歩いた。その足でブリッジに顔を出し、戦況やクルーの様子を窺う。そしてブライトに見つかり何をやっているか!と怒鳴られる。シャアへの補給艦を叩きに出撃したり、ようやくルナツーに寄港できたらできたでブライト他数名と軍事機密の無断使用で軟禁されたりと、サイド7を出てからこっち、とにかくまぁ怒涛のような2日間だったのである。
ホワイトベースの大気圏突入を前に、ガンダムのコクピットで待機するアムロは迷っていた。
シャアがこのタイミングでホワイトベースに攻撃を仕掛けてくることを、アムロは覚えている。ホワイトベースとガンダムを撃破することができればよし。仮に失敗しても、ホワイトベースの大気圏突入のタイミングを遅らせることで、ジオンの勢力下である北米大陸に降下させようという二段構えの作戦である。アムロはシャアの作戦に乗って史実どおりに北米大陸に降下するか、あるいは先手を打って出撃し当初の計画どおり南米ジャブローに降下できるよう尽力するか、答を選びあぐねていた。
ホワイトベースの乗員たちの命を守るためならば、ジャブローへ直行できるよう先手を打って出撃し、現在の航路を守るべきである。しかし…この選択は、アムロの知る一年戦争の経緯を大きく変えてしまう可能性があった。
北米大陸に降りたホワイトベースはこの後、ザビ家の末弟ガルマ・ザビと戦い、これを討ち取ることになる。アムロの読んだ戦後の記録では、このことがもともと一枚岩とは言い難かったザビ家の不和を表面化させ、ザビ家は自壊していくとあった。
また、ランバ・ラルや黒い三連星といったジオンのエースパイロットたちと交戦し、これも撃破していくことになる。
地上での覇権を賭けたオデッサの戦いでは、後方かく乱というレビル将軍が意図していた戦果も十分に挙げていたといっていいだろう。
さらに言えば、この後アムロが繰り広げる戦いをガンダムの教育型コンピューターが学習し、そのデータが連邦軍の量産型モビルスーツ・ジムに搭載され、連邦軍は戦いを優勢に進めることができたとも言う。
かつてアムロは、ジャブローの技術士官に「たかが一機のモビルスーツが戦いの趨勢を決めることはない」と言われたことがある。
グリプス戦争などの小規模の戦いならともかく、人類最大の物量戦・総力戦では自分やホワイトベースの戦果など微々たるものだろうとアムロも思う。
だが、これから先のホワイトベースの行動が一年戦争に少なからぬ影響を与える事もまた確かだ、とアムロは考えていた。
ホワイトベースがこのままジャブローに直行し史実どおりの行動を取らなかったとしても、地球連邦軍の勝利という一年戦争の結末はおそらく変わらないだろう。
だが、戦いが長引き、史実では死なずに済んだ大勢の人間が命を落とすことになるのかもしれない。言わば、ホワイトベースの仲間たちを救うことでより多くの命を失わせることになる選択かもしれないのだ。
”…いや、それは俺の思い上がりだ。ニュータイプだって神様じゃない。すべての人間を救おうなんて、傲慢という意味ではシャアと同じじゃないか。俺は確実に人の命を助けられるように努力するだけだ”
アムロは覚悟を決めた。
今、此処で、今度こそシャアを討ち奴との因縁に決着をつける。
アムロは過去の自分自身に戻ってからのシャアとの戦闘を振り返ってみた。
2度目の宇宙世紀0079で、シャアとは都合3回戦っている。初戦、補給艦急襲作戦、ルナツーでの防戦。結果はすべて引き分けだ。ブライトたちからすればそれでもすごい戦果なのであろうが、アムロとしてはこれほど不甲斐ない戦績もない。
性能的にガンダムにはるかに劣るザクで挑んでくるシャアは、まだニュータイプとして覚醒していない。無自覚のレベルでニュータイプの能力を使っているとは思われるが、『赤い彗星』の二つ名はシャアが自らの技量のみで得たとアムロは考えている。シャア・アズナブルというパイロットはそれほどの男なのだ。
対して、今の自分はどうか? アムロの動きについてこられないとは言え、ガンダムの性能はザクに比べて圧倒的だ。にもかかわらず、アムロは赤い彗星を撃墜できない。それは、自分自身に問題があるということだ。
”何故、俺はシャアを倒せない? あの男は急ぎすぎる。地球を駄目にしなくたって、人間はまだ進化することができる筈なんだ。人をすべてスペースノイドにするには時間がかかるんだよ。どうしてそれがわからないんだ。お前にしかできないことはもっと他にあるだろう…”
アムロには、シャアが急ぎすぎる理由がどうしてもわからない。
そして、もうひとつわからないことがある。
シャアを討とうとしたときの…金縛りのような不可解な硬直だ。
肉体的な硬直というよりは、トリガーを引こうとするアムロを心の中から別の誰かに止められているような感覚だ。そこには、誰とも知れない不思議な意思…のようなものを感じる。それはいったい何なのか?
“…まさか…俺は、シャアを殺したくないとでも思っているのか?”
その時、アムロの脳裏に電撃のような閃きが走った。
もし、今、此処でシャアを殺したら宇宙世紀はどうなっていくのか?
一年戦争が連邦軍の勝利で終われば、アースノイドのジオン憎しの感情はスペースノイドへの圧制に繋がる。
アムロが知る史実のとおりの、ティターンズの台頭だ。仮にクワトロ・バジーナを欠くエゥーゴがティターンズの覇権を防ぎとめたとしても、誰かがスペースノイドの意思を束ね人類を指導し、すべての人々が宇宙に上がる足掛かりを築かなくてはならない。
世界は広い。
有能な人材なぞ、掃いて捨てるほどにいる。
だが…。
宇宙の民を束ね、地球の重力に取り込まれた人々と力でなしに戦い、自由を勝ち取り、ニュータイプが生まれ出る世界の土壌を作ることができるのは…少なくとも最短でこれを成し遂げることができるのは、やはりシャア・アズナブルのほかにいないのではないか?
アムロは直感的にそう思った。
シャアが地球に魂を魅かれた人間たちに絶望することなくスペースノイドのために立ち続ける道を選べば、それは地球にとって、また人類すべてのニュータイプへの革新に向けて、最良と言える道なのではないか?
“アムロ、私の代わりに大佐を導いて。”
“――ララァ?!”
アムロは思わず虚空にララァの姿を求めた。
それほどはっきりと、ララァの声が聞こえたのだ。
だが、ララァの姿は勿論、その思惟は何処にもいない。
アムロは大きく息を吐いてパイロットシートに身を任せた。
“人の革新をこの目で見るためなら、シャアに協力するのも悪くはない、か?”
タイムスリップする前の生涯で見たシャアの性急な革命を、アムロは今も認めることはできない。
だがその一方で、人間の英知を信じて人の革新を待つという自分のスタンスもまた、間違いだったのではないかと思うこともある。自身のそののんびりとした考え方が、シャアの拙速な行動を呼んだのかもしれないとも思うからだ。
“俺が暴走するシャアの手綱になるってことか? 冗談じゃあない…”
だが、アムロとて少しでも早く人の革新を見届けたいという思いはある。
ならば。
“…とは言うものの…、な”
シャアとの確執はアムロにとって、そうやすやすと共闘して生きていく決意ができるほど簡単なものではない。
どうしたものか。