アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 神庭編が難産に入ったので、こちらを更新します。
 2ヶ月近く構想したはずなのになんでこうなるんや……。


第10話 狙撃

 梨璃がメンバーを集めているレギオンの聖騎士になった翌朝、吉春は黒鉄嵐宿舎の近くを歩いていた。肩に担いでいるのは、いつもの棒や槍ではなく立て札である。

 

 向かう先は、小鳥の囀りが聞こえる学院敷地内の林の一角。そこにはいつの日にか積まれて古びたコンクリートブロックと、その上に伏せられたままの、焼き物の植木鉢が置かれている。

 

「昨日のうちにこれを立てていればよかったのだが……」

 

 梨璃たちのレギオンのメンバー勧誘に付き合っていて、後回しにしていたことを思い出しながら進んでいると……。

 

「……おや?」

 

 植木鉢に近づくリリィを見つけた。独特な形の白いシャツにミニスカートを穿いた黒髪の彼女は、植木鉢の底に開いた穴を覗き込み……

 

  フシッ!

 

「わっ?!」

 

 穴の中から響いた怪しい音に驚き、慌てて後ずさる。後ろに来ていた吉春にも気付いて振り向いた。彼から声をかける。

 

「ご機嫌麗しゅう、王嬢」

 

「あ……な、七須名さん…。ご機嫌よう…」

 

 リリィ…雨嘉は慌てながらも会釈した。

 

「どうしたんだ、先程は?」

 

「えと…あれ…」

 

 彼女が指差すのは、先程覗いた植木鉢。

 

「あの中に……変なのがいて…」

 

「ああ、シジュウカラのことか」

 

「……シジュウカラ…?」

 

 雨嘉が不安な顔で首を傾げていると、吉春は懐から『鎌倉の野鳥』と題されたポケットサイズの図鑑を取り出してページを捲る。

 そして、青みがかった羽に白と黒の頭、首の後ろが黄色い鳥の写真が載ったページを彼女に見せた。

 

「あ…かわいい…」

 

「体長15センチ前後の小さな鳥で、東アジアに分布する。今はちょうど抱卵期……卵を産み、子育てを始める時期だ」

 

 吉春は植木鉢に目を遣った。

 

「あのように人間の生活に近い場所に営巣する割に、こちらから近づくと威嚇してくる。卵を守るためとはいえ、我儘な鳥だな」

 

 説明を聞いた雨嘉はショックを受けて俯く。

 

「あんな…小っちゃくてかわいい子にびっくりさせられちゃったの……私……」

 

 吉春は彼女に笑顔を向けながら、担いで来た『鳥が子育て中 ここから見守ってください Please watch from here.』と書かれた立て札を足元に刺す。文章と共に、ニワトリが卵を温めているイラストも添えられていた。

 

「気にするな。君はたしか北ヨーロッパの出身だったろう?なら、彼らと初めて触れ合ったのだから無理もない」

 

「………」

 

「それにしても…」

 

 やや落ち込み気味な彼女に話題を振る。

 

「こんな時間に、一人でこの辺りまで来るリリィはそういないが……考え事でもしていたのか?」

 

「……その、自信が…持てなくて……」

 

 頷いた雨嘉がぽつりと呟く。吉春は不思議そうに聞いていた。

 

「以前話した時にも思ったが、何がそこまで君をブルーにしているんだ?」

 

 2人で昇ったばかりの朝日を浴びながら、それぞれ少し離れた木によりかかって会話を続ける。

 

「……。今、こうやって貴方と話すだけでも…き、緊張してるから…。神琳みたいに、普通に話せた方がいいのに……」

 

「ああ……」

 

 吉春は苦笑いした。

 

「どちらかと言うと、郭嬢の方が珍しいがな。何の気なしに俺たちと交流しようとするのは……」

 

「そう…なの…?」

 

「ああ。無理に彼女と同じようにすることはない」

 

「………」

 

 少し安心したのか、彼女の顔に浮かんでいた不安の色が薄れる。

 

「後は……この前話していた技量の不安か。大分時間が開いてしまったが、あれから何か変わったか?」

 

 雨嘉が首を振って返した。

 

「……全然…」

 

 答えた彼女の顔が暗い。吉春はただ事ではないと感じた。

 

「何があったんだ、君は……」

 

 覚悟を決めたのか諦めの境地に達したのか。雨嘉は身の上を明かし始める。

 

「…私には、姉と妹がいて…。2人とも優秀なリリィで…。私だけ、日本に行くように言われた。私も、2人と一緒に故郷を守りたいんだけど……」

 

「……ほぅ…」

 

 吉春は興味深そうに彼女の話を聞いている。

 

「百合ヶ丘には世界レベルのレギオンがいるし、黒鉄嵐の人たちの実力を疑ってもいない…。でも……」

 

「ふーむ、なるほどなぁ…」

 

「え…」

 

 彼のリアクションは、雨嘉にとっては予想外だった。これほど真面目に聞かれるとは思っていなかったのだ。

 

「な、情けなくない…?自分の実力が足りないだけなのに、うじうじ悩んでて……」

 

「とんでもない。俺自身、そういう手合いの悩みや不安を持った経験はあるからな。ところで、一つ聞きたいんだが……」

 

「ん…?」

 

 

「日本に行くように言われた……と言うのは、君が以前所属していたあちらの学校…ガーデンからそういった処分を下されたということか?それとも、姉君や妹君から家を追い出されたのか?」

 

 

「……ううん、母親から…直接。きっと、私の出来が悪いから…」

 

「ほう、母君から…。ご本人の口から、そのように?」

 

「…そうとは言われてない…けど。毎晩…向こうが夜の時間に電話してくるから。心配して…。男の人がいるからって言ってたこともあったけど、たぶん、本当は……」

 

「ははあ……。なるほど、これは…ふふっ」

 

 吉春は何かに納得したように笑顔を溢す。

 

「……何…?」

 

「……いや、母君が君をこちらに来させた理由が、何となくわかってな…」

 

「本当…?」

 

 雨嘉が目を丸くする。

 

「まあ俺の勝手な憶測でしかないが……聞きたいか?」

 

「……う、うん」

 

 恐る恐るながらも頷く雨嘉。吉春は薄い雲が流れる空を見上げた。

 

「ならば、その前に…少々、俺の話を聞いてほしい。………」

 

 

 そう言って、彼は自分の生い立ちを雨嘉に話した。

 

 両親の顔すら知らないこと。生まれてすぐサーカス団に拾われたこと。そこで心技体を鍛えたこと。ヒュージに襲われ、彼がいた一座は解散したこと。そのときリリィに助けられ、騎士団に入って恩返しのために戦っていること……。

 

 

 言葉を区切り、雨嘉に向き直る。

 

「……さて、ここからが本だ…い……ど、どうした王嬢?!」

 

 彼の目に入った雨嘉は、これ以上ないほどの罪悪感で顔色を悪くしていた。

 

「ご…ごめんなさい…!私……七須名さんのこと、何にも知らないで…あんな悩みを…。貴方は、二度も故郷を失くしてるのに…私…!」

 

「いや、それは本筋ではないんだが…。ま、まあ…俺と似た境遇の騎士団メンバーやリリィは珍しくない。君の身近にもいるし、その事実を受け止めてくれればそれでいい」

 

「身近……もしかして、神琳も…?」

 

「ああ…詳しくは知らないが、俺たちに会いに来るのは、俺たちの姿にご家族の面影を垣間見ることができるからだそうだ」

 

「……それで、神琳は…」

 

「で、今は君の話だが……」

 

 吉春が会話の軌道を修正する。

 

 

「俺もサーカス団時代…まだステージに立ったこともない頃、君のように悩んだものだ。俺はどこまで上手くやれるのか。失敗はしないだろうか。失敗しなかったとして、観客を喜ばせる演技はできるだろうか……とな」

 

「………」

 

 静かに聞く雨嘉に、言葉を続ける。

 

「初めてステージに立つ直前、俺の不安は限界だった。今日は無理だと師匠に泣き言を言うと……師匠はこう言った。

 

『お前は十分練習した。幕が上がれば、目の前には広い世界がある。そこにはお前の演技を待っている人たちがいるんだ。だから必ず喜ばれる。全力を出せ(Break a leg)

 

……そして本当に…俺の世界が広がった。最後の言葉は、今の俺には魔法の呪文だ。最後の一押しをしてくれる」

 

 目を閉じれば鮮明に蘇る。

 客席から上がる歓声。鳴り止まぬ拍手。仮面の下を流れる感涙。

 

 目を開けて雨嘉を見る。

 

「君の母君も、きっと師匠と同じ気持ちだ」

 

「お母さんが…?」

 

「ああ。おそらくだが……」

 

 一呼吸置き、笑顔で語る。

 

「君に、広い世界を見せ、体験させたかったのだと思う。家族のような狭い世界ではなく。広い世界には、君より優れた者はいるだろう。だが同時に、君を必要とする人々もまた、必ず存在するはずだ」

 

「私が……必要な人…」

 

「そう。俺が君に言えるのは……」

 

 吉春が頷いて目を遣るのは、朝日を浴びて煌めく校舎。雨嘉も自然にそちらを向く。

 

「王嬢、ここは広い世界だ。君が立つべくして(しつらえ)られたこの舞台に、足を折る勢いで立ち、最高のパフォーマンスを叩き出す。君がやることはそれだけでいい。その機会を逃すな。恐れるな。必要な力はもう、君の内にあるのだから」

 

 握り拳を突き出し、雨嘉に見せる。

 

「そうすれば、君を必要とする誰かが喜び、手を叩いてくれる。そうなった時、初めて、君は自信と……それ以上の感動を手にすることだろう」

 

「……っ!」

 

 雨嘉の手が、胸の前で拳になる。

 

 彼女に向かい合って吹く一陣の風。

 朝の爽やかな空気が流れ、ざあっと木々をざわめかせた。

 

 

 

 

 

 昼休みの時間。

 午前中で1年生の授業が終わったので、吉春はこれからメンバー集めに動く梨璃たちを手伝う。

 その待ち合わせ時刻を気にしながら向かったのは、学院の地下にある工廠科だった。

 

 

「およ?吉春」

 

「ん…ああ、グロピウス嬢」

 

 エレベーターホールの近く。エナジードリンクがこれでもかと並べられた自動販売機の横にある長椅子に座っていたミリアムが声をかけてきた。

 

「どうしたんじゃ?少しばかり焦っとるようじゃが…」

 

「莱清を探していてな、こちらに来ていると聞いたもので……。今どこかわかるか?」

 

「莱清か…。さっき百由様のとこに行っとったぞ。まだおると思うが…」

 

 ひょい、と椅子から立ち、ミリアムは吉春の先を歩いて百由の工房に向かう。

 

「おーい、百由様ー。莱清おるかー?」

 

 インターホンを押して扉を開けると、ホワイトボードに向き合って何やら話している2人がいた。

 

「あら、グロピウスさんによっしー。どったの?」

 

「莱清、今朝バッジができたと聞いたんだが…」

 

 吉春が呼びかけると、莱清が振り向く。

 

「え…ああ!ごめん吉春!新装備の発案に夢中になってて…格納庫に行くの忘れてた…」

 

 言いながら彼は吉春に近づき、ポケットから銀色の金属片を取り出す。

 

「はい、聖騎士(ヘリガリッター)のバッジ。仕事増えると思うけど頑張ってね」

 

「ああ、助かる」

 

 吉春に手渡されたそれを、ミリアムが横から覗き込んだ。

 

「お、莱清の襟にあるのと同じピンバッジじゃの」

 

 手の中で煌めくのは、百合の花に寄り添う狼の頭が掘り込まれた六角形のバッジ。大きさは100円玉ほど。

 

「これで、リリィの集団を専属でサポートしてるって証明になるよ」

 

「ああ、莱清のバッジはそういう意味だったんじゃな。どっかのレギオンか?」

 

 と、百由が口を開く。

 

「あら、知らない?梨璃さんたちがレギオンを作ってて、よっしーはその聖騎士になってるの。夢結に言われたそうよ」

 

「ほー。ということは夢結様もそのレギオンにおるのか」

 

「ああ。これからメンバーの勧誘に向かう。間もなく待ち合わせ時刻だな……」

 

 バッジを付け終わった吉春が頷くと、ミリアムが興味深々の表情で彼を見上げた。

 

「それ、わしもついて行ってよいか?」

 

「構わないが…」

 

 

 吉春とミリアムが連れ立って百由の工房を後にする。

 

「邪魔したな、莱清、真島嬢」

 

「またのー」

 

「はいは〜い」

 

 笑顔で手を振る莱清と百由に見送られ、2人はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 校舎の脇を走る道路から、グラウンドに降りる階段。そこには梨璃、楓、二水の3人のリリィが集まっている。

 

「二水ちゃんも楓さんも、ありがとう…」

 

 唐突に2人に向き合って礼を言う梨璃に、二水たちはぽかんとした。

 

「梨璃さん?」

 

「藪から棒に何ですの?」

 

「私、2人のこと…勝手にアテにしちゃって……」

 

「「………」」

 

 二水と楓は目を合わせた後、微笑みながら彼女に向き直った。

 

「梨璃さんだって頑張っているのは、ご自身のためばかりではないんでしょう?」

 

「うん…私はお姉様のために……」

 

「ならそれと一緒です」

 

 楓が答えると、背後から……。

 

 

「何じゃ何じゃ何じゃ?辛気臭い顔が3つも並んどるのう」

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 ミリアムと吉春がやって来ていた。階段の上側に座る彼女に、楓が呼びかける。

 

「何ですの?ちびっ子2号」

 

「2号?」

 

「私1号?!」

 

 ミリアムは特に気にしていないようだが、二水は驚いていた。吉春は呆れ顔を楓に向ける。

 

「君…案外口が悪いよな、ヌーベル嬢……」

 

 彼の呟きも気にせず、ミリアムが会話を続ける。

 

「百由様から聞いたぞ。梨璃のレギオンを作るとか」

 

「いえ、あの…お姉様のレギオンで……」

 

 梨璃が言い終わらないうちに、彼女が立ち上がる。

 

「わしでよければ入ってもよいんじゃがの」

 

「か゛の゛っ?!」

 

 何故か語尾を復唱しながら驚く二水。吉春は内心、やはりかと思っていた。

 

「え、いいんですか!?」

 

「わしは元々、夢結様の戦い方に興味があるのじゃ。確か、レギオンには属さないと聞いとったが……」

 

 笑顔で梨璃に説明していると、楓がボードに留められたレギオン契約書を彼女に差し出す。

 

「ではここに署名と捺印を」

 

「ん」

 

 二水と梨璃が顔を見合わせる中、ミリアムはサラサラと名前を書き、指輪に通したマギの印を付ける。

 

「これでよいか?」

 

 ミリアムから書類を受け取り、喜んだ梨璃と二水が抱き合ったり小躍りしたりしながら礼を言う。

 

「ありがとうございますっ!」

 

「この調子で次行きましょう!」

 

「苦労しとるんじゃのぅ、お主ら」

 

 笑顔で言うミリアムに、吉春が話しかける。

 

「助かった、グロピウス嬢」

 

「うむ、感謝するのじゃ!」

 

 

 ミリアムと一旦別れ、学院敷地内を歩く。クラスメイトや吉春の知り合い、友人のリリィを探しては声をかけ、寮の前まで来てしまった。

 

「……二川嬢、もしやここからは…」

 

「はい、寮の部屋に戻っているクラスメイトを勧誘しようかと」

 

「押しかけるみたいでちょっと気が引けるけど……」

 

 苦笑いする梨璃。吉春は入り口の前で足を止めた。

 

「では、健闘を祈る」

 

「え……あ、吉春さんって入れなかったり…?」

 

「許可証を持っていないからな。こういうとき、男の聖騎士は不便だと学んでくれ。俺はここで待っている」

 

 

 涼しい顔で3人を見送る吉春。梨璃は少し申し訳なくなった。

 

「……ああいう犬の話ってありませんでしたっけ?」

 

「あ、聞いたことあるよ。確か銅像になった子だよね」

 

「まあ牙刃の騎士団のマークは狼ですけれど…。勧誘が終わったらお話ししに戻らないとなりませんわね…」

 

 3人は話しながら寮へ入っていった。

 

 

 

「わたくしを一柳さんのレギオンに……」

 

 寮の一室で、向かい合って座っているリリィ…神琳を二水が紹介する。隣には梨璃がいて、少し後ろには堂々と椅子に腰掛けた楓が紅茶を飲んでいた。

 

「クラスメイトの郭神琳さん。百合ヶ丘女学院では中等部時代から活躍している、台北市からの留学生です。1年生ながら、リリィとしての実力は高く評価されています」

 

「…その…お姉様のレギオンで……」

 

「そう…。とても光栄だわ」

 

「ええと…それは……」

 

 梨璃は汐里との話以来、この返答に嫌な予感を抱くようになっていた。が、今回は色のよい返事が返ってくる。

 

「謹んで申し出を受け入れます」

 

「わっ!本当ですか!?ありがとうございます!梨璃って呼んでください!」

 

「はい、梨璃さん」

 

 大喜びの彼女の横で、二水は喜びを通り越して興奮気味になって鼻を押さえる。

 

「………」

 

 3人のやり取りを、雨嘉は携帯電話を見ながら静かに聴いていた。そして、チラリと梨璃たちを見た瞬間……

 

「で!」

 

「っ!」

 

 目が合った。彼女は咄嗟にそっぽを向くものの、梨璃は気にすることなく問いかけてくる。

 

「貴女は?」

 

「…私…?」

 

 逸らしていた視線をゆっくり戻していると、二水が雨嘉を紹介し始めた。

 

「クラスは違いますが、同じ1年生の王雨嘉さん。ご実家はアイスランドのレイキャビクで、お姉様と妹さんも、優秀なリリィです」

 

 雨嘉は咄嗟に反論する。

 

「姉と妹は優秀だけど、私は別に……」

 

「どうですか?せっかくだから、神琳さんと一緒に…。……?」

 

 梨璃は彼女の携帯ストラップに目を向ける。金色で目などが描かれた小さな黒猫だ。

 

「私が…レギオンに……」

 

 雨嘉は今朝の吉春との会話を思い出す。

 

 『…君を必要とする人々もまた、必ず存在する…』

 

「………」

 

 だが、彼女はまだ一歩を踏み出せない。迷っていると……。

 

「……自信がないならお辞めになっては?」

 

 茶を飲んでいた神琳が、彼女を見ることもなく言った。

 

 再び、吉春の言葉を思い出す。

 

 『…機会を逃すな。恐れるな…』

 

(……ごめんなさい、七須名さん…。やっぱり、私……)

 

「……うん、辞めとく……」

 

 

「えぇっ?!」

 

「素直ですこと」

 

 愕然とする梨璃の後ろで、楓が褒め言葉とも皮肉とも取れる言葉を口にした。

 

「な、なんでですか?!」

 

 雨嘉は眉を八の字にしつつ俯く。

 

「神琳がそう言うなら……きっとそう…だから…」

 

「………」

 

 梨璃は何となく、雨嘉が後悔しているように見えた。

 神琳に問いかける。

 

「あの…お2人は知り合って長いんですか?」

 

「いえ、この春に初めて…」

 

「だったら、どうして……?」

 

 気にせずにはいらない。神琳はどうしてあんなことを言ったのか。どうして雨嘉は素直に受け入れられるのか。

 

「わたくしはリリィになるため…そしてリリィであるため、血の滲む努力をしてきたつもりです。だから……というのは理由になりませんか?」

 

「……っ」

 

 梨璃は少し俯いた後、雨嘉の方を見る。

 

「私は…才能も経験も……神琳さんみたいな自信も、持ち合わせてないけど……。ううん…!だから…!そんなの確かめないとわかりません!」

 

「……!」

 

 『…君が立つべくして設られたこの舞台に、足を折る勢いで立ち、最高のパフォーマンスを叩き出す。君がやることはそれだけでいい…』

 

 再び思い出される吉春の言葉。今朝言われたのと同じことを今、梨璃にも言われている。

 

「またわからんちんなことを…。まあそこが魅力なんですが……」

 

 どら焼きを頬張りながら楓が呟いていると……。

 

「……ぷっ…うふふ…あははっ…!うふふふっ!」

 

 神琳が笑い始めた。目に浮かんだ涙を拭う。

 

「……失礼…。梨璃さんは、雨嘉さんの実力のほどを知りたいと言うのですね?」

 

「え…?!私、そんな偉そうなことは……」

 

 梨璃は慌てて否定するものの、雨嘉はとうに覚悟を決めていた。

 

「ありがとう…一柳さん…。私、やってみる…!」

 

「え…?」

 

「これでいい?神琳(…それから、七須名さんも…)」

 

 問われた彼女は茶を一口飲み……

 

「…でしたら、方法はわたくしにお任せいただけますか?」

 

 微笑みを浮かべる神琳の提案で、雨嘉の実力を試す舞台が整えられ始める。

 

 

 

 しばらくして。

 

「吉春さ〜ん」

 

「む…一柳嬢」

 

 寮の入り口で待っていた彼に、梨璃が駆け寄って来た。

 

「勧誘はどうなった?」

 

「えーと、神琳さんが入ってくれて……」

 

「……郭嬢が…?」

 

 吉春の顔がやや恐怖に引き攣ったものの、後ろを見ていた梨璃は気付かずに続ける。

 というのも、彼女の後ろには楓と二水にケースに入れたチャームを肩に提げる雨嘉、そして笑顔で手を振る神琳がいるのだ。

 

「あと、これから雨嘉さんの実力を確かめることになって……」

 

「そうか…。君たちに同行すればいいんだな?」

 

「う、うん。他にもお願いがあって……」

 

「何なりとどうぞ」

 

 吉春がリリィの一団を見ると、既に神琳が旧館…上級生の暮らす寮へと歩き始めていた。

 

(郭嬢……また何か、恐ろしいことでも考えついたな…?彼女と同じレギオンか…やれやれ…)

 

 数分後。

 楓、梨璃、二水、雨嘉…そしてカタフラクトを纏った吉春は旧市街地の中を歩いていた。武器は一つも持っていない。

 

「…七須名さんが、一柳さんたちの聖騎士…?」

 

「うん!」

 

 雨嘉の質問に元気よく答えた梨璃。雨嘉はチラリと吉春を見た。

 

(まさか、今朝話したばっかりで…こうなるなんて…)

 

 不安な視線を感じ取った吉春は、他の皆に見えないように小さくサムズアップする。

 

(……うん、言われた通り、頑張ってみる…!)

 

 

 

 やがて旧市街地の中、全員が配置に着く。梨璃と雨嘉はある廃墟の屋上に立ち、その下には楓と二水。

 

 屋上で、雨嘉が梨璃にも身の上を話す。

 

「私の姉も妹も、今もアイスランドに残って、ヒュージと戦っているの。一人だけ故郷を離れるように言い渡されて……私は必要とされてないんだって思ってた…」

 

「………」

 

「ごめんなさい…百合ヶ丘は世界的にも、トップクラスのガーデンよ。ただ…故郷を守りたいって気持ちは特別…っていうか…」

 

「うん。それ、わかるよ」

 

 梨璃は優しく、彼女に理解を示す。その微笑みが、朝に見た吉春の笑顔に重なった。

 

 と……。

 

  ピリリリッピリリリッ

 

「!」

 

 雨嘉のポケットに入っていた携帯電話が鳴る。かけて来たのは……神琳。

 

 

 

「雨嘉さん、こちらがわかる?」

 

 およそ1キロメートル先。廃ビルの屋上にて、上級生の知り合いから借りた黒いアステリオンを手にした神琳が、雨嘉と話す。

 傍らには、彼女が普段使っている丸い盾のチャームが刺してある。

 

 

「あ……うん」

 

 彼女は、神琳のチャームに反射した日光を見つけた。すると電話越しに、神琳が驚くべきことを口にする。

 

『そこから、わたくしをお撃ちなさい』

 

「え……」

 

 

 困惑するルームメイトに構わず、神琳の言葉は続く。

 

「訓練弾なら大丈夫よ」

 

『そんなわけ……!』

 

「装填数10発。きちんと狙えたら、わたくしからはもう何も申しません」

 

『…神琳…!』

 

 

「大丈夫…。貴女ならできるわ」

 

 

 彼女がそう言ったのは、自ら切った電話のマイクだった。

 

「……直に言ってあげたらいかが?」

 

 真っ当な指摘をするのは、神琳の後ろにいる夢結。彼女もこの場に呼ばれていたのだ。

 

「お立ち合いご苦労様です、夢結様」

 

「お構いなく。梨璃に頼まれましたから。……同じ言葉は、彼にも言ってあげるのでしょう?」

 

「さあ…?」

 

 

 

 梨璃と雨嘉、そして神琳と夢結。両者のちょうど中間の位置、その地面には吉春が立っていた。

 

「弾丸に込められたマギの量と質…そして王嬢が体内で行うマギ管理。両方のモニター役か……。全く、人使いが荒い上に危険な試みをやってくれる」

 

 吉春はため息を吐いた。

 

「はぁ…。憲兵隊の管理外でやることではないが、それ以外の役割も押し付けてくるとはな。つくづく苦手な人だ、郭嬢は。……『ホルスの眼』」

 

 リアクターから負のマギが流れ、吉春の瞳が燻んだ赤い光を放つ。

 

 

 

「……どうして…」

 

 切られた電話を手に、呆然とする雨嘉。そのストラップを梨璃が見つめた。

 

「雨嘉さん。猫、好きなの?」

 

「え……?!う、うん……」

 

「かわいいね〜、この子……」

 

「うん…」

 

 陽の光を受け、煌めく黒猫。梨璃は彼女の気分を落ち着かせるために言ったのか、雨嘉にとっては意図は関係ない。

 

「これ、持っててくれる?」

 

「え…うん」

 

 梨璃に携帯電話を預け、しゃがんでチャームを構える。

 

「………」

 

 左目を閉じ、真っ直ぐ神琳のいる方角を見る雨嘉。彼女の右眼の前に、立体映像のスコープのような光の紋様が浮かび上がった。

 

 視野が狭まり、その範囲にある景色がぐんぐんと拡大していく。

 

 

 

「『天の秤目』。遠く離れたモノも寸分の誤差なく把握する。それが、雨嘉さんのレアスキルです」

 

 

 人差し指で示された、彼女自身の眉間。そこをマギのスコープでロックする。

 

 

「遠距離射撃?目標は何なの?」

 

 梨璃からの問いかけに、雨嘉は……

 

「……神琳」

 

「へぇっ?!」

 

 低い声で答え、梨璃を驚かす。

 

 

 

(撃ちなさい、雨嘉さん。撃って、貴女が一流のリリィであることを証明なさい)

 

 神琳が独白する500メートル先では、吉春が皆のマギを観測していた。

 

(始まるのか、王嬢。君の舞台が。見せてもらうぞ……この、特等席からな…!)

 

 

 そのまた500メートル先。梨璃は慌てて雨嘉を止めようとする。

 

「あ、あぶあぶあぶ危ないよ雨嘉さん!!」

 

「……。一柳さんと神琳は、私にチャンスをくれたの。それに、七須名さんが背中を押してくれた。だから私も、貴方たちを信じてみる…!」

 

「え……?チャンス…?」

 

 梨璃が呟いた次の瞬間。

 

「っ…」

 

  キリ…

 

 雨嘉の指がトリガーにかかる。もう、迷いはない。

 

  ズドォッ!

 

 

 発砲。

 マギの籠った弾丸が、瞬間…正しく瞬く間に神琳に迫る。

 

  ギィンッ!

 

 その弾丸をチャームで打ち砕く神琳。金属の破片が飛び散り、弾に込められていたエネルギーがスパークする。

 

「ふっ…」

 

 青白い閃光の中で、彼女は得意げに微笑んだ。

 

「雨嘉さんとの距離は約1キロ。アステリオンの弾丸の初速は毎秒1800メートルだから、瞬きするくらいの時間はあります。狙いが正確なら、躱せます」

 

「なるほど、正確ね」

 

 近くで見ていた夢結が応えた。彼女は飛び出た刃で突き刺さっている盾に目を落とす。

 

「いつものチャームは使わないのね」

 

「対等の条件にしておきたいので」

 

 

 

 地面でマギを視る吉春は、神琳のチャームに一切のエネルギーが通っていないことを確認していた。

 

「扱えもしないチャーム……郭嬢の方が圧倒的に不利だ。それで対等とでも思っているのか…?物は言いようだな、全く…」

 

 

 

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

 

 

 音を無くした街に響く鋼の咆哮。

 連続発射される弾丸を、神琳は次々にチャームで砕く。6発目、7発目…。そのどれもが、神琳の眉間を確実に捉えている。

 8発目がスパーク。その直後、夢結の長い髪がそよいだ。

 

「……!風が……」

 

 鳥が飛び立ち、新緑の葉が舞う。

 

 

 

「弾が…逸れる…!」

 

 精密射撃であるほど、風によって弾が流される影響は大きくなっていく。

 

 

 舞い踊る大気を、吉春もその身に感じていた。

 

「さあ王嬢…見せ場が来たぞ…!」

 

 

 風が凪ぐ瞬間を待とうとした雨嘉だが、吉春の言葉を思い出す。

 

(七須名さんが言ってた…最高のパフォーマンス…!披露する機会は、もう逃さない…!)

 

  ズドォッ!

 

 僅かに照準をずらして発砲。風に乗ったライフル弾は、曲がった軌道を描きながら神琳の眉間へ。

 

  ギィンッ!

 

 またも弾丸を叩き潰す。風は強くなり、クレーターにできた池にさざ波が立った。

 

(また風が…。やり過ごす……?)

 

 風を読んだ雨嘉は、速やかに考えを撤回。

 

(ううん、いける!)

 

  ズドォッ!

 

 

 弧を描いて眉間に向かう10発目。だが、軌道が直線から逸れたということは……。

 

「ふふっ」

 

 軌道は長くなり、神琳が不敵な笑みを浮かべてチャームを切り替えるくらいの時間は与えてしまう。

 

「はぁっ!!」

 

  バギャッ!!

 

 飛来する弾丸を、彼女の盾が反射する。元の軌道を通り、速度も落とすことなく雨嘉へ帰還するライフル弾。

 

「あ……」

 

 気づけば、彼の師匠が授けた魔法の呪文が、彼女の唇を震わせる。

 

Break…

 

 膝が伸び、チャームの刃がスライド。

 

a…

 

 しっかり踏み締める足。構えたチャームは、最後の変形を完了する。

 

leg…!

 

 

  ギィンッ!!

 

 唱え終わると共に着弾。マギの稲妻を空中に残し、刃にて切り裂かれた弾丸が背後の山に命中する。

 

「……っはぁ…はぁ…」

 

 詰まっていた息は解放され、肺が空気を求めて激しく動く。

 

「……10発……」

 

 全てを神琳の眉間に撃ち込んだ。その事実を梨璃が受け入れていると……。

 

  ピリリリッピリリリッ

 

「あっ!」

 

 彼女の手にある携帯電話が鳴った。

 

 

 

『お見事でした、雨嘉さん』

 

「……神琳…」

 

『貴女が優秀なリリィであることは、これで誰の目にも明らかだわ』

 

「……」

 

「やったあ!」

 

 ほっと一息吐く雨嘉の横で、梨璃が手を上げて喜ぶ。雨嘉はそんな彼女の方を見た。

 

「ありがとう、梨璃…」

 

「え?」

 

 急に礼を言われただけでなく、呼ばれ方も変わったので、梨璃は一瞬思考が止まる。

 雨嘉はもう一度、携帯電話のストラップを梨璃に見せた。

 

「梨璃がこの子を褒めてくれて……私、貴女のレギオンに入りたいって思えたから…」

 

「それが、ありがとう……?」

 

「うん、ありがとう」

 

 雨嘉は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 礼の言葉は、こちらでも……。

 

「ありがとうございました、夢結様」

 

「いえ。貴女も見事だったわ」

 

 神琳は空を見上げる。

 

「わたくし、雨嘉さんが妬ましかったんです。エリートの家に生まれて、才能にも恵まれて……なのに、本人は自信を持てなくて悩んでいるなんて…」

 

 視線を下げ、夢結の方に笑顔を向けた。

 

「何なのよこの子はって、腹も立ちませんか?」

 

「ずっと…腹を立てていたの……?」

 

 夢結は奇妙な物を見る目を神琳に向けていた。

 

「はい。でも、これですっきりしました」

 

「……。私が言うのもなんだけど、貴女も中々、面倒な人ね……」

 

「よく言われます」

 

 彼女はにこやかに認めた。

 

 

 

「吉春さん」

 

「お…。どうした、郭嬢」

 

 全員が合流したところで、神琳は吉春と話す。

 

「どうでしたか?雨嘉さんのマギを見てみて」

 

「……。今更、俺の講評など必要か?」

 

「いいですから。見たままを言ってあげてください」

 

「………」

 

 雨嘉は期待半分、不安半分という具合で彼の方を見ていた。

 

「はぁ…。体内のマギは淀みなし。向かう先には迷いなし。放つ時には曇りなし。君の努力の痕跡は、このホルスの眼がしっかと見届けた」

 

 自分の目を指差して評価する。雨嘉の顔はぱあっと明るくなった。

 

「あ…ありがとう…。吉春さん…」

 

「礼には及ばないさ」

 

 7人で校舎へ向けて歩き出す。ふと吉春の目に、顎に指を当てて苦い顔をする夢結が映った。

 皆に聞こえないよう、小さめの声で話しかけた。

 

「どうかしたのか?白井嬢」

 

「……いえ、何でもないわ」

 

「?……そうか…」

 

 

 校舎に近づいたところで、神琳は初めて聖騎士が吉春になっている話を聞いた。

 

「そう…。戦うときは吉春さんと一緒ですか」

 

「ああ…。何の因果か…」

 

「うふふ……」

 

 雨嘉が吉春の方を向く。

 

「……前から気になってたけど…吉春さんと神琳、どういう関係なの…?」

 

「気の合うお友達ですよ」

 

「そんなわけがあるか」

 

 神琳の回答を即否定する吉春。だが、神琳は笑顔を崩さない。

 

「息は合っていませんでした?」

 

「それは…半年ほど前に君が、そのチャームで俺を殴り倒したあの模擬戦のことを言っているのか?」

 

 と、梨璃や楓と話していた二水が割り込んで来る。

 

「神琳さん、どうやって吉春さんを倒したのか教えてください」

 

「……二川嬢、まさかこの前の訓練を根に持って……」

 

「簡単ですよ。吉春さんはリーチのある武器を使いますから、懐に思いっきり飛び込めば後は……」

 

「チャームなりマギを載せた拳なりでひたすら殴り続ければいい。全く恐ろしいことをやってくれる……。黒鉄嵐皆が君を怖がっている理由がよくわかった。連続シールドバッシュを頭に喰らった、あの十数秒でな」

 

「なるほど、そうやって勝ったんですね…」

 

「じゃあ、吉春さんにとって神琳は……」

 

 

「恐怖の対象だ」

 

 

 はっきりと言い切る。

 

「善人なのはわかってはいるが、性格もあまり得意ではないし……」

 

 俯く吉春の頭を、神琳は笑顔で小突いた。

 

「うふふ。ノックしてもしも〜〜し」

 

「止めろぉ!その言葉!聞くだけで脳震盪を起こしそうだ!鳩尾も何故か重くなる!」

 

 彼は顔を青くして頭を抱える。

 

「……神琳、これからは優しくしてあげて…」

 

「考えておきますね」

 

 

 

  夜。

 梨璃たち6人の結成中レギオン1年生組は、皆で風呂に入っていた。

 

 湯船を仕切るブロックの上に、背中を合わせて神琳と雨嘉が座る。

 

「神琳……今日は、ありがとう…」

 

「どういたしまして…」

 

「……で、ごめん…」

 

「ん…?」

 

「黒鉄嵐の人…白莱清さんから聞いたんだ…。神琳の故郷は、ヒュージに呑み込まれたって……。あの人も……」

 

「ええ。わたくしも彼も故郷を知らない…同郷の間柄です」

 

「無神経だった……。私……」

 

 神琳は背中を雨嘉にぴったりとつけ、少しだけ体重を預ける。

 

「そんなこと気にしていたの?ふふふふ…」

 

「………」

 

 笑顔の神琳に、かける言葉が見つからない。悩んでいると、彼女から話しかけてくる。

 

「……せっかく背中を預けられる仲間に出会えたんです。貴女に喜んでもらえたなら、わたくしもうれしいのよ?」

 

「うん……」

 

 雨嘉も背中…神琳に体重をかける。

 

「ここに来られて、よかった…」

 

 

 2人の様子を、梨璃、楓、二水、ミリアムが見ていた。

 

「これで7人…!レギオン結成まであと2人ですね!」

 

「ミリアムさんくらい、ちゃちゃっと決められないものかしら?」

 

 楓は足で彼女を指差す。

 

「お主、わしにケンカ売っとるんじゃあるまいな?」

 

 梨璃は2人のやりとりを微笑ましく見ていた。

 

「でもなんだか、いいレギオンができそうな気がしてきたよ…!」

 

 

 

 同じ頃。

 校舎の上層階…その1フロアほぼ全てを使う広い部屋に、百由、史房(しのぶ)、紀行が集まっていた。3人の向かいには60から70代ほどと見える和服の男……理事長代行、高松(たかまつ)咬月(こうげつ)がデスクに着いている。

 

「こんな時間に呼び立てて、すまなかったのう」

 

「滅相もない!どうせ四六時中起きてますから!」

 

「なら真島嬢、これから俺たちが行く夜間哨戒に付き合うか?」

 

「え?デートのお誘い?何?浮気してんの?のりっぴ」

 

「っ……」

 

 ドーナツを頬張りながらありもしないことを言う百由に、紀行は頭を抱えた。

 2人のやり取りを咬月が止める。

 

「無理はせんように。で、報告とは?」

 

「工廠科に面白い1年が入ったんですよ〜。わしは何とかなのじゃ〜って喋り方が理事長代行とクリソツで……あ、血縁とか?!」

 

「いや、わしに心当たりは……」

 

「〜〜〜っ!」

 

「百由さん?」

 

 頭を押さえて唸る紀行の横から、史房が本題に入るよう促す。

 

「ああこれ、話の枕なんで。コホン…」

 

 わざとらしく咳払いし、百由はタブレット端末を取り出す。

 

「ご存知のように、ヒュージが人類の前に姿を現してすでに半世紀が経過しました。ですが、私たちはヒュージの種としての行動、目的も解明できず、場当たり的な対処が精一杯…というのが実情です」

 

 ここで史房が疑問を口にする。

 

「ヒュージを単一の生物種と括るには、その形態は余りにも雑多過ぎないかしら?」

 

 紀行も意見を述べる。

 

「おまけに、ヒュージ由来の負のマギに順応した人間が、割と高い確率でヒュージに変身する能力を手に入れることもわかって各研究機関はお手上げだ。この手の研究は一度白紙に戻ったこともあるやつだよな」

 

 百由が頷く。

 

「そうなんですよ!彼らがどこから来た何者なのか諸説紛々ではありますが……私はちょっとばかし視野を広げて、相関関係を探ってみました。すると……」

 

 咬月のデスクに、百由がまとめたデータが表示される。

 

「………」

 

「……んん…?」

 

 史房と紀行も、彼女の手にある端末に注目した。

 

「ね?ね?ほら、ここ。ここにも、ここにも……」

 

「ほう……これは……」

 

 

 

 その頃。

 夢結は寮の部屋で、枕を抱えて横になっていた。見るからにしょげている彼女の後ろのベッドには、ルームメイトの祀が座っている。

 

「貴女のシルト、頑張っているようね」

 

 夢結は息を吐きながら呟いた。

 

「………正直、誤算だわ…」

 

「上手くいっていることが?」

 

「……まさかあんなに順調に人が集まるなんて…。聖騎士なんて、メンバーを集める前に、1分も経たないうちにスカウトしたのよ……」

 

 祀は悪戯な笑みを浮かべて夢結を見た。

 

「人よりヒュージを相手にする方が気が楽なようね。さすが百合ヶ丘のエース様」

 

「……意地が悪いのね」

 

「はい」

 

 

 

 時に速く、時にゆっくりと……百合ヶ丘女学院と黒鉄嵐の日々は、着実に進んでいく。

 

 




七須名 吉春
趣味:野鳥観察、野外調理
好きなもの:鳥、柑橘系
苦手なもの:神琳
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