アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 エレンスゲ編の続きです。ほとんどオリジナルの場所が舞台ですが、お楽しみください。



第5話 故郷(さと)帰り

 

 エレンスゲ女学園のトップレギオン、ヘルヴォルの控室。そこではリーダーの一葉が困り顔でうろうろと歩き回っていた。

 

「……どうしましょう…」

 

 彼女を悩ませているのは、テーブルに置かれた紙に書いてある……

 

『終日休業につき、一切の捜索、連絡はお断りします。』

 

 という文言。彼女たちの直接の指揮下にある瀑銀隊……冬賀が、何の連絡もないまま突如として姿をくらませたのだ。

 

「どうして急に家出なんて……」

 

 長椅子に座って不安を顔に浮かべる千香瑠。隣に座っている瑤も心配そうだ。

 

「何かした……かな…。嫌がるようなこと…」

 

 一方、2人の向かいに座る恋花は動揺するでもなく、抹茶味のクッキーを頬張っていた。

 

「一葉、あんたが変な訓練ばっかするから愛想尽かされたんじゃないの?」

 

「う……そうなんでしょうか…。しかしそんな雰囲気は……」

 

「もしかしたら、ずっと何か悩んでいて…私たちがそれに気づけなかったとしたら……」

 

 千香瑠の言葉に、瑤が頷く。

 

「あり得る。そんなに付き合い長くないし、気づけないのはおかしくない」

 

「……ん?瑤様、それです!」

 

 何か思いついた一葉が彼女を指差した。

 

「?」

 

「確か、藍と冬賀は何度も一緒に戦った友人同士ですよね。実際に仲もいいですし、彼女は私たちより冬賀との付き合いが長いですから、もしかすると……」

 

「藍ちゃんなら、いなくなった原因を知っているかもしれないわ!」

 

 ぱっと顔を上げた千香瑠と一葉の目が合った。

 

「はい!聞いてみましょう!」

 

 

 一葉たちは藍のいる寮の部屋へ来た。扉を叩くと、寝巻き姿の藍が出てくる。

 

「はぁぁ〜〜い……。あ…一葉…。みんなも……おはよー……。ふあぁぁ…」

 

 恋花は彼女が寝起きであると理解した。

 

「藍、あんたまだ寝てたの?!」

 

「おやすみの日だから……」

 

「おはよう、藍ちゃん」

 

「藍、教えてほしいんだけど……」

 

「なぁに?一葉……」

 

 彼女がかいつまんで事態を説明する。

 すると……。

 

 

「………?何か変なの…?」

 

 

「……え?」

 

 一葉には、藍の返答が理解できなかった。

 

「とーが、たまーにどっか行くよ?」

 

「どこに行っているかは知ってる?」

 

 千香瑠の質問に、藍はしばらく考えてから答えた。

 

「……さとがえり…?って言ってた…」

 

「冬賀の故郷…日の出町でしょうか?」

 

「ううん、あそこはもう冬賀の帰る場所じゃない」

 

 一葉の言葉に首を振る瑤。と、恋花が口を開く。

 

「騎士団の本部とかじゃないの?故郷らしいとこって言ったらそれくらいっしょ?」

 

「何のために……」

 

「手足のメンテとかじゃない?いきなり壊れたから大急ぎで直しに行ってるとかさ」

 

「それならどうしてわざわざ貼り紙を……。藍、いつ頃戻って来るかはわかる?」

 

「あしたのあさにはたぶんいるよ〜……ふあぁぁ……。おやすみー……」

 

 それだけ言って彼女は扉を閉める。一葉たちは顔を見合わせた。

 

 

「藍は大丈夫そうでしたし……心配いらないなら、とりあえず明日まで待ってみましょう」

 

「そうね…」

 

 控室に戻りながら、千香瑠はよく晴れた空を見上げる。

 

 

 

 

「今更だけどさ……」

 

「はい?」

 

 控室にて、恋花は紅茶をカップに注ぎながら向かいでクッキーを食べる一葉に問いかける。

 

「冬賀を指揮下に置こうと思った理由ってあんの?」

 

 一葉は不思議そうに瞬きした。

 

「…?ただ単に、仲間は多いに越したことはないと思ったのですか……」

 

「……。それだけ?」

 

「はい。入学式で断られていたら、それまででした」

 

「ふーん?やっぱ危ない橋渡ってたってわけか。思いつきで」

 

「ふ、普段からそうみたいに言わないでください……」

 

 頬を染めた一葉が目を逸らす。

 彼女に顔が見えにくくなったタイミングで、恋花も一葉に顔を見られないようカップを傾けた。

 

 紅茶の液面には、少し悲しそうな顔が映る。

 

(……無自覚か…。冬賀自身はわかってんのかな……)

 

 ふぅ、と吐息が漏れる。

 

(一葉……あんたは、冬賀のことを………)

 

 

 調理スペースでは、瑤と千香瑠が追加のクッキーを用意していた。

 

「無理に手伝わなくても、瑤さんも一葉ちゃんたちとお話してていいのよ…?」

 

「……動物さんクッキーの作り方、教えてほしくて……」

 

「あ、あら…ごめんなさい…。説明とかせずに淡々と作っちゃった……」

 

「ううん、今は別にいい。見てるだけでもなんとなくわかってきたから」

 

 焦る千香瑠を、瑤は笑顔で落ち着かせる。

 

「そう…。少しでもお役に立てたなら、よかったわ……」

 

「……っふふ…」

 

「…?」

 

 千香瑠が首を傾げたので、瑤は笑ってしまった理由を話す。

 

「…何か、冬賀みたいだったから…思い出して……」

 

「そ、そうだったかしら…?確かに同じ言葉は、抹茶味クッキーの作り方を教えてもらったときに言われた気がするけれど……」

 

 

「……そういえば…」

 

「うん?」

 

 オーブンの温度を設定した瑤が振り返り、生地を型に抜く千香瑠に呼びかける。彼女は瑤の方を見ずに返した。

 

「冬賀って……何歳だと思う?」

 

「うーん…そうね。言葉遣いを抜きにしてもしっかりしているし……でも一葉ちゃんより年下だとは思うわ」

 

 

「……違う」

 

 

「……え?」

 

 型抜きの手を止め、千香瑠が振り向く。

 

「印象としては中学1年生か2年生くらいに見えるけれど……」

 

 

「違う。冬賀は……一葉と同い年だよ。誕生日が何ヶ月か違えば、私たちと同い年になってた」

 

 

 彼女の話に、千香瑠は衝撃を受ける。

 

「……どうして、知っているの…?」

 

「……。この前の訓練のとき、冬賀が身分証落としたの、拾って…。その時に気づいた」

 

「そうだったのね……。今まで、見た目だけでずっと年下の子だと思っていたわ…。何だか申し訳ないわね……」

 

 瑤が首を振る。

 

「ううん、千香瑠のその印象、たぶん間違ってない」

 

「……どういうこと?」

 

「…冬賀って、たぶん……身体が大きくなったらダメなんだと思う。あの手とか足が、付かなくなるから…。恋花の話だと、骨まで金属になってるみたいだし、それで身体が成長したら……」

 

 悲しげに目を瞑る瑤。千香瑠も俯いた。

 

「……とっても苦しいと思うわ。…本当に……」

 

「…気の毒?」

 

「…ええ。失礼だとは思うけれど……」

 

 

 2人がただ黙り込んでいる間に、オーブンの予熱が完了する。

 

 

 

 その頃、冬賀は……。

 

 

「……御台場女学校、紺翅鳥(こんしちょう)代表の報告を終わります。続いては百合ヶ丘女学院、黒鉄嵐(ヘイティエラン)の代表による報告です。ルドビコ女学院、緋紐天(ひちゅうてん)の代表は次演者席へ……」

 

 広く、薄暗い会議室に集まって、他のガーデンに配備された騎士団の部隊による、スライドショーの報告を聞いていた。

 ここは、騎士団本部に隣接する関東支部の一角。

 

 関東地域に展開する部隊の隊長格が、これまでの成果や問題、今後の方針、新しい試みなどをプレゼンする報告会である。

 

 今回のように年度の初めや、学期の変わり目など、年に複数回行われるものだ。

 

 やがて彼の番となる。

 

 冬賀は、依然として騎士の存在がエレンスゲ女学園内部で煙たがられていること、それでも快く接してくれるリリィがいること、ガーデンの方針とリリィの活動目的は必ずしも一致せず、共存できるリリィがレギオン単位でいるなら撤収すべきではないことを話した。

 

 

 また、近いうちに新型のクリバノフォロスの試作機が製造される予定であり、その内1機のパイロットに選ばれていることが本部から通達された。

 

 

 昼食休憩も挟む長かった報告会が終わると、冬賀は本部へと歩き出す。玄関から入ってエレベーターに乗り、ピラミッドの中層部の階へ。

 廊下に出ると、こじんまりとした部屋が整然と並ぶ場所に着いた。

 

 扉の横に書かれた名前を読み、目当ての人物がいる部屋を探す。

 そして……。

 

  コンコンコン

 

「はいは〜い」

 

 ノックした扉の向こうから陽気な声で返答があった。ガチャリと開け、捜していた人物に会う。

 

『お久しぶりでございます、時雨(しぐれ)様』

 

「うんうん。お帰り、冬賀くん」

 

 視線の先には、丸い眼鏡をかけた30代前半と思しき女性が、コンピュータの置かれたデスクから彼を見ていた。無造作に纏められた髪とシワの寄った白衣が、いかにも科学者という雰囲気を醸し出す。

 

「レギオン直属になって、環境も変わったんだよね?」

 

『はい。いい方向に変化したかと』

 

「うん。本当にいいことよ。どんな人たちなのか、聞かせてくれるかな?」

 

 時雨に勧められた椅子に座り、メンバーを一人一人思い出す。

 

『……。リーダーの一葉様は、信じたことを曲げずに必ず実行される方です。レギオンの過半数を上級生が占めているにも関わらず、臆することなく……リーダーシップは発揮されているかと』

 

「ふうん?」

 

『一葉様と同じ学年の藍様も同じレギオンに入り、自分にもよくしてくださっています』

 

「前話していた子だね〜。友達に恵まれて、よかった」

 

『はい。2年生の千香瑠様は、自分と同じく菓子類を手作りすることを好まれる方で…手足の制御プログラムを更新していただいた翌日にはお手伝いさせていただきました』

 

「ああ…まさかあんなに早く役立つなんて…」

 

『瑤様は…口数の少ない方ですが、ある程度信用してくださっていると思われます。瑤様と仲がよろしい恋花様も同じと考えられます』

 

「なるほど。……大したものね。あのガーデンの風土にあって、この短期間でここまで仲よくなれるなんて」

 

『一葉様が積極的に交流をはかってくださるためです。少なくとも自分は、皆様との仲を深めるための、特別な努力はいたしておりません』

 

「そっか。リーダーの子について行ったら、あれよあれよと関係が深まったのね。今までみたいに、独りで戦うことも完全になくなった、と…」

 

『はい。皆様への感謝が尽きません』

 

 傷が刻まれた顔に微笑みを浮かべる冬賀。時雨も笑顔でこくこくと頷いた。

 

「大丈夫そうね。これからも頑張れそう?」

 

『はい』

 

「よかった。……さてと」

 

 時雨は立ち上がり、部屋の外へと歩き出す。

 

「まずはいつも通り、健康診断と散髪ね。先に髪を切っておこうか」

 

『かしこまりました』

 

 

 冬賀と時雨はエレベーターに乗り込み、本部の地下施設へ。ジムや売店などがある空間を進み、理容店に入る。

 

 全体的に長めだった彼の髪はいくらか短くなってスッキリし、前髪も左目を隠すのに必要十分な長さに調整された。

 

 

 

 ピラミッドを出て向かった先はスフィンクス……総合医療研究センター。その建物に入り、清潔な空間を通って診察室に着いた。

 

「こんにちは、先生」

 

 時雨が挨拶したのは中肉中背の、やや白髪の目立つ医者。冬賀の担当医である。

 

『本日もよろしくお願いいたします』

 

「はい。では検査していきます」

 

 まず行われたのは呼吸器、循環器系の検査。更に血液検査も行われ、結果を待つ間に全身を入念にスキャンされる。

 

 2時間ほどをかけ、全ての検査が終了した。

 

 担当の医者が説明するモニターには、金属に置き換えられた肩甲骨と一部の肋骨に、同じく金属で補強された頭蓋骨、脊椎、骨盤、大腿骨が写っている。

 

 完全に機械化されている部分は省かれており、その立体映像は、服屋のマネキンさながらであった。

 

 

「前回の検査から大きく変わったところはないですね。健康状態、精神状態共に良好であると判断されました。ただ、ここ3年のデータを並べてみると……やはり微妙に成長しています。今まで通り、成長抑制薬の服用は忘れずに続けてください。骨や臓器に持続的な痛みを感じた場合は速やかに連絡を。手術の用意をします」

 

『かしこまりました』

 

 診察室を出て、時雨と話す。

 

「さて、一通りの用事も済んだし……せっかくだから、『きょうだい』たちのお見舞いもしておく?」

 

『はい』

 

 

 2人が向かったのは診察室とは別のフロア。リハビリ施設である。

 

 ある病室に顔を覗かせると、その大部屋には冬賀よりも明らかに歳下…小学生くらいの少年少女が数名、各々のベッドに座って話していた。

 

「あっ!時雨さんとお兄さん!」

 

 その内の1人が振るのは、冬賀と同じ3本指の腕。

 

「今ね、お兄さんたち来るかなーって話してたんだ!」

 

『そうでしたか』

 

「ま、今日はお兄さんお姉さんが帰ってくる日だからね〜」

 

 2人が笑顔を見せていると、1人の少女が布団を抱きしめて警戒する。

 

「し、時雨さん……その人だれ?」

 

「ああ、君はまだ会ったことないね。湖穣冬賀くん。皆のお兄さんよ」

 

『お初にお目にかかります、お嬢様』

 

 膝を曲げて、彼女と目線を合わせて挨拶する冬賀。手を差し出すと、その金属の指を見て彼女は安心したようだった。

 

「……こ…こんにちは……」

 

 抱きしめていた布団の凹みから手を伸ばす。金属の手による握手が行われた。

 

「お兄さんはね、リリィのお姉さんたちと一緒に頑張ってるんだよ。お兄さんが頑張れば頑張るほど、皆の体も強くなるんだ。応援してあげてほしいな」

 

「は、はい…」

 

「うん!頑張って、お兄さん!」

 

『……。皆様のことも、応援させていただきます』

 

 そう言って、2人は病室を後にする。他の大部屋にも顔を出し、挨拶をして回った。皆、小学生の年齢の子どもたちだ。

 

「皆、その内元の生活に復帰するよ。あの子たちの出身地の人も、受け入れる準備は進んでいるらしいの。君に使ったものはまだ初期のモデルだったけれど、そのおかげで改良することができたよ」

 

『喜ばしいことです』

 

「……君には苦労をかけてるね…」

 

 廊下を歩きながら、ふと時雨が溢した言葉に冬賀が首を傾げる。

 

『とても助けていただいていますが、なぜそのようなことを?』

 

「あの子たちの義肢は完全装着式なのよ。君に使ったインプラントソケット式より身体への負担が少ないし、成長も考慮しなくていい発展形。……君の場合、欠損した部分が多かった上に戦場に立つから、強度のあるインプラントソケット式にするしかなかったけど……」

 

「………」

 

「とんでもない成長痛に見舞われるから、成長を極端に遅らせてしまって……本当に、酷いことをしたね……」

 

 俯く時雨に、冬賀は笑顔を向けた。

 

『顔を上げてください、時雨様。こちらは問題なく過ごせていますし、何より……貴女のおかげで生き続けようと思えたのです』

 

「…冬賀くん……」

 

『その感謝と比較すれば、自分の成長が遅いことなど些細な問題です』

 

 顔を上げた時雨は、ふっと息を吐いて小さく笑った。

 

「……君は強いね…。本当に…強くなった…」

 

『貴女が育ててくださったのですが…』

 

「……。そうだったわね」

 

 

 本部の前で時雨と別れ、関東支部に戻って夕食会に参加した。

 自分に合った物を合った量だけ食べられるビュッフェ形式に感謝しながら冬賀が食事を摂っていると、同じテーブルに、ワインレッドの学ラン風ジャケットにスカートを穿いた女性の騎士がやって来る。

 

「やあ湖穣くん。ここは空いているかい?」

 

『はい、鮭颪(さけおろし)殿』

 

「じゃ、失礼して……。驚いたよ。君が自分のとこのリリィに対して、前向きな意見を言うようになっていたなんて」

 

 学園では、ヘルヴォルの誰かと一緒でなければ疎外感の中で食事することになる。が、ここではそんなことはない。誰もが彼を仲間として認めている。彼女のように、気楽に話しかけてくる者もいるのだ。

 

『もともと協力的な関係を模索してはいました。今年度に関しては、リリィ側からの歩み寄りがあり……こちらからの働きかけは特にありませんでした』

 

「そうかい。……君の個人的な意見でも構わないけど、聞かせてくれるかな。どうしてリリィたちは、君を仲間に組み込んだんだい?」

 

「………」

 

 冬賀はしばらく考え込む。一葉は彼とともに戦いたいと言った。その割にはEXスキルを目の当たりにして驚いていたり、騎士団部隊の内面を知らなかったように思われることがあった。

 そこから導かれる、彼が考え付く理由は。

 

『……単純に、純粋な戦力を追加すべく…レギオンの指揮下に組み入れられたものかと』

 

「へぇ…?つまり、彼女たちに都合よく利用されてるわけだ。それで不満はないのかい?」

 

 冬賀がパスタを口に運ぶ正面で、彼女はうどんをすすりながら問いかけてくる。

 

『はい』

 

 その答えは単純明快であった。

 

『これまで自分はガーデンの戦力でした。もとより、それ以外の存在にはなれない身であり……その点においては今でも変わっていません』

 

「ほう…」

 

『ただ、運用される形態が少し変更されただけでございます。しかし……それだけで、これまでとは比べられないほどに、いい気分で仕事ができるようになりました』

 

 一葉や揺、恋花は、彼が忘れかけていた表情を見せ、思い出させてくれた。千香瑠は温かい笑顔を見せてくれるし、藍が戦場以外で見せる表情も知ることができた。

 リリィたちから感情を向けられること。それは彼にとって貴重なものであり、それら全てを忘れたくないと……失いたくないと思えるのだ。

 

「なるほどねぇ。君なりにやりがいを見つけたわけか」

 

『はい。自分は、彼女たちにとって利用価値のある戦力です。それ以外の存在ではありませんし、それで構いません。認めて頂いているだけで、自分には十分ですので』

 

 

 

 

 深夜。朝と同様に車に揺られ、日付が変わる頃に学園に戻った。遠くのガーデンから来ていた騎士団員は本部に泊まっているだろうと考えながら裏手門から入る。

 

 格納庫のシャッターを見ると、貼っておいた紙がなくなっていた。

 

(…今までは、剥がされることはなかった。……僕に関心のある人……ヘルヴォルの誰かが剥がしたんだな……)

 

 学園内にあっても、距離はそれなりに離れた寮の建物を見つめる。消灯時間はとうに過ぎ、真っ暗だ。皆、眠っているのだろうか。

 

(……一葉さん。貴女にヘルヴォルの仲間として迎えられるまでは、僕の居場所は本部だったけれど……)

 

 プレハブの居住区画でシャワーを浴び、手足を外してベッドに潜る。

 

(僕のことを……気にかけてくれて、ありがとう……)

 

 旅の疲れから、彼はすぐさま微睡に飲まれた。

 

 

 

 

 翌朝、8時。

 冬賀が朝食を温めていると…。

 

  ドンドンドンドンッ!!

 

「っ?!」

 

 突如、プレハブ小屋の扉を強く叩く音が響いた。手にしていた固形食を置くのも忘れ、急いで扉を開ける。

 

『…一葉様に藍様……。皆様も…』

 

 扉の前には、ヘルヴォルのメンバーが全員集合していた。

 

「あ……よかった…。戻っていたんですね…」

 

「ね?らんの言った通りだったでしょ?」

 

「それはそうなんだけどさ……」

 

「どこに行ってたの?冬賀…」

 

「心配したのよ…?」

 

 千香瑠はシャッターに貼られていた紙を彼に突きつける。

 

『……。奥多摩の騎士団本部まで、里帰りを』

 

「……あんた、イメチェンした?」

 

『散髪いたしました』

 

「どうして黙ってたの?」

 

 恋花と瑤からの質問に淡々と答えていく。

 

『日程がガーデン側に非公開にされる、騎士団間の報告会のためでございます。ガーデンからの干渉を防ぐために、どれほど信頼していても、リリィには開催日時の一切を教えてはならないという義務があるのです』

 

「…非公開の、報告会……」

 

「……そんなのがあったのかよ……」

 

 瑤と恋花が驚きを顕にしていると、藍があっけらかんと質問する。

 

「なんでナイショなの?とーが」

 

『……。ガーデンに展開された牙刃の騎士団(ファング・パラディン)は憲兵隊であり、ある程度の独立性を担保しなければその権限は成り立ちません』

 

 千香瑠も口を開く。

 

「確かに他所のガーデンには騎士団の取り締まりがあって、一方的な協力関係ではないと聞いているわ…。でも、冬賀くんが取り締まりなんて……」

 

 彼は頷いて言葉を続ける。

 

『自分の場合、一人で活動しているために実際に行使できる権限はほとんど封じられています。この報告会への参加は、自分が使える数少ない権限であり、騎士団員としてやらなければならない仕事です』

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 恋花も話に割り込む。

 

「まさかあんた、あることないこと報告してんじゃないでしょうね?!」

 

 彼女の質問は、不信感というより焦りから来ているものであった。

 

『報告会の結果はガーデンに通知されますので、虚偽の報告をすれば極めて重大な問題となります。ただし、事実に基づく問題点や課題が指摘されていれば、ガーデンには解決に向けた努力義務が課せられることもあり得ます』

 

「しかし……」

 

 聞いていた一葉が反論する。

 

「そうであるならこのガーデンの体質も、もっと前に改善されているのでは?」

 

『騎士団からの通達を無視し、実際に取り締まる力もなければ問題点の解決はなされません。ここはそういうガーデンです。騎士団からの通達は法的拘束力は担っていないので、一般の警察や司法に訴えることも無意味です』

 

「……そうですか」

 

 話してしまった以上、冬賀にはどうしても確かめておきたいことがある。

 

『……。自分は、見聞きした貴女方の実態を隠れて報告しています。一葉様、現状の協力関係を維持されますか?』

 

 その答えは……。

 

 

 

「はい!今まで通り…いや、それ以上に協力していきましょう!」

 

 

 

 至極シンプルなものであった。

 

「ほ、ホントにいいの一葉?!」

 

 そう言う恋花の顔には、やはり不信ではなく焦りや恐怖が克明に浮かんでいた。

 

「あたしらのだらしないところがどっかの誰かにバラされてるかもしれないんだよ?!」

 

『個人情報は保護していますが……』

 

「恋花…気にするのそこ……?」

 

 瑤がツッコミを入れていると、一葉が答えた。

 

「抜き打ちで報告されるのがマズいような、後ろ暗いレギオンではダメですから!積極的にいい面を作って、冬賀に自慢してもらえるレギオン、ひいてはガーデンにしていきましょう!」

 

 千香瑠も彼女に賛同する。

 

「私もそれがいいと思うわ、一葉ちゃん。ありのままでいいところが沢山あるって言ってほしいもの」

 

「はい!血反吐を吐くまで頑張って、褒めてもらいましょう!」

 

「ちへどー」

 

 一葉、千香瑠、藍の後ろに、またもや闘気の爆発が幻視される。

 

「冬賀に協力してもらうってことは、学園とは別ベクトルの監視もされるってことか……。思い知ったよ……」

 

「でも、それくらいの緊張感はないと……」

 

 一方の恋花、瑤も。彼の行動を不快には思っていなかった。

 

(皆さん、そこまで僕のことを……)

 

 皆の反応が肯定的であったことが意外でもあり、嬉しくもあった。冬賀が胸中に温もりを感じていると、一葉が声を上げる。

 

「さあ、皆様!本日も0900から普段通りの訓練を、ムカデ競走から始めます!準備してください!」

 

 一葉の言葉を聞いたヘルヴォルの皆が頷き、校舎へと向かって行く。

 

「とーが、またねー!」

 

『はい』

 

 藍に手を振り返して、冬賀は空を見上げた。春の朝日を浴びた雲は、眩く煌めく。

 

(……僕の居場所は、ずっと本部だったけれど……どのような形であれ、ヘルヴォルの仲間に迎えらた今はどうやら、ここが…僕の居場所になったみたいです、時雨さん………)

 

 

 義手に反射した陽の光が、校舎が伸ばす影に一筋の線を描いた。

 

 




 4番目、5番目の部隊がまたもやしれっと登場。神庭編からもキャラクターを来させました。

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