アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 黒鉄嵐、全員集合!


第11話 6月18日

 

 それは6月17日のこと。

 朝、吉春がいつも通り黒鉄嵐の司令部で事務作業をしていると。

 

「先輩」

 

「ん?どうしたセリ」

 

「楓お嬢様がお話を、と」

 

「……?そうか」

 

 後輩のセリに言われ、彼は司令室を出る。外の廊下に楓と二水が立っていた。

 

「ご機嫌よう、吉春さん」

 

「ご機嫌よう」

 

「ああ、ご機嫌麗しゅう。それで話とは?」

 

 談話スペースに2人を案内しつつ話を聞く。

 

「実は、近く梨璃さんのお誕生日がやってきますの」

 

「ほう、それはめでたい」

 

「それでレギオンの皆さんとちょっとしたお祝いをしようという話になったんですが、皆さんが何を贈るのか聞いておこうと思いまして……」

 

「ふーむ、そうか…」

 

 二水の言葉に頷いていると、楓が胸に手を当てて高らかに宣言する。

 

「ケーキはわたくしにお任せください!一流の職人を呼んでわたくしの愛もふんだんに込めた品をご用意いたしますので!」

 

 レギオンの聖騎士を始めてしばらく経ち、吉春は楓の暴走も収まってくるだろうとは考えていたのだが、未だにその気配はない。

 

「……程々にな、ヌーベル嬢」

 

「まあ楓さんに対抗してケーキを用意しようとする人はそういないとは思いますけど……」

 

 談話スペースに着き、苦笑いする二水と得意げな顔の楓にレモンティーを淹れる。

 

「しかし、そのような話をなぜ俺に?」

 

「単純に、何か贈られるようなら聞いておきたいのですわ。他の方と被ってしまうと、ありがたみも薄れるでしょうし」

 

「ああ……。期待には添えないだろうな…」

 

 2人の前のテーブルにカップを置きつつ、彼も椅子に座って続ける。

 

 

「俺は何もしないぞ、悪いが」

 

 

 そう言って、彼はティーカップに口をつける。楓と二水はきょとんとして聞いていた。

 

「え、えーと…私や雨嘉さんはちょっとしたお菓子でも買おうと思っているんですが……」

 

「ささやかなお祝いもなしですの?」

 

 ここ何日も聖騎士として一緒に過ごす中で、吉春も梨璃も互いに嫌われている印象はなく、むしろ良好な関係となっている。その彼が、彼女の誕生日に際し何もしないと言ったことが、2人にとっても意外だったのだ。

 

「うーむ…まあ祝いの言葉を二言三言述べさせていただくくらいならしても……」

 

「ずいぶん控えめですこと」

 

 カップを手に取る楓の横で、二水は不安そうに吉春を見た。

 

「あの……理由…は、あったりとか…?」

 

 二水からの質問に、彼はきっぱりと答える。

 

「規則がある。騎士団員は、原則としてリリィと財物のやりとりをしてはならない」

 

「なぜですか?」

 

「そうだな…。まず、俺たちは憲兵隊だ。リリィから何かを受け取る場合、賄賂の可能性がある。また、リリィに何か…贈り物を渡す場合……」

 

 彼はカップを置き、渋々といった具合で言葉を区切った。

 

「…遠藤嬢の言葉を借りれば、その贈り物をダシに、“本質的な関係”を迫るものと捉えられることもある。特に男性はな」

 

「うわぁ……」

 

「…なるほど、確かに徹底されて然るべき規則とは思いますが……そこまでしますの?」

 

「些細な物であれば見逃されるが…。特に食べ物に関してはそういうケースが多いな。少なくとも、リリィ一人にランチを一度奢ったり奢られたりする程度では摘発されない」

 

「だったら大丈夫なんじゃ……」

 

 そう言う二水に首を振って返す。

 

「一度一柳嬢の誕生日を祝ったなら、他のリリィの誕生日も祝わなければならなくなるだろう?すると、リリィに対する贈与が常態化していると考えられる。これは問題視されるケースだ。骨抜きにされているとな」

 

「はあ、そうなんですね……」

 

 吉春は申し訳なさそうに、シュンとする二水に言葉をかける。

 

「……戦場に身を置くリリィが、誕生日を祝えるのがどれほど素晴らしく、尊ばれるべきことなのかはよく知っている。それに、君たちが俺もレギオンの仲間として受け入れてくれていることも…とてつもなく嬉しい、名誉なことだ。……しかし」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

君たち(リリィ)のうち誰かを特別に持ち上げることのできない立場上、俺たちには静かな祝福のみ許される。こればかりは、どうか理解してほしい」

 

 そう言って吉春は頭を下げる。すると…。

 

「お顔を上げてくださいな、吉春さん」

 

「……ヌーベル嬢…」

 

「それが貴方方の誠意と仰るなら構いませんわ。当日は、夕食の終わりの時間帯にラウンジにてお誕生日会を開きますので、貴方もぜひご参加くださいませ」

 

 柔らかな表情を浮かべる楓。その反応は、吉春に安堵の微笑みを許した。

 

「……感謝する」

 

 一方、二水はメモ帳をぱらぱらと捲っていた。

 

「……なるほど、騎士団とリリィの間の恋愛は難しいとお聞きしていましたけど、こういう理由があったんですね…」

 

 楓は耳を疑って吉春に向き直る。

 

「まさか、恋愛にも規制がありますの?!」

 

「いや、それに関してはこれといった規則はない。結局は目に見えない心の繋がりで、規制しても無意味だからな」

 

「確かに、先程の決まりも財物に関してだけですものね…」

 

「じゃ、じゃあリリィとお付き合いしている騎士の方も、やっぱりいるんですか?!」

 

 スクープの匂いを感じた二水がこの話題に食いついた。

 

「ああ……稀にあるくらいだと思うぞ。少なくとも、今の黒鉄嵐にはいない」

 

「あら、意外ですわね」

 

「そうでもないだろう。例えばヌーベル嬢、俺が一柳嬢と付き合うとなったらどうする?」

 

「貴方を細切れにして差し上げますわ」

 

「……と、このようにトラブルの火種になり得るからな。恋愛関係を避ける者は多いと思う」

 

「なるほどです」

 

 メモをとる二水の様で、楓は不満そうにしていた。

 

「……何か上手いこと使われた気がしますわね……」

 

 

 突如降って沸いたティータイムをこなし、2人と別れた吉春はトンファーと共に見回りへ向かった。

 

 

 

 

「……くかー……くかー……くかー……」

 

 学院周辺の一角。優しい木漏れ日に照らされる、草に覆われた地面では今日も、梅が昼寝を貪っていた。

 

「……くかー……くかー……くかー…ん…?」

 

 1匹の猫が彼女に近づき、腹の上で丸くなる。その圧迫感で彼女はぼんやりと目を覚ました。

 

「………ふぅ…」

 

 息を吐きながら、足元に向けていた視線を空へと伸ばす……と。

 

 頭の近くにしゃがんでいるリリィと目が合った。

 

「ぅおっ」

 

 不意打ちに驚き、完全に目が冴える。一方、淡い金髪に赤い瞳の彼女は、梅よりも猫に興味があるようだ。

 

「……この子、餌は食べるのになかなか触らせてくれない…」

 

「だったら、今がチャンスじゃないか」

 

「しかし…寝込みを狙うのは卑怯……」

 

 まるで大将首でも狙っているかのような発言に、梅はきょとんとして返す。

 

「……お前、何する気だ?食うのか?」

 

「食うかっ!」

 

 即座に否定する彼女。梅は笑顔になり、猫を撫でつつ会話を続けた。

 

「だったら、最初は低いハードルから挑戦するのは、卑怯とは違うんじゃないか?」

 

「ん……それなら……!」

 

 意を決して、梅の頭上から手を伸ばす。だが、その顔は目が釣り上がったものだった。言いようのない威圧感が醸し出される。

 

「その殺気しまえ…。動物はそういうの敏感だからな…」

 

「……友達にも、動物は素直だから素直な気持ちで接するべきだとは言われた…。でも…」

 

 彼女は引き攣った作り笑いのまま、手を伸ばしながら自己紹介する。

 

「……安藤鶴紗…。いつもこうだから仕方ない…」

 

「ふーん。私、吉村・Thi・梅。2年生だゾ」

 

 梅の自己紹介の間に、鶴紗に気付いていた猫が彼女の手を叩いた。

 

「シャァッ!」

 

  ビシッ

 

「いてっ」

 

 起き上がった猫は梅から離れて行く。

 

「あぁ……」

 

 残念そうに見送る鶴紗。少し走った猫が、2人の方へ来ていた人物の足元で一旦止まり……。

 

 

「やぁ、どうしたんだ?」

 

 

 彼の声を聞いて落ち着いたのか、どこかへ歩き去った。彼は2人に気付く。

 

「ん?」

 

「「あ、吉春」」

 

 梅と鶴紗が彼を呼ぶ声が重なった。

 

「え?」

 

「……あれ?」

 

 2人は再び見つめ合う。その様子を、吉春は不思議そうに眺めていた。

 

「………何やっているんだ、君たちは?」

 

 

 

 林を抜けながら、3人で会話する。

 

「……先輩も、吉春の友達だったんですね」

 

「まあナ。けど、修行してた頃からなら、鶴紗の方が付き合い長いゾ」

 

「そうでもないぞ、吉村嬢。知り合ってから再会するまでそれなりに開いてしまったからな。学院で初めて会ったのは……去年の秋頃だったか?」

 

 吉春の言葉に、鶴紗はこくりと頷いた。

 

「ふーん。まあ何にせよ、これからは3人で仲よくやれそうだナ!」

 

 しばし目を瞬かせ、吉春はふっと笑みを溢す。

 

「……それも、悪くないな。なぁ安藤嬢?」

 

「……ん」

 

 彼女は目を逸らしながら肯定した。

 

 

 

 明くる日。

 非番の吉春は、レギオンのメンバー集めに付き合うために梨璃、楓、二水の3人と行動を共にしていた。頭上のパラソルが、初夏の日差しを受け止めている。

 

「個別にあたっても迷惑がられるから、机を用意したけど……」

 

 隊員募集のチラシを手に呟く梨璃。チラシを拡大した看板を置き、パラソルの下に勧誘ブースを作っていたのだ。

 4人が座っている場所は学院の庭園で、通行人にはそれなりに遭遇するものの……。

 

「あと2人…。なかなか集まらないね……」

 

 メンバーを集め始めて(ひと)月余り。勧誘が順調だったのは滑り出しのみで、最初の頃に7人は集まった。しかし目標達成のためのあと2人が、なかなかどうして捕まらない。

 ジメジメと暑い中、耐えかねた楓が靴を半分脱ぎ、椅子から脚を投げ出して言う。

 

「そらまあ6月ともなれば、大抵のリリィは大抵のレギオンに所属済みですわ」

 

「そうだろうな」

 

 肯定する吉春の隣で、二水が呟いた。

 

「していないとしたら、一匹狼系の個性派リリィしか……」

 

 と、皆の後ろに梅と鶴紗が通りかかった。素早くそちらを振り返る二水。

 

「いました、個性派!」

 

「この際、贅沢言ってられませんわ!」

 

 そう叫んで2人の方に飛び出す楓。梨璃と吉春が後を追う。

 

「し、失礼だよぉ!」

 

「ちょくちょく口が悪くなるよな、お嬢様(マドモアゼル)!」

 

 二水も合流すると、梅の方から話しかけてきた。

 

「なんだ、お前らまだメンバー探してんのか?」

 

「は、はい…。梅様、どうですか?そろそろ……」

 

 梨璃が頼み込んでみるものの、色のいい返事は得られない。

 

「私はなぁ……。今はまだ一人で好きにしていたいかな」

 

「そこをなんとか……」

 

「しつこい!」

 

 二水が食い下がった瞬間に鶴紗が一喝。

 

「「わああっ?!ごめんなさいぃぃ!」」

 

「だからな、安藤嬢。クラスメイトくらいもう少し愛想よく……」

 

 宥める吉春を無視して歩いていく鶴紗。彼女について行く形で梅も去る。

 

「もうこの際、7人でよくありません?」

 

「もうちょっと頑張ろうよ……」

 

「定員まであと2人…。先は険しいです…」

 

「吉春さんが妙に義理堅いせいで強引に勧誘できないのも問題ですわ。今のお2人も知り合いでしょうに」

 

 さっさと勧誘ブースに戻っていた吉春を楓が睨み付ける。

 

「友人に無理強いするのは、友情の在り方として間違っていると説明したろう?」

 

「だからと言って、何も言わないのもどうかと思いますわ!」

 

「そう言われてもな……」

 

 吉春も一人で黙々と趣味に没頭する時間が好きなので、梅や鶴紗の気持ちがわかって強く言えないのだ。

 

 

 

 

「ふあ……」

 

 学院地下の工廠科。自動販売機の横に置かれた長椅子の上に寝そべる百由が、ミリアムに膝枕されていた。ミリアムの隣には莱清が座っている。

 

「お疲れ様じゃな、百由様」

 

「んー…ここんと毎晩、理事長代行やのりっぴとね……ああ、変な意味じゃないから。報告をいろいろとね……」

 

「で、その足でラボに出勤か?」

 

「そりゃ寝不足にもなるよ、真島嬢」

 

 ミリアムが頷いて続ける。

 

「百由様、守備範囲が広いからのう。チャームからマギから、果てはヒュージまで何でもござれじゃ。去年あたりから騎士団の装備にも手を出しとるんじゃろ?わしにゃ真似できん」

 

「そうそう。僕が装備着けて作業してる最中に後ろから分解されだした時はどうしたのかと思ったよ。目も虚ろだったし……」

 

 百由は首を伸ばして莱清を見る。

 

「だって何か入ってそうな気がしたんだもん……。なんてったって全ては繋がっているからね〜。どうやらその繋がりってのが、思ってたより縦にも横にも斜めにも広いみたいで……くくくっ…」

 

「わぁ…」

 

 ネジが切れたように笑う彼女。軽く恐怖を覚える莱清の隣で、ミリアムは平然としていた。

 

「なんじゃ、やっぱ睡眠が足りとらんようじゃな」

 

「だって、『ぐろっぴ』のその喋り方、理事長代行みたいでさ……ふふふっ」

 

「ぐろっぴ?」

 

「グロピウスさん」

 

 きょとんとするミリアムを指差し、百由があだ名を付ける。

 

「わしかよ?!」

 

「ああついに……グロピウス嬢にもあだ名付いちゃったか……」

 

「変な呼び方するのは騎士団の面子くらいかと思っとったのに……」

 

「それだけ身近に感じてるってことだよ。よかったね」

 

「ちょいと複雑な気分じゃがのう……」

 

 

 

 

 その頃。

 

「ふぅ…」

 

 ラウンジの一角で項垂れる梨璃。彼女と夢結、楓の3人でテーブルを囲んでいる。

 

「お疲れのようね、梨璃」

 

「そ、そんなことないです!全然!」

 

 ティーカップを手に夢結が声をかけると、彼女は慌てて否定した。

 そこに吉春もやって来る。

 

「すまない、一柳嬢。勧誘の方法を変えるべきかとも思ったが、画期的な案は思いつかなかった」

 

「ううん、いいよ。こっちこそ、非番の日にまで働かせちゃって……」

 

「そこは気にしなくていい。別段、予定もなかったからな」

 

「………」

 

「何か、私にできることが…あれば……」

 

 落ち込み気味の彼女に、夢結がもう一度声をかけていると……。

 

 

「梨璃さん!吉春さん!楓さーーん!」

 

 

 遠くから、タブレット端末を抱えている二水が駆け寄って来た。

 

「あっ、夢結様。ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう」

 

 挨拶を済ませた彼女に、楓が問いかける。

 

「どこに行ってらしたの?」

 

 半ば質問を無視し、二水は得意げにタブレットを見せる。

 

「どうです?これ!」

 

「あ、入学式で吉春さんたちが持ってたやつ」

 

「タブレット型端末ですわ。その程度の物、昔は誰でも持っていたそうです」

 

 吉春も端末を観察する。

 

「見たところ、学院がレギオン用に貸し出した品のようだが……これが何か?」

 

「見てください!それっ!」

 

 興奮気味の二水が端末を操作する。すると……。

 

「……?わっ!?」

 

「っ?!」

 

 画面から浮かぶのは梨璃の立体映像。その横に彼女の個人情報……家族構成、誕生日、血液型などが表示され、梨璃の周りにも同じ立体映像が出現する。

 

「な、何これぇ?!」

 

 慌てふためく梨璃。愕然とする吉春。2人を放っておき、楓と二水が食い入るように映像を見つめる。

 

「梨璃さんの極秘情報が!」

 

「人類の叡智ですぅ!」

 

 起こったことに混乱していた吉春だったが、ようやく言葉にできた。

 

「ハ……ハッキング…だと……!?」

 

「みみ、見ないでくださぁあい!!」

 

 二水はなぜか、どうやってか学院のサーバーに侵入し、プロテクトされた梨璃の個人情報にアクセスしていたのだ。

 

「ふ、二川嬢!いったい何をどうやった!?その端末を憲兵隊(こちら)で調べさせてもらう!!」

 

 吉春がタブレットに掴みかかるが、楓が拾い上げて空振りした。

 

「なっ…」

 

「殿方にはお見せしませんわぁ〜〜!」

 

「なんだと?!」

 

「もーー!二水ちゃん楓さん、やめてってばあ!!」

 

「大人しくこっちに渡せ!」

 

 騒がしくなる中、夢結はふと梨璃の誕生日を見る。

 

(6月19日……?……!)

 

 そして目の焦点を壁に掛かったカレンダーに移した。本日、6月18日である。

 

(明日が…梨璃の、誕生日……)

 

 彼女が焦り始める中、吉春、梨璃、楓と二水のタブレットの奪い合いに決着がつく。

 

 タブレットを取り上げようとする吉春。彼から端末を庇おうとする二水だったが、逆に顔面を手のひらで抑えられて身動きできなくなっていた。

 

「は、ははひへくらふぁいぃぃ(はなしてくださいぃぃ)!!」

 

「ダメだ!」

 

 体格差で二水を制圧しつつ、彼は反対の手を楓が持つ端末に伸ばす。梨璃も同じく端末に手を伸ばしていたが、楓がのけぞって躱したため、梨璃がのしかかる形になってしまった。

 その体勢に、楓は恍惚を覚えて気が抜ける。

 

「いいぞ一柳嬢!そのまま抑えていてくれ!………ィヤッ!!」

 

  パシッ

 

 端末を奪取。二水のハッキングを調べるため、一旦黒鉄嵐に預けられることになった。

 

 

 

 一方、夢結は懐かしい記憶を思い返す。

 

 

 

「誕生日おめでとう、夢結。これを」

 

 学院敷地内の、湖のほとり。在りし日の姉……美鈴が、夢結の誕生日に小さな箱を手渡した。中に入っていたのは…。

 

「……ペンダント…?」

 

 美鈴は笑顔で後ろに回り、彼女にペンダントを掛ける。

 

「じっとして……」

 

「………」

 

 まだ、誰の姿も収めていない金色の首飾り。大切な姉からの贈り物が嬉しく、彼女は純粋な幸せを感じていた。

 

「よぉ川添嬢」

 

 声をかけてくるのは、当時の黒鉄嵐隊長。最も仲のよかった騎士の一人だ。

 

「どしたんだ、こんなとこで」

 

「ああ、___くん。聞いてくれ、今日は夢結の誕生日なのさ」

 

「マジか?!かぁーー、羨ましい!いいよな川添嬢は。俺たちゃ何にも贈れねぇからなぁ……」

 

「ふはっ。本当にそうかい?」

 

「……。わかった。白井嬢」

 

「はっ、はい?」

 

「おめでとさん。お姉様のこと、そいつ(ペンダント)と一緒にこれからも大事にな!」

 

「………はい」

 

 

 

 3人の笑顔。その温かい記憶だけを残し、美鈴も彼も夢結から離れていった。

 

 黒鉄嵐と交流を再開した今、あの日の喜びや幸せが鮮明に蘇る。

 

 

 梨璃にも何かしてあげたい。そう思った夢結の行動は早かった。

 

 

 

 二水が黒鉄嵐の司令部で取り調べを受けている頃、夢結は工廠科、百由の工房を訪れた。

 

「シュッツエンゲルとして、シルトへ何かプレゼントを贈りたいのだけど…どんな物がいいかしら……」

 

 互いに背を向けて座る2人。百由の隣では、紀行がヒュージの標本を仕分ける作業を手伝っている。

 

「へー。明日、梨璃の誕生日なんだ」

 

「しかし急な話だなぁ…」

 

「ええ。梨璃が何が好きで何を喜ぶのか、何も知らなくて……」

 

「直接聞いてみるっていうのはどうだ?」

 

「いえ、そこは…姉として…。それにあの子のことだもの。何もいらないと言うと思うわ……」

 

「ふーん」

 

 相槌を打った百由は、標本を手に取って振り返る。

 

「コレなんてどう?採れたてだよ」

 

 そう言って夢結に見せたのはヒュージの目玉。虹彩に3つの瞳孔が押し込められたゲテモノである。

 

「………」

 

 話にならないと思ったのか、夢結は無言で工房を去る。

 

「ありゃ〜?」

 

「君はいいかもしれんがな真島嬢。一柳嬢は喜ばないだろ」

 

「じゃあ、のりっぴにあげようか?」

 

「毎晩夢に出そうだからな、遠慮するよ」

 

 

 

 一方、今度はミリアムの工房を訪れた夢結。ミリアムがチャームの部品を研磨する傍ら、それらを莱清が組み立ててサポートしている。

 

「貴女たちは何か知らないかしら。梨璃の趣味とか、好きなものとか……」

 

「僕はあんまり話したことないからね、何とも…。グロピウス嬢はどう?」

 

「あー、そういや梨璃はラムネが好き、とか言っとったなぁ」

 

「ラムネ…?」

 

「わしゃ飲んだことないがの」

 

 ようやく耳にできたキーワードだが、彼女にはあまり馴染みがない。

 

「ガラス瓶にビー玉で蓋をした、炭酸入り清涼飲料水のことかしら?」

 

「イギリス発祥ってとこも追加で」

 

「……ラムネをそこまで堅苦しく言い表す御仁は初めて見たのぅ」

 

 夢結は少し俯く。

 

「私も…よく知らなくて……。白くんは詳しいわね」

 

「莱清、そんな知識どこで仕入れたんじゃ…」

 

「こう見えても、日本生活長いから。にしても白井嬢、そんなに悩まなくていいんじゃない?」

 

 莱清の発言にミリアムも同意する。

 

「うむ。夢結様の用意したものなら、梨璃は何だって喜ぶと思うぞい」

 

 言いながら振り向いたころには……。

 

「あっ…」

 

「行っちゃったよ、白井嬢……」

 

 夢結は既に工房を離れていた。

 

 

 

 次にやって来たのは、雨嘉と神琳が暮らす寮の部屋。セリも来ており、雨嘉からテラリウムの世話を教わっていた。

 

「はい。梨璃はラムネ、好きです」

 

「たまに分けてくれますよ。お口の中でホロホロと溶けてゆくのが面白いですね」

 

「………」

 

 神琳の言葉に無言で頷くセリ。3人に見られている夢結は、棚に並べられたテラリウムたちに視線を逸らしていた。

 

(ラムネとは…飲み物のことではなかったの?!)

 

 今までの流れでわかる通り、彼女は困っている時ほど人の目を見ることができない。ルームメイトの祀にも指摘されている性格である。

 そんな彼女の胸中を知る由もなく、雨嘉たちが続ける。

 

「でも、梨璃なら夢結様からのプレゼントなら」

 

「何だって大喜びするのは間違いありません」

 

「………」

 

 夢結は困り顔で部屋を後にする。

 

「……ご武運を」

 

 セリの言葉に送られながら、彼女は再び梨璃の知り合いを探し始めた。

 

 

 

 次にやって来たのは学院近くの草地。そこには猫に餌をやる鶴紗と、足元にメモ帳を置き、単眼鏡とカウンターを手にバードウォッチングに勤しむ吉春がいた。

 

「ほう、ラムネを……」

 

「…ああ、駄菓子のラムネをよく購買部で買ってますね。……何で私たちに聞くんですか?」

 

「私の記憶だと、鶴紗さんも梨璃と仲がいいと思ったんだけど……」

 

 しゃがんで夢結を見上げていた鶴紗は、猫に視線を戻す。

 

「ただのクラスメイトです。猫のごはんを買いに行くと、出くわすくらいで」

 

「俺も聖騎士とはいえ、用もなく会うということがないからな」

 

 近くの木に止まっている小鳥の群れの頭数をメモ帳に記しつつ答える吉春。夢結はやはりそっぽを向きながら話した。

 

「梨璃は……購買部で手に入るお菓子のラムネを貰って喜ぶかしら?」

 

「白井様が一柳のために用意したものなら、何であれ、喜ぶと思いますよ」

 

「………」

 

 鶴紗の答え……何を贈っても喜ぶはずという意見は聞き慣れ…否、聞き飽きていた。彼女の後ろから離れ、吉春に近づく。

 

「……貴方たちが贈り物をできないのは知っているけれど、もしできるなら何を贈るかしら、七須名くん」

 

「む……なかなか答えにくいな…。そうだ。他のシュッツエンゲルを参考にするのはどうだ、白井嬢?」

 

「他の……?」

 

「ああ。例えば江川嬢は、天野嬢との何かしらの記念日に手料理を振る舞うそうだ。真心を伝えるのに何か手作りするのは、定番だが大変喜ばれる」

 

「……そうでしょう…ね…」

 

 答える彼女に元気がない。どんよりと背後に立ち込めるオーラに、吉春はある仮説を立てる。

 

「…白井嬢…もしや君……」

 

「……私は…手作りの料理にはどうしてもトウガラシやショウガを沢山入れてしまうのよ……。というか…そもそもそんなに得意というわけでも……」

 

「そ、そうか…」

 

「梨璃の好きな味付けの、自分で納得のいく出来の料理を、明日までに作れるようになるのは……」

 

「……すまなかった。俺の提案は忘れてくれ。何にせよ、君の気が向いたものを贈るのが一番だ」

 

「………」

 

 彼女はやや重い足取りで歩き出す。向かう先は購買だ。

 

 

 

 店内にやって来た夢結は、壁に掛けられているラムネのパッケージに手を伸ばす。すると後ろから。

 

「ほー。夢結も購買部でお菓子買うんだ」

 

「はっ!」

 

 買ったばかりのスナックを開け、むしゃむしゃと食べながら梅が話しかけてきた。

 

「行儀が悪いよ吉村嬢。店出てから食べな」

 

「硬いなー片子は」

 

「マナーの問題を言ってんだよ」

 

 梅の横には片子が立っていて、買い物袋を手に梅を叱る。

 その間に夢結は手を引っ込め、後ろ向きにそそくさと歩いた。

 

「お?!」

 

「ど、どうしたんだい?!」

 

 梅たちに近づき、ボソボソと呟く。

 

「誕生日に梨璃が好きだというラムネを贈ろうと思うのだけど……買ったものをそのまま渡すのは、粗雑ではないかと思うのだけど……いえ、購買部の物品に文句を言うわけではないのだけど……」

 

「深呼吸してから話してごらんよ……」

 

 早口で喋る彼女を片子が落ち着かせようとする。すると、梅が雑貨品のコーナーを指差しながら言った。

 

「よくわかんないけど、プレゼントならラッピングしてみたらいいんじゃないか?」

 

 

 

 結局、夢結はリボンがセットにされた小さな袋とラムネを買って店を出た。

 日陰にあるベンチに腰掛け、買った品を改めて見る。

 

「……こんなものでいいのかしら…?」

 

 今一つ納得できずにいると……。

 

 

「ご機嫌麗しく、夢結お嬢様」

 

「梨璃さんへのプレゼントですか?」

 

 

 今度はすずなと、彼女が聖騎士を務めるレギオンの副隊長である汐里が声をかけて来た。

 

「ご機嫌よう、苗代さん…。貴女は……」

 

「失礼しました、夢結様。私、梨璃さんのクラスメイトの六角汐里と申します。明日はお誕生日ですものね」

 

「……よくご存知ね」

 

「クラスメイトのことは、だいたい知っているつもりです。ラッピングならお手伝いしましょうか?私、こう見えても器用な方なんです」

 

「いえ、こういうものは…自分でやるものだと……」

 

 そうは言うが、彼女はあまり自信がなかった。それを見透かしているかのように汐里は微笑む。

 

「もちろんです。私は口を添えるだけ」

 

「そう…。それなら……」

 

 

 作業を進めていると、夢結はその様子をまじまじと見ているすずなに気づいた。

 

「…な、何かしら…?」

 

 どこかで間違えたかと不安になるが、そういう意図は彼女にはなかった。

 

「あ…いえ、その…。私もそのうち、贈り物をするかもしれないので……さ、参考のために……」

 

 すずなは頬を赤らめて目を逸らす。

 

「リリィへの贈り物はできないと聞いているけれど…どなたに?」

 

「ぁぅ……そ、その……」

 

「アールヴヘイムの聖騎士をされている御業慶さんですよ。すっかり恋してしまったようで……」

 

「うぅ…言わないでください、お嬢様…」

 

 赤い顔を両手で覆うすずな。その仕草に、夢結は少し肩の力が抜ける。

 

「……そう。恋ができるのは、素敵なことだと思うわ」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

 雑談もそこそこに、ラムネのラッピングが仕上がる。夢結の目に輝いて見えるほどの出来栄えであり、言葉を失っていた。

 

「………」

 

「いかがでしょう?」

 

「いいと思うわ。貴女のアドバイスのおかげね」

 

「私はほんの少し口添えしただけですよ。夢結様の真心が形になるように」

 

「……汐里お嬢様…あの、私も……」

 

「はい。御業さんに贈り物をされるときにはお手伝いしますね。うふふ…」

 

 微笑ましい2人のやりとりを見ながら、夢結はラムネを両手で包み込む。

 

「……できたら、本物のラムネをプレゼントしたかったのだけど…。どこで手に入るのか、調べてもわからなくて……」

 

「そうですね…。瓶入りのラムネは、今は()()()()作られていないと言いますね」

 

 汐里が思い出すように話す。

 

「でも、梨璃さんの好物ということでしたら、梨璃さんの故郷なら手に入っていた…ということではないでしょうか」

 

「……!梨璃の故郷……」

 

 

 

 夢結の背中を見送り、すずなと汐里が歩きながら会話する。

 

「……お嬢様、夢結お嬢様には「()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()しているだけで、流通量は十分ある」……というニュアンス、伝わったでしょうか…」

 

「ええ、きっと……」

 

 

 己の見込みが甘かったことに汐里が気づくのは、24時間後のことである。

 

 

 

「これを提出しに来たわ」

 

 夕方。

 黒鉄嵐司令部を訪れた夢結は、今日の提出書類を受け付けている慶に外出届を渡す。

 この書類はカーボン紙の綴りになっており、1枚目は生徒会や理事長の預り、2枚目は憲兵隊、3枚目にリリィの控えという形である。

 

 生徒会などが了承済みである印の施された2枚目の紙を、慶は怪訝な顔で受け取った。

 

「……明日の0400からだぁ?ずいぶん急じゃねぇか。甲州市ってのも近くはねぇし、しかも外出理由が“私用”の2文字だけとはよぉ…。これでよく了承したもんだな、生徒会の連中は……」

 

「不備はないでしょう」

 

「ああ……」

 

「なら、素直に受け取ってくれるかしら」

 

 慶はため息を吐く。

 

「…ハァ。わあったよ。けど確認させてもらうぜ。明日のヒュージ迎撃当番にゃ入ってねぇだろうな?」

 

「ええ」

 

「同行者はいねぇな?」

 

「一人で行くわ」

 

「……ならいい。この番号の携帯電話、学院からの連絡はいつでも受けられるようにしとけよ」

 

「大丈夫よ」

 

 外出届に書かれた連絡先を指で小突いて念押しした慶は、書類を司令室に持って行く。

 

「用は済んだ。あばよ」

 

「失礼するわね」

 

 後ろ向きに手を振る慶に一瞬だけ目配せし、夢結は司令部を後にした。

 

 

「今一つ好きになれないけれど……彼のどこを気に入ったのかしら、苗代さん……」

 

 疑問を呟きながら、彼女は寮へと帰還。日帰り旅行の準備を始めた。

 

 




 この作品の夢結さんの料理の腕は、「経験はあるけど自信はない」という具合に設定しています。

 ゲーム内で配信されているミニアニメを観ると、『トランスフォーマー』の最初のアニメを思い出すのはなぜだろう……。
 基本、ノリと勢いで進んでいくストーリーが似てるとかかな…?
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