アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 設定の解説回が続きます。3本立てにする予定でしたが、後半部分をまとめることができたので第2話はこれで決着です。シリアスムード注意です。



第5話 演目は守護天使(シュッツエンゲル)

 ミリアムと吉春に案内されながら工廠科に向かって歩く梨璃、楓、二水。

 

「…ん?」

 

 校舎の入り口に近い場所で、異様な風体の人物が近づいてくるのが見えた。

 

「どうした、一柳嬢」

 

「あれは…?」

 

 ガチャリ、ガチャリと音を立てて歩く人物。黒々としたシルエット。梨璃は、何となく吉春が使っていた装備の音に似ていると感じた。

 

 その人物は、巨大な金属の箱を2段重ねで背負っている。頭は大きく、フェイスガードが3つあり、背中の荷物を支えているのは6本の腕だ。

 

「ああ、莱清(らいしん)じゃの。黒鉄嵐のブラックスミス……まあ、あっちの工廠科みたいなもんじゃ。結構交流があるんじゃぞ」

 

「何なんですの、あの装備…」

 

「阿修羅型のパワーアシストアーマー…でしょうか?聞いたことないです…」

 

 

「あ……や、やあどうも…」

 

 莱清は背負っている箱のため前傾姿勢になっており、皆の影が視界に入るまで気づかなかった。

 やや焦りつつ顔を上げる。

 

「どうしたんだ、それは」

 

 吉春に問いかけられた彼は苦笑いした。

 

「工廠科に『お土産』をね…」

 

「助かるのじゃ。しかし…1人でこれだけ運んどるのか?」

 

「いや、出撃と訓練以外司令室に篭ってる隊長に手伝ってもらおうと思ったんだけど、朝からいなくてさ……。何か聞いてる?」

 

「なぜ他のメンバーに言っていないんだ?…隊長なら、例の彼女とデートらしい。今頃街だろう」

 

「デートだって?!何だよ、こっちは忙しいのに…!」

 

 不満を露わにする莱清。

 と、二水が食いつく。

 

「そ、その隊長さんの恋人について詳しくお願いします!」

 

「ええっ?!」

 

「これこれ」

 

 莱清に詰め寄る彼女をミリアムが引き剥がした。

 

「工廠科の見学に来たんじゃろ?それに、露骨に他人のプライベートに踏み込むものではないじゃろ」

 

「えぇ…。で、ではその装備の詳細を…!」

 

「また後でね…」

 

 梨璃と楓は莱清の背中に重なっている箱を見上げる。

 

「手伝いましょうか?」

 

「重いよ?」

 

「中身は何ですの?」

 

「チャームのスペアだ。引退したリリィや、家に使わなくなったチャームがある人々が寄付してくれることがある」

 

「それを修理して使えるようにしたり、『コラプサーチャーム』にしたりとね。僕らの格納庫より、工廠科の方が設備の都合がよくて……この辺りの説明、真島嬢交えながらがいいかな?」

 

「そうじゃな…。皆、改めて工廠科に行くのじゃ!」

 

 

 エレベーターで校舎の地下施設まで降りてくる。大きな荷物もあり、そこそこ狭い空間から解放された。

 

「ここが工廠科じゃ」

 

「地下にこんな施設があるんですね」

 

 梨璃が感心していると、ミリアムがある扉に近づき、インターホンを押す。

 

「おーい、百由様おるかー?」

 

 言いながら彼女は返事を待たずに扉を開けた。

 

 と、扉の向こうからオレンジ色の光が漏れてくる。

 

「わっ、眩しい!」

 

「それにこの熱気は…」

 

 光を放っていたのは、真っ赤に焼けているチャームの刃であった。

 その前に立つ生徒…真島百由が振り向かずに挨拶する。

 

「ご機嫌よう。ちょっと待って……。これからチャームの刃を硬化処理するところなの…」

 

 天井から伸びる機械のアームが、炉から引き出した刃を持ち上げてオイルへと沈めていく。

 熱せられたオイルが弾け、刃を炎で包み込んだ。

 

 その傍ら、ようやく百由が振り返る。

 

「いらっしゃい…って、結構な大人数ね…」

 

「見回りに来た、真島嬢」

 

「お土産持ってきたよ」

 

 莱清は背負ってきたコンテナを部屋の外に置いている。

 

「なるほど、『よっしー』と『らいっち』はいつものやつ、と。それから梨璃さんと楓さんね。えーと貴女は…」

 

 二水は再び鼻血を抑えながら答える。

 

「二水です、二川二水っ!」

 

「よろしく二水さん。今いいところなの」

 

 炎が止まり、オイルによる冷却が完了した。

 

「さあ、上手くいってよ〜」

 

 アームがゆっくりと刃を持ち上げる。空気に晒し、更に急冷。

 皆が見守る中……

 

 

  キン

 

 

 

「「あ…っ」」

 

 

 嫌な音が鳴った。ある意味同志である百由と莱清の声が重なる。

 

「ああー……」

 

 彼女はオイルプールの前で脱力し、頭を抱えて膝を打った。

 

「この(ひと)月の努力の結晶がぁ〜〜……」

 

 

 

 

 百由は顕微鏡をプロジェクターに繋ぎ、壁のスクリーンにひび割れた刃を映す。

 

 幾重にもなるルーン文字の列も同時に映った。梨璃が見上げる。

 

「何ですか、これ……?」

 

「チャームの刃には、マギを制御する術式が組み込まれているの。よっしーが使ってるような、騎士団の近接武器にもね」

 

「リリィの体から流れ込むマギ、あるいはリアクターから流れ出た負のマギが、この術式によって活性化し、ヒュージを支えるマギをまた断ち切るのじゃ」

 

「ヒュージの…マギ…」

 

「僕たち騎士団の装備だと、負のマギは活性が低くて充分な威力はないんだ。それで、リアクターからのマギの一部を熱変換して、更に高いエネルギー状態にしてるんだよ」

 

「それで……」

 

 梨璃は昨日見た吉春の槍と剣を思い出す。

 

「リリィに力を与えるのもマギなら、ヒュージに力を与えるのもまたマギじゃ。ま、道理じゃの。お主も知っておろう?」

 

「はい……習いました」

 

 ミリアムは徐に、テーブルの上にある筒状の物体を手に取って梨璃に見せる。

 

「こんなのもあるぞ。ほいっ」

 

「はい?」

 

「チャームの銃身じゃ。よく見い。ライフリングにも術式が刻まれておる。弾がここを通るときに、マギと共に術式が刻まれるというわけじゃ」

 

 梨璃が見上げて覗き込むので、銃身を支えるミリアムは思い切り腕を上に伸ばしている。

 

「ヒュージと違って、リリィはチャームを依代に、騎士は体も依代にしてマギを制御する……んだけど…。あ〜…やっちまった…」

 

 項垂れる百由を、莱清が宥める。

 

「そう落ち込まないで、真島嬢。気晴らしに何か食べてくるといいよ。チャームのリサイクル作業はできるだけやっとくから」

 

「あー…んじゃ、片付け諸々もよろしく…」

 

 椅子に座っている百由がピラピラと手を振った。

 

「うぇ?!」

 

 仕事が追加されるとは予想していなかった莱清。驚きの声を上げる。

 

「莱清、百由様はこういう方じゃ。わしも手伝わんとな…」

 

「『聖騎士』使いが荒いよ…。そうだ、二川嬢。聞きたいことあったら言って」

 

「いいんですか!?それでは…」

 

 二水はメモ帳とペンを取り出し、コンテナを部屋に運び込む莱清に取材を始める。

 

「まず、その阿修羅のような装備は一体何でしょう?」

 

 両腕は吉春と同じ機械鎧だが、それとは別に機械のアームが背中から4本生えている。

 アームの先端には、特徴のないマニュピレータ以外にも大小の指や工具、カッターなどが付いていた。

 

「これはね、僕が作った新しい型のカタフラクトだよ。4Cシリーズ、37.11モデルって呼んでる」

 

 答えながら腕を伸ばしてコンテナを開けた。中から壊れかけのチャームを取り出し、フェイスガードを切り替えながら両手の工具と4本腕の先にあるマニュピレータで器用に解体していく。

 

「作業用ですか?」

 

「まあそんなとこ。状態のいいヒュージの亡骸があれば、今からでもこのチャームをコラプサーにできるよ」

 

 と…。

 

「あの、時々出てくるコラプサーって…」

 

 今度は梨璃への解説役が吉春に移った。

 

「チャームの心臓部にマギクリスタルコアがあるよな。実は俺たちのリアクターと全く同じ大きさになっていて、コアをリアクターに換えて調整すれば俺たちもチャームが使えるようになる」

 

 莱清の背中で鈍く光るリアクターを指差しつつ説明を続ける。

 

「このとき、チャームは『リリィのマギ』を『受け取る』物から『負のマギ』を『発する』物になる。真逆の存在になるわけだが、それでも威力を発揮する様が…天文学で潰れた星が重力を残すことに例えられ、崩壊した星……コラプサーと付けられるようになった」

 

「末黒野さんが持っていたあれですわね…。すぐに作れるものなんですの?莱清さんの口ぶりではそうでしたけど…」

 

「ああ…リアクターを1から作るのは難しいが、それに特化したEXスキルもある。莱清の『ジェフティの(さにわ)』がそうだ。ヒュージの亡骸から、リアクターの炉心を精製することができる」

 

「EXスキルにも色々あるんじゃの。勉強になるわい」

 

「珍しいモノでは『死に瀕すること』が覚醒条件のスキルもある。レアスキルと似たり寄ったりの多様性だ」

 

 吉春が話していると、一息ついた百由が立ち上がった。

 

「さて、お昼に行きますかね〜。皆、見たいところあったら見てらっしゃい。ただし、あんまり触らないようにね」

 

「あ、待ってください!」

 

 彼女を梨璃が呼び止める。

 

「お聞きしたいことが……」

 

 

 

「ふーん、なるほどねー」

 

 百由と共にラウンジに戻って来た梨璃たち。

 昼食を摂りながら聞き出そうとしているのは夢結のことである。

 ちなみに、莱清とミリアムは工廠科で作業と片付けの真っ最中。

 

「しっかし、よりによって夢結とシュッツエンゲルなんてねー」

 

 梨璃、楓、二水の前には一人前の料理の皿があるが、百由は5、6人前の食事をぺろりと平らげた。

 隣のテーブルには流れでついて来た吉春が、シーフードパスタにカボスを絞って食べている。

 

「でも、全然相手にしてもらえなくて……。あの、夢結様が今使っているチャームは…」

 

「“ブリューナク”ですわ」

 

 楓が答えたのは、四角く長い刀身と、シンプルな変形機構が特徴のチャームである。

 

「2年前に使っていたのは……?」

 

「“ダインスレイフ”ね」

 

 幅の広い双刃の剣型で、刀身が縦に分かれて銃口が出現する機構。

 

「なぜ夢結様はチャームを持ち替えたんですか?」

 

「……なるほどね。それは本人に聞くしかないでしょうね」

 

「百由様は何かご存知なんですか?」

 

「私ってるわ。けど教えない」

 

「……なぜですか?」

 

「本人が望まないことを、私がベラベラ喋るわけにはいかないでしょう」

 

 きっぱりと答える百由。梨璃は今まで静かに話を聞いていた吉春の方に向く。

 

「……黒鉄嵐の方は…?」

 

「……2年前となると、黒鉄嵐は再編成される直前だな。白井嬢の事情を知っているのは一部のメンバーだけで……皆口は硬い。俺はその再編成の流れで着任した。こちらから言えることはない」

 

「…そうですか…」

 

 梨璃は百由に向き直る。

 

「リリィや、防衛軍の一部である騎士団は税金も投入される公の存在だけど、その個人情報は本人がそれを望まなければ一定期間非公開にされるの。個人の心理状態が戦力と直結する上に、感じやすい10代の女子たちとなれば、まあ仕方ないかもね。騎士団はオマケに『ワケあり』も……」

 

「真島嬢…!」

 

 吉春はキッと百由を睨む。

 

「あ、ごめん。今のは忘れて」

 

「しかしあのお方、感度高そうには見えませんけど」

 

 楓が話題を変えた。

 

「……感じ過ぎるのよ。感じ過ぎて、振り切れてしまった……」

 

「?」

 

 百由は顔をパッと上げて態度を戻す。

 

「おっと言い過ぎた。後は本人に聞いて。話してくれるならね」

 

「はい……」

 

 梨璃は少し残念そうに頷いた。

 と、彼女にやや呆れ気味に問いかける楓。

 

「梨璃さん、どうしてそこまで夢結様にこだわりますの?」

 

「……。初めて出会ったときの夢結様と、今の夢結様はまるで別人みたいで…。私、それが不思議で。知りたいんです」

 

「………」

 

 吉春は静かに、しかし鋭い目で梨璃と楓のやりとりに耳を傾けていた。

 

「夢結様がそれを望んでいなくてもですか?それとも、ご自分なら夢結様を変えられる?そんなのは梨璃さんのエゴではなくて?」

 

「それは……」

 

「……一柳嬢」

 

 彼も口を開く。

 

「知的好奇心は大変結構。だが、それのみで他人に近づくのは……その人の心に、土足で踏み入るに等しい行為だ。君たちの精神衛生を守るのも俺たちの仕事の一つである以上、実行に移すとなると憲兵隊(こちら)も看過はできない」

 

「…そうかもしれないけど……」

 

 梨璃は俯きつつ言葉を続ける。

 

「…何が夢結様を変えてしまったのか……。夢結様が胸の内に何をしまっているのか……。私、それを知りたいんです」

 

「………」

 

「はぁ。これはもう、当たって砕けるより他になさそうですわね」

 

「……ヌーベル嬢…?」

 

 思いついたように笑顔になった彼女に、吉春は違和感を抱く。

 

 

「夢結様にケチョンケチョンにされてボロ雑巾のようになった梨璃さんにわたくしが手を差し伸べれば、一丁上がり!という寸法ですわ!」

 

 

 彼女は目をキラキラ……否、爛々と輝かせて腹の中を自ら暴露した。

 

「楓さん、妄想がダダ漏れです…」

 

 二水が呆れていると、吉春が席を立って暗い笑顔を楓に向ける。

 

「はははは、懲りないな君は。一柳嬢、この後も白井嬢を捜して、話をするつもりか?」

 

「え…?…うん」

 

「ならば、見回りついでに同行させていただこう」

 

「なぜですの?」

 

 楓は不満気に吉春を見る。

 

「一柳嬢を看過できないと言ったろう?それに、君もなヌーベル嬢。先程の言動……君たちに監視が必要と判断するには十分だと思うが?」

 

「ぐぬぬ…。お邪魔虫ですわ…!」

 

 彼女は淑女にあるまじき表情で歯を見せる。

 

「何とでも言うがいい。俺は役割を遂行するのみだ」

 

 対する吉春は開き直って食器を片付けた。

 

 

 

 

 

 

 夢結を捜して学院内をめぐる、梨璃と楓、二水の3人。そして見回りをしつつ彼女たちの動向を監視することにした吉春。

 

 しばらく敷地内を巡り、やがて夕暮れ時。

 4人は校舎の中を歩いていた。

 

 すると。

 

 

「……あ…」

 

 

 梨璃たちの前から夢結が歩いてきた。時刻を知らせる鐘が鳴る。

 

「………」

 

 彼女は何を言うでもなく、4人の横を通り抜けようとした。

 

「……ま、待ってください!」

 

 が、梨璃に呼ばれ足を止める。

 

「夢結様!私とシュッツエンゲルの契りを結んでください!…私、夢結様に助けてもらって……夢結様に憧れてリリィになったんです!」

 

(ストレートに言ったな……。だが…)

 

 吉春は心の中に不安を抱く。夢結の性格への印象がそうさせているのだ。

 

「……。誰に憧れるのも貴女の自由だけれど、それと貴女が私のシルトになることには何の関係もないわ」

 

「……それは…」

 

 目を伏せ、淡々と話す夢結。

 

(白井嬢……やはり君は……)

 

 同時に吉春は直感する。それに従って、上着の内側にしまっているトンファーに意識を向けた。

 

 俯く梨璃の方を向き、彼女は言葉を続ける。

 

「貴方とシュッツエンゲルの契りを結んでも、私の作戦遂行能力が低下するだけよ。それが貴女の望み?」

 

 夢結が言葉を区切った瞬間。彼女に向かって駆け出したのは楓だった。

 

(潮時か……)

 

 その気配に、吉春はトンファーに手をかける。

 

 楓は手を振り上げ、夢結の頬に平手打ちを叩き込まんと……

 

 

  ガシッ

 

 

「?!」

 

 

 その動きが止められる。素早く移動した梨璃が、頭上にて彼女の腕を掴んだためだ。

 

「止めてください、楓さんっ!」

 

(またこのわたくしが…?!)

 

 動揺する彼女に向けて夢結が左手を上げた。そして、楓の頬へと振られ……

 

  シャキシャキッ

 

Break a leg

 

  ガツン

 

「っ!」

 

「えっ」

 

 3人の間に吉春が割って入った。折り畳まれていたトンファーが展開し、夢結の腕と衝突。

 

(吉春さん…またその言葉…!身のこなしも只者では…!)

 

 彼女の平手打ちを右腕の武器で阻んだ吉春は、今度は風のように現れた彼に驚いている楓と梨璃に、左手のトンファーを向ける。

 

「……全員、手を下ろせ」

 

「…っ!邪魔しないでくださいませんこと?!この方は今…!」

 

 静かに喋る吉春に食ってかかる楓。だが、彼は冷静にもう一度。

 

「下ろすんだ。感情が昂ると、手の位置も高くなるらしい。二川嬢、君もだ」

 

 少し離れて様子を見ている二水も、不安からか胸の前で手を組んでいた。

 

 4人が腕の力を抜いて下ろしたところで、彼も武器を持つ手から力を抜き、下げる。

 

「……はぁ。とりあえず、ヌーベル嬢。淑女ならまず筆舌を尽くせ。敵意と実力を向ける相手なら、ヒュージだけで充分なはずだ」

 

「っ……!」

 

「それから白井嬢。はっきり言って、君は捩じくれている。シュッツエンゲル制度の目的が、単なる戦力向上だと思っているのならな」

 

 と、楓が夢結の目を見て反論した。

 

「シュッツエンゲルとは、そういうものではないはずですわ!互いを愛し慈しむ心を、世代を越え伝えるもの!単純な目先の利益を求めるものではないと聞いていましたが、違いますか?!」

 

「………」

 

 夢結は黙って彼女の言い分を聞いている。

 

「貴女のような“すっとこどっこい”には、むしろ梨璃さんのような純粋なお方が必要ですわっ!」

 

「………。そうね。わかったわ」

 

 夢結の意外な言葉に、楓はぽかんとした。

 

「…?わかった、とは?」

 

「申し出を受け入れます」

 

「…え…」

 

「……ほぉ…」

 

 梨璃も驚くが、吉春と二水はこの様子を静観している。

 

「私が梨璃さんの守護天使……シュッツエンゲルになることを、受け入れましょう」

 

「夢結様…」

 

 彼女は梨璃、楓、吉春の順に目配せした。

 

「少しスッキリしたわ。ありがとう」

 

「……」

 

 吉春は姿勢を正し、トンファーを手にしたまま左胸に手を当てて一礼。

 と、立ち尽くす楓に二水が近寄ってきた。

 

「楓さんって、案外いい人だったんですね!私、見直しました!」

 

「同感だな」

 

 彼女と吉春に言われた楓は頭を抱える。自分が好いている梨璃と、夢結の関係を進展させてしまったのだ。

 

「あああ?!わたくしってば何てことを〜〜!!」

 

 一方、梨璃と夢結の方は……。

 

「…梨璃さん」

 

「は、はい!」

 

「後悔のないようにね…」

 

 硬い微笑みで言われた言葉。だが、梨璃は目を輝かせる。

 

「……はい!絶対しません!」

 

「………」

 

 その眼差しに……夢結は目を逸らさずにはいられなかった。

 

 

 

 

 校舎の外で夢結と梨璃たちが別れた。一足先に寮に戻る彼女を見送る。

 

「さて、今日のところは監視の必要性もなくなったようだな、一柳嬢」

 

「そうですか…。吉春さんはこれから…?」

 

 彼はもう一度、上着の内側に収納しているトンファーに手を当てる。

 

「見回りを続ける。君たちも、寮に戻る頃合いだろう」

 

 言いながら3人から離れていく彼。だが。

 

「少々お待ちくださらない?」

 

「……ヌーベル嬢?」

 

 楓に呼び止められた。

 

「先程の貴方の身のこなし…軍隊やリリィとも違う、特殊なものを感じましたわ。貴方は……何者ですの?」

 

「………」

 

 吉春は困ったと言うような表情で後ろ頭を掻いた。

 

 

 

「………“誰でもない”…と言えばいいのだろうな」

 

 

「「?!」」

 

 梨璃たちの顔が驚愕へと変わる。

 

「ただ…これは君たちが望んだ答えではないだろう。どこか、落ち着ける場所に…」

 

 

 

 4人はラウンジへ戻ってきた。この、夕方の遅い時間には、大抵のリリィが寮に戻るか自主練に行っており、閑古鳥が囀っている。

 

「さて…」

 

 コーヒーや紅茶がテーブルに並んだところで、彼は話題を切り出した。

 

 

「まず俺には、故郷と呼べる場所がない」

 

 

「では、貴方は人造人間だとでも?」

 

「いや、その場合でも、造られた工場なり研究所なりが故郷になるだろう…」

 

 彼はコーヒーを一口飲んで続ける。

 

 

「俺はサーカス団で育った。名前もそこで付けられ、物心ついたときからメンバーの1人だった」

 

 

「サーカス…?」

 

 梨璃が彼を見て言葉を反芻する。

 

「“北斗座”という名前でやっていた。団長の話では巡業していたある街で、楽屋の入り口の前に赤ん坊の俺が置かれていたそうだ。覚えているはずもないが……」

 

 楓はティーカップを持つ手に力を込める。

 

「何という親ですの…!」

 

「落ち着けヌーベル嬢。北斗座が活動していたのは、ヒュージに襲われた街や人々の避難先が中心だった。そういう場所で、大切なものを失った人々や戦いに疲れたリリィたちに……ワンダーを届けるのが役目だった。そうなれば必然的に……俺以外にも、同じような境遇の団員はいたぞ」

 

「…そうだったんですのね…。その街が貴方の故郷では?」

 

「巡業先の街をいちいち覚えてはいない。俺が出自に疑問を持ったころは団長も変わっていたから、確定できることは何もなかった。だから俺に、生まれ故郷はない」

 

「でも、育ったそのサーカス団が故郷とも言えますよね?」

 

 

「……二川嬢。俺はなぜここにいると思う?」

 

 

「…え……あ…」

 

 彼の問いかけの意味がわかり、二水はシュンと視線を落とす。

 

「色々な場所を巡りながら武器芸の稽古をしつつ、転校を繰り返して学校にも通っていた。小学校高学年の頃、初めて舞台に出て演技をしたが……世界が広がったあの日のことは忘れられない」

 

「なるほど、サーカスで槍や剣、身のこなしを……。通りで普通ではないはずですわ」

 

「だが、その日々は長くは続かなかった。中学生の頃だったな。巡業で来ていた街がヒュージに襲われた」

 

「「!」」

 

「その前にも大規模な侵攻があった場所で、次は当分ないと思われていたところに追い討ちがかけられた。開演中の出来事だった。テントは破壊され、団員や動物たちも大勢亡くなり……北斗座は解散した。生まれに関係なく、皆、俺の家族だったが…」

 

「「………」」

 

 3人とも、沈痛な面持ちで吉春の話を聞く。

 

「それでも、俺は生き延びることができた。観に来てくれていたリリィたちに救われたからな」

 

「リリィに…」

 

 梨璃がどこか親近感のある眼差しを彼に向ける。

 

「その後、騎士団に保護されて負のマギに耐性があるとわかり……リリィのために戦うと決めた。あの日、あの時…俺を命懸けで救ってくれた彼女たちへの恩に、報いるために…」

 

「それでここまで…」

 

「騎士団には、入隊後の修行期間がある。全国のガーデンを巡りながら鍛えるもので、俺の場合は1年間だった。サーカス団時代を思い出すものだったな。そして去年ここに配属され……という具合だ。ヌーベル嬢、俺が何者かの説明にはなったか?」

 

「ええ。ありがとうございました。あと少し気になるところとしては……時折呟いておられる『足を折れ』でしょうか。何か意味がありますの?」

 

「ああ、あれは気合いを入れるための一種のルーティンだ。足を折る勢いで……。そういう、舞台に立つ者を鼓舞する言葉。俺の師匠がことある毎に言っていて、俺の中に染み付いているだけのことだ。深い意味はない」

 

「決まり文句なんだ…」

 

 梨璃が感心していると、メモ帳を開いていた二水が呟く。

 

「出自不明……なるほど、百由様がおっしゃっていた『ワケあり』というのは、そういうことだったんですね」

 

「気づいたか、二川嬢。実は騎士団の隊員は、『そういう』者の集まりだ。例えば隊長は、ヒュージの攻撃でご家族が経営する店を失い、家計を支えるために入隊した」

 

「隊長さんが…」

 

「これはまだマシな方だ。俺や慶、セリに莱清…。今日会った3人は……ここを離れても帰る場所すらない身。口にするのも憚られる事情がある者もいる」

 

 一旦言葉を区切り、言い聞かせるように続けた。

 

 

 

「俺たちは……牙刃の騎士団(ファング・パラディン)は皆……大切な何かを失い、同時に何かを背負って戦っている」

 

 

 

「「………」」

 

「二川嬢……それから君たちも。頼むから俺たちにあまり突っ込んだ真似はするな。彼らの名誉を貶めることにもなりかねない」

 

「……はい、わかりました…」

 

 

 

 陽は沈み、百合ヶ丘に夜が訪れる頃。

 

 梨璃たち3人は浴場に来ていた。シャワーに並んで身体を洗いながら、楓は左隣に座っている彼女の方を見る。

 

「どこか気になるところはありませんか?どこであろうとお流しいたしますよ。…く、くふふっ…」

 

 悪戯な笑みを浮かべる楓。彼女の右隣にいる二水が苦言を呈した。

 

「ずっと気になってましたけど、楓さんが梨璃さんを見る目、何か(よこしま)です」

 

 言われた彼女はわざとらしく目を見開いた。

 

「まさか!こんな純粋な眼差しのわたくしが?」

 

「『手が滑りましたわ〜』なんて言って、変なとこ触ろうとしてませんか?」

 

「くっ、余計なことを…!梨璃さんには変なところなどございません!どこでもオッケーですっ!」

 

 すると、当の梨璃は意外なリアクションをした。

 

「そうだよ二水ちゃん。女の子同士だし……」

 

 瞬間、楓は勢いよく彼女の方に振り向く。

 

「えっ!よろしいんですの?!」

 

 その目をまたもや爛々と輝かせながら。

 

「やっぱり心配です……」

 

 ジト目を彼女に向ける二水。楓は嬉々として言い訳を口にした。

 

「梨璃さんの役に立った当然のご褒美ですわ!」

 

 すると、3人の後ろに更に2人が来て、二水と同じく楓にジト目を向けた。

 その内の1人、ミリアムが話しかける。

 

「犬かお主は」

 

「なんですってぇ?!……あら…!」

 

「あ…末黒野(すぐろの)さん!」

 

 ミリアムの隣には、訓練場を警備していたセリが立っている。と言っても、装備しているのは入浴セットくらいだが。

 

 憲兵隊が来ていることに、少なからず楓は動揺した。

 

「あ、貴女は……黒鉄嵐宿舎の浴場を使われるのでは?!」

 

「ええ、通常ならば。本日より試験的に、浴室も警備対象といたしました。終了時期は未定です。学年毎に交代で女性隊員が来ますが、皆様は普段通り平穏に過ごしてくだされば大丈夫です」

 

「ぐぬぬ……。こんなところにまでお邪魔虫ですわ…!」

 

 悔しそうな楓を放っておき、セリは二水の隣のシャワーに向かう。

 

「お隣、よろしいですか?二水お嬢様」

 

「え…あ、はい…」

 

 予想外の呼ばれ方だったので、彼女は焦りながらも迎えた。

 

「では、失礼します」

 

「……っ!」

 

 セリの肌を見た二水は一瞬息を飲む。

 胴体に巻かれたバスタオル。その上に見えている肩から背中にかけて、はっきりと火傷の跡が広がっていた。液をぶちまけたような広がり方。首の下に見えた鎖骨は歪んでおり、身体の何か所かには雑な縫合の跡が浮かんでいる。

 

「……?何か?」

 

「あ、いえ。何でもないです……」

 

 二水はセリの様子に、吉春の言葉を重ねる。

 

 

『ここを離れても帰る場所すらない』

 

 

(末黒野さんの事情……なんとなくお察ししました。これは記事にできません…)

 

 

 二水が感傷的な気分に浸っている一方。

 その斜め後ろでは、ミリアムが楓と梨璃に説教していた。

 

「よいか梨璃。世の中にはいろんな奴がおる。どんな性癖も認められて然るべきなのは言うまでもないが、己が欲望をダダ漏れにするのは戒むべきことじゃ。そこのちびっ子がのたまったのは、そういうことじゃな」

 

「ふぇっ?!」

 

 予想外の流れ弾に当たった二水が悲鳴を上げる。

 

「ちびっ子にちびっ子って言われたあぁぁ〜〜!」

 

 湯船の一角から「やかましい」という声が上がったが、彼女たちの耳には入らなかった。

 

 

 

「お帰りなさい」

 

「ぇ…あ…ただいま」

 

 風呂から上がった梨璃は、寮の自室へと帰る。ルームメイト…長い紺の髪が特徴的な伊東(いとう)(しず)の出迎えを受けた。

 

「…ふふ…」

 

 彼女が笑いながら荷物を置くと、閑も嬉しそうに問いかける。

 

「何かいいことあったの?」

 

「うん。リリィになれて、百合ヶ丘に入れて…何だかんだ、皆いい人たちで…。夢みたいだなって…」

 

「なぁにそれ。ふふ…っ。まだ入学2日目でしょう?」

 

「うんっ!本当に…よかったなって……!」

 

 

 

 同時刻。

 黒鉄嵐の司令室に、隊長の紀行が帰ってきた。今日の活動をまとめるために、吉春も含めた何人かの隊員たちがパソコンに向かっている。

 

「皆、帰ったぞー」

 

「お帰りなさい、隊長」

 

「やれやれ、やっと戻って来やがったか……」

 

「あーあー、疲れたなー」

 

 慶、莱清ら数名の隊員から冷たい視線が刺さる。

 

「おやおや、どうしたんだ?」

 

「別に。隊長、俺、アールヴヘイムの『聖騎士(ヘリガリッター)』に指名されたからよ。諸々の書類とバッジの用意頼むぜ。明日中にな」

 

「……ん?いや、待って。バッジ作りは莱清の専門じゃ…」

 

「あー隊長。明日もリサイクルに回すチャーム、来るそうですよー。僕は他の仕事あるんで、代わりに工廠科に運んでくださいねー」

 

「莱清まで?!ちょ、ちょっと誰か……よ、吉春。これは一体…?」

 

「隊長…」

 

 慌てている彼の肩に手を置き、吉春が続ける。

 

「次に私用でお出かけになるなら……事前に全員に周知徹底してください」

 

「あれ……今日のデート、皆に話してなかったっけ……?」

 

「俺とセリくらいでしたよ、知っていたのは」

 

「…ああ…。み、皆ごめん!雑用でも何でもするから……そんなに冷たくしないでくれ〜!」

 

 

 こうして、黒鉄嵐の夜は更けていく……。

 

 

 

 

 月明かりと夜風が入る窓辺に立ち、夢結は青白く照らされる景色を見つめていた。

 徐に左腕の袖を捲る。夕方、平手打ちを阻んだ吉春のトンファーにぶつかったところが、少し赤くなっていた。

 

 

「それは自分への罰?」

 

 

 背後から、短い銀髪のリリィが語りかけてくる。

 

「彼のカウンターが出てくるのはわかっていただろうに……。まぁそれはともかく、おめでとう夢結。あの夢結が、下級生とシュッツエンゲルの契りを結ぶなんて、感慨深いな」

 

「……私が望んだことではありません」

 

「ふぅん?でも夢結だって、懐は開いたんだろ?」

 

「それは……思い知らないとわからないようですから…」

 

「おぉう怖い。酷い人だな、君も」

 

 その言葉を肯定する彼女。

 

「…そう。酷い女……。私とシュッツエンゲルだなんて……後悔するといいわ…」

 

 

 呪詛のような呟きが、夜風に乗って運ばれていく……。

 

 

 




 ようやく基本設定が固まりました。次の更新はエレンスゲ編の第1話の予定です。


 ……エレンスゲ編と神庭編が終わってもアニメ本編準拠の百合ヶ丘編は終わってない気がする……。
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