流石に学園関係者以外との『決闘』は不味いと判断されたらしく、名目は『組手』になっている。おそらく学長とエリカさんの間で決めたのだろう。
「ひどいよ、エリー……」
瀬麗武さんが負ければ胸を差し出さなければならなくなった良美さんが嘆いているけれど、助けることが出来ない。余計なことを言ってしまえば私が彼女の代わりを務める可能性が高くなってしまう。
勝てばそうなることはないし川神先輩の胸を堪能したエリカさんの機嫌は良くなるだろうから、手合わせをする瀬麗武さんには頑張って欲しい。というよりも川神先輩は瀬麗武さんに勝てるのだろうか。松笠海軍を司令官を務め『松笠の古狼』と呼ばれる父を持つ彼女が負ける姿をあまり想像できないが。
「そんなにに心配しなくても大丈夫よ、よっぴー。銀ちゃんは強いんだもの負けるなんてありえないでしょ。――それよりもあのたわわな実を好きにできるだなんて……ふふっ」
入学式の朝、河原で見たあの光景。一瞬で手練れの武闘家を沈めた川神先輩を侮ることは出来ない。エリカさんはその事実を知らないので無類のおっぱい好きが高じてテンションが上がっているけれど、負けた場合には良美さんが犠牲として支払われなければいけないのだけれど、いいのだろうか。瀬麗武さんの実力を考えれば万が一ということは、そうそうないだろう。しかし、どうにも不安がよぎる。
「両者、前へ」
審判はルー先生が行うようで学長はその横で控え、静かに佇んでいる。学長も随分と破天荒なことをする。
いつもの空気から一転、一瞬にしてソレが変質した。穏やかな春の陽気から、真冬の冷たい氷の中に閉じ込められたような錯覚。それが二人から溢れ出る闘気なのだと理解するには、少しばかり遅れてしまった。学び舎でそうそう体験することのない雰囲気に、騒がしかった周囲もその場に止まり一斉に押し黙ってしまった。
「川神流、川神百代」
「橘瀬麗武」
すっと片足を肩幅程度に後ろに引く瀬麗武さんと、だらんと両腕を下げ構える様子のない川神先輩。
「三分一本勝負、二人ともいいネ?」
右左と視線を動かしながら確認を取り右手を上げたルー先生が大きく息を呑み込めば。
「レディー、ファイっ!」
ルー先生の大きな怒号がグラウンドに響き渡り、試合開始の合図を告げる。
「っふ!」
劈頭を切ったのは瀬麗武さんだった。川神先輩との合間を詰めて射程範囲へ踏み込む直前脇を締め利き腕を絞り、有効打撃範囲内に入ったのも束の間、利き腕を限界まで引き絞った弓を解き放つがごとく真っ直ぐ突き出す。
「おおっ! ――では、こちらからもっ!」
いとも簡単に瀬麗武さんのストレートを片手で防いだ川神先輩は喜色満面になっている。入学式の日の朝だけでなく街の不良からも絡まれている場面も見たことがあるが、こんな顔を見るのは初めてだ。
「鋭いな。今のは危なかった」
お返しとばかりに川神先輩が間合いへと踏み込んで放ったストレートを、寸での所で避けた瀬麗武さんは落ち着いた声色で返す。
まだどちらも本気は出しておらず様子見といったところなのだろう。お互いの実力を測りながら、目の前で繰り広げられている攻防を楽しいでいる。この仕合いを見ている学長とルー先生も驚いている様子で、なにやら言葉を交わしている。
「銀ちゃんの強さは理解しているけれど、彼女も強いわね」
「うーん……二人とも凄すぎて分からない……」
「ま、よっぴーは分らなくても問題はないでしょ。いざとなれば私が守るんだし」
「嬉しいけど、無茶はしないでねエリー」
ああんよっぴーは可愛いわねぇと仕合そっちのけで、良美さんの腰に手を回して薔薇をどこからか出して手に取ってポーズを決めるエリカさん。そしてその光景を見て沸き立つ男子生徒がちらほらと。エリカさんの発言からこの展開になったのだけれど、それとこれとは別問題なのだろうか。時折こちらへとくる衝撃波に驚きつつも、実力者同士の仕合いは参考になるものが多いと、目の前で怒涛の展開をじっと見つめる。
「というか、この学園を選んで良かったわね、樹希。 ――って、聞いてないし」
「集中してるねえ」
「この私の言葉を聞かないなんて、良い度胸してるわ、ねっ!」
「痛い……エリカさん、なんで怒っているんです?」
唐突に飛んできた膝蹴りに意識を戻され、腕を組んだ不満顔のエリカさんにストレートに聞いてみた。
「あのねえ、私が話しているんだからちゃんと話を聞きなさいな」
「すみません、あの二人の仕合いを見ているのが楽しくて」
後ろ手で頭を掻きながら未だ繰り広げられている拮抗した攻防に目が離せない。
「ああ、もう。――樹希、見ながらでいいから私の話を聞きなさい。銀ちゃんに勝てる要素はあるかしら?」
拮抗はしているものの川神先輩の方が押し始めており、瀬麗武さんは防衛に専念することが多くなってきている。時折、反攻はしているもののどれも有効打には至っていない。川神先輩の強さに驚きつつ、その川神先輩の相手を出来ている瀬麗武さんも凄い。
「今のままなら時間切れか川神先輩の方が勝つ可能性が高いかと。何か一手欲しい所ですが……」
残り時間は一分ほど。このまま何も状況は変わらないまま終わってしいそうな予感がする。もしくは余力のありそうな川神先輩が、最後の最後で大技を出してきそうな予感もするが、どうなってしまうのかは勝敗が付くまでは分らない。
「なるほどね……それなら」
「エ、エリー?」
大丈夫よ変なことはしなからと不安げな声を上げた良美さんに言葉を返すエリカさんは、すうと大きく空気を吸い込む。
「銀ちゃん、眼鏡を外しなさい!」
グラウンドに響く一切を引き付ける声。邪魔が入ったと言わんばかりに激しく繰り広げられていた仕合いが一瞬停滞し、二人が凄い形相でエリカさんを睨む。常人を逸している二人の視線に驚き息を呑んだ良美さんが、私の制服を掴んで後ろに隠れた。
「霧夜、邪魔をするな!」
「……」
「いいから、業務命令~」
エリカさんは二人からの殺気に充てられている筈なのに、随分と涼しい顔で続けて声を上げた。仕事中に抜け出している手前、瀬麗武さんは業務中である。直属の上司からの言葉には逆らえず、かなりの距離が空いていたというのにひょいと跳躍して私の下へとやって来た。
「頼む」
「お預かりします」
そう言い残して元の位置に戻った瀬麗武さんは一足飛びで川神先輩へ技を出した。
「はあっ!」
「――おっ?」
先程よりも瀬麗武さんの技の切れが良くなっており、川神先輩の笑みの質が変わり、視線が鋭くなっている。
「銀ちゃんってちょっとズレてる所があるからねえ」
「眼鏡を掛けていると知的に見えるからって、視力悪くないのに度付きの眼鏡を選んじゃったもんねえ……」
なんだか痛いものでも見るようなエリカさんと良美さんの視線が件の人へと向けられている。どうやら眼鏡の所為で、そこかしこで何かに躓いたりしているそうで周囲を呆れさせているそうで。瀬麗武さんの視力はかなり良かったはずなので、二人の言葉は言わずもがな。
今日久しぶりに再会して、伊達眼鏡だろうと思い込んでしまっていた為に何の疑問を抱いてなかった。お茶目な人だなあと目を細れば、お互いの射程範囲で刹那の攻防を繰り広げていたというのに、距離を取った。
「川神流――……無」
「タイムアーーーーップっ!!」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
おそらく最後の一手となるはずだった川神先輩の一撃は繰り出されることはなく、ルー先生の声によって止められて大声を出す先輩。
その様子を見ながらふうと深い息を吐いた瀬麗武さんは、珍しく汗だくになっているのだから激闘だったことが伺える。 ただ瀬麗武さんの相手だった先輩は制服を汚していないし、汗だってかいていない。不満の声を上げながら物足りないとルー先生と学長に抗議していた。
「なんで一番良い所で止めるんだよっ! 師範代、ジジイっ!!」
「時間切れじゃよ、モモ」
「強敵に出会えたからといって遊んでいたモモヨが悪いネ。この勝負、引き分けダヨ」
「あーっくっそっ! もう一度だ、もう一度っ!!」
「我が儘を言うんでない、モモっ! そもそもお客人が時間がないからといって三分一本勝負と言ったんじゃ。ほれ、開始位置に戻らんか!」
三人の会話を聞くに、どうやら川神先輩は手を抜いていたようだ。あれで手を抜いていたってどういうことだと驚きながらも、瀬麗武さんの負けた所なんて正直見たくはないので引き分けで良かった。開始位置へとそれぞれ戻り礼をする。
「川神は強いんだな。時間制限がなければ負けていた」
「いえ、貴女も十分に強かった。できればまた手合わせをお願いしたいところです」
握手をしお互いの健闘を称える両者。ここだけ切り取れば青春の一幕ですむけれど、先程までの光景は異様だった。義姉と瀬麗武さんの手合わせも凄いのだけれど、川神先輩の力が上手な所為だろう。
「うー、くそう。不完全燃焼だし、おっぱいも揉めない……」
しょぼくれながらこちらへ戻る川神先輩に笑みを浮かべたエリカさんが良美さんの手を掴んで前に立った。
「あらあ、残念ねえ。勿体ないことをしたものね、このよっぴーのバスト八十九を揉めないだなんて」
彼女持ち前のSっ気が発現したようで、文句を言っていた川神先輩を煽りながら自然に良美さんの胸を堪能している。
「ちょっ! ちょっとエリーこんな所で……! ひゃっ!」
「むぅ……」
エリカさんの手によって悩ましい声を上げる良美さん。この光景を見ていた男子生徒が『いいぞーもっとやってくれー!』『うらやましい、けしからん』『やっべチ〇コ勃った……』等言いたい放題言っている。
その声が聞こえたのか、更に良美さんの抗議の声が上がるのだけれど焼け石に水。というか抵抗したことによってエリカさんが気を良くしてさらに激しく手を動かすものだから、甘い声がさらに漏れてる。
「霧夜、佐藤が困っているだろう。いい加減にしておけ」
遅れて三人に追いついた瀬麗武さんが見かねて止めに入った。騒いでいた男子たちからブーイングがひとしきり飛んでくるけれど、完全にスルーだ。
「あら、負け犬銀ちゃん」
「負けたわけではないっ! 引き分けだ……」
エリカさんの言葉を否定しながら結局最後はしりすぼみな音量になって顔を背けていた。自信があったであろう腕前に、残念な結果となってしまったのだから当然である。
「まあ彼女のおっぱいを堪能できなかったことは残念だけれど、いいものを見せてもらったわ」
川神は楽しい街ねと笑いながら移動して学長やルー先生に川神先輩それぞれに声を掛けて、名刺を渡しているエリカさん。確かに多馬大橋での毎日の珍事やこの騒がしい学園は、普通の街では体験できないのだろう。
「樹希っ!」
「はい?」
「下手に自分を押さえ込んで、己の可能性を潰すような真似はやめなさいって前から言っているでしょう?」
以前にも彼女に同じ台詞を言われたことがある。強いのにその力を発揮しなくてどうするのだ、と。強すぎる力は異端である。周囲からのあの視線はけっこうキツイものがある。それを話すと一笑に付された。先程言われた通り、そんなものを気にしてどうするのだ、と。
「ま、本人が気づくべきことだから私が気に掛けることでもないわね。それじゃあ戻りましょうか二人とも。ダスヴィダーニャ! 諸君!」
最初はタイ語で最後はロシア語。本当、色々な意味で忙しい人だ。エリカさんは私の様子を見にきたというよりも、乙女義姉さんとの約束を果たしに来たという方が大きいのだろう。
エリカさんの性格は熟知しているつもりである。つまらない人間にならそんな台詞すら言わない人で、路傍の石くらいにしか思っていない。こうして声をかけてくれるのは自分と同じステージに上がってこいという応援なのだということも。
周りからの視線を恐れていてもしかたないと分かっている。中学生までは周りに溶け込むようにと、自分の力を発揮できるのは鉄の道場のみだった。けれどこの学園ならば、川神先輩のように自由にしてしまってもいいのではないのだろうかと、誘惑に狩られる。
――まだ、もう少し。
クラスにそれなりに溶け込み始め友人と呼べる人も出来たはずだ。ただ願うことならば、認められたいと欲が出てきてしまうのは当然で。仕合いも終わり、グラウンドからは人気がなくなったまま立ちすくんでいた私の意識を呼び戻したのは、昼休み終了を告げるチャイム。
ご飯を食べ終えていないことに気付いて慌てて教室へと戻ると、クラスメイトの視線が降り注ぐし、川神さんからも興味深々顔で見られるけれど、結局五限目開始の合図が鳴り響き。残念と口にして席へと着くクラスメイトたちに苦笑が漏れ、五限目終わりの休み時間に取り囲まれ質問攻めにあいながら、この愉快な川神の人たちならば大丈夫なのかもと希望を見出し。
夜、良美さんから届いたメールに目を通すと『エリーは樹ちゃんのことを気にいっているから、あまり気にしないで』と。そして瀬麗武さんはエリカさんに『アレはバケモノだ』と零していたらしい。
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戦闘シーンは苦手。オリ主一年生時はつよきすキャラの出番の方が多いかもです。感想でもあったのですが、オリ主の容姿をどうしよう……。神様転生をしているので容姿はそれなりに恵まれているのは決定事項。他は何も考えてないので考えないとなあ。