武神のお気に入り   作:行雲流水

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第五話:仕合い

 沈んでいた意識が浮上する。

 

 「…………」

 

 目に映った光景はこの数週間で馴染んだ寮の自室の天井とは違う格天井で。随分と凝った造りだなあと感心しつつ、布団から上半身を離してきょろきょろと周りを確認する。真新しい畳の匂いと、お日様の匂いを微かに携えた布団。床の間には立派な掛け軸と一輪挿しの花瓶にひなげしの花が生けられており。清潔感溢れる広い和室の真ん中にぽつんと私が一人居る。

 

 「ああ、目が覚めたんだネ」

 

 「ルー先生……ここは?」

 

 障子張りの引き戸をゆっくりと引いて立っていたのは、川神学園の体育教師のルー先生だった。感情をうかがえない細い目にどうしたものかと、少し困っていると彼の方から口を開く。

 

 「気分は悪くはないかイ? 倒れた前後のコト、覚えているかナ?」

 

 その言葉で一気に記憶が蘇える。ああ、そうだ。川神先輩と手合わせをすることになって放課後に川神院を訪れ、待ってましたと言わんばかりの彼女と対決したのだった。

 ルー先生の言葉は私が倒れた時に記憶障害になっていないか、なにか体調に変化はないかの確認を兼ねているのだろう。彼は見守り役として手合わせの間同伴していたのだから、きっちりと話すべきかと布団から畳へと移動して居直り、思い出しながら口を開くのだった。

 

 ◇

 

 放課後。六限目の授業を終えると、そそくさと帰る用意をし席を立つ。こういう時は帰宅部って便利だよねえと、部活動へと急ぐ人たちと一緒に教室を出て廊下を歩く。どうやら川神先輩と手合わせをすることは噂で広まっているようで、視線を浴びること浴びること。強いと有名な人だから致し方ないとして、私は先輩に勝てるのだろうか。ぶっちゃけ勝ち負けよりも楽しい手合わせになれば、それでいい。

 朝来た道をまた通り寮へと戻って、寮母さんに帰宅の挨拶をしてから自室へと入って洗濯したばかりのジャージを取り出しリュックサックに詰め込む。本当ならば道着を身に纏うべきなのだろうけれど、生憎と私は鉄流の門下生という訳でもない。趣味で義姉たちと手合わせをしていただけの素人に毛が生えた程度。

 

 「よし」

 

 とはいえやはり強い人と手合わせをするとなれば心躍るのは、義姉たちとの手合わせが楽しかった。それだけにすぎない。周囲の目はまだ気にはなるけれど、あの時間は楽しいのだから。そうしてまた寮母さんに出かけてくると言い残して、寮を出て走る。

 

 ――川神院って何処だっけ……。

 

 こちらに越してきてあまり地理に慣れていなかったことをすっかりと忘れていた。たしかこの近くに交番があったなあと思い出し、進路をそちらへと向ける。在中している警察官の人に声を掛けると、川神院を知らないなんて珍しいと苦笑された。無知ですみませんとと心の中で謝りつつ、丁寧に道を教えてくれたことにお礼を述べて、また走り出す。

 四月の末。心地いい空気が肺を満たし、道端に咲く草花に目をやりながら川神院を目指しているとようやく『仲見世通り』へと辿り着く。観光客の人たちが多く行き交うこの通りを走り抜けるのは迷惑だと判断して、スピードを落とした。道を挟んで並び建つ店は多くの名産品を売っていて見るだけでも、時間が随分と経ってしまいそう。流石に約束があるので立ち寄ったりはしないけれど、今度時間がある時にまた訪れようと決めた。その一本道を抜けた先、関東三山の一つ『川神院』が見えてくる。観光客に混じり立派な山門を潜り抜けて目の前に見える本堂へときょろきょろとしながら歩いていると、名前を呼ばれてそちらへと向く。

 

 「来たか」

 

 軽く片手を上げて目を細めて笑った制服姿の川神先輩が。

 

 「川神先輩、今日はよろしくお願いします」

 

 「ああ。――こっちだ、ついてこい」

 

 挨拶も早々に踵を返し歩き始める先輩。学園の時との彼女が纏う空気の重みが違うことに気付き、ごくりと喉を鳴らす。玉石砂利を踏みしめる音を二人分響かせながら、本堂とは別の場所へと案内され、立派な五重塔が建立された少し開けた広場へと着くと川神院のお弟子さんたちなのか、揃いの道着を纏った人たちが何人かこちらへと視線を向けてくる。

 

 「あまり見学者は居ない方がいいんだろうが、私と手合わせをするヤツがいると耳聡い連中がいてなあ」

 

 先輩がむうと唸りながらそう言うものの、場所柄的に仕方ないのだろう。取り合えず着替えたい旨を伝えると、更衣室を借りることができた。

 着替え終えて先程の場所へと戻ると学長とルー先生の姿が。学長が川神院の総代を務めていることは風の噂で知っていたけれど、体育教師であるルー先生が川神院で師範代も務めているとは。人って見かけによらないものだと感心しながら、手合わせの準備が進められていたようで、簡単なルール説明をルー師範代が行ってくれたのだった。

 

 「今回は軽い手合わせだからネ。双方、あまり熱くならないように」

 

 そう言いつつもルー師範代と総代の視線は川神先輩に向けられており、それを察知したのかつまらなそうな顔で『わかったよ、ちぇ』と愚痴る先輩。

 失礼かもしれないがそんな姿を見ると武道を究めている人の様に思えないし、年相応だよなあと感じてしまう。入念に準備体操をしていると一人見知った姿を見つけると、その人はにっこりと笑いこちらへと駆けてきた。

 

 「お姉さまは強いわよ。頑張ってね鉄さん」

 

 「うん、先輩の強さは昨日見たから。恥をかかない程度に頑張らないとね」

 

 川神先輩が強いことは百も承知だけれど、義姉や義祖父たちに教えを乞うてきた手前もあるのであまり無様な姿は見せられない。

 あまり邪魔をしては悪いからとトレードマークのポニーテールを揺らしながら川神さんは離れた位置へと戻っていく。ようやく体があったまってきたなと準備運動を終えると、それを待っていたかのように川神先輩や学長にルー師範代がこちらへとやってくる。

 

 「楽しみだ、よろしくな」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「それじゃあ始めるヨ」

 

 その言葉にこくりと先輩と私が頷いて。すうとルー師範代が息を吸い込み数舜。

 

 「レディーファッイ!!」

 

 気合の号砲が院内へと鳴り響く。

 

 「はっ!」

 

 開始の合図とほぼ同時、軸足に力を込めて川神先輩との距離を一気に詰め込んで体を捻り腰から腕へと力を伝えた右ストレートを打ち込む。

 

 「軽いなあ」

 

 牽制というよりも様子見の一発と距離感を掴む為のものだったので、軽くあしらわれる。そうして間髪入れずに打ち込むけれど、どれも防がれて有効打には至っていない。

 川神先輩の強打には気を付けるべきだけれど、彼女の体に張り付いて有効打撃範囲に入らない、もしくは射程圏外となる外角へと逃げればいい。ただこんな小手先が通じるような相手ではないのは百も承知なので、私の策も直ぐに見破られてしまいそうだ。

 

 「ぬあー、張り付くなっ! うっとおしいっ!」

 

 暫く張り付いたまま攻防をしていた所為なのか唐突に声を出して、大振りな左を繰り出す川神先輩。流石にそれをもらう訳にはいかないと避けようとした瞬間、尋常ではない速さの拳が目の前に迫る。

 

 「ぐっ!!」

 

 義姉の本気の一発より重いソレに驚きながらも、間一髪で間に合った防御。地面に靴の跡を何メートルも描きながら、防いだ腕がジンジンと痛みを訴えており、マトモに受けるものではないと警鐘が鳴る。

 

 「お、防いだのか。――へぇ。ならもう一段階上げるな」

 

 きょとんと意外なものを見るかような顔をした川神先輩が直ぐに表情を変え不敵なものになる。

 

 「モモの悪い癖が出とるのう」

 

 「ですネ。何もなければいいのですガ」

 

 不穏な声を聴きながら、一足飛びで距離を詰める先輩の姿が目の前に迫る。真正面にくるストレートの威力はきっと破城槌のごと。いや、先輩の方が上回っていそうだなあと打開策を考えるけれど、そんなものは早々に浮かぶはずもなく。

 

 「川神流――無双正拳突きぃ!」

 

 気合の声が響くと同時、ヤケクソに合わせた私の右ストレートが先輩の左頬へと奇麗に決まるが、彼女の正拳突きの余波でこちらの頬が切れているのだけれども。末恐ろしい人である。

 

 「ああ、やっぱ、目を付けただけあるなあ」

 

 にいと歪に伸びる口元と彼女が纏う気がゆらりと嫌な揺れ方をして。試されているとわかる拳打と足技を防戦一方のまま幾度か交わすと、一旦先輩が距離を取ったその瞬間。

 

 ――消えた。

 

 視界に捉えることはなく、痛みだけを右頬に感じて。世の中、強い人はごまんと居るのだなあと、己の小学生時代が記憶が走馬灯のように流れながら、地面へと倒れ込み意識を失うのだった。

 

 ◇

 

 「それだけ覚えているなら大丈夫ダネ」

 

 私の傷を見ながらルー先生が細い目を更に細くして笑う。ああ、もう本当子供の頃に周囲から畏怖されていたのはなんだったのだろうと、馬鹿馬鹿しくなる。義姉や瀬麗武さんより強い人が居るだなんて知らなかったのだから、本当世界は広いものだ。

 

 「モモヨが済まないネエ」

 

 「いえ、まだまだ自分の未熟振りを痛感させられました」

 

 こちらへと居を変える前、義姉との手合わせは少し物足りないものになっていたというのに。これ以上強い人などいないだろうと決めつけるものではないなと、反省しつつルー先生と少し話をする。 

 川神先輩は己の強さを自覚し、自分と張り合える人をいつも探し求めているそうで、今回その悪い癖が出てしまったと。手合わせならば相手を気絶させることなどはない。お互いの実力を確かめ合いながら、色々と試行錯誤するのが本来のソレだというのに、と。

 

 ただ今日は川神先輩に挑戦する武芸者より長く持ったそうで、川神先輩がタガを外してしまった原因だそうだ。嬉しい言葉であるけれど、まだまだなのだと思う。川神先輩と義姉が手合わせしていれば、ある程度の勝敗が決まるまでもっと時間が掛かっただろうし、義姉であればもっと上手く彼女の攻撃を捌いたはずだ。

 

 「モモっ、さっさとこっちに来るんじゃ!」

 

 「痛いな、ジジイ! わかってるから離せよっ!」

 

 どたばたと縁側を歩く音が聞こえると先生と顔を見合わせて苦笑する。そうこうする内に障子の影に二人分の姿が映ると引き戸が開くと、学長と川神先輩がこちらへとやってきてゆっくりと座り対面したのだった。

 

 「モモがすまんのう。お前さんを気絶させてしもうて」

 

 「いえ。ルー先生にも言いましたが、己の未熟さが招いた結果ですので」

 

 武道を習っているのならば怪我や気絶は日常茶飯事である。練習や訓練を重ねて回数は減っていくけれど、強者と当たればこういうこともあるだろうから、恨み言をいうのは筋違いだ。

 

 「ほらー、鉄もそう言ってるじゃないかー。なんで謝らないといけないんだ」

 

 あぐらを組んでぷいと視線を逸らす先輩に、ぱしんと良い音を響かせた学長のゲンコツが先輩の頭に落ちた。

 

 「いてっ!」

 

 「痛くしたんじゃ、馬鹿もんが。ほら、謝らんかい」

 

 「――悪かった。ちょっと本気を出してしまったんだ、許せ」

 

 あれで少しだけというのが末恐ろしいけれど、ある意味川神先輩の本気を少し引き出せたというのなら誇るべきなのか。

 

 「いえ。手合わせをお願いしたのは私ですので、あまり気にしないでください」

 

 畳の上で正座をしたまま頭を下げた。

 

 「ほら見ろジジイ。謝る必要なんて無かったじゃないかー!」

 

 終わる気配を見せようとしない孫と祖父の罵り合い。どっちもどっちのような気がするのは気のせいだろうかと遠い目になり、ルー先生に視線を向けると、彼が小さく息を吐く。

 

 「二人とも鉄サンが見てるヨー」

 

 「ん、おお、すまんの。孫の口が悪くてのう、ついこうなってしまうんじゃ」

 

 うるせージジイという川神先輩の暴言は聞こえないふりをして、学長からの謝罪も受け取る。手当は済んでいるし傷は軽いもの。気を使って一晩寝れば奇麗に治るけれど、自然治癒が一番いいのであまり使わない。治そうとすればすぐ直ることに少し後ろめたさを感じつつ、学長が義祖父の話を持ち出したのだった。

 

 「陣内殿は元気かの?」

 

 「相変わらずです。ここの入学祝いと称して世界の龍穴巡りを三日ほどで強行しましたから……」

 

 私の目のハイライトが消えていくのが分かる。ハイテンションの義祖父に連れられて、世界に四十八か所あるという龍穴を二日間という強行スケジュールを組み、見事達成してしまうのだから。

 

 「……普通に空中を超音速で駆け回っていますからねえ」

 

 「ふぉふぉふぉ。変わりないようじゃのう、元気そうでなにより」

 

 「お? なんだソレ! 私も行きたいぞっ!!」

 

 連れていけジジイと嬉しそうに語りかける先輩にゲンナリとした顔の学長。

 

 「ワシは無理じゃぞ。忙しいからのう」

 

 忙しくなければ行けるということで良いのだろうか。義祖父も末恐ろしい人であるが、目の前で好々爺然として座っているこの御仁も義祖父と変わらないほどの実力者なのだろうか。

 そうは見えないけれど、能ある鷹は爪を隠すというように己の内に秘めているのだろう。川神先輩を諫められる力は持っていないと、言うこと聞いてくれそうにないし。

 

 「夏休みにでも義祖父に頼めば可能かもしれません、先輩」

 

 頼めば連れて行ってくれるはずだ。アウトローでアウトドアな人だし。

 

 「何っ!? いいのかっ!!」

 

 「まだ義祖父に話していないので、不透明ですが……」

 

 「かまわんぞっ! むしろ夏休みと言わずいまからでも構わないんだが」

 

 そわそわというように前のめりになりながら私に顔を近づける先輩。こういうところは姉妹だけあって川神さんと似ている。そんな姿を見つつ、確認を取って返事をしますねと苦笑い。

 

 「あの、お願いがあるのですが……」

 

 「孫が迷惑を掛けたんじゃし、無理難題でないならかまわんぞい」

 

 学長の言葉にありがとうございますと返して、川神先輩へと向き直る。

 

 「川神先輩、今日はありがとうございました。――門下生でもないので不躾なのは百も承知ですが、お手すきの時間だけで良いので稽古をつけて頂けませんか?」

 

 「お?」

 

 「うん?」

 

 「おお!」

 

 三者三様の言葉を漏らして、驚いたような顔を見せる三人。そんなに以外だったのだろうかと感じつつ、先輩の目をじっと見る。

 

 「えー、メンド――」

 

 「――構わんよ」

 

 川神先輩の言葉を遮ったのは学長で、その言葉に驚いた顔をする彼女は少し不機嫌である。

 

 「はあ? ジジイ勝手に話を決めるなよっ!」

 

 「いい機会じゃよ。彼女なら才能もあるじゃろうし、なによりモモとまともに組めるんじゃ。それに将来の川神院を背負うなら、モモに教え子の一人や二人いても遅くはあるまいて」

 

 どうやら川神院最高責任者の言葉には川神先輩も逆らえないようで。これから時々稽古をつけてもらうことになったのである。

 




 5845字

 流石に世界のMOMOYOに習い始めて三年弱のオリ主が敵うはずもなく。

 あ、モモ先輩オリ主のこと『鉄』って言っちゃったよ。二年に進級する前に『樹希』に変わる話をでっち上げないとなあ。
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