アサルトファング Bestia Oratorium 作:羽桜千夜丸
灼銅城司令部の地下。
格納庫で秋展が武器の手入れをしていると、もう1人の隊員も入ってきた。
「………」
「お、
スラリとした体格の青年……
背中と両肩には、針状の細長い棒が何本も収められた装甲パネルが合計4つ付いている。
開かれたフェイスガードの下には鋭い目つきの顔と、濃いグレーの髪があった。
「動作確認だっけ?どうだった?」
「……問題ない」
静かに、低い声で返答した棗。機械鎧に繋いだタブレット端末のデータを見ながら、秋展の隣に座る。
「……。吹っ切れたと聞いた」
「え…?ああ、EXスキルのことか。まあ……使うことに躊躇いがなくなったわけじゃねぇけど…覚悟はできたぜ。ただ…それ以上の問題があるんだよな……」
「……?」
「……ここ1年、ロクに使ってなかったもんだから……出力がかな〜〜り低下しちまってるんだ…」
「……。そうか」
棗は淡々と返答し、タブレットから投影された立体映像を確認していく。
「確か棗も世話人だったよな。もう現場でお前を頼るわけにもいかねぇのにこのザマじゃあ…」
「……。昨年同様、必要があればグラン・エプレの援護はする」
「えっ、本当か?!」
「俺のいるレギオンが、グラン・エプレの援護に回ることができるなら。……提案の一つとして、進言する」
「あー……なるほど…」
苦笑いを浮かべる秋展を、棗は不思議そうに見つめた。
「……?」
「…いや、皆助かるんだけどな?一人、何かしら言いそうなメンバーがいるもので…」
「そういうフォローはお前の得意分野。お前ならできる」
「応援ありがとよ」
棗は立ち上がり、格納庫の奥へ向かっていった。礼とともに見送る秋展が呟く。
「……あいつ、今ので今日1日分喋ったんじゃねぇか…?」
棗が5分以上喋った日には、灼銅城の中で“演説会”があったと話題になる。それほど、彼の口数は少ない。
数時間後。
近隣にヒュージの群れが出現し、グラン・エプレを含む複数のレギオンが学校から出撃することとなった。
とある公園に、ヒュージの叫び声や銃声が響いている。
「紅巴!詰めるのが遅いわよ!」
「は、はい!申し訳ありません…!」
ヒュージに銃撃を浴びせるグラン・エプレの1年生3人組。先頭に立つ姫歌が指示を飛ばしていた。
「灯莉は逆に早く前に出過ぎ!姫歌の合図があるまで待ってなさいって言ったでしょ?!」
「だってあのヒュージ、初めて見るやつだもん!もっと近くで見るー!」
灯莉は姫歌の言うことを聞かずに、弓矢のような形になっていたチャームを馬上槍の形に戻して先に走っていく。
「動物園に来てるわけじゃないのよ?!戻って来なさーーいっ!!」
すると……。
「あっきー放して!もっと見たいぃ!」
「ちょっとスタイリッシュな形してるだけのヤツの観察と自分の命、どっちが大事かよく考えてみろっての!」
「命懸けで観察するっ!」
「詭弁ぬかすな!」
秋展の脇に抱えられて灯莉が戻ってきた。
「助かったわ秋展!灯莉、一人でどっか行こうとするの、いい加減やめなさいよ!」
「だって〜」
話している間に、彼女たちが相手をしていたヒュージの群れに別方向から攻撃が入る。
「あっ、他のレギオンもやって来たようです。私たちも続いた方がいいかと……」
「そうだな。……ありゃあ棗がいる隊か…」
秋展は彼の姿を見た。棗がリリィたちの後ろで、反りのある剣の柄を接合して弓の形にし、装甲パネルにある棒を矢として放つ。
剣の先から血の色をした光線が伸びて矢の後ろにエネルギーを溜め、指を放すと極小スラスターから噴射。
赤熱化した矢じりをもって放たれたそれはヒュージに突き刺さると、体内に負のマギのパルスを送ってダメージを与えつつ麻痺させる。
その隙を突いて確実に撃破していくリリィたち。
グラン・エプレの3人の活動は、今回は地味な結果で終わりそうだ。
「あーもうイヤ!姫歌が活躍するはずだったのにぃぃ!!」
「今日も元気だな、サブリーダーひめひめさん?」
「むきぃぃいっ!!」
走りながら文句を言う姫歌を茶化す秋展。彼女はキレ気味になりながらヒュージへと突撃していった。
しばらくして。
「はあぁぁぁぁぁぁ……」
学校内のラウンジ…そのカフェテリアに、盛大なため息がこだまする。声の主である姫歌はがっくりと項垂れていた。
そこへ……。
「どうしたの?姫歌さん。出撃から戻ったと思ったらそんなに大きなため息を吐いて……」
「まあ何にせよお疲れ様。ほら、労いのレモンティー。キャラメルもオマケだ」
3人分の紅茶セットを持った秋展と高嶺が現れた。トレーには少量の茶菓子にキャラメルが追加されている。
「あ、高嶺様……と秋展…」
「何か悩みがあるのだったら聴かせてもらうわよ。私たちでよければ、だけれど」
「いえ……。今日って姫歌がサブリーダーになってから初めての出撃だったじゃないですか」
「ああ」
「そう言えばそうだったわね」
「つまり、新生グラン・エプレの初陣だったわけですけど……なんていうか、思ってたような成果が上げられなくて……」
シュンとする姫歌に、高嶺は笑顔を向けている。
「でも、ヒュージは撃退できたでしょう?街への被害は少なかったし、他のレギオンや灼銅城とも連携できたと思うけど」
「実際、評判よかったぞ」
「それは……叶星様と高嶺様が前線で頑張ってくれたからで……」
今回の布陣では、最前線で2人が引きつけつつ敵を弱体化し、後方から1年生たちと秋展で迎え撃つプランを取っていた。
「それに
彼女は俯いて本音を溢した。
「上手くやれる自信があった分、なんだか自分が不甲斐なくて……」
すると。
「ふぅん?……へへ…」
「ちょっと?何笑ってるの秋展……」
「ふふっ」
「高嶺様も?」
「いえ…。姫歌さんらしくないわね」
「なぁ?」
「う……。姫歌もそう思います……思いますけど……」
姫歌は口籠もってしまった。彼女自身、頭ではわかっているのだ。
と、大量の菓子を持って灯莉がテーブルに乱入する。
「おお?!」
「どんまい、どんまい!元気出しなよ、定盛!」
「灯莉……あんたいたの」
「いつも唐突に現れるよな……」
「っていうか、あんたの勝手な行動も原因の一つなんだからね!サブリーダーの命令を聴きなさいよ!」
「わかった。次から頑張る!」
元気のいい返事。しかし。
「…ホントにわかってんだろうか……?」
「くっ、反省の色が見えない……!」
秋展の額には不安から汗が流れ、姫歌の頭上には怒りマークが幻視される。
「ふふふ……」
対して高嶺は相変わらず妖艶な笑みを浮かべていた。そんな彼女に、灯莉が話題を振る。
「それにしても、やっぱりたかにゃん先輩はすごいよね!今日も叶星先輩と息ぴったりだったよ!」
「毎度のことだがな」
秋展は、2人の連携が乱れた場面に遭遇したことは未だかつてない。それは戦闘以外の日常のひと時でも……。
「そういえば、今日はお2人に前衛をお任せしたのよね。そんなにすごかったの?」
「そりゃあもう!定盛にも見せたかったなー。そうだ!ねぇねぇ、たかにゃん先輩!ちょっとご質問いーい?」
灯莉は勢いよく手を挙げた。
「あら、何かしら?」
「どうやったらあんなにバッチリ息が合うの?もしかして、叶星先輩とテレパシーで通じ合ってる?」
「お…。あり得そうな話だな」
ジト目の姫歌がすかさずツッコミを入れる。
「あんたたちねぇ…。お2人はエスパーじゃないのよ?」
「いやマジな話、ここに関しちゃ現実味がある」
「ふふっ…そう。あながち間違いではないかもね」
そう言って、彼女は優雅に紅茶を口にする。
「えっ…?」
「ほら見ろ、やっぱりだ」
「ほんとほんと?!すっごーい!エスパーリリィだ!」
驚愕する姫歌の横で、秋展は予想通りと言いたげに彼女に目を向け、灯莉は喜んでいた。
「えっ…そ、そんな…。エスパーでアイドルのリリィとか属性が渋滞するんですけど…!」
高嶺はカップを置いて静かに語る。
「エスパーか……。まぁ、叶星に関してだけ言えばそうかもしれないわね。私と叶星の実家が隣同士だっていうのは教えたかしら?」
「えーと、いつだったか紅巴が熱く語ってた記憶が……」
「ん…?そんな情報、どっから仕入れてんだ?あの人……」
秋展の疑問は会話の流れに押し流された。
「それじゃ、2人は幼馴染同士なんだね!」
「えぇ。元々は母親同士が親友だったの。それで文字通り、生まれた時から一緒に過ごしてきたわ。お互いに一人っ子だったけれど、まるで姉妹のように育ったの」
彼女はもう一度カップを手に取って、紅茶の液面を見つめる。
「いえ、きっと実の家族よりも共に過ごした時間は長いでしょうね。そうやって、同じものを分かち合ってきたわ」
「なるほど…。そんなに一緒にいると、自然と息が合うものなんですね」
「ええ。だから叶星のことなら何でもわかるわ。たぶん、叶星もそうだと思う」
すると、灯莉が奇妙なことを口にした。
「そーいえば、たかにゃん先輩と叶星先輩って“マギの色”が似てるもんねー!」
「!」
「マギの……色…?」
はっとする秋展の横で、高嶺は困り顔になっていた。彼女が言っていることがよくわからないのだ。
「何よそれ。灯莉、そんなのが見えてるの?」
「あれー?他の人たちには見えてないの?色っていうかね、なんかオーラみたいな感じ?いつもは見えないんだけど、偶にぼわわ〜んってしたのが見えたりするんだよっ!」
「ぼわわ〜ん…って…」
「うふふ。灯莉さんらしい表現ね」
呆れる姫歌と微笑む高嶺を交互に見た秋展は、灯莉と目を合わせる。
「……なあ、灯莉さん」
「何?あっきー」
「俺たちは…騎士団はどう見えてんだ?その、マギの色ってのは」
「あー!あっきーたちはみんな同じに見えるよ!だから仲良しなんだね!」
「……なるほど。決定だな、こりゃ…」
「何がよ?」
紅茶を喉に流し込んで、姫歌の疑問に答える。
「稀にいるんだよな。リリィと騎士…両方の特徴を持ってる人ってのが」
「あら、そうなの?」
「え、じゃあ何?灯莉って騎士団にも入れるってこと?」
「いや、普通は無理だ。リリィとしての適性…というか性質の方が顕性だからな。俺たちの装備には適応できねぇ」
「顕性って何?」
「特徴を決定する二つの因子を持っている時、片方だけが表に出てくることだ。リリィになる因子と騎士になる因子を同時に持ってるなら、リリィになる因子の方が働くってわけだな」
姫歌に説明していた秋展は、灯莉の方に向き直る。
「あんたの場合、騎士になる方もほんのちょっぴり機能してるんだ。騎士団員のスキルには、マギの存在と流れを可視化するってのがある。リリィの因子がなかったら、そのスキルを持った騎士になれてただろうな」
騎士団メンバーの体に流れる負のマギは、リアクターから供給される、ある程度規格化されたものであるため同じように見えるのだ。
「ふーん。じゃあその人たちにもたかにゃん先輩と叶星先輩のマギ、似た色に見えてるのかな?」
「ああ、たぶん」
聴いていた高嶺は喜びに顔を綻ばせる。
「そんなふうに見えてるのだとしたら嬉しいわ。私と叶星がそれだけ近しい存在ということでしょう?」
「あはは…。紅巴が聞いたら卒倒しそうなセリフね…」
姫歌の口から呆れ気味の笑いが溢れた。
「でも、高嶺様たちにそんな絆があるんじゃ、姫歌たちがお2人のいるステージに到達するのはまだまだ先になりそうね……」
不安そうな彼女を、灯莉と秋展が元気付けようとする。
「落ち込まないでよ、定盛ぃ!ぼくたちもこれから仲よくなればいいんだよ!」
「マネージャーの存在も忘れるなよな、ひめひめさん!何のために俺がいると思ってんだ?」
「そうだ!たかにゃん先輩たちみたいに、ぼくたちも一緒に過ごして、一緒のものを食べようよ!」
「はぁ…?」
姫歌が呆気に取られている間に、灯莉が話を進めていく。
「ぼくね、ぼくね!ケーキが食べたい!駅前のスイーツバイキング、行こ!」
「ほう…そいつは当然…?」
「もっちろん、定盛の奢りで!」
「へっはっはぁ!ゴチになります!」
秋展もその提案に食いついた。
「はぁぁぁぁぁ!?どうして姫歌があんたたちに奢らなきゃいけないのよ!あと秋展!笑い方がなんかゲスい!」
「えー、だって定盛ってばサブリーダーじゃん。上に立つからにはイゲンを示してもらわないと!」
「全くだぜ!」
「ねー、たかにゃん先輩っ♪」
「ふふふ……大変ね、サブリーダーさん」
高嶺は紅茶片手に微笑むばかり。
「あー!ちょっと、高嶺様まで!」
「ねぇ!奢って奢って奢って奢ってー!マカロン、ムース、モンブランにガトーショコラ!」
「チーズケーキは外せねぇなぁ…!あとナッツとドライフルーツのパウンドケーキもあったよな。あれは押さえておかねぇと……」
「秋展…あんた…!」
「そうだ、叶星先輩ととっきーも呼んでこよーっと!」
「え……っ」
「隊長も誘うか?ああ見えて甘党なんだ」
「そうなの?じゃあきょーちんも!」
「ちょ…」
秋展と灯莉のノリが完全に合い、終いには……。
「皆ー!定盛がケーキバイキング奢ってくれるってー!」
「さあ寄ってらっしゃい!定盛姫歌の大盤振る舞いだぁ!」
「ま、待ちなさい灯莉、秋展!!あたしは奢るなんて一言も言ってなーーーい!!」
彼女をまるっきり置いてけぼりにして、周りの注目も集め始めた。
「……ふふふ」
怒っている姫歌が笑いながら逃げる秋展と灯莉に鬼ごっこを仕掛けた。その光景を高嶺が見物している。
(ただ一緒に戦うだけではなく、お互いの弱さを曝け出しながらぶつかり合い、支え合っていく仲間……。私と叶星の2人だけではできなかったこと。それが、このレギオンならできるはずだわ)
彼女は確信した。
(この調子なら、1年生たちはきっと大丈夫。後は……)
次に考えるのは、自分たちのことだ。
(私たちも変わらないと……。昔のことに縛られていては、前へ進めないわよ。ねえ…叶星……)
翌日、夕方の遅い時間。
広い屋内訓練場を、一人駆ける紅巴の姿があった。体操着のような訓練用制服に汗が滲んでいる。
「はぁっ……はぁっ……」
既にかなりの時間走っているものの、ランナーズハイに至る前に体力が尽きそうだ。しかし…。
「…あと6周…っ!」
自らに鞭打って走り続ける彼女を、そこまで突き動かしているのは…。
(苦しいけれど……でも、頑張らないと……!)
決して、前向きな感情ではなかった。彼女の脳裏に過ぎるのは、グラン・エプレや秋展の背中。
(姫歌ちゃんはサブリーダーとして頑張ってるし、灯莉ちゃんも私なんかよりずっと活躍してる……!ここぞというときのフォローも、秋展さんに任せてばっかり……!)
不安から、彼女はきゅっと目を閉じた。
(このままじゃ、私だけ足手まといに……!)
その頃、叶星と秋展も訓練場に向かっていた。高嶺も交えて今後どうするかを話していると、叶星に連絡が入ったのだ。
「本当かしら?もうすぐ訓練場が閉まるのに、まだ残ってるグラン・エプレのメンバーがいるなんて……」
「だからこそ、今日鍵当番で見回りしてた棗から、あんたに直接連絡が来たんだろ」
「そうね…。棗くん…か。貴方と彼には本当によく助けられていたわ。戦場では棗くん、学校では貴方に」
「まあ去年の
「ええ」
訓練場に入りながら、彼女が言葉を続ける。
「実のところ、ここに来る前から騎士団の人たちにはお世話になっていたわね」
「ああ、前話してたやつだっ……とお?!」
「!」
「っ?!きゃあああっ!!」
場内に入った瞬間、真横から現れた人影。彼女は秋展たちを躱そうとしてつんのめり、転びそうになる。
ガシッ
そこを叶星が支えた。
「っと……紅巴ちゃん、大丈夫?」
「……え?」
ぽかんと彼女を見上げる紅巴。転びはしなかったものの、膝を打っていた彼女はされるがままに引き起こされる。
「よかった、怪我はなかったようね」
「ふぅ…驚かせてくれるぜ…」
「か、叶星様と秋展さん……!」
「ダメよ、紅巴ちゃん。チャームを使った訓練ではなくても、誰も見ていない場所で激しい運動をしたら危ないわ」
「オマケに時間一杯までやるこたぁないだろ?あと何分かでここに鍵かかるぞ」
「す、すみません叶星様、秋展さん…。姫歌ちゃんたちと訓練をしていたのですが、私だけ居残りをさせていただいておりまして……」
「…おい、まさか……」
「放課後から……今まで?」
「は、はい……」
「……マジかよ…」
頭に手を当てた秋展。叶星は紅巴を軽く叱る。
「ダメじゃない、そんなオーバーワーク。ちょっと失礼するわね」
そう言って彼女はしゃがみ、紅巴の太腿や脹ら脛を触り始めた。
「えっ、叶星様…?」
「んー、やっぱり筋肉疲労で足がパンパンね。ちゃんと水分は摂ってた?」
「お、お待ちください…!そんな、叶星様が私の足をさ、触って……ひゃあぁっ?!」
くすぐったさと叶星とのスキンシップに、思わず声が出る紅巴。そうこうしている間に、秋展が彼女の荷物を持って来る。
「ほらよ。水筒は空っぽだぜ」
叶星は立ち上がり、彼が持って来たバッグなどを受け取った。
「今日の訓練は終了よ。荷物は私が持つから外に出ましょう」
「そ、そんな!畏れ多いです!自分で支度しますから……っ!」
荷物に手を伸ばそうと一歩踏み出した瞬間、彼女は床にバタリと倒れ込んだ。
「おぉい?!大丈夫か紅巴さん!!」
「ひっ……あ、足が攣って……ひぃぃぃっ!」
右脚を押さえ、目に涙を溜める。
「はあ……やっぱりね…」
「よーしよし、座って…深呼吸しながら膝をゆっくり動かして……そうそう、よーし…」
「ひぇぇぇ…」
秋展に上体を起こされ、アドバイスを受けながら縮み上がった筋肉を元に戻していく紅巴。
「ううぅ……申し訳ありません…」
彼女はなんとか立ち上がり、呆れている叶星に謝罪する。
訓練場の外に出て、ベンチに座る紅巴に叶星が処置を施していた。紅巴の左隣には秋展が座って、棗に連絡する。
「……ああ、今終わったから……そう、適当なタイミングで鍵かけに来てくれ。頼む」
「……はい、これで処置完了よ。まだ動かすと痛いと思うから、少し体を休めましょう」
「あ、ありがとうございますっ」
紅巴はしゅんとして俯いた。
「叶星様にこんなことをやらせるなんて……。灼銅城の皆さんにも迷惑をかけてしまって……本当に申し訳ありません…っ!」
頭を下げる彼女の右隣に座る叶星。
「もう、そんなことで謝らないで」
「ああ。俺たちにとっちゃこんなん、普段の仕事の内だからな」
「でも、相談もせず一人でオーバーワークしたことは反省してもらおうかな」
にこやかにそう言ってのける彼女に、秋展は軽く戦慄を覚えた。
「笑顔が怖いぜ叶星さん……」
「も、もういたしませんともっ!この魂に誓って!」
「ふふっ……だったら許してあげるわ」
「あんたはいちいち大袈裟なんだよ…」
「でも、どうしてこんなになるまで頑張ったの?紅巴ちゃんは元から頑張り屋さんだとは思ってたけど、これはちょっとやりすぎじゃないかしら?」
「確かに、普段から慎重なあんたらしくはなかったかもな」
「え……あっ、こ、これは……」
口籠もった彼女に、叶星たちは微笑みかけた。
「話しづらいなら、無理しなくていいわ。でも、私たちはいつでも紅巴ちゃんの味方だって覚えていて。困ったことがあったら、相談してくれると嬉しいな。そのための世話人もいることだし」
「おう!」
2人が笑顔を向けると……。
「っ……」
紅巴の表情も少しほぐれた。彼女は視線を落として、静かに喋り始める。
「……足を引っ張るのが怖いんです…」
「……て言うと?」
「姫歌ちゃんたちと一緒にグラン・エプレに加入させていただき、何度か出撃も経験しました…。叶星様や高嶺様の活躍は当然として、最近では姫歌ちゃんがサブリーダーに任命されたり、灯莉ちゃんも成果を上げています。それに、秋展さんには何度も助けていただいて…」
「………」
「でも…私は……私だけは力不足のままで…先日の出撃でも何の役にも立てず……」
「………」
少しずつ涙声になっていく彼女の話を、2人は黙って聴いていた。
「ですから、私が皆さんに追いつくにはこのくらい無茶をしないといけないと……そう思った次第です……」
「……なるほどな…」
秋展は妹を思い出す。彼女の周りにも、今の紅巴のように焦っていたリリィがいたと聞いていたのだ。
戦場で焦りを抱くリリィの気持ちは知っている。それは叶星も同じであった。
「そうね……気持ちはわかるわ」
「え……」
「私と高嶺ちゃんは、中等部までは御台場女学校に在籍していたの。あそこは優秀なリリィの集まる場所でね……」
と……。
「ぞ、存じていますっ」
「え……?」
「ん?」
叶星の説明を遮って、紅巴が珍しく声を上げた。
「あの、今まで黙っていましたが……私も昨年まで御台場女学校に通っていましたから…」
「えっ、本当…?紅巴ちゃん、私たちの後輩だったってこと?」
「は、はい……!ですから叶星様たちのことは、ずっと昔から存じていますっ」
(なるほど、それでか……)
秋展が昨日抱いていた疑問……紅巴が知っている叶星たちの情報の出所。それは彼女自身が見聞きしていたものだったのだ。
「そうだったの……ごめんなさい、今まで気づかなくて…」
「い、いえ、とんでもありません!私、在学中はちっとも目立たない存在でしたから…!」
「ふぅん…。なあ、紅巴さん。入学式で俺たちを見てテンパってたのも、向こうの騎士団の部隊に理由があるのか?」
「そ、それは……。私なんかよりも優秀で、リリィよりも成果を出されている方も何人かいらしたので……こちらでもそうなのかなと思ったら…い、萎縮してしまって…」
「まあ確かに、御台場女学校の騎士団……
「そうね。御台場女子か……。あの頃の私は、リリィとして本当に未熟だったわ…」
ややアンニュイに、昔を思い出す叶星。紅巴には意外な言葉だった。
「えっ、叶星様が…?当時からあんなにご活躍されていたのにっ?」
「……高嶺ちゃんやレギオンの他の仲間…それから紺翅鳥がいてくれたおかげよ。皆に助けられてばかりで……。それなのに、私はある戦いで致命的な判断ミスを犯したの。そのせいで高嶺ちゃんや仲間たちに迷惑をかけてしまったわ」
「そんな……」
「私のせいで、高嶺ちゃんは酷い怪我を負ったの。そんな高嶺ちゃんを前にして、私もリリィを辞めようと……戦いから逃げようと何度も思ったわ」
「えぇぇ……っ?!」
今の勇敢な彼女の姿からは想像できない。紅巴は思わず驚いてしまう。
「でも、そんなときに高嶺ちゃんは…私の側で支えてくれた。一番傷付いたのは高嶺ちゃんだっていうのに……。そして、高嶺ちゃんは戻って来た。リリィとして、また私と戦うと約束してくれたの」
「……お2人の間にそんなことが…。秋展さんは知っていたんですか?」
「ああ…。高嶺さんの古傷が抉られるようなことになったら…だったな?」
「ええ。親身になって相談を聞いてくれたわ。そのうち、高嶺ちゃんと3人で話すようになって……」
「なるほど、それで今のお三方になっているんですねっ!」
「まあ、俺も妹が逝ったばっかで…そういう話題を放っておけなかっただけだがな…。何か、他人に思えなかったんだよ……」
彼は気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「御台場でも、神庭でも……。高嶺ちゃんは、生まれた時からずっと私の側にいたわ……。誰よりも、一番近い場所に…」
胸に手を当てて、叶星は一呼吸置く。
「だから、今度は私が支える番。それは高嶺ちゃんだけじゃない……皆も同じ」
「っ…!」
「………」
息を飲む紅巴の隣で、秋展はこくこくと頷いた。
「無理をし過ぎてはダメよ、紅巴ちゃん。私や高嶺ちゃん、それに頼られるのが専門の秋展くんと、姫歌ちゃんや灯莉ちゃんだっているわ。その代わり、貴女も誰かが倒れそうになったら支えてあげて。そうすれば、きっと怖いものはなくなるわ」
「は、はい……!」
「誰も貴女を置いて行ったりしないわ。互いに手を取って、皆で成長していくのがグラン・エプレよ。だから、あまり焦らないで。一緒に強くなりましょう…ねっ?」
「か、叶星様……!」
「実際、急いで無理して鍛えようとする方が効率悪かったりするしな。一人で抱え込まず、もっと気楽に声かけていいぜ?」
「秋展さん……!わかりました、これからはそうします…!」
キーンコーン……
3人で微笑み合っていると、チャイムの音と共に鍵を持った棗が近づいているのが見えた。本当に訓練場が閉められる時間だ。
「……さて、いっぱい動いたからお腹が減ったでしょう?汗を流したらラウンジに行って、お夕飯にしましょう」
「は、はい……!ぜひ、ご一緒させてください!」
「秋展くんもこの後お夕飯よね。せっかくだし3人でどう?」
「そうだな…。邪魔じゃないってんなら、御相伴に預かるか」
「では、ラウンジで待ち合わせですね!すぐに準備しますので!」
「あんたは急がなくていいぞ?!」
しばらくして。
普段の制服に着替えてきた紅巴と、叶星、秋展の3人がラウンジで雑談混じりの夕食を楽しんでいた。叶星と満面の笑みで話す紅巴の顔を、秋展はじっと見てしまう。
「……?秋展さん?何か付いていますか?」
「え…?ああ…いや。……少しばかり、昔を思い出してな…」
笑顔で食事をする、平和で温かいひと時。胸に手を当て、制服の布越しにペンダントに触れて思い返す。
…………
『お兄ぃ!これ、すっごく美味しいよ!』
『そいつは何より。奮発した甲斐があったぜ』
…………
叶星と紅巴の様子に、かつての彼自身と妹の姿を重ねていた。
しれっと登場する四番目の部隊。現状では活躍の目途は立っていませんが、いつかはきちんと描写するかも……。