暗闇に満ちている石畳の回廊。
壁には等間隔に魔導光の燭台の明かりが灯されている。
その何処までも続く薄暗い石造りの廊下を歩む黒衣の人物。
長身、全身黒尽くめ、髑髏の仮面が対照的に白くぼうっと浮かび際立ち、白いのっぺりした風貌に冷たい不気味さを醸し出す。
「おや、現場復帰ですか。仕事に差し支えはないようですね。良かった良かった」
いつの間にそこにいたのか、赤いマフラーを首に巻いた紅い髪のローブを纏った女が壁際に寄りかかり声をかけてきた。
「…………何用か。百蛇の」
歩みを止めて傍らの女に問う黒衣の髑髏仮面。
男か女か若者か年寄りか判別し難い声質は正体を知られないため意図的なものだろう。
「いえ、かの名高い『魔影の操者』が最近姿を見せていなかったので、心配していたのですよ。まさか、「やられた」のではと…………ふふ、どうやら私の杞憂だったようですね」
マフラーの女、百蛇が微笑む。意味ありげに。
「…………少しばかり遠出していた。仕事だ。何も問題は無かった」
そのまま通り過ぎて歩み去る黒衣の人物。
「ああ、そうそう。知っていますか? 隣国、神聖王国リンドブルームの勇者が何者かに暗殺されかけたそうですよ。まあ、失敗したそうですが。いやしかし、勇者を屠ろうなどとは命知らずにも程がある。「アレ」は正真正銘のバケモノですからねえ。アレと渡り合うには神代に伝わる伝説の魔王しかいないでしょう」
そこでマフラーの女はややあ、とわざとらしく小声になる。
「おっと、これは機密事項案件。うっかり他者に漏らさぬようお願いしますね」
マフラーの女の足元にいつの間にか白い蛇がシュルルと這い寄りローブを伝い肩口まで登ると、舌先をチロチロと出す。
「おや。私の使い魔が戻ってきまたしたか。ふむふむ、なるほど。どうやら隣国との密約協定は無事に解決したようです。いや、一事はどうなることかと思いましたが、これで再び戦争にならずに済みましたね」
「…………そうか」
一言、振り返ることなく黒衣の仮面の者は返すと歩き去った。
その様子を蛇使いの女は細い糸眼を薄く開き、蛇と同じ縦長の瞳孔で見送る。
「ふふふ…………もちろん貴方の活躍のおかげですよ、魔影の。国の無能の老害による傀儡戦争など持っての他。しかし、あの勇者と引き分けて生きて帰るなど貴方はやはり素晴らしい一材ですね。それでこそ、私の超えるべき目標…………貴方を殺すのは私なのですから…………」
仄暗い輝きを放つ蛇目を畏敬と羨望に妖しく光らせながら。
十十十十十十
ガラガラガラ…………
一台の幌馬車が人里離れた森近い街道をゆったりとした足踏みで走る。
御者台に痩せた背の小さい男が手綱を引いている。
荷台の幌の上で幼い少女がハープを弾いて音色を奏でている。
そこの場所の行手に突如、人相と風体の物騒な男たちが何人も現れ道を塞いだ。
「ヘッヘッヘ。ここの街道をわざわざ通るなんて命知らずな奴らだ」
「ハイドライド共和国の街に行くなら遠回りしてでもこの森は避けていくもんだぜ?」
ゴロツキたちは手に手に武器を持ち、下卑たしたり顔でニヤニヤ笑う。
退路を塞ぐように後ろからもゴロツキが茂みから現れる。
「…………おやぁ、どうやら戦争で食い扶持が溢れた傭兵崩れどもですか。これだから戦争の後始末は面倒なんですよねえ」
馬車を停めた御者の子男が溜め息を吐く。
「せっかくの戦争が終わっちまったからな、俺たちはおまんまの食い上げよ。テメエら、その馬車と有り金と荷物残らず置いてきな。命までは取りゃしねえぜ」
ゴロツキたちが剣や槍をチラつかせ脅す。
もうすでに自分たちが絶対的な優位者であるということに疑う余地がない余裕の態度を示す。
「…………ふむ。ひい、ふう、みい、よう…………併せて二十人ちょいですか。この程度なら直ぐに済みますかね。ついでに片付けますか。出番ですよ、アナタたち。ミルシャルル、ヴァンヴァーズ」
子男が周りのゴロツキをまるで出荷前の家畜を数えるように無機質に数えると、馬車の荷台に向かって声をかけた。
「えー? めんどくさいなぁ。たかがゴミ掃除でしよ。それぐらい自分でやりなよ」
幌の上に載っている少女がハープを奏でながら嫌そうにする。
「貰った給料分はしっかりと働いてください、ミルシャルル。ほら、彼はちゃんとヤル気充分ですよ。働き者ですねぇ、ヴァンヴァーズは。誰かさんと違って」
幌馬車の中から巨大な丸太のような太い長い筋肉の塊りの腕がヌウゥと出て来た。
「うわぁっ! な、なっ!?」
それが、近い場所にいたゴロツキの頭を掴み上げ────
潰した。
「「「!!?」」」
突然に仲間が無残な有り様で殺され、戸惑うゴロツキたち。
幌の中から有り得ないくらい異常なほどの巨体を持つ毛むくじゃらの猫背形の巨人のような大男が姿を見せた。
手に持つ頭を潰されてビクビクと激しく痙攣させているゴロツキの血だらけの肉体を物凄い勢いで呆然としていたゴロツキたちに向けて、しならせ投げ飛ばす。
「ぐっげえっ!!」
「ぎゃばぁああっ!!」
仲間の死体に巻き込まれ叩き付けられ身体をくの字に曲げ、ボロ雑巾の如く吹き飛ぶ数人のゴロツキ。
「はあああ〜、仕方ないわね。やるわよ、やりゃぁいいんでしょう? 働くわよ、仕事だから」
幌の上に乗っていた少女が手に持つハープを軽やかに掻き鳴らす。
「な、なんだっ!? か、身体が、勝手にぃいいいぃっ!?」
「う、動かねえ、い、いや、腕が、脚が、ひ、ひとりでに動きやがるうううっ!!」
「がががっ! や、やめ、ぎゃあああああああああああああッッッ」
ゴロツキたちが苦しみだし、ぎこちない動きでそれぞれ手にした武器を振り上げ、自分たちの仲間に対して振り下ろす。
そして、たちまち仲間同士で殺し合いが始まった。
馬車から降りた毛むくじゃらの巨人が腕を振り回し周囲のゴロツキをまとめて薙ぎ倒す。
嫌がり泣き叫ぶゴロツキたちが延々と互いに斬り、刺し、嬲り、殺し合いを披露する。
そこは、まさに阿鼻叫喚、地獄絵図そのものだった。
やがて、その場に動くモノがなくなり静けさが訪れる。
「さて、これで道を塞いでいたゴミは綺麗になりました。我々の本来の業務に戻りましょう」
「ちょっと〜、街に着いたら露店巡りぐらいさせてよね〜。久々に隣国まで行くんだから〜」
「オ、オデも、大きな街、た、楽しみ、ダ」
少女がフンスと気丈に言い放ち、大男が巨体を器用に馬車の幌中に収め言う。
「まあ、いいでしょう。ですが、我々の役割りを忘れずにお願いしますよ」
馬車は何事も無かったようにその場を離れて再びゆったりと走りだす。
辺り一面におびただしい血肉の惨状を遺して。