アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 エレンスゲ編第1話です。元々のストーリーが結構シリアスなので、その雰囲気に合わせた主人公を………描けてるといいなぁ……。



瀑銀隊
第1話 楯と剣


 

 僕は

 

 

 

 

 

 死んだ。

 

 

 

 

 あのとき……燃える空の下で、ヒュージの攻撃を全身に浴びて…。

 

 

 

 

 

 僕は死んだ。今までの僕を形作っていた全てが消えたから。

 

 

 

 

 僕は生まれ変わった。

 

 

 心臓は相変わらず拍動を刻み、頭は無意味に思考を繰り返す。

 

 

 

 どうしてまだ生きているんだ。

 

 

 

 どうして、こんな体になってもまだ……僕の命は消えないんだ……!

 

 

  ……………

 

 

 

 『日の出町の惨劇』と呼ばれるヒュージの大規模襲撃から数年後………。

 

 

 

 東京近郊のとある山中。

 月明かりの下、打ち捨てられて久しい集落の中を2人組のリリィが駆けていた。

 どちらも目に見えて疲弊している。

 

「はぁ…はぁ……ぐっ…」

 

「大丈夫?怪我は…」

 

「大丈夫です。でももう……マギが尽きて…」

 

「奇遇ね。私も…」

 

 襲撃を受ければひとたまりもない2人。

 その行く手に、案の定ヒュージが立ちはだかった。3本足で立ち、彼女たちを睨み付ける。

 

「……ここが、死に場所…ですか…」

 

 足を止め、チャームを形だけ構える2人。魔法の動力が尽きた今、それは金属塊の鈍器でしかない。相手のヒュージは小さめのサイズだが、今の状態では……。

 

「そんな顔しないで。任務の達成は命より重い。わかっててリリィになったんでしょ?」

 

「……はい。……私、よかったです」

 

「ん?」

 

「最期の任務が、先輩と一緒で。先輩は私の目標でしたから」

 

「……。私も…貴女と一緒でよかった。信頼できる仲間と戦えることは幸福だったわ」

 

 ジリジリと…追い詰めるようにゆっくり2人に近づくヒュージ。

 

「生まれ変わっても、仲良くしてください…ね」

 

「ええ。また出逢えることを祈って…」

 

「……はい、先輩!」

 

 チャームを握り直し、ヒュージへと駆け出す2人。

 その2人を喰らわんと、ヒュージはその巨大な口を開き………。

 

 

 

  ザンッ!!

 

 

 次の瞬間には、魚の三枚おろしよろしく横方向に真っ二つ。

 

 体液を撒き散らしながら絶命した。

 

「!!」

 

「……え、ヒュージが倒れた?!」

 

 

「お怪我はありませんか?」

 

 

 2人の側にはいつの間にか、もう1人のリリィが立っていた。

 白いジャケットと青いスカート。短く切られた青みがかった黒髪。

 

「今の一撃は…貴女が…?」

 

「ええ。もう大丈夫です」

 

 髪と同じ濃い色の瞳は優しく微笑んでいた。

 

 

「私が来ましたから」

 

 

 年上のリリィは、彼女の正体に気づく。

 

 

「貴女は……相澤(あいざわ)……一葉(かずは)…!」

 

「…一葉…ってあの、エレンスゲ首位クラスのリリィ?!」

 

 彼女…一葉は頷き、言葉を続ける。

 

「お2人とも撤退を。責任は私が持ちますし、進路上には『牙刃の騎士団(ファング・パラディン)』も展開していますから」

 

「で、でも司令部からの命令が…」

 

「命に代えてもヒュージを殲滅せよ、と?」

 

「ええ……」

 

「……」

 

「問題ありません。この区域のヒュージは、私や彼らが既に殲滅しました」

 

「え?!」

 

 驚く2人組のリリィに、一葉は笑顔で返す。

 

「生まれ変わらずともここで、お2人で幸せになってください」

 

「……ありがとう」

 

「礼は必要ありません。これが私の正義というだけです。さあ、お早く…」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 駆け出した2人を見送った一葉の通信機から声が聞こえた。

 

『こちらエレンスゲ司令部。相澤一葉、応答せよ』

 

「……」

 

『君の当該区域における戦闘行為は作戦計画に含まれていない。状況を説明せよ』

 

「目標への移動中、ミドル級ヒュージを複数体発見。交戦規定に基づき、殲滅しました」

 

『当該区域には既に戦力が割り当てられている。余計なことだ』

 

「戦力差は明確でした。助けなければ、この区域の戦力は全滅していました」

 

『くだらないことで足並みを乱すな。少量の撃ち漏らしは“牙”にでも食わせておけ。任務を最優先しろ』

 

「……助けなければ、人が死んでいたと言っているんです」

 

『我々は全戦力を最高効率で運用している。君の独自行動は、結果として戦況に悪影響を及ぼしている』

 

「戦況は混乱を極めています。事前に立案された作戦計画はもはや役に立ちません。だからこそ、そちらも『瀑銀隊(ばくぎんたい)』を遊撃に出したのでしょう?」

 

『っ……』

 

「このような状況では、現場での柔軟な判断が優先されるはずです」

 

『………』

 

 痛いところを突かれたのか、司令部の教導官は黙り込む。

 

「悪影響を及ぼしたか否かは、状況終了後に私の戦果をもってご判断いただければ、と」

 

『……了解した。その言葉の責任は取ってもらう。以上。通信終わり』

 

 ややぶっきらぼうに通信が切られた。一葉は心の中で溜息を吐く。

 

「………。変わっていない。あの頃と何も…」

 

 

彼女が思い返すのは忘れない…忘れることのできない記憶。

彼女が戦い続ける、唯一無二の理由。

 

 

「“あの人たち”の遺志を継いて……私が、変えなきゃ…!」

 

 

 

 

 その頃…。

 

「それにしても…」

 

「はい?」

 

 先ほど一葉に助けられた2人組のリリィは、撤退しながら会話していた。山を降り、町の跡に入っている。

 

「相澤一葉が知っていたと言うからには、この先にいるのはエレンスゲの騎士よね。アテになるのかしら…」

 

「どういう意味です?」

 

「だってあそこには……っ!止まって!!」

 

「え?……ああ、そんな…!またヒュージが…!しかも…!」

 

 2人の行く手を再び遮るヒュージ。今度は先程よりも大きなタイプで、硬い装甲の中に熱線砲を備えた戦車型である。

 

 群れからあぶれたのか数は1体。しかし、今の2人が敵う相手ではない。

 

「こ…こっちを見てる…!」

 

「早く逃げ…!!」

 

 それなりに距離はあるものの相手は飛び道具を持つ。

 装甲を開き、熱線砲の砲身を露出させる戦車型。それは走る2人をきっちり追尾している。

 

「いや…!いやぁ…!!」

 

「そんな…せっかく助かったのに…!!」

 

 砲身の中にエネルギーが溜まり………

 

 

 

  ドウッ!!!

 

 

「「?!」」

 

 

 謎の轟音が響いた直後、ヒュージは一瞬麻痺したかのように動きを止め……突如狙いを変更。

 2人が予想もしていなかった方向に熱線を放つ。

 

「え…?」

 

 その先にいたナニかは攻撃を回避すると地面を滑走しヒュージに急接近。勢いそのままに体当たりをぶちかます。

 

 

 ナニかは月光を受けて銀色に煌めいた。2人のリリィはその正体を見る。

 

 

 鋼の巨人だ。

 

 

 高さは6メートルほどか。全身が金属でできていて、壁のような両足の下には2つずつの車輪がある。

 右腕は肘から先が巨大な剣になっている。左腕があるべき場所には大きな装甲パネル。体当たりに使われたその表面では、牙にサーベルを重ねて描かれた狼の横顔が吠える。

 

 中世ヨーロッパの騎士甲冑風の顔、その眼と思しき部分から漏れた黄色い光が、夜の闇の中で残像を描く。

 

「牙刃の騎士団!!」

 

「あれが?!」

 

 驚く2人を気にも留めず、靴の代わりにバイクを履いた風貌の巨人の重騎士は、体勢を立て直すヒュージに右腕の剣を振り下ろす。

 

 その剣の根本から、燻んだ赤の稲妻が迸り全体に行き渡って弾けると、輪郭を包む刃が溶鉱炉の鉄のごときオレンジの光を放ち始めた。

 

 

  ヴァンッ!

 

 

 ギザギザした細かな刃が並ぶその形状。続いて放たれた動作音に、年下のリリィが声を上げる。

 

「チェーンソー!?!」

 

 

  ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 

 

 熱変換されたマギによって赤熱化した長大なチェーンソーは、ヒュージの砲身に触れるやいなや回転する刃で削り取り、あっという間に斬り捨てた。

 

 ヒュージはすぐさま装甲を閉じ、爪の付いた腕を展開して振り回す。

 

 が、巨人はこれを難なく躱し、関節部にチェーンソーを刺して両腕を素早く切断。

 そして装甲の隙間に刃を捻じ込み、ヒュージの周りを足の車輪で一周。

 

 元の位置に戻ると同時に相手を蹴ると、ヒュージは輪切りになりながら倒れ、青い体液を噴き上げた。

 

 

 

「あ…あの…」

 

 年上のリリィが巨人に近づいて声をかける。

 機械音を発しながら振り向いたその騎士の顔は、実は非対称だった。

 左半分はごく普通の甲冑だが、右半分は目の部分が丸い穴の形に抉れていて、中心でセンサーが光っている。

 

「助かりました。貴方は…一体…」

 

 巨人は彼女たちに跪き、どこかにあるのであろうスピーカーから声を発する。

 

『自分は湖穣(こじょう)冬賀(とうが)と申します。僭越ながら牙刃の騎士団、瀑銀隊の隊長を務めております。配備されているのは……エレンスゲ女学園でございます』

 

 

 淡々とした、どこか機械的な声。感情を感じさせない。

 

「エレンスゲの瀑銀…“隊”……?」

 

「貴方、よろしければ私たちの駐屯地まで護衛を頼めますか?」

 

『かしこまりました』

 

 騎士が立ち上がり、2人を先導する位置に移動した。

 

「あの、部隊の他の方は…?」

 

 年下のリリィが周りを見渡すが、騎士団らしき人影が見当たらない。

 

「元々いないのよ、彼には」

 

「え…?!」

 

 先輩の発言に驚く。

 

「エレンスゲ女学園には、数年前に瀑銀隊が配置されたのよ。そのときから隊員は彼1人。そういう構成なの」

 

「そ…そんな…」

 

『………』

 

 巨人の騎士…冬賀は何も言わず、無事に2人を駐屯地まで連れて行くことができた。

 

 

 他のガーデンと共同でヒュージ殲滅に当たる任務、『外征』。

 年度開始前にエレンスゲ女学園が行ったそれは、夜明けと共に幕を閉じた。

 

 

 

 それから数日が経過して、入学式の日。

 

 

 

 

 校舎の前では新入生たちが教導官に挨拶しつつ講堂へと向かう。

 その流れに混じって……。

 

「おはようございます、教導官殿」

 

 2年生の生徒も歩いていた。濃い茶色のロングヘアをリボンでポニーテールにした、穏やかな印象が特徴。

 

「君は……芹澤(せりざわ)千香瑠(ちかる)か?」

 

「はい」

 

 教導官はやや驚いた様子で出迎えた。

 そして手元のタブレット端末で、彼女の情報を見る。

 

「……序列84位…。なぜ君が…」

 

「あの…?」

 

「……いや、いい。行きなさい」

 

「は、はい。失礼いたします」

 

 釈然としないながらも教導官は彼女を見送る。

 

「何だったのかしら…」

 

 彼女…千香瑠はただ在校生としてやって来ただけ。それなのに驚かれては困惑するのも無理はない。

 

 

 少しして…。

 

「〜〜♪」

 

 グレーの瞳に、肩下まである栗色の髪を緩く結わえ、やや雑に制服を着ている生徒……飯島(いいじま)恋花(れんか)が門をくぐる。彼女も2年生。

 

 鼻歌交じりに歩いていると、行く先に親友の姿を見つけた。

 

「あ、瑤。おはよー!」

 

「恋花。うん、おはよ」

 

 彼女の名は初鹿野(はつかの)(よう)。肩上までの赤い髪に、翠の目と静かな雰囲気が特徴的。

 

 そのまま2人も講堂へ。歩いていると、瑤は親友の変化を察知する。

 

「…あ」

 

「ふふん?どした?何か気づいた?」

 

「いい匂いがする。…髪?」

 

「でしょー?シャンプー変えたんだけど、これマジでいい匂いなんだよねー!」

 

「気分転換?」

 

「そんなとこ。せっかくの新学年、新学期…そして今日から新レギオン!ってことで、気持ちの切り替えっていうかね!」

 

「そう言えば……」

 

「ん?」

 

「今年の序列1位は1年生なんだって」

 

「ああ…うん。らしいね」

 

「……知ってる?」

 

「知ってるってか、有名じゃん。中等部に入学以来、どんどん上り詰めていって…前回の外征でついに序列1位」

 

 他人事にも関わらず、わくわくと語り続ける恋花。

 

「戦術眼、戦闘技術、現場での判断力。全て申し分なしのスーパーエリート」

 

「うん、凄いね」

 

「あたしだって手の届かない位置にいるわけじゃない。だけど、1年でそこにいるのは素直に凄いと思う。……でも…」

 

「…でも?」

 

 表情が変わった恋花に、瑤は少し不安を覚えた。

 

「…ううん、何でもない」

 

「………」

 

 はぐらかされた。瑤も黙っていると、恋花が話題を切り出す。

 

「それより、ね…瑤」

 

「ん?」

 

「あたしたち…同じレギオンに入れるといいね!」

 

 彼女はぱっと顔を明るくした。

 

「あたし、命を預けるなら瑤がいいって思ってるからさ!」

 

「…うん、私も」

 

 嬉しい言葉。瑤も少しはにかんで返す。と。

 

「……あれ?」

 

「ん?……何、アレ…」

 

 遠くから耳慣れない音と声が聞こえてくる。

 

「オーライ!オーライ!」

 

 音の方を見ると、大きなトラックが正門の近くにある大型車用の出入り口から出て行くところだった。

 トラックは向きを変え、声をあげていた男性を拾い、校舎を出発。正門前の道路、つまり恋花たちの後ろを通ってどこかへ走り去る。

 

 

 そのコンテナには、サーベルが牙に重ねられたおどろおどろしい狼の横顔……牙刃の騎士団(ファング・パラディン)の紋章が描かれていた。

 

 

 

 

 場所は変わって校舎内の廊下。

 入学式の開始までまだ時間があるので、講堂近くの広い廊下には新入生たちが集まって談笑していた。

 

(そういえば、私も去年ここで…)

 

 千香瑠は1年前の入学式を思い返す。と同時に、式の後しばらく負い目に悩まされた出来事の記憶が甦った。

 

(……まさか、今年も…)

 

 彼女が不安を抱いた次の瞬間。

 

 

 

  コィン…コィン…コィン……

 

 

 硬い床に金属がぶつかる音が周期的に響き、だんだんと近づいてくる。

 

「え……」

「うっわ、何アレ…?」

「普通隠すでしょ…」

「気持ち悪っ…」

 

「あ……」

 

 廊下で話していた新入生たちは、音を立てる者を見るや一斉に表情を曇らせ……彼から距離を取るように道を開ける。

 その事態に気づいた千香瑠の目には、1人の少年が映った。

 

 身長は160センチもない。漆黒の髪はやや長め。目は虹彩も黒く、光が宿っているように見えない。

 

 周りの生徒が小綺麗な制服を着ている中、彼が身につけているのは長袖の白いワイシャツと黒いズボンだけ。正装に近いが学園の制服とは別物で、猛烈な違和感がある。

 

 だが、新入生たちが嫌悪しているのは……服装だけでなく彼の見た目全体である。

 

 

 両足は靴を履いておらず、しかして裸足ではない。

 

 金属だ。

 

 何らかの金属部品が組み合わさった機械の足と骨組みが、裾の下で光沢を放つ。

 

 両手…否、両腕も金属。

 指は太く、3本ずつ。そこから後ろ……袖口、肘、肩に至るまで、人間の物ではない直線や凹凸が見える。

 不自然に角ばった輪郭が見えているのは両脚も同じ。腿の半ば辺りまでゴツゴツとした中身が感じられる。

 

 顔も一部が金属になっている。左眼周辺は機械のセンサーに置き換えられていて、目の位置で黄色の光を放つ。

 また、顔の右半分にも傷痕が広がっており、傷痕以外はあどけなさを残した綺麗な顔であることも相まって、見た目の印象は大変痛々しい。

 

 そんな彼はある荷物を抱えていた。機械義手で大事そうに。縋るように。

 一見すると馬上槍に見えるそれは、軸に巻かれた旗であった。

 

「手足ないよね…?」

「入学式だというのに縁起でもないわ…」

「時間ずらして来ればよかった…」

 

 ひそひそと響く話し声の中、彼は一定のペースで、正面だけを見て歩みを進める。新入生たちの心ない言葉に耳を傾ける素振りはない。もはや慣れっことでも言わんばかりだ。

 彼女らは彼が牙刃の騎士団だと気付いている。場違いな服装ではあっても、シャツの肩に狼とサーベルが合わさった紋章が刺繍されていたためである。

 

 

「あの…!」

 

『……』

 

 千香瑠の声に彼は足を止めた。そして彼女に向き直り、両手で持っていた旗を左手で床に立て、右手を胸に当てて会釈する。

 

『いかがされましたか?』

 

 無機質で、感情を消し去ったかのような声。しかも、彼の口は動いていない。

 

「えと…その旗。重ければ持ちましょうか?」

 

 彼は首を振る。

 

『それはなりません。この旗は自分が持っていなければ意味がない品でございますので』

 

「そう…ですか。ごめんなさい…」

 

『謝罪の必要はございません。お心遣い、感謝いたします。それでは』

 

 先程より少し深い礼をし、沈黙が支配する廊下を、彼は再び歩き始める。

 

 目指す先は講堂。入学式の会場だ。

 

(私は…去年……)

 

 千香瑠が思い出す入学式の記憶。彼女も今のように彼を見ていたのだが……当時の彼女は今周りにいる新入生たちと同じく、彼の背中をただ目で追うだけだった。話しかけようとしなかった。

 

 降り注ぐ冷たい言葉。彼はその全てを浴びながら影だけを道連れに歩く。

 今年も、去年も……きっと、その前から。

 

(また……何もできなかった……)

 

 再び彼の背を見つめるしかできなくなった千香瑠は、切ない表情をしてただ時を過ごしていた。

 

 

 そして時が流れ……。

 

 

 

 

 厳かな入学式は締めくくられようとしていた。

 

「式次第は以上となる。新入生は、この学園の戦力となるよう全力で励み、在校生はよりその力を磨くことで、このエレンスゲ女学園の正義と信念を体現しなさい。誇り高きエレンスゲの一員として、人の社会を守るために、その命を捨てる覚悟を持ちなさい」

 

「「「はい!」」」

 

 教導官の言葉に、新入生たちは威勢よく応えた。

 

「続いて、我が学園のトップレギオン、『ヘルヴォル』のメンバーを公表する。……相澤一葉、前へ」

 

「はい」

 

 席を立って歩く彼女は、ちらりと講堂の後ろを見た。出入り口の近くには、この学園で活動するたった1人の牙刃の騎士団……瀑銀隊の湖穣冬賀が旗を手に立っている。

 

「…あれが序列1位の…」

「まだ1年生なのに…」

 

 ひそひそと響く話し声に耳を傾けることなく、彼女は壇上で声を上げる。

 

「今学期から、序列1位となりトップレギオン、ヘルヴォルのリーダーを拝命することになりました、高等部1年、相澤一葉です」

 

 マイクも必要ないと言わんばかり。一葉の声はよく響いていく。

 

「ご存知のように、今この世界は正体不明の怪物の群れによって追い詰められています。この地上にヒュージが出現してから、私たち人の生活は大きく変わりました。けれど、変わらないモノもあります。この世の中にあっても、人がずっと守り続け、受け継いできたモノがあります!それは思い遣りや、人と人との繋がり……互いを大切に思う心…!」

 

  キチ…

 

 冬賀が旗を握る義手が、僅かに音を立てる。だが、それに気づいた者はいない。

 

「それらは、人を人たらしめる感情です。どんなに追い詰められても、人は自らが人であることを諦めなかった。だからこれまで、どんな困難にあっても戦えたのです…!……私たちが戦うのは、報酬や名誉や、ましてや学園のためではありません。「学園のために命を捨てろ」など、馬鹿げています!」

 

  キチ…

 

 その宣言に、会場の生徒たちが騒つく。

 

「え……」

 

 千香瑠も呆気に取られる中、一葉はなおも言葉を続ける。

 

「人に犠牲を強いる戦い方では、本当に大切なモノは守れない…!」

 

 

「い、今のって学園の方針とは…」

 

 

 生徒の声がどこからとなく聞こえた。だが、彼女は構わない。

 

「私は、この世界の全ての人を守りたい。そして、共に戦う仲間を守りたい……!そこにある『想い』を、守りたいのです。私は、何一つ諦めずに戦いたい。ヘルヴォルの二つ名である『楯の乙女』。それは、大切なモノ全てを守る楯でなければいけないのです!それが私の意思であり、リリィとしての誇りです」

 

 皆呆然と、あるいは冷めた目で壇上の彼女を見つめている。

 

「この人が…序列1位…」

 

 呟く千香瑠。少しだけ離れた場所に座っていた恋花と瑤は、どこか悲しそうな顔をしていた。

 

「……綺麗事じゃん…」

 

「………」

 

 そんな会場の様子を気にすることなく、一葉の演説は続く。

 

「戦場において言葉は意味を成しません。私は、正義と信念の在り方をエレンスゲのトップレギオン、ヘルヴォルにおいて示します!今回、メンバーを選ぶにあたっては、この信念を支えることのできる方を指名させていただきました。……飯島恋花様。初鹿野瑤様。芹沢千香瑠様。以上の皆様を、ヘルヴォルの一員として指名させていただきます!」

 

 

「え…私…?」

 

「……あ、あたしかよ…」

 

「また、ヘルヴォルに…」

 

 

 千香瑠は驚き、恋花と瑤は少し残念そうにしていた。

 

「メンバーの一人一人の考えや個性を尊重し、互いに助け合う結束力の強いレギオンを目指しましょう!それが相乗効果を生み、真に強いレギオンになるのだと……!私はそう信じています」

 

 彼女は笑顔で言葉を区切る。そして…。

 

「指名させていただいたメンバーの方々。そして、生徒の皆様。教導官の皆様…人々を守るために、人々の心を守るために、共に戦いましょう…!

 

 

 牙刃の騎士団(ファング・パラディン)、貴方もです!」

 

 

「「?!」」

 

 

 突然の呼びかけ。それに会場の誰もが驚いた。

 

 

瀑銀隊(ばくぎんたい)の隊長、こちらに来てください。ゆっくりで構いません」

 

 冬賀は左胸に3本指の義手を当てて一礼。機械音を立てながら、ゆっくりと、しかし着実に彼女の前に続く通路を進む。

 

「前回の外征で、教導官はこう言われました。「リリィが撃ち漏らした敵は、“牙”に食わせよ」と。皆様の内、何人がご存知でしょうか?彼が何のために戦い、どのような扱いで今ここにいるのかを!」

 

 彼を初めて見る新入生たちは、その姿に不気味さと……ほんのり醸し出される哀愁を感じる。

 

 

「お答えしましょう!“ヒュージ撃破の数合わせ”です!実際、彼が仕留めたヒュージは計り知れません。しかし、誰も彼の活躍を認めない。何故でしょう?簡単です!」

 

 皆、彼女の説明に耳を傾けずにはいられなくなった。

 

 

「たった一人の、別組織の部隊でそれだけ戦果を上げていては、エレンスゲのリリィの誇りに傷がつくと考えられているからです!」

 

 

 彼はただ、静かに一葉へと向かっていく。

 

「学園は彼の多大なる貢献と実力を、全て自分たちだけの物にしているのです!学園の評判のために瀑銀隊が編成されて以降、エレンスゲの損害は間違いなく減っています!にもかかわらず、それらも全て学園の、リリィだけの手柄としているのです!」

 

「…この人…そんな目に…」

 

 通路に響く、鋼鉄の足音。それは、千香瑠には何故か、悲しい啜り泣きの声、死地へと行進する軍靴の音に聞こえた。

 

「その上で!部隊規模を最小にしたまま酷使し続け、駄目押しに戦力として過小評価!このような所業は、彼らとの協力関係において到底許されるものではありません!彼には、正当なエレンスゲの戦力として扱われる権利があります!」

 

 冬賀はついに一葉の前に到着した。膝を折り、キチキチと音を鳴らして跪く。

 

「しかし残念ながら、今すぐには彼の評価が変わることは期待できません。そこで、序列1位の、ヘルヴォルにのみ許された権限……“瀑銀隊への直接命令権”を発動いたします!」

 

「「!!」」

 

 会場の生徒皆が、その発言に息を飲む。

 

 

「瀑銀隊に命じます。貴方は私たちヘルヴォルの直接の指揮下に入り、私たちと共に戦ってください!そして、枷から放たれた本当の強さを!私たちに見せてください!!……この命令を受け、“楯の乙女”の“剣”となるなら今ここで、貴方の牙に誓いの言葉を!」

 

『………』

 

 冬賀はしばらく動かない。会場はいつの間にか静まりかえっていた。

 

 

  カチ……カチ…カチカチ…

 

 

 機械義肢が鳴らす音。冬賀はゆっくり…ゆっくりと立ち上がり……

 

 

 手にしていた旗の軸を回し、布部分を広げた。

 そこに現れたのは、サーベルが牙に重なった狼の横顔の図。

 

 そして、彼は旗を水平の位置から180度回転させる。彼の後ろで座っている生徒たちには、おどろおどろしくも力強い狼が、遠吠えのために首をもたげたように見せる。

 翻った旗を、一葉の前の床に広げて再び跪いた。一葉には狼が頭を垂れ、口に咥えたサーベルを差し出す様に見えるように。

 

 続けて、彼は誓いを語る。

 

 

 ――我ら志ある者なり、故に蔑むことなかれ。我ら牙ある者なり、故に嗤うことなかれ。我ら傷ある者なり、故に驕ることなかれ。我ら祷ある者なり、故に怨むことなかれ。――

 

 ――あゝ響け、獣の嘶きよ。我ら大いなる縄張りをここに。手繰る鎖を華の手に。――

 

 ――我ら野を駆け、山を越え、天を舞い、海を渡る者。各々の逆境にあって牙を研ぐ者。生命(いのち)の守護者の刃なり。――

 

 ――君よ、いざ命ぜられよ。しからば我ら全うせん。――

 

 

 感情のない、つらつらとした声で唱えられる言葉の数々。この場には騎士は彼一人。しかし、一人称は常に“我ら”。

 それは、他のガーデンにいる騎士団の仲間を思い出しているのか、あるいはただそう言うものだと決まっているだけなのか。

 

 はたまた、ヘルヴォルと共に戦うことを認める意思表示なのか。

 

「……聞き届けました。共に人々を守りましょう…!」

 

 頷く彼への挨拶で演説を終わらせた一葉。

 千香瑠は、その光景に感動を覚えていた。

 

「凄い…」

 

(あの子も、彼も……。なんて、強くて綺麗な言葉…。なんて……美しい人たちなんだろう……)

 

 

 理想を語る一人の少女()と、それを盲信するかのような機械仕掛けの少年(騎士)。側から見れば滑稽なものであり、また、不気味な景色でもあった。

 

 しかし、千香瑠にはそれがとてつもなく気高く、眩く輝いて見えたのだ。

 

 

 




 百合ヶ丘ほど、騎士団の立場はよくありません。まぁ、エレンスゲならそうなるよな……。

 次は神庭編の第1話を投稿予定です。

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