アサルトファング Bestia Oratorium 作:羽桜千夜丸
灼銅城の司令部にある地下施設。
隊員のために設けられた訓練場で、秋展は一人、自分の得物であるモルトシュラーク-コラプサーを構えてじっと立っていた。
普段は赤茶色の彼の瞳が黄色い光を放ち、同じ色の光の紋様が肌の上に浮いている。また、全身に時折血色の稲妻が流れた。
(……もっと寄こせ…リアクター…!)
念じながら、チャームに嵌め込まれた動力炉を見つめる。
ヒュージに変身する彼のスキル。今この時点で、腕利きのリリィに追随できる程度に身体能力や武器の威力は向上しているものの、まだ完全に機能していない。
「……はぁ…」
ため息と共にスキルを停止。目の光や肌に浮き出ていた紋様は消えて元に戻る。身体能力の向上度合いも並のリリィ以下に留まった。
(出力が上がらない…。俺の心理的な問題か……それともリアクターがまだ、チャームに馴染んでないのか…。俺が武器に馴染んでないって可能性もあるんだよなぁ……)
階段を登り、建物の出入り口へ。
(……考えても仕方ないか。どの道、戦場では持てる力を全部出さねぇとダメなのは変わらんからな…)
一息入れようとラウンジに向かって歩いていると……。
「あっ!あっきー!」
「おお、灯莉さん」
スケッチブックに、馬のぬいぐるみと何かの箱を抱えた灯莉に出くわした。歩きながら自然に会話が始まる。
「何だそりゃ?」
「手品の道具!ラウンジの皆に見せようと思って!」
「そうか…。でもどうせなら、叶星さんや高嶺さんがいるときにやった方がいいんじゃねぇか?」
「え?今日、先輩たちいないの?」
「ああ。
いいながらラウンジの扉を開けて入ると、同じテーブルに着いている姫歌と紅巴を見つけた。
「ふぅ……」
「どしたの、とっきー?」
「あ、灯莉ちゃん…。秋展さんも…」
「おう」
不安そうな紅巴に、秋展も手を上げて挨拶した。
「何だか元気ないみたいだけど、ぼくのデッサン見る?このヒュージなんて可愛く描けたと思うんだけど!」
ぬいぐるみや箱を床に置き、スケッチブックを広げ始める灯莉。紅巴はやんわりと断る。
「え、えーと、それはまたの機会に……」
一方、秋展は姫歌に声をかけていた。
「なあ…紅巴さん、どうしたんだ?」
「姫歌はわかるわよ、紅巴が元気ない理由」
彼女は得意げな顔で紅巴の方を見る。
「今日は叶星様と高嶺様がいないからでしょ?」
「なんでー?」
「昨日のミーティングで説明されたでしょ?お2人は他のガーデンとの防衛構想会議で不在よ。桔梗さんたちも一緒に行ってるわ」
「ぼーえーこーそーかいぎ?」
首を傾げる灯莉に、秋展は呆れ気味の顔を向ける。
「聞いたこともないってこたぁないだろ…」
「防衛構想会議というのは、複数のガーデンとそれに所属するレギオン、騎士団が定期的に集まって会合を行うものです」
紅巴がさらさらと説明する。
「ヒュージの分布や最近の傾向を話し合うのが、主な内容ですね。大きな会合になると、防衛地域の割り振りも話し合われるようです」
「近場の騎士団部隊は先に報告会をやってるから、情報のすり合わせが済んでて楽に進む場合も多いらしいな」
「まぁ、規模によって話し合われる内容も大きく変わるようですが……」
紅巴と秋展の話を聞いた灯莉が頷く。
「へぇー、そうなんだー。とっきーってば物知りだね!」
「あ、いえ、そんな……。興味本位でいろんなガーデンのリリィのことを調べてまして…その際にいろいろ詳しくなっただけです……」
彼女は謙遜するが、秋展と灯莉が褒め言葉をかける。
「それでも大したもんだと思うぜ?なぁ?」
「うん!リリィのことお勉強するなんて、とっきーは偉いな〜」
と、話を聞いていた姫歌が噛みついてくる。
「ちょっと待ちなさい!姫歌がサブリーダーのくせに何も知らないって言いたいのっ?」
真っ先に秋展が宥めにかかった。
「まあまあ。そう短気起こすこたぁないだろ」
「そんなことは誰も言ってませんから……!」
紅巴も姫歌を落ち着かせようとしていると、灯莉が椅子に座って話を続ける。
「あっ、でもそっかー。叶星先輩がいないってことは、今は定盛がリーダーか」
「っ……!そうよ、今は姫歌がリーダーなの!そしてグラン・エプレはこの神庭のトップレギオン……!」
「つまり?」
秋展が問いかけると、彼女は決意めいた顔で宣言する。
「つまり!姫歌はトップアイドルと呼んでも過言ではないわ!」
「そっちかよ!?」
秋展はガクッと転びそうな仕草をする。灯莉は笑顔を姫歌に向けていた。
「おー、定盛すごーい!神庭の大統領だー!」
「大統領はちょっと違うのでは……」
「いや、この場合トップアイドルよりかは意味合いが相応しいぞ。何せ大統領って言えば最高指揮………っ!」
ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!
「っ?!」
構内に響く警報。秋展が持つ通信機に情報が届く。
「ヒュージが出現しました…!」
「ちょいと遠いな…。隊長の移動司令部もないが……しょうがねぇ。機動隊に連れて行ってもらうぞ」
「よーし、出動だー!」
気合い十分の灯莉。だが…。
「………」
「叶星様たちがいないこの状況…。姫歌ちゃん……」
「…?おい、姫歌さん?」
不安な表情で考え込んでいた彼女は、秋展に呼ばれてハッと顔を上げる。
「……な、何してるの!早く出撃準備を整えて!」
「お、おう」
「グラン・エプレ!行くわよ!」
秋展は姫歌の様子に違和感を抱いていた。
(何だ…?焦ってる…とも違うような…。今日はどうしちまったんだ…?)
荷物を片付けて装備を整え、グラン・エプレや他のレギオンが乗り込んだのはバイク型装甲車が牽引するリアカーのような乗り物。数台の装甲車がリリィたちを移送する。
しばらく揺られて、ヒュージが出現した場所の近くで降ろされた。
「ヒュージはどこっ?!」
姫歌たちが見渡すのは音のない街。この周辺はヒュージ多発地帯であるため、何年も前に打ち捨てられている。
「ここは……まだ作戦地域外ですね。ヒュージが出現したのはこの先の廃墟とのことです」
「その廃墟ってのが石油プラントの跡地。敵は数がいそうだな…」
呟く秋展に、姫歌は苛立ち気味に声をかける。
「ちょっと!なんでこんなとこで降ろされたわけ?!」
「待ってくれ…司令部に確認する。………コマンダー、こちら鈴月……。そう、作戦地域の外で…」
秋展が確認の連絡をしていると、灯莉と紅巴が会話を始めた。
「今日は他のレギオンも人が少ないね〜」
「私たちと同じく、各レギオンのリーダー格が会議に出席しているためだと思います。灼銅城も班長レベルまでの隊員が出向いているので、世話人も抜けてしまっているところがあるかと……」
「ってことは、ひよっこリリィとあっきーみたいな平隊員ばっかりか〜」
すると、姫歌が2人の方を向いた。
「し、新人だろうと姫歌はサブリーダーなんだから!叶星様たちがいなくてもやれるわ!秋展、そっちは?!」
通信機を切った彼も3人の方に向き直る。
「ああ、確認が取れた。あんたたちはリーダー格が抜けてて統制が硬直気味な上、俺たちも必要最低限にしか動けねぇってんで……余裕を持って離れた場所から部隊展開したんだと」
「はあ?!何よそれ!あたしたちが頼りないって言いたいわけ!?」
「いや、今は慎重に動いた方が皆のためだって話だ。というわけで……頼りになるとこ、見せてもらいな」
そう言うと、秋展は一人のリリィの背後に回り、姫歌たちと話し合わせる。
「あの…。ちょっといいかな?」
「な、何でしょう……?」
「ぼくたちに何かご用〜?」
最初に返事をしたのは紅巴と灯莉。
「貴女たち、グラン・エプレよね?トップレギオンの……」
「そ、そうよ!あたしはグラン・エプレのサブリーダー!」
姫歌が一歩前に出る。
「ああ、やっぱり。……よかった。ここからどうすればいいか、私たちだけじゃわからなくて……」
「えっ……?」
「ヒュージの出現座標は確認した?あそこって退去が済んでる無人の地域よね?」
紅巴も彼女の話を真剣に聞いている。
「ヒュージの移動経路も街とは反対に向かっているようだし、今の戦力で下手に攻撃しない方がいいんじゃないかって……」
灯莉がすぐさま否定する。
「えー、ダメだよー。せっかくヒュージに会えるチャンスなのに」
「っ……」
姫歌が答えに迷っている間に、紅巴が会話を繋いだ。
「そちらのレギオンも、フルメンバーではないようですね」
「ええ、私たちは全員1年よ。それに実戦自体、まだ数えるほどしか経験していないし……こんな状態で、ヒュージに挑んでいいものかわからなくて…」
「世話人の方は何と?」
「………」
彼女たちが振り返った先には、笠のようなセンサーユニットを頭に付け、紅いカタフラクトに身を包んだ隊員……
彼はリリィたちの間でも、無口で最低限のことしか言わないと知られているのだ。
「私たちの指示に従う……としか言わなくて…。グラン・エプレ……トップレギオンの人が指示してくれれば私たちも動きやすいっていうか……ねぇ?」
姫歌は彼を呼ぶ。
「あ、秋展…?」
向けられる不安な目。だが……。
「俺たちは世話人だ。あんたたちのことなら手伝うが、そいつを決めるのは……戦場を決めるのは、あんたたち自身じゃねぇとダメなんだ。わかるよな?」
リリィには指図できず、したくもないのだと、彼は言う。
「ひ、姫歌が決めるの……?」
振り向いた先にいる紅巴が頷いた。
「『リリィの戦いは今日が最後かもしれず、命を賭すに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』」
「っ!」
姫歌は息を飲む。
「……校長先生から直接頂戴したお言葉…です。そして、この神庭女子の教えでもあります……」
「……秋展、あんたたち…あたしたちが何も言わなきゃ何もしないなんて…言わないわよね……?」
縋るような姫歌の問いかけに、秋展は頷いた。
「最低限、あんたたちや俺たちが死なないように努力はする。ただしそれは、俺たちがレギオンの世話人ではなく『灼銅城』という部隊として戦うってことだ。こうなったら最後、俺たちへの指揮権はあんたたちが前線に戻るまで復活しねぇ」
「……!」
「扱いは『リリィが
姫歌にはわかっている。自分たちは戦えるのだ。それをしないで灼銅城にこの場を任せっきりにするのは、彼女たち、神庭のリリィの在り方ではないと。
話しかけてきたリリィが続ける。
「出撃するにしても、どういった作戦で臨むか意見が別れてて……。いつもなら
「そんなの、真正面からドーン!で行けばいいよ!」
「え……それがグラン・エプレの戦術…?」
何の躊躇もなく答える灯莉に、彼女たちは怪訝な目を向けた。慌てて姫歌が否定する。
「ち、違うわ!この子のことは無視していいから!……ちょっと待って…。今、考えるからっ。布陣と陣形……それに各自の能力を踏まえて……」
考え込む彼女に、話しかけてきたリリィが謝罪する。
「押し付ける感じになってしまって本当にごめんなさい…。でも私たちもわからないの。……こんなの初めてだから…」
「………」
悩む姫歌の後ろで、灯莉と紅巴が様子を見る。
「そっかー。叶星先輩たちはいつもこんな感じで、次に何をすればいいか考えてたんだね〜」
「私たちはただ指示に従えばよかっただけでしたからね…。叶星様たちなら必ず正しい道を選ぶはずと信じて……」
「………っ」
姫歌が答えを出せずにいると……ついに。
『灼銅城本部より、各隊員に告ぐ。リリィの作戦行動停滞に伴い、独自行動開始を発令。オーダーB3を実行せよ』
「「っ!!」」
秋展たちの通信機から発せられた声。リリィ皆の顔に衝撃が走る。
「………待宵、了解」
「鈴月、了解。……ってなわけだ」
「ま、待って秋展っ…!」
「安心しな、姫歌さん。B3は俺たちだけで敵を偵察して、あんたたちが早く動けるように情報を集める作戦行動だ。ヒュージの群れに突っ込んで行くようなもんじゃない」
「だけどっ!」
「……やれやれ」
一度は彼女たちに背を向けていた彼だが、姫歌の声に答えるように振り向いて、彼女に近づく。
そして……。
ポンポン
「……は…?」
笑顔で彼女の肩を2回、軽く叩いた。
姫歌が反応に困っていると、秋展の後ろから棗が声をかけてきた。
「……秋展、B3」
「ああわかってる。じゃあな」
秋展は手を振って、棗や他のレギオンの世話人と共に彼女たちから離れて行った。
「………」
姫歌には、ただ彼らを見送ることしかできない。
(叶星様……姫歌は、どうすればいいんですか……?)
応える者のない問いが、彼女の胸中で残響となった。
ヒュージを刺激せず、出現場所を囲むように展開して進行方向を確かめている灼銅城。
棗の瞳は燻んだ赤に輝いている。マギの存在、および流れを探知するEXスキル、『ホルスの眼』である。
「どんな具合だ?」
彼の隣に立つ秋展からの問いかけに、彼は淡々と答える。
「……敵は人口密集地から離れつつ移動中…。このまま進めば海洋に進出し、追跡不能となる」
「……なるほど、取り逃がしたとなると厄介だな」
「リリィたちが偵察に同行中……」
棗が話していると、通信機から仲間の声が聞こえてくる。
『こちら西方面偵察隊。敵頭数の増加を確認。廃墟内に“ケイブ”が断続的に発生しているものと思われる』
「ケイブ…連中ご用達の異次元トンネルか…。リリィにしか破壊できねぇから……」
攻撃を仕掛ける潮時か……秋展が考えていると、再び通信機が鳴る。
『こちら北方面偵察隊!敵に発見された!……っ!攻撃を受けている!現在リリィと共に交戦突入!!繰り返す!交戦突入っ!!』
「っ!こいつはまずい!」
「北側の先は……人口密集地…!」
『敵本隊が勘づいた!全体の移動方向が北向きに変更!援護を求む!!』
「……秋展」
「ああ!」
棗の声に頷いた秋展は、通信してきた隊員に返答する。
「こちら東方面偵察隊!オーダーB3を解除し、支援攻撃に向かう!それまで戦線の維持を!」
『了解!感謝する!』
通信が切られた。
棗のカタフラクトが出力を上昇し、リリィに比肩する加速力で北に向かう。
「さあて……やるぞ、秋奈…!」
リアクターに意識を集中すると、秋展の全身に黄色い光の紋様が浮き、瞳も同じ色に輝く。
血色の稲妻を伴いながら大地を蹴ると、瞬く間に棗に追いついた。
『□□□□□ッ!!』
銃撃、斬撃の音が響く。ヒュージの群れは規模こそさほど大きくないもののやや大型の個体が高い割合を占め、またケイブの発生範囲もじわじわと広がり始めていた。
棗が放った矢で円筒形のヒュージが麻痺する。そこへ秋展が接近し、赤熱化したチャームの刃で切れ目を入れる。
『□□□□!?』
間髪入れず、その切れ目にリリィたちの銃撃が命中。爆ぜるヒュージを尻目に、秋展たちは次の標的を攻撃する。
(状況はこっちが押され気味か…。リリィや隊員にも負傷者が出始めているし、戦意を喪失しかけてる隊もちらほら……。こいつはよろしくねぇ……!)
先程と同じように動きを止め、ヒュージの表皮を斬り裂く。
「そらよっ!」
『□□…!』
ドギャッ!ドギャッ!
今度はリリィの攻撃が見込めないので、チャームをライフルに変形させた秋展自らが、その切り込みに弾丸を撃ち込んで心臓部を潰す。
「さて……」
亡骸の上に立って見つめる先には、プラント内を走る太い通路を埋め尽くし、リリィや灼銅城と攻防を続けるヒュージの群れ。大型、小型が混ざった部隊だ。
「出力は半分……。だから長持ちしろよ、俺のスキル……!」
その戦線に加勢すべく秋展たちが飛び出す……と、ある交差点に群れの先頭が差し掛かった瞬間。
ズガガガガガガガガガガッ!!
群れの真横から銃撃が浴びせられる。
小型ヒュージは速やかに蜂の巣になって息絶え、大きめの円筒形ヒュージは榴弾砲を受ける。
「!…あれは…!」
赤熱化した砲弾がヒュージの装甲を溶融し、内側へとめり込んで爆破。その煙を裂いて現れたリリィ……
叶星と高嶺が、円筒形ヒュージに留めを刺す。
『□□□□□□!!?』
駆け抜けた2人の背後に、ヒュージの亡骸を踏み付けながら、大量の火器を載せた4輪装甲車が飛び出す。バイク2台を横に並べたような形。
灼銅城の移動司令部にして、隊長……桔梗の装備だ。
「隊長……」
「それに叶星さんと高嶺さんも…。戻って来たのか」
秋展たちが近づいて声をかける。
「そうなの。管轄内で戦闘が始まったって聞いて、急いで来たわ」
「私たちだけではないわよ」
高嶺が目配せした方向を向く2人。そちらには……。
「ここまでよくやったわ!これからは私について来なさい!」
「はいっ!」
「さあ皆!目にもの見せてやろうじゃないの!」
「わかりました!」
いつの間にか人数が増え、士気も復活しつつある複数のレギオンが。
「会議はいいのか?」
「ええ。灼銅城のメンバーを何人か残して来たから、問題なく進行しているはずよ」
叶星が答えていると、装甲車から通信が入る。
『灼銅城各員へ!リリィの突撃を積極的に援護し、ケイブ破壊を優先せよ!火力、または機動力の高い者を前へ!人口密集地への進撃は、今この時をもって食い止める!!』
『『了解!!』』
一斉に唱えられる返答。棗と彼が世話人を務めるレギオンは、ここで敵を押さえる役になった。桔梗の装甲車は、他の方面で起こっている戦闘の援護に向かう予定。
高嶺たち3人も役割を決める。
「叶星、私たちはどうするの?」
「そうね…。とにかく姫歌ちゃんたちと合流して、その場でベストな手を選んでいくわ。秋展くん、皆は?」
「オーダーB3で一旦別れたからな。敵の動きに3人が合わせてたなら……」
秋展は道路の横に伸びる通路を指差す。
「あの先の……駐車場跡の辺りじゃねぇか?」
その道の上では、何人かのリリィが戦闘を続けている。
「それなりにヒュージがいそうね…」
「私たちなら大丈夫よ。早く行きましょう……」
踏み出そうとした高嶺の肩を、棗が掴んだ。
「……棗くん…?」
「死ぬ気か?」
真っ直ぐに高嶺を見つめる鋭い眼は燻んだ赤に輝いている。棗のスキルが高嶺のマギを……それに見る、彼女の身体に起こりつつある異常を捉えていたのだ。
「………」
秋展も、無言で振り払った彼女に詰め寄る。
「おい、高嶺さん…あんたまさか…」
「……ええ、ここに来るまでに戦っていたから……」
高嶺の代わりに叶星が答えた。
「私は大丈夫よ叶星。それより貴女だって……」
「でも…高嶺ちゃん…」
思い遣り故、言い合いになりかける2人の肩に秋展が手を置いた。
「オーケー、俺がカバーする。だから2人とも無茶しない。これでいいか?いいな?よーし」
「「っ…」」
2人が呆気に取られる間に、彼は通路の方を向く。
「ただでさえ時間は惜しいってのにこんな時………?!」
彼の言葉が不自然に途切れる。
3人の頭上を影が掠めたのだ。陽が遮られたのは一瞬だったが、その一瞬の間に上空に気配を感じる。
キィィィィィィィィ……
「……あれは…」
星。
以前の戦闘で追い詰めたものの撃破には至らなかった高機動ヒュージ。
高嶺たちの視線も、上空の星を捉えた。それは通路の上……姫歌たち3人がいるであろう方向へ悠然と飛ぶ。
「……急がなきゃ!!」
「そうね」
秋展は棗の方を見た。桔梗の装甲車は既に走り去っている。
「棗!そっちは任せるぞ!俺たちはヤツを追う!」
「……っ」
棗は頷き、鬼の顔つきのフェイスガードをカシャンと下ろした。
姫歌たち3人も、ヒュージたちの移動とケイブの情報を掴んでいた。散発的に遭遇するヒュージを片付けながら、ケイブ破壊に向かう他のレギオンに追いつくべく移動する。
「アイドルリリィたる者、こんなところで怖気付いてられないわ!姫歌たちグラン・エプレが先陣を切って目立つのよ!」
しかし、ある道を曲がったその時。
『□□□……』
『□□□…』
『□□□□』
石油プラントに立ち並ぶ蒸留塔。その影から、突如ヒュージの群れが顔を覗かせる。彼女たちは咄嗟に身を屈めて物陰から伺った。
「っ、どうなってるのよ…これ…!」
「どうやら、突如ケイブが出現したようですっ」
紅巴は怯え気味に鎌のチャームを構えた。その横で灯莉があっけらかんと言う。
「それであんなにうじゃうじゃしてるんだ〜」
「っ!反撃は失敗してたってこと!?」
「足並みが揃わず、対応の遅れがあったのも原因かと。集中した戦力が迅速に動いていれば、ケイブを早期に撃破して後の増援を防げたのですから……っ!」
ビー!ビー!
紅巴が耳に嵌めている通信端末が警告を発する。
「大変です!後方にケイブ反応!このままでは囲まれますっ!」
『□□…?』
『□…□ッ…!』
前方のヒュージの群れも姫歌たちの存在に気づいた。
「っ!押し返すのよ!周囲のレギオンに声をかけて連携して……」
自らの通信端末に手を当てる姫歌。だが。
「もう、皆が一杯一杯だよ〜」
灯莉が掴んでいた情報が、否応なく現実を突きつける。
「それにこの状況では、私たちも精一杯です……!」
焦る紅巴たちに、ヒュージたちがじりじりと近づいてくる。
「こんな時にどう動くか学んだはずなのに……!どうして上手くいかないのっ…!」
悔しさにチャームを持つ手が震える姫歌。そんな3人の上空に、更に忍び寄る影があった。
キィィィィィィィィィィ………
風を切る音が、遮蔽物のない空から地上へと降り注ぐ。
「えっ、あれは……?!以前出現した、高機動タイプのヒュージ……!」
見上げた紅巴は、戦慄と共に忌まわしい星を思い出す。
『……□□□□……』
星は触手を収めた胴体を引き出し、流れ星の姿となって3人へと旋回する。
「くっ、皆、迎撃準備……」
姫歌が声を上げた正にその時。
『□□□!!!』
ゴォッ!!
触手を展開した流れ星が急加速。旋回運動はそのままに、地面に伸ばしたそれで姫歌を薙ぎ払わんと高速で振り回す。
「!」
彼女がチャームを構えた瞬間にはもう遅い……かと思われたが。
「定盛!あぶなーーーい!!」
ドゴォ!
灯莉が彼女を突き飛ばし、群れを迎撃する紅巴の方へ転がす。つまり……
姫歌の代わりに、灯莉が攻撃を受けたのだ。
「灯莉ちゃんっ!?」
紅巴が叫ぶ中、彼女の身体は宙を舞い、
「うそっ?!灯莉いぃぃ…!」
背後のヒュージの群れに叩き込まれる
かに思われたが。
「おぉおおおおおおおおおっ!!」
空中に黄色い残光を描きながら、猛烈なスピードで現れた騎士……秋展が横から彼女を抱え込む。
「でぇりゃああっ!」
ゴッ!
気合いの掛け声と共に振り下ろす武器。それは赤い稲妻と共に路面に叩きつけられ、アスファルトを打ち砕く。
ガリガリと地面を引っ掻きながらチャームでブレーキをかけると……
「っ!!」
着地と同時に引き抜き、背後に迫っていたヒュージを振り向きざまに斬り伏せた。
だが、彼の登場と活躍を喜んでいる時間は姫歌たちにはなかった。なぜなら。
『□□□□!!』
ギュンッ!
流星のヒュージが、第二撃を彼女たちに見舞おうとしていたからである。
「っ…いやあああぁぁぁぁぁ!!」
眼前に迫る死の恐怖に、姫歌は思わず目を閉じる。
ガガギィィィィィィィィン!!
「……えっ?」
何かが攻撃を弾いた二重の音。姫歌が目を開けると……
「大丈夫っ?姫歌ちゃん!」
「かな…ほ…さま…?」
揺れる長い銀の髪が目に入る。
「ああっ、高嶺様……!」
紅巴の眼前には金の髪。グラン・エプレ、その最高戦力の2人が、彼女たちの前に戻って来たのだ。
「あの隕石野郎を追いかけたらドンピシャだったとはな…。たまげたぜ」
「秋展さん…!」
ヒュージの群れの亡骸を背に、紅巴に近づいた秋展は抱えていた灯莉を彼女に預けた。
「灯莉っ!」
不安そうに駆け寄る姫歌を、高嶺が落ち着かせる。
「灯莉さんは無事よ。気を失っているだけね」
「食らった瞬間に上手いことガードしてたみたいだな」
「や、やっぱり……お2人がどうして…?秋展も……」
「瞬間移動のマジックだ。種明かしより……」
秋展が適当なことを言いつつ、武器を構え直す。灯莉を介抱していた叶星もチャームを取った。
「まずはこの状況をどうにかしないと」
「灯莉さんを助けるときに私たちと秋展くんで数を減らしたとは言え……ここまで囲まれた状態で突破するのは骨が折れるわね」
「ええ、ここに来るまでも、戦いながら強引に突破して来たからね……」
頷いた叶星が高嶺の方を向く。
「高嶺ちゃんは、身体の方は大丈夫?」
「私の心配は無用よ。さっきも秋展くんに手伝わせたでしょう?」
高嶺は少し悲しそうに首を振った。
「でも……」
叶星のトラウマが蘇り、巨大な不安を煽ってくる。
(高嶺ちゃんは、昔の戦いの後遺症で…いつ限界になってもおかしくない……。1年生の子たちも体力的にもう……。後は……)
彼女は汗を拭う秋展を見た。
「……秋展くんは…大丈夫…?」
「ああ?……へっ、半分の出力でブン回してこの様だぜ?もう半分はどっから補ってると思う…?」
「っ……ご、ごめんなさい…」
「いや、不甲斐ないのは俺の方だ……」
自嘲する彼の言い分は、叶星の耳には入っていなかった。
(これ以上、彼に負担させるわけには……。私が…やるしかない…。私が皆を守らないと!)
灯莉を囲むように展開し、周囲のヒュージに睨みを効かせる5人。
しかし、叶星が一歩前に出る。
「皆、下がってて。後は私がやるから」
「はぁ?あんた…」
「……叶星、一体何を言っているの?」
秋展、高嶺に続き、姫歌たちも口を開く。
「姫歌、まだ戦えます!」
「あ……わ、私も戦えます!」
だが、叶星は首を振る。
「ううん、皆、マギも体力も残り少ないでしょう?これ以上戦えば、怪我じゃ済まなくなるわ」
「っ……!」
ギリ、と歯を噛み締める秋展。その隣で紅巴が心配する。
「それは叶星様も同じじゃ……」
「私は大丈夫…」
作り笑い。
それを高嶺に見抜かれながらも、彼女は続ける。
「高嶺ちゃん、秋展くん。1年生の皆をお願い」
「叶星!」
「……ざけんなよ…」
「…秋展さん…?」
秋展が小さく呟く。悲しみと怒りが籠ったその声は、紅巴にだけ聞こえた。
「……私は、もう誰も犠牲にしたくないの…」
叶星がヒュージに向けて駆け出した、そのとき。
「いててて……。あれ〜、ここどこ?」
灯莉が目を覚ました。頭をさすりつつ立ち上がる。
「灯莉、あんた大丈夫なの?」
「んー、ユニコーンに手品見せる夢を見てたよーな、見なかったよーな…って、あれ何?もしかして叶星先輩?!」
「………」
高嶺も秋展も…皆が黙り込んで見つめる先には……。
群れを蹴散らしながら、流星のヒュージに食らいつく叶星がいた。
何体かのヒュージが5人に襲いかかり、それを倒しつつ…灯莉が秋展に話しかける。
「ねぇあっきー!叶星先輩、助けに行かないの!?」
「……あんたたちを任された…。リーダーの命令には従う……」
彼の声はとても低く濁っていた。
「でも、あっきー……怒ってるよ…?」
「なぁに…。まだだ……まだキレちゃいねぇ……」
パリ……パリ……
武器を振るう彼の身体の上で、真紅の稲妻が音を立てる。
(けど……あと一歩でプッツン切れちまいそうだ……)
そう独白した矢先に。
「た、高嶺様?!」
「っ!?」
紅巴の声がした方を見た。彼女は高嶺の背中を目で追っている。
「………っ!!」
秋展の中で何かが切れた。
流星型ヒュージの攻撃を躱し、防ぎ……叶星が銃撃する。
ヒュージは触手を畳みこれを防御。さらに速度を上げる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
その高機動に付いて行く叶星。だが、呼吸は乱れ切り、狙いも僅かにブレ始めた。
「まだ…まだやられるわけにはいかない…!私が皆を守らないと……!」
今や、彼女を突き動かすのは精神力のみになりつつある。
「この命に代えても!」
チャームが弾切れ。すぐさま大剣に変形させる……が、その隙を突いてヒュージが触手を叩きつける。
ギィン!
「くっ…ああああっ!」
ジャンプした瞬間に地面へ突き返される叶星。その眼前に……。
「はああっ!」
高嶺が躍り出た。
『□□□……』
新たな追撃者に驚いたのか、ヒュージは一旦距離を取る。
「高嶺ちゃん?!」
そして…。
「いい加減にしやがれあんたらぁあ!!」
絶叫しながら、叶星の横を駆け抜けた秋展が高嶺に追い縋る。
「秋展くん!!待って…!2人とも……!!」
叶星が呼ぶが、今は無視する。
「……『ゼノンパラドキサ』」
「寄こせよ……『アポフィス』!!」
そして複合能力たるレアスキルを発動する高嶺。高速移動と先読みで、ヒュージの動きに追随する。
「はああああああ!!」
ギギギギギギン!!
遂に空中で補足。目で追えない連撃を叩き込んだ。
『□□□ッ!』
触手を展開して秋展たちを振り払おうとするヒュージ。しかし。
「しゃらくせぇ!!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ
もはや、完全に怒りのみで突撃する彼がその触手を次々と叩き斬る。
『□□□□□!?』
悲鳴を上げるヒュージ。その様子を見ていた姫歌たちは驚愕した。
「な、何なのアレ?!高嶺様…秋展もどうしちゃったの!?」
「高嶺様のレアスキル、ゼノンパラドキサです!『縮地』と『この世の
「出力半分って……どう見てもそれ以上出てるでしょ?!」
「すごい!すごい!あっきー!たかにゃん先輩!」
高嶺はヒュージの攻撃を回避し、予想される方向へ狙いを定める。
「そのまま、踊り続けなさい!」
ズドォッ!
ズドォッ!
ズドォッ!
ズドォッ!
弾丸を連射。しかし、彼女でも追えなくなった。放った弾丸は虚しく空を切る。
「待ちやがれテメェ!!」
上空に逃げ出すヒュージ。秋展は蒸留塔を登り、その配管を潰す勢いで蹴って空中へ。
そのままヒュージの胴体へ斬りかかる。
だが。
『□□□!』
ヒュージの前方の空間が歪み、暗黒の異次元空間が出現する。
「ケイブだぁ?!往生際が
ヒュージは吸い込まれるように加速し、ケイブの中へ。
「この野郎ぉぉぉぉぉおお!!」
ケイブが閉じると同時に、元に戻った空間を灼熱の刃が切り裂いた。
「っち……逃げられ……あ…」
舌打ちと共に足元を見る。眼下に見える、プラント内に敷かれた道路には街路樹が植えられていた。
重力の法則に逆らえないまま、秋展は着地点を予想して悪態を吐く。
「……またかよ…!」
バサァッベキベキベキズシャァァァァッ…ドタッ
蒸留塔という高い位置から木へと落下。枝を折り、アスファルトに身体を叩きつける。
「はあ、はあ、はあ……」
膝を突き、肩で息をする彼女に叶星が駆け寄った。
「高嶺ちゃん!?無理しないで!!」
「……叶星…貴女、また自分を犠牲にしようとしたわね……」
「………」
「貴女がリーダーとして、慎重なのは構わないわ。でも、私の……あの過去の出来事を、その理由にはしないでちょうだい」
「高嶺ちゃん……」
「このままじゃ、グラン・エプレは強くなれないわよ……。ねえ、世話人さん…?」
「っ!」
叶星が顔を上げると、こちらに歩いてくる秋展が見えた。彼の顔は、先程の激怒とまではいかないものの、やはり怒っている。
「ふざけんなよ…あんたら2人とも…!」
秋展は高嶺の腕を引き上げ、肩を貸して立たせた。
「困ったときに自分でなんとかしようとする…その心がけは結構だけどな……心がけで済ませとけよ…。不安なときは俺をこき使えって……前にも言ったろうが…!」
「でも…それじゃ貴方が……」
「一人死んだら負け……それが
「……?」
「俺の妹は…仲間を逃すために一人で戦場に残って死んだ。あいつを知ってる誰もが、どん底まで後悔したんだ」
「……っ!」
「……」
叶星と高嶺が息を飲む。秋展の視界の端では、姫歌たちが駆け寄って来ていた。
「俺たちや…あの3人にそんな思いさせるような戦い方……もう二度とするんじゃねぇぞ…」
「……ごめんなさい…」
「私も……申し訳ないわ…秋展くん…」
2人の謝罪を受け止めた秋展。ふ、と息を吐く。
「……ああ」
午後の太陽が降り注ぎ、3人の影を地面に引いた。
ほどなくして、全ての戦闘が終了。ヒュージは大部分が撃破され、少数の残党は流星型と同じくケイブに帰還した。リリィや灼銅城に負傷者は多く出たものの死者はなく、辛くも勝利を収める結果となった。
「……お疲れ様、皆」
共に帰投する1年生3人に、叶星が労いの言葉をかけた。
「たかにゃん先輩は大丈夫なの?あっきーに連れてかれてた……」
「……うん、ちょっと力を使い過ぎちゃったみたい。でも大丈夫よ。一応、他の負傷者たちと一緒に病院で検査を受けることになったけど…」
「そうなんですね……」
姫歌が頷く。3人とも不安そうな顔だ。
「とにかく、高嶺ちゃんは無事よ」
「でも、他のレギオンのリリィと灼銅城隊員に負傷者が……」
「そちらも重傷というわけではないわ。貴女たちが頑張ってくれたおかげよ。他のレギオンにも声をかけて戦ってくれたのでしょう?本当によくやってくれたわ」
偵察に向かう灼銅城について行って、最低限戦線の維持はする。
姫歌たちの判断があったために、ぎこちなくもある程度の連携が取れ、甚大な被害には至らなかったと叶星は評価した。
「……いえ」
それでも、姫歌は浮かない顔をしている。
「貴女たちは先に帰ってて。私は、桔梗さんたちと事後処理をしてくるから」
「はい、わかりました」
紅巴の返答を聞いた叶星が、装甲車の停まっている方向に歩き出す。
彼女を見送って、姫歌が口を開いた。
「……全然だったな…。叶星様の代役を果たすつもりがこんな結果に……」
「定盛?」
彼女は決意を固めていた。それは叶星のようになりたいという憧れではなく、その一歩先への決意。
「姫歌……強くなりたい。誰も傷つかなくていいように」
「……はい。私も強くなりたいです…」
「それじゃあ、皆で強くなろう!叶星先輩やたかにゃん先輩、あっきーくらいに!」
彼女の決意に、紅巴と灯莉も賛同した。
「うん!強くなってみせるわ、絶対に!」
神庭女子藝術高校の近くにある医療施設に、秋展が来ていた。桔梗に一通りの報告を済ませ、待合室で高嶺の検査結果を待ちつつ、彼も一息入れている。
と、そこに……。
「…秋展」
「おう、棗」
戦場で一旦別れていた棗がやって来た。小声で挨拶し、彼は秋展の隣に座る。
「お前も、レギオンのリリィの見舞いか?」
「…ああ」
2人の間にしばらく沈黙が流れ、棗から問いかけてきた。
「…出力は上がったか?」
「ああ……ほとんど100パーセント出してたと思うが…やっぱり変身しなかったぜ…」
「……。要因は?」
「いや、心あたりはねぇ。……ブチ切れてたのがマズかったかなぁ…。俺のスキルって感情でどうこうなるもんじゃないからな…」
などなど小声で話していると、一人のリリィが診察室から出て来た。手には包帯を巻いている。
棗は立ち上がり、不安そうに待合室を見渡す彼女に近づいた。
手を上げて秋展への別れの挨拶とし、棗はリリィを連れて施設を後にする。が、リリィは常に彼と一定の距離を開けていた。
(普通にいいやつなんだがなぁ…。無口と目つきで損してるぜ、棗……)
しばらくして高嶺が来たので、秋展も彼女と一緒に施設を出る。
「どうだった?」
「しばらく休めば元通り、戦えるそうよ。明日からは帰省もするし、羽を伸ばしてくるわ。ただ……あれ以上は危険だそうよ」
「まあ…だろうな」
「………」
高嶺は秋展の顔を見る。背は彼の方が少し高い。
「……ん?」
「いえ…貴方でも、怒ることがあるのね」
秋展は苦笑いで返した。
「そりゃあな…。滅多なことじゃねぇけど…」
「ふぅん…?そう…」
何故か妖艶な笑みを浮かべる高嶺。その表情の意味は、秋展には計りかねる。
「…な、何だ…?何思いついたんだ…?」
「あそこまで怒るほど、叶星を大切に想っているのね……と」
「………その理屈でいくと…俺、あんたに対しても同じってことにならない…?」
「あら、私のことも大切?」
無表情で質問を返す。
「え…。そ、そりゃあまあ当然……」
「そう」
高嶺の返事は素っ気なかった。
「……もう少し聞きたそうな顔してくれてもいいんじゃねぇの…?」
「…そうね。嬉しかったわ、とっても」
困惑する秋展に、高嶺はまたもや妖艶な微笑みを添えて返答とした。
「うふふ…」
彼の背中が凍る。
「(こ、怖ぇぇよぉぉ…!)……あんた、今日はさっさと休んだ方がいいぞ…。めちゃくちゃ疲れてるだろ……」
「ええ、早めに休むわ。……叶星と2人で、ね♡」
「ヒュッ」
妖しい笑顔に対する恐怖がピークに達し、秋展は変な声で息を飲んだ。
気づけば顔から血の気が引き、代わりに冷や汗が噴き出る。
「あ、ああ……お好きに……」
心臓だか胃袋だかを握られた感覚を持ち始めた秋展には、もうそのようなことしか言えなかった。
学校に戻り、帰り着いた灼銅城自室のベッド。秋展はそこに、胸を撫で下ろしながら座り込んだ。
「何……あのプレッシャー……!」
後を引く恐怖を感じながら、彼もまた休息を取るのだった。
やっぱりこの章は1番難しい感じがしますね……。