入学式に新入生向けのオリエンテーションを終えてから約二週間。
地元の人間が多い所為なのか中学からの顔なじみのグループがいくつか出来上がっており、その輪の中に入るのも流石に無粋だよなあと遠い目になる。
「今から人間測定を行うぞー」
いつものように気怠そうに教室へとやって来た宇佐美先生の一言で、ゾロゾロとクラスメイトが立ち上がり更衣室へと向かい着替えを始め、体育館へと移動する。そこには他の一年生のクラスもいるので、体育館は多くの生徒でごった返している。
適当にペアを組んで身長体重に握力や背筋に他、いわゆる身体測定の項目と同じなのだけれど『人間測定』と銘打たれているので、人間の度合いをはかるというよく分からない難解なものまである。体操服に着替えて体育館へと入れば宇佐美先生からの雑な説明を受ける。
「鉄さん、ペア組みましょうよー」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべ私に振り返りペアをもうと声を掛けてくれたのは川神さんだ。
「了解」
有難い申し出に快く返事をして、空いている所へと並びさっくりと身長測定を終える。
外様組の私をこうして彼女が気にかけてくれるのには一応の理由がある。朝と夕に体力づくりの為にランニングをしているのだけれど、偶々彼女に出くわしそこから川神市内おすすめのランニングコースを教えて貰ったことが切っ掛けだ。
あともう一つが、仲の良かった幼馴染たちと完全に分かれてしまい、クラス内では川神さん一人になってしまったことも大きいのだろう。彼女には申し訳ないがぼっちにならなくて済んだので、こうして声を掛けてくれるのは正直助かる。
「おお、凄い」
「えへへー。鍛えているから力には自信があるわ!」
女子の全国平均を軽く超えた握力数値をたたき出した川神さんに感嘆の声を漏らすと、彼女は嬉しそうに笑って答えてくれた。そうして私に差し出された握力測定器を受け取り、ごくりと喉を鳴らす。過去に失敗をしている所為でどうにも苦手意識がある。というのも力加減が上手くできていなかった小学生時代の体力測定で、機器を壊したこと数度。
周りからは異様な目で見られるし保護者が呼び出されるはで大変だった。中学生になる頃にようやく自身の力加減を身に着けそういうことはなくなったものの、全力を出せないまま周りには偽るしかないことに、少しばかりの罪悪感を覚える。とはいえ測定器を壊してあんな目で見られるよりはマシだけれども。軽く、かるーくと念じながら持ち手を握り、少しばかりの力を加えた。
「鉄さんもすごいじゃないっ!」
測定器のデジタル表示をのぞき込むと自分の事のように喜ぶ川神さん。
「ありがとう。でも、川神さんほど出なかったから」
大したことないよと苦笑いを浮かべながら全国平均値より少し上の値を用紙に書き込んだ。そんなこんなで一通りの測定を終え更衣室で着替えを済ませると、いつのまにか纏められていた全員の測定結果が掲示板に張り出され。競うことをモットーにしている学園らしく、学力だけではなくこういうことも公開して発破を掛けるようだ。結果を確認しようと人だかりが出来ており、流れに身を任せなら前へと進む。
「川神さんと鉄さんがツートップかあ」
「体育関係は二人に期待だね」
「ええ、まかせて!」
そうして見える所までもう少しというところで、掲示板の前に集まったクラスの女子の会話が聞こえてきたのだった。
◇
人間測定を終えて通常授業となっている四限目がもうすぐ終わるという頃。
少しざわついたグラウンドに何事だろうと視線を向けるけれど、よくわからないまま昼休み突入のチャイムが鳴り響く。ご飯を済ませて持参した文庫本でも読むかと、いそいそと朝に作った弁当を取り出して机の上に置き包みをあけ、箸を取る。
「いただきます」
命を頂いたことに感謝、農家の方に感謝、食べられることに感謝と手を合わせる。孤児だった前世と今世も幼い頃はあまり家庭に恵まれなかった為なのか、食い意地が張っているのはご愛敬。
こちらへと寮住まいになる際に買ってもらった弁当箱は曲げわっぱ。高校生の弁当箱にしては高級品であるが、食べるなら美味しい方が良いだろうと選ん買ってくれた家族には感謝しかない。そうして箸を進めること数度。どたどたとした様子の廊下に何事かと顔を向けたその時。
「めちゃくちゃ美人三人がこっち向かって歩いて来るぞっ!」
かなり興奮した様子でクラスの男子が教室へと駆け込んできた。その声に反応して教室に残っていた男子生徒が廊下を見ようと窓へと顔を出すと、その姿が確認できたのかどんどんと盛り上がっていく男子。
「うわっ! 金髪美人に銀髪の人までいる! もう一人の人もめっちゃいい感じじゃね?」
「すげーなあ。三人ともキレーなおねーさんじゃん。あとおっぱい大きい」
盛り上がる男子と、その声を聴いた女子の温度差が半端ない。まあ思春期ど真ん中の男子諸君の興奮は理解できなくもないけれど、心の中に留めておけばいいのにと思ってしまう。
「こっち来るぞっ!」
「うひょー!」
男子たちのボルテージが最高潮だなあと、私には関係ないことだと咀嚼した瞬間。
「あ、いたいた。――サワディーカー! 樹希!」
聞き覚えのあるその声にそこは私の名前ではなくHIRAS〇WAなのではと心の中で一人突っ込みを入れながら、知り合いが突然学園に現れるという驚きの展開に喉にご飯を詰まらせる所だった。
学園関係者でもないのに堂々と教室へと入ってくるのだけれど、窓に集っていた男子たちが鼻の下を伸ばしまくっている。そんな様子に目もくれず私の下へとやって来て、片手を腰に当ててポーズを取る彼女の姿は以前に見た時よりも綺麗になっていた。
「エリカさん、どうしてここに」
「乙女さんに貴女の様子を時折で良いから気にしてやってくれって言われてたのよ。それで川神に用があったんだけれど、仕事の合間に丁度時間が出来たから、来てみたってワケ。感謝しなさい」
学生時代から随分と伸びた金糸の髪を揺らしながら、赤い薔薇を出す。乙女義姉さんの話によると在学中にもしょっちゅう薔薇をどこからともなく取り出していたそうで、彼女曰く『お嬢の嗜み』らしいのだけれど何故そんな芸当が出来るのやら。
ポーズを決めているエリカさんの後ろでは申し訳なさそうな顔をした良美さんと瀬麗武さんの姿。学校卒業後の数年後にエリカさんの第三秘書と第八秘書の座に就いたそうで、いつも一緒に行動し世界を飛び回っている。
「あ、ちゃんと学園には許可を取ったから」
首から提げている許可証をぷらぷらと見せてくれた。それなら問題はないだろうとエリカさんと視線を合わせる。
「本当、真面目な乙女さんの妹らしいわね」
座ったままだと失礼なので、椅子から立ち上がり一礼する。
「義姉さんほど真っ直ぐじゃあありませんよ、私は。――お久しぶりです、エリカさん、良美さん、瀬麗武さん」
「ええ、久しぶり」
「ごめんねえ樹希ちゃん。エリーったらいつも突然だから……」
周囲の状況を一番理解している良識人である良美さんが、目を細めながら私に謝ってくれるのだけれど、エリカさんに振り回されて尻拭いをしているのは彼女なので謝らないで欲しい。小さく頭を振って気にしないでくださいと伝える。
「久しぶりだな、樹希。少し背が伸びたんじゃないか?」
瀬麗武さんに以前に会ったのは何時だったか。ぐりぐりと頭を撫でられる姿を、エリカさんと良美さんが苦笑しながら見ているので、少々恥ずかしい。
「あまり実感はありませんが……。あ、瀬麗武さん、また時間があれば手解きお願いしてもいいでしょうか?」
鉄の家で義祖父や義姉相手に組手をしていたのだけれど、彼女も強いので私の相手をしてもらっていた。気兼ねなく全力を出せる人の数は限られるので、瀬麗武さんとの手合わせは楽しい。仕事が忙しいらしく回数は減ってきているけれど、このまま疎遠になってしまうのは勿体ないのでアピールは忘れない。
「わかった。その時は鉄も呼んでくれると有難い」
「了解です」
彼女は暇を見つけて鉄の道場へと時折顔を出しては乙女義姉さんに挑戦者として挑んでいるそうなのだけれど、義姉も忙しく道場へ顔を出す機会が減っている。二人の仕合をみるのも勉強になるので、どうにか時間を見つけて引き合わせたいけれど、上手くことが運ぶのやら。
「奇麗なねーちゃん発見っ!」
「お姉さまっ!」
どこからともなく現れた川神先輩が教室へと現れ、その姿を見た川神さんが勢いよく椅子から立ち上がり彼女の下へと駆け寄った。
「――へえ。合格」
川神先輩を上から下へと舌なめずりをするように視線を向けたエリカさん。嗚呼、この人の悪癖が発動したなあと、良美さんと二人して遠い目になる。でも川神先輩も同じようなことを言っていたので、どうやら彼女もエリカさんと同類のようだ。この邂逅はどんなことになるのやら。エリカさんの気は強いので喧嘩にならなきゃ良いけれど。
「ねえ貴女、私のモノにならない?」
二人が対面し、エリカさんが突拍子もないことを言い放つけれど、その言葉はあながち冗談でも何でもなくエリカさん個人で『ブルーアイズ』なるものを設立しており、彼女専用のメイドや執事が存在する。
仕事内容は多岐に渡るそうで、書類仕事に私生活の世話に夜のお供までとなんでもござれ。エリカさんの言葉を聞いた良美さんが頭を抱え、瀬麗武さんは無表情。とりあえずこのやり取りを静観するようだ。
「貴女のモノになるのも悪くはないですが、私は攻め気質なので飼われるより貴女を飼いたい」
「ふふっ。気に入ったわ」
身長差が少しあるので川神先輩が見下ろす形になっている。エリカさんはハーフなのでそれなりに背が高いというのに。先程よりも半トーン低い声で川神先輩がそんな台詞を吐き出して、エリカさんの腰に手を回そうとしたその瞬間。
「すまないな、秘書の立場だが護衛役も兼ねているんだ」
「お」
ぱしっと川神先輩の伸びた右手を払いのけたのは、瀬麗武さんで。
「へえ、強いな」
「お、お姉さま?」
川神先輩の口がにいっと伸びて一瞬にして好戦的な顔になると、瀬麗武さんもその変化を感じ取ったようでエリカさんの前へと身を出していつでも護れる体勢をとった。ごくり、と息を呑んだのは誰だったのだろう。自分なのかクラスメイトの誰かなのか。一瞬で教室が張り詰めた空気に変わり、誰も身動きを取ることが出来なくなる。
「こりゃーー!! モモっ! 客人になにをしとるかっ!」
「あ、ジジイっ! 良い所だったのに何しに来たっ!」
ヤバいと誰しもが背に汗をかいた瞬間、状況を変える人が現れた。学長の一声で張り詰めていた空気が霧散して、ほっと息を吐く。
「ばかもんっ! どこでもかしこでも喧嘩なぞ売るんでないわっ!」
「えー、なんだよつまらん。せっかく強そうな人を見つけて勝負を吹っ掛けようとしたのにっ!」
「阿呆、客人に勝負を吹っ掛けるヤツがどこにいるんじゃ! ――孫が迷惑を掛けてすまんのう」
そこに居ますよ学長とは声には出せず。川神先輩と話していた学長はエリカさんの方へと向き直り頭を小さく下げた。
「いいえ、学長。元気のいい子は好きですし、こういうのは如何でしょう?」
「うん?」
「川神学園では『決闘』システムがあると聞き及んでおります」
にっこりと笑いエリカさんがビジネススマイルを浮かべて学長と話している。その横で川神先輩が少し驚いた様子をみせるけれど、勝負できる場が整い始めていることに気が付いて嬉しそうな顔をしているのだから、手合わせや戦うことが好きなのだろう。
「よく知っておるのう、そうじゃな」
「私たちは生徒ではありませんが、彼女との勝負引き受けてもよろしいでしょうか?」
「お前さんたちがそういうならかまわんが、いいのかね?」
「ええ。勝負を受けるのは私の護衛である彼女ですが、問題は?」
エリカさんが瀬麗武さんの方に視線を向けると、小さく頷いた。どうやらこの勝負、成立しそうで周りの人たちも浮足立っている。そしてこの騒ぎを聞きつけたのか、一年生以外にも二年生や三年生が様子を見に来ており、どんどんと人だかりができる廊下。
「ふむ、無いのう。一応、レプリカの武器が用意できるんじゃが勝負方法は?」
「銀ちゃん、どうする?」
「徒手でかまわないが……彼女は?」
「私もそれでかまいません」
先程とは裏腹に真面目な様子で勝負師の顔をしている川神先輩。背を伸ばし闘気を溢れさせ、早く始めようと言わんばかりだ。
エリカさんと学長が暫く話し合ったあとグラウンドへと移動すると、校内放送で決闘が始まるとアナウンスが流れた。私も三人と一緒に移動して、エリカさんと良美さんの横へと並ぶ。他にも川神さんをはじめとした野次馬が多数に、料理部が食べ物を出したり賭けが始まっていたりと随分と自由だった。
「客人に時間がないそうでの。三分一本勝負、双方異論は?」
学長と体育教師のルー先生がこの勝負の見届け人のようだった。それと保険医の人が控えている。
「ありません」
「ないな」
「あ、そうそう。私のモノになるのは無理だそうだから、銀ちゃんが勝ったら貴女の立派なそのおっぱい揉ませてね」
エリカさんのおっぱい星人っぷりは相変わらずらしい。大きくても小さくてもどちらも等しく尊いもので、『乳』と文字に書いて興奮すると豪語している猛者である。
「おい、霧夜。真面目な勝負事にそんなものを――」
「――かまいませんよ。私が勝ったら貴女のおっぱいを揉ませて下さるのなら」
瀬麗武さんの言葉を遮った川神先輩もどうやらおっぱい星人のようで。グラウンドや校舎の窓から顔を覗かせている男子たちが大喜びしている。
「あら私の胸の価値は高いわよ。そうねえ……」
少し考えるそぶりを見せて良美さんの右腕を引き前に出しすエリカさん。
「この立派なバスト八十九を貴女の気のすむまで自由にしていいわっ!」
「おおっ!」
エリカさんの急な発言に嬉しそうな顔をする川神先輩。瀬麗武さんの言葉をスルーし良美さんの気持ちもスルーしているんだけれど、エリカさんなので止められる人がいない。
「え、ええええええええっ!?」
完全な流れ弾が命中した良美さんの驚いた声がグラウンドに響き渡るのだった。
――うらやましいのう。
小さく呟いた学長の声が聞こえた気がした。
5715字
よっぴーの胸のサイズは無印で88、フェスティバルで90となっていたので間を取りました。あと大和くんたちの一年生時のクラス編成がわからないので独自設定です。無印で二年生でファミリーが全員揃うのは初めてだと書かれていたので、一年生時はバラバラだろうと。
オリ主空気ですが、姫と普通に言葉を交わせるだけでも凄いかも。