アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 大変遅くなりました。
 このエピソードは、解像度が上がるまで書くことを躊躇っていたものなのですが、ようやく投稿に至ることができました。



第9話 折れる剣

 

 

 都心の市街地を駆け抜ける、ヘルヴォルと瀑銀隊。辺りには中型、小型のヒュージが骸となって散らばり、残すは……

 

 

『□□□!!』

 

 

「……ラージ級、追い詰めた…!」

 

「あとちょっと!」

 

 瑶と藍に撃たれ、距離を取ろうと逃れる水晶のような形の大型のみである。

 

『周辺に敵影なし。このまま戦闘を続行してください』

 

「つっても、こっちもボロボロだけどね……」

 

 飛行ステルスドローン、スカラベウスからの偵察映像を見つつ呼びかける冬賀。やりとりを聞いていた恋花が愚痴をこぼす。

 

 5人の疲弊は目に見えて明らかであり、冬賀の機体はところどころ装甲が傷み、剥がれていた。戦況は押しているが、皆気が気でない。

 

と。

 

「……一葉ちゃん、ルドビコから連絡。今、応戦に向かってる。騎士はいないけど、協力して確実に仕留めましょうって…」

 

 通信機に手をやっていた千香瑠が、一葉に話しかけた。一葉は近くで援護射撃を続ける冬賀を見上げる。

 

「ルドビコにも騎士団が配備されているはずでは……」

 

『……。ルドビコ女学院の騎士団、緋紐天(ひちゅうてん)はガーデンに常駐していません。近場のため、要請に従って本部から派遣される形式の部隊です』

 

(それに、あそこは騎士団が歓迎されるような方針でもないし……)

 

 冬賀がそのガーデンの事情を思い返す間に、一葉たちが話を進める。

 

「どうする?一葉ちゃん…」

 

「……。私たちだけでいきます」

 

 聞いた恋花が驚きながら振り向く。

 

「はっ?!本気(マジ)で言ってんの?!」

 

 当然、一葉は大真面目であった。

 

「…私たちだけで、戦績を上げる必要があります。私たち6人、このメンバーでなきゃいけない証明を……」

 

『………』

 

「か、一葉ちゃん…!」

 

 千香瑠は不安を抱いて彼女を呼ぶ。一葉の中にある焦りを感じたのだ。冬賀も、非対称の機械の仮面の下で見抜いていた。

 

 が、そんな2人に構わず状況は進む。

 

「リーダーが言うなら…わかった。やろう」

 

「藍、がんばる!」

 

 ラージ級に喰らいつく瑶と藍は、一葉の提案を承諾。

 

 一葉は特殊弾を取り出し、恋花に投げ渡す。

 

「フォーメーション、お馬さん!ノインヴェルト戦術を使います!冬賀、タイミングを合わせてEXスキルを!」

 

『かしこまりました』

 

「ここで決着をつけましょう!!」

 

 

「まさか、ここが最初の使い所になるなんてね…!」

 

 フォーメーションを組み直しながら、恋花はチャームに弾丸を装填し、大量のマギを流し込む。

 

「はあああああ!!」

 

 

『□…?』

 

 巨大なエネルギーの波動を感知したヒュージは、その源を潰すべく後退をやめて恋花へ向かう。

 

「ラージ級、こちらに接近…攻撃を警戒!」

 

「こちらにとっても好都合です!」

 

 

  ドガガガガッ!!

 

『□□ッ!』

 

 恋花を攻撃しようとするヒュージが、冬賀のガトリングによる牽制を受けてその動作を取り止める。

 想定内のフォローの動き。

 

『訓練通りに…』

 

「細工は流々!!瑶、頼むわ!!」

 

 彼女のチャームはメキメキと鳴りながら、エネルギーの塊…マギスフィアを発射する。

 

「ふっ……」

 

 恋花に合わせて移動する冬賀を踏み台に、瑶が空中に躍り出た。

 

「……ぐっ!!」

 

 チャームに達したスフィアの重みを感じながら、着地したのは冬賀の背後。彼がガトリングを備えた左腕の盾に、瑶を狙って振り下ろされたヒュージの触手が叩きつけられる。

 

「よし……受け止め…た!平気?」

 

『はい』

 

「わかった。…藍!お願い!!」

 

 騎士を気遣いながらスフィアのパスを回していく。

 

「うん!」

 

 藍の大型チャームに光球が到達。やや押されながらも、藍は地面に踏み留まる。

 

「あはは!手がビリビリする!」

 

 藍が振り向いた先、次にスフィアを受け取る千香瑠がチャームを構えていた。

 その手は汗ばみ、僅かに震えている。

 

「……絶対、絶対成功させる…!」

 

 

 すると。

 

 

『千香瑠様!』

 

「危ない!!」

 

 

 必死の形相で、冬賀と恋花が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

 

(読み違えた…!)

 

 ヒュージが藍を狙うと踏み、冬賀は彼女の近くにいた。

 が、ヒュージは次にパスが回るであろう千香瑠に攻撃の手を伸ばしたのだ。

 

 足下のホイールを回し、全速力で、恋花とともに千香瑠へ向かう。

 

『□□□□!!』

 

  バギャッ!!

 

『……!』

 

  ビッ

 

「んっ!!」

 

 ヒュージの触手は、千香瑠との間に割って入った冬賀の機体の脇腹を抉った。勢いはそのまま、彼女を庇う恋花の腕を掠める。

 

「と、冬賀くん!!恋花さん!!」

 

 千香瑠は動揺した。身を起こす恋花の、切れ目の入った袖を、紅い液体がじわりと染める。

 

「血が……そんな、私を庇って…!」

 

「大丈夫!掠り傷!ね、冬賀!」

 

『問題ありません』

 

 実際、装甲と一部の排熱装置が破壊されたものの現状は普段通り動ける。コックピットの冬賀は無傷で、恋花も軽傷で済んでいる。

 

「それより……」

 

 

「次は千香瑠の番!!マギスフィア、いっくよーー!!」

 

 藍の大きなチャームも、流し込まれたエネルギーを支えるには限界であった。ひび割れていくそれを、彼女が振り上げる。

 

「え…あ……!!」

 

 そんなこと、頭ではよくわかっている。が、意思に身体がついていかない。

 

 

 準備が整わないまま、藍からのパスが千香瑠に届く。

 

 

  ズン

 

 

「う…ぐ…っ!うぅぅ!!」

 

 無理矢理受け止めた千香瑠が苦悶の声を上げる。

 動揺が重なり、精神が不安定となった彼女には、もはやこのエネルギーを扱いきれない。

 

『………』

 

 

 誰にも見られず、冬賀は頭の装甲を開いた。

 

 

「ああああっ!!」

 

 千香瑠は悲鳴を上げ、本能的にスフィアを手放す。両目は閉じられ…。

 誰に向けて放たれた、パスですらない。当然ながら…。

 

「あっ!方向がずれた!!」

 

 恋花が叫ぶ。一葉は瑶と同じく、冬賀を踏み台にマギスフィアを取ろうと駆け出した。

 

 しかし、間に合うはずもない。自ら触れてはならないスフィアが彼の方に飛んで行ったなら、彼は躱さざるを得ないのだから。

 

 

 一葉が飛び上がったとき、スフィアはチャームの間合いから

  

 

 虚しくも、果てしなく離れていた。

 

 

「と…どかない……!!」

 

 

 一葉が着地すると同時に、スフィアが路面に叩きつけられる。

 

 

  ドグォォォッ!!!

 

 

 爆炎が噴き出し、激震を伴って辺りの空気を焼き焦がす。

 

 ヒュージに、傷の一つも与えぬままに。

 

 

「マギ…スフィアが…爆発した……」

 

「チッ!失敗か!!…わっ?!」

 

 唖然とする瑶の横で恋花が悪態を吐く…と。

 

 

『□□□□□□!!』

 

 

 間髪入れず、煙を引き裂いてヒュージの触手が飛び出した。

 

 

(『アヌビス』!!)

 


  ドウッ!

 

 

 直後、またもや空気が震える。冬賀のEXスキルが発動した爆音である。

 

「冬賀…!」

 

 恋花に向かっていた触手がピッタリと動きを止める。

 

 ヒュージが止まった僅かの時間に、冬賀がジャンプ。滞空の間に腰から下を180度回し、着地と同時にホイールを回転。

 後ろを向いたまま、全速力でヘルヴォルから離れていく。

 

 

「嘘っ?!冬賀くん!!」

 

 

 悲鳴に近い声で千香瑠が呼ぶ。まさにその瞬間、ヒュージが息を吹き返した。

 

『□□□□□□□□!!!』

 

 ヒュージは絶叫し、狙いを冬賀のみに変えて追い始めた。

 すかさず、一葉の通信機が鳴る。

 

『一葉様。自分はこの個体を、ルドビコ女学院の作戦地域まで連行いたします。皆様には撤退の指示を』

 

「……それは…」

 

「とーが行っちゃった!一葉、どうするの?!」

 

 彼女としても、冬賀を心配しないわけではない。歴戦の騎士とはいえ、相手は彼の機体よりも大きく、全力を持って彼を始末することになったヒュージなのだから。

 

 しかし今は、彼の提案を呑むしかない。

 

「っ…マギがもう残っていません…。作戦変更!撤退します!あとはルドビコと瀑銀隊に任せましょう!」

 

 一葉の近く。

 ヒュージと冬賀が去っていった先を、瓦礫の上で膝を打った千香瑠が呆然と見つめている。

 

「そんな……私の…私のせいで……」

 

「千香瑠…」

 

 隣に立つ瑶が、言葉をかけられずにいると…。

 彼女は深く俯き、謝罪の言葉を繰り返した。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…!私がしっかりしていれば、こんなことには…!私のせいだ……私の……!」

 

「千香瑠、あんたのせいじゃ…」

 

 

「私のせいよ!!」

 

 

 悲痛に満ちた叫びが、恋花の言葉を遮った。

 

「千香瑠様…?」

 

「恋花さんが怪我をしたのも、ノインヴェルト戦術が失敗したのも…冬賀くんが損傷したまま、一人でラージ級と戦うことになったのも……全部、全部私のせい!!」

 

「千香瑠…どうしたの?なんか変だよ?」

 

 座り込んで叫ぶ千香瑠の隣に、藍もしゃがんで言葉をかける。

 と、千香瑠が顔を上げた。

 

「ふふ……」

 

 歪な、濁った笑顔を。

 

 ゆらりと立ち上がり、ひびの入ったチャームを拾って、彼女は歩き始める。

 

「千香瑠様、どこへ行くんですか?!」

 

「決まってるわ、私が責任を取るのよ」

 

 一葉に振り向いた彼女の顔には、あまりにも後ろ向きな決意が浮かんでいた。

 彼女の行く手を、恋花が阻む。

 

「バカなこと言わないで!マギの残りも少ないんだよ!こんな状態で、ヒュージと戦ったら死んじゃうよ!ましてや冬賀殺すためなら、見境なく暴れるあのヒュージなんか!!」

 

「恋花さん、そこを退いてください。私が責任を……」

 

 頑として態度を変えない千香瑠。だが。

 

 

「ダメだよ、千香瑠」

 

 

「藍ちゃん…?」

 

 袖に包まれた彼女の手が、千香瑠の腕をしっかりと掴んでいた。

 

「千香瑠、藍に言ったよね?藍に死んでほしくないって。とーがも言ってたよね?死んじゃダメだって」

 

 眉を下げ、懇願するように、藍は千香瑠を見上げていた。言葉にはならずとも、藍は直感で理解していたのだ。

 千香瑠がこれから、何をしようとしているのか。

 

「藍もね。千香瑠には死んでほしくないよ。とーがに叱られてる千香瑠も、見たくないよ」

 

「………。でも…私は……」

 

 藍の手を振り解くことができない。

 すると、通信機から。

 

『…千香瑠様』

 

「冬賀くん…!?」

 

 ノイズ混じりながら、彼の無機質な機械音声が聴こえてきた。

 

『これは自分の判断で起こした行動です。その責任を、これといって何も持たない自分から、取り上げないでいただきたいです』

 

「そんな…つもりは…」

 

『それに…自分はルドビコ女学院に迷惑をかけ、鼻つまみ者になってから帰還する考えでしたが……

 

 

 貴女は、棺に入っての帰還を望まれているのですか?』

 

 

「あ……」

 

 

 棺という言葉に、彼女の記憶が反応する。

 

 それは、最愛の親友との最後の別れ。

 哀しみと後悔に、胸の奥まで押し潰された、忘れることのできない記憶。

 

 

『……一葉様、千香瑠様を生きて帰して差し上げてください。今の千香瑠様は、皆様と一緒にいなければなりません』

 

「…はい。千香瑠様、帰りましょう」

 

「………」

 

「……行こう、千香瑠!」

 

 瑶に手を引かれ、俯いた彼女が歩き出す。目指す先はエレンスゲ女学園だ。

 

 

(棺……。あの子も…。私の…せいで…!)

 

 

 その傍ら、一葉はヒュージと彼が去った方向に目を遣る。

 

(冬賀…貴方も生きて帰ってきてください…)

 

 

 

 

 豪速で振られた鎖状の触手が灼熱のチェーンソーと打ち合う。結果、触手はチェーンソーをへし曲げることに成功した。鋼の巨人の右腕から電光が弾ける。

 

『□□□□□□!!』

 

(マズいな、これ)

 

 振り下ろされる触手を、左腕の盾で防ぐ。直後、コックピット内に故障警告が鳴り響いた。

 

(シールドが…。それに、ルドビコの作戦地域に近づいてから小型ヒュージが増えた…)

 

 スカラベウスにより、上空からの映像が送られてくる。大きな顎を持った犬型ヒュージが、辺りをうろついている光景がしっかりと写っていた。

 

 時折進路上に現れるそれらを、スカラベウスのセンサーを頼りに潰していかなければならない。が、その手段は今やガトリング1門のみだ。

 

 

『□□!!』

 

「ッ?!」

 

(しまった…!)

 

 接近するラージ級に気を取られた瞬間、小型ヒュージが機体の右肩に喰らいつく。

 

(装甲を破棄(パージ)!)

 

『□?』

 

 冬賀が命じた次の瞬間、肩を覆っていた金属板がヒュージごと地面へ落下。その装甲を狙ってガトリングを放つと、ヒュージの身体が爆散する。

 

『□□□□□!!!』

 

「ウッ!?」

 

 撒き散らされる体液の雨を切り裂いて、ラージ級ヒュージが振るう触手がガトリングを叩いた。

 

  バギン!!

 

 盾の役割を果たしたガトリングの装甲板が割れ砕け、触手に引き摺られながら飛散する。

 コックピットに警告音がけたたましく響いた。

 

(シールドの限界…!いざとなったら、スカラベウスの“隠し機能”を……)

 

 砲身はまだ無事なガトリングを放ち続けていると、ついにルドビコの作戦地域に入った。

 

 その瞬間。

 

『……□?』

 

「…?」

 

 暴れながら彼を追っていたヒュージの動きが、唐突に緩慢になった。

 急に自我を取り戻し、戸惑うかのように辺りをキョロキョロと見回す。

 

『□□……』

 

 次の瞬間には、冬賀のことをすっかり忘れて作戦地域の奥へと進み始めた。

 

(『アヌビスの(あぎと)』の効果が消えた…?いや、何かに“上書き”されたみたいだ…。一体何が……)

 

 彼も困惑していると、機体の通信機がある信号を検知する。

 

(この周波数は……騎士団のオープン回線。なら、近くに誰か騎士がいる?そんなはず…)

 

 疑問に思いながらも、彼は通信機を起動した。

 

『こちらはエレンスゲ女学園、瀑銀隊です。貴殿の所属ガーデンは…』

 

『やはり、貴方がエレンスゲの…!』

 

 彼の言葉を遮って答えたのは少女だ。冬賀にとって、意外すぎる相手であった。

 

 

『私はルドビコのリリィです。お疲れ様でした、瀑銀隊。ここからは私たちが引き受けます!』

 

 

 冬賀の思考が完全に止まる。

 

 

『……なぜ…貴女方が、騎士団のオープン回線の周波数をご存知なのですか…?我々は……

 

 ルドビコ女学院にとって味方ではないはずです』

 

 

『っ……』

 

 

 何か苦いことを思い出すようなリリィ。

 

『…聞いてください。確かに学院は騎士団の配備を断り、表向きは袂を別ってきました。緋紐天ができたのも今年度の初めで、常駐もしていませんから…。

 

 しかし、全てのリリィがガーデンの方針に、必ずしも従っているとは限りません。貴方にも、身に覚えがおありでは?』

 

 

「……!」

 

 

 冬賀は一葉を思い出す。経緯はわからないが、彼女と似たリリィがルドビコにもいたのだ。

 

 

『私たちは騎士団に助けられ、その折に周波数を教えていただきました。ガーデンに傍受される前に通信を切らなくては…。ともかく、ルドビコには貴方方を味方としたいリリィもいます。それを忘れないでください。では……』

 

 

 それきり、通信は途絶えた。

 

 気づけば冬賀の機体各所から煙が上がっている。リアクター3基を収める機関部はオーバーヒート寸前だ。

 

 一葉との通信を繋ぐ。

 

『ルドビコ女学院へのヒュージの受け渡しに成功しました。戦闘続行は不能と判断し、これより帰投いたします』

 

 

 帰りの道すがら、開けたままにしておいた通信から戦況報告が聴こえてくる。

 

 結局、ルドビコのレギオンもあのヒュージを仕留めきれず、行方を追うことも叶わなかった。

 

(僕たちの負け…か…)

 

 不調もあって重い足取りがさらに重みを増した。影を引き摺りながら学園を目指す。

 

 

 

 鋼の巨人が、エレンスゲ女学園の裏手門を潜って帰還した。全身の装甲が歪み、あるいは剥がれ、両腕の武装はその役割を半分も果たせない状態にある。

 

 脚部ホイールと動力炉が収まる背中から薄い煙を上げつつ格納庫まで来ると、シャッターの前に一葉たちがいた。

 

『………』

 

「………」

 

「…お疲れ、冬賀」

 

 皆が押し黙る中、瑶が労いの言葉をかける。

 

『皆様も、お疲れ様でした』

 

 淡々と返しつつ、不安な顔で見上げる4人の前にゆっくりとしゃがむ。

 

「…貴方のスキルを、振り切るヒュージがいたのですね」

 

 誰も声を出さない、重苦しい場の空気の中、一葉が話題を切り出す。

 

『アヌビスの顎より、ヒュージを引きつける強い力があれば考えられることでございます。その正体は分かりかねますが。それより…』

 

 見慣れた顔が彼女たちの中にない。コックピットを開けて問いかける。

 

『……千香瑠様はどちらに?』

 

「先に部屋に戻って…。それきり」

 

『……』

 

 瑶の言葉に頷くと、冬賀は遠隔操作で格納庫のシャッターを開ける。

 

「冬賀。千香瑠様は今回のことに…かなりの責任を感じていらっしゃいます…。私たちにできることは……何かあると思いますか?」

 

 格納庫に入っていく彼の背に発せられた言葉。少し一葉に向き直る。

 

『今は、皆様にも千香瑠様にも休息の時間が必要です。その間に、千香瑠様がいつでも戻ってこられるよう準備をしておくのがよろしいかと』

 

「うん、今は待ってあげるしかないよ一葉」

 

「…そうですね」

 

 恋花にも諭され、一葉はしゅんとしながらも受け入れた。

 

「とーがは?平気なの?」

 

 見上げながら尋ねる藍。彼女を安心させるべく笑顔で答える。

 

『補修作業とスペアパーツの手配をこれより行います。4日以内には再出撃できるかと』

 

「無理はしないでくださいね、冬賀」

 

『かしこまりました』

 

 

 一葉への返答を最後に、今日のヘルヴォルとの会話が終わった。

 

 夕陽が差し込む格納庫の中で、修理を進めながら冬賀は考えに耽る。

 

(アヌビスの顎を上書きできるのは、原理的に僕より高出力の同じスキルだけ…。でも出力は僕の機体…クリバノフォロスが最高だし、近くに騎士は誰もいなかった……)

 

 作業アームのコンソールに、スペアパーツの手配が済んだ旨を伝える時雨からのメッセージが届いた。簡単に返信する。

 

(考えられるのは、僕ら(騎士)より良質なエネルギー…つまり純粋なマギを使う、リリィのレアスキルの類。ヒュージを呼ぶスキルなんて聞いたことないけど、ルドビコにはそんな力があるのかな……?)

 

 頭を振って思考を切り替える。

 

(いや、今は他所のことを考えてる場合じゃない。千香瑠さん……)

 

 

 

 消灯時刻が過ぎ、非常灯の侘しい明かりのみが長い廊下を照らす暗い寮棟。

 その一室で、千香瑠はベッドの上に座り込んで膝を抱えていた。

 

 眠れないのだ。

 疲れているはずなのに、今すぐにでも身体を休めなければならないのに。

 

 頭の中で今日の出来事と、“あの日”の出来事がぐるぐると巡り続ける。

 胸を締め付けるような圧迫感が、彼女に休息を許そうとしない。

 

 

(……一葉ちゃん…冬賀くん…。皆……ごめんなさい…私のせいで……)

 

 膝を抱え込む腕に、無意味に力を込める。

 

 

真琴(まこと)……私…)

 

 

 

 長い夜は、まだまだ続く……。

 

 





 黄色い目のヒュージ、ウヨウヨし始めましたね。ストーリーの中でキャラクターと対面しているのが、小説に起こす目処のないギガント級のミッションのみなのが救いです。
 今のところは…。

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