アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 ドーモ、ハザクラ・チヨマルです。
 挿絵を描こうとして挫折した矢先に立て続けに用事が入り、疲れ果てた挙句風邪をひいてダウンしていたのですが、今日からの復帰です。
 それでは神庭編の続きをどうぞ。



第6話 ボランティア開始

 

 

 神庭女子藝術高校の敷地内を、秋展が何の気なしに歩いていると……。

 

「あっ!いたいた!あきひー!」

 

「お、灯莉さんに姫歌さんか」

 

「何やってんのよ秋展。これから出撃よ?」

 

「ん?……ああ、悪い」

 

 一旦、灼銅城の司令部に寄って装備を身に付ける。剣を携えたカタフラクト3C-273。

 姫歌たちに連れられて正門の近くに着く。いつも通り、6人のグラン・エプレに世話人を加えた面子が揃った。

 

「も〜遅いよお兄ぃ。ちゃんと世話人やって!」

 

「あ、秋奈ちゃん…落ち着いて…」

 

 モルトシュラークを手にぼやく彼女と話していた紅巴が宥める。

 

「あきな〜は厳しいねー」

 

「いや悪かったって。でも偶のことだから許してくれよ……」

 

「コホン」

 

 秋展が言い訳していると、高嶺が咳払いして場を仕切り直す。

 

「とりあえず、これで全員揃ったわ。叶星、号令をお願い」

 

「ええ。グラン・エプレ、出撃するわよ!」

 

「「了解!!」」

 

 灼銅城隊長が操縦するカサドールの上に乗り、戦場を目指して進む。

 秋展は明るい顔の妹を見ていた。

 

「調子よさそうだな、秋奈」

 

「うん!」

 

 そう言って、彼女は胸の前でチャームを構える。

 

「今日はこの子も絶好調!張り切って行くよ!」

 

 気合いを入れる秋奈に、秋展は微笑みかけた。

 

「まあ無理するなよ。なんたって

 

 

 

 お前はもう………」

 

 

 

 

 

 

「はっ?!」

 

 

  ジリリリリリリ……!

 

 

 目覚まし時計がけたたましく鳴り、薄暗い部屋の中で所有者たる秋展に朝を知らせる。起き上がってアラームを止めると、彼の目から雫が溢れ、枕の上でポツポツと音を立てた。

 

「あぁ……くっそ…。嫌な夢、見ちまった……」

 

 ベッドから出て窓辺に向かい、カーテンを開ける。学校の施設や周囲の住宅街に反射した朝日が、涙を拭う彼を照らす。

 

 制服に着替えて朝食に向かいながら、彼は夢の内容を思い返していた。

 

(あんな意味もねぇ“たられば”を考えてたとはな……。姫歌さんにウジウジするなと言われて、吹っ切れたと思ってたんだが……)

 

 首に提げたペンダントに、服の上から手を当てる。

 

(……まだ後悔してんのか、俺は…。せめて最期の瞬間くらいは、お前の側にいてやりたかった、秋奈……。今でも一緒にいると思うようになりはしたが……こればっかりは…な……)

 

 

 今日、グラン・エプレは非番であり、完全休日になっている。秋展自身も特にやることはなく、学校の敷地内をブラついていた。

 何となくデジャヴを感じつつ歩いていると……。

 

「あっ!いたいた!あっきー!」

 

 普段通りの呼び方で、灯莉が声をかけてきた。少し安堵しつつ振り返る。

 

「おう、どうしたんだ灯莉さん」

 

「これ見てー!」

 

 彼女が差し出したのは、ガーデンから配布されたボランティア実施要項である。

 

「えーとなになに……。神庭第二幼稚園の業務の手伝い……自由時間中の遊び相手か。それに演劇の準備の手伝い…っと。期間は結構あるな」

 

「そうそう!グラン・エプレの皆で行けたらな〜って」

 

「……へーえ。いいとは思うが…なんだってまた?」

 

「そこ、ぼくがしょっちゅう遊びに行ってるとこなんだけどね。先生がヒュージから逃げてるときに足を怪我しちゃって」

 

「おやまあ……」

 

「それでチビたちの相手をするのが無理っぽくなって、今人手不足なんだって〜」

 

「なるほど、だから治るまでの間のボランティアを……」

 

 秋展は要項に目を通し、灯莉に返した。

 

「どう、あっきー?チビたちと遊ぶの楽しいし、手品とか絶対喜ぶよ!」

 

 ずい、と詰め寄られる。

 

「小さい子たちか…。案外あっさりトリックを見破る、手品師としては油断ならない相手だが……ま、やるだけやってみるとしよう」

 

「やった!あっきーはオッケー!」

 

 くるりと回って喜びを身体全体で表現する灯莉。

 

「レギオンの他のメンバーは?」

 

「これからお話するよ!じゃあまたね〜!」

 

「おう…」

 

 秋展の返事も待たず、彼女は寮の方向へ走り去って行った。

 

「……どうせなら、皆と話してから来てくれてもよかっただろうに……」

 

 呆れながらに呟いた言葉が、一陣の風に流されて行った。

 

 

 

「ところがこうすると……あら不思議……」

 

 数時間後。

 秋展が宿舎の部屋で手品の練習をしていると、携帯電話から着信音が鳴る。

 

「お……叶星さんか」

 

 ハンカチを机に置き、電話を取った。

 

「はいもしもし」

 

『秋展くん?あの…ちょっとお願いが……』

 

「灯莉さんとボランティアに行くってのだろ?俺は大丈夫だ」

 

『そう…。話が早くて助かるわ。私たち皆で引き受けることにしたから、改めてお願いするわね』

 

「任せてくれ。……ああそう言えば…」

 

『ん?』

 

「帰省してた高嶺さん、戻って来たんだろ?どんな具合だった?」

 

『……そうね、本調子ではないと言ってたわ』

 

「…そうか」

 

『でも、ボランティアがリハビリにちょうどいいとも言ってたの。無理してる様子もないし、元気はあるわ』

 

 電話口の叶星の声は明るく、安心しているようだ。秋展もほっと息を吐く。

 

「そりゃあ何よりだ。ボランティア、結構長かったよな。頑張っていこうぜ」

 

『ええ。それじゃあ、またね』

 

 電話が切られる。秋展はもう一度ハンカチを手にした。

 

「さあて……やるか!」

 

 気合いを入れ直し、練習を再開する。

 

 

 

 数日後。

 

 

「あぁぁぁぁぁ〜!!もう無理ぃぃ!!」

 

 

 グラン・エプレがボランティアでやって来た幼稚園内に、姫歌の叫び声が響く。

 

「さだもりまって〜!ぴょんぴょんさわりた〜い!」

 

 彼女は園児たちに追い回されながら、そのパワーに圧倒されていたのである。

 

「これはぴょんぴょんじゃなくてツインテールよ!あと、定盛じゃなくてひめひめって呼びなさ〜〜い!」

 

「ぴょんぴょん!ぴょんぴょんぴょ〜ん!」

 

 半ば強制的に始まった鬼ごっこに、彼女はすっかり疲れていた。隙を突いた園児に背後を取られて動けなくなる。

 

「「あはははははっ!」」

 

 様子を見ていた他の園児たち、それに彼らと遊んでいる秋展と灯莉の笑い声が姫歌の耳に入る。

 

「秋展、さっきからあんたまで…!」

 

「ほらほら。普段の元気はどうした、定盛さん?」

 

「ちょっと?!」

 

 秋展がそう呼んでしまったため、ますます園児たちからの「定盛」呼びが定着した。

 

「やっぱりさだもりだ〜!」

 

「こンの…っ!後で覚えときなさいよ秋展!」

 

「残念だったな!今日の俺はお兄ちゃんだ!小さい子たちの味方なんだよ!」

 

「はあ?!」

 

 愕然とする彼女を放っておき、秋展は園児たちの相手に戻る。

 

「おにいちゃ〜ん、てじなやって〜」

 

「おう、任せろ!」

 

「あたしを助けなさいよ世話人!!」

 

 文句を言う姫歌に、園児たちは遠慮も容赦もなく詰め寄って来る。

 

「さだもり〜!」

「さだもりー!」

 

「くっ…ちっちゃい灯莉がいっぱいいるみたい…!ここは地獄なのーっ!?」

 

「いやぁこれだよこれ!子どもの遊び場ってのはこうじゃないと!」

 

「あんたまで何全力で楽しんでんのよーー!!」

 

 

 

 姫歌の悲鳴を聞き流しながら、紅巴もまた園児たちの遊び相手に奮闘していた。

 

「それではお歌をうたいましょうか。皆さんはどんなお歌が好きですかー?」

 

「えーっとね、えーっとね……」

 

「象さんの歌かな?それとも山羊さんの歌かな?」

 

 ボランティアに際し、多数の童謡を頭に叩き込んでおいた紅巴だが。

 

「えっとね、『チャーミーリリィ』のおうたがすきーー!」

 

 今回は読みが外れていた。

 

「え……それってアニメでしたっけ……?」

 

「懐かしいなぁ。まだ続いてたのか、あのシリーズ」

 

 近くで灯莉と共に、箱の中身が消える手品を披露していた秋展も話題に乗っかる。

 

「えー!とっきー、チャーミーリリィ知らないの〜?!とっきーだっさーい!」

 

「とっきーださー!」

 

 灯莉と園児たちから悪意なく指摘され、紅巴はシュンとしてしまう。

 

「うっ…も、申し訳ありません…勉強不足でした……」

 

「おにいちゃんはしってるのー?」

 

「ああ。なんなら技も使えるぞ」

 

「ほんとにー?!」

 

 園児たちが一斉に期待の眼差しを向ける。秋展は得意げな顔で、ポケットから緑のハンカチを取り出した。

 

「こうやってハンカチを指で挟んで……」

 

 左手人差し指と中指にハンカチの端を挟み、僅かにはみ出した部分を右手で摘む。

 

「引っ張って風から炎へ!モードチェンジッ!!」

 

 右手を振ると、緑だったハンカチが赤に変わりつつ指から引き出される。

 

「わっ?!」

 

「んーー…?」

 

 紅巴は驚くが、園児たちからの反応はあまり芳しくない。

 

「あ…あれ…?」

 

 困惑していると、灯莉が彼を指差す。

 

「あっきー、それやってたの、ぼくたちがちっちゃい頃のチャーミーリリィだよ〜。あっきーふっるーい!」

 

「おにいちゃんふるー!」

 

「嘘だろ?!あんなに練習したのに……」

 

 がっくりと項垂れる秋展に、紅巴が慰めの言葉をかける。

 

「げ、元気出してください…!私はすごいと思いましたし、他に興味持ってくれた子もいますから!」

 

「お…おう…。サンキュー、紅巴さん。あんたも気を落とすなよ」

 

 2人が話している間に、園児たちの相手が灯莉に移る。

 

「そうだ!あかりちゃん、チャーミーリリィのおえかきしてー!」

 

「オッケー!それじゃ、アニメ後期バージョンのマギ・リュミエール装備型チャーミーリリィを描くよ〜!」

 

 取り出したスケッチブックに素早く鉛筆を走らせ、瞬く間にキャラクターを描き上げる灯莉。記憶からデッサンしたそれをスケッチブックから外して、リクエストしていた園児に贈る。

 

「うわー、さっすがあかりちゃん!」

 

「すごいすごい!すっごーーーい!」

 

 紅巴と秋展も、情景の眼差しで灯莉を見ている。

 

「圧倒的支持率……!灯莉ちゃん、尊敬いたします…っ」

 

「ああ…よく顔を出してる分、園児たちの好みや流行を熟知している上に…それを的確に表現する力があるからな。一朝一夕であの次元に達するのは無理だろうぜ……」

 

「いや、レベルが同じってだけじゃないの……?」

 

 呆れ顔で姫歌が合流。彼女()遊ぶことに園児たちは満足したのか、先程までの鬼ごっこは終わっていた。

 

「目線が同じと言えよ定盛さん」

 

「あぁ……もうどーでもよくなってきたわ、呼ばれ方とか……」

 

「さて、向こうはどうなってるかな?」

 

 疲れている姫歌から、高嶺と叶星のいる方へ視線を移す秋展。

 

 

 活動的な園児たちが秋展たちの方に集っている一方、2人の近くにはおとなしめなタイプの園児たちが集まっている。

 

「ねぇ、かなほちゃんはどんなシャンプーつかってるの?サラサラのかみ、うらやましー」

 

「ふふっ。貴女の髪もつやつやして、綺麗だわ」

 

 と、すかさず高嶺が詳細に解説。

 

「叶星が使っているのは天然素材のオーガニックシャンプーよ。後は寝る前にヘアオイルでのトリートメントを欠かしていないわ」

 

「ふむふむ……おーがにっくにとりーとめんと……と」

 

 話しかけていた園児は興味深そうに頷く。

 

 

 その様子を見ていた秋展たち。姫歌は心底驚いている。

 

「え……なに?この女子力高い会話……」

 

「んっ……あー……そうだな…」

 

 秋展は内心、高嶺が叶星のプライベートに関する情報を敢えて口に出すことで、「叶星は私のもの」と……幼稚園児にまで牽制しているようにも思えたが。

 その感想をぐっと飲み込んで複雑な表情を見せるだけにとどめた。

 

「今時の若い子は美容に関する意識が高いのですね……」

 

 何か枯れたような発言をする紅巴に、秋展がツッコミを入れる。

 

「年寄りってわけでもないのに、突然老け込むなよ紅巴さん」

 

「はぁぁぁ…。なんだかアイドルリリィとしての自信がなくなっちゃう……」

 

 肩を落として姫歌が呟く。すると仲間たちと遊んでいた園児の一人が振り向いた。

 

「えっ、アイドル?!」

 

「へ…?」

 

 俯いている彼女を、明るい顔で見上げる。

 

「さだもりってアイドルなのーっ?!」

 

「定盛じゃなくてひめひめ!……まあそれはともかく。そうよ、ひめひめはアイドルでリリィなのっ!」

 

「急に復活した…!」

 

 元気を取り戻した彼女に秋展が驚く中、姫歌と園児たちの会話が続く。

 

「えーーーっ!ほんとーーーっ?!」

 

「すんごーーい!それじゃ、テレビとかにもでてるんだーっ!」

 

 

「え、えーと……そういう感じではないですよ……。ね、ねぇ、姫歌ちゃん…?」

「シーーッ!黙っておくんだ紅巴さん…!カッコわら…じゃなくてカッコじしょ…ゲフンゲフン…とか言ったら子どもたちや姫歌さんの夢が灰塵に帰すだろ!」

「そ、それは……って姫歌ちゃんのも……?!」

 

 顔を近づけて何やら話している秋展と紅巴を気にすることなく、園児たちの話も進む。

 

「でも、ひめひめはかわいいよね。さすがアイドルだなー」

 

「っ……?!」

 

 姫歌は息を飲む。

 今まで灯莉や秋展からは『面白い人』というレッテルを貼られていたが、久方ぶりに『かわいい』と言われたためだ。彼女は胸中に舞い上がるような喜びを感じる。

 

「もう一度……もう一度言って!姫歌のこと、もっと褒めて!」

 

 満面の笑みでそう言いながら園児たちに詰め寄る。その後ろでは……。

 

「姫歌ちゃん……」

 

 苦笑いしながら悲しそうな目を向ける紅巴と…

 

「あれ……なんで俺が泣きたくなってんだろ…?」

 

 仲間が幼稚園児に褒め言葉をせがむ情け無い姿アイドルとして一歩前に踏み出した姿を見て、目頭を押さえつつ呟く秋展がいた。

 

 すると、園児の一人が言う。

 

「さだもりがアイドルなら、かなほちゃんはおひめさまだね!」

 

 

「え……お姫様?私が?」

 

 急に話題を振られ、叶星は困惑しながら反応した。

 

「あー、わかるー。かなほちゃんはプリンセスだ」

 

「あら、嬉しいわ。ありがとう」

 

「っ!」

 

 叶星が微笑み返していると、今まで有頂天だった姫歌がはっとして秋展と灯莉に食いつく。

 

「ちょっと!灯莉、秋展!アイドルとお姫様ってどっちが上っ?!どっちがかわいいのっ?!」

 

「そうヤケになるなって……」

 

 落ち着かせようとする秋展の横で、灯莉が笑い声を上げた。

 

「あはははーっ!定盛、白雪姫の毒リンゴおばさんみたーい!」

 

「お、おば……っ?!」

 

 ショックを受ける姫歌に、秋展が追い討ちをかける。

 

「そういうこと。美の価値観を比較しようとしてる時点で、もうその心がかわいくないってんだ」

 

「ガーーーン!!」

 

 青ざめて放心を始めた姫歌に、紅巴が近寄って背中を撫でる。

 

「秋展さん…そこまで言わなくても……」

 

「いや、マネージャーだからな。こういうときにはガツンと言ってやらにゃあ…」

 

 

 その頃。

 先程の話を、高嶺たちが続けている。

 

「よかったわね、叶星。お姫様扱いだなんて光栄でしょう?」

 

「ふふっ、そうね」

 

 叶星が微笑んでいると、彼女をお姫様と呼んでいた園児が高嶺を見て言った。

 

「……たかねおねえさまはおうじさま!」

 

「王子様…?」

 

 聞き返す高嶺だが、かなり嬉しそうな様子である。

 

「うんっ、おひめさまとけっこんするひと!だっておにあいだもん!」

 

 純粋な少女の言葉。

 結婚とお似合い。

 このキーワードを耳にしていた紅巴は…。

 

 

「…………」

 

 

「……?おーい?紅巴さーーん」

 

 秋展が顔の前で手を振っても無反応。恍惚の笑みを浮かべている。

 姫歌も彼女の肩を揺すった。

 

「ちょっと紅巴!声もなく昇天しそうになるのやめてっ!っていうか、なんで高嶺様だけお姉様呼びなの?!」

 

「貫禄だろうなぁ……」

 

 姫歌たちを気にするでもなく、叶星たちと園児は会話する。

 

「高嶺ちゃんが王子様か……。なんだろう、すごくしっくりくるわ」

 

「うーん、私としては姫君(プリンセス)を守る騎士(ナイト)も捨てがたいのだけど……でも、それは本職(秋展くん)に譲ることにして、叶星と結婚して(キング)になるのも悪くないわねぇ」

 

「寿退職かっ!譲られたとして、俺の仕事はないも同然だろそれ……っておお?!」

 

「ぐふぁ…っ!」

 

 遂に耐えられなくなった紅巴が鼻血を噴いて倒れ伏す。突然の出来事に秋展は肝を抜かれた。彼女の体を起こしつつ呼びかける。

 

「しっかりしろぉ!傷は深いぞ!!」

 

「た、高嶺様!その辺にしてください!紅巴が帰って来れなくなっちゃいます……!」

 

 

 

 幼稚園内が授業の時間になり、グラン・エプレに休憩のときが訪れる。

 

「……それで私たちがやるべき仕事は、具体的にどういうものなの?」

 

 控室として充てがわれた空き教室で、高嶺たちが遊び相手以外の仕事について会議を進めていた。

 

「灯莉ちゃんから少し説明があったと思うけど、今度のお遊戯会で演劇をやるらしいの。ただ、企画を担当していた職員さんが怪我をされた影響で…ほとんど準備ができていないって状況ね」

 

 叶星に続き、紅巴たちも口を開く。

 

「他の職員さんも、園児たちの面倒を見るので手一杯ですよね……」

 

「実際、今日俺たちが入ってなお忙しそうだったからなぁ」

 

「あの元気のカタマリみたいな子たちの相手をしながら劇の準備なんて、姫歌にはぜったい無理だわ……」

 

「そういうわけで、俺たちが助っ人に呼ばれたんだが…。とりあえず、職員の人から具体的に仕事が書かれた紙をもらってる」

 

 秋展は荷物から取り出した書類を机に置き、皆に見せた。

 

「まずはこいつに従って、役割分担していくとしようぜ」

 

 彼が提案すると、灯莉が真っ先に手を上げる。

 

「ぼく、衣装作りやるよー!あとね、背景とか看板も作るー!」

 

「背景……書き割りというものね」

 

 ホワイトボードに向かっていた秋展は、高嶺の言葉に頷いてから灯莉の方を見る。

 

「両方ともいくのか」

 

「衣装に書き割りって……大変そうだけど大丈夫なの?姫歌もそっち手伝ったほうがいい?」

 

「んー、だいじょぶ!去年使った衣装があるから、それをベースに飾りをいくつか作って、リメイクすればいい感じになると思う〜」

 

「なら、ここは灯莉さんで……」

 

 秋展がボードに役割を整理していく。

 

「十分、大変そうだけど……。何かあったら言いなさいね」

 

「うんっ、ありがとー!」

 

 姫歌に礼を言う灯莉の隣で、紅巴は紙を眺めて悩んでいた。

 

「私は何をすればよろしいでしょうか……?」

 

「紅巴ちゃんと姫歌ちゃんには、劇で使う曲の選定をお願いするわ。できれば演奏もお願いしたいところだけど……」

 

「楽器は何があるのでしょうか?」

 

「えっとね、オルガンがあるよー!」

 

「状態は?」

 

「物置きにしまってあるけど、ばっちりだよ!」

 

 秋展の質問に笑顔で答える灯莉。姫歌はやや困り顔になる。

 

「オルガンか……。ピアノはやってたけど、そっちは弾いたことないわね」

 

 と、紅巴が手を上げた。

 

「あっ…私、弾けます!」

 

「お。そりゃあいいな」

 

「へぇ、オルガンなんてどこで習ったの?」

 

「ええ、昔お世話になっていた場所で……」

 

「……!」

 

 ボードに向かっていた秋展は、紅巴の言葉に何か自分たち兄妹と似たものを感じた。

 

「とにかく、伴奏でしたらお役に立てると思いますっ」

 

「それじゃ、姫歌は歌をみてあげようかしら」

 

「そうしていただけると助かります……!」

 

 姫歌はやる気に満ちた顔で天井に目を向け、実際に歌を教えている場面を思い描いた。

 

「歌のお姉さんか…。アイドルとはちょっと違うけど、いい経験になりそうね!」

 

「なんだなんだ?ボランティアなのに本格仕様になってきたじゃねぇか」

 

「ふふふ。皆、ありがとう。期待しているわね」

 

「よし、とりあえずこれで大役は揃ったな。後は片手間で済むような、細々した仕事があるだけだ」

 

 微笑む叶星、秋展の順に高嶺が見つめる。

 

「では、私たち3人は皆のサポートに回りましょうか」

 

「おう。手伝いながら細かい仕事をやってしまおう」

 

「そうね。雑用でもなんでも言いつけてちょうだい」

 

 叶星はそう言うが、紅巴は遠慮する。

 

「そ、そんなっ…雑用なら私がっ!」

 

「はいはい、いいからいいから。劇の内容を聞いて、どんな曲にするか相談しましょ」

 

「でも……」

 

 姫歌に宥められてもなお、紅巴が叶星の方を申し訳なさそうに見つめる。

 そこへ秋展が畳み掛けた。

 

「言っとくぞ紅巴さん。本職の雑用係は俺だ。俺から雑用を取ったら何一つ仕事が残らない。ただでさえ他に2人の人手があるのに、あんたまで雑用を始めたら俺の存在意義が露と消える」

 

「は、はい……!」

 

「だからあんたは自分の仕事に集中してくれ。伴奏できるのはあんただけなんだからな」

 

「わかりました…!土岐紅巴、全力を尽くして演奏しますっ」

 

「オーケー、それでいい」

 

 皆のやりとりを見ていた灯莉は、早くも楽しみにしている様子である。

 

「えへへ、皆で面白いお遊戯会にしようね〜!」

 

 

 

 しばらくして。

 叶星と高嶺は、灯莉と一緒に背景に使う塗料や板が保管されている屋外の倉庫へ。秋展はオルガンを運び出す手伝いをするために物置きへと向かった。

 

 物置きの中は整頓されており、布の掛かったオルガンには楽に対面することができた。

 

「……なんだか懐かしい気持ちです…」

 

 布を捲り、鍵盤を撫でる紅巴。遠い記憶を思い返している。

 

「そうか…。幼稚園…俺は保育園だったが、こういう場所はノスタルジックな気持ちにさせてくれるよな」

 

 運び出すときに邪魔になりそうな品々を退かしながら、秋展は微笑む。

 

「小さい頃に観たテレビ番組とか……案外覚えてるもんだ」

 

 しばし作業を止め、胸…妹の写真が入ったペンダントに手を当てる。

 

「あ、先程話していたチャーミーリリィですね…。小さい女の子向けのお話だとお聞きしてます」

 

「ああ…。正直、俺はあんまり興味なかったんだがな、妹がハマってたんだ。アニメの中に手品を使うキャラがいて、そこから俺ものめり込んで……そんな具合だ」

 

 聞いていた姫歌も話に加わる。

 

「ふーん。妹さんの方から手品を始めたのね」

 

「まあ、あいつより俺がハマってたけどな、手品は」

 

「……あの、聞いてよろしければ…」

 

「ん?」

 

 どこへともなく伸ばしていた視線を、こちらを見上げる紅巴に合わせる。

 

「秋展さんの妹さん……秋奈さんは、どんな方なんでしょうか…?」

 

「あ、それあたしも興味あるわ」

 

 姫歌も寄って来た。秋展は上着の下からペンダントを取り出す。

 

「そうだなぁ…。まあとにかく、素直で気持ちに正直なやつだった。ちょうどあんたたち2人を足して2で割ったような性格してたぜ。写真見るか?俺に似てるんだ」

 

 卵型のペンダントを開き、彼と同じ赤茶色の髪と目に、元気がよさそうな少女の写真を2人に見せる。

 

「わっ…確かによく似てらっしゃいます…」

 

「男寄りの美形な顔してるわね…。女装した秋展って感じ」

 

「体格が違うから速攻でバレるけどな。イケメン兄妹ってことで、近所じゃ有名だったんだぜ?」

 

「まあ確かにあんたの顔、悪くはないけど……中身がこれじゃあねぇ……」

 

「っ…。そんな言い方ないだろ…」

 

 少し落ち込みながら、秋展はペンダントをしまい込む。

 

「やっぱり思い出とかあるの?」

 

「ああ。一緒に手品やったり、テレビ観たり…旅行にも行ったし……。短い間だったが、騎士団に入る前は一般人だったからな。平凡でも大事な思い出は、たくさんあるさ」

 

「………」

 

 切なげな紅巴の方に話題を振る。

 

「あんたはどうだ?紅巴さんの、ご家族との思い出とか……」

 

「あ……そ、その…」

 

 彼女はオルガンの布を戻しつつ、申し訳なさそうに返した。

 

「…私、幼い頃は施設で過ごしておりまして……」

 

「っ…!」

 

「え、そうだったの?」

 

 秋展の顔が少し曇る。驚く姫歌に答える形で、彼女は続けた。

 

「はい…。そこにあったオルガンを弾かせていただいて、覚えまして…」

 

「そうだったのね…」

 

「あの、興味本位でお尋ねしてしまって申し訳ありませんが、秋展さんのお話……ご家族のお話は、今一つ実感が……その……」

 

 秋展も罪悪感が滲む笑みで紅巴の方を向き、彼女の肩に軽く手を置いた。

 

「いや、いい。気にするな。俺も悪かった。軽々しく聞いちまったよ……」

 

「あ、謝らないでください…。リリィには珍しくないですから……」

 

「騎士団員にはもっと珍しくないんだがな…。負のマギに耐性のある、行き場をなくした子どもには選択肢が与えられる。騎士団の施設で騎士になるべく生活するか、里親を探すか…。後者を選べない場合も結構あるんだ」

 

「新しい家が見つからないってこと…?」

 

 姫歌の発言に頷く。

 

「大人と暮らせない事情があるやつ、社会の中に身の置き場がないやつ……そういう、人に言えない背景があるやつが集まってる側面も、騎士団にはある。それがわかってたのに俺は……」

 

 秋展が俯いていると、姫歌が手を叩いた。

 

「はいはい、しんみりした話は終わり!さっさと作業しましょ!」

 

「姫歌ちゃん……」

 

「あんたたちにとってはそういうのが“当たり前”かもしれないけど、ここではそうじゃないのよ!お遊戯会を成功させて、この幼稚園の子たちの“当たり前”の笑顔を守るって仕事があるんだから!」

 

「「………」」

 

 秋展と紅巴は顔を見合わせ……同時にふっと微笑む。

 

「……ああ、そうだな。姫歌さんの言う通りだ。懐かしい雰囲気に当てられて…俺としたことが……」

 

「そうですね…。今は、お遊戯会のために頑張りましょうっ!」

 

 

 作業を再開して数分後。

 

 物置きが片付いた。オルガンのキャスターをロックから外し、明るい教室を目指してゴロゴロと運んで行く。

 

 

 





 これからは1週間に1度投稿できれば早いくらいのペースにしようと思います。皆様にはじっくり楽しんでいただきたいですし、私も今までは急ぎすぎていたと感じていますので……。
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