アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 お久しぶりです!
 構想の練り直しや今後のネタ出しに時間をかけていました。それではどうぞ!



第12話 6月19日

 6月19日、早朝。

 陽も登りきらない内から夢結は校舎から離れ、正門の前に伸びる道路を歩いて学院前の駅へ。学院敷地外のこの辺り一帯は黒鉄嵐(憲兵隊)ではなく防衛軍本部隊の管轄で、彼女は警備に立つ兵士に見送られながら甲州市へと出発していった。

 

 

 

 数時間後。

 開かれた屋内訓練場に、二つの武器を打ち合う音が響いていた。一方は片刃の大剣型チャームにカバーを付けて振るう雨嘉。もう一方は金属棒で彼女の斬撃を受け流しつつ、隙を窺う吉春である。

 

 今日の彼は雨嘉に近接格闘訓練を施している。聖騎士の仕事の一つである、レギオンのリリィの訓練相手だ。

 

 

「っ!」

 

  ガキィン!

 

「ぬ?!」

 

 打ち合いの末、棒から片手が離れた一瞬の隙を突き、雨嘉は吉春の武器を押しのける。彼の顔の前にあった棒をチャームで押し傾けると、そのまま胴体を近づけ剣の長い柄で顔面を殴りにかかった。

 

「くっ……」

 

 のけぞって間一髪、柄による殴打を躱した吉春。右手に握った武器はなおもチャームに押さえられ構え直せない。

 雨嘉のチャームを払い落とすべく空いた左手を伸ばす。が、同時に彼女は柄から右手を離していた。

 

 その右手が握られ、青白く発光。マギを宿した拳が構えられる。

 

「しまっ…」

 

「はあっ!!」

 

 掛け声と共に繰り出される雨嘉の裏拳。吉春の顔を包む鬼の面頬に、高速の打撃が叩きつけられる。

 

  ガツン!

 

「ぐぅわっ!?」

 

 打撃を受けて倒れ込む吉春。その間にチャームを持ち上げていた雨嘉が、彼の首目掛けて振り下ろす。

 

「…っ…はぁ……はぁ……」

 

「………」

 

 勝利の確信と共に寸止めし、息を整える彼女を、仰向けになっている彼が見上げる。仮面が開かれた素顔は、未だに痛みで引き攣っていた。

 

「…ふぅ。とりあえずは君の勝ちだ」

 

「……吉春さん、大丈夫…?」

 

 雨嘉に差し出された右手を取り、彼は起き上がった。

 

「ああ、問題ない。……先程の技、郭嬢に教わったな?」

 

 彼はいつぞやの神琳…今の雨嘉のルームメイトを相手にした訓練で、超至近距離から一方的に殴られて負けた経験がある。

 が、彼の予想は外れた。

 

「ううん……さっきは、咄嗟に……」

 

「……。君と郭嬢の仲のいい理由が、何となくわかった」

 

 

 少しして、訓練場の休憩室で。

 

「しかし、よかったのか?」

 

「……?」

 

 訓練を終えた2人はベンチに並んで座り、雑談していた。

 

「この後は椿組との合同実習だろう?今から体力やマギを使ってしまって」

 

「うん、それは大丈夫」

 

「…ならいいが」

 

「あ、そう言えば今日……吉春さんも、梨璃の誕生日会に…」

 

「ああ、顔を出させていただく。準備も手伝おうとはしたが……ヌーベル嬢が任せろと言って聞かなくてな」

 

「そうなんだ…」

 

「今日の午後もレギオンのための訓練時間を取ってはいたが、一柳嬢のために皆休むそうだ。おかげで予定が空に……ん?」

 

「あ……」

 

 吉春が喋っていると扉が開き、休憩室に梨璃が現れる。

 

「あ…。雨嘉さん、吉春さん。ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう、梨璃……?」

 

「ご機嫌麗し……くはないようだな」

 

 2人の前に立つ彼女は、少し落ち込んでいるようだった。

 

「どうした、浮かない顔をして」

 

「あの……2人とも、お姉様を見かけてない…?」

 

「「?」」

 

 吉春と雨嘉は揃って目を合わせた後、同時に梨璃に向き直った。

 

「いや、見てない…けど…」

 

「こちらには来ていないはずだが。白井嬢がどうか?」

 

「やっぱり…」

 

 彼女は小さな声で呟き、シュンとした顔で続ける。

 

「今日……お姉様、学院にいないみたいで…」

 

「え…今日、梨璃の誕生日なのに…?」

 

「妙だな」

 

 夢結の性格をある程度知っている2人も首を傾げる。

 

「祀様とお話ししたら、黒鉄嵐に聞くといいって…。吉春さん、何か知らない…かな…」

 

「ふーむ……少し待ってくれ」

 

 そう言って、吉春は傍らに置いていたカタフラクトのヘルメットを持ち上げて通信機を起動する。

 

「もしもし?」

 

『ああ、こちら御業…ガサガサ…どうした吉春』

 

「慶。昨日の書類受付当番だったな?一柳嬢が、白井嬢はどうしているのか知りたいそうだが……」

 

『あ?白井嬢なら…ガサガサ…昨日外出届け出して、甲州市まで行ってる。今朝には出発してんだろ』

 

「そうか…。理由は?」

 

『私用だとよ。…ガサガサ…それ以上は何も書いちゃいなかったぜ』

 

「甲州……」

 

「なるほど、わかった」

 

『しっかし、自分とこの聖騎士どころかシルトにすら連絡入れてねぇとはよぉ…ガサガサ…俺の確認不足だった。そこにいるなら悪かったな、一柳嬢』

 

「あ、ううん。いいよ…。教えてくれてありがとう…」

 

『門限には間に合う時間に戻るはずだ。その点の心配はいらねぇ…と思う。…ガサガサ…』

 

「うん、わかった」

 

『おう。…ガサガサ…』

 

「……ところで慶。今どこにいるんだ?」

 

『あ?…ガサガサ…購買の前歩いてんだが…何だってんなこと聞くんだ?』

 

「いや、ノイズが酷いもので…。莱清に見てもらうか、この通信機…」

 

『ああ…そりゃあ、この……ガサガサ…ビニール袋の音じゃねぇのか?…ガサガサ…』

 

「ビニール袋?マイクで拾えるとはかなりの大きさだな。購買で何を……」

 

『決まってんだろ?パシリだ、パシリ。…ガサガサ…アールヴヘイムのな』

 

「そ、そうか…。まぁ頑張れ」

 

『ああ。じゃあな……ガサ』

 

 袋を揺さぶる音を最後に通信が切られた。

 

「…そういうわけで、白井嬢は君の出身地まで行っているようだ。彼女の居場所がわかったところでよしとするか?一柳嬢」

 

「うん…。今日は待ってる。ありがとう、吉春さん」

 

 切なげに笑う彼女に、雨嘉が声をかける。

 

「梨璃、一緒に実習…行く?」

 

「あ…そうだね。それじゃあ吉春さん、ご機嫌よう」

 

「ああ、また夕方にでも会おう」

 

 

 訓練場を後にする梨璃と雨嘉を見送り、吉春も格納庫へ。カタフラクトの両肩にあるウェポンラックに、ある武装を取り付ける。

 

(20ミリ携行砲、2挺持ち…。久しぶりにこの訓練をやっておくか)

 

 肩のラックには折り畳まれたライフル砲が付けられ、吉春が腕を伸ばすと肘に当たる間接が展開して動き、砲身の上にあるグリップを握れるようになる。彼の両腕の下から、長いライフリングを備えた砲が伸びた。

 チャームの変形機構を応用して砲身を展開する武器の動作確認を済ませ、彼は射撃訓練場に足を運ぶ。

 

 

 

 ガァン!

 ガァン!

 ガァン!

 

 射撃訓練場に響くのは小型砲の発砲音。両腕に装備された20ミリ砲を交互に放ち、吉春は矢継ぎ早に表示される立体映像の的を手速く撃ち抜いていく。

 

  フッ

 

「おっと」

 

 反撃とばかりに的から発射される立体映像の弾丸を躱し、再び攻撃。訓練用の模擬弾頭が、攻撃してきた的を穿つ。

 

 弾が尽きると、砲身の後ろにある弾倉を切り離し、両腰のウェポンラックに付けられたケースから新しい弾倉を装着。

 

  ガァンガァンガァンガァンガァン!!

 

 弾倉を切り替えてすぐさま連射し、訓練の締めくくりとした。

 

 

「おーい、吉春」

 

「ん?」

 

 訓練場を出ると、真っ先に梅と鶴紗の2人が声をかけてくる。鶴紗たちの実習は終わっていて、結構な時間を訓練に費やしていたと吉春は認識した。

 

「見てたゾ、さっきの。キビキビやってたナ」

 

「まぁ久しぶりにやったにしては上手くやれたと思うが…。それはそうと、2人はどうしてここに?」

 

 吉春からの問いかけに、鶴紗が口を開く。

 

「この人、なぜか私たちの実習を見に来ていらないプレッシャーかけてきたんだ」

 

「梅はただ、後輩たちの顔が見たかっただけだゾ!」

 

 吉春の頭に疑問が浮かぶ。

 

「……君、守護天使(シュッツエンゲル)になる予定でもあったか?」

 

「いや〜。今はいいかナ…」

 

「じゃあ本当に気まぐれで実習を見に行っていたのか…?」

 

 梅の答えに腑に落ちないでいると、鶴紗が話題を変える。

 

「それより、梅先輩。今日は猫の集会所を案内してくれるんでしょ?早くいきましょう」

 

「お、そうだった。一緒にどうだ、吉春。どーせ鳥見るくらいしか用事ないだろ?」

 

「……。まあ悪くはないが……」

 

「よし!じゃあまたナ!」

 

 梅に連れられて、鶴紗もさっさと吉春から離れていく。

 

「昼食はどうするんだー?」

 

 彼が呼びかけると、梅は振り向きながら答えた。

 

「任せるゾー!」

 

「おい…?!それってまさか……!」

 

 梅の狙いが読めた吉春だったが、拒否する間もなく彼女たちは先に行ってしまう。

 

「ああ……。やれやれ。たまにはこういうのもいいか……」

 

 

 2人を見送った後、吉春は考えに耽りながら格納庫に戻る。

 

(しばらく考えてはみたが…白井嬢、なぜわざわざ一柳嬢の誕生日に急に出かけたのか…。それも彼女の故郷まで……)

 

 格納庫に着き、武器を外しながら考察を続ける。

 

(考えられるとすれば、一柳嬢の故郷にしかない、彼女の思い出の品を何か調達して、誕生日プレゼントにしたいのだろうが……)

 

 ふと沸いた考えに、彼の手がぴたりと止まる。

 

(ま…まさか、俺が「君の気が向いたものを贈るのが一番」と言ったから……甲州まで行ってプレゼントの用意を…?)

 

 半分は当たっている。

 

(だとすれば…一柳嬢が姉不在で落ち込んでしまっているのも……俺のせい…か…?)

 

 額に滲んだ冷や汗が頬を伝って床へ落ちる。

 

「……白井嬢が帰って来たら、まず謝っておくべきかもしれない……」

 

 独り言を呟きつつ装備の取り外しを終え、パワーアシストアーマーの下に着ていた戦闘服を制服に着替えて、吉春は一旦宿舎に戻った。

 バードウォッチング用の持ち物と野外調理の器具や食器、そして食材を荷物にまとめて再び宿舎から出発する。

 

 

 それからしばらくして。

 

 梅と鶴紗は、真昼の木漏れ日を浴びながら林の一角に寝転がっていた。

 

 2人の近くでは、吉春が番をする小さなガスコンロの上で鍋がコトコトと音を立てている。

 

 

「梅先輩、なんでレギオンに入らないんですか?」

 

 鶴紗からの質問に、彼女もまた疑問で返す。

 

「えっ…なんでお前までそんなこと聞くんだ?」

 

「本当は興味があるから、さっきも一柳たちの様子を見に来たんじゃないですか?」

 

 先程の実習は2クラス合同で、夢結を除く梨璃たちのレギオン全員が集まっているため観察には好都合。その点からの鶴紗の推理であった。

 内心を見透かされたと思った彼女だが、笑顔は崩さない。

 

「ん……お前、鋭いナ」

 

「普通です」

 

 梅は頭の向きを少し変え、思い出しながら話した。

 

「梅には心配なやつがいたんだけど、もう大丈夫だから梅が見てなくてもいいかなって」

 

「………」

 

 単眼鏡を手に2人の会話を聞いていた吉春は、梅に静かな微笑みを向けた。

 笑顔でコンロの火を止め、荷物から汁椀とおたまを取り出す彼の仕草を気にするでもなく、2人は話を続ける。

 

「はぁ……意外ですね」

 

「そうなんだよ。こう見えて結構繊細なんだゾ!」

 

「そっすね」

 

 鶴紗が適当な相槌を打っている横から、汁椀に出来立ての豚汁を注いだ吉春が声をかける。

 

「その割には、俺が用意していた食事も平気で持って行ったよな、吉村嬢は。レアスキルを盗み食いなんぞに使いおってからに……」

 

「お、待ってたゾ〜これ。いただきます、だ」

 

 梅は上体を起こし、消毒用ティッシュで手を拭ってから、彼が差し出した豚汁と箸を手にした。

 出汁の香りに鼻をひくひくさせ、垂涎ものと言わんばかりに目を輝かせる。

 

「繊細……」

 

 鶴紗がジト目を向けるが、梅は気にしない。

 

「吉春の野外メシは美味いからナ〜。外でガスコンロ使う許可取ってるだけはあるゾ!」

 

「おだてても握り飯とたくあんくらいしか出ないぞ。ほら、安藤嬢も」

 

 豚汁に顔を綻ばせる梅の膝にタッパーに収めたおにぎりと漬物のセットを置き、鶴紗にも豚汁を勧める吉春。

 鶴紗は怪訝な顔で汁椀と箸を受け取った。

 

「いいのか、こういうの……」

 

「こちらとしては野営の訓練の一環でやっているだけだからな。それに飛び入り参加していたことにすれば問題ない」

 

「……。お前、ルールに厳しいように見えて結構テキトーだよな」

 

「そもそも訓練というのも、野外調理と鳥の観察をやるための言い訳という一面もある。一人でやっていたところを吉村嬢に嗅ぎつけれて……それからはこんな具合だ」

 

「妥協したのか…。そういう性格だから、梅先輩と仲よくなれたんだな」

 

 鶴紗がそう言うと、口の横に米粒を付けた梅がおにぎりを手に無邪気に笑った。

 

「なっはっはっ!私、お前のそういうところ結構好きだゾ!」

 

「最初に君が盗み食いしなければ、多めに作って俺の分も確保するという本末転倒な対策を取る必要もなかったんだが……。憲兵隊員としては、そこを褒められても複雑な気分だ……」

 

 苦笑いしながら、吉春は鶴紗にもおにぎりを振る舞う。

 鶴紗も、彼の問題のない範囲でルールの裏を突く性格は嫌いではない。手の中で湯気を立てる豚汁を一口啜った。

 

「……美味い」

 

「だろ?イカつい見た目のわりに女子力高いんだ、こいつ」

 

 自分の食事も始めた吉春がすかさずツッコミを入れる。

 

「見た目は余計だ。それに携帯コンロで雑に汁物を作る腕が女子力に含まれるとも思えない」

 

「立派な女子力だって!なぁ鶴紗」

 

 梅は彼女に同意を求めるが……。

 

「知りません」

 

 鶴紗はそっぽを向いた。

 

 

 

 6月の長い陽射しが傾き始める頃、吉春は猫の集会所を探す2人と別れた。

 今日の野鳥観察結果をまとめ、次にやって来たのはラウンジ。梨璃の誕生日会の準備をしている彼女たちと合流する。

 

「ヌーベル嬢、二川嬢」

 

「あら、吉春さん」

 

「何か手伝うことはあるか?このままでは一柳嬢の誕生会に顔を出しても、ただ次第を見送るだけに終わる。あまりに申し訳なくてな」

 

「そこまで仰るのでしたら…ちょうど椅子などを動かす許可が出ましたので、そちらで手を貸してくださればよろしいですわ」

 

「心得た。こちらも助かる。そう言えば二川嬢…」

 

「はい?」

 

 楓から配置図を受け取り、近くにいた二水に向き直る。

 

「昨日の取調べ、好評だった。ふてぶてしかったそうだな」

 

 彼女は学院が管理する梨璃の個人情報を勝手にハッキングし、発覚直後に黒鉄嵐に連行されて行った。吉春はこってり絞られると思っていたのだが、彼女にはあまり効果がなかったらしい。

 

「ふてぶて……?よくわからないですが、カツ丼は美味しかったのでまた行きたいです」

 

 二水の返答が軽く頭にきた彼は、人差し指を彼女の眉間に思い切り近づけた。

 

「わっ!」

 

「君な、そういうところだぞ!レギオンメンバーをしっかり監視しろと俺まで注意された!少しは反省したらどうなんだ?!」

 

「そ、それ止めてください!なんだかモヤッとしますぅ!」

 

「さては反省する気などこれっぽっちもないな二川嬢!?」

 

「騒がしいですわね……」

 

 2人のそんなやり取りを、楓は白い目でみながら作業を勧める。

 

 

 

 西の空が赤々と燃える頃、梨璃の誕生日会が始まった。皆で夕食を摂りつつ談笑しなが過ごすという比較的静かな会食で幕を開けたのは、夢結がいないことで浮かない顔をしている主賓がいたためである。

 

 それでも次第に雰囲気は明るくなった。夢結の話を聞いて梨璃の誕生日を知った黒鉄嵐の面々が声をかけてきたり、彼女を知っているリリィたちも訪れたりと、結成中レギオンの外からの祝いもあったのだ。

 

 

 吉春は夕食と彼女たち飛び入りゲストの相手で誕生日会を過ごそうと考えていたが、楓が手配した“見た目も品質も桁外れの特大ケーキ”をゲスト皆に分ける手伝いもする羽目になってしまった。

 

 彼自身は遠慮していたのだが、神琳に無理矢理ケーキを食べさせられた。ケーキの乗った皿を手に、陰りのある笑顔でにじり寄る彼女に恐怖している間に口に押し込まれたのである。

 

 青い顔で咀嚼する彼の視界の隅には、すっきり爽やかな顔で雨嘉に構う神琳が映っていた。

 

 

 それからしばらくして、そろそろお開きにしようかという空気が流れ始めた頃。

 

「よぉ」

 

「ん…慶か」

 

 梨璃たちが陣取るスペースの端で吉春も一息ついていると、タブレット端末を持った慶が近づいて来た。

 

「何の集まりだ、こいつぁ?」

 

「一柳嬢の誕生日会でな。君の分のケーキは確保できるか……」

 

「んなモンに興味あるかよ。お前に話があって来たんだ、こっちは」

 

「俺に?」

 

 慶は頷いてタブレットを起動し、吉春にある映像を見せる。

 

「……これは?」

 

「敷地の外に置いてある監視カメラだ。この2人、お前の友達だろ?外出許可証出してねぇんだ。何とかしろ」

 

「………。何やっているんだ、あの2人は…!」

 

 映像には、学院敷地外を悠々と闊歩する梅と鶴紗がはっきり映っていた。

 

「慶、すまないがこの場は一旦任せる」

 

「構わねぇよ、それくらい」

 

 吉春は肩を落としながら手にあった空の紙コップを握り潰し、ゴミ箱に放りつつ近くにいたミリアムに言う。

 

「グロピウス嬢、野暮用ができた。ここの片付けまでに戻らなければ連絡するようにと、皆に伝えてくれ」

 

「お、おう……って、野暮用って何じゃ?」

 

「野暮な質問はするな」

 

 そう言い残し、彼はラウンジを離れて敷地外へと駆け出した。

 

 見上げれば星灯。辺りはすっかり夜の帷に包まれている。制服のジャケットの内側に提げているホルスターから2つのトンファーを引き抜き、同時に正門から飛び出す。

 

 

 

 時を同じくして、夢結が学院に帰還

 駅から出た彼女が疲れた様子で歩いていると、近くの茂みがガサガサと音を立てる。

 

「!」

 

 振り向けば1匹の黒猫が出てきたところだった。その猫を追うようにして……。

 

 

「あ、夢結」

 

「……どうも」

 

 

 頭や服に葉を付けながら、梅と鶴紗も茂みから這い出した。

 

「…ここは学院の敷地ではないでしょう。何をしているの?」

 

 梅は這い出てきた茂みの方を見る。

 

「この先に猫の集会所があるから、後輩に案内してたんだよ」

 

「おかげで仲間に入れてもらえたかもしれない……」

 

 嬉しそうに微笑む鶴紗。夢結は2人に呆れ気味の視線を送る。

 

「……仲がよろしくて結構ね」

 

「あれ、校則違反とか言わないのか?」

 

「それは彼の役割でしょう。というか、今日はそんな気力が……」

 

「…ん?彼?」

 

 

「そこにいたか2人とも…!」

 

 

「あっ」

 

「げっ」

 

 夢結の言葉に引っかかった梅たちが振り返った先には、トンファーを握った拳を膝に突き、肩で息を整える吉春が立っていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。ふぅ…本部隊の警備兵に見つかるとどやされるのは知っているだろう。さっさと戻っ……白井嬢…?帰ってきていたのか」

 

 顔を上げた彼も夢結に気づいた。

 

「ええ。ご機嫌よう、七須名くん」

 

「ああ、ご機嫌麗しく。君も早く行った方がいい」

 

「……?」

 

 許可証を持っている自分まで取り締まられているのかと夢結が首を傾げる。すると……。

 

 

「寂しがってたゾ、梨璃」

 

 

「え……?」

 

 梅の言葉にぽかんとした。

 

「誕生日なのに朝からずっといないんだもんナ。おまけに今日も、レギオンの欠員埋まらなかったみたいだし」

 

 身体に付いた葉を鶴紗共々吉春の手で取り除かれながら、梅が続ける。

 

「あ、でもあれだろ。夢結はラムネを探しに行ってたんだろ?」

 

「……何故それを……」

 

「だって、よりによって誕生日にシルトを放ったらかしてまで、他にすることあんのか?」

 

「……ええ、ないでしょうね…」

 

 夢結が落ち込みムードになっても、梅は笑顔のままだ。

 

「だろだろ?!早くプレゼントに行ってやれよナ!吉春もそう言ってんだし!」

 

「……ええ。そのことなのだけれど、実は……」

 

 

 夢結は甲州市のとある商店で瓶入りのラムネを入手したのだが、帰りの道中で出会った子どもたち……喉が渇いたと言っていた彼らを放っておけず、梨璃と飲もうと思っていた2本をあげてしまっていた。

 結局、彼女は店主からサービスして貰った空の保冷容器だけを持って帰って来たのである。

 

 

 4人で学院へ歩いて戻る道すがら。

 聞いていた梅と吉春は少し同情した。

 

「……そっか…。そりゃあご苦労だったナ…。けどいいことしたじゃないか」

 

「別に。後悔はしていないわ」

 

「まあ、間の悪いことはあるもんだよな〜」

 

「帰ったら真っ先にラウンジに行くことだ、白井嬢。まずは無事な姿を一柳嬢に見せるのがいい」

 

「そうするわ」

 

 

 

「しかし、わざわざ甲州市まで買いにいくとは……ご当地限定フレーバーでも出ていたのか?」

 

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 最後尾にいた彼に皆が一斉に振り向く。

 

「……?何かおかしな質問だったか?」

 

「いえ…。ただ、意味がよくわからないのだけれど……」

 

「……ん?」

 

 吉春と夢結が何やら噛み合わない会話をする横で、鶴紗は地面の上……古いゴミ箱の中に、街灯を反射して光るものを見つけた。

 

「これ……」

 

「どうした?」

 

 梅と夢結もゴミ箱を覗き込む。特徴的な形のガラス瓶が煌めいていた。

 

「これは……?」

 

「ん…?」

 

 不思議そうに辺りを見回す梅たち…を、吉春もまた不思議そうに見ていた。

 

「さっきからどうしたんだ、君たちは……」

 

 そう呟く吉春を尻目に、梅は蔦に覆われた自動販売機を見つけた。

 試しに硬貨を入れてみると、機械の動作音と共に照明が起動する。

 

「!…節電モードか……」

 

 

 扉のロックが開き、梅が販売機から取り出したるは……。

 

 

「ラムネ……」

 

 

 間違いなく、今日、夢結が求め歩き、子どもたちにあげてしまって諦めた品が……学院の目と鼻の先で再び手に入った。それもあっさり、簡単に。

 

「っ……あぁ……」

 

 顔に暗い影を落とした夢結が、膝から道路へと崩れ落ちた。

 

「!」

 

「あっ、夢結!」

 

「ど、どうした白井嬢?!」

 

「………」

 

 項垂れたまま、黙り込む彼女。鶴紗、梅、吉春が顔を見合わせる。

 

「……まさか…知らなかったのか、白井嬢…。この販売機の存在を……」

 

「…っ」

 

 吉春の質問に、彼女はこくりと頷いた。

 

「……。すまなかった。俺が…君の気が向いたものを贈るのがいいと言ってしまったばかりに……君は遠出し、一柳嬢には寂しい思いを……」

 

「……謝らないで。後悔もないし、貴方の責任ではないわ……」

 

 

 

 梅たちに助け起こされて再び歩き始めた夢結。正門に近づくと…。

 

「お帰りなさい、お姉様…!」

 

「梨璃…!…ええ、ただ今帰ったわ」

 

 彼女の妹が迎えに来ていた。梨璃の後ろ、門の壁に寄りかかるのは慶。彼の手にあるタブレットには驚きながらも嬉しそうな夢結の顔……正門に設置された監視カメラ映像が映る。

 

「お姉様…あの、私……」

 

「……。わかっているわ。少し、ラウンジで待っていなさい。準備をしてくるから…」

 

 そう言って、夢結は梨璃の横をゆっくりと通り抜ける。梅と鶴紗はラウンジに向かい、吉春は慶に話しかけた。

 

「気が利くな、君は」

 

「…あ?」

 

「一柳嬢に、白井嬢が戻って来たことを教えて……出迎えられるようにしたんだろう?」

 

「違ぇよ。白井嬢が戻ったって司令部に報告してんのを聞かれてただけだ。一柳嬢が飛び出して行ったから、敷地外に出ねぇように見張ってたんだ、さっきはな」

 

「ふっ。どこまで本当だか……」

 

 言い分を鼻であしらいニヤニヤする吉春に、慶は少し苛立ちを見せる。

 ラウンジに向かう梨璃の少し後ろからついて行く形で会話が続いた。

 

「全部に決まってんだろが…。お前、俺を何だと思ってやがんだ…」

 

「君は、世間一般で言うところのツンデレだろう?」

 

「はん、誰が。俺はリリィに対して優しくしねぇって決めてんだ。今までもこれからもな。そんな呼ばれ方する謂れはねぇよ…!」

 

「どうだかな…。なぁ一柳嬢」

 

「えっ?」

 

 急に話題を振られ、梨璃は驚きながら振り返る。

 

「慶、こう見えて案外優しいだろう?」

 

「え……うーん…あんまり話してないから…。あ、でもアールヴヘイムの人たちは、仕事は真面目だし丁寧に接して貰ってるって言ってたよ」

 

「な?」

 

 ニヤけ顔が頂点に達する吉春の横で、慶はバツが悪そうに目と歩く先を逸らす。

 

「ッチ。余計なことを……。もう知らねぇ。俺は帰る」

 

「ああ、お疲れ様」

 

「御業さん、ご機嫌よう!」

 

 2人に背を向けたまま手を振り、慶は黒鉄嵐の司令部へと歩き去った。

 

 

 数分後…。

 

「わぁ……」

 

 梨璃は眼前のテーブルに置かれた瓶入りのラムネと、昨日夢結がラッピングしたキャンディのラムネに目を輝かせていた。彼女の向かいには夢結が座り、周りにはミリアムたちレギオンのメンバーが集まって、興味深そうに見つめる。

 

「ほほう、これが噂のラムネか」

 

「お姉様が…私のために…?」

 

 梨璃が顔を上げると……。

 

「どうだ、梨璃!」

 

 少ししょんぼりしている夢結の横で、何故か梅がドヤ顔になっていた。

 

「嬉しいです!これ、正門の側にある自動販売機のラムネですよね!」

 

「やはり知っていた……」

 

「ええ……そうね…」

 

 鶴紗と夢結が苦い顔で呟く。吉春は意外そうに会話を見ていた。

 

「というか皆知らなかったのか…利用者はそれなりにいるはずだが……。今度、蔦を払えないか本部隊に聞いてみよう…」

 

 ややアンニュイな空気を纏う3人だが、梨璃は嬉しそうに続ける。

 

「お休みの日にはよく買いに行ってたんですけど…やっぱりお姉様も知ってたんですね!」

 

「そうは見えませんが……」

 

「あー…実はな一柳嬢…っモガ?!」

 

「はいはい、嘘つけないやつは黙ってろ、ナ」

 

 楓の言葉に対する返答として、夢結が自動販売機を知らなかったことを言おうとした吉春の口を梅が塞ぐ。

 

「ま、梅様どうしたんですか?!」

 

 梨璃が声をかけていると、夢結が暗い顔で口を開く。

 

「所詮……私は梨璃が思うほど大した人間ではないということよ……」

 

「え?!そんな!夢結様は私にとっては大したお姉様です!」

 

「断じてノーだわ…。貴女が喜ぶようなことを、私ができているとは思えないもの……」

 

「そんなの……できます!できてますよ!」

 

 梨璃がそう言っても、夢結の表情は変わらない。

 

 そこで、彼女は一つ我儘を言ってみることにした。

 

「じゃ、じゃあ……もう1個いいですか…?」

 

「……ええ」

 

 吉春が梅から開放されるのと時を同じくして、梨璃は夢結と席を立って向き合った。

 

 

「お……お姉様を私にください!!」

 

 

「は…?!」

 

「……?」

 

「梨璃さん、過激です!」

 

 両腕を広げて構える梨璃。

 困惑する楓とタブレット端末での撮影準備に入る二水の横では、吉春が梨璃の頼みの内容を理解できず頭に疑問符を浮かべる。

 

「……どうぞ」

 

「はいっ!」

 

 夢結は特に疑問に思うでもなく、上体の力を抜いて梨璃に胴体を差し出す格好になった。

 

 元気よく返事をした梨璃は彼女に近づき……

 

 思い切り抱きしめる。

 

 

「「?!」」

 

 

 リリィたちの顔に衝撃が走った。例えば雨嘉と神琳は思わず顔に手を当て、楓は湧き上がる悔しさに表情を歪める。

 

「ああ……それでいいのか…」

 

「ドライな反応じゃの〜お主」

 

 一方、これといって驚いていない吉春に、面白そうな顔をしていたミリアムが不満を向ける。

 

「いや、一柳嬢の言っていたこと、何が正解かわからなかったのでな……」

 

 吉春が弁解している間も、梨璃の抱擁は続く。

 

「……私、汗かいてるわよ…」

 

「…葡萄畑の匂いがします……」

 

 夢結の肩に顔を埋める梨璃は、うっとりと故郷を思い出していた。

 

「……。やっぱり、私の方が貰ってばかりね……」

 

 夢結も微笑むと、両腕を梨璃の背中に回して抱きしめ返した。

 

「お、お姉様…?」

 

「梨璃……お誕生日、おめでとう……」

 

「わっ…?!」

 

 そして優しい言葉とともに、抱きしめる力を強めていく。

 

「は、破廉恥ですわお2人とも!」

 

「ご、ごご号外ですっ!」

 

 タブレットのカメラを構える二水。吉春が止めようとする。

 

「また!晒し上げようとするな二川嬢!というか、これは平気なのか…?」

 

「何がだ?」

 

「ほら、白井嬢は……」

 

 鶴紗に説明を始める直前までは、梨璃は幸せそうにうっとりしていたのだが……。

 

「あ……あの…お姉様…?」

 

 こんなときの力加減など夢結は知らない。ただ強く抱きしめようとする余り……梨璃を締め上げてきていることにも気づけない。

 

「う…嬉しいんですけど……あの…苦しい…です……」

 

「なんて熱い抱擁です?!」

 

  カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ

 

「だから撮るな二川嬢!あと鼻血も止めろ、今すぐに!!」

 

「お姉様…私……どうすれば……」

 

「わしが聞きたいのじゃ…。吉春、お主聖騎士じゃろ?何とかせい」

 

「俺に振るな!無理矢理引き剥がすのも気が引けるし……とにかく、一旦落ち着くんだ白井嬢!」

 

「夢結様がハグ一つするのにも不慣れなことはよくわかりましたから!梨璃さんも少しは抵抗なさい!!」

 

「はわわわ……」

 

 吉春や楓が騒がしくしている間に、梨璃はぐったりと目を回してしまう。

 

「梨璃…?!」

 

「あぁ遅かったか……」

 

 心配する夢結。隣まで来ていた吉春は頭を抱えた。

 と……。

 

「あっはははははは!」

 

 一連の様子を見ていた梅が笑い声を上げた。

 

「楽しそうね、梅……」

 

 夢結はやや赤い顔で彼女を睨み返す。

 

「ははは!こんな楽しいもの見せられたら、楽しいに決まってるだろ!ははは…!」

 

「私にできるのはこれくらいだから……」

 

「それにしてもやり過ぎだっただろう…」

 

 吉春はボヤきつつ、夢結の腕に抱えられて目を回している梨璃の頭を冷やすべく、ラムネ瓶を彼女の額に当てる。

 

「ははは!そ、そんなことないゾ、夢結…!」

 

「?」

 

 笑いすぎて出た涙を拭い、梅が続ける。

 

 

「さっき鶴紗と決めた。今更だけど、梅と鶴紗も梨璃のレギオンに入れてくれ」

 

「生憎個性派だが」

 

 

「ほう…」

 

 感嘆の声を漏らす吉春の横で、復活していた梨璃が返答した。

 

「あ、あのー…だから、私じゃなくてお姉様のレギオンで……えっ?!」

 

「そ、それじゃあこれで9人揃っちゃいますよ?!レギオン完成です!!」

 

 鼻にティッシュを詰めた二水がタブレットを操作し、興奮の様相で人数を入力する。

 

「あらあら、これは嬉しいですね♩」

 

「おめでとう、梨璃…」

 

「なんじゃ、騒々しい日じゃの〜」

 

 神琳たちも嬉しそうに祝福した。

 一方、梅は吉春と話す。

 

「一人で好きにしていたかったのでは…?」

 

「野暮な質問だゾ、吉春。梅は誰のことも大好きだけど、梨璃のために一生懸命な夢結のことはもっと大好きになったからナ!」

 

「“好きにしていたい”……。なるほど、そういうことか。……ふふ」

 

「ああ。梨璃!」

 

「はっ、はい!?」

 

 急に呼ばれ、梨璃は思わず背筋を伸ばす。

 

「まっ、今日の私らは夢結から梨璃への誕生日プレゼントみたいなモンだ!」

 

「遠慮すんな、受け取れ」

 

 鶴紗も梅の言葉に頷く。

 

「梅様…鶴紗さん……。こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

「これは……汗をかいた甲斐もあるというものね……」

 

 夢結は一安心といった顔になった。と、痺れを切らした楓が彼女と梨璃に食いつく。

 

「それはそうと!お2人はいつまでくっついてますの?!」

 

「「……あ」」

 

 2人は顔を赤らめながら、しかし名残惜しいとでも言いたげに体を離す。

 その頃には、梅と鶴紗が吉春と話していた。

 

「お前も、改めてよろしくナ、吉春!」

 

「一人で全員のサポートするのは大変だろうな……」

 

「ああ……」

 

 吉春は盛り上がる梨璃たちの周囲を見つめる。

 

「今見渡しても、一筋縄ではいかないであろうことは想像がつくな…」

 

「いや〜でもお前が聖騎士でよかった。これからは堂々と迷惑かけられるゾ!」

 

「そっすね」

 

「ははは…。いっそそこまではっきり言われると、むしろ気が楽になった気がする」

 

 彼は引き攣った笑顔で、彼女たちの入隊を歓迎した。

 

 

 その後、梨璃の提案で皆でラムネを買いに行き、皆が持ち寄った菓子と共に乾杯することとなった。

 吉春も自分の分を購入し、二水とミリアム、神琳と雨嘉といった小グループに声をかけて回る。

 

「……ところで、吉春さん」

 

「ん?」

 

 梅や楓とも瓶を傾けあっていたところで、彼女から唐突に言われた。

 

「梨璃さんには、“例の言葉”はもう仰られまして?」

 

「いや、まだだ。今日は白井嬢と2人、水入らずで話していた方がいいと思うが……」

 

「ふぅん…?あの梨璃さんからの熱い視線に気づかないフリとは…。男のくせに奥手ですこと」

 

「視線…?」

 

 楓の言葉に疑問を持った彼。試しに梨璃と夢結が座っている長椅子を見ると、一瞬だけ梨璃と目が合った。

 が、すぐに逸らされる。彼女は夢結と相談しているようだ。

 

「……。わかった。少し話してくる」

 

「ま、せいぜい頑張ってらっしゃいな」

 

 

 楓の適当な見送りの言葉を聞きながら、彼は梨璃に近づいた。

 

「吉春さん……」

 

「あー……。一柳嬢、何もプレゼントできない俺が言うのも、差し出がましいとは思うが……コホン」

 

 軽く咳払いし、彼女の目を真っ直ぐに見て……。

 

 

「誕生日、おめでとう。今日は君にとって、大切なモノがたくさんできた一日だ。思い出深い日となったなら……俺も嬉しい」

 

 

 伝えたのは、単純な、素直な気持ちのみ。梨璃もまた、それを素直に受け取った。

 

「……うん。ありがとう、吉春さん。レギオンの人数も揃ったし、これからも…!」

 

「ああ、よろしく頼む。白井嬢もな」

 

「ええ、そうね」

 

 2人の会話を聞いていた夢結も穏やかな笑顔を見せていた。

 

 3本のガラス瓶の触れ合う音が、星灯に照らされるラウンジに響く。

 

 

 

 しばらくして、浴場にて。

 神琳は同じ湯船に入った鶴紗を構っていた。

 

「これから、どうぞよろしくお願いしますね、鶴紗さん。かわいい〜……」

 

 彼女は鶴紗の頭に頬擦りする。目を細め、猫の口になりながら。

 

(神琳でも、そんな顔するんだ……)

 

 2人の横で浸かっている雨嘉が意外そうにしていると、イラついた鶴紗が拒絶の意思表示として神琳の顔に軽く頭突きを見舞う。

 

  ドムッ

 

「ぁぅ…」

 

 神琳は小さく悲鳴を上げて涙目になった。

 

「ふーーー……」

 

 威嚇するように吐息を漏らす鶴紗。雨嘉は鶴紗の頭の後ろで、お団子に纏められた髪を撫でる。

 

(実家の猫に似てる……。かわいい……)

 

「吉春さんのようにはいきませんね…」

 

 とほほ、と神琳が笑う。

 

「あいつはお前みたいなことはしない」

 

「まあ人との距離感の取り方が絶妙な方ですから…。ねぇ雨嘉さん?」

 

「え……?そうかな…。そうかも……。どうなんだろう……」

 

 雨嘉は俯いて考え込んでしまう。

 

「難しいことを聞くな」

 

「うふふふ……」

 

 鶴紗と神琳の声が湯煙に溶けていく。

 

 

 

 同時刻。

 寝巻き姿の夢結は、首に提げたペンダントに触れながら一日の出来事を思い返していた。

 

「今日の梨璃さん、喜んでいたんじゃない?」

 

「ええ、まあ……」

 

 ルームメイト、祀の言葉に相槌を打つ。

 

「まさか…見ていたの?」

 

「まさか。でも、自分の身に置き換えればわかるもの。憧れのお姉様がお祝いにくださったものなら、それが自分の欲しかったモノかなんて関係あるかしら?」

 

「………」

 

「そうそう。梨璃さんのレギオンに9人…聖騎士も入れて総勢10人揃ったってことなら知ってるわよ」

 

「……さすが、耳が早いわね」

 

「どういたしまして」

 

「認めたくないけど、奇跡だわ」

 

 祀は笑顔を向ける。

 

「そろそろ梨璃さんのこと、認めてあげる気になった?」

 

 夢結は俯きつつ答えた。

 

「それは……どうかしら。危なっかしくて、次に何をするかもわからなくて……」

 

 言葉とは裏腹に、彼女はどこかわくわくしている様子だ。

 

「ドキドキする?」

 

「……何を言うのよ」

 

 からかっているかのような物言いのルームメイトをあしらおうとする夢結だが、悪びれる素振りもなく祀は続ける。

 

「あの夢結さんをこんなにかわいくさせるなんて、すごいことよ」

 

 と、祀は間を置いて意味深なことを口にする。

 

 

「……レアスキル、『カリスマ』。類稀なる統率力を発揮する、支援と支配のスキル。更には、騎士団員に対する効力がある可能性も指摘されている、数少ないスキルの一つ」

 

 夢結は顔を上げた。

 

「……梨璃のレアスキル…?まさか……」

 

「まだ審査中だけど。孤高の一匹狼と呼ばれた夢結さんとシュッツエンゲルの契りを結び、ほとんど初対面の七須名くん共々レギオンに引き入れる…。十分奇跡だわ」

 

「私も彼も、梨璃の手の内にあると…?」

 

「さあ?そこまではわからないわ」

 

 夢結は祀から視線を離し、ペンダントを握り込んだ。

 

「……そんな風に考えるの、嬉しくないわね」

 

 

 こうしてまた、百合ヶ丘の夜が更けていく…。

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院が日本のヒュージ討伐最前線と呼ばれる由縁。それは学院真正面の海原、水平線の向こうから聳える超自然的構造物……通称『由比ヶ浜ネスト』の存在にある。

 これはヒュージが産まれ、傷を癒す拠点であり、学院は常にここの睨みを効かせているのだ。そしてそれは、ヒュージにとっても同じこと。

 

 

 

 その深海底……この地に適応した純粋な生命も消え去って数十年が経った今、ここはひたすらに暗く、冷たく、重たく、静かな世界である。

 そこに突き刺さる一振りの剣。その柄に嵌め込まれたクリスタルが、不気味な蒼い輝きを放っていた。

 

 

 暗く、冷たく、重たい光が、静寂に支配された暗黒の深淵をぼんやりと照らす。

 

 




 このアニメ第5話、梅さんの「お前鋭いな」のシーン、時系列が入れ替えられていませんか?おそらくここは梨璃さんが梅さんを勧誘しようとした場面の直後(18日の出来事)だと思うのですが、夢結さんが学院から離れた日(19日)のところに入ってます。
 セリフから考えれば前者が自然、時系列で見ると後者が自然です。この小説では後者として扱っています。
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