「助骨から刃を斜めに差し込めば、肺胞から空気を漏らさず心臓を貫くことが出来る。やってみろ」
「はい。師匠」
髑髏の仮面を付けた男か女か判らない黒い外套の人物が幼い少女に指示を下す。
幼い少女、青みがかった黒髪の可愛らしさに溢れた女の子が真剣な眼差しで手にしてたダガーを目の前の手足を縛られ目隠しと猿轡をされた男に向ける。
男は呻めきを上げながら必死になって身体をよじり抵抗する。
そんな男に構わず少女は両手に構えたダガーをゆっくりと男の脇下から挿し込んでいく。
男は苦悶の呻めきを上げながら、ビクビク痙攣し悶える。
「あっ…………」
少女が挿したダガーの刀身がガリッと音を立てて途中で止まってしまう。
「肋骨に阻まれたか。今のお前の力では、骨を断つことは無理だろう。人体の構造をよく理解しろ。より詳しく、より緻密に、より効率よく」
「はい。師匠」
少女は突き刺した刃の向きを確認するように抉るよう変えて、力を込めて押し込む。
男は頭を左右に激しく振り乱し半狂乱になって暴れ、猿轡を噛ませた口から血泡がブクブクと溢れ出し、やがて弱々しく上下に身体を数回跳ねさせると、やがてピクリとも動かなくなった。
「心臓に到達したな。だが、時間がかかりすぎた。拘束した相手などカカシに等しい。次は素早く仕留めろ」
「はい。師匠」
仮面の人物が死んだ男に構わずに、その近くに横たわる手足を拘束された女に視線を向ける。
「次はこの女だ。教えたことをやってみろ」
「はい。師匠」
少女は男の骸からダガーを引き抜く。血濡れた赤い刃先からポタリポタリと滴が流れて垂れ滴る。
女は猿轡をされていたが、目隠しはされておらず、男の惨状を目の当たりにして涙を流し、股間から盛大に失禁していた。
悲壮な呻めきを咽び上げながら、近づいてくる少女に必死に許しを乞う。
「女は男より肉の脂肪が邪魔になる。特に胸はな。心臓の位置に注意しろ」
「はい。師匠」
少女の黒瞳の眼に涙と鼻水でぐしゃぐしゃの女の泣き顔が映り込む。
冷たい眼差しで見下ろす少女。
まるで手にしたダガーと同じように鋭い煌めきを放つ。
昏い輝きを凜然と宿して。
赤々と血濡れた刃が振り下ろされた。
「失敗すれば2度目はない。一撃で息の根止めることを心構えろ」
「はい。師匠」
貫いたナイフから噴いた返り血を浴びて尚、表情が変わらない少女。
「捕まえた取るに足りないならず者の練習台はまだまだいる。次は死なない程度に見極めて、生きたまま解体作業だ。肉筋の張り方、脈の位置、内蔵の仕組み、どのくらいで生きて、どのくらいで死ぬか、すべて感じて、その身に憶えろ」
「はい。師匠」
少女は刃を持ち、繰り返す。自分自身に刻み込む。
何度も。何度も。
十十十十十十
少女には何も無かった。産まれたのは場末の売春宿だった。薄汚い野良畜生どもが屯ろする盛り場。
ろくに食べる物も与えられず残飯を漁り、雑用係をやらされ、10になるかならないかぐらいに客を取らされた。
抵抗もせずに無防備な、痩せたが美しさが残る少女に覆い被さり貪る男たち。
ある日、客の一人のイチモツを喰いちぎり、隠し持っていたナイフで取り巻き囲む男たちの首を切り裂いた。
涙を流して踠き苦しみ果てる男を尻目に、騒ぎ立てる娼婦どもと客の男たちを誰も逃がさないようにひとりひとり次々と狩り、殺していく。
誰が父親だったのか、誰が母親だったのか。
そんなことは、どうでもいいことだ。
最近徐々にハッキリと意識が覚醒していくのが万全と理解した。
前世の記憶。男だった別世界の自分。
そうだ。
自分は前世もこうしていた。
こうやって、ろくでもない塵クズどもを刈り取っていた。
警察に追われて、最後は撃たれた傷から失血して身体が動かなくなり、隠れ家の廃墟で死んだ。
筈だが…………私は輪廻転生をしたのか?
ここは、もといた日本ではない。それは間違いない。
では、何処だろうか。外国か。その可能性が高いと最初は思っていたが、国どころか世界そのものが違うということを後に知ることになる。
「妙な魔力を感じて来てみれば…………これは中々に興味深いな」
いつの間にか、いつからそこにいたのか。
黒衣の人物が佇んでいた。
男なのか、女なのか、成人なのか、年寄りなのか、子供なのか、判らない声色と風貌。
髑髏の仮面だけが闇に白く浮かび上がっていた。
気配は無かった。いや、悟らせなかった?
私は瞬時にナイフを構え飛び掛かる。
狙うは首。
ローブの下に鎧のような防護服の類いを着込んでいるのを見抜いた。故に手薄で柔軟な首を断つ。
「…………刹那の判断。的確だ。だが、少々素直過ぎるな」
黒衣の人物の姿が影と重なり、二重にブレた。いや、増えた?
ナイフは吸い込まれるように影の中に囚われ、私は首を掴まれ宙吊りにされた。
「ガッ、ハァッ」
「…………ふむ。魂の型は不安定だが、十分に使えるか。丁度いい。連れて帰って仕込んでみるか」
私は圧迫される喉奥から空気を絞り出されながら、意識が途絶えた。
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あの日から私は黒衣の人物に教えられている。
人を効率よく殺す術を。
何故? 一度質問したが返答は一度だけ。
教えるに値するから、と。
彼? 彼女? から学ぶ殺人のイロハは改めて新鮮かつ得難いものだった。
我流で磨いてきた殺人鬼でしかなかった私の技など結局のところ、幼稚な児戯に等しかったと常々思う。
彼? 彼女? を"師匠"と呼んだが、特に呼び名には不定せず好きに呼べばいいとのこと。
師匠は時折り、外部から依頼を受けて仕事をしている。
『暗殺』だ。
フラリと消えて、フワリと現れる神出鬼没。
この世界には魔法なる未知なる力が存在する。誰でも使えるわけではない特別な能力。
師匠はその力を使い、依頼をこなす暗殺者。
私は素質があるらしいが、まだ覚醒していないらしい。
今日もまた『影』の中から現れる師匠。
しかし、その姿はボロボロ。半死半生だった。
「…………よもや依頼対象が隣国の勇者とは…………計られたな…………」
いや、生きているのか死んでいるのか分からないほどに。
人の形すら保っていない消える寸前の揺らぎの存在と化した師匠。
「…………こちらに来い、我が学び子よ…………」
私は黒い影の揺らぎとなった師匠に歩み寄る。
「…………我は消え逝く。故に最後に我の力を与えよう。我が知識、我が技、我が魔力、我が魂…………すべて持っていくがいい…………お前が新たな………………だ」
影が私に重なり合う。
そして旧き私は終わりを告げ、新しい私になった。
混沌の種から新たな闇の暗殺者が芽吹いた。