武神のお気に入り   作:行雲流水

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第四話:変化

 エリカさんが突然学園に訪れた日の夜。夕食を終えて自由時間となっている寮内は随分と静かだった。

 学園を巻き込んだ大騒ぎな昼休みの後は、クラスメイトや上級生からの視線を感じつつ授業を受け、川神さんの無邪気な質問に答えると周りのみんなは聞き耳を立てていたようで。あの人知を超えている異次元の手合わせを見て、なんとも思わないどころか楽しんでいる節のある川神学園の生徒には驚きを隠せなかった。

 

 宿題を済ませてしまおうと自室で机に向かっていた時、唐突に鳴り響いた電子音に意識を中断されて携帯を手に取り開くと、そこには『佐藤良美』の文字が。

 昼休みに何の連絡もなく学園へと赴いたことと騒ぎを起こしてしまった事の謝罪が丁寧な文字で綴られていた。良美さんは律義だなあと、ほっこりしつつお礼の言葉と『気にしないでください』とメールを返す。そうしてまた幾分かの時間が経つとまた電子音が鳴り、また携帯を開くとメール一件の文字が。

 

 『何かが変わるといいね』

 

 との言葉とエリカさんは私を気に入っているから、昼休みの最後に掛けられた声は期待の表れで、あまり気にしないで欲しいと。心配を掛けてばかりであることに少し心苦しさを覚えて、もう一度返信を返すとそれ以降は電子音が部屋に鳴り響くことはなく。

 忙しい人たちだからまだ仕事をしているのかもしれないのだろうと、もう一度机に向き直り宿題を捌くこと暫く。ようやく終わったと背を伸ばし、首を左右に回して肩のコリを軽くする。お風呂の時間になる前に、日課の座禅を済ませておくかとストレッチマットを部屋の片隅へと敷きあぐらを組む。

 

 これは力加減が上手くできなかった小学校高学年の頃に義姉が教えてくれたもので『気』を操作するというものだ。己に義姉のような気の量があると実感できないけれど、義姉曰く私には随分と多い気の量が備わっているそうで、それが本人の意思に関わらず体内で活性化された骨や筋肉果ては神経までもが異常な力を発揮し、余った気は体外へ放出されていると。

 私が無駄に周りから恐れられているのは、ソレが原因であろうと助言してくれたのだ。それからはずっと体内へと気を循環させることを意識しながら、必要以上に気が漏れださないことに気を配りながら生活するようになると随分とマシになり、全く友人がいなかった小学生時代とは変わり中学にあがると少なからず友人と呼べる人が出来た。

 

 腹に力を入れ背筋を伸ばし深い息を長く長く吐き出し全てを肺から出し切り息を止め。腹の力を抜き、ゆっくりゆっくりと新たな空気を鼻から取り込む。何度も同じことを繰り返して気を体内へ循環させ、活性化させる。普通の人であればこれはただのリラックスの為の呼吸法で終わってしまうらしいが、気の量が多い人はこうして肉体の活性化に繋げるそうで。この座禅兼呼吸法をやり始めてからは、髪が伸びるのが早くなったりやたらとお腹が減ったりと効果は感じている。

 義姉ほどの大食漢ではないけれど、同年代の同性と比べると随分と多い量を食べているのだけれどまったく太らない。筋トレや走り込みをしているからカロリー消費は多いはずだけれど、食べる量は上回っている筈なのだけれど。人体の不思議を感じつつ、今日の日課を終えるとTシャツに張り付く汗が凄い。いつもなら着替えてしまうけれど、もう風呂の時間だからこのまま部屋を出て浴室へと向かう方が良いだろうと部屋を出る。

 

 「すごい汗だね、鉄さん」

 

 「あ、すみません。みっともない所をお見せして」

 

 部屋を出た瞬間隣室の一つ上の学年の人と視線が合った。汗だくの私を見て苦笑いをしながらお風呂セットを抱えている彼女と一緒に風呂へと向かう。

 何人かの寮生が居て風呂は賑わっていた。女子生徒だけが入寮できるので、こういう所はかなり大らか。結局今日一番のイベントであったエリカさんたちの話題が振られ、質問にまた答える羽目になるけれど裸の付き合いも大切だろうと、答えても大丈夫な所だけを口にする。

 風呂から上がりしばらくすれば消灯時間が訪れ。

 

 ――おやすみなさい。

 

 布団に入り目を閉じればすぐに夢の中へと旅立ち朝が即座に訪れた。

 

 「走り込みに行ってきます」

 

 「ん。気を付けて行ってきなさいね」

 

 台所で寮生用の朝食を作っている寮母さんに声が大きくなり過ぎないようにと気を付けながら声を掛け、玄関へと向かい靴ひもをぎゅっと締め外に出る。朝の早い時間帯、靄の掛かった街並みは幻想的で。そんな中を一人住宅街を走り抜けて河川敷を目指す。

 

 「あーおはよー!」

 

 「おはよう。川神さん、何時も早いね」

 

 それはお互いさまじゃないと無邪気な笑顔を浮かべこちらへと近づいてくる川神さん。いつもならば通りすがるだけなのだけれど、一体どうしたのか。

 

 「鉄さん、お姉さまが話があるから昼休みに顔を出すって言っていたわ!」

 

 「川神先輩が?」

 

 彼女のお姉さまは武神と呼ばれて名高い川神百代その人である。昨日の事で聞きたい事でもあるのだろうとアタリを付け、川神さんに了解と返すと突然に構えを取る彼女の姿が視界に入る。

 

 「せいっ!」

 

 「っと」

 

 「おお、かわされたっ! えへへっ、お姉さまの言う通りだわっ!」

 

 「ん?」

 

 不意打ちの右ストレートはかなりの速度が出ていた。ただ分かりやすい軌道で避けるのも安易だったし、川神さんも本気ではなく試し打ちだったのだろう。

 

 「昨日の手合わせで面白いヤツを見つけたって言っていたの」

 

 「それが私?」

 

 「ええ、そうよっ! ――いつか貴女と勝負したいわっ!」

 

 びしっと私を指差す川神さんの表情は期待をありありと浮かべて、なにかうずうずしているような。

 目の前に立って上目遣いで私を見る彼女に、犬の耳と尻尾を幻視する。

 

 「勝負もいいけれど、こっちに引っ越してから日常的に手合わせできる人が居なくて、もしよければ川神さん相手になってくれないかな?」

 

 「お?」

 

 「ああ、でも川神さんって川神流なんだよね……。流派が違うから不味いのかな?」

 

 ちなみに義姉や義祖父に教わっていた鉄流は、他流派との交流を禁止していないしむしろ歓迎している。だからこそ瀬麗武さんとの手合わせをしていたし、こうして川神さんにお願いすることも禁止されていない。ただ、武道の総本山といわれる川神流がどういった教えと考えを持っているのか、全く情報がないので確認する必要があった。

 

 「そんなことはないわっ! むしろ私からもお願いしたいものっ!! 練習相手が京くらいだから嬉しいわ!」

 

 知らない名前に疑問符を浮かべるけれど、社交的な川神さんの事だから手合わせ仲間がいるのだろうと深く考えることを止める。

 

 「習い始めて三年弱だから、あまり期待はしないでね」

 

 習い始めたのは中学生になってからで、基礎を習得し義姉たちとまともに拳を合わせるようになったのはここ最近。

 幼い頃から川神流を習っていたであろう川神さんには敵わないかもしれないが、この際だ遠慮なく手合わせできるのならば嬉しいことである。時間が勿体ないので二人並んで走りながら、これからのことを話し合って時間だからと別れて、寮へと戻り持参するお弁当を手早く作り朝食を食べ学園を目指す。

 

 「ふははははははっ!」

 

 「今日も素敵です英雄さまーー!」

 

 多馬大橋に差し掛かると自転車並みのスピードで過ぎ去っていく人力車。公道を人力車が走って良いものかどうかは謎であるが、下手をすれば車よりも勢いがある。そういえば入学式の日にも先程の人力車を見たなあと思い出し、川神学園の生徒だった事実にあんな学生が存在するのかと衝撃を受けた。

 少し前を歩く川神学園生三人組はひとりは幼稚園か保育園へと向かう児童を眺めながら手を合わせ感涙の涙を流しているし、銀髪の女の子は蝶々を追いかけて橋の欄干を超えようとしている。一緒に居た男子が流石に止めに入ったが、随分とフリーダムだ。愉快な人が多いなあと苦笑しながら学園へと辿り着きクラスへと向かう。

 

 「おはよう、ってさっきも言ったわね」

 

 教室へと入ると既に登校していた川神さんに声を掛けられた。出席番号順で決められている席は川神さんが私の前の席となる。通学鞄をゆっくりと机に置き『おはよう』と返して、鞄の中身を出し机の中へと仕舞い込む。そんなこんなでホームルームを終え授業が始まれば四限目の終了は直ぐで、昼休みに突入する。

 

 「邪魔するぞー」

 

 昼休み突入から五分と掛からず件の人がやって来た。制服を着崩し上着を羽織っているのは何故なのだろうか。よく落ちないなと感心しながらこちらへとやってくる川神先輩を見て、朝に川神さんから聞いていた言葉を思い出し客人ならばと席を立つ。

 

 「あ、お姉さまっ!」

 

 川神さんが素早く駆け寄って腕に手を回すと、先輩が川神さんの頭を撫でる。仲の良い姉妹でいいことだと頬が緩む。

 

 「お前、面白いよな」

 

 「へ」

 

 教室へと入り顔を付き合わせたばかりのタイミングで、脈絡もない川神先輩の一言に間抜けな声が漏れる。はて、この人に面白がられるようなことをした覚えなんてないんだけれどと、記憶を掘り返してみるけれど接点がないのだし、彼女の言葉は本当に不思議なものだ。

 

 「昨日の橘さんとの仕合いの時、気が駄々洩れていたぞ」

 

 「……それは、お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません」

 

 昨日のあの攻防は胸躍るものだった。どうやら興奮していて体内に内循させていた気が外へと漏れ出していたようで。

 まだまだ未熟者だよなあと反省しつつ、指摘してくれた川神先輩には感謝するけれど、よくあの激しい仕合いの最中こちらへと意識を向けることが出来ていたことに驚きを隠せない。瀬麗武さんもかなりの手練れだというのに。

 

 「いや、そんなことはどうでもいいんだ。――私と試合でも決闘でも何でもいい。勝負しないか?」

 

 ぐっと顔を近づけ私に迫る川神先輩。腕に絡んでいる川神さんが驚いているけれど、どうしたものか。勿論、手合わせや仕合いというのならば歓迎である。強い人と拳を交えるのはなによりも楽しいし、いつからか心のどこかで芽生えていた乙女義姉さんを超えたいという願いもある。目の前の人はかなりの手練れで、今の私では敵うことのない人であるが胸を借りたい気持ちが大きい。

 

 「試合や手合わせという形ならお願いしたいのですが、私はまだ武道を習い始めて三年の未熟者。昨日の瀬麗武さんのような仕合いにはならないですよ?」

 

 それでもいいのかという視線を向けると、嬉しそうににっと口を伸ばして笑う先輩に少し危ないものを感じ取る。

 

 「謙遜するのは止めろ。あの気の量は昨日の彼女を超えていた。弱いはずがないんだよ、お前は」

 

 ただの笑みから獰猛なものに変わり、私の肩を掴む先輩の力はかなり強いもので。

 

 「痛がる素振りを見せない時点で、実力者だろう?」

 

 引き下がる気配のない先輩に、少々困る。手合わせをすること自体は、むしろこちらから願い出たいくらいなのだけれど、私が強いというのは彼女の盛大な勘違いである。気の量が多くても、結局手練れの人には敵わないのは事実なのだ。経験の差で負けるのは何度も経験しているし、義姉さんからも『気の量が多いからといっておごらないこと』と忠告を受けているのだし。

 

 「実力はほどほどです。取り合えず、軽くどこかでお手合わせをしませんか? そこから判断するのも悪くは無いでしょう?」

 

 取り合えず落ち着いて欲しいと掴まれていた肩から手を離してもらい、交渉へと持っていくと何故かご機嫌な様子の川神先輩。義姉や義祖父と違い、随分と飢えている人だ。手練れの武芸者ならばもう少し落ち着いていてもよさそうなものだけれど、彼女はまだ若いから仕方ないのかも知れない。

 

 そうこうやり取りをするうちに、放課後に川神院で手合わせをすることになる。

 

 学園であまり目立ちたくはないので、人目に付かない所かどこかの道場を借りて行いたいと願い出ると、先輩が『ならウチでやろうっ!』と言ってくれたのだ。

 武道の総本山といわれる川神院へと足を踏み入れることになったのは意外だったが、少し楽しみでもある。観光地としても有名だから一度訪れたいとは思っていたのだけれど、引っ越しやら始まった授業やらで忙しかった。

 

 「それじゃあ、放課後になー」

 

 軽い声を上げて立ち去る川神先輩の背中には闘士が宿っており。不味い仕合いは出来ないなあと遠い目になる。

 

 「いいなあ、お姉さまと手合わせなんて」

 

 「稽古、つけて貰えばいいじゃない?」

 

 「んー、みんながお姉さまとはまだ早いって言うんだもの。もっと強くならなきゃ!」

 

 ふんと握りこぶしを作り気合を入れ広げたお弁当を食べ始める川神さんを微笑ましく眺めながら自分も箸を進め、放課後彼女の案内で川神院へと向かうのだった。




 5106字

 なんだかオリ主が神様転生する必要もなかったようなと思い始めましたが、このまま突き進めます。
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