アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 百合ヶ丘編の続きを投稿予定でしたが、ゲーム内のイベントを踏まえて少々修正することとなりました。完成次第投稿します。

 エレンスゲ編第2話をお楽しみください。


第2話 集合

 エレンスゲ女学園の敷地の外れ、校舎から離れた裏手門近くの一角。

 ここにはプレハブの1人分の居住区画と、それに比べて大きく、町工場を彷彿とさせる格納庫がある。

 

 その正面シャッターには牙刃の騎士団の紋章。ここが湖穣冬賀の根城である。

 

 彼は居住区画の中で机に向かっていた。隣の台座には先程披露した騎士団の旗が立てられている。

 机の上には1台のコンピュータ。投影された立体映像は、彼が書いたメッセージである。

 

 

  ………

 

 

 本日早朝、機体の左腕ウェポンユニットを受け取り、取り付け作業をこれより行う。

 

 朝、参列した入学式にて、エレンスゲトップレギオン、ヘルヴォルの指揮下に加わることが正式に決定。学園からも通達された。

 

 今後は前線にて作戦行動を取ることが予想される。

 

 

  ………

 

 

 彼はメッセージを騎士団本部の担当者に送信。コンピュータを切り、直通のドアから隣の格納庫へ向かう。

 

 格納庫の中には、鋼鉄の巨人が鎮座していた。膝を折り、背中には何本かのケーブルが繋げられ、胴体は開かれていて、中にはやや狭い操縦席らしきものが見える。

 背中を当てる部分はあるが、座る部分はない。

 

 その左肩には何もついておらず、機械の関節の付け根がぽっかりと口を開けている。

 

 そこに取り付けられる予定の物が、正面に置かれていた。畳まれたそれは分厚い装甲にも、人の腕のようにも見える。ただし指はなく、肩、肘関節の先には円形に並ぶ3本の銃身がある。

 

 冬賀は少し嬉しそうな笑みを浮かべながら巨大な左腕を撫で、そのまま壁際へ歩く。

 そこには鉄骨を組み合わせたヤグラがあり、横に備えられた梯子を登って上のスペースへ。柵のついたそこには1台のコンソールがあった。

 

 彼はシャツの左腕を捲ってコンソールに向き合う。そして露出した金属の左腕、その肘と手首の間に設けられた関節をパチンと折り曲げる。

 

 

 そこに現れたのはコンピュータとの接続部。

 それをコンソールにある穴に突き刺すと画面が起動した。そして彼の頭の中に、格納庫内の設備の位置や動きが鮮明に描かれる。

 

 

 彼は一度だけ天井を見上げると、そこにぶら下がっているアーム2本に脳内で命ずる。

 

 

(左腕を持ち上げろ)

 

 

 その命令はコンソールを通って天井のアームに伝わった。無骨な機械の腕が伸び、巨人の正面に置かれた左腕を掴んで持ち上げる。

 

 位置を調整し、天井から吊られた他のアームにも命令していく。関節を固定したり、ボルトを締めたり、付属物を取り付けたり……。

 

 しばらく作業していると、コンソールに1件のメッセージが届く。

 

(!……相澤一葉さんからの招集命令…)

 

 彼が行っていた組み立て作業は、一旦中止せざるを得なくなった。

 

 

 

 一方、一葉は教導官室に呼ばれていた。

 

「どういったご用件でしょうか?」

 

「……それがわからない君ではないと思うが?」

 

「式辞の件でしょうか。それともヘルヴォルの人選……はたまた瀑銀隊の件でしょうか」

 

「全てだ。あのような場で学園の方針を公然と批判するようなことは、決して許されるものではない。この学園が教育機関であると同時に、対ヒュージ軍事行動の最前線であることを忘れているのではないか?」

 

 教導官からの質問に、一葉は少しムッとした様子で返した。

 

「忘れていないから、あのような発言をしたのです、教導官殿」

 

「規律を乱すな、と言っている」

 

「規律?戦場に立つ少女が、命を捨てろという命令に反論もせずに従う規律のことでしょうか?体を失ってなお戦う少年に、成果を貢がせる規律のことでしょうか?」

 

「そうすることで戦果を上げなければならないこともある。我々が最善を尽くしていることを疑われては、組織での行動は成り立たない」

 

「前回の戦闘は他ガーデン管轄区域での戦闘協力…いわゆる外征でした。明らかに実力の伴っていないリリィの、必要のない外征。それによって多発する死傷者と、まともに動けるはずのない瀑銀隊の派遣。こういった例は、この1件だけではありません。改めるべきは私の発言ではなく、学園の方針ではないでしょうか?」

 

「しかし、戦果は挙げている。この外征プログラムによって、各リリィの戦闘技術は劇的に向上されているのだ。牙の助けなど必要ないほどに」

 

「多くの生徒を使い潰した結果でしかありません」

 

「……綺麗事では戦えない、と言っている。君が言うほど、簡単ではないんだ」

 

「リリィになる少女たちも、全国各地の牙刃の騎士団も、正義を信じて戦っています。その“綺麗事”の上に胡座をかいているのは、一体誰なのでしょうか」

 

 教導官が表情を歪める。

 

「……言葉が過ぎるぞ、相澤一葉」

 

「事実を述べたまでです」

 

「………。君の将来性を加味し、今回は不問にする。牙の本部にも、瀑銀隊が君たちの指揮下に入ったと通達した。上手く運用して見せろ。それから……」

 

 表情を戻した教導官は、デスクの下から箱を取り出して蓋を開き、中身を一葉に見せる。

 

「トップレギオンの制服を用意した。持っていくといい」

 

 紫を基調とした、マント付きの豪勢な服。派手めでありながら印象は硬い。

 

「これはエレンスゲの象徴となる制服だ。重要な戦闘や式典などで着てもらう。着用の指示はこちらで出す」

 

「………」

 

 一葉の表情には忌避感が宿っていた。

 

「不満か?しかし、これは義務だ。ヘルヴォルの存在がリリィたちの支えとなる。君も知っているだろう。エレンスゲの象徴としての責務、と自覚してもらいたい。もっとも、君が気に入っている牙にはこういった品は用意されないがな」

 

 彼女は制服を受け取ると、すぐさまここを後にしようと振り返った。

 

「他にお話がないようでしたら……」

 

「相澤一葉」

 

 が、教導官が呼び止める。

 

「はい」

 

「君のその理想は、君にイバラの道を歩かせるだろう。覚悟するんだな」

 

「……失礼いたしま……」

 

 

「ああそれと。牙刃の騎士団には正義などない。よく覚えておけ」

 

 

「……失礼いたします…!」

 

 

 彼女は廊下を歩きながら、先程言われた言葉を思い返していた。

 

(牙刃の騎士団に正義はない?そんな話、馬鹿げている!)

 

 一葉が回想するのは、自分の前に跪いた冬賀の姿。声と手足と左目を失い、傷つき、生徒たちからは白い目で見られ、学園からは差別的扱い。

 それでもなお戦い続ける姿と、その意思表示。

 

(彼には、心の底から信じる何かがある!そうでなければ、あんな目に遭いながらも戦い続けるなんてできない!人には…信じられる何かがないと……!!聞いてみたい。彼が戦う、その理由を!)

 

 

 その頃…。

 冬賀は校舎の中を歩いていた。金属音と機械音を鳴らしながら、階段も使ってヘルヴォルの控室を目指す。

 

 そして、その扉の前で。

 

「あ……」

 

『………』

 

 最初に出会ったのは、大きめの紙袋を抱えた千香瑠だった。

 

「ま、またお会いしましたね……えーと…」

 

『湖穣冬賀と申します、芹沢千香瑠様。相澤一葉様より招集の命を受け参上した次第です』

 

「貴方も…ですか…」

 

『……。荷物をお持ちしましょうか?』

 

「あ…いえ、大丈夫です…」

 

『………』

 

 感情の読めない右目と、黄色の光を放つ左目がじっと千香瑠を見つめる。

 

「と…とりあえず部屋に入りましょう?」

 

『はい』

 

 扉を開けると、部屋は暗く人気もない。壁際のスイッチを押すと、綺麗だが無機質な空間が照らし出された。

 

「一番乗りだったようですね…。クッキーと紅茶の用意しますから、待っていてください」

 

 

「っ!?」

 

 

 控室にある小さな調理スペースに向かう彼女の耳に、喉を介さない驚愕の声が聞こえた。そちらを見ると、かなり焦っている様子の冬賀がいる。

 

「…あの、何か?」

 

『いえ…。自分は謹んで辞退いたします』

 

「あっ…ご、ごめんなさい!もしかして食べられないお体だったかしら…」

 

 彼女もまた、罪悪感から焦って口調が素になっている。

 

『いえ、消化器系に不具合はございません。アレルギーの類もございません。ただ……自分は……』

 

「?」

 

 

 彼が言葉に迷っていると、再び扉が開いた。

 

「お、もう誰か来てんじゃん!」

 

「あ…千香瑠……と、湖穣冬賀…」

 

 入って来たのは恋花と瑤。

 早くも一葉を除く全員が集合している。

 

「ええっ?!あんたも来たの!?」

 

 恋花は冬賀を見て驚く。

 

『……お邪魔しております』

 

 彼が発した声は無機質だが、表情は少しシュンとしていた。

 

「いや、本気で邪魔とか思ってないけどさ…」

 

『しかし、初鹿野瑤様は…』

 

「ん…。男子がいるのに慣れてないだけ…」

 

『では、自分はここにいてもよろしいですか?』

 

「まあ、そりゃね…」

 

「……うん」

 

「と、とりあえず…」

 

 ややギクシャクしている空気を和ませるため、千香瑠が手を打つ。

 

「これで後は一葉ちゃ…さんだけ…ですね。ゆっくり…」

 

「ああああもう!!」

 

「「?!」」

 

 突如恋花が絶叫し、千香瑠と冬賀は驚いて息を飲む。

 彼女は千香瑠からビシッと指差した。

 

「硬い!硬い硬い硬い!!まず千香瑠!あんたは同い年なんだから敬語とか敬称とかいらない!」

 

「え…あ、そ、そう…よね…」

 

「それからあんたも!もうちょっと口調、なんとかなんないの?!」

 

「…っ」

 

 次いで指差された冬賀は、少し悲しそうな顔で頭を下げる。

 

『ご期待にはお応え致しかねます。自分の人工声帯には、この音声のみがプログラムされており……変更はできない仕様となっております』

 

「あ…そ、そう。何か、ごめん…。でもさ、表情と口調のギャップが…」

 

「慣れてあげて、恋花」

 

『お心遣い、感謝します。瑤様』

 

「あー…。慣れるまで時間かかりそ…」

 

「時間といえば、もう集合時刻はきてるのよね?」

 

「うん」

 

「何やってんのかね〜リーダーは…」

 

 

 

 

 集合時刻から数分経ち、1時間近く経過しても一葉は姿を現さない。

 

「……全然来ないじゃん…」

 

 長椅子に座っている恋花は呆れ顔になっていた。隣の瑤と、その向かいの千香瑠は不安そうである。

 

「あの子、遅刻とかするようなタイプじゃなさそうなんだけど…。私、ちょっと捜してくるわね」

 

『それでしたら自分が…』

 

 3人から離れた場所に座っていた冬賀が立ち上がる。

 そんな彼を、千香瑠は笑顔で制した。

 

「何でも貴方がやることはないわ、冬賀くん。少し待っててね」

 

『……ご命令とあらば』

 

 彼は渋々という様子で椅子に戻った。

 

「……ハァ…」

 

 千香瑠が部屋を去る。冬賀は時計を見て溜息を吐いた。

 

「…何か焦ってんの?」

 

『……自分の機体に新しい装備が届きましたので、取り付けと調整を行わなくてはなりません。作業は7割ほど進んではおりますが』

 

「あんた、口調だけじゃなくて中身も結構硬いな…。もうちょっと肩の力抜いていきなよ!」

 

 恋花は冬賀に近づき、徐に肩を叩く…と。

 

  ペチィン

 

「あ痛っ?!肩甲骨あたりまで金属かい!」

 

 冬賀は慌てて恋花に謝罪する。

 

「『申し訳ありません』!」

 

 その声が誰かと重なり……扉の方を向くと、顔を赤らめて焦る一葉が立っていた。

 その後ろでは、千香瑠が苦笑いしている。

 

「お……遅れてしまいました……」

 

 

 かくして、ヘルヴォルのメンバーと瀑銀隊がここに集結した。

 

 

 

「いやーはっはっはっ!参った参った!まさか初日からリーダーがミーティングすっぽかすなんてね!」

 

「た、大変申し訳ありません!」

 

 謝り倒す一葉の肩をがっしりと組む恋花。いたずらっぽい笑みを浮かべる彼女の後ろでは、冬賀がオロオロしていた。

 

「いやいや、これは先々が楽しみですねリーダー!ヘルヴォルの名誉ある歴史に伝説を刻む隊になるかも……ぷっ…くくく…!」

 

「す…すみません…」

 

 一葉はすっかり顔を赤くしてしまっている。

 

「……恋花、からかわないで」

 

『一葉様、大丈夫ですか?』

 

「あ、ありがとうございます…。すぐにでも持ち直すかと…」

 

 冬賀が精一杯の気遣いをしていると、トレーにティーポットと菓子皿を乗せた千香瑠が戻ってきた。

 

「はい、皆。紅茶とクッキーが用意できたわよ」

 

「わ、すご。レギオンの控室でこんな優雅なもんが出てくるとは……!」

 

「動物さんクッキー……かわいい」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

『お手伝いできず申し訳ありません、千香瑠様』

 

 驚く恋花と、喜びに顔を綻ばせる瑤。その横には残念そうな顔の冬賀がいた。

 

「気にしなくていいのよ。今日は新しいレギオンに入る日だし、ご挨拶の代わりにと用意していたの。まさかあのヘルヴォルで振る舞うことになるとは思いませんでしたけど。冬賀くんの分もあるにはあるのだけれど…」

 

『……申し上げにくいのですが、自分は辞退させていただきたくございます』

 

「え?」

 

「………」

 

 一葉と瑤は驚いて冬賀を見る。千香瑠は先程の彼とのやりとりから答えはわかっていた。

 

「あら…やっぱり…」

 

「何あんた、千香瑠の用意した紅茶とクッキーに文句でもあんの?」

 

 やや怒り気味に、冬賀に食ってかかる恋花。少し悲しそうな千香瑠の方から恋花と瑤の方に向き直った彼は、今日何度目かもわからないまま頭を下げた。

 

『どうかお許しください。自分の指ではクッキーを壊さず手に取るほどの力加減ができませんし、ティーカップの扱いもかなり行儀が悪くなってしまいます。自分の不器用さで、皆様に不快な思いをさせたくはないのです』

 

 彼の言葉に感情はこもっていないが、態度からは切なさがひしひしと感じられる。

 恋花もあっさりと怒りの矛先を収めた。

 

「……あ…な、何さ。そういうことなら先に言えよ…」

 

『申し訳ありません』

 

「あ…そもそも一葉ちゃん。こういうのはよくなかったでしょうか?」

 

「え…そうですね、このミーティングは学園が定めた正式なものですので、あまりこういうことは……」

 

「よ、余計なことだったかしら…」

 

 シュンとする千香瑠。冬賀のこともあり、その落ち込みは深いものに見えた。

 

「あ!いえ…でもご厚意を無駄にするのは…!」

 

 一葉がちらりと恋花を見ると、彼女は早速ティーカップを手にしていた。

 

「いいじゃんいいじゃん!この紅茶、すっごくいい香りだし!それにさ、“学園が定めた正式なミーティング”に序列1位が盛大に遅刻した時点で、硬いことは言いっこなしじゃない?」

 

「ほ、本当にすみません…!」

 

 恋花にジト目を向けられた一葉は改めて謝罪する。

 

「…恋花、からかわないで」

 

「あはは、ごめん。ついつい」

 

 恋花を窘める瑤という光景もまた繰り返された。

 

 

 皆でテーブルを囲み、一旦仕切り直す。

 

「指名したってことは大体知ってるんだろうけど、一応自己紹介ね。あたしは飯島恋花。高等部2年で、序列13位。いやー、さっきの宣言聞いたときはめっちゃ武闘派じゃん、とか思ったけど。案外親しみやすそうなリーダーでよかったってあたしは思ってるよ。よろしく」

 

「う……よ、よろしくお願いします。今後は遅刻などしないように務めたいと思います…」

 

「……高等部2年、初鹿野瑤…。序列14位。よろしく」

 

「よろしくお願いします!」

 

 淡々と自己紹介する瑤に、一葉は元気よく返事をした。

 

「えーと…私は芹沢千香瑠。2人と同じく高等部2年で、序列は…その…84位…かな…」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「ほら、あんたの番…!」

 

「っ!」

 

 千香瑠の挨拶が終わったタイミングで、恋花は隣に座っている冬賀を肘でつつく。

 

『自分は瀑銀隊隊長を拝命しております、湖穣冬賀です。半身は『クリバノフォロス-Sgr(サジタリウス)A(アダプテド)』。序列はございません。微力ながらお力添えを約束いたします』

 

「はい、一緒に戦いましょう!」

 

「クリバ……?サジ……何て…?ま、いっか…」

 

 恋花には彼が使う装備の名前がよく覚えられなかった。

 

「あの…ごめんなさい、一つ質問があるの…」

 

 千香瑠が申し訳なさそうに手を上げた。

 

「レギオンメンバーの選考基準って、普通、序列の高い順…つまり優秀な順から選んでいくのよね?その…恋花さんや瑤さんはわかるんだけど……私は、どうして…?」

 

「人それぞれ、得意な分野は異なります。共に戦うチームとして考えたとき、私はこのメンバーが最適だと判断しました」

 

「そう…なの…?」

 

「はい。ヘルヴォルに相応しい人選です」

 

 と、ここで…。

 

「あたしからも一つ質問」

 

「恋花様、どうぞ」

 

「皆を守って戦う…だっけ?入学式でのあの演説。あれって本気?」

 

「本気でなければ学園を敵に回すような発言はしません」

 

 きっぱりと答える一葉の表情は真剣そのものだ。

 

「ま、そうか。それじゃ、言葉の重みには自覚がある…と?」

 

「はい。皆様を巻き込んでしまったことは申し訳ないと…」

 

「ま、大丈夫じゃん?」

 

 質問した側である恋花の方が気楽な表情。

 

楯の乙女(ヘルヴォル)は序列1位の生徒がそのメンバーを指名する…ってシステムは学園が承認した正式なものだし、騎士団に命令できるのもそう。人を決めるってのは、チームの最も重要な判断になる。それを一葉に任せた」

 

 紅茶を一口飲み、彼女は続ける。

 

「ってことは、ヘルヴォルの活動方針については一葉の気持ちで好きにしていいって、公認でもあるわけだ。建前がある以上、一葉がどんな方針で行動しようと、学園側もなかなか干渉できないっしょ」

 

「………」

 

「まー、風当たりは多少キツくなるかも、だけどね」

 

 やや不安そうな2人に対して、千香瑠は嬉しそうにしていた。

 

「私は、一葉ちゃんが言っていたことはとても凄いことだって思うわ。人を思いやって、命を大切にって、言われてみれば当たり前で。その“当たり前”が難しい世の中になって…」

 

  キチ……

 

 聞いていた冬賀の義手が音を立てる。が、それに気付いたのは冬賀本人だけだった。

 

「だからこそ、あの場で“当たり前”を堂々と口にできる一葉ちゃんはすごく、綺麗だったと思う」

 

「…綺麗、ですか…」

 

「ええ、とっても」

 

「あ、ありがとうございます。嬉しいです、わかって頂けて…」

 

「冬賀くんも綺麗だったわ」

 

『……自分も、でございますか?』

 

 唐突に褒められた彼は、ぽかんとした顔で人工声帯から質問する。

 

『ご覧の通り、自分の体はもはや人間では…』

 

「見た目の話じゃないわ。一葉ちゃんと一緒に戦う意思。それがとっても強くて、綺麗に見えたの」

 

『……恐縮でございます』

 

「………」

 

 恋花は3人のやりとりを不満そうに見ていた。

 と、瑤が話題を変える。

 

「それで……今日は何の集まり?」

 

 待っていたとばかりに、一葉が説明を始めた。

 

「今日はまず顔合わせということで、レギオンの方針をお伝えできたらな、と思っています」

 

「あー、それそれ。一葉の気持ちはあの宣言の通りだとして、あたしたちと瀑銀隊は具体的にどうしたらいいの?」

 

「まず、今後も定期的にこうして集まりましょう。訓練や出動だけでなく日常の中で、一緒に過ごす時間も増やしていきます。そうして、お互いのことを知っていくんです。より深く、メンバー同士が助け合って、瀑銀隊とも手を結んで、結束力を高める。そんなレギオンを目指していきましょう」

 

「お互いを…知る……」

 

 瑤は興味深そうに一葉の話を聞いていた。

 

「ふーん、なるほどねぇ。言われてみれば、うちのガーデンのレギオンってあんましそういうのやってないかもね。瀑銀隊と交流するレギオンに至っては皆無だったわけだし」

 

「でもエレンスゲ以外のガーデンは、そうやってレギオンの仲間や騎士団の方々を尊重しているところも多いそうですよ。そういうのもいいなって、実はちょっと憧れてました」

 

  キリ……

 

 千香瑠の言葉に頷く冬賀と一葉。

 

「ただ同じ戦場にいるだけではなく、お互いに掛け替えのない仲間でありたいんです。街も、人も、他のリリィも騎士たちも、もちろん私たち自身も。誰も傷付けずに任務を成功させる。それが私のモットーです」

 

「贅沢……」

 

 一葉を見る恋花の目は、単なるジト目ではないと、瑤には見えた。

 

「……恋花?」

 

「わかってる。リーダーの意見には従うよ、もちろんね」

 

「私も賛成よ。皆で頑張りましょうね」

 

「私も。反対はしない」

 

『誓いの通りに』

 

 恋花は何か引っかかっているようだが、他の3人は大丈夫のようだ。

 

「よかった。では早速、これからの訓練や各状況に合わせた戦術について………」

 

 ミーティングを続けようとした、正にその瞬間。

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………!

 

 

「「!」」

 

『……』

 

「…!これは…緊急出動命令のアラーム!」

 

 全員が椅子から立ち上がってアナウンスを聞く。

 

 

『エレンスゲ司令部より全レギオン。司令部より全レギオン。港区青山方面にラージ級ヒュージ発生の一報あり。エリアディフェンス内に入り込んだものと思われる。ヘルヴォルを除く全レギオン、旧編成にて出撃せよ。瀑銀隊はヘルヴォルの命令にて行動せよ。繰り返す……』

 

 

 アナウンスの内容に千香瑠は驚いていた。

 

「き、旧編成で?!」

 

「レギオンの新編成は今日発表されたばかり。戦いに出るには無理がある。妥当な判断」

 

 瑤は冷静に状況を見ていた。

 

「でもヘルヴォルはこの編成で出ろってこと?しかも冬賀の運用も丸投げって!早速来たよ、風当たり!」

 

「ヘルヴォルはエレンスゲの象徴。一度結成し冬賀への指揮系統もできた以上、簡単に旧編成で出撃させては全体の士気に関わる…ということでしょう」

 

「まだ、何の準備もできていないけど…」

 

「冬賀には武器が付いてない」

 

「それでも、やるしかありません。私たちの真価が試されています!冬賀!」

 

『はい』

 

 一葉の声に、胸に手を当てて返答。

 

「すぐに出撃できますか?」

 

『……。装備の取り付けは完了しておりませんが、解体する方が時間がかかります。ですので作業が終わり次第出撃します。皆様と同時には向かえません。細かな調整は現地で行うしかないかと』

 

「わかりました。皆様…!お願いします!共に出撃を!」

 

「お願いされなくてもやるしかないっしょ!出撃“命令”、なんだから!」

 

「異議なし」

 

「……わ、私も選ばれたんだもの…。頑張るわ!」

 

「ありがとうございます!リリィとしての誇りを胸に…!そして、楯の乙女の名に恥じぬように…!ヘルヴォル、瀑銀隊、出撃です!」

 

 5人は控室から出ると、初陣に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 ヘルヴォルと冬賀が廊下を抜ける。校舎の中に警報のアナウンスが響いていた。

 

「冬賀、出撃まで何分かかるかわかりますか?」

 

 一葉からの問いかけに、彼は淡々と返す。

 

『何分をお望みですか?』

 

「そんなもん“なるはや”に決まってんでしょうが!」

 

 恋花が答えると同時に、5人は階段に差し掛かる。

 

『では直ちに』

 

  カシュッ

 

 冬賀はそう言うが早いか義肢を僅かに伸張させる。そして最上段から踊り場へと飛び降り……

 

 

  ガシャコッ

 

 

 伸ばした分を縮めながら衝撃を吸収し、着地。

 

「は……」

 

『連絡は適時、自分のクリバノフォロスにお願いいたします。では後ほど』

 

 恋花が呆気に取られている間に、彼は踊り場の窓を開けて枠に足をかけた。

 

  カシュッ

 

 再び手足を伸ばし、そのまま外へと身を投じる。

 

「待って!」

 

「ここ3階…!」

 

 千香瑠と一葉が慌てて窓の下を見ると……

 

  キャーッ!?

  ナンカフッテキタ!!

 

 地上にいるリリィたちに驚愕の悲鳴を上げさせながら、敷地の外れにある格納庫へ駆けていく冬賀が見えた。

 

「大丈夫…なんだ…」

 

「意外と便利じゃん、あれ…」

 

 瑤と恋花も、目を丸くして彼の背中を見つめた。

 

 

 

 周りの目を気にすることなく冬賀は走り、根城の居住区画に飛び込む。

 

 格納庫に入ると両腕の袖、両脚の裾を折り、金属の義肢を露出させると、左右の腕をパチンと折る。

 肘と手首の間にあるコネクターが晒された。

 

 そして真っ直ぐ鋼の巨人の、開かれた胸へと飛び込む。胴体を捻ってシートに背中をつけると、シートに内蔵された電磁石が彼の背中に埋まっている金属板を感知し、吸い付けた。

 

 体の両側…操縦レバーがあるべき場所には、コンソールにあった物と同じ穴が開いた枠。そこに両腕を接続し、背中の磁石と両腕で体を支えながら両脚を持ち上げる。

 

 両脚もまたパチンと折れた。膝と足首の間にもコネクターがあったのだ。

 それを足元の、ペダルがあるべき場所にある接続部に差し込む。

 

 

 義肢を介し、手足の神経系を機体に接続することで、彼はクリバノフォロスを自由自在に操ることが可能になるのだ。

 

 

 やるべきは、手足を僅かに動かすことと、頭の中で“半身”に命ずることのみ。これが彼の操縦である。

 

 最初の命令はたった一言。

 

 

(起動せよ)

 

 

 その一言で、巨人の背中に収められた炉…3基のH(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)を同調させ、3倍以上の出力を得る強力な動力ユニットに火が入る。

 

「……っ」

 

 起動と同時に機体から頭に流れ込む情報。それらを受け流して、格納庫内の設備に接続する。

 

(今はとにかく、左腕の装着を急がなくては!)

 

 

 天井から吊るされたアームが慌ただしく動き出し、組み立て作業を再開した。

 

 

 

 




 今回のエピソードで、エレンスゲ編の主人公の有機的な部分を描けていればいいなぁ……。
 前回はあまりに機械っぽかったので。

 ちなみに、人という生物としてのセリフは「」で、機械音声や通信、地の文がない回想でのセリフは『』です。エレンスゲ編の主人公は両方の声が出ることがあるので、念のため。


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