アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 お久しぶりです。
 頻度は不定期になるかとは思いますが、投稿自体は続けていきます。



第14話 Affection

 

 一柳隊が初陣に出向く頃、学院の理事長室では。

 

 慶を救助すべく飛び出していった紀行を見送った咬月と史房が、窓の外へと目を遣っていた。

 

「ヒュージがノインヴェルトを無効化するとはな…。損害は?」

 

 手元のタブレット端末に届いた情報を史房が読み上げる。

 

「チャームが半壊7、クリバノフォロスが大破し搭乗者も重傷を負っています。アールヴヘイムは数日ほど戦力外となるでしょう」

 

「全員の命が助かったなら、何より。バックアップは?」

 

「黒鉄嵐の緊急出撃より早く、非公式に戦闘に居合わせていた一柳隊とその聖騎士が引き継いでいます」

 

 咬月は思い出すように史房を見る。

 

「一柳隊……?結成されたばかりじゃな」

 

「はい。聖騎士も含めて実力者は多いものの、何せ個性派揃いなので…。レギオンとして機能するのはまだ先かと。今は時間稼ぎで精一杯でしょう」

 

 

 

 

 旧市街の中を駆け、梨璃と夢結がヒュージへと接近する。

 

「練習通りにタイミングを合わせて!」

 

「は、はい!」

 

 背後からの援護射撃も受けつつ、夢結はヒュージの体表に目を遣った。

 

「!」

 

 そして、そこに継ぎ接ぎされたような痕跡を見つける。

 

(古い傷のあるヒュージ?これも…)

 

 

 

「レストアか」

 

 鬼の顔のフェイスガードの下から、吉春の眼がヒュージのマギを透視する。深い古傷があることははっきりと見てとれた。

 一定の距離を保ちながら左腕の砲で射撃し、慶に言われた通り夢結から目を離さない。

 

(白井嬢、あのヒュージの弱点は看破しているな)

 

 彼が確信した次の瞬間、梨璃と夢結が繰り出した斬撃がヒュージの古傷を抉り飛ばした。

 

 

 

 ヒュージの胴体は逆さの八の字に裂け

 

 

  その内から冷たい光を放ち始める。

 

 

 

「?!」

 

 

「何ですの!?」

 

 吉春と楓が驚愕すると同時に、神琳がその正体に気づく。

 

 

「あの光は……」

 

 

 

「あっ?!」

 

 ヒュージを通り過ぎていた梨璃も、背後からの光に振り返る。

 

 

「あれは……チャーム……?」

 

 

 蝶番のようになった、ヒュージの身体の切れ目、その底には。

 

 クリスタルコアが嵌め込まれた大剣が、自然に、しっかりと、しかして不気味に突き立てられている。

 

 

「……っ」

 

 仮面の下で、吉春の歯がギリリと音を立てた。

 

「奴ら……どこまで俺たちを虚仮にするつもりだ……!」

 

 双刃の槍を握る手に力を込めると同時に、脚のスラスター出力を上げて夢結たちを追う。

 

 

 一方。

 

 

「あっ……」

 

 梨璃と夢結の2人は、ヒュージの体内にあったチャームを思い出していた。

 

 忘れるはずもない。

 

 梨璃にとっては、命の恩人が彼女を救ったときに持っていたもの。

 

 

 夢結にとっては、愛する姉の身体を抉り、彼女と共に去って逝ったはずのもの。

 

 

「あ……あれ…私の…“ダインスレイフ”……」

 

 

 コアが放つ冷たい光を、夢結は魅入られたようにじっと見つめる。

 

 

『ゆ、夢結様の動きが止まっちゃいました…!』

 

「っ!白井嬢…!」

 

 通信機から聞こえた二水の声で彼女の様子を把握した吉春。動きが鈍くなっているヒュージの脇を抜ける。

 

 

「うぅ…」

 

 以前のレストアと同様、逃れられぬ記憶が脳裏に蘇る。夢結の胸に、のし掛かるような苦しみが湧き起こった。

 

「お姉様!!」

 

 梨璃が彼女に近づくと同時に、ヒュージが息を吹き返す。

 千切れてなお威力を残す鎖状の触手が、2人目がけて振り回された。

 

「は……」

 

  バギンッ!!

 

「くぅぅ…っ!!」

 

 梨璃が触手を弾くも、長い触手が彼女を取り巻くように張り巡らされる。

 

「あっ?!」

 

 

 その刃と質量でもって、彼女をすり潰さんがために。 

 

「梨璃!!」

 

 

  ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!

 

 夢結の声を掻き消すように、血色の電光を纏った弾丸が次々と触手に命中するも、もはや止められない。

 

「……吉村嬢っ!」

 

 左腕の砲での攻撃を取り止めた吉春が、通信機に叫んだ次の瞬間。

 

「っ?!」

 

「ぐお……」

 

 ヒュージの触手が光を発し、梨璃がいた場所を引き絞る。さらにその余りが夢結たちへ伸び、2人を弾き飛ばした。

 攻撃の余波で、夢結と吉春の足元の建物が崩壊する。

 

 

「ぅ……梨璃…皆……どこ…?」

 

 砂埃が辺りを覆う中、倒れ込んでいた夢結がゆっくりと身体を起こす。

 

「あっ……うぅっ…?!」

 

 最初に目に入るのは、砂埃を透過してまで彼女を照らす、ダインスレイフからの冷たい光。

 

 ガラ…

 

「…よっ…と…。白井嬢、大丈夫か!」

 

 背後で瓦礫を押し除け、近づきながら吉春がかけてくる気遣いの声。

 しかし、彼女の耳にはもはや入らない。

 

 解かれていく触手。その中心…ついさっきまで梨璃がいた場所がもぬけの殻。

 

 その光景を目にしてしまった彼女は、もう、かつての記憶に支配されているのだから。

 

 助けられなかった。姉も、妹も……。

 

 

「……梨…璃…!美鈴……様…っ!」

 

「白井嬢…?!しっかりしろ!彼女は……」

 

「うぅぅぅ……」

 

 胸を押さえて呻く彼女。吉春はとっくに駆け出していたが、既に手遅れであった。

 

 

うぅ……うわああああぁああぁあぁ!!!

 

「白井嬢!!」

 

 彼女の眼光が禍々しい(あか)に染まり、髪を瞬時に白く変える。

 肩を喘がせながら彼女はチャームを拾い上げ、理性を置き去るかのようにヒュージへと飛びかかった。

 

 

「あぁあああっ!!」

 

『□□…』

 

 辺りの建物の上を飛び回り、ヒュージの攻撃を躱して肉薄する。

 

「あぁ…!」

 

「待て!白井嬢、待つんだ!!」

 

『□□□!』

 

 吉春の忠告も彼女に届かない。ヒュージは身体の断面から幾条もの光線を夢結に向けて射る。

 

「うっ?!」

 

 光線は夢結の身体を掠め、肌に切り傷を刻んでいく。それでも彼女は止まらない。

 

「っ!迂闊に近づけない…!」

 

 一方で彼女を追っていた吉春は、ヒュージが張った光線の弾幕に遮られ、足を止めざるを得なかった。

 

「一柳嬢が無事だと気づかせるには……やはり、直接来てもらうしかないな…!」

 

 

 その頃、少し離れた建物の屋上で。

 

「お姉様!!」

 

 夢結を呼ぶ梨璃の声があった。

 

 ヒュージの触手にすり潰される直前。彼女は超高速移動のスキル“縮地”を持つ、梅の手で窮地を脱していたのだ。

 

 マギを可視化していた吉春は当然梅の接近を知っていたが、それを夢結に伝える時間がなかった。

 

「夢結様…なんて闘い方……」

 

「あれじゃあ近寄れんぞ」

 

 雨嘉とミリアムも心配そうに夢結を見つめる。

 

「かわいいシルトを放って、何やってんだ!!」

 

「夢結様、ルナティックトランサーを……」

 

 梅と神琳の声を後ろに、梨璃は通信機に手を当てる。

 

「吉春さんっ!」

 

 

 

『吉春さん!お姉様が……!』

 

「わかっている。やれるだけやるが、君たちも早く来てくれ!」

 

 右肩のウェポンラックに槍を納めながら、梨璃からの通信に返答する。

 

『吉春!一人で夢結の相手なんて無茶だ!』

 

「そうする必要はある!」

 

 梅の心配の声を一蹴して通信を切ると、すぐさま右腰のホルダーから、3発ある手榴弾の内1発を取り出す。

 

(頼むぞ……『ホルス』!)

 

 夢結とヒュージの動きとマギの流れを見ながら、少しずつ夢結との距離を狭めていく。

 

 やがて適当な場所を見つけ、彼女のいる方向へ手榴弾を投擲

 

  ……しようとして、吉春はふと振りかぶった右手を見上げる。

 

「……」

 

 次の瞬間、手榴弾をホルダーに戻し、今度はホルダーごと腰のマウントポイントから取り外した。

 

「わっ……しょぉおい!!」

 

 それを振り上げ、3発の手榴弾をまとめて夢結の方に投げ飛ばす。

 

 手榴弾を収めたホルダーが、ちょうど建物の屋上に降り立った彼女とヒュージの間に落ちていく。

 

「当たれ…!」

 

  ガァン!

 

 祈りながら放たれるは左腕に備えた20ミリ砲。紅の稲妻を伴って進む弾は、一直線にホルダーを、3発もの手榴弾を射抜く。

 

 

  バスンッ!!

 

「あ?!」

 

 突如眼前を覆う濃い黄色の煙。光景の変化に、夢結の足が一瞬止まる。

 

 それで…それだけで、吉春には十分だった。

 

(視界と同時に、マギに対する感性も鈍らせるスモークグレネード…。入学式のときのヒュージの煙幕を参考に、莱清と真島嬢が作った試作装備だが……)

 

 背後から彼女に迫り、両脇に腕を潜らせる。

 

(テスト相手がリリィになるとはな!)

 

「うああっ!?」

 

 肘を曲げて夢結の肩をがっちりと拘束。さらに上体をやや反らして、彼女の足を地面から浮かせる。

 

「許せ、白井嬢…!」

 

「あぁあぁ!!」

 

 羽交締めを振り解こうと暴れる彼女に構わず、吉春は地面を蹴って、スラスターを使いながら急いで後退する。

 

「ああぁ!!」

 

 夢結は頭を思い切り振って、後ろにある吉春の顔に頭突きを見舞う。

 

「ぐ…」

 

 ビシッと音を立て、フェイスガードの右目センサーにヒビが入った。

 

「うぅ…ああ!!」

 

 今度は右脚を目一杯振り上げるやいなや一気に振り下ろし、吉春の脚に踵を打ち込んで脚部スラスターを破壊する。

 

「しまったっ!」

 

 ジャンプしている間に空中でこれらを受けたため、着地の瞬間に吉春はバランスを崩してしまう。

 

「はああっ!!」

 

 その一瞬の隙を突き、吉春から身体を引き剥がした夢結は、着地から間髪入れず右脚を軸に後ろ回し蹴りを放つ。

 

  バキィ……

 

「!」

 

 夢結の左足は過たず吉春の左頬を捉えていた。フェイスガードの左半分がへしゃげて砕け、原形をやや残した右半分も、ヘルメットとの接合部が外れて飛んでいく。

 

「……くっ…」

 

 頭に打撃を受け、脳を揺さぶられた彼はよろめきつつ数歩後退。

 口内に滲む鉄の味。それを感じながら、霞んだ視界にチャームを構えてこちらに向かってくる夢結を見た。

 

 大上段から振り下ろされる剣を、肩から抜いて咄嗟に構えた槍で防ぐ。

 

 だが。

 

 

「ああああああ!!」

 

  ゴインッ!!

 

 狂気に染まった力の前に、槍はあっけなく叩き折られた。

 

 その光景を、吉春はあまりにも冷静に受け止めて独白する。

 

(……やはりな。その姿の君は実に素直だ、白井嬢。対峙するだけでわかる)

 

 折れた槍を短剣の要領で両手に構え直す。すかさず、夢結は右手の武器をチャームで叩き落とした。

 

(君の目に、俺の姿は映らない……)

 

 そのまま腕を振り、吉春の左手首にチャームの柄を突き立てる。

 

 

  ゴキャ……

 

 

(君の心に、俺の声は響かない……)

 

 衝撃とともに鈍い痛みが脳に走り、握力を失った左手から武器が溢れ落ちた。

 

(だからこそ……)

 

 右手で、左腰から20ミリ砲の予備弾倉を外し夢結に投げつける。彼女が簡単にそれを弾く間に、数歩退がって距離を取ると砲身を展開。

 

(彼女と向き合え、白井嬢……!)

 

「うぁあああああああ!!」

 

 吉春の胴体を薙ぐべく振るわれる刃。彼は左腕の砲にマギを流し込む。

 

「引力!」

 

 次の瞬間、夢結の刃は吉春の左腕に備えられた砲身に吸い付き、その内側へめり込んでいった。

 

 

  メキメキメキメキ……ギチ……

 

 

 切り込みは入れども切断までは至らず。夢結は得物を拘束された。

 

「…!?」

 

破棄(パージ)…!」

 

 左肩から20ミリ砲を切り離す。夢結は前方につんのめり、バランスを崩していた。

 彼女が呆気に取られる間に、右手を彼女の背に当てる。

 

「斥力!!」

 

  ドン

 

「うああ!?」

 

 手に力を込めると同時にマギを集中。機械鎧で強化された腕力にマギによる反発力も乗せ、前方向に彼女を投げ出し、転ばせた。

 

 

 

「……さすがは、黒鉄嵐(ヘイティエラン)一のくせ者と呼ばれるだけありますわね…」

 

「敵に集中せんかっ!」

 

 吉春たちを離れた場所から見ていた楓が感想を口にすると、ミリアムが檄を飛ばす。夢結がヒュージから離れた直後から、彼女たちを除く一柳隊の面々でヒュージを押さえていたのだ。

 

 つまり、梨璃ももう既にーー

 

 

「…はぁ…はぁ…う…ぅぅ…」

 

 またもうつ伏せで転んでいた夢結。身体を起こしながら、チャームの刃がめり込んだ20ミリ砲を外そうと手を伸ばす。

 

 

「お姉様っ!!」

 

「あ……」

 

 その手を掴む、もう一つの手があった。手の主は空いたもう片方の腕で夢結を抱きしめる。

 

「もう退()いてください…!傷だらけじゃないですか!」

 

 少しずつ狂気が薄れていく。彼女の赫い目が、梨璃の姿をしっかりと認めた。

 

「……!」

 

「私なら大丈夫です!梅様や皆が助けてくれたんです!」

 

「……」

 

 夢結は梨璃の後ろにも目を遣った。ヒュージを攻撃しつつ、一柳隊の皆が合流しつつある。

 

 

「……ふぅ。やはり、リリィと張り合うのはきついな…」

 

「…え?」

 

 

 不意に聞こえた声。その方に顔を向けると……ニッと笑った吉春が、ガックリと膝から崩れた。ガシャリと金属が打ちつけられる音が響き、彼の上がった口角から血が垂れる。

 

「あ…ぁぁ…私…が……?」

 

 右手を地面に突いてうずくまる彼を見て、顔から血の気を引かせた夢結。梨璃は抱きしめる力を強める。

 

「ここを離れましょう」

 

「……ダメ…。あのダインスレイフは…私と…お姉様の……。それに…彼を…傷つけて……。だから……」

 

 梨璃も吉春の方を向く。近くに梅と鶴紗が来ていた。座り込んでいる彼を見ている。

 

「大丈夫か?吉春」

 

「口から血が出てるぞ」

 

「何、内出血がやや激しいだけだ。頭痛も少し休めば治まる。心配には及ばないさ、安藤嬢……」

 

「顔腫れてるだけじゃないって……それ、ホントに内出血か…?」

 

「腕はどうなんだ?」

 

「……」

 

 吉春は左手首に目を落とす。

 

「まあ…リアクターの寿命1(ひと)月と言ったところか。数分の内に指くらいは動かせると思う…」

 

 彼の左手首で赤い稲妻が弾けはじめる。多量の負のマギが注がれ、再生能力が働き始めた証拠だ。

 梨璃が夢結に視線を戻すと、彼女の髪も瞳も元通りになっていた。

 

「っ…お姉様!」

 

「……?!」

 

 梨璃が夢結を抱え上げる。夢結が動揺する間に、ヒュージを狙って銃撃を続ける雨嘉が声をかけてきた。

 

「行って、梨璃!」

 

「すみません!すぐ戻りますから、ちょっと待ってもらえま……あ痛!!」

 

「大丈夫か、梨璃?!」

 

「一柳嬢…!」

 

 梨璃は夢結を抱えたままジャンプし、悲鳴と共に建物の隙間に姿を消す。

 

「大丈夫です〜」

 

「本当に大丈夫か…?」

 

 

 鶴紗が訝しむ一方。

 

「ま、待って…梨璃…。彼を…私…」

 

「あ…。吉春さん」

 

 着地したところで、梨璃が通信機を起動。

 

「来てもらってもいい?後ででいいから…」

 

『後でと言わず、すぐにでも行くぞ』

 

 

 

 吉春も立ち上がると、梅と鶴紗に向き直った。

 

「悪いが、一息入れさせてもらう。武器も残り少ないからな」

 

「ああ。今まで夢結とちゃんと話したことないだろ?行ってこい、吉春」

 

「……」

 

 鶴紗も無言で頷く。吉春も頷き返して残ったスラスターを吹かし、梨璃たちが向かった方向へ。

 

 その頃、雨嘉と神琳は梨璃が言っていたことを確認していた。

 

「待ってろって…?」

 

「持ち堪えろという意味でしょうね」

 

 梅たちも彼女たちと同じく戦線に戻る。

 

「人使いが荒いゾ、うちのリーダーは」

 

 発言の割に不満は無さそうである。

 

「どうする?わしらも他のレギオンか黒鉄嵐に交代するか?」

 

「ご冗談でしょ?!」

 

 ミリアムからの提案を、即却下したのは楓だった。

 

「リーダーの死守命令は絶対ですわ!!」

 

「そこまでは言ってないと思いますけど、楓さんに賛成です!」

 

 

 皆の意見がまとまったところで、神琳たちがヒュージに目を移す。

 

「あのヒュージはチャームを扱いきれず、マギの炎で自らを焼いているわ。夢結様たちが復帰して、吉春さんのマギ透視能力が加わるのなら、勝機は十分あります」

 

 

 

 その頃。

 夢結は青い血に塗れ、ヒュージの断片が転がる白い空間に、ダインスレイフを手に立っていた。

 

「ヒュージからもたらされたマギの知識。それが、ヒュージに対抗する力を人類(ヒト)に与えた……」

 

 彼女の姉…美鈴が、優しく抱きしめてくれている。それでも、彼女の荒い呼吸も、胸の中に渦巻く不安も、治まる気配はない。

 

「リリィは人がヒュージ化した姿だと言われ、騎士はその器を持つ人だと言われている」

 

 美鈴は既に死んだのだ。

 その事実を、彼女は受け入れ難くとも知ってはいるのだから。

 

「リリィと騎士だけがマギに操られることなく、自分の心を保つという、その一点を除いて」

 

 そんな彼女が、優しく語りかけてくる。

 武器を握りしめる夢結の腕から、到底力が抜けることはない…。

 

「それだけが、僕らとヒュージとを決定的に分け隔てる。……夢結、自分を思い出して…」

 

 

 手に温もりを感じて目を開けると、彼女は廃墟の中にいた。

 

「お姉様……」

 

「ん、意識がはっきりしたか」

 

 夢結の目の前には梨璃と、鎧も身体も傷ついた吉春がいた。不安そうな表情と共に手を重ねている梨璃の後ろで、いつも通り涼しい顔をしている。左手では今なお電光が弾け、血を滴らせるその傷を少しずつ再生している様が見てとれる。

 夢結は俯き、顔を逸らした。

 

「見ないで……2人とも…。私を見ないで……。ルナティックトランサーは…とてもレアスキルなんて呼べるものじゃない…。こんなモノ、ただの呪いよ…」

 

「……」

 

「……」

 

「…憎い……何もかも憎くなる……。憎しみに呑み込まれて、周りにあるものを傷つけずにはいられなくなる……。呪われているのよ…私は…」

 

 涙声で彼女は続ける。自分自身への憎しみすらも込めながら。

 

「美鈴様を殺したのは私だわ…。私が…この手で…あのダインスレイフで……っ!」

 

「お姉様、しっかりしてください!」

 

 梨璃の声を聞かず、今度は吉春を見上げた。

 

「貴方のことも、こんなに傷つけた…いいえ、殺そうとしていたわ…!やり直せたと思っても、心の底では貴方たちを殺したいほど憎んでいるのよ、私は……!よくわかったでしょう?!」

 

「そうか?リリィとしての本能が、目の前でうろちょろする負のマギの塊を攻撃しただけだと思えるが。まあ、白井嬢…落ち着いて…」

 

 吉春は、今はあくまで淡々と彼女の言い分を受け流す。

 

「今は一柳嬢と向き合うべきだ」

 

 夢結は首を振る。

 

「いやよ!私もヒュージと何も変わらない…!」

 

「夢結様!」

 

「いや…!来ないで…!」

 

 さらに深く俯く彼女に、梨璃はずっと近づいていく。

 

「こっち向いてください!美鈴様はヒュージと闘ったんです!黒鉄嵐の皆さんも同じだったんです!……お姉様のせいじゃありません!!」

 

「そんなの、梨璃にわかるわけない!」

 

「……」

 

 吉春の眉がぴくりと動いた。それに気づかぬまま、2人の押し問答が続く。

 

「わかります!お姉様がこんなに想っている人を、手にかけるはずないじゃないですか!吉春さんたちも大切に想っているから、仲直りしようって思えたんです!」

 

「……。私には、貴女を守れない…。シュッツエンゲルになる資格も……黒鉄嵐と一緒に戦う資格も…」

 

「……資格だと?」

 

「吉春さん?」

 

 極めて真剣な顔で、彼が声を上げた。

 

「どんな資格だ。いつ誰に授与される?誰が授与する?いつどんなときに剥奪される?級は?検定はあったのか?学則のどこに書いてある?言ってみせろ白井嬢」

 

「屁理屈を並べないで……!」

 

「俺からすれば屁理屈を言っているのは君の方だ。言い訳ばかりして。……君が逃げていただけだ。俺たちは…黒鉄嵐もリリィたちも、君が戻って来るのを待っていただけだった。だが、君は独りでいることを選んだ。君がそう決めたことだ。違うか?」

 

 俯いたまま、彼女は答える。

 

「…独りで居たかったわけじゃない…。独りでしか居られなかっただけよ…。私には何の価値もない……」

 

「まだ言うか…。価値だの値打ちだの…人間という存在は、そんな経済じみた言葉だけで表していいものではないだろうが」

 

「そうですよ!お姉様とシュッツエンゲルになれて……私、すごく嬉しかったんですよ?」

 

「俺もそうだ。君たちのレギオンの聖騎士(ヘリガリッター)に、君にも認めてもらったときは純粋に嬉しかったとも」

 

 夢結は首を振り続ける。何もかも、捨ててしまいたいと言うように。

 

「わからない……私にはわからないわ…貴方たちの気持ちなんて…。私に愛されるのが…認められるのが嬉しいだなんて…!」

 

「美鈴様だって、きっと私たちと同じです!」

 

 彼女はついに顔を上げた。

 

「貴女に何がわかるのよ?!」

 

 梨璃と吉春は毅然と答える。

 

 

「わからないけどわかります!」

 

「でなければ、彼女が“わかりたい”などと思えるものか!」

 

 

「!!」

 

 はっとする夢結。梨璃が寄り添って、額をぴったりと合わせる。

 

「お姉様がルナティックトランサーを発動したら、また私が止めます。何度でも止めます。何をしても止めます。……例え、刺してでも…」

 

「まあ、そうなる前に俺たちが何とかするがな」

 

「……だから…」

 

「………」

 

 梨璃から伝わる温もりを暫し感じていると、吉春も声をかけてくる。

 

「白井嬢。君はもう独りではない。その事実を受け入れて……今日からはもう、安心していいんだ」

 

「………」

 

 夢結はふっと目を閉じ、梨璃と触れていた額を離すと……

 

  これ以上ないほどに、柔らかく微笑む。

 

 

「……ありがとう、梨璃。()()くん」

 

「…!……ああ」

 

「はい、お姉様…!」

 

 吉春の左手首。そこに見えたはずの赤い電光も出血も、気づけばとっくに止まっていた。握力を取り戻した手に力が入る。

 

 

 

 斬り裂かれてなお陸地への進行を止めないヒュージ。一柳隊の面々が押し留める様子を、少し離れた場所から二水の紅玉が俯瞰していた。

 

「ヒュージの腕は残り2本です!先端部は大松3丁目と6丁目に展開中!」

 

 通信を聴きながら、梅は自身のスキルでヒュージに向かって加速する。

 

「あのダインスレイフ……絶対取り戻す!」

 

「無論です!ヒュージがチャームを使うなんて、有り得ませんわ!!」

 

 言いながら触手を押さえる楓。その表面を一気に駆け上がり、梅が……

 

「でりゃあ!!」

 

 チャームを背に付け、突き刺さったダインスレイフの柄を掴む。

 しかし。

 

『□□□…!』

 

「あっ、くそ!」

 

 彼女の想定より、その刃は深く食い込んでいた。自身の断面にいる敵を抹殺すべく、ヒュージはエネルギーを溜め込み始める。

 

「!」

 

 同時に、梅の手元に別の腕が伸びてきた。

 

「お前ら?!」

 

 断面にやって来た鶴紗と楓も、ダインスレイフの柄を掴む。

 

「急ぎましてよ!」

 

 

 

 一方、3人に向けて放たれる触手の攻撃は神琳、雨嘉、ミリアムが防いでいた。

 戦場を見渡しながら、二水は震える手でチャームを持ち上げる。

 

「わ…私も行かなくちゃ……」

 

 と。

 

「待って!」

「待ちなさい!」

 

「?!」

 

 上空から、梨璃と夢結の声が降ってきた。2人の足下では、損傷した機械鎧の吉春が駈けてくる。

 

「梨璃さん、夢結様!吉春さんも!」

 

 夢結は傷ついた体に応急手当てが施されていた。吉春が持っていた医療キットによるものだ。

 合流して来た彼の手には、半分に割れたフェイスガードの原形がしっかり残っている方が握られている。

 

「二水ちゃんはそこにいて!」

 

「君には、ここでやってもらいたいことがある!」

 

 言うや否や、梨璃と夢結はヒュージに飛びかかった。傍らには吉春が残る。

 

「吉春さん、わ、私、何をすれば……」

 

「スポッターを頼みたい」

 

 二水の疑問に答えながら、吉春は割れたフェイスガードを顔面に装着しヘルメットと接続。右半分だけ黒鉄の鬼の顔になって二水の方を見る。

 

「王嬢ほどとはいかないまでも、このフェイスガードには狙撃用のスコープ機能がある。だがこの状態では、かろうじて狙って撃てるだけだ」

 

「は、はあ…」

 

 二水が頷く。同時に吉春の背中から、30ミリ狙撃砲が展開された。

 

 彼に残された最後の武装が、チャームの変形機構の要領で、構えられた右腕の下へと伸びる。

 

「これでダインスレイフが刺さった部分を撃ち抜く。その瞬間、周りに気を配ってはいられないからな。君のスキルで援護してくれ」

 

「わ、わかりました!…でも、梅様たちに当たっちゃいませんか?!」

 

「その心配はない」

 

 砲身の上にせり出したグリップを握り、引き金に指を置く。右眼の視界に現れたスコープ越しに、吉春はヒュージと、その切れ目に立っているリリィたちを見据えた。

 

(君がいるからな、安藤嬢…)

 

「狙撃砲、エネルギーチャージ開始…。二川嬢、頼む」

 

「は、はいぃ!」

 

 

 夢結と梨璃の連携攻撃が、ヒュージの体表に炸裂した。その様子を見ながら、吉春は右腕の砲に気を配る。

 

(よし、充填完了……。最大出力を叩き込む……)

 

「っ!」

 

 正に撃とうとした瞬間、隣に立つ二水が息を吸い込み…悲鳴にも似た声を上げる。

 

「2時の方向!ヒュージの腕が来ますっ!!」

 

「!」

 

 

  ジャラララ……

 

 

 気づけば、伸ばされた触手が吉春の近くで振り上げられていた。

 彼と二水を叩き潰さんと、反り返ったそれが打ち下ろされる。

 

「これしきの……!」

 

 瞬時に狙いを変え、触手に向かって引き金を引き絞る。

 

 直後。

 

 

  ヴゥン!!

 

 

 衝撃波を伴い、灼熱にして血色の稲妻を纏った砲弾が、一直線に放たれた。

 

 その弾速は余りに(はや)い。

 

 空中に稲妻が描く真紅の軌跡が、放たれた弾頭をビームか何かと錯覚させる。

 

 

「………」

 

「………」

 

 二水と吉春は唖然として、砲弾が通過した先を見つめた。

 チャームを以ってしても破壊は容易くないヒュージの鎖状触手。それを、30ミリの砲弾1発のみが貫き、命中した箇所を粉砕していたのだから。

 

 触手は断たれ、振り下ろされるより前に地面へ落下する。

 

 

「……っ」

 

 エネルギーを砲へ急速充填。吉春は再度、ダインスレイフの下部に狙いを付けた。

 先程と同様、出力は最大だ。

 

「二川嬢っ!」

 

「はい!今なら撃てます!」

 

Break a leg!!」

 

 

 

「今だ、引っ張れ!」

 

 鶴紗が声を上げ、梅と楓が柄を引き上げた瞬間。

 

 

  ヴゥン!!

 

 

 衝撃波と共に剛速の砲弾がヒュージに命中。体組織を貫き抉り飛ばし、食い込んだ刃の周辺を砕いた。

 

「抜けた!!」

 

 梅が叫ぶと同時にジャンプ。3人がいた空間を、ヒュージが放った光線が虚しく焼き焦がした。

 

 

 

 

「はー…。取り戻したゾ…!」

 

「死守命令、果たしましたわ……」

 

 梅たちが梨璃、夢結と合流。時を同じくして、吉春と二水、神琳たちも集まっていた。梅は建物の屋上に膝をついて息を整える。

 

「だ、大丈夫ですか、皆さん…」

 

 そう言って、梨璃はダインスレイフに目を落とす。

 

「これが…あのヒュージに……」

 

「チャームを持ち帰るのが、最近のヒュージの流行りらしいな。ますますタチが悪い…」

 

 吉春の呟きを聞きつつ、チャームを検分していた梅が立ち上がる。

 

「これ、やっぱり夢結が使ってたダインスレイフだナ。傷に見覚えがある」

 

「ええ…」

 

 夢結が頷き、やや重苦しい空気が流れる。

 

 すると。

 

 

『□□□□□……!』

 

 

 その空気を、ヒュージの声が震わせた。

 

「あいつ、まだ動いてる…」

 

 かなりのダメージを受け、動きも鈍っているとはいえ、ヒュージはなおも街中を進んでいた。

 

 雨嘉の言葉に、あることを思い出した梨璃が、ポケットを弄りつつ提案する。

 

「あの…私たちでやってみませんか?」

 

「何をです?」

 

 梨璃は金属管の封印を解き、1発の弾丸を取り出して楓に見せた。

 

「ノインヴェルト戦術です」

 

 支給されていた専用特殊弾を、梨璃は彼女に手渡す。

 

「梅様。最初、お願いできますか?私だといきなり失敗しちゃいそうで…」

 

 梅は快い笑顔でそれを受け取った。

 

「はははっ。人使いが荒いゾ、うちのリーダーは。じゃあ、梅の相手は……」

 

「……!」

 

 吉春の横に立っている二水を見る。

 

「ええっ?!私ですかぁ!?」

 

「ほんじゃあ、二水が撃って」

 

 次の瞬間、梅はなんと特殊弾を彼女に向けて放り投げた。

 

「え、おい……」

 

 吉春が困惑する間に、二水のチャームの装填口に特殊弾が吸い込まれた。

 

「何っ!?」

 

「ぎゃああああ!!?何するんですか!!何を撃つんですか!?まさかヒュージですか?!」

 

「落ち着け二川嬢!」

 

 チャーム内部と弾丸に刻まれた術式に従い、自動的…否、強制的に二水のマギが弾丸に込められる。

 眼前で作られるマギスフィアに怯え、ガタガタと震える彼女の腕がぎこちなく構えたチャームを、吉春が支えた。

 

「撃つのは……」

 

「梅をだよ!ほら、撃て!」

 

「ええぇ!!」

 

 少し距離を空け、彼女が呼びかける。

 そんな彼女の方へ、吉春がやや強引に狙いを定めさせた。

 

「気は確かですかお二人とも!?私、人を撃つ訓練なんてしたこ……」

 

「早くー!」

 

「急げ二川嬢!暴発するぞ!!」

 

「はいぃぃぃ!!ひぃぃいい!!」

 

 梅に急かされ、事実とはいえ吉春に脅され……彼女は悲鳴とも返答とも取れない叫びと共にスフィアを放った。

 

 飛翔した光球は、構えられた梅のチャームに着地する。

 

「マギスフィアが…」

 

「感じるゾ!これが二水のマギか!」

 

『□□□!』

 

 だが、ヒュージもまたそのエネルギーの波動を感じていた。自らを滅ぼすため育てられるエネルギーを刈り取るべく、最後に残った触手を繰り出そうとする。

 

「おっと」

 

  ドゥン!!

 

 その触手を、最大出力ではない吉春の狙撃砲から放たれた弾が叩いた。

 

「スフィアの受け渡しが一番隙ができる。吉村嬢、皆、早めに回すんだ!」

 

「おう、吉春!じゃあ次は……」

 

 梅の眼前には雨嘉が立っていた。

 

「え、私?!」

 

「わんわん、チャーム出せ!」

 

 梅が駆け寄って、構えられた雨嘉のチャームにスフィアを押し付ける。

 

「梅様、近くありません?!」

 

「前に夢結と梨璃がやってたんだ。こうすればパスは外れないだろ!」

 

「ゼロ距離での受け渡しか。合理的だな」

 

 ヒュージへの狙撃を続ける吉春が、背後をちらりと見た。

 

「でも…こんなの、教本にない…!」

 

 雨嘉のマギを取り込み、スフィアがさらに成長する。

 

「おし、次はわしに寄越すのじゃ!」

 

「そんなにがっつかないで……!」

 

 投げる要領で、離れたミリアムにスフィアを回していく。

 戦鎚型チャームの先端で、彼女はしっかりと受け止め……

 

「ちゃんと狙うのじゃぞ……鶴紗!」

 

 ごく短い時間でマギを注ぎ、勢いをつけて彼女へ放る。

 

「斬っちゃったらごめん」

 

 刃先で受け止めた鶴紗が渡す相手は……

 

「ほらよ神琳、吉春」

 

 やや雑に投げ飛ばす。

 

「失礼、吉春さん」

 

「お…!?」

 

 駆け出すや、神琳は咄嗟に屈んだ吉春の肩に足を掛け、踏み台にしてジャンプ。空中でスフィアを受け取る。

 

「もう少し優しく扱えません?!」

 

「君が言えるか、郭嬢!」

 

 吉春の愚痴を聞き流し、慣れた手つきで楓にスフィアのパスを回す。

 

「気をつけて。思った以上に刺激的ですよ!」

 

 着地した彼女の言葉に、楓は不敵な笑みで返す。

 

「望むところですわ!」

 

 彼女の手にある細身のチャームに、巨大なエネルギーがのしかかった。そこになおマギを加えてもなお、楓は笑顔を崩さない。

 

「うふふ……わたくしの気持ち、受け止めてくださいな!梨璃さん!」

 

 パスが進む間に、ヒュージに十分近づいていた梨璃がチャームを構える。

 

「み、皆のだよね?!」

 

 ……その表情に困惑を浮かべながら。

 

「一柳嬢、気をつけろ!()()()ぞ!!」

 

「うん…!」

 

 吉春からの忠告に頷く…と同時にスフィアが到達。

 

「……っ!?」

 

 が、その重みゆえに、彼女はマギを込める前にスフィアを手放してしまった。

 

「わたくしの愛が強すぎましたわ?!」

 

「言っている場合か、ヌーベル嬢…!まあ……」

 

 弾かれるように飛んだスフィアに、夢結が悠然と追いつきチャームで受け止めた。

 

「…白井嬢がいるから大丈夫だが」

 

 夢結のチャームがエネルギーに耐えかね、ミシミシと鳴り始める。

 

「限界よ。無理もないわ。梨璃、いらっしゃい!!」

 

「お姉様!?」

 

 呼ばれて驚く彼女に、吉春が声をかける。

 

「前と同じだ、行け!」

 

「っ!」

 

 梨璃がジャンプし、空中にて夢結と合流した。互いに抱き合いながら、2つのチャームでスフィアを抑え込む。

 

「いくわよ、このまま……!」

 

「……はい!」

 

 チャームを介して、2人分のマギがスフィアへと注ぎ込まれる。

 

「大丈夫、できるわ!」

 

「はい!!」

 

 力強い掛け声と共に、マギスフィアが封じ込めていた爆発的なエネルギーが解き放たれる。

 

 

「「やあああああああああっ!!」」

 

 閃光を眩く放ち、2人はヒュージの核へ飛び込んだ。

 

 

 光に包まれながら、夢結は(梨璃)に微笑みかける。

 

「梨璃……」

 

 再会したばかりの頃とは違う、よそよそしさも、作った笑顔の硬さもない、心からの笑顔だ。

 

「私は、貴女を信じるわ」

 

「お姉様…?」

 

 

「おーい!」

 

「何やってますの?!」

 

「さっさと離れるのじゃ!!」

 

 吉春や楓、ミリアムが呼ぶ。

 

 

 マギスフィアが爆ぜた。

 

 眩しく巨大なエネルギーがヒュージを包み、一閃の光の下に消し飛ばす。

 

 

 

 結成したばかりの、個性派ばかりの駆け出しレギオン。ノインヴェルト戦術を以って成功したその初陣は、百合ヶ丘中の全てのリリィと騎士たちの知るところとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、薄明の空に照らされる鎌倉市街、その中に堂々と建つ、白い大型施設。

 この地域の医療を一手に担う、国立鎌倉総合病院である。

 

 

 その入院棟に、足を踏み入れる1人のリリィがいた。

 エレベーターで階を登り、静かな廊下を彼女は歩く。やや、重たい足取りで。 

 

 目的の病室に近づいたところで、彼女は聞き覚えのある男性2人の会話に気づいた。

 病室の向かいにある、談話室で話している。

 

「………」

 

 彼女は談話室の扉を開けた。

 

「ん?」

 

「おや、本当に来るとは……」

 

 出迎えたのは黒鉄嵐の隊長、紀行。そして吉春であった。

 

「面会はできると聞いたから……」

 

「まだ意識は戻っていないがな…天野嬢」

 

 吉春に言われ、リリィ…天葉は少し俯く。

 

「そう…」

 

「江川嬢は?」

 

「お留守番させてるわ。流石に合わせる顔がないって…」

 

「なるほど…」

 

「彼の具合は?怪我、治るの?」

 

「ああ……」

 

 紀行は手にしていた診断書のコピーを彼女に見せる。

 

「とりあえず喜んでいい。早めの応急処置が功を奏して致命傷にはならなかったし、おかげで形成治療も施せた。退院はいつになるやらだが、必ず復帰できるそうだぞ。慶は」

 

 天葉は談話室の扉を少し開け、病室の方を見た。その扉の窓から光が漏れている。

 

「……彼に、聖騎士辞めさせてほしいって、頼みに来たんだけど…」

 

 天葉の言葉に、紀行は冗談とでも言いたげに返した。

 

「おいおい、止してくれよ。君らが面白そうだからと聖騎士にして、しばらく戦力外になるとなったら用済みか?たしかに君らの実力なら、聖騎士は必要じゃないだろうけどさ…」

 

「っ…」

 

「隊長、意地の悪いことを言うものじゃありませんよ…」

 

 深く俯く天葉に、吉春が擁護の声をかける。

 

「なぁ天野嬢。聖騎士の辞退は本人の意思でのみできることだ。辞めさせたいなら、君たちで説得するしかない」

 

「でも、こんな目に遭っておいて辞めないなんてことあるかしら…」

 

 吉春はきっぱりと返す。

 

「ああ、断言する。死なない限り彼はやめない。聖騎士も、騎士団も、戦うことも。それだけの理由がある」

 

「どうして…そう言い切れるのよ…?」

 

「………」

 

 紀行と吉春が顔を見合わせ……

 

「…隊長、すずなの様子を見てきては?」

 

「…おう、そうするか」

 

「……?」

 

 2人のやり取りを天葉が疑問に思っている間に、紀行は談話室を出ていった。

 

「さて…慶が戦う理由だが…。端的に言えば(かね)のためだ」

 

「お金…?」

 

「ああ。世のため人のためだとか、自分の身、居場所を守るためだとか、そういう理由ではない。ただ金を稼ぐことだけが理由だ」

 

 天葉は呆気に取られた。

 

「ど…どうして…?他にも…」

 

「仕事はあったはず、か?だが、それは彼にはなかった選択肢だ。何せ最終学歴は小学校中退。このご時世、それでまともには稼げない。……騎士団以外はな」

 

「……なんで、そこまで…」

 

 より深い問いに、吉春は後ろ頭を掻いてから答えた。

 

「…家庭の事情だ。彼の母親はヒュージの襲撃で亡くなったそうだ」

 

「え…」

 

「父親は巨額の借金を残して雲隠れしたらしい。彼はそれを負わされ……返済のために子どもにも給料が出る騎士団に入った。安く済むとはいえ、大半は生活費に消える額だがな」

 

「じゃあ…残りで借金を返して、彼の手元にお金は…」

 

「察しの通り、ほとんど残っていない。最年少で実動部隊に配属されていたことから考えて、利子で相当持っていかれたようだな」

 

「…それなら、返済はもう済んでるのよね?なのに、まだ…?」

 

「ああ、今は大学資金を貯めていると言っていた。騎士団で面倒が見られるのは高卒資格までだから、引退後のことを考えれば妥当だ。ただ……」

 

「…?」

 

 少し迷った後、吉春は続ける。

 

「百合ヶ丘に配属されてから、君たちとは真逆の存在だと感じているようだ。彼自身が」

 

「真逆?」

 

「君たちが戦う理由は、仲間や家族、社会、あるいは自分自身のためだろう?だが慶は、その自分自身すら金を稼ぐ道具にしている。目標に向かって邁進していると言えば聞こえはいいが……金の亡者のように見られてもおかしくないだろう?」

 

「あ……」

 

 苦笑いする吉春。天葉は慶が言っていたことを思い出した。

 

  

  『俺は…お前ら…みてぇな……()()()()()じゃ……ねぇんだ……』

 

 

「慶は、君たちと自分では釣り合わないと考えている節がある。だから、さっさと高卒資格を取り、さっさと金を貯めてさっさと引退する…と、目標を立てているわけだ」

 

「………」

 

 天葉には察しがついた。慶がいつも自分(リリィ)たちに、ぶっきらぼうに、事務的に接してきた理由を。

 

 談話室の扉が開き、紀行が顔を覗かせる。吉春は手招きして、天葉に一緒に談話室を出るよう促した。

 

「ただ、(ひた)向きに努力しているのは事実だ。その姿に心を動かさる人もいる」

 

 紀行が入っていった病室の扉、その隙間から吉春と天葉が中を見る。

 

 

「…慶…くん…。うっ……」

 

「すずな、そろそろ戻らないと…」

 

 ベッドには何本ものチューブに繋がれ、全身に包帯を巻かれた慶が横たわっていた。顔にマスクも当てられた彼の右手に、泣き腫らした顔ですずなが触れている。

 ベッドに縋り付く彼女の肩に、紀行が手を置いて帰還するよう言っていた。

 

「あ、好きな人がいるって……」

 

「そう、彼女だ」

 

 

 

「慶くん…。意識が戻ったら、真っ先に会いに来ますからね……」

 

 名残惜しそうに包帯の巻かれた手に口づけし、すずなは立ち上がって病室の出入り口まで来た。

 

「あ…天葉お嬢様……」

 

「ぁ……」

 

 天葉が謝ろうとするより早く、すずなは深く、彼女に向かって頭を下げる。

 

「お願いです…。何があっても、慶くんのこと……見捨てないで…ください…!」

 

 それは心からの懇願。天葉の胸に突き刺さるものだった。

 自分もきっと、大切な姉や妹が慶と同じ目に遭っていたら……その仲間には、同じように頼んでいただろうから。

 

「…。もちろんよ。それで……私も、彼のお見舞いに来ていいかしら…?」

 

 すずながぱっと顔を上げる。

 

「はい、是非…!いっぱい、お話ししてください…!今までできなかった分まで……」

 

 2人が話す後ろで、吉春と紀行は慶に向かって敬礼。扉を閉め、4人で入院棟を後にする。

 

 

 

 

 学院に戻る道すがら。すずなが操縦するカサドールの荷台に吉春、天葉、紀行がいた。

 吉春が彼女と話す。

 

「天野嬢。慶の見舞いに行ったら、彼の事情は俺から聞いたと言っておいてくれ」

 

「わかった…って、どうして?」

 

「慶はリリィにあまり自分のことを聞かれたくないと言っていて、リリィに話した者は顔を殴られることになっている。約束でな」

 

 天葉は半ば呆れ顔になった。

 

「そこまで律儀にしなくていいでしょ…」

 

「まあそう言うな。彼にとっては大切なことだ」

 

「はぁ……」

 

 ため息を一つこぼし、天葉は星空を見上げた。

 

 バイク型の装甲車が、星灯に照らされ夜風を切り、学院へと帰還して行く……。

 

 





 やっと…やっと次から“彼女”を描ける…。
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