アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 大変お待たせしました。
 よもや1年越しの投稿になるとは思っていませんでした。特に難しい話だったのもありますが…。それではお楽しみください。



第10話 人形(ヒトガタ)の意志

 

 

 午前の太陽が時折雲に隠されつつ格納庫を照らす。その中で、冬賀は作業用のヤグラの上から、自らの半身であるクリバノフォロスの修理を行っていた。

 

 届けられたばかりのスペアパーツを天井から伸びるアームが掴み、機体へと取り付けている。忙しなく動くアームから発せられる熱が籠らないよう、彼は格納庫の窓とシャッターを全開にして作業しているのだ。

 

 

 狙い通り風が通って行く。

 雲が流れ、格納庫の入り口に落としていた影を運び去り……程なくして、今度は人の形の影が床の上にすっと伸びた。

 

(あ……)

 

 気づいた彼は作業アームを停め、ヤグラを降りる。そして、コンソールに繋いでいた間は折っていた右腕をパチンと元に戻し、やって来た人物の前に立った。

 

『おはようございます。いかがなされましたか?』

 

「………」

 

 俯き黙る彼女に、もう一度問いかける。

 

 

『…。千香瑠様?』

 

 

「…冬賀くん…」

 

 彼女は暗く、元気のない声で切り出した。

 

 

「私……ヘルヴォルを抜けるわ……。臆病で、まともに戦えなくて…。ごめんなさい…。お話しできるの、今日が最後かもしれないから…せめて、ご挨拶に……」

 

 

 それは、彼にとって意外な発言ではない。小さく頷いて返答を投げかける。

 

『決まったことであれば、止める権利は自分にはございません。……しかし、理由はお聞きいたしますが』

 

 千香瑠は項垂れたまま喋り始めた。

 

「…私が居ると、皆にも、貴方にも迷惑をかけるから…。足を引っ張るだけじゃないわ…。このまま私が居たら……私のせいで、誰かの命も、きっと…いつか……っ」

 

 今の彼女に、目の前に立つ小柄な冬賀の……機械に置き換えられた四肢と左眼は、余りにも痛々し過ぎた。

 

 込み上げてくる恐怖を抑えようと、自分の胴体を抱きしめる。それでも、身震いを止められない。

 

「…だから、私は、もう…」

 

 と、聴いていた彼が目を閉じる。

 

『……それでは、その選択は貴女の意思ではないのですね。そうであるならば……』

 

 一呼吸置き、目を開けた冬賀はキッと彼女の顔を見上げる。

 

 

 

『自分は貴女の選択を、肯定いたしません』

 

 

 

「……どうして…?」

 

 今にも泣き出しそうな、悲しみに染まった目で彼女は疑問を吐露する。

 

「私は…貴方と同じことをしているのに…。戦う以外になかった貴方と…」

 

 涙の溜まった目で続ける。

 

「他に選択肢なんてないのよ…?皆を…傷つけないように…死なないようにするには、これしか…。なのに、認めてくれないの…?」

 

 彼は明瞭に答えた。

 

『はい。自分と貴女には、決定的な違いがございます故に』

 

「違い…?」

 

 真剣な顔のまま、冬賀は続けた。

 

『確かに自分には選択肢はありませんでした。生きるためには、戦うしかありませんでした。しかし……』

 

 しっかりと千香瑠を見据えて言う。

 

 

 

『“仕方がないから”そうしたわけでは決してございません』

 

 

 

 

「……!」

 

 抑揚のない機械音声から発せられたとは思えない気迫に、千香瑠は息を飲む。

 

 

『自分で決めたのです。もう一度、どのような形であれ生きたいと、生きなければならないと、そう自分で……自分自身の“意志”で』

 

「貴方の…意志……」

 

『たった一つの選択肢でしたが、今の自分には微塵の後悔も、悲嘆も、憤懣(ふんまん)も、怨嗟もございません。自分の意志で、そうしたいと決めたことを覚えているのですから』

 

「………」

 

 醸し出される力強さに彼女が絶句する間に、冬賀が畳み掛ける。

 

 

『しかし、貴女はいかがでしょう。先程の貴女の選択に、貴女の意志はございましたか?“仕方がないから”と、決めつけ、諦めた結果の選択ではございませんか?』

 

 

「っ……!」

 

 一歩、冬賀が詰め寄った。気押された千香瑠は後退る。

 

「仕方ないのは…事実なのよ…。こんな私の実力じゃ、皆に迷惑をかけて、傷つけて……」

 

『ご理解ください』

 

 彼女の言い分はぴしゃりと遮られた。

 

『貴女がヘルヴォルから居なくなることで、藍様も、瑤様も、恋花様も、一葉様も傷つきます。大切な仲間を一人失う、その痛みは、貴女ご自身もよくご存知のはずです』

 

「っ!」

 

 彼女の胸の奥がズキリと軋む。ここしばらく、彼女を苛み続けた思い出が再び、鮮明に蘇った。

 

『そして誰より多くの仲間を一度に失うのは、他ならぬ貴女です。最も深く傷つくのが貴女なのです。貴女の意志でもなく、ただ人の心が()()()()()()()()の選択を、自分は絶対に肯定いたしません』

 

「…ぅっ…」

 

 雲の影に覆われた千香瑠の瞳から、遂に涙が溢れ始めた。

 

「でも…っ…!私が…ヘルヴォルに……皆と一緒に居ていい…理由なんて…っ!」

 

『充分ございます。貴女が作ってくださったお菓子が、藍様や瑤様を笑顔にしました。恋花様も一葉様も、活動の励みにされています。自分もです。皆様は貴女と―』

 

「そんなのっ!!」

 

 泣きながら、彼女は首を振って叫んだ。

 

 

「そんなの…ただの…っ!くだらない自己満足よ…!これくらいしか、私にできることなんてないんだもの…!!」

 

 

 目を閉じて泣く彼女には何も見えない。

 

 が、腕を握り込む手に、冷たい金属が触れたことを感じた。

 

「……?」

 

『…千香瑠様』

 

 呼ばれて目を開けると、彼女の手に冷たく、しかして優しく触れる冬賀の指と、彼の穏やかな笑みが、涙の向こうで霞む視界に写る。

 

『その“くだらない自己満足”を、人類は言葉を得て以来、素敵な名前で呼び続け今日(こんにち)に至りました。

 

 

 

 曰く、“愛情”と』

 

 

 

「…あ、あい…じょう…?」

 

 ぽかんとした千香瑠には、おうむ返ししかできなかった。

 

 

『……千香瑠様、自分はこの身も心も、一度は死んだものです。身体はパーセンテージで言えば機械で、力も居場所も借り物で、持っているのは責任くらいのものです』

 

 以前にも聴いた内容に、彼女が顔を拭いつつ頷く。まだ涙は止まらない。

 

『しかし、心だけはしっかりと、自分の物として生き返ったと断言いたします。なぜなら、自分の心で未来を決め、選択に意味を与えたことを知っていますから』

 

「………」

 

 

『それができたのは……騎士団の本部で、自分に対し愛情を込め、育ててくださった方がいらっしゃるからです』

 

 

 今も本部から見守る時雨(しぐれ)を思い出しながら、彼は優しい顔で語りかける。

 

『リリィとして戦うだけなら、愛情は必要不可欠ではないでしょう。しかし、愛情は人の心を育み、守ります。愛情を持つ貴女は、“人の心と想い”を守る盾の乙女(このレギオン)に欠かすことのできない方なのです』

 

 

「あ……」

 

 千香瑠は思い出した。入学式で、一葉が言っていたヘルヴォルの方針を――

 

 

『私は、この世界の全ての人を守りたい。そして、共に戦う仲間を守りたい』

 

 

 

  ――彼女が、美しいと感じた想いを。

 

 

 

 雲が切れる。暖かな日光が千香瑠の上から差してきた。

 涙が止まり、はっきりとした視界には、光を受けて銀色に煌めく冬賀の腕が写る。

 

 

『千香瑠様。自分はたった一つの選択肢を、自分の意志で選び取ることができました。これと同じことを貴女も……選択肢の数が違うとしても、やらなければなりません』

 

 

「…私の意志で……決めていいの…?」

 

『はい。それができ、選択に意味を与えられるのも…貴女ご自身だけですから』

 

 冬賀は千香瑠の手に触れているのとは逆の手で空を指差した。

 

 千香瑠も見上げた先では雲が流れた。じきに晴れ間が訪れる。

 

『雲を運ぶ風も、地上に注ぐ太陽光も、自然の法則という事実に基づき“仕方なく”動いています。しかし、人は違います。自らの行動の理由を、自らの意志のみにすらできるのです』

 

「………」

 

 千香瑠の指が、冬賀の手から自然に離れた。

 

 

『千香瑠様、ヘルヴォルから抜けるという件についてもう一度、お考えください。リリィである前に人として、貴女の意志に従って……貴女の心を理由に、改めて決定を下してください。そのときは、どのような形であれ自分は肯定いたします』

 

 

「……ええ、わかったわ」

 

 最後に涙を拭った彼女の顔は腫れていたが、同時に前より晴れやかになってもいた。

 

「冬賀くん…」

 

 頷き、格納庫の中に戻ろうとする彼を、千香瑠が呼び止めた。

 

 振り向いた彼に、彼女は久方ぶりの笑顔を見せる。

 

 

「ありがとう……」

 

 

「フ……」

 

 彼も安心した笑みで返す。

 

 校舎へと戻っていく千香瑠を見送ると、彼は格納庫の中に鎮座する自らの半身に向き直った。

 

(僕たちはまだまだ、ただの機械人形じゃあ……絶対に終われない…終わらないんだよ…。そうだよね、クリバノフォロス…!)

 

 決意を改め、彼はもう一度ヤグラへと登り、修理作業を再開する。完成は間近だ。

 

 

 

 

 同じ頃。

 

「………」

 

 ラウンジにて、険しい顔で押し黙る一葉に近づく人影があった。

 

「怖い顔、してんのね」

 

「恋花様…」

 

 一葉はテーブルから彼女を見上げる。と、彼女の正面に恋花も座った。

 

「この間のこと…もっと言えば千香瑠のことでしょ?」

 

「……はい」

 

 暫しの間を開けて頷く。一葉は教導官に呼び出され、先日の“失態”について()()を受けていたのだ。

 

エレンスゲのトップレギオン(ヘルヴォル)に序列84位が名を連ねる……まあ、学園にとっては自分たちの作り上げたシステムの否定に繋がること」

 

 表情を曇らせつつ、恋花が続ける。

 

「ヘルヴォル結成当初から、学園側はチャンスがあれば、千香瑠を外したがってたんじゃない?それに今回、あたしたちが隙を見せた……まあ、展開としては当然こうなるでしょうね」

 

「……今日は、千香瑠様は…?」

 

 前回の出撃から、1度も顔を見ていない。一葉にも察しはついているが、念のため確認しておく。

 

「控室には来てない、学園も休み。あの戦闘以来、今日で4日目。藍と瑤もお見舞いに行ったけど、体調が悪いからって会えなかったらしい。……責任、感じてんだろうね」

 

 一葉はテーブルに視線を落とし、あのときのノインヴェルトを思い出しながら俯く。

 

「そんな必要ないのに…。初めての運用。練習とは違う。上手くいく確率の方が低かった」

 

「それでもノインヴェルトを選んだのは、圧倒的な戦績をあげて千香瑠のことを、学園にとやかく言われないようにしたかった……そうでしょ?」

 

 恋花が繋げた一葉の言葉。彼女は素直に受け入れる。

 

「はい。……でも」

 

「ラージ級を逃してしまった。ま、結果論でしかないって。あのまま続けててもラージ級は逃げようとしただろうしさ。あの場で決着をつけるなら、あたしでもノインヴェルト戦術を選ぶ」

 

 聞いていた一葉が顔を上げ、恋花に問いかけた。

 

「…恋花様は、千香瑠様のことをどう思われますか?」

 

「ん?」

 

「以前、戦闘シミュレーションの結果と考察を見たとき、千香瑠様に気になるところがあると…」

 

「……うん」

 

 腑に落ちないところを思い出し、恋花が難しい顔で頷いた。

 タブレット端末を取り出し、まとめられた千香瑠のデータを表示する。

 

「どうにもこうにも、シミュレーションの結果がよすぎんの。まあ、それ自体はいいことなんだけどね…。このシミュレーション、結構ちゃんとした結果が出てんだよ。あたしも、瑤も一葉も。冬賀との連携も、実戦と大差なかったっしょ?」

 

 頷く一葉を見ながら、恋花が続ける。

 

「シミュレーションの結果と実際の戦績は、同じ状況ならほぼ同じ数値を示してる。でも、千香瑠に関しては、シミュレーションだと()()()()()いい結果が出る。……純粋な戦闘技術で言ったら、あたしや一葉よりも多分上じゃない?」

 

「……恋花様も、そう思いますか」

 

 一葉もおおよそ、思うところは同じであった。

 

「私がノインヴェルト戦術を考え始めたのも、エレンスゲの資料で、千香瑠様の的確なフォローやマギの技術を知ってからです。…でも実際の戦闘では、その力を出し切れていない…」

 

「本番に弱いタイプってことかね、これは」

 

「かも…しれません」

 

 重たい空気の中、恋花が話題を切り出す。

 

「……昨日、冬賀と話したんだ。多分、マズったのはあたしらだよねって」

 

「………」

 

 一葉は黙って彼女の話を聞く。

 

「冬賀はパスが回される方を先に攻撃されると思ってなかったから、フォローが遅れて損傷したし。あたしも千香瑠を庇ったときにちょっと怪我した。千香瑠の動きが固くなったのは、明らかにこのときだったよ……」

 

 以上を踏まえて、彼女は千香瑠の性格を一言にまとめる。

 

「戦場に立つには、優しすぎるのかもね。千香瑠はさ」

 

「………」

 

 再び俯く一葉の肩を、笑顔の恋花が軽く叩く。

 

「ま、悪く考えても仕方ないって!こればっかりは、千香瑠が歩み寄ってくれないと…仕方ない」

 

 タブレットを片付けると、恋花はテーブルを離れる。

 

「さて。んじゃ、あたしは控室に戻ってる。一葉もほどほどにね」

 

 一葉はやや困り顔で返した。

 

「はい…。ありがとうございます」

 

 

 

 

 数時間後。

 陽が少し傾き始める頃にエレンスゲ女学園は放課後を迎えた。一葉は校舎の中を歩く。と、通信機から通知音が鳴った。

 

(ん?…冬賀から…)

 

 起動すると、彼女の通信機に新しいメッセージが届いていた。中身を確認する。

 

(……よかった、彼の機体の修理はもうできたらしい。あとは……)

 

 少し安堵し、校舎内を一通り巡ってから外へ歩みを進める。

 

(……結局、今日も千香瑠様は学園を休んでた…。明日には、来てくれるといいんだけど……)

 

 

 すると。

 

 

「一葉ちゃん」

 

 

「!…千香瑠様!」

 

 背後に現れた彼女に驚きつつ振り返る。千香瑠は少しだけ悲しそうな顔で立っていた。

 

「大丈夫ですか、体調のほうは」

 

「ありがとう、大丈夫。ごめんなさい。心配かけたみたいで」

 

 申し訳なさそうに微笑む彼女に、一葉も笑顔で返す。

 

「いえ!戻ってくださったなら、それで十分ですよ!」

 

 すると、千香瑠がおずおずと話を続けた。

 

「その……そのこと、なんだけど…。相談があって…」

 

「相談、ですか?」

 

「ごめんね。場所を変えても、いい?」

 

 千香瑠は変わらず申し訳なさそうにしているが、同時に確かな意図があって会いに来ていると、一葉は感じ取った。

 

 

 

「ここなら、誰にも聞かれることはないですよ」

 

「ありがとう、一葉ちゃん」

 

 2人がやって来たのは寮棟の裏庭、その一角。植物が繁茂していて薄暗い。都会っ娘のリリィには近寄りがたい場所である。特にこのガーデンならば、望んでここを訪れる者はまずいない。

 

「それで、相談というのは――」

 

 千香瑠は思い切って話題を出す。

 

「私、ヘルヴォルを抜けようって、思っていたの……」

 

 

「え……」

 

 一葉にとって、千香瑠の口からは最も聞きたくない類の言葉であった。

 

 呆気に取られる間に、千香瑠は続ける。

 

「ほ、ほら。私、あんまり上手く戦えてないでしょ?……私、怖がりなの。戦いになると、急に臆病になっちゃって……。ほんと、笑っちゃう」

 

 その笑みは、完全なる自嘲であった。

 

「こんなんじゃ、たくさんの命を救うリリィになんて、なれっこない…。実力不足なの、私は…」

 

「千香瑠様……」

 

「……ほんとは、ヘルヴォルなんて名誉あるレギオンに居ちゃいけないこともわかってる。84位だし」

 

「そんなこと……」

 

 一葉の否定の言葉を、千香瑠は速やかに遮った。

 

「皆の、足手まといになってることも、知ってる…。私が1番わかってるわ。だけど…」

 

「……?」

 

 少し俯いた後、千香瑠は一葉と視線を合わせた。

 

「今日、冬賀くんに…ヘルヴォルを辞めたいって話したらね。考え直すように言われたの。私、辞めなくちゃって思ってて…。でも、これが私の…ほんとの気持ちじゃないから…。私の“意志”で、決めなきゃいけないって、言われたのよ…」

 

「彼が…?」

 

「だから……」

 

 冬賀を思い出す一葉に、千香瑠は問いかけた。

 

「貴女の意志を聴かせてほしいの。……どうしてなの?一葉ちゃん、どうして私を選んだの?」

 

 不安な顔のまま、一葉に初めて胸の奥を打ち明ける。

 

「ずっと疑問だった。でも、一緒に居るほど…絆が深まるほど、聞けなくなった…。相談もできなくなった…。魔法が、解けてしまうような気がしたから…」

 

 

 それでも、彼女は再び問いかける。

 

 

「どうして、私なんかをヘルヴォルに……」

 

 

 一葉は、

 

 

 

 

 ふっと笑い、自信たっぷりに返答した。

 

 

「…美味しい紅茶を淹れてくれるから、です」

 

 

「こ…紅茶…?!」

 

 奇しくも、冬賀と似たり寄ったりの言葉が返ってきた。驚きのあまり、彼女は声を上げる。

 

「そ、そんな理由!?私は真剣にきいてるのよ?!」

 

 一葉も表情をキッと結ぶ。

 

「私も真剣に答えてます!……ヘルヴォルのメンバーを選ぶにあたって、勝手ながら皆様のことは…瀑銀隊も含めてですが、よく調べさせていただきました」

 

 皆を思い出しながら、一葉が続ける。

 

「実力、経験共に申し分のない恋花様、瑶様。評価されずとも、ずっと学園を支えてきた信頼と実績のある冬賀。未知数の戦闘力と伸び代がある藍……」

 

「でも、私は……」

 

 自信のない千香瑠に、一葉は笑顔を向ける。

 

「ご存知でしたか、千香瑠様。貴女が所属されたレギオンの任務達成率は、とても高くなります」

 

「それは、たまたま所属したレギオンの皆が凄かったからで……」

 

「では、千香瑠様が所属されたレギオンは、他のレギオンに比べてストレス値が凄く低く出ることは知っていましたか?」

 

 

「――え?」

 

 ぽかんとする千香瑠。一葉はしみじみと、これまで彼女がいた控室の様子を思い返す。

 

「千香瑠様がそこに居て、紅茶やクッキーを出して、いつもにこにこ話をしてくれる。相談すれば一緒に悩んでくれて。悲しいことがあれば、一緒に悲しんでくれる。……そういう存在が、戦いの中でどれだけの意味を持つか、考えたことはありますか?」

 

「あ……」

 

 千香瑠は、冬賀が言っていたことを思い出す。

 

 

 ――“人の心と想い”を守るこのレギオンに、欠かすことのできない――

 

 

「命のやり取りをする中で、そういう“安らぎ”が人を支えてくれるんです。戦う()()や、生き残ろうとする()()を支えてくれるんです」

 

 意志という言葉が、今はすっと千香瑠の心に響く。

 

「千香瑠様には、そういう力があるんです。人の気持ちを和らげ、前向きにしてくれる力が」

 

 一葉は徐に通信機を取り出し、1通の文書を表示する。

 

「以前、冬賀が騎士団の報告会に行っていましたよね。これは学園(ガーデン)に送られた、そのフィードバックです。リリィへの評価が昨年度末と比べて前向きになっていますが、これには千香瑠様の存在が大きかったと、彼も言っていましたよ」

 

 嬉しそうな一葉に、千香瑠は疑問を呈する。

 

「でも、それが直接、戦いの役に立つことは―」

 

「ありますよ!ストレスが戦闘状況に与える悪影響については、はっきりとした研究があります!実際、千香瑠様の所属するレギオンは立派な戦績をあげていました。……何より、『全てを守る戦い』には、千香瑠様のような優しい方が必要なんです」

 

 一葉は優しく千香瑠の手を取る。

 

 

楯の乙女(ヘルヴォル)には、私には…千香瑠様、貴女が必要なんです」

 

 

 誰かに必要とされ、求められる言葉。今日まで久しく千香瑠が聞いていなかったそれは、彼女にとってもまた、必要なモノだったのかもしれない。

 

 不意に流れた涙を拭い、一葉の手を握り返す。

 

「私……ここに居てもいいの…?」

 

「もちろんです。お願いします」

 

「……一葉ちゃん…」

 

「はい」

 

 

「私みたいなのでも、誰かのために戦えるなら……」

 

 一度閉じ、自分の中に芽生えた“意志”を感じて……彼女は明るい緑の瞳を開く。

 

 心からの微笑みと共に。

 

「私、頑張るわ」

 

 頷き、手の力を緩める一葉。2人の手は自然に離れた。

 

「それなら、トレーニングも頑張らないと!戦いで足を引っ張ったら、やっぱりダメだもの」

 

「はい、千香瑠様!そこにも期待しています!」

 

 普段通りの元気のよい返事に、千香瑠は少し圧倒された。

 

「冬賀の機体も直ったようですし、これから久しぶりに、全員が揃った訓練を…!」

 

「あ、あんまり期待されると…失望させちゃうかも、だけど」

 

「大丈夫ですよ!」

 

 そう言うと一葉は声のトーンを落とし、こっそり話すように彼女に寄り添った。

 

「ここだけの話ですけど。恋花様が、実力で言えば千香瑠様は、ヘルヴォルの中でもトップじゃないかって…。つまり千香瑠様は、エレンスゲでもトップクラスの実力ということになります」

 

「わ、私が?!」

 

「はい!あの辛口恋花様が言うんだから、間違いありませんよ!」

 

「まあ。それじゃあ…ふふっ。頑張らないと」

 

「はい、血反吐を吐くまで頑張っちゃいましょう!」

 

「ええ、頑張って血反吐を吐くわ」

 

 普段と同じ、冗談が聞こえない会話。その空気を

 

 

  一葉の通信機の着信音が掻き消した。

 

 

「瑤様から…。はい、一葉です」

 

 彼女の淡々とした説明が聞こえる。

 

『東京の西側でヒュージが出現。ヘルヴォルと瀑銀隊にも出撃命令が出た』

 

「ヒュージが?!」

 

『うん……エリアディフェンス内で発見された』

 

 一葉には思い当たる節がある。

 

「ひょっとしたら、先日逃した、あの……」

 

『かもしれない。千香瑠への連絡は……』

 

 

「私も行くわ!!」

 

 

 多少なりとも驚いたのか、数瞬の間を置いて瑤が返答。

 

『……千香瑠も、そこに居るの?』

 

 差し出された一葉の通信機に顔を寄せ、力強く瑤に伝える。

 

「ええ!一緒に行きます!待っていてね!」

 

『……わかった。待ってる』

 

 通信が切れる。今度は千香瑠が一葉の手を取った。

 

「さあ!急ぎましょう、一葉ちゃん!」

 

「はい、千香瑠様!」

 

 2人で一緒に駆け出す。仄暗い裏庭から、眩い太陽が向かう西の方角へ。

 

 

 

 

 

(君も大変だね。組み上がったその日からいきなり戦闘なんて…)

 

 新品同様の輝きを放つ銀色のクリバノフォロス。冬賀は操縦席に飛び込むや機体と神経系を接続し、動作確認を手早く済ませた。

 

『一葉様。こちら瀑銀隊。出撃準備が完了いたしました。合流地点につきましては――』

 

 

『冬賀くん!』

 

 

 一葉の通信機にかけたのに、予想外の人物が応答した。

 

『……千香瑠様』

 

『合流地点は今送ったから、そこに来て!……冬賀くん』

 

『はい』

 

 

『私…決めた。戦うわ!皆と…貴方とも一緒に!これからも…!!』

 

 

「……」

 

 彼が鋼の兜の下で、静かな笑みを浮かべると同時に格納庫のシャッターが開ききる。

 

『………かしこまりました。クリバノフォロス-Sgr(サジタリウス)A(アダプテド)。湖穣冬賀、出陣いたします』

 

 通信を切るや、足元の高速移動用ホイールが唸りを上げて急回転。

 

 大剣と盾……大型チェーンソーとガトリング砲付き装甲パネルを携えた巨人の重騎士が、格納庫から飛び出した。裏手門に続く通路を、加速しながら突っ切って行く。

 

 もう空はすっかり晴れている。銀の鎧は橙の陽射しを受け、炎のように煌めいた。

 

 

 

 

『□□□ッ!!?』

『□□!』

『□□□□!!』

 

 荒れたビル街に響くヒュージの断末魔。割れ砕ける怪物たちを尻目に、一葉が通信を繋ぐ。

 

「ヘルヴォルよりエレンスゲ司令部へ。ターゲット撃破!次の目標をお願いします!」

 

『ラージ級ヒュージの出現を確認。先日ヘルヴォルが逃したものと、同個体との確認が取れた』

 

「!!」

 

「……ッ」

 

 千香瑠と冬賀が息を呑む中、司令部の教導官が続ける。

 

『目標は作戦区域A5を東に移動中』

 

「…!すぐ近く!冬賀!」

 

『はい。スカラベウスを送ります』

 

 リリィとヒュージに目視されない偵察ドローンが、彼の意思に反応してラージ級を探しに向かう。

 と、教導官の冷徹な声が通信機から流れる。

 

『直ちに向かい、これを必ず撃滅せよ。2度目の失敗は許されない。心して当たれ』

 

「了解!」

 

 

 

 通信が切れた瞬間、少し離れた場所からズンと音が響いた。

 

「爆発音…?今の音がラージ級?」

 

「送られて来たデータと位置がぴったり一緒。主張の激しいヤツね」

 

『形状も合致しました。間違いございません』

 

 瑤と恋花、冬賀の話を聞き、一葉が全員に向き直る。

 

「皆様、聞きましたね。すぐ行けますか!」

 

 真っ先に藍が笑顔で手を挙げた。

 

「やったやった!まだ戦えるんだね!藍はいつでもオッケー!」

 

「マギもまだ残ってる!イケるっしょ!」

 

 恋花も威勢よくチャームを構え直す。

 

「敵に気づかれていない今なら、ノインヴェルト戦術で……」

 

 

「待って」

 

 

 ポケットを弄る一葉の言葉を、不意に彼女が遮った。

 

「どうしたの、千香瑠?」

 

「試してみたいことがあるの」

 

 決意を宿した顔で、彼女が口を開く。

 

「私と冬賀くんが囮になって、敵の注意を引くから……。予定ポイントに入ったら、皆で包囲して攻撃をお願い」

 

「…!」

 

 クリバノフォロスのコックピットで冬賀がぴくりと反応する。同時に恋花が声を上げた。

 

「いや、それじゃ千香瑠たちの負担が大き過ぎ…」

 

「待ってください、恋花様!……勝算があるのですね、千香瑠様」

 

 一葉からの問いかけに、彼女は力強く応えた。

 

 

「ええ、あるわ!」

 

 

「皆様、千香瑠様の作戦でいきましょう!」

 

『かしこまりました』

 

 即断、即決の一葉と冬賀。藍がやや呆気に取られていた。

 

「え?えっ?つまり、何するの?」

 

「隠れて、敵が近づいて来たら、合図で一斉攻撃」

 

 瑤のかいつまんだ説明に、笑顔で納得する。

 

「わかった!かくれんぼだね!」

 

「移動しながら攻撃地点を定めましょう。恋花様、潜伏するポイント、お願いできますか」

 

「……わかった。冬賀。ドローンの映像、こっちに回して」

 

『では直ちに』

 

 恋花が軽く振って見せる通信機に、冬賀がスカラベウスの視界を中継。映像を読み込みながら、今度は千香瑠の方を向く。

 

「やるからには成功させてよね、千香瑠。冬賀も」

 

「ええ!」

 

『お任せください』

 

「では皆様、かくれんぼ作戦……スタート!」

 

「はい!」

 

 迷いのない千香瑠の声を合図に、ヘルヴォルが一斉にクリバノフォロスに掴まる。それを確認するや、冬賀は脚部ホイールにて一気に加速した。

 

 

 

 一直線に伸びる幹線道路の上に、崩れ落ちたバイパスが横たわる。一見、千香瑠はその瓦礫の上に立っているようだが……。

 

「狙撃ポイントは、ここ。さすが恋花さん。この短時間で、絶好の位置を…」

 

『ガトリング、対空射撃形態へ。千香瑠様、間もなくです』

 

「ええ」

 

 足元から声が聞こえると同時に、動作音と共にガトリング砲が迫り上がって正面に向けられる。

 

 彼女は銀の巨人の右肩に立っていた。

 冬賀は左腕の肩から下を180度後ろに回し、そこから後ろに持ち上げることで得物を頭上に突き出しているのだ。

 左肩の上にガトリング砲を担いだ格好になっている。

 

 こうしなければ、瓦礫ですっぽり隠れている冬賀は千香瑠と共に攻撃ができない。

 

『既にスカラベウスが、レーザー照準で捕捉しておりますので…ヒュージはおそらく容易に――』

 

「――見つけたわ!」 

 

 遠くに蠢くはラージ級ヒュージ。浮遊する台座に乗った水晶のような形をしていて、胴体に鋭い刃の付いた触手を隠し持つ。

  

  

 

    +++

    +++

    +++

 

 

 

 

 冬賀のセンサーと千香瑠の瞳が、同時にヒュージと、その体表に浮かぶ赤い光の格子を捉えた。

 

 ヘルヴォルの皆は既に配置についている。通信機から一葉の声が響いた。

 

『千香瑠様と冬賀の射撃で、状況開始です』

 

 冬賀のガトリング砲が、エネルギーが充填され始めると同時に回転を始める。

 

  キュイィィィィィィィィイイイイイ…

 

 高くなっていくモーターの唸り声が、空気を一気に引き締めた。

 

 赤い光の孔子模様に、千香瑠もチャームにて狙いを付ける。

 

(手が震える…。だけど…)

 

 朝の冬賀とのやり取りを思い出し、彼女は恐怖を抑え込む。

 

「これが私の意思…!大丈夫、やれるはず!やらなきゃ……」

 

 と。

 

『…ん?ラージ級が方向を変えた……ヤバっ!あっちには市街地がある!』

 

 悲鳴にも似た恋花の声が聞こえた。

 

『冬賀、今すぐスキルで呼んで!』

 

 彼女の要望を、彼はすぐさま却下する。

 

『有効範囲外です。……ですが、千香瑠様は…』

 

「状況開始するわ!」

 

 込めるマギを増やせば、射程距離も伸びるリリィのチャーム。放たれた弾は威力をもちろん落としながらも、ヒュージの装甲を掠めた。

 

「射程ギリギリの、ロングレンジからの連射…!気付いて!」

 

 ダメージにならない攻撃が再び命中。

 

『………□□□□!』

 

 身に覚えのあるマギの気配にヒュージが反応。動きを止めて触手を展開し、振り回す。

 

「怒りなさい!私はこっちよ、ヒュージ!」

 

 触手を閉じ、千香瑠たちに振り向く。そこにさらに射撃が当たる。

 

「もっと!もっとよ!こっちに来なさい!!ヒュージ!!」

 

 

『□□…』

 

 

 釣れた。

 その確信と共に、千香瑠は心の中で呟く。

 

 

(私が怖いのは…戦場で傷つくことでも、死んでしまうことでもない。……私が怖いのは――)

 

 動きを止めていたヒュージが、こちらに向けて加速を始める。

 

『ラージ級、方向転換!こちらに来ます!』

 

 

  あまりにも猛烈な加速を。

 

 

『速い…!』

 

『ちょっとちょっと!ジェット機じゃないんだから!でかい図体してなんて速度なの!これじゃ攻撃の前に包囲を突破されるって!!』

 

『ルドビコが取り逃したのも、納得』

 

 対照的なリアクションをする恋花と瑤。一葉の指示が飛ぶ。

 

『冬賀!早くスキルを!!』

 

 冬賀は額から汗をひと滴流し、彼女に答える。

 

『まもなくヒュージは効果範囲内に入ります……が、残念ながら一葉様。アヌビスの顎が止められるのはマギのみです。それが単純な運動エネルギーに変わった今、あの速度はもう止められません』

 

『そこまで万能じゃないか、流石に!』

 

『このままじゃ、とーがと千香瑠にぶつかっちゃうよ!』

 

 恋花と藍の声を聞き、一葉が千香瑠を呼んだ。

 

『作戦変更。千香瑠様、冬賀とその場を離れてください!』

 

 が、彼女は首を振る。

 

「……逃げないわ。冬賀くん、付き合ってもらっていいかしら」

 

『かしこまりました』

 

『えっ?』

 

 回転を続けるガトリングの砲身の上に、血色の稲妻が閃いた。

 困惑する一葉に、千香瑠が淡々と説明する。

 

「ミドルレンジからの射撃で弾幕を張り、冬賀くんのスキルを合わせて勢いを殺します!その隙に仕留めてください!」

 

『それは危険すぎるっ……』

 

「お願い!やらせて恋花さん!!」

 

『と、冬賀…』

 

 

『恋花様、もう一度申し上げます。……お任せください』

 

 

『あんたまでやる気なの…』

 

 半ば呆れているような恋花の声。一葉は2人の意思を汲む。

 

『…了解!各自、ヒュージに気づかれないよう、予定ポイントからさらに包囲を狭めてください!』

 

『ちょっと一葉!?』

 

 恋花の制止はもはや意味がない。

 近づいてくるヒュージに、千香瑠が更なる呼び声をかける。

 

「ヒュージ!!私たちはここにいるわ!貴方と戦うために!!」

 

 

(ガトリング、射程に到達……)

 

 冬賀が独白したその時点で、ヒュージの速度は最大になっていた。

 

「速い!照準が追いつかない…!でも…!!」

 

 

(この速度なら、レーザー補正システムで!!)

 

 

 ドガガガガガガガ!!

 

 

 豪速のヒュージの体表にて輝く孔子模様を、冬賀の射撃が過たず捉えて弾丸を叩き込む。

 

 

 その射線を読み、千香瑠も攻撃を合わせた。

 

 

 

『千香瑠…冬賀と射線を合わせて……!』

 

 

 驚く瑤の声を聞きながら、千香瑠は再び心に呟く。

 

(私が本当に怖いのは……戦いの中で大切な人たちが倒れること…!)

 

 

「大切な人を守るためなら、私はいくらでも戦える!どんな敵も恐れないわ!!」

 

 

 2人掛かりのピンポイント連続射撃が、ヒュージの装甲を的確に剥がす。

 

『ヒュージ、予定ポイントを通過!千香瑠様!冬賀!』

 

「ふっ――!」

 

「ッ……」

 

 チャームにマギを込め直す千香瑠。それと同時に、冬賀は頭の装甲を開いた。

 

(マギを全開にした連射…!これで……!)

 

 

 ヒュージの装甲が抉れた。速度がやや落ち…その瞬間。

 

『動き、鈍った…!』

 

『ヘルヴォル各位!一斉攻撃、開始!!』

 

 周囲のビルに潜んでいたヘルヴォルのメンバーが攻撃を開始。ヒュージは触手を展開し、周りの建物を薙ぎ払わんと――

 

 

「怖くなんかないわ!貴方なんか!!冬賀くんっ!!」

 

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、瓦礫の後ろから飛び出す。その喉には、十分なエネルギーが溜め込まれていた。

 

(確かに、もう君の速度は止められなかったさ、ヒュージ…。だけど…!)

 

 

  ドウッ!!!

 

 

 

 アヌビスの顎が、ヒュージにガッツリと喰らいつく。

 

 

(攻撃なら止められるんだよ!!)

 

 

 ヒュージの触手が動きを止めた。

 浮力も失い、アスファルトに激突しながら速度を急激に落とすヒュージに向かい、2人で突撃を敢行する。

 

 千香瑠の手にあるチャームは槍となり、冬賀の右腕のチェーンソーが灼熱を纏った。

 

 

「誰かを守るためなら、私は――私たちは戦える!」

 

 

 チェーンソーがヒュージの胴体を……装甲が抉れた部分を焼き切る。

 

 その奥にある中枢部を、巨人の肩に乗った千香瑠、彼女のチャームから伸びた光刃が―

 

 

「私たちの、意志で!!」

 

 

  ――貫いた。

 

 

 勢いそのまま、2人はヒュージの横を駆け抜ける。

 

 

『□□□□□□ッ!!!』

 

「「!」」

 

 

 踏み止まって振り返ると、体液を撒き散らしながらも息を吹き返したヒュージが、最期の抵抗とばかりに2人…正確には冬賀目掛けて触手を振り下ろしていた。

 

 

「はああああああああっ!」

 

  ガキィイイン!

 

 

 その触手を、颯爽と飛び込んで来た一葉が弾き返す。

 

『□□…□□…ッ』

 

「私の仲間は、傷つけさせません…」

 

 

 巨人の左肩に降り立った彼女の、その言葉を聞いた瞬間が……ヒュージの最期であった。

 

 

「か…一葉ちゃん……」

 

「よかった、間に合いました」

 

『ありがとうございます、一葉様』

 

 安堵の息を吐きつつ、礼を言う冬賀。一葉はしゃがんで彼と目を合わせた。

 

『最後の攻撃は、自分では防ぎきれなかったでしょうから。助かりました』

 

「いえ、こちらこそ」

 

 微笑み合う2人。すると。

 

 

「一葉ちゃん!!冬賀くん!!」

 

「わ、ち、千香瑠様?!」

 

『どうされ「ピガガガガッ?!」

 

 感極まったのか、涙を流しながら…千香瑠が2人に飛びつく。

 

「な…なんで…私たちを抱きしめて…?」

 

「ピガガ…ガ…」

 

 ほとんど頭だけを露出させている冬賀は、首を締められている状態なのだが。構わず、千香瑠が続ける。

 

「私、ヘルヴォルに居たい…!皆と戦いたい…!!私も……私も、誰かを守れる、リリィになりたい……!」

 

「……はい。大丈夫ですよ、千香瑠様」

 

 一葉が優しく抱きしめ返した。時を同じくして、ヘルヴォルのメンバーも集まって来る。

 

 

「あ、仲良し。いいな、藍も混ざりたい」

 

「藍、ラブラブの邪魔はしちゃダメ」

 

「な、瑤様!?そういうのじゃないですから!」

 

「ピ……ガ……」

 

「ちょっと千香瑠!?冬賀がヤバいって……ま、まあ、何はともあれ……」

 

 わざわざクリバノフォロスに登って引き剥がすのも野暮に感じ、恋花は夕焼けに染まる空を見上げた。

 隣に立つ瑤も、夕陽を眺める。

 

「うん。一件落着」

 

 

「一葉ちゃん!冬賀くん!」

 

「く、苦しいですよ千香瑠様!」

 

「ピ……ピ……」

 

 

 千香瑠の抱擁は、彼女が満足するまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 学園の居住区画に戻った冬賀はクリバノフォロスの整備を終え、騎士団本部から送られてきたメールを確認していた。

 

 正にその瞬間、コンピュータに新たなメッセージが届く。

 

「……」

 

 文面を見ると、彼は画面に自分の予定表を呼び出した。

 

(クリバノフォロスの新型試作機、製造完了か…。僕がパイロットの一人…。受領の日程、組まなきゃ…。ミッションレコーダーも必要って、時雨さんが言ってたっけ。いつ送ろう…)

 

 

 彼の夜は、もう少しだけ長く続いた。

 

 





 さて、百合ヶ丘編のためにアニメ版を観返さなきゃ…。
 プロットはできているので、投稿は続けます。
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