アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 エレンスゲ編の続きです。それなりにシリアスな回ですが、お楽しみください。



第6話 最後の報酬

 一葉によるチームワークの訓練が始まって2週間余り。

 午前の太陽が燦々と照らすエレンスゲ女学園の敷地に、今日も5人のリリィたちの足音と……

 

  ガィンガィンガィンガィンガィンガィンガィン!

 

 鋼の巨人が地面を踏み鳴らす音が響く。

 

 今や彼女たちは、目標としていた毎日3キロメートルのムカデ競走を完全にこなせるようになっていた。

 全員の息に乱れはなく、恋花が最初の頃に抱いていた羞恥心も消え失せている。

 

 

「すごいわすごいわ!もう転ばないで走り切れるなんて!」

 

 出発点の学園前広場に無事に戻り、千香瑠が喜びの声を上げた。

 

「ムカデ競走で3キロ。あの速度で走ることのできるレギオンは、全国にだってそうはいないはずよね」

 

『先日、騎士団のデータベースを検索したところ……少なくとも我々が把握しているどのレギオンも、同じ活動を主眼に訓練してはいないと判明しました』

 

 停止し、しゃがんだ機体の操縦席を開いている冬賀の報告を聞き、藍が笑顔で手を上げる。

 

「やったー!1ばん、とったぞー」

 

「それ、嬉しい……?」

 

 呆れる恋花を他所に、一葉が普段通り音頭を取り始めた。

 

「お疲れ様です!皆様の頑張りのおかげで、想定以上の早さで次の段階に行けそうです!」

 

「よし!じゃ、今度こそ作戦行動の立案とそれに沿った連携行動を……」

 

 期待する恋花の言葉は、ピシャリと遮られた。

 

 

「皆様、ダンスをしましょう!」

 

 

「は?ダ……ダンス…?」

 

 呆気に取られる彼女に、一葉がドヤ顔で説明する。

 

「はい、社交ダンスです。どんどん曲と相手を変えながら、メンバー全員が完璧に踊れるようになるまでやります」

 

「なるほど……より息の合った連携行動の訓練。理に適ってる」

 

「瑤!それホント!?ホントに理に適ってるそれ!?」

 

「………!」

 

 慌てながら瑤にツッコミを入れる恋花の横では、冬賀が口をあんぐりと開けて一葉を見ていた。

 

「ダンス?たのしそう!らんもおどる。みんなでおどる!」

 

『……一葉様……自分は…どうすれば…』

 

 はしゃぐ藍とは対照的に、嫌な予感を抱きつつ冬賀が質問すると……。

 

「ダンスをする場所ですが、控室と屋外に設けます。屋外ではクリバノフォロスを装備した冬賀、控室では普段の彼に踊ってもらいましょう!」

 

「………」

 

「……わーーお……」

 

 この返答にはさすがの瑤も絶句し、もはや反論する気も起きなくなって感嘆する恋花と共に冬賀の装備を見上げる。当の彼は恐怖で真っ青の顔になっていた。

 

「…ッ……ッ……!」

 

「そんなに不安がらなくていいわ、冬賀くん」

 

『……千香瑠様……』

 

「はい、やればできますから!」

 

『……かしこまりました…一葉様…』

 

 冷や汗ダラダラの状態で頷く彼。恋花が操縦席の近くによじ登って肩を揺する。

 

「目を覚まして冬賀!そろそろ一葉の正気を疑っても怒られないから!」

 

「ご安心ください恋花様!私は正気です!」

 

「いやいやいや!あのね、正気の人は距離感が狂いまくる巨人と社交ダンスとかしないから!轢かれんじゃん!踏み潰されんじゃん確実に!」

 

「轢かれないように彼と連携するには必要です!」

 

「まだやんの!?その(たぐい)の訓練!」

 

 恋花たちが話している間に少し落ち着きを取り戻した冬賀が提案する。

 

『…一葉様、その訓練は、皆様が自分とのダンスに慣れてから…ということにしていただけますか?恋花様が仰る通り、危険性は通常より高いと判断されますので』

 

「もちろんです!早めにそこまで行けるように頑張りましょう」

 

「……フゥ…」

 

 答えを聞いた冬賀は、一応の安心はしたという顔で息を吐いた。

 

「大丈夫なのかなぁ、これ……」

 

「まあ、たぶん…?」

 

 不安そうな恋花と、特に気にしていない様子の瑤が顔を見合わせていた。

 

 

 数分後。

 

  〜〜♪〜〜♫〜

 

 一葉の手によってヘルヴォルの控室に持ち込まれたスピーカーから流れる舞曲。機材をテストした彼女が曲を巻き戻した。

 

「それではいきましょう」

 

 一葉が掛け声を出す。藍と組んでいる冬賀は、彼女に向かい合って一礼すると手を伸ばした。

 

『藍様、自分を鏡だと思って動いてください』

 

「うん!」

 

 

  〜〜♪〜〜♫〜

 

 曲が流れ始めると、千香瑠と組んでいる瑤がリズムを取る。

 

「はい、ワン、ツー。ワン、ツー」

 

「ワン、ツー、ワン、ツー」

 

 

「ワン、ツー…恋花様、左です」

 

「え?……あれ、こう…?……っだああダメ!」

 

 一葉と恋花のコンビは早いうちにギブアップ。

 

「第一、社交ダンスとか久々すぎて……ん…?」

 

「……!」

 

 

「ワン、ツー……ワン…あら?」

 

「……千香瑠?」

 

「あ……ご、ごめんなさい…。藍ちゃんたち見たら、びっくりしちゃって」

 

「え?」

 

 足を止めた4人が見つめる先では……

 

 

 早くも完璧に近い形で踊る冬賀と藍がいた。

 

 

  ♩〜〜♫♪〜〜

 

 リズムに合わせて着実にステップを踏み、身体を離したり引き寄せたりしながらゆったりと舞い続ける。

 金属の手足を巧みに使い、冬賀が完全に藍をリードしていた。

 

 曲がひと段落したところで、冬賀は藍の手を放してぺこりと一礼。彼女もダンスが終わったと理解する。

 

「とーが。藍、うまくできてた?」

 

『はい。今の感覚を忘れないでいただければ』

 

「やったー」

 

 微笑みあう2人を、他の皆はぽかんとして見つめていた。

 

『……どうかされましたか?』

 

 冬賀も一葉たちの方を見る。

 

「いえ、その……余りにも上手くリードしていたので……」

 

「冬賀くん…もしかしてダンススクールに通ってた…?」

 

 千香瑠からの問いかけに、彼は当たり前のように頷いた。

 

『生身の手足があった頃には』

 

「あらまあ…!」

 

「それはよかった!心強いですね!」

 

 千香瑠と一葉が笑顔になる。2人の後ろで恋花と瑤も話していた。

 

「和菓子作るの好きだったりダンス教室行ってたり……冬賀って実はいいとこのお坊ちゃんだったのかな…?」

 

「……そうかも。でも今は…もう関係ない」

 

「ああ……」

 

 2人が少し悲しそうにする一方、冬賀は喜びを感じていた。

 

(あの頃の経験がこんな形で役立つなんて……。やっぱり、人生捨てた物じゃなかったな……)

 

 

 

 それから数日後。

 

 一葉が用意した全ての曲をあっさり踊ることのできた冬賀が、ヘルヴォルの皆をリードしていった。10日と経たない間に全員のダンスの技量が飛躍的向上を果たし、今日はついに。屋外にて装備(巨人)と一体となった彼が恋花と踊る。

 

 

  ギュイィィィィィィィィィン!

 

「よっ!……ほっ!」

 

  ギュイィィィィィィィィィン!

 

「ふんっ!……とうりゃあっ!」

 

 足のホイールを回し、滑走してターンやステップの代わりとする冬賀。それに合わせて動く恋花は、一つ一つの動作を大きく取って踊り続けなければならない。

 また、身体を離したり遠ざけたりするタイミングを見極めることも必要だ。

 当然安全には配慮しているものの、下手をすれば冬賀の足に巻き込まれる。そうなれば運がよくて複雑骨折レベルの重傷、最悪の場合は即死である。

 

 千香瑠が見守るそれは、一見するとあまりにも過酷なダンスだが、一葉が考えた持久力強化のトレーニングが早くも功を奏し、恋花の体力面では無事に一曲を踊り切ることができた。冬賀のダンスの技量も問題なく発揮されている。

 

 とはいえ、全身を使い続けることの負担は蓄積されていたようで……。

 

「うう……毎日毎日ダンスダンスダンスダンスダンス……。全身筋肉痛だよ、これ……」

 

 ダンスの自主練に向かう藍と入れ違いで、瑤のいる控室に戻って来た3人。恋花はぐったりとソファに体重を預ける。

 そんな彼女に、冬賀が心配しながら声をかけた。

 

『恋花様……』

 

「ああー冬賀、謝罪はなしで!あたしが不甲斐ないみたくなるから!」

 

『……はい』

 

「恋花さん、大丈夫?」

 

 紅茶をテーブルに置く千香瑠も、やはり心配そうだ。

 

「いや、さっきの抜きにしても、社交ダンスがあんなにキツイ運動だなんて思ってもみなかったから……」

 

 紅茶を一口飲み、一息吐いた恋花が呟く。

 

「にしても、一葉…何考えてんのかな……。基本が大事なのは認めるけどさ、ある程度実戦に向けた訓練も同時にやってくべきじゃない?」

 

 千香瑠が彼女の正面に座る。

 

「それは、きっと藍ちゃんのためでもあるんじゃないかしら」

 

「藍?なんで?」

 

「一緒にいると感じると思うんだけど……藍ちゃんは、とってもマイペースでおおらかで……。誰かと一緒に何かをするっていう経験が、冬賀くんと戦ったくらいしかないようにも見えたから」

 

 微笑む千香瑠に対し、恋花は少し苦い笑みを浮かべる。

 

「ああ…そっか、確かに。この前の戦いじゃ、ほとんど我を忘れて…って感じだったし」

 

 冬賀と共に静かに席に着いていた瑤も話に加わる。

 

「うん。…でも逆に、もし…あれだけの力を、仲間との連携の中で使えたとしたら……」

 

「……そりゃあ、大きな力になる…か……」

 

 恋花の言葉に冬賀も頷いた。千香瑠は満面の笑みである。

 

「ふふ。私は、楽しそうな藍ちゃんを見てるだけでも、この訓練には意味があったと思うし……」

 

 一旦言葉を区切り、カップをソーサーに置いて皆を眺める。

 

「それに、気づいてる?私たち、いつの間にかこんなに仲よく話ができるようになってるわ。これはお互いを信頼するためにも、大切なことだと思う」

 

「うん、実戦訓練だけでは、こうはいかないと思う。冬賀はどう?」

 

『……。以前の休業日の件から思っていたことではありますが、これほど良好な関係を皆様と築くことができるとは予想していませんでした』

 

 彼は真剣に、されど嬉しそうに瑤からの問いかけに頷いた。恋花はまたもや苦笑いをしている。

 

「……うーん…。一葉がそこまで考えてるかな…」

 

 と、噂をすれば何とやら。荷物を抱えた一葉が例に漏れずドヤ顔で、扉を開けて控室に来る。

 

「お待たせしました!皆様、今日からは戦闘での連携について、打ち合わせをしましょう!」

 

「しましょーー」

 

「一葉、藍も……」

 

「はい、ラウンジでダンスの練習をしてるのを見て、声をかけて…」

 

「それより、戦闘での連携ってホント?!」

 

 やや食い気味に、恋花が身を乗り出して一葉に確認した。

 

「はい!下地はできましたし、お互いについてもある程度知ることができました。次は戦闘における長所、短所をきちんと把握して、チームワークを高めていきましょう」

 

 藍が彼女を見上げる。

 

「一葉、チームワークって、どういうことするの?」

 

「うん、チームワークっていうのは、例えばムカデ競走を皆で上手にやったり、相手に合わせてダンスをすることだよ」

 

 今までやってきたことを説明すると、藍は笑顔で頷いた。

 

「なんだ。それなら藍、とってもじょうず」

 

「うん、もっともっと、上手になっていこうね」

 

 2人のやりとりを見ていた4人は……。

 

「「………」」

 

 黙って互いに目を合わせる。そんな恋花たちを、一葉が不思議そうに見た。

 

「どうしたんですか?皆様、見つめ合ったりして…」

 

「ううん、なんでもない」

 

 そう言って恋花は得意げな顔になった。

 

「戦闘時の連携ってことなら、あたしの出番ね。あたしなりに、このメンバーで取れる戦術、いろいろ考えてたんだから」

 

「頼もしいです。私も実は、戦術の研究に役立ちそうないいものを用意したんです」

 

「いいもの?」

 

 恋花が疑問に思っている間に、一葉は持っていた荷物を漁ってとある装置を取り出した。

 

「これです!」

 

 手渡された千香瑠がしげしげと眺めた。

 

「ゴーグル付きのヘルメット…ですか?」

 

「ヘッドマウントディスプレイですよ。学園の運営が近々訓練内容に取り入れる予定の、仮想現実を使った戦闘シミュレーション装置だそうです」

 

 皆が立ち上がって装置を受け取っていく。その傍ら、冬賀は壁にあるネットワーク接続ポートに近づいていった。

 

「皆様の技術や能力値は、過去のデータを元にすでに放り込んでありますから。これを使っていろんな戦術を検討しつつ、冬賀に弱点を補ってもらう方法を考えて、実際の戦闘訓練で試しましょう!」

 

「なるほど、こういう特別待遇はヘルヴォルならではかも。やっとそれっぽくなってきたじゃん!」

 

 感心する恋花から少し離れ、瑤が一葉の持って来た箱を覗く。既に空っぽだ。

 

「…やっぱり冬賀の分は…」

 

「ええ、残念ながら貸し出されませんでしたが、本人は問題ないそうです」

 

 

 一方、千香瑠は壁に向かってしゃがみ込む冬賀と話していた。

 

「冬賀くん、貴方もこの訓練に参加するのよね?どうやって……」

 

 振り向いた彼は、一葉に劣らないドヤ顔であった。

 

『千香瑠様、自分がどのように学園の情報を集め、本部での報告会で発表していたかお分かりでしょうか?』

 

 そう言って彼は右腕の袖を捲り、金属の義手を露出させる。そして肘と手首の間に設けられた関節をパチンと折り、コネクターを出現させた。

 千香瑠はハッとする。

 

「ま、まさか…貴方が直接、学園の……」

 

『はい。皆様のシミュレーションの様子は、学園のサーバーを経由して観察、および記録させていただきます。では、少々失礼をば』

 

 彼は笑顔のまま接続ポートに右腕を繋ぐ。

 

『エレンスゲ女学園メインサーバー様、お邪魔いたします。……ヘルヴォル、仮想現実シミュレーション管理領域はこちらでよろしいですか?……アクセス制限…いえ、お構いなく。閲覧禁止……どうぞお気になさらず』

 

 次々と現れるセキュリティプログラムを、コンピュータと会話するかのように潜り抜けていく冬賀の意識。

 ただ唖然としながら様子を見る千香瑠の横で、恋花も青ざめていた。

 

「……これ、学園のとんでもない機密とかも握られてるんじゃ……」

 

『いえ。恋花様、あまりに強固なプロテクトがかかっている情報や、学園内ネットワークから切り離された機器には接続できません。……機密情報はおそらく、そちらにあるのでしょう』

 

「あ…そ、そう…。冬賀、やっぱあんたの身体…いろいろ便利じゃん……」

 

 数秒のうちに、彼女たちのシミュレーションを観察する準備が整った。

 

『モニターの準備が完了いたしました、一葉様』

 

「はい!」

 

 一葉の横にいる藍は、待ちきれないといった具合である。

 

「ゲームやる!ゲーム楽しそう!」

 

「ええ!それじゃ早速、試してみようか!」

 

 

 

 それから数日。

 戦術はシミュレーション、技術は訓練で鍛える日々が続いた。皆の連携が実戦でどれほど機能するか、慎重に探りつつ技量の向上も怠らない。

 

 そんなある日。

 控室にて、一葉は紙の資料やタブレット端末に入れた情報などを見ながら恋花と話していた。傍らには、千香瑠が用意したクッキーが置かれている。

 

「恋花様、戦闘シミュレーションのこれまでのデータをまとめてみました」

 

「こっちがチーム全体の成績で、こっちが個々の成績……冬賀と連携する場合に何が起こるかも予想してあって……ふむ……」

 

「実戦経験の豊富な恋花様から見て、いかがですか?」

 

「うん……。客観的に見て、一葉、瑤、あたしはどんな状況でも大体安定した戦績を残せてるね。冬賀と連携しても、ただ単に数字を稼ぐ効率が上がるだけ」

 

 言いながら、彼女は千香瑠と藍のデータに目を向ける。

 

「逆に言えば、ヘルヴォルの手っ取り早い戦力アップに必要なのはあたしたちの成長じゃないってこと。キーポイントは、千香瑠と藍。千香瑠は千香瑠で気になるところがあるんだけど…今は特に藍に注目してんのよ」

 

 投影された立体映像を操作し、2つのグラフを並べる。

 

「ほら、藍の戦績とヘルヴォルの戦績。特に目標の達成率、達成速度の項目で、かなり強い相関があるっしょ?それに藍は、冬賀と自然に連携が取れるから……」

 

 笑顔で締めくくる。

 

「つまり、藍が上手く働いたときのヘルヴォルは最強ってこと」

 

「なるほど、さすが恋花様」

 

「結局のところシミュレーションでしかないし、冬賀の動きにいたっては予想に過ぎないから、結果と考察を鵜呑みにはできないけど……」

 

 彼女は背もたれに体重を預けながら続ける。

 

「まあ、一言で言っちゃえば…現状、藍の突出した戦闘能力をあたしたちが活かしきれてないってこと。前の戦闘での様子を見る限り、藍は単独か、冬賀と2人っきりで行動するのが一番戦績を挙げられるのかもね」

 

 すると、聞いていた一葉が口を開いた。

 

「ですが……あの我を忘れたような戦い方では、いずれ身を滅ぼします。冬賀のスキルでヒュージが押し寄せて来ますから、藍としては戦いやすいでしょうが……裏目に出ることも十分ありえます」

 

「……まあ、それは同感」

 

 恋花が頷くと、一葉も笑顔で続けた。

 

「やっぱり、鍵はチームワークということですね」

 

「悔しいけど、ムカデ競走とダンスは、連携行動そのものの訓練って意味ではかなり有効だったと思う。あれ、復活させる?」

 

「いえ、それも悪くはないのですが……」

 

 苦笑いの恋花と話していると、控室の扉が開いて瑤と藍、それに冬賀が入って来る。

 

「射撃訓練、やってきたよ」

 

「ただいま」

 

『戻りました』

 

 3人に続き、いい笑顔を浮かべる千香瑠も入る。

 

「うふふ。2人ともすっごく上手でしたよ。冬賀くんの支援もばっちり決まっていました」

 

『恐縮です』

 

「千香瑠こそ、すごい射撃の腕。びっくりした」

 

 瑤に褒められた彼女は、少し困った様子である。

 

「……訓練のときくらい上手く、本番でも動けたらいいんですけど……」

 

 

「…………」

 

 そんな彼女を、恋花は黙ってじっと見る。隣の恋花の様子を気にすることなく、一葉が4人に話しかけた。

 

「お疲れ様です、皆様。ちょうど今、戦闘シミュレーションの結果を受けて、今後の課題を考えていたところなんです」

 

「複雑な作戦行動はあたしたちと瀑銀隊で担当して、藍がシンプルに動けるフォーメーションを、状況別に組み直そうと思ってさ」

 

 彼女が差し出した手書きの資料を、瑤が覗き込んで受け取った。

 

「いい考え……。私が、藍がわかりやすくなるようにフォーメーションをまとめてみる」

 

「あ、それは助かるわー。瑤、ありがとう!」

 

 瑤はソファに座り、テーブルに置かれたクッキーを手に取った。顔はにんまりと綻び、わくわくしている様子である。

 

「この、動物さんクッキーのように……。『オペレーションどんぐりさん』とか、『オペレーションあひるさん』とか…かわいい名前も考えてみる」

 

「え……」

 

 先程までの恋花の喜びはどこへやら。急に不安になったと同時に、変なスイッチが入ったと感じた。

 

「…それ……なに…戦場で叫び合う気なの?」

 

「あ、それいい。かわいい」

 

「………」

 

 藍はどうやら乗り気。隣に立つ冬賀も別段、気にしている様子はない。

 

「ふふ、私の考えたクッキーがヒントになるなんて光栄だわ!」

 

「よし、それでいきましょう!!」

 

 千香瑠は喜んでいて、一葉も瑤に賛同していた。

 

「待って!冬賀、これ喋れんの?この前、『学園のサーバー様』とか言ってなかった?」

 

 恋花の質問に、彼は淡々と返す。

 

『固有名として人工声帯に登録すれば……少々お待ちください。……オペレーションあひるさん。このように問題なく発音できます』

 

「「おお〜」」

 

  パチパチパチ

 

 感心する声と共に、恋花以外の4人が拍手した。

 

「皆ノリノリだな!!」

 

 恋花はやや孤独感を覚えながらツッコミを入れた。

 と……。

 

「うー……でも、またべんきょーするの?」

 

 藍が不満げに、瑤の手にある資料を見た。

 

「藍ちゃんは、お勉強嫌い?」

 

 千香瑠からの質問に、彼女は首を振った。

 

ヒュージ(てき)をたおすのに、お勉強いらないよ?だだだーって走って、ばーんってやっつけて……どんどん楽しくなってくる」

 

「………」

 

 少し悲しそうに見つめる冬賀にも気づかず、彼女は続ける。

 

「でも…いろいろ考えて戦おうとすると、頭の中ごちゃごちゃしてくるし、たいへんになっちゃうよ」

 

「被害を最小限に抑えるために、必要なことだよ」

 

「ひがい?」

 

 一葉が窘めるように言うが、藍は今一つ理解できていない。

 

「ええ。藍や、周りの人たちが傷つかなちように」

 

 さらに説明する。

 

 だが……。

 

 

「きず?藍、そういうのへいきだよ?」

 

 

「ッ……」

 

「え…?」

 

 冬賀は俯いた。一葉が呆気に取られている間にも、藍は笑顔で続ける。

 

 

 

「死ぬのもこわくないよ?藍、えらい?」

 

 

 

「「…………」」

 

 

 皆、ただ絶句するしかない。藍は5人を不思議そうに眺める。

 

「あれ?みんな、どうしたの?」

 

「……ううん、なんでも……」

 

 ようやく口を開くことができたのは瑤だった。

 藍の表情は笑顔に戻る。

 

「じゃあ、藍、もう少しダンスのれんしゅうしてくる。今ね、新しいダンス覚えてるんだ。とーがに教わったの!」

 

「ああ……うん…」

 

『気に入っていただけて…よかったです』

 

「じゃあ…そうね。行ってらっしゃい…」

 

「今度、見せてあげるね!」

 

 嬉しそうに言う藍だが、一葉と冬賀は硬い笑みでそれに応じていた。

 

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

「行ってくる!」

 

 千香瑠が浮かべるのはごく自然な笑顔。その表情に見送られながら、藍は控室から出て行く。

 その足取りは、悲しいほどに軽かった。

 

「……行っちゃった…わね」

 

 千香瑠の笑顔が崩れて不安に染まる。恋花も似たような表情だ。

 

「……死ぬの怖くない…って、強がりで言ってるようには見えなかった……」

 

 瑤は冬賀の方を見る。彼女も彼も、悲しみを宿した顔だ。

 

「……ねえ、どういうこと?」

 

『……自分にも…はっきりとはわかりません…。自分が藍様と知り合った頃から、あのように仰る方でしたから。友人と呼んでくださる藍様に……自分は、どのような言葉をかければいいのか…わからず…』

 

 罪悪感に染まった顔で、抑揚のない機械音声で彼は続ける。

 

『おそらく……死亡するとは、長く接してきた自分と同じ存在になると考え、安心されていることもあるかと思われます。申し訳ありません……』

 

 深く俯く冬賀の方に、瑤が手を置いた。

 

「……大丈夫。冬賀は悪くないよ…」

 

『…ありがとうございます、瑤様…』

 

 今度は一葉が藍について話す。

 

「……彼女、座学は他の生徒と一緒に受けていないそうです。なんでも、知識がまだ、義務教育修了レベルにないとかで…。“ある企業”が経営する保護施設で育った……ということですが、それ以上のことは何も……」

 

「本当に…?」

 

「え……?」

 

 恋花からの問いかけに、一葉は疑問符で返した。そして思い出す。藍をメンバーに加えることが決まったあの日…初めての出撃を終え、学園に問い合わせたときのことを。

 

 

 

 一葉は教導官と会い、向かい合って話していた。

 

「……佐々木藍をメンバーに……?佐々木藍がどのような背景を持った人物か、わかって言っているのか?」

 

「……ある程度は」

 

 教導官からの質問に、一葉が頷く。

 

「彼女は、幸せになるべきだと思います」

 

 一葉の答えを、教導官はばっさり斬り捨てた。

 

「そのために君ができることなど、何もない」

 

「……今は、まだ…。ですが、いつかは……」

 

 

 

 

「…………」

 

「……一葉?」

 

 回想に耽る一葉。彼女を心配して恋花が呼ぶと、我に返った。

 

「あ、いえ、なんでもないです。その…藍のことなんですが……」

 

 言葉に詰まっていると、恋花が目を伏せた。

 

「ま、いいよ、そのうちで。誰にだって、複雑な背景の一つや二つあるよ」

 

 彼女は顔を上げ、複雑な表情の皆を見渡した。

 

「あたしたちだって……」

 

「…………」

 

 一葉が不思議そうに恋花を見ていると……。

 

 

「……私、ちょっと行ってきます」

 

 

 何かを決意した千香瑠が扉に向かい始めた。

 

「千香瑠様?」

 

「大丈夫。少しお話ししてくるだけ」

 

 一葉に向けられた笑顔は……やはり無理をしているようだった。

 

 

 

 

 

「ふんふふーーん♪らんららーーん…♩」

 

 構内の庭園で、藍は軽快に踊っていた。見る者もない中、彼女は冬賀に教わったステップに従って風と共に舞う。

 

「♩らーん、らん……」

 

 と、どこからか拍手が響いた。

 

「上手上手」

 

 振り向いた先には……。

 

「あ、千香瑠」

 

 笑顔の彼女だった。

 

「そのステップ、できるようになったのね」

 

「うん!たくさんたくさん、練習したから」

 

「ダンス、楽しい?」

 

「うん」

 

 迷いも邪気もなく頷く。その仕草が、千香瑠の表情に悲しみを浮かべる。

 

「……ヘルヴォルに入って、よかった?」

 

「うん!」

 

 満面の笑みで、藍は言った。

 

「戦いのないときは、とーがとも会わないし、いっつもたいくつだなーって思ってたけど。みんなといると、いろんな楽しいことを教えてくれて、楽しいことがいっぱいになったよ。だから、入ってよかった」

 

 対照的な表情の千香瑠が、質問を続ける。

 

「……戦いは…楽しい…?」

 

「うん、すっごく。どかーん、ばしーんって、いっちばん楽しい」

 

「………」

 

 またも無邪気な笑顔で答える藍。彼女は俯いてしまった。

 

「千香瑠はちがうの?どうして、かなしそうな顔するの?」

 

「……私は…戦うのを楽しいと思ったことがないから…。藍ちゃんが羨ましくて……ちょっと怖いの……」

 

 

 2人から少し離れた場所で、冬賀が静かに会話を聞いていた。藍も千香瑠も心配になってきてみたものの、もはや声をかけられない。

 

 

 千香瑠に怖いと言われ、初めて藍は不安そうな顔になる。

 

「こわい…?千香瑠、藍のこと怖いの?嫌い……?」

 

「ううん、そうじゃないよ。大好き」

 

 安心させようと、千香瑠はどうにか笑顔を浮かべるが……眉は下がっていた。

 

「ヘルヴォルの人たち…皆好きよ。一葉ちゃんの正しさや、恋花さんの気遣いや、瑤さんの芯の強さや、藍ちゃんの純粋さ。それに冬賀くんの真っ直ぐなところ。すごく素敵だと思う。美しいと思うの」

 

 一度言葉を区切り、彼女は真っ直ぐ藍を見た。

 

「だから、誰にも……もちろん藍ちゃんにも、死んでほしくなくて……。だから、あのね、藍ちゃん…」

 

 膝を曲げて、小柄な藍と目の高さを合わせる。

 

「死ぬのが怖くないなんて、言っちゃダメ。藍ちゃんが死ぬの、私は怖いよ。死んじゃったら、とっても悲しくなるから…」

 

 千香瑠の頬を、雫が伝い落ちる。

 

「…私たちは…いつ死んでもおかしくないんだから…だからこそ…ちゃんと…。死ぬことを、怖がらないとダメなんだと思う…」

 

 溢れる涙を、もう彼女は止められない。

 

「……千香瑠、なんで泣いてるの…?」

 

「…ごめん…。私も……わからない……っ」

 

「泣かないで、千香瑠。よしよししてあげるから……」

 

 俯き、涙を拭い続ける彼女の頭に、藍は頑張って手を伸ばす。

 

「……うん…。ありがとう……」

 

 

 嗚咽が響く庭園の外。静かに佇む冬賀は、千香瑠が泣き止むまでそこにいた。

 

 

 

「あ、とーが…」

 

 しばらくして千香瑠と庭園を出た藍が、彼を見つけた。

 

「ずっといたの?」

 

『……いえ』

 

 そう言う割には疲れた彼の顔を、藍が見上げる。

 

「ね、とーがもなの?とーがも、死ぬのは怖い……?」

 

「………」

 

 彼は右手を持ち上げて、その金属塊をじっと見つめた。

 

『……一度は、この命を手放したいとすら思いました。ですので、死ぬことが怖いのかどうか……正直なところ、はっきりとはわかりません。ただ……』

 

「…?」

 

 

『……怖くとも、怖くなくとも…はっきりしていることがあります。それは、死を選んでは()()()()ということです』

 

 

「死んじゃダメってこと…?」

 

『はい。命にいつか終わりがあっても、その瞬間を自分で決めてしまうことは……絶対にあってはならないと…そう考えています』

 

 彼は自嘲気味に笑った。

 

『自分は、あと一歩のところで死神(アヌビス)に追い返されました。きっとまだまだ、この世でやるべきことがあったのでしょう』

 

 顔を上げ、千香瑠にも目配せする。

 

『死と引き換えに手に入れた、貴女方全員との大切な日々を生き抜いて……自分も死なずに、戦い続けます。あの世に快く迎えられる、その瞬間までは』

 

 微笑みが、温かなものに変わる。

 

『その時に持って行く思い出が、自分への最後の報酬(プレゼント)であり、騎士となった自分が果たすべき使命ですから』

 

「……うん、わかった!死ぬまで死んじゃダメって、ちゃんとわかったよ!」

 

「ふふ……ええ、そうね…」

 

 藍と千香瑠が微笑み、控室へ向けて歩き始める。

 

 

 

 

 数日後。

 市街地にヒュージが出現し、ヘルヴォルにも出撃命令が出された。

 

  ギュイィィィィィィィィィン…ギギィッ!

 

 鋼の巨人が滑走を止め、頭や肩、腕に乗っていた一葉たちが颯爽と降り、周囲を見渡して索敵。

 

「ヘルヴォル並びに瀑銀隊!目標地点に現着しました!」

 

 彼女が司令部に報告している間に、瑤がヒュージを見つける。熱線砲を隠し持つ、戦車型ヒュージだ。

 

「1時方向に複数のミドル級ヒュージ発見!」

 

 声に応えて一葉が指示を飛ばす。

 

「各位、事前の作成計画に基づいて展開します。藍、くれぐれも突出した行動は控えるように」

 

「うん、しないよ!藍が死んじゃうと、千香瑠が泣いちゃうし、とーがに叱られるから。なるべく死なないようにする!」

 

 と、聞いていた恋花が千香瑠と冬賀を交互に見た。

 

「ん?泣く?叱る?」

 

「あ!えーと、こちらの話。気にしないで?」

 

『一葉様、ご指示を』

 

 苦笑いする千香瑠の横で、冬賀は一葉を急かした。

 

「皆様、『オペレーションあひるさん』のご用意を!」

 

「「了解!!」」

 

『かしこまりました』

 

 恋花を除く皆が二つ返事を返した。

 

「……これを恥ずかしいと思うあたしがどうかしてんのかな…。いや、ない!絶対おかしいのはあたしじゃない!!」

 

「恋花」

 

 瑤が宥めるように声をかける。

 

「はいはいわかってますよ。『オペレーションあひるさん』!恋花、了解!」

 

 冬賀の後ろで列を組み、クリバノフォロスの装甲を盾に斬り込んで行く序盤での戦術である。

 さながら、池を泳ぐアヒルの親子のように。

 

「では、リリィとしての誇りを胸に……」

 

(騎士としての使命を胸に……)

 

 

「ヘルヴォル、しゅっげーーき!!」

 

 

 藍の合図に従って駆け出す重騎士。今、激闘が幕を上げる。

 

 




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