アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 エレンスゲ編の続きです。主人公が男一匹だと話を回しやすいですが、どうしてもキャラクター数が少なくてボリュームが不安に……。




第4話 猪突猛進

 

 エレンスゲ女学園の敷地、その外れにある裏手門の近く。

 朝、冬賀はここにある居住区画で目を覚ました。

 顔の左側に埋め込まれた義眼を通し、視界に映し出された文字列を読む。

 

 

  …………

 

 

 マニュピレータインターフェース 制御プログラムアップデート 100%完了……

 旧バージョン 内臓型バックアップストレージに保存済み こちらでの起動も可能……

 

 

  …………

 

 

 ベッドから身を起こした彼には、左腕しかついていない。それで義眼の横に差し込まれたケーブルを抜き、ベッドの傍らに置いてあった右腕に持ち替えた。

 そして半袖Tシャツの袖に右腕を嵌め、床に転がる脚を拾って装着。

 

 部屋を歩き、先程抜いたケーブルが繋がっているパソコンに向き合う。モニターを起動すれば、昨日の夜に読んだメールがまだ表示されていた。

 

 

  …………

 

 冬賀くんへ。

 リリィとの正式な連合部隊化、おめでとう!

 例の二人組からのお礼で送った左腕はどんな具合かな?

 これであなたにもっと報酬を融通できるようになったから、お祝いに手足の制御プログラムのアップデートをあげちゃうね!

 冬賀くんが好きな和菓子作りとかできるようになるし、クッキーもティーカップもつまめるよ!

 

 これからも頑張ってね!応援してるから!

 

 

 牙刃の騎士団本部 瀑銀隊支援管理主任

 盤渉(ばんしき) 時雨(しぐれ)

 

  …………

 

 

「………」

 

 傷痕が広がる顔に、優しい微笑みが宿る。

 

(ありがとうございます、時雨さん。これで……僕は千香瑠さんの手伝いができる…。戦闘以外で、初めて彼女たちに貢献できる……)

 

 通信教育の授業を済ませ、クリバノフォロスの整備や居住区画周辺の掃除など日課をこなしていると、やがて放課後の時間。

 楯の乙女たちからミーティングの知らせが届いた。

 

 

 

 

「いや、ホント。昨日は大変だったわ……」

 

 一葉以外のメンバーが集合しているヘルヴォルの控室で、恋花は愚痴をこぼしている。

 そんな彼女の横に、千香瑠が微笑みながらやって来た。

 

「ふふ、ほんとに激戦だったわね。あ、お茶とクッキーどうぞ」

 

「お、サンキュー!」

 

 彼女は嬉々としてクッキーを頬張り、紅茶で流し込んだ。

 

「美味しい!いい香り!あったかーい!んー、生きてるって実感するわ!ティータイムのためにここに来られるわー!」

 

「だそうよ、冬賀くん。ふふふ、ありがとうございます」

 

『光栄です、恋花様』

 

 冬賀が控室の調理スペースから笑顔を覗かせた。彼は洗い物をしているようだ。

 

「……え、冬賀…?大丈夫なの?何か不器用とか言ってなかった?」

 

「手足の制御プログラムを新しくしたそうよ。それで器用になったらしくて。このクッキーも手伝ってくれたわ」

 

「……やっぱ意外と便利じゃん、あいつの体」

 

『これからは皆様にさほど不快な思いをさせることなく、交流活動に参加可能となりました』

 

 ハンカチで義手を拭きながら、彼も千香瑠たちがいるテーブルに近づいた。表情はとても柔らかい。

 

「……プログラム更新したならさぁ…その口調と顔が合わないのも何とかなんない?」

 

『……前向きに検討させていただきます』

 

「その声のトーンでそのセリフ、めちゃくちゃ白々しいんですけど?!」

 

 一方、千香瑠は笑顔で瑤と話していた。

 

「この、動物さんクッキー。今度、作り方教えて?」

 

「ええ、もちろん」

 

 冬賀と話している間に少し皿から目を離した恋花。気づけばもう半分ほどがなくなっている。瑤がこのクッキーを気に入っているためだ。

 

「すごい勢いでクッキーが減ってく……」

 

 彼女は呆れを含んだ笑顔を見せる。

 

「たくさんあるから、たくさん食べて」

 

「うん、遠慮はしない。冬賀もほら」

 

『瑤様、自分は試食の分だけで充分でしたが……』

 

「そう言わずに」

 

『いえ、手足の筋肉がないので、食べる量は限らなくては…健康上の問題が……』

 

「むぅ…」

 

「まぁまぁ。無理強いするものでもないわ」

 

 和気藹々とした光景が恋花の前で繰り広げられる。

 

「まぁ、昨日あんだけ頑張ったんだからお腹も減るか……。それに引き換え……」

 

 彼女が呟いた次の瞬間。

 勢いよく扉が開き、ドヤ顔の一葉が飛び込んで来た。

 

「皆様!前回の戦闘の反省を踏まえて、私たちの訓練メニューを考えてみました!こちらをご覧ください!」

 

 そう言って分厚い冊子を広げる彼女に、恋花がツッコミを入れる。

 

「あんた、なんでそんな元気なのよ一葉!」

 

 一葉は気にすることなく冊子を配っていく。

 

「まあ!この練習メニュー、ちょっとした本みたいになってるわ……」

 

「“瑤様専用基礎体力トレーニングメニュー”……。これ……全員、中身が違うの?」

 

「はい!昨日の戦闘での皆様の様子をヒントに、徹夜で作りました!」

 

「………」

 

 冬賀は心配そうな眼差しを一葉に向ける。

 

「そのバイタリティと熱心さ!かっこいいわ、一葉ちゃん!」

 

 笑顔で褒める千香瑠の横には、ジト目を向ける恋花がいた。

 

「ええ、まるで野生のイノシシのようなかっこよさね。“エレンスゲのイノシシ”って二つ名を贈らせてもらうわ」

 

「そんな、褒められるほどのことでは……」

 

 一葉は何か勘違いして頬を染める。

 

「安心して一葉。恋花はたぶん褒めてない」

 

「あ、あと冬賀にはこれを」

 

 瑤の言葉を気に留めなかった一葉は、彼にも冊子を渡した。

 

『……こちらは?』

 

「現状で思いつく限りの連携プランとフォーメーションです。昨日は貴方に任せすぎたこともありましたから。ぜひ覚えてください」

 

 その圧倒的な分量に一瞬たじろぐ冬賀だったが、彼女の真っ直ぐな目に逆らえなかった。

 

『……かしこまりました』

 

「うわ、あれも結構分厚……ん?あれ?」

 

 と、恋花が違和感に気づく。

 

「この小冊子、1冊多くない?」

 

「あ、気づかれましたか。さすが恋花様です!昨日の戦いでも状況を即座に理解、私にもたくさん助言をされて…惜しむらくは終盤、体力の低下からせっかくの注意力、判断力がやや低下していたので、スタミナを上げる有酸素運動をトレーニングの中心にしつつ……」

 

「ストップ!ストーップ!!」

 

 顔を近づけ捲し立てる一葉を引き離しつつ止める恋花。話題の修正を試みる。

 

「この、6冊目の小冊子は何?」

 

「そうでした。皆様、喜んでください。ヘルヴォルの仲間が増えましたよ!」

 

「!」

 

「……一葉、どういうこと?」

 

 連携プランの中に、今ここにいない者の名を見つけた冬賀。その横で、瑤が不思議そうにしていると……。

 

 

「藍、入ってくれる?」

 

 

 一葉の呼びかけに応じて扉が開き、昨日応援に来ていた“彼女”が現れた。

 

 

「ささきらんだよー。よろしくー」

 

 

 一葉以外の皆にとっては意外な再会だった。

 

「まあ、昨日の!」

 

「うわ!ハイパワー暴走幼女!!」

 

 千香瑠は驚き、恋花は悲鳴にも似た声を上げる。

 

「幼女ではありません。歴としたエレンスゲ女学園高等部1年の、佐々木藍です」

 

「らんは高校1年生」

 

 一葉も藍も、不満気に恋花を見た。

 

「そ、それは失礼だった。ごめん!……じゃなくて!何、昨日の今日で、え?この子…ヘルヴォルのメンバーになんの?!」

 

「はい。昨日の戦闘の後、早速学園に問い合わせたんです」

 

「あの激戦の直後に!?」

 

「はい、そうしたら彼女、まだどのレギオンにも配属されてなくて。なのでぜひ、ヘルヴォルにと。学園を通して話したところ、「いいって言われたからいいよー」と、藍も快諾してくれました」

 

「軽っ!一緒に戦う仲間を決めるの、軽っ!」

 

「そしてどこか他人事……」

 

 恋花と瑤は思わずツッコミを入れた。

 そんなやりとりをする後ろで、藍は千香瑠と冬賀の方へテトテトと歩いていた。

 

「おお。とーががなかみだー」

 

『またお会いできて嬉しいです、藍様』

 

「んふふ、らんもだよ」

 

 仲よく笑顔を交わす冬賀と藍。千香瑠は彼女が来たことを喜んでいた。

 

「まあまあ!まあまあまあ!可愛らしい仲間が増えるのはいいことじゃない!それじゃあ、藍ちゃん。今日からよろしくね!」

 

「うん、よろしく」

 

『自分からも改めて、よろしくお願いいたします。藍様』

 

「よろしく、とーが」

 

 千香瑠は喜びながら藍をテーブルに着かせる。

 

「それじゃ、お近づきの印に…はい、動物さんクッキーどうぞ」

 

「ありがとう。…モグモグ…。……!!」

 

 一口頬張った藍は目を輝かせた。更にもう一つ口に運ぶ。

 

「モグ…むぐむぐ……!ん!…お、おいしい……!」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女に、千香瑠と冬賀も笑顔で皿を勧めた。

 

「うふふ。たくさんあるから、いくらでも食べてね」

 

「うん、たべるー!」

 

 

「……あ、私のクッキー……」

 

 皿の中身がまたもや減っていく様を見た瑤は、額にかかった縦線が想像できるほどに落ち込んでいた。

 

「元々瑤だけのじゃないから。皆のだから、あのクッキー」

 

 

 

 皆が落ち着いたタイミングで、一葉がミーティングを仕切り直した。

 

「それで、トレーニングの件なのですが……」

 

「…その前に一つ聞いてもいい?」

 

「はい!どうぞ恋花様」

 

「……昨日の命令違反は大丈夫だったの?ラージ級を倒しに向かえって命令に、逆らったわけじゃない?お咎めなしなわけ?」

 

 昨日の戦闘の発端は、ヘルヴォルが独自行動を取り始めたことだった。

 

「ああ……ご心配ありがとうございます」

 

「一葉のじゃなくて、あたしの心配をしてるの」

 

「今回、強力なラージ級を結成間もないヘルヴォルと指揮下に入ったばかりの瀑銀隊1名だけで倒しきった。この結果がありますので、忠告程度で収まりました」

 

「なるほど……。エレンスゲらしいっちゃらしいか」

 

 成果さえ出せば過程は重視しない。その方針に則っているだけのことだった。

 

「はい!これからも私たちは私たちのやり方で結果を残し、エレンスゲを変えていきましょう!」

 

「うん、私も頑張るわっ!一葉ちゃん!」

 

 彼女にズイ、と近づいた千香瑠が声を上げる。

 

「はい!心強いです、千香瑠様!」

 

 見つめ合う2人に、恋花はジト目を向けていた。

 

「あたし“たち”ってまとめられるのは困るけど……まぁ、やれるだけやってみたら?」

 

「はい、応援ありがとうございます!一緒に頑張りましょう!」

 

 我関せず、あるいは実現不可能と言いたげな恋花の後ろ向きの言葉は一葉に届かず、跳ね除けられた。

 

「……すっごい前向きね、あんた……」

 

『一葉様、トレーニングに関するミーティングの続行を願います』

 

「ああ…はい!」

 

 冬賀に言われて、彼女は話題がズレていたことに気づく。

 

「それじゃあ、今日から早速、一葉ちゃんが考えてくれたトレーニングをやっていくのね!」

 

 やる気充分という顔の千香瑠。だが。

 

「あ、それは個々でできる自主トレのメニューなんです」

 

 その一言に、恋花は衝撃を受ける。

 

「こ、この量、自主トレでやれって?!」

 

「はい、やっぱり身体能力は、戦いの結果を大きく左右しますから!最後に頼れるのは己の身体です!」

 

「冬賀の前でそれ言う?!」

 

「……あっ」

 

 一方、当の本人は話半分で冊子に目を落としている。

 

(この量を、全て記憶しなくてはならないのか……。義眼か機体のメモリーに入れるとなれば、データ量と手間や時間が…。それに実践できるかはまた別の問題…。…?)

 

 口と表情には出さなかったものの、彼も内心青くなっていた。が、恋花と一葉の視線に気づき顔を上げる。

 

『いかがされましたか?』

 

「……。今更だけどさ、あんたって身体鍛えられるもんなの?」

 

『……。何らかの効果が期待できるのは、呼吸器系と循環器系、ごく少量残っている筋肉のみです。戦闘においては、これらの持久力が高ければ集中できますが、そもそもこの身体では低い水準までしか鍛えることができません』

 

「…まあ足の速さとか腕力とか、鍛えようがないしね…」

 

『それより問題となり得るのは、装備との接続による神経系への負担と、EXスキルの反動です。これらは回数をこなして慣れるしかありません』

 

 すると、一葉がポンと手を打った。

 

「と、いうことは…皆様の自主トレに冬賀が積極的に付き合えばより効率よく戦力アップ、となるわけですね!」

 

「いや、何その理屈!それにしたって…」

 

 恋花は渡された冊子に視線を落とす。

 

「この量は…この量は尋常じゃないぞ……!」

 

「大丈夫です!きちんと段階を踏むように設計しました。それに何より…やればできます!」

 

 気合いか覇気かがこもった顔で力説する一葉。恋花は彼女から少し距離を取り、瑤の耳元で話す。

 

「精神論……。ヤバい、この子ゴリゴリの体育会系だ…」

「そう?嫌いじゃないけど、精神論」

「だって見なよ、あの冬賀の顔……」

「……ぁ…」

 

 一方、千香瑠は一葉側についていた。

 

「うん!やればできるわ!ね、藍ちゃん!」

 

「うん、やればできる…かも」

 

 意気投合する3人の背後に闘気の爆発が幻視される……のだが。

 

「あ、あら…冬賀くん…?」

 

「……とーが?」

 

「…………」

 

 彼は呆然と自分の手足を見つめ、「自分にはこれ以上何ができるのか」と自問自答しながら思い悩んでいた。

 

「安心してください!」

 

『……一葉様…』

 

「冬賀だって、機体を改良すればいくらでも強くなれます!」

 

『……その通りでございます』

 

 呆然と、愕然とした顔を上げ、人工声帯から絞り出された声。本当に青ざめてしまった彼の肩に恋花が手を置く。

 

「目を覚まして冬賀。あれは単なる暴論ってやつだから。………レギオンの転属願いってできたかな…」

 

 

 

「ところで、一葉。個々のトレーニングはそれでいいとして……」

 

「いや、よくはなくない?」

 

 恋花に遮られつつ、瑤が質問する。

 

「全員でのトレーニングは、どんなことをするの?」

 

「はい!せっかく皆様揃ってやるんですから、学ぶのは具体的な連携や戦術の運用です!個々の能力を活かし、ヘルヴォル瀑銀連合部隊としての戦術を研究していく。そういう方法を考えていきましょう」

 

 一葉は得意げに腕を組んで説明する。

 

「つまり、“チームワーク”を育んでいきたいのです!」

 

「具体的には、何を?」

 

「ディベート、訓練、ディベート、訓練……ひたすらその繰り返しです」

 

 恋花は不満な様子だ。

 

「地味ー。何かこう、ヘルヴォルらしい派手なパワーアップ方法とかはないの?」

 

「ふふふ。“とっておき”がありますが、それは次の段階です」

 

「とっておき?なんだかわくわくする」

 

「まずは“とっておき”に向かって頑張りましょう!」

 

『かしこまりました』

 

 藍と千香瑠は乗り気の様子で、冬賀はそれほどでもないが不満はない。

 が、一葉本人のやる気はその比でなかった。

 

「はい!皆様、血反吐を吐くまで特訓ですよ!」

 

「おーー♪」

 

 このセリフを笑顔で受け取る千香瑠。藍は……。

 

「おーー?……ちへどってなに?」

 

 今一つピンと来ていない。

 冬賀が彼女に説明を始める。

 

『藍様、例えば内臓がピガガガガガッ』

 

 その喉に手を伸ばして咄嗟に締め、声ではない異音を出させたのは瑤だった。

 

「……生々しい説明は、教育によくない…」

 

『ガピガ……失礼いたしました、瑤様』

 

 謝罪した彼を解放する瑤。そんな彼女に恋花が問いかける。

 

「ねえ、瑤……あれジョークのつもりなのかな?」

 

「ごく短い付き合いでもわかる。……一葉はジョークなんて気の利いたことを言える子じゃない」

 

「だよねぇ……。え、じゃあ何?本気で血反吐とか仰ってるの、あの序列1位は?嘘でしょ…?」

 

 困り顔の恋花の隣で、冬賀は青い顔に決意めいた何かを刻んでいた。

 

『必須タスク、“吐血”を追加しました。……医療班に症状発生までの経緯を説明し、理解していただけるかは極めて怪しいと思われます』

 

「ホント。病院に何て言って診てもらえばいいのかねぇ……」

 

 2人のやりとりに、瑤は微笑んだ。

 

「ふふ、最近の恋花は表情豊か。冬賀も最初の印象よりは……」

 

『申し上げにくいのですが……』

 

「ネガティブな方にね……」

 

 

「……ちへどってなに?」

 

 皆の会話を見ていた藍だったが、納得できる答えは得られなかった。

 

『それでは、本日の訓練はいかがいたしますか?一葉様』

 

「はい、まずは………」

 

 

 

 数分後。

 学園の屋外訓練場にて。

 

「では両名、前へ!模擬戦闘開始!」

 

「やああっ!!」

 

「っ!」

 

  ガギィン!

 

「く……いい打ち込み!気合い入ってるわね!」

 

「まだまだ、これからですよ!」

 

 2年生2人と1年生1人が、チャームを手に訓練を行っていた。そこに1年生の集団も見物に訪れる。

 

「わあ、射撃場まである!立派な施設だなぁ……ん?」

 

 

  ゴウン…ゴイン……

 

 

 訓練場に響く、地鳴りのような機械音。

 

「1年!そんなところに立ってたら危ないで……ん…?」

 

 

  ゴイン…ゴウン…

 

 

「審判!今の判定は?!ちょっと!ちゃんとこっちに集中して!」

 

「す、すみません…いえ、ですが……何でしょう、あれ……」

 

「ん?」

 

 

  ゴウン…ゴウン…

 

 

 リリィたちの目には、信じがたい光景が映っていた。

 

 一葉、瑤、藍、千香瑠、恋花の順に、1列に並んだ5人が、前の者の肩に手を乗せて走っている。

 

 何より驚くのは、彼女たちの横に鋼の巨人が立ち、車輪のついたその足で、わざわざ5人と同じ速さで“歩いて”いることだ。

 

「………あの人たち……ヘルヴォルのメンバーですよね…?ブリキ野郎もいますし…。あれが……トップレギオンの訓練…?」

 

「ふざけているようにしか見えないわね……。ブリキ野郎に踏み潰される危険だってあるのに…」

 

 

 恋花は列の最後尾で顔を赤くしていた。

 

「くそぅ……聞こえてくる声、もう全部同意だわ…」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「まあまあ。いいじゃない。個性的な訓練で、楽しいわよ?」

 

「らんも、たのしい」

 

 恋花の前にいる千香瑠と藍が、笑顔で答える。

 

 ゴイン…ゴイン…

 

「喜んでもらえてよかったです!」

 

 先頭から一葉が声を上げた。が、恋花は納得できない。

 

「2人とも、一葉に染まり過ぎじゃない?!」

 

  ゴイン…ゴイン…

 

「互いの身体のリズムを知り、それに合わせる。チームワークの基本」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「チーム作りの初期訓練として、このやり方は突飛だけど理に適ってる」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「いや、わかってる!わかってるけどさ……!」

 

 瑤はそう言っているものの、恋花が言いたいのは……。

 

 

「何もムカデ競走でチームワーク養う必要なくない?!冬賀歩かせるまでして!」

 

 

 「もっとこう、あるだろう」というのが、彼女の本音であった。

 その意見は前しか見ていない一葉には聞こえない。

 

「行きますよー!」

 

 それは、更に速度を上げる合図であった。

 

「せーの!いち!に!いち!に!」

 

   ガィンガィンガィンガィン!

 

「ぎゃああっ!?」

 

 速くなったため、隣から上がる鋼の足音がさらにけたたましくなった。悲鳴を上げる恋花を残し、他の3人も歩調を合わせる。

 

「「いち!に!いち!に!」」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

「なんでこんなお遊戯みたいなことーー!」

 

「恋花さん、集中集中!」

 

 と、次の瞬間。

 

「おわっ!」ズル

 

 恋花がバランスを崩し……。

 

「きゃあっ?!」ドテ

 

「わーー」バタ

 

 

「いたたた……」

 

 後半3人が転んでしまう。そのすぐ横に。

 

『躱して下さい、恋花様』

 

  ギャイィン!!

 

「うわあっ!?」

 

 冬賀のクリバノフォロスが足を打ち下ろす。

 

「ちょっと!!冬賀、マジで潰す気?!」

 

 彼は頭の装甲を開いて謝罪する。

 

『申し訳ありません。急な出来事で、適切な対応を取ることができませんでした』

 

 彼を見上げて抗議する恋花を、瑤が助け起こす。彼女と一葉は転んでいなかった。

 

「恋花、真面目にやらないと」

 

「うう……どれくらいやるの?この訓練…」

 

「一度も転ばなくなるまで、毎日3キロ。まあ、軽い準備運動だと思ってください」

 

 一葉はサラリと答えた。

 

「え?!毎日3キロ?!転んだら最悪潰されて死ぬリスクがあるこれを!?割とマジで地獄じゃない!!?」

 

「冬賀と上手く連携できなければ、戦場で彼に踏まれることと同じです。彼の騒音にも慣れなければ、この先やっていけないのも事実です」

 

「騒音って言っちゃったよ!?」

 

「何事も地道な積み重ねですから。血反吐を吐くまで頑張りましょう!」

 

「ちへどー」

 

「血反吐って…!?」

 

 藍が簡単に言う言葉に恐怖を覚える恋花。今度は一葉に反論する。

 

「いや、あるじゃん!もっと実戦的なやつがさ!撃ったり斬ったり!そういうカッコいいやつがさ!例えば冬賀をヒュージに見立てて…!」

 

「そういうのは、私たちには早いです!」

 

「そうかなあ?!トップレギオンなのに?!」

 

 一葉が列を組み直すように指示を出す。

 

「さあ気を取り直して!それでは行きますよ!せーの!」

 

「「いち!に!いち!に!」」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

 恋花は遂に根負けした。

 

「ああもう!いいわよ!やってやるわよ!いち!に!いち!!に!!」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

 自暴自棄とも取れる恋花の様子を、微笑みながら感じているのは瑤だった。

 

「ふふ…。恋花、気合い入ってる」

 

「ヤケになってるってのよ!こういうのは!」

 

  ガィンガィンガィンガィンガィン!

 

 

 その日の夕方。

 ヘルヴォルの皆との食事を終えた冬賀が、根城にしている居住区画に戻る。

 

「!」

 

 机に向かい、コンピュータを起動。すると騎士団本部からのメールが1件届いていた。

 

 

 

 

 それから10日ほど。

 一葉によるチームワーク訓練が続いていた、ある休日の早朝。

 

 冬賀はリュックサックに荷物を詰め、フォーマルな見た目の服を身に着けていた。荷物を持ってプレハブを出て扉を施錠し、シャッターに紙を貼り付ける。

 

 

 裏手門を出てしばらく待っていると、目の前に1台の車が停まる。それに乗り込んだ冬賀は、朝焼けに染まる東京の街を後にする。

 

 

 

 数時間後。

 千香瑠はいつものようにレギオンの控室にいた。

 

「〜〜♪」

 

 鼻歌交じりに紅茶などを用意していると、恋花と瑤もやって来る。

 

「おはよー千香瑠」

 

「おはよう…」

 

「まあ。2人とも来たのね。おはよう」

 

「なんかクセになっちゃっててさ。それに偶には控室でダラダラするのも、悪くないと思って」

 

 2人を笑顔で出迎えると、千香瑠は紅茶とクッキーをテーブルに置く。

 

「今日のクッキーは一味違うわ。召し上がれ」

 

「え…これ…」

 

「緑色……。もしかして抹茶味?」

 

「そうなの。この前、冬賀くんに教えてもらって…試しに作ってみたわ」

 

「いつの間に仲よく…っていうか、あいつもお菓子作れんの?!あの指で!?」

 

 しげしげとクッキーを眺める瑤の横で、恋花が声を上げた。

 

「冬賀くん、小さい頃はよく和菓子を作っていたそうよ。でもあの怪我をしてから…一度もちゃんと作ってないらしくて…」

 

「それで千香瑠が代わりに?」

 

「そこまで大したものでもないけど…」

 

 千香瑠が切なく微笑んでいると……。

 

 

「あ、よかった!皆さん!」

 

 

「「?!」」

 

 慌てた様子の一葉が飛び込んで来た。走って来たのか汗をかいており、手には何かの紙を持っている。

 

「どうしたの一葉ちゃん?!」

 

「こ、これを見てください!」

 

 テープの付いた紙を千香瑠に渡し、彼女は息を整える。

 

「「?」」

 

 

 紙には……

 

『終日休業につき、一切の捜索、連絡はお断りします。』

 

 と書かれていた。

 

 

「これ……どこにあったの?」

 

 瑤が質問すると……。

 

「今朝、ランニングしていたときに…。瀑銀隊の格納庫の前を通ったら、シャッターに貼られていまして……」

 

「は?」

 

「ドアを叩いたりしたのですが、全く反応がなく……」

 

「じゃあ…もしかして……」

 

 千香瑠は息を飲んだ。

 

「はい…。冬賀が……家出してしまいました……」

 

 

 

 

 冬賀を乗せた車は緑に囲まれた道を抜けて、山奥へと向かっていく。

 やがて前方に、白く巨大な建物が見えてきた。山が切り開かれ、奇妙な雰囲気を醸し出す空間を作っている。

 

 爽やかな日差しに照らされて、冬賀が降り立ったのは日本とは思えない場所。彼の眼前に聳えているのは……

 

 

 2つのピラミッドと、1体の座ったスフィンクスである。

 

 エジプト、ギザ台地さながらの光景だ。

 ピラミッド型の建物のうち、一方はもう一方より二回りほど小さい。また、スフィンクスの形をした建物の入り口の上には赤い十字模様があしらわれている。

 

 彼を乗せた車が先程通過したゲートの横には、牙の部分にサーベルが重ねて描かれた、おどろおどろしい狼の横顔の図柄が彫り込まれた金属プレートがあった。

 

 冬賀は案内板を見上げる。小さなピラミッドがある位置には『関東地域支部』、大きな方がある場所には『総本部』と記されており、スフィンクスの位置には『総合医療研究センター』とある。

 

 

 回りには、彼と同じようにフォーマルな、されど個性豊かな服装の男女が続々と集合していた。

 

 

 東京、奥多摩。

 ヒュージ発生リスクを下げるエリアディフェンスの効果もほとんど及ばない、人目に付かない大自然の中。

 

 ここには、牙刃の騎士団(ファング・パラディン)の総司令部と巨大、かつ最先端の医療センター、及び関東地域を統括する支部が構えられている。

 

 

 久しぶりの里帰りに少しばかり胸を躍らせながら、冬賀は関東支部の玄関へと歩き始めた。

 

 

 




 時系列整理のため、ここでこのエピソードが入ります。
 私が調べた限りでは、どの媒体でもまだ多摩地域は特に触れられていないと思ってここに建てたのですが、何か重要なものが置かれているという情報があればコメントしていただけると嬉しいです。場合によっては本部諸々を移設します。
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