アサルトファング Bestia Oratorium 作:羽桜千夜丸
先にアニメの流れで百合ヶ丘女学院の話を書きつつ設定を掘り下げ、その後他の2隊の話を書く予定です。
第1話 花と牙
荒廃し、苔生した廃墟の街…通称旧市街。
春の暖かな陽射しもまだ顔を出さない早朝、その一角に木製の武器を打ち合う音が響く。
ここは、名門校にして日本のヒュージ討伐最前線と言われるガーデン、百合ヶ丘女学院。その広大な敷地内に収まっている街の跡である。
当然、武器を手に朝稽古に励むのはここに所属する気鋭のリリィ……
ではない。
「……ふぅ。そろそろ止めにするか」
「了解です、隊長」
ここにいたのは2人の男。
1人は隊長と呼ばれた、巨大な木刀を軽々と扱っていた屈強な青年。もう1人は全長2メートルはあろうかという長い棒を自在に操る少年であった。
少年の短い髪と瞳は濃いグレー。彼も青年に劣らず、しなやかな筋肉が全身に無駄なくついている。
動きやすいツナギのような装いの2人は互いに間合いを取り一礼。その後得物を肩に担ぎ、学院の校舎がある方角へ歩き出す。
肩の横には所属先を示すマークが着いている。
「明日は入学式だな。編入してくる新しいお姫様方に、きちんと挨拶できるようにしとけよ」
「心得ております。隊長こそ、壇上での誓いの文言は暗記されましたか?」
「ああ、バッチリだとも」
などと雑談しながら進んでいると……。
「ご機嫌よう」
「「!」」
道に出たところで、2人に淑やかな挨拶をかける者がいた。
茶色のロングヘアにスラリとした体格の少女。赤と金のオッドアイが、2人を穏やかに見つめている。
彼女が身に着けているのは、この学院に所属するリリィの訓練用制服。
それを見た2人…隊長は腰に木刀を当て、もう1人は左手で棒を立てる。そして同時に左胸に右手を当てて礼。挨拶を返した。
「「ご機嫌麗しゅう、お嬢様」」
「あらあら、なんだか普段より堅苦しいですね。いつもはもっとフレンドリーなのに」
顔を上げた2人は苦笑いしていた。
「まあ、入学式を明日に控えているんでな」
「けどやっぱ違和感あるか、これ…。どうしたもんかな」
悩む隊長。一方、少年はリリィとの会話を続ける。
「それはそうと、君も朝のトレーニングか?
「ええ。ついでに新しいルームメイトのための、道案内もしています。編入してきてから日の浅い方ですから」
「ルームメイト…あの木陰からこちらを見ておられる方か?」
「はい」
3人から少し離れた道端の木。その幹の後ろから、やや短めの黒髪に翠の瞳のリリィが……恐る恐るといった具合で覗いている。不安そうな顔だ。
「……何か、飼い主以外の人間を初めて見た猫みたいだな」
「ええ、隊長さんのおっしゃる通りです。彼女の故郷にはあなた方のような組織はなかったそうで…少し怖がっているようですね」
「なるほど、実際に見たのは俺たちが初めてか」
「ではこちらから行こう」
「そうしてあげてください」
「え…」
3人で近づいてみると、黒髪のリリィは警戒を濃くしていた。
木の幹に体の大部分を隠し、おどおどとルームメイトに問いかける。
「しぇ…
「ご機嫌麗しゅう、お嬢様」
「驚かせたようで申し訳ない。俺は貴女方の騎士…『
「同じく黒鉄嵐、平隊員の
2人は先程、オッドアイのリリィ…神琳にしたのと同じ礼をしつつ自己紹介した。
それを聞いた彼女は警戒すべき相手ではないとわかったのか木の陰から出て挨拶する。
「ど…どうも…。
「いや、そういうリアクションの方が普通だから気にしなくて構わないさ」
「ああ。それと言葉遣いも、君の自然体で問題ない」
隊長…紀行と隊員の吉春の笑顔に安堵した雨嘉は溜息を吐く。
「……はぁ…。本当にいたんだ、『牙刃の騎士団』…。神琳は知り合いだったの?」
「ええ。ですので貴女が朝稽古されているお2人を見つけたときから大丈夫だと…」
「だ、だってびっくりしたんだもん…!女学院の敷地なのに、男の人が武器持って殴り合ってたから…!」
その感想を聞いた紀行と吉春は不思議そうに顔を見合わせる。
「殴り合って…いたか?」
「普段通りだったかと…」
一方の神琳は楽しそうに話す。
「あのときの雨嘉さんの慌てっぷりと言ったら…。『知らない男の人たちが暴れてる!』だったかしら?」
「おやおや…」
「い、言わないで神琳!」
何とも言えない表情で呆れる吉春。対して雨嘉は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
「本当に可愛らしい反応でした〜」
「言わないでってば!」
「それにしても…」
と、紀行が少し真面目な顔で話題を切り出した。
「稽古中、俺たちの周りに人の気配はしなかった…。となると、王嬢はなかなかに目がいいらしい」
「あ…えと、音が聞こえてきたから、レアスキルで…」
「あなた方が木刀と槍を打ち合う音を聞いた雨嘉さんが、『天の秤目』で見たのです」
「なるほど」
紀行は納得した顔でポン、と手を打つ。
「お姫様たちは武器が手元になくてもスキルが仕えるんだったか。忘れてた」
「基本的なことです、隊長。……っと、結構な長話を…。そろそろ参りましょう」
「そうですね。わたくしも雨嘉さんの案内を続けます」
「う、うん」
「では、ご機嫌よう」
「それでは」
「また会おう」
軽く別れの挨拶をして、別方向に歩き出す。
4人が進むその道を、昇ったばかりの朝陽が穏やかに照らしていた。
「……ご馳走様。さてと…」
学院内にある食堂で朝食を済ませた吉春は懐から手帳を取り出し、今日のスケジュールを確認する。
彼が今身に着けているのは先程のものとは異なる小綺麗な服。
白いワイシャツに、黒いブレザージャケットとズボン。ネクタイも黒に統一されていて、ジャケットの袖や襟と同じく白いラインが入っている。
これがこの部隊の制服。
周りには起きてきたリリィたちもちらほらと座っており、彼女らが身に着けているセーラー服をベースとした学院の制服に混じっても違和感がない。
「午前中は装備の点検と手入れ……午後からは入学式会場設営の手伝い、か。夕方からはフリーだが、別段することもないな…」
呟いた彼は懐に手帳を放り込み、トレーに載った空の食器を返却して食堂を去った。
その後彼が向かったのは校舎から少し離れた場所にある黒鉄嵐の宿舎、その隣にある格納庫。大きさは体育館ほどで、シャッターや重厚な扉などがついた厳しい施設である。
シャッターには牙刃の騎士団の紋章が描かれている。
牙の部分にサーベルを重ねた、おどろおどろしい狼の横顔の図。隊員に支給される持ち物や装備品、一部の衣類にもこのマークが付いている。
どうやら吉春が一番乗りだったらしく、格納庫は暗く人影もない。出入り口の横にある大きなスイッチを押し上げると、ズガン、という音と共に照明が点いた。
照らされたのは数々の武器。鎧のような物やリリィたちの武器『
そのまた奥にはいくつかの工作機械が見える。並んだ区画の数は30ほど。黒鉄嵐全員分の武器が収容されている。
吉春は通路を進み、彼の武器である機械鎧に近づく。
「昨日の出撃の後、大して見てやれなかったな」
仕切りの中に入り、工具箱を手に取ると台の上に寝かされている焼鉄色の装備に触れた。
前腕と脚部に重点的に装甲が施され、胴体は要所に配置された金属板と頑丈な皮革が守る。
両肩と腰にはウェポンラックがあり、肩の物は小さな盾も兼ねる形で、戦国時代の鬼面頬をモチーフとしたフェイスガード付きのヘルメットと合わせて鎧武者のテイストを醸し出す。
見た目通り、十分な耐久力を持ちながら人体の動きを阻害しにくい造りになっている。
彼がまず手をつけるのは鎧の背中。ここには肩甲骨付近にジャンプ力を向上させるスリット状のスラスターと、中央部に動力源となるコアパーツが付いているのだ。
背中の中央にやや盛り上がった部分がある。短い円筒形の金属の塊で、中心には燻んだ赤い光を放つ結晶体が見えている。
吉春は工具を取り出すと、金属塊を解体した。これは動力源を守るカバーだったのだ。赤い結晶体は、カバーの中でルーン文字が掘り込まれた金属の輪に嵌められている。直径は手の平に収まるくらい。
「まず回路の状態を……問題ない。信号の伝達も良し…と」
検査機器から伸びるケーブルを繋ぎ、鎧の状態を確認していく。
「後はセンサーとスラスター出力バランス…各部関節の調整はその後だな…。クリーニングの前に休憩するか…」
などなど独言ながら作業していると、格納庫にもう1人の隊員が入ってきた。
「やあ、吉春」
「
少し小柄で、明るい雰囲気の少年。
「今日も早いね」
「他にすることがないだけ、とも言える」
「あはは…。もうずいぶん慣れた感じだね、整備」
「さすがに2年目…いや、修行期間も含めて3年目にもなればな。君の手を借りるのは、修理のときくらいにもなるだろう」
「それもそっか」
「そういえば、昨日の迷惑なお客はどうしているんだ?」
「明日からいろいろ弄るって
「そうか。まあせいぜい役に立ってくれれば、俺たちの苦労も報われる」
「うん。じゃ、僕も作業に行くよ」
「ああ」
それから数分もすると庫内にぞろぞろと隊員が集まり、話し声や金属が触れ合う音で賑やかになった。
ある者は丁寧に装備品の汚れを落とし、あるいは剥がれた塗装を塗り直し、ある者は明日の配置の確認を行い……思い思いの方法で入学式に備えている。
作業は午前中一杯まで続き、昼食の後、黒鉄嵐は入学式の設営に向かった。
主な仕事は重量のある品々を運ぶ手伝いと清掃。隊員たちは学院敷地内に散らばっている。
メイン会場である講堂の窓ガラスを磨きながら、吉春は傾いていく陽射しを眺めていた。
(去年の今頃もこうやって掃除を…。そうか、俺がここに来てからもう1年になるんだな…)
ふと後ろを向き、着々と準備が進む講堂を見渡す。
(現場2年目…そろそろ色々な仕事を任されてもおかしくない。明日ここに来る彼女たち同様、俺も気分を改めようか)
ガラスに向き直ると自分の顔が映り込む。彼は右手に持っていた水のスプレーを映った顔にも吹き付け、左手の新聞紙で力を込めて拭き上げた。
一夜明け……。
百合ヶ丘女学院高等部…その正門から講堂の入り口に至るまで、大混雑の様相を呈していた。
新入生や来賓が集まっているのはもちろんだが、2年生、3年生のリリィたちも後輩を出迎えるために大勢押しかけている。
理由としてはまず、名門であるこの学院には少なからず有名人がいる。そのような人物を一目見ようとやってくる者がいることが一つ。
もう一つは、この学院の制度である。
高等部ではリリィの教育のため、上級生と下級生の間で擬似姉妹の関係を持つことが奨励されており、上級生(姉)を
つまり、上級生たちの中には妹を探しにやってくる者がいるのだ。
ここでは幼稚舎から高等部までの一貫教育を行っている。長い時間を一緒に過ごし、姉妹になることをあらかじめ約束している者も多い。そういう意味での妹探しも行われている。
ちなみに黒鉄嵐と百合ヶ丘の間にある独自の制度……
今この場には、新入生とその姉たち、加えて野次馬の上級生がやって来ており、満員御礼。
そんな中、黒鉄嵐の面々は……。
「よもや、俺が受付に駆り出されようとは……」
警備、交通案内、受付…と、忙しく駆け回っていた。
「しかもこの格好で…。先程から新入生組に恐怖の目を向けられている……」
警備を担当していた吉春だったが、生徒会から受付の増員を頼まれ急遽正門近くに移動した。
そのため、今タブレット端末を手に進む彼は武装状態である。全身に焼鉄色の機械鎧を纏い、右肩には両端に刃が付いた槍、左肩には柄の長い真っ直ぐな長剣を携え…おまけに額には鬼面のフェイスガード。その下で困り顔の彼はそれなりの強面。
ガチャガチャと物々しい音を立てながら歩く姿は異様としか言いようがない。
したがって、彼に話しかけてくるのは…。
「あ、吉春さん」
「おや、
中等部から持ち上がってきた顔を知っているリリィくらいである。
左胸に手を当てて会釈すると、話しかけてきたリリィにタブレット端末を差し出す。
「受付は済まされたか?」
「いえ…。えと、お願いします…」
「では、こちらに生徒手帳の顔写真のあるページを」
「はい」
彼女が端末の上に手帳をかざすと、電子音と共に投影されていた名簿にチェックが付いた。
「ようこそ高等部へ」
「吉春さん……どうして武器を…?」
リリィたちは自分のチャームをケースに入れて持ってきている。
が、今の吉春は武器の姿を完全に晒し、しかもいつでも使える状態にある。彼女たちには違和感しかない姿だ。
「警備をしていたところ、不意にこちらを手伝うように言われてな。外している暇もない」
「そ…そうだったんですか…。あ、あの…それでお姉様……
「ん…ああ、
「ありがとうございます!」
吉春の説明が終わらない内に彼女は走り去る。
「……忙しいのは互い様だったようだな」
そう呟くと、彼は業務を再開した。
それから数分後、人通りもまばらになったころ。
顔見知り以外に怖がられながらも正門付近で受付を進めていると、ヘルメットに内蔵された通信機に連絡が入る。
『吉春、聞こえるか?』
「はっ、隊長」
『今、俺たちのファンを自称する新入生がそっちの方へ行った。まだ受付を済ませてないから、上手いこと対応してくれ』
「……今一つピンときませんが…了解しました。そのときは必ず」
『頼んだぞ』
通信が切れると同時に周りを見渡す。
(………見たところ、それらしいリリィはいないようだが…)
「ほぁああああ……!」
「?!」
突如足元から感嘆の声が響き、吉春は驚いてそちらを見る。
いつの間にか、茶色の髪を三つ編みにした空色の目の小柄なリリィが、彼の脚部装甲をまじまじと見ながらメモ帳に何やら速記していた。
「すごい、すごい!すごいです!牙刃の騎士団の装備!!生で見たの初めてです!!」
かなり興奮気味の様子。
「(…新入生…だよな…?)き、君は…」
「あっ!失礼しました!私、
そう言って立ち上がりつつ顔も上げた彼女……の鼻からは流血が起こっていた。
「だ、大丈夫か?!」
「鼻血でしたらご心配なく!もうずっと出まくりですから!」
「いや、その理屈はおかしい」
「本当にすごいです!『コラプサーチャーム』に『カタフラクト』!本で見ただけだったものが目の前に!!さすが百合ヶ丘の黒鉄嵐です!」
「落ち着くんだ二川嬢!とりあえず生徒手帳を拝見…」
「そっ!そんな!サインなんて畏れ多いです!」
そう言って彼女はこの場を去ろうとするが…。
「(これで逃げられたのか、隊長たちは!)お待ちを!」
一歩踏み出すと、彼は二水の肩に手を置いた。
「ひゃい?!」
「サインはしないが、それより今は受付をだな…」
「受付…あ、それで生徒手帳が要るんですね!もしかしてさっきの方も…?」
「ああそうとも。さ、写真のあるページを」
少し落ち着いたのか、彼女は手帳を端末にかざしながら謝罪する。
「すみません、私、動揺しちゃって…」
「二川嬢……受付完了だ。早いところ、俺たちという存在に慣れてくれ」
「はい!」
彼女は血に濡れた笑顔で返答。……と。
「そこの刃物剥き出しの貴方。わたくしたちも受付してくださる?」
「ん?」
「こ、こんにちは……じゃなかった。ご機嫌よう…」
2人組の新入生が吉春の方に近づいてきた。
いかにもお嬢様という雰囲気のリリィは、赤みがかったウェーブのある茶色の髪に、蒼い瞳。もう1人は桃色の短い髪を四つ葉のクローバーでサイドテールにしている、赤い目の少女。
口調がこちらに慣れていない。高等部への新入生だ。
「では、こちらに生徒手帳の、顔写真のあるページをかざしていただく」
「はい、こちらですわ」
「わあ、パスポートみたい!」
2人が手帳をかざすと、
「ヌーベル嬢、一柳嬢の受付完了。ようこそ百合ヶ丘へ。まずは…」
「あ…あの…」
「「?」」
驚きの顔で吉春の横を見る梨璃の言葉。楓と吉春がそちらを見ると…。
「ふ、二川嬢?!」
先程よりも出血が激しくなった二水が楓をじっと見つめていた。
「か…楓・J・ヌーベルさん!!有名なチャームメーカーグランギニョルの総帥を父に持ち、ご自身も有能なリリィなんですよ!」
「いかにも。わたくしがその楓・J・ヌーベルですわ」
「そ、そうなんだ…。リリィに詳しいんだね」
梨璃が感想を漏らすと、二水は更に続ける。
「防衛省発行の官報をチェックしていれば、このくらい…!」
「それにいたしましても、わたくしのことをぺらぺらと喋ってくださった貴女…それから、わたくしたちの名前を知りながら自己紹介もなさらない刃物剥き出しの貴方は何者ですの?」
「あ、私は二川二水といいます!二水でいいです、一柳さん、ヌーベルさん!」
「これは失礼。俺は牙刃の騎士団、百合ヶ丘女学院部隊、黒鉄嵐所属の七須名吉春と申し上げる」
「え…えーと…?」
長い自己紹介に、梨璃の脳内は疑問符で埋まった。
「あ、そもそも牙刃の騎士団というのはですね…」
二水が解説を切り出すと…。
「後々わかることですわ。さっさと参りましょう」
「…は、はい」
後ろ髪を引かれつつ講堂へ向かう梨璃。
「君も行った方がいいだろう、二川嬢」
「あ、そうですね…」
メモを取りつつ何か聞きたそうにしていた二水。彼女も楓たちを追う形で歩き始める。同時に彼に通信が入った。
『吉春』
「はい、隊長」
『こっちの人波は落ち着いてきた。もうすぐ開式だし、警備に戻ってくれ。タブレットはこっちに頼む』
「了解。直ちに向かいます」
通信を切って彼も歩き出す。図らずも梨璃たちについて行くことになった。その気配を察した楓が振り向く。
「付き人は結構ですわ。持ち場にお戻りくださいな」
「……ん?今、ちょうど持ち場に戻るところだが…」
「受付じゃなかったんですか?」
「元々は警備だったんだが、人手が足りずこちらを手伝うよう言われたんだ、二川嬢。その命令が今しがた撤回されて、担当していた仕事に戻るだけだ」
「あら、ご縁がありますこと。せっかくですし、こちらの方に騎士団の何たるかを教えて差し上げては?」
彼女が指し示す梨璃は、興味半分、不安半分といった顔で吉春を見上げていた。
「……あまり喜んでいる顔ではないが、ヌーベル嬢…。まあ、高等部から入ったなら、俺たちを知らないことも当然だからな…」
吉春は昨日会った雨嘉を思い出し、梨璃への説明を始める。
「俺たちは『牙刃の騎士団』という防衛軍の特殊部隊で、リリィの戦闘や技術開発を全面的にサポートするのが仕事だ。要望のある全国各地の拠点…ガーデンに配備され、その指揮下に入る。配備された先によって部隊規模も構成も規律も様々。俺たちが普段身につけている制服もガーデンの雰囲気に合わせて各地で作られている。他所には他所の牙がある」
「なるほど…」
「共通しているのは……この紋章」
少し腰を捻り、左肩に白い塗料で施されたマークを梨璃に見せる。
「これを旗印に、俺たちはガーデンは違えどいつでも戦友たる存在だ。騎士団には本部があり、各ガーデンとの交渉や隊員の配属先を決定したり、新装備を用意したりしている」
「へぇー」
「しかし解せませんわよね」
「何が…?」
梨璃からの問いかけに楓ははっきり答える。
「貴方方のその口調ですわ!騎士なら騎士らしく、もっと謙ってくださらないと!」
「生憎、騎士団とガーデンは書類の上では対等だ。憲兵隊としての権限がある以上はな」
「憲兵隊…」
「コミュニケーション…言葉遣いに関してもだ。君たちも俺たちも、自由な言葉遣いで会話していいし、何なら理不尽な命令は突っぱねることもできる。全てのガーデンが認めている共通事項だ」
「ああ…そんな決まりもありましたわね」
「対等じゃなかったこともあるの、吉春さん?」
梨璃の問いかけに、彼は少し難しい顔をした。
「……昔の話だが、少々凄惨な事件があってな…。あまり語るものではない。それはそうと、二川嬢。先程は装備のことで何か聞きたそうにしていたが…」
「え!いいんですか?!」
二水の顔がぱっと明るくなった。メモ帳とペンを取り出し、取材の体勢に入る。
「で…では…!吉春さん、貴方の装備はカタフラクトの3Cシリーズ…だということはわかったんですが、どうしても3桁の型番号が絞り込めなくて…。よければ教えてください!」
「…273だ」
「273!!最も多くの騎士たちが纏う名機じゃないですか!!抜群の汎用性と拡張性を誇り、バリエーションも多岐に渡る高機能アーマー!貴方のは…背中、脚部のスラスタとウェポンラックから察するに高機動戦特化のサムライタイプですね!実物をこんなに近くで…!」
「大量生産された結果の余り物なんだがな…。ちなみに隊長は3C048だ」
「048!比較的前期のモデルながら圧倒的耐久力とパワーを兼ね備え、速度も申し分ない重装甲高トルク機!最前線に立つ隊長さんに相応しいです!」
「戦闘時には大剣を振り回しておられるよ」
「わあ〜〜!ぜひ見たいです!」
「こちらを見学する機会もいずれあろうし、そのときにでも…」
「はい!」
「はぁ…。ついて行けませんわね…」
などと会話していると、4人は講堂の前に到着していた。
「あれ…?」
講堂前のスペースには何やら人集りができている。
「んん…?
吉春が声をかけたのは、たまたま近くで険しい顔をしていた黒鉄嵐の隊員、
「人波は落ち着いたと聞いていたが…?」
「……あいつ」
「……あ」
彼が顎で示した方には、猫耳のような髪飾りのリリィがチャームを背に、長い黒髪の上級生と思しきリリィに向き合っていた。
「中等部以来、お久しぶりです。
「何かご用ですか?
「
会話を聞いていた吉春の顔も険しくなる。
「隊長たちは何を…!」
「さっきラボから連絡を受けてな、急ぎ足でそっちに行っちまった。んで入れ違いに……」
「…そういうことか」
一方、梨璃たちも…。
「何ですか、あれ?」
「大方、血の気の多いリリィが上級生に絡んでいるんですわ」
「そんな…リリィ同士でチャームを向け合うなんて…!」
「リリィと言ったって、所詮は16、7の小娘ですから。……あら、あれは…!」
時を同じくして、吉春は右肩の槍に手をかける。
「入学式から早速出番か…?俺たち憲兵隊が…!」
「頼むぜ。あのチャーム相手じゃ、俺は丸腰同然だ」
「よし……っ?!」
「
突如、気合いを入れた吉春を押し退け、楓が上級生…夢結の方に向かっていく。
「ふむふむ…。あちらの方は遠藤亜羅椰さん!中等部時代からその名を馳せる実力派で、もう一方のお方は、どのレギオンにも属さない孤高のリリィ、白井夢結様!」
二水は更に分析を続ける。
「さっきの様子だと、ヌーベルさん…夢結様とシュッツエンゲルの契りでも結ぶつもりかも、ですね」
「シュッツエンゲルかぁ。二水さんにもそういう憧れのお方はいるの?」
「私みたいな補欠合格のへっぽこが、シュッツエンゲルなんて…」
「あはは……。気にすることないよ。補欠なら私だって…」
「あ、知ってますよ一柳さん」
「……梨璃でいいよ?」
吉春と慶の方では…。
「何するつもりだ、ヌーベル嬢まで…。?隊長から通信?」
「んだよこんなときに…!」
2人は通信機を起動して紀行からの連絡を受ける。
時を同じくして…。
亜羅椰はチャームを完全に起動して構えていた。背負っていた片刃の大剣が、長い柄の戦斧に変形している。
彼女に対する夢結もまた、どこか喧嘩腰である。
と、そこへ…。
「はーい、そこ!お待ちになって!」
楓が割って入った。
「わたくしを差し置いて勝手なこと、なさらないでくださいます?」
「何、貴女…」
亜羅椰からの視線も気にせず、楓は夢結に恭しく一礼。
「お目にかかり光栄です。私、楓・J・ヌーベルと申します。夢結様にはいずれ私のシュッツエンゲルになっていただきたいと存じております」
「………」
無言の夢結。対して亜羅椰は不満そうな顔をしている。
「しゃしゃり出て来て何のつもり?それとも、夢結様の前座と言うわけ?」
「上等……ですわ!」
その発言を挑発と受け取った楓もケースからチャームを取り出す…と。
「だ、ダメだよ!楓さんまで!」
「っ!」
楓の腕は梨璃に掴まれて止められていた。
「!?」
「………」
亜羅椰も驚くが、夢結はなおも静観に徹する。
「あ、あれ?梨璃さんいつの間に!?」
驚く二水の頭上から、髪の束とともに独特な口調の言葉が降ってきた。
「なかなかにすばしこいやつじゃの」
「じゃの!?」
声のした方を見上げると、ボリューム満点の銀髪をツインテールにした小柄なリリィが、巨大なチャームのケースの上から様子を見ていた。
「じゃが、一歩間違えば斬られかねんぞ。にしても……」
(ミリアム・ヒルデガルド・
彼女の正体をあっさり看破した二水。そうとは知らないミリアムは、通信機相手に何やら言っている黒鉄嵐の2人に視線を移す。
「この事態に何やっとるんじゃ、黒鉄嵐のやつら……」
その2人…吉春と慶は楓が夢結への自己紹介をしていた頃からずっと……
「だぁから!何なんだって言ってんだろが!」
『……るい…!きゃ…のヒュ……げた…!……で、たいお……!』
「隊長?!隊長ーー!!もしもーし!!」
『で………いんじゃ……も…とかい…まか…』
「真島嬢?!いるのか?!今何と……」
『あー……れて……お……ンか…』
「くっ!繋がりゃしねぇ!何なんだよ!」
こんな調子である。
終いには…。
「ああっ!?」
「切りやがったな!!」
通信が途絶えた。
「何やっとるんじゃ、黒鉄嵐のやつら……」
ミリアムが呟いた直後……。
ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…
突如、不気味な鐘の音が学院内に響き渡った。
「ッチ!こいつぁ…」
「ヒュージのアラートか!……ん?」
「あ…?」
途切れ途切れであり、遂には完全に切れた隊長たちからの通信。そしてあまりにもタイミングがいいヒュージの警報。
そして最近、黒鉄嵐が参加した任務。
慶と吉春の中で、全く同じ仮説が浮上する。
「「まさか…!」」
2人の声が重なった瞬間、困惑している梨璃たちの方にもう1人、上級生のリリィが現れた。
「何をなさっているのですか!?あなた達!」
茶色のロングヘアをゆるく結わえた3年生…
「遊んでいる場合ではありません!先程、校内の研究施設から生体標本のヒュージが逃走したと報告がありました。出動可能な皆さんには捕獲に協力していただきます!」
「ちっ!!」
「やはりかっ!!」
輪をかけて顔を険しくする慶。吉春は頭を抱えて天を仰ぐ。
「……わかりました」
一方の夢結は史房からの指示に冷淡に従うが…。
「待ちなさい。夢結さん、単独行動は禁じます」
「何故です?」
「このヒュージは、周囲の環境に擬態するとの報告があります。必ず2人以上で行動してください。それから…」
「「はっ!」」
黒鉄嵐の方に視線が向く。吉春と慶は騎士らしく史房の前に跪いた。
「……貴方方とは一蓮托生。協力を頼みます」
「「了解!!」」
「それでは……貴女。夢結さんと一緒に行きなさい」
「えっ…あ、はい!」
史房に同行者として指名された楓は嬉しそうである。
「それからすぐに動ける貴方も。貴方は彼女を連れて行ってください」
「はっ!」
続いて指名されたのは吉春。慶は駄々をこねる亜羅椰を捜索に押し出す手伝いをすることになった。
「では直ちに…」
立とうとする吉春を、夢結が制止するように睨め付けた。
「必要ありません。足手纏いですし、騎士は信用しません」
「っ…」
一瞬、彼は悔しさを顔に滲ませる。だが…。
「……貴女には、足手纏いも騎士も必要でしょう…?」
「……」
史房からの問いかけに沈黙で答えた夢結。それを肯定と受け取った吉春が立ち上がる。
「二川嬢、悪いがこれを預かっていてくれ」
「え…?!」
手にしていた騎士団のタブレット端末を偶々見つけた二水に押し付け、夢結たちの方へ。
一方、後ろでは…。
「私の勝負〜〜!!」
「イテッ!こら、暴れんな!」
「行くよー亜羅椰」
「ちょっと!全然戦ってないじゃな~い〜!!」
亜羅椰は緑髪の1年生である
史房が次の指示を出す。
「実戦経験のないものは体育館へ……!」
だが、梨璃は夢結たち3人の方へと向かう。
「わ、私もお供します!」
「む?!」
「何ですってぇ!?」
「お役に立ちたいんです!」
「「………」」
楓と吉春はただ目を合わせ…次いで夢結を見る。彼女の判断に任せるつもりだ。
「……いらっしゃい」
先程、彼女が楓の間合いに入ったのは一瞬。そのスピードと的確さ故の判断であった。
一言だけ言うと、夢結はスタスタと歩き出す。それを楓と梨璃が追うことになる。吉春は気付けば先頭にいた。
「ああ、お待ちになってください!」
追いながら、何か思いを込めて話しかける梨璃。
「あ、あの…私、一柳梨璃っていいます…!」
「………」
それにも無反応で進む夢結。楓は威嚇するように梨璃に歯を見せた。
2人を見た彼女は足を止め、ある記憶を思い出す。すると…。
「何してる」
先頭の吉春が声をかける。その言葉で、はっとした彼女はまた2人に追いついた。
吉春は、背後から時折感じられる冷たい気配を気にかけていた。
(俺たちを信用しない…。まあ、そういうリリィも中にはいるだろう。白井嬢の話も聞いている。だが…それでも……!)
彼は思い出す。
巨大な武器を手に、もっと、もっと巨大な敵に笑顔で立ち向かっていった少女たちの姿。
そして、“最大の恩人”がくれた魔法の言葉。
(俺は…!!)
右手を肩の槍に伸ばして握る。戦う意思を感知した鎧はウェポンラックのロックを解除した。
肩から槍を外し、担ぎ直す。
(リリィのために“骨を折る”と決めている!!)
空は晴れ。春が訪れた旧市街地は新緑麗しい芽吹きの季節。
今、逃げ出したヒュージの追跡任務が幕を開けた。
エレンスゲと神庭にフォーカスできるのはいつになるやら……。