アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

6 / 32

 お待たせしました、百合ヶ丘編の続き、アニメ第3話の時間軸に入ります。
 やっとできた……。




第6話 訓練の間にて

 

 それは1年前……吉春が黒鉄嵐(ヘイティエラン)に着任してしばらく経ったころのこと。

 

 ある朝、彼と慶、そして苗代(なわしろ)すずなの新入り同期3人組は、宿舎から司令部へと歩いていた。宿舎と司令部はひと繋がりの建物で、廊下を進み司令室に向かう。

 と、部屋の入り口付近に1人の教官、そして彼女と話す隊長の函辺紀行が立っているのが目に入る。

 

「……中等部時代から変わっていないようで…」

 

「はぁ、またですか……」

 

 

「?」

 

 何やら困り顔の紀行と、イライラが顔に滲んでいる教官。吉春たちはとりあえず、普段通りの挨拶をする。

 

「「おはようございます、隊長、教官殿」」

 

「ん…ああ、おはよう」

 

「お困りのようですね……?」

 

 すずながシャンパンゴールドの短い髪を揺らしながら問いかける。

 

「ちょっとな……。そうだ、君たち、今日の仕事は…俺とすずな、姐御は街のマディック主催の式典だったよな。慶と吉春はどうなってる?」

 

「俺は莱清と、クリバノフォロスの武器付け替え作業だぜ、隊長」

 

「いつもと同じく、学院内の見回りですが」

 

「ふむ……教官殿、彼でも構いませんか?」

 

「きちんと出席させてくれるなら誰でもいいですよ」

 

 紀行と教官が吉春を見ながら話す。

 

「……?俺に何か?」

 

「あー…」

 

 紀行は手にしていたタブレット端末を操作して、1人のリリィの顔を表示させる。やや短めの緑の髪を、二つに結わえた快活そうな人物。

 

「この姫様なんだけどな、その……授業への出席率が低めなんだそうだ。学院敷地内で猫と昼寝しているところが度々目撃されているらしい」

 

「……なるほど、彼女を捜し出して教室に出頭させよ、と?」

 

 ここで教官が食いつく。

 

「話が早くて助かります。サボタージュはきっちり取り締まってくださいね?期待してますから。それでは、ご機嫌よう」

 

 教官は早口で命じると、せかせかと司令部を去って行った。

 

「……やれやれ、なんでいつもせっついてんだかなぁ。ああいうイライラが、全ての心の悩みを作るってのにさ」

 

「しかし、風紀の乱れに繋がるとすれば、憲兵隊(こちら)も見過ごすことはできないのでは?」

 

「まあな。……ホント細かいことで悪いが、吉春。頼んでもいいか?」

 

「ご命令とあれば」

 

 

 

 『彼女』の顔を覚えた吉春は、式典に向かう紀行とすずな、そして姐御こと小鬼田(こきた)片子(ひらこ)の3人を、慶と共に見送ってから見回りを始めた。

 

(高機動戦を得意とするリリィ…。交友関係は広く、サボり癖の傾向あり、か……)

 

 学院内はいつも通り、静かだが人の気配は多い。授業が選択制であるため、昼間はどの時間帯でもある程度の人通りが構内に絶えないのだ。

 

(学院内は今日も平和だ。……彼女は見つからなかったな…)

 

 一通り見終わった吉春は、校舎から離れて近くの山に向かう。

 

(野鳥観察をしていても、猫と遭遇することはあった。大抵は少し離れた人目につきにくい場所で……となると、彼女がいるのもその辺りか。猫と昼寝という目撃情報にも合うし、何よりサボるなら見られない場所で堂々とするだろう……)

 

 しばらく山を登り、少し開けた木陰に着く。

 

(確か、以前この辺りにも猫が……)

 

 すると……。

 

「……くかー……くかー……くかー……」

 

「……案の定か…」

 

 丸くなった1匹の猫を腹に乗せて横たわり、寝息をたてて木漏れ日を浴びるリリィがそこにいた。

 

「…もし」

 

「くかー……くかー……」

 

「もし…!」

 

  ユサユサ

 

「かー……んが………くかー……」

 

「肩を揺すっても駄目か…」

 

「……にゃ?」

 

 彼女の代わりに反応したのは猫だった。頭を持ち上げて眠そうに彼を見る。

 

「……。君、済まないが手を貸してくれるか?」

 

「にゃ〜…?」クンクン

 

 猫は吉春のポケットに鼻を近づけてヒクヒクと動かす。

 

(……?…ああ、この前、野鳥観察ついでに野外調理をしたとき、出汁に使った煮干しを……出し忘れていたか)

 

 彼がポケットから煮干しの入った袋を取り出すと……。

 

「!…にゃ〜」ゴロゴロ

 

 猫は目を輝かせて喉を鳴らし始めた。

 

「……。よし、彼女を起こしてくれたらこれをあげよう。俺の言う通りにしてくれ」

 

「にゃ」

 

 吉春は人差し指を立てると、猫の眼前で横に動かして目線を引く。猫が目で指先を追い、頭を振り始めたところで……。

 

「……それっ!」

 

 突如持ち上げ、円を描くように振る。すると、猫は立ち上がると同時にジャンプ。

 

「くかー……んがが?!」

 

 飛び上がった猫が着地したのはリリィの顔面。顔に猫の腹が被せられ、息苦しさと衝撃で彼女は目を覚ます。

 

「もがもが……ぷはっ!」

 

 一瞬慌てた彼女だったが、すぐに顔から猫を引き剥がした。

 

「いい夢は見れたか?昼眠り姫」

 

「……余計な一文字が入ってるゾ、それ…」

 

 彼女はぼやきつつ、吉春の手にじゃれつく猫を腕に抱えて身を起こした。

 

「お前、確か新入りだったよナ」

 

「ああ。七須名吉春という」

 

「ふーん。私、吉村(よしむら)Thi(てぃ)(まい)。1年生だゾ。同級生だナ」

 

「……そうとも言えるな。一応、君たちと年齢も同じだ」

 

「一応?……まぁいいか」

 

 

 吉春は猫に煮干しを与えつつ話を続ける。

 

「どの科目かは知らないが、教官殿から君を出席させよと命令された」

 

「あー……」

 

 梅はバツが悪そうに目を逸らして頬を掻く。

 

「……授業に出席できない理由があるのか?」

 

 彼が問いかけると、梅は意外そうな顔をした。

 

「……何だ?怒らないのか?」

 

「場合によるが」

 

 吉春は猫を撫でながら淡々と返答する。

 

「……まぁ、その…ちょっと考え事しててナ…」

 

「……そうか」

 

「にゃ…?」

 

 徐に立ち上がり、校舎の方を向く吉春。そのまま歩き始める。

 

「お、おい?」

 

「……。黒鉄嵐への悩み事の相談内容は秘匿される。授業を抜けてでも考え込んでしまったことは頷ける悩みだったから、なおさらだ。……結構な長話をしたな。午前中の授業は終わってしまった」

 

 梅は何度か瞬きし……彼が言いたいことを理解する。

 

「……ぷっ…あはははっ!お前、面白くてヘンな奴だナ!」

 

「にゃ〜」

 

「………」

 

 吉春はその強面にニッと笑みを浮かべ、背後の梅と猫に手を振ってその場を後にした。

 

 

 

 数日後。

 吉春が再び見回りをしていると……。

 

「かわいい〜〜!」

「どこから来たのー?」

「うりうり」

 

(あれは…?)

 

 リリィ3人組の足元には、以前に煮干しを与えた猫がいた。

 

「!……にゃ〜」

 

 3人に撫で回されていた猫は、吉春を見るなり駆け寄って……

 

「?」

 

 そして、彼の横にちょこんと座る。

 

「あーん、振られちゃった〜」

「騎士くんの方がいいのー?」

「羨ましい」

 

「………」

 

 彼はとりあえず一礼し、去っていく彼女たちを見送った。

 

「にゃ〜」

 

「……何だ?煮干しならもうないぞ」

 

 そう言うと猫は彼から少し離れ……

 

「……にゃ〜」

 

 また呼びかけてきた。

 

「……にゃ〜!」

 

 離れては呼びかけることを繰り返す猫。吉春の中である考えが浮上する。

 

「ひょっとして……ついて来いと言っているのか?」

 

「にゃ〜!」

 

 

 猫について歩くこと数分。数日前に来た場所に連れてこられた。

 

「……ここは…」

 

「にゃ〜…」

 

「…吉村嬢…?」

 

 猫の視線の先。

 木陰では梅が眠っている。が、様子が以前と違う。数日前は仰向けで堂々と寝ていたが、今回は体を丸めている。

 

「……ぅ……ゅ…ゅ……」

 

「!」

 

 苦しそうに寝言が口から漏れる。

 

「…ま…い……は……梅…は…っ…」

 

「吉村嬢!吉村嬢!!」

 

 強めに彼女の肩を揺さぶる。彼の直感が、放ってはおけないと警告していた。

 

「ぅ……あ……?…お前…なんで…?」

 

 目を覚まして顔を上げる梅。その目からは涙が滴った。

 

「猫に案内された。大丈夫か?」

 

「あ……いや…大丈夫って言いたいんだけどナ…」

 

 彼女は眉の下がった切ない笑みをこぼし、上体を起こして背後の木の幹に背中をつける。

 

「……なぁ、相談したことが秘密にされるって……本当に本当か?」

 

「ああ、約束する。俺も、仲間もな」

 

「………」

 

 梅は意を決した顔になり、静かに話し始めた。

 

「……梅の友達がナ……去年、大事な人がいなくなったんだ……」

 

「………」

 

「…それから、あいつ…一人でいたくなったみたいでさ……しばらくしたら落ち着いて、また仲良くできると思ったんだ…でも…」

 

「……今でも独り…か…」

 

 こくりと頷く梅。吉春には、彼女の言う“友達”が誰か心当たりがあった。

 

 

 いつも一人で戦い、黒鉄嵐の支援も跳ね除ける……孤高のリリィと呼ばれる彼女。

 

 

 梅の隣に座り、彼女を悪夢から引き戻した功労者たる猫を撫でつつ、話の続きを聞く。

 

「少しなら話すんだ。ただ…あいつ、笑わなくなってて……それで…梅にも何かできないかって思ったんだけど…」

 

「……どうすればその友人に笑顔が戻るか…考えていたのか」

 

「…まあナ。笑顔が向けられるのは、梅じゃなくていいんだ…。梅じゃ、あいつの傷を癒せないのはわかってるからナ…。でも、このままじゃ…だめなんだ……あいつを、このまま独りにしてたら…」

 

「………。なるほどな…」

 

 彼女の顔に浮かぶ悲しみが濃くなっていく。

 

「…なあ、吉春…。教えてくれ…梅は…私は何をしてやれるんだ…?何なら…あいつのためになれるんだ……?」

 

「………」

 

 彼はしばらく黙考し……口を開く。

 

 

「吉村嬢、君は……その友人を信じているか?」

 

「…?そりゃあナ」

 

「そうか。それなら……信じ抜け」

 

「?」

 

 梅は目を瞬かせる。

 

「…どういうことだ?」

 

「友人に笑顔が戻ることを……誰かが救いに現れることを、君は信じ抜くんだ。例えその友人自身が諦めても…諦めていても。君は…君だけは、諦めてはいけない。必ず信じ抜け」

 

「……!」

 

「孤独はゼロか百かではない。その間の度合いがある。だが、君が信じなくなれば完全に孤独になってしまうかもしれない。そうなれば、もう誰にも救えない…」

 

 吉春は梅の肩に手を置き、真っ直ぐ彼女の目を見る。

 

「吉村嬢、君だけは希望を捨てるな。例え孤独を癒せなくとも、完全な孤独からは遠ざけることができる。だから……君の友人が、誰かに癒されるその日まで、遠ざけ続けろ。引き戻せ。もし、君自身が挫けそうになったら…」

 

 手を離し、胸に手を当てて梅の前に跪く。

 

「俺たちがいる。君に必ず手を貸す、そのための騎士団が…!」

 

「………」

 

 梅は呆気に取られたのか、一瞬言葉を失い……

 

「…ふふっ。顔、上げてくれ。そういうのは梅にはいいゾ」

 

「…了解……ん?」

 

 吉春は見る。彼女の顔は……木陰にあってなお明るくなっていた。

 

「ありがとうナ、吉春。私は……梅は絶対、諦めないゾ!」

 

「……ああ。俺も…君たちの友情を諦めない」

 

 

 この後、孤高のリリィと呼ばれた“彼女”は戦い続けた。彼女の剣はいくつもの戦場で踊り、ヒュージへの鎮魂歌(レクイエム)を独奏していた。

 その事実こそ、彼女が、信じ続ける誰かの存在に支えられていたことを示す証明であると

 

 気づいた者は一握り。そのまま時は流れ去り………

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院高等部のラウンジに、一柳梨璃の感嘆のため息が響く。

 

「わぁぁ〜。これで私、夢結様とシュッツエンゲルになれたんですね!夢みたい…!嘘みたいです!」

 

 喜ぶ彼女の手には1枚の書類。彼女と白井夢結の署名が記され、マギを使った捺印も施されたもの。学院が彼女たちを姉妹と認める証明書である。

 

「………」

 

 梨璃の向かいに座っている夢結は、ただ無表情で紅茶片手に梨璃の言葉を聞いていた。

 

「早く私も夢結様と一緒に戦えるようにならなくちゃ。あ、でも私初心者すぎて、何のレアスキル持ちかもわからないんですよ。あははは…」

 

「………」

 

「あ、二水ちゃんは“鷹の目”のレアスキルなんだそうです。高〜いところから物事を見渡せるって…」

 

 彼女はふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「そうだ、夢結様は何のレアスキルを……」

 

 

「……“ルナティックトランサー”…」

 

 

 夢結は静かに返答する。この言葉を聞いても…。

 

「え?」

 

 梨璃の表情は明るいままだ。夢結の説明が続く。

 

「それが私のスキル……いえ、レアスキルなんてとても呼べない代物よ…」

 

 

 

 余所余所しく続く2人の会話を、少し離れた場所から盗み見ているのは…。

 

「朝っぱらからお2人で何をイチャついてなさいますの…!?」

 

「私にはどこかぎこちなく見えますけど…」

 

 楓・J・ヌーベルと二川二水である。オペラグラスを持って観察に勤しむ楓は、二水が手にしている物に目を落とす。

 

「……ところでそのメモは?」

 

「お2人のことを週刊リリィ新聞の記事にするんです」

 

 何一つ悪びれることもなくサラリと答える二水に、さすがの楓も呆れ気味になった。

 

「貴女も中々容赦ないですわね……」

 

 すると…。

 

「コホン」

 

「それ、私も興味あるナ。あの夢結をたった2日で落とすなんて、びっくりだ」

 

「ご機嫌麗しゅう、お姫様方」

 

 咳払いと共に現れ、恭しく礼をするのは吉春。その彼の近く…楓たちの後ろの席には、短めの緑の髪を2つに結わえたリリィがいつの間にか現れた。

 

「んぐ?!よ、吉春さん…?」

 

 リリィの登場にまた鼻血を出しそうにりながらも、やや警戒気味に彼を見上げる二水。

 

「そういうことは程々にな、二川嬢」

 

 そんなやりとりをする2人の後ろでは、楓と緑髪のリリィの会話が続く。

 

「そりゃあ梨璃さんですもの、当然ですわ。で、貴女は?」

 

「私は吉村・Thi・梅。2年生だゾ」

 

「それは失礼しましたわ、梅様」

 

 梅は笑顔で梨璃たちの席を見つめる。

 

「ほんと、あの夢結がナ……」

 

「………」

 

 しみじみと呟く彼女に、吉春もまた微笑みを向けていた。

 

「ところで、貴方は何かご用件がありまして?」

 

 楓が彼の方を向く。

 

「ああ。主に二川嬢……正確には実戦未経験リリィにだが」

 

「わ、私ですか?」

 

 吉春は再び二水を見る。

 

「二川嬢、君は今日の訓練……射撃と近接格闘、どちらにする?」

 

「え?えと…近接格闘って…」

 

「黒鉄嵐隊員が相手だが?」

 

「う…じゃあ射撃で……」

 

「承知した。的は副隊長…姐御こと片子さんとすずなだ。あの2人はカサドールで撃ち返してくるからな。遠慮、忖度どこ吹く風。頑張ってくれ」

 

「ひぇええっ?!」

 

 バイク型高機動装甲車に備えられた機関砲やミサイルを思い出した二水は戦慄の悲鳴を上げる。

 

「訓練弾とはいえ、そこらのヒュージより厚い弾幕を駆け回りながら張ることのできる方々ですわね。どれくらい持ち堪えられますやら…」

 

 楓が淡々と評判を口にする。

 

「当てるより当てられないようにする方が難しいじゃないですか!!」

 

「頭を低くしておけば大丈夫だゾ!」

 

「そんなこと言われたって…!」

 

 梅のアテにならないアドバイスを尻目に、吉春は通信機を取り出す。

 

「では、姐御たちに連絡を……」

 

「ま、待ってください!近接戦で…近接格闘訓練でお願いしますぅ!!」

 

 必死に懇願する彼女。その言葉を彼は聞き届けた。

 

「…そうか?ではそのように人数を組む。ああ、ちなみに……」

 

 振り向きながら、彼は二水をさらに恐怖させる一言を放った。

 

 

「今日の当番は俺だ。お相手つかまつる」

 

 

「っ?!」

 

 二水は青ざめてしまい、がっくりと項垂れる。

 

「……吉春さんに対してどうしろって言うんですか…」

 

「お、黒鉄嵐1番のクセ者相手に、どこまでできるか見ものだナ!」

 

「そんな異名をお持ちだったんですの、吉春さん」

 

「勝手にそう呼ばれる」

 

 吉春が司令部にメールで連絡していると、二水が思いついたように顔を上げた。

 

「あ、そうです。梨璃さんもお誘いしなくては……」

 

「その必要はないと思いますわ。ですわよね、吉春さん?」

 

「ん?……ああ」

 

 彼は楓たちと同じように梨璃と夢結に目線を移す。

 

「彼女の訓練は白井嬢に任せる。実習以外のシルトへの訓練は、シュッツエンゲルからの頼みがない限りは基本的にしないからな。……彼女の場合、そのケースを考えておく必要もないだろう」

 

「……そうですか…」

 

 夢結と黒鉄嵐の間には深い(みぞ)がある。それを知っている二水は、少し残念そうな顔をした。

 

 

 それから吉春はラウンジを巡り、二水と同じ実戦未経験リリィを探しては訓練の希望を聞いて回った。

 

 

 それから少し経った頃。

 彼は格納庫で装備の点検をしていた。

 

(吉村嬢…。少し希望が見えたなら、よかったな…)

 

 考え事をしていると、その後ろに御業慶が通り掛かる。

 

「よぉ」

 

「ん?…慶か。今日のヒュージ迎撃班はアールヴヘイムだったな」

 

「ああ。命令があるまで俺はここで待機だ。ったく、かったりぃ……」

 

「交流を深めなくていいのか?」

 

 慶は両手を広げて肩をすくめ、呆れを全身で表現する。

 

「連中が期待してんのは砲台付きの乗り物としてのクリバノフォロスだ。それ以外じゃお呼びでねぇとよ」

 

「なんと……」

 

 吉春は諦めと驚きが混じった顔になった。

 

「あのメンバーでそういうことを言うのは……遠藤嬢か?」

 

「一番キツいのは江川嬢だ。知らねぇか?」

 

「彼女が?普段の様子からは想像できないが……」

 

「あのシュツコン(シュッツエンゲルコンプレックス)のおかげでリーダーとすらロクに話せやしねぇ。天野嬢の連絡先登録しようと近づいたら……あいつ、俺の通信機ブッ壊そうとしてきやがった」

 

「それは……かなり、だな」

 

「姉妹仲睦まじくてなァ、泣けてくるぜ…。レギオンリーダーとの連絡くらい取らせろっての…。他のやつらも堂々とアッシー君とか呼びやがって……!」

 

 イライラを吊り目の顔に浮かべ、怒りを滲ませる慶。吉春が諦観の笑みを溢す。

 

「そうは言っても、彼女たちの命令は受けるあたりは君の優しさか?」

 

「ああ?まさかだろ。仕事だからやってんだ。お前も聖騎士(ヘリガリッター)になりゃあわかるぜ」

 

「先の話になりそうだな」

 

 などと話していると……。

 

 

『黒鉄嵐海中偵察班より百合ヶ丘全域へ。海面下よりヒュージの侵攻を確認。直ちに迎撃態勢を整えてください』

 

 

「「!」」

 

 

 館内全体への放送で、やや緊張した末黒野セリの声が響く。

 

「……聖騎士としては初出撃か」

 

「ああ。つっても、やることは普段通り。変わらねぇ」

 

 そう言いながら、慶は颯爽と四足のヒト型戦車の胴体に乗り込んで装甲を閉じる。

 

『さぁて……こちら御業慶。これよりアールヴヘイムとの合流予定地点に向かう。クリバノフォロス-Cen(ケンタウルス)A(アーチェリー)。出る』

 

 司令室との簡単な通信を終えた慶は、吉春が開けたシャッターをくぐって海岸の方向へ走る。

 

「……最低限のコミュニケーションはしていると見た」

 

 彼は少しホッとした後、自分の装備を着けて司令室からの命令を待った。

 

 

 

 数分後。

 

 万が一アールヴヘイムが迎撃に失敗した場合に備え、数人のリリィと黒鉄嵐隊員が彼女たちの後方に来ていた。黒鉄嵐からは吉春と、前線で指揮を執るべく紀行も来ている。

 

 紀行の装備は吉春たちの物より一回り大きなパワーアシストアーマー、カタフラクト3C-048。西洋のフルプレートメイルを思わせる重厚な鎧で、波打つ刃の付いた幅広の大剣を背負っている。

 

『隊長、間もなく防衛軍本部隊の前段ミサイル攻撃が開始されます』

 

「了解」

 

 旧市街から海を見つめる紀行は、司令室のオペレーターから情報を受け取ると慶に通信する。

 

「慶、アールヴヘイムとの具体的な連携は考えてあるか?」

 

『あ?ねぇよそんなもん』

 

 ぶっきらぼうな返事があった。

 

「よし、では基本的なプランで……撃破はリリィ任せでやってくれ」

 

最初(ハナ)からそのつもりだっての…』

 

 一方……。

 

(ん?)

 

 EX(絶滅)スキル“ホルスの(まなこ)”でヒュージの観測を試みていた吉春は、後方部隊のさらに後ろにある校舎の一角にマギを見つけた。

 そちらを振り向くと……。

 

(あれは…一柳嬢に二川嬢たち…。見学に来たか。となれば、黒鉄嵐が出しゃばらない隊長の判断も悪くない)

 

 

 直後、地面が鳴動する。それに間髪入れず背後から上がる噴射音。

 

 学院近くにある防衛軍基地から放たれた通常ミサイルが、ヒュージが潜んでいる海面へと叩き込まれる。

 

 

 が、敵はこれを阻止。海中でマギを放ったヒュージは、自らの頭上に防御結界……高密度のマギで作られたバリアを展開する。

 爆炎も爆風も破片も、ヒュージには届かない。

 

「やはりシールド持ちか…。セリ、やつの移動方向は?今のミサイルでこちらに誘引できたか?」

 

 少し間を置き、彼女から通信が入る。

 

『……いえ、少し離れます。近隣の鉄道橋にぶつかる可能性があるかと』

 

「了解。となると……慶、出番だ」

 

『…やれやれ…』

 

 

 

 慶は半身のクリバノフォロスと共に、旧市街の中に身を潜めていた。彼の背後ではアールヴヘイムがフォーメーションの確認を進めている。

 

『お前ら、話し合いの最中に悪いがちょいと離れろ』

 

 言いながら左腕にあたる9連の箱型ミサイルポッドと胴体を動かし、仰角、方位角を設定する慶。

 彼の言葉を聞いた天野天葉含む数人が距離を取る。が。

 

「はっ。大袈裟ですわ。高々騎士団の装備に…」

 

 遠藤亜羅椰は彼の背後から動こうとしない。

 

『……あぁそうかよ。俺を馬車扱いして、連携(ダンス)なんざこれっぽっちも考えてねぇシンデレラにゃあお似合いだ』

 

「はぁ?」

 

『そのツケ、お前が灰で被れ。遠藤嬢』

 

 

  ドドドシュウゥゥゥゥゥッ!!

 

 

 

 言うが早いか慶はトリガーを引く。ミサイルポッド最上段の3発が点火し、煙を吐きながらヒュージの方へ。

 後ろには……。

 

「……ケホ…」

 

 噴き出された煙を浴び、煤まみれになった亜羅椰がいた。

 

「…よくも……よくもやったなアアアアア!!?」

 

 怒髪天を突いてチャームを抜き、戦車に斬り掛かろうとする彼女を、ラベンダー色の髪の番匠谷(ばんしょうや)依奈(えな)が抑える。

 

「とっとと配置に着いて!」

 

「きぃいいいいい!!絶対仕返ししてやるウウウ!!」

 

『言ってやがれ』

 

 

 

 慶の機体から発射されたミサイルはヒュージの頭上を超え、進行方向の先へ。

 空中で分解し、それぞれが多数の球体を放出して海面にばら撒く。

 金属製の球体は泡を出しながら海中に沈み、ちょうどヒュージがいる深度で泡の放出を止めてその場に留まる。そしてランプを点灯させた。

 ヒュージの目には、突如現れた無数の赤い光点が写る。

 

 

『こちら御業。対ヒュージ機雷の散布完了。作動させこちらへ誘導する』

 

 

 

『□?』

 

 水中で、ヒュージの体が機雷の一つに触れる。

 

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

 

 すると球体が弾け、血色の稲妻…強烈な負のマギのパルスが放出された。水中ゆえにくぐもった爆発音が響く。

 

『□□□!!』

 

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

 

 

 周囲の機雷も次々にパルスを放つ。

 防御結界の内側の距離で威力を発揮する。その武器の正体を知ったヒュージは、仕方なく方向転換。始めに敵の拠点を叩くことにした。

 

 

 一方、陸上では…。

 依奈が自らのチャームに“ある弾丸”を装填。

 その仕草をスキル……紅玉に輝く“鷹の目”で見ていた二水が、吉春たちの背後にある高台から声を上げる。

 

「アールヴヘイムが、ヒュージにノインヴェルト戦術を仕掛けます!」

 

 楓、夢結と共に梨璃が様子を見ていると…。

 

 依奈のチャームから青い閃光の塊が放たれる。普通の射撃とは異なる光。

 

  ギン!

  ギン!!

  ギン!!!

 

 それが空中を跳ぶメンバーのチャームに触れる度に大きさと輝きを増し、すぐさま天葉によって海中のヒュージに撃ち込まれた。

 

 

  ドギャウッ!!!

 

 

 ヒュージが再び防御結界を張るが、閃光はその壁を砕いて敵を貫き、爆発。

 

「わっ!な、何?!」

 

 驚く梨璃に楓が解説する。

 

「レギオン9人のパスで繋いだ“マギスフィア”を、ヒュージに叩き込んだんですわ。それがノインヴェルト戦術です」

 

 防御力を持つヒュージに一歩も上陸させず、ただ一撃の下に撃破した。その事実が、彼女たちの技量を物語る。

 

 マギを可視化するスキルでこの光景を見ていた吉春が呟いた。

 

「……こればかりは慣れないな。毎度毎度、眩し過ぎる…」

 

 少しして、セリから通信が入る。

 

『……こちら海中偵察班。敵ヒュージの撃沈を確認しました。本部隊とラボに遺体の回収と処理を依頼してください』

 

「任せろ」

 

 紀行の返答を最後に、今日の戦闘は終了した。

 

 

 しばらくして。

 校舎内にある広い屋内訓練施設では、カタフラクトを纏った吉春が実戦経験のないリリィに訓練を施していた。

 手にしているのは、脱走したヒュージを追跡したときにも使った双刃の槍と同じ長さの、真っ直ぐな金属棒。

 

 攻撃を回避し、棒で相手の斬撃を防ぎ、受け流し……隙を突いてチャームを手から叩き落とす。

 その合間に蹴りや拳打が挟まれ、何人もの初心者リリィが翻弄された。

 

 リリィの身体は狙わず、ただチャームを手放させることだけを繰り返して訓練の時間が過ぎる。

 

「さて……」

 

 吉春は壁際に身を寄せている二水の方を向いた。

 

「最後は君だ、二川嬢」

 

「ひぇぇ…ついに私の番が…」

 

「他のリリィたちにずっと先を譲っていたな。それだけ俺を観察したなら、多少なりとも手を焼かせてはくれると期待する」

 

「うう…自信ないですぅ…」

 

「頑張ってー!二水ちゃーーん!」

 

 後ろで楓や夢結と一緒にいる梨璃の声援を聞きながら、彼女は自分のチャーム…水色のグングニルにマギを流して片刃の大剣に変形させる。その刃には訓練のためのカバーがかけられていた。

 チャームを構える彼女に吉春が呼びかける。

 

「さあ、君の方から打ち込んで来い。俺は絶対に先制しない」

 

「い……行きます…!」

 

 不安そうな二水だったが、覚悟が決まったのか。彼女は足裏からマギを放出し、ジャンプしながら加速。

 

「たぁぁああああっ!」

 

 剣を前に出し、吉春に向け突進する。

 対する吉春は棒を構え直して駆け出すと…

 

 

「あれ?」

 

 

  ズシャァッ

 

 

 二水の視界から消える。

 彼がサッカー選手のスライディングの要領で足下に滑り込み、彼女の突進をやり過ごしていたためであった。

 

「わ!…わ!わっ!!」

 

  ドテ

 

 二水は何とか着地したもののつんのめり、前方向に転んでしまう。

 

「いたた……」

 

 起き上がって振り返れば、棒を構えて立つ吉春がいた。

 

「これで終わりとは言わないよな、二川嬢?」

 

「うぅ……。や、やあああっ!」

 

 再び駆け出した二水。チャームを横薙ぎに構えて彼に近づいていく。

 

「………」

 

  パリ…

 

 対する吉春が持つ棒の上で、血色の稲妻が弾けた。負のマギを得物に流したのだ。

 そのマギが棒の先端を床に吸い付け、がっちりと固定した。今や金属棒は柱も同然。

 

 吉春が床を蹴る。掴んだ棒を軸に、ポールアクションのごとく胴体を回転させ……

 

 

「っ?!」

 

「ィヤッ!!」

 

 

  バッキャャァアアアアアアッ!

 

 

 二水が想定していたより遥かに遠い間合いから、思い切り身体を伸ばして彼女のチャームを蹴飛ばした。

 

「あー……」

 

  ガランガラン…

 

 床の上に大剣が転がる。二水の顔が絶望感に染まった。

 

「さて二川嬢。拾って続きを…」

 

「うぅう……」

 

「?!」

 

 吉春は驚く。彼女は涙目になっていた。

 

「もう無理ですぅ……心が折れましたぁぁ…」

 

「お…おい、何も泣くことはないだろう…」

 

「だって普通は武器で反撃が来ると思うじゃないですかぁ…。なのに…うう…」

 

「そう言われてもな…」

 

 すると、2人の方に楓が近づいて来た。

 

「確かに、些か意地の悪い戦い方をされますわね」

 

「ヌーベル嬢…」

 

「ですが二水さん、ヒュージは予想外の攻撃を繰り出してくるのもまた事実ですわ。それに対処する力も重要なんですのよ」

 

「はい…」

 

「……ん?」

 

 ふと視線を感じた吉春が見るのは梨璃たちの方。夢結から剃刀のような気配を感じる。

 

「…どうやら後ろがつかえているようだ」

 

「あ、梨璃さんと夢結様…」

 

 二水もその気配を察したらしい。

 

「今日のところは一旦、ここで終わりにする。この後時間があればもう一巡するからな。他のリリィたちにも伝えてくれ」

 

「わかりました」

 

 二水が返事をして、楓と共に梨璃たちの方へ。吉春も適当な壁際へと歩いて場を開け……

 

 

 顔見知りのリリィの隣に立った。

 

「……君にはもうこの訓練は必要ないだろう。(くぉ)嬢」

 

「うふふ。ご機嫌よう」

 

 長い茶色のロングヘア。赤と金のオッドアイに淑やかな雰囲気を湛えるリリィ。

 この訓練施設に、郭神琳も顔を出していた。

 

「また道場破り紛いのことでもするつもりか?君のチャームに殴り倒されるのは懲り懲りなんだがな」

 

「とんでもありません。今回はわたくしというよりも…」

 

「?」

 

 神琳の視線の先には、入り口からこちらを覗く黒髪に翠の目のリリィ……王雨嘉の姿があった。

 

「雨嘉さんの訓練です」

 

「……王嬢?実戦経験はあると聞いているが…」

 

 神琳が手招きすると、雨嘉は恐る恐ると言った具合に近づいて来る。

 

「ええ。ですので実力の程を知っていただきたくて」

 

「俺に?」

 

「……それでも構いません。貴方には彼女のチャームを見ていただきたいのです」

 

「…?今一つ話は見えないが…」

 

 

「ご、ご機嫌よう…」

 

 話している内に近づいていた雨嘉が挨拶する。

 

「ああ、ご機嫌麗しゅう」

 

 礼を返した吉春。神琳は雨嘉に武器を見せるように促した。

 

「雨嘉さん、貴女のチャームを吉春さんに見せてくださいませ」

 

「え…。で、でも、私のは普通の“アステリオン”だし、見せるようなことなんて…」

 

「………」

 

 神琳は無言で彼女を見つめる。その笑顔にはやや圧力があった。

 

「…まあ…神琳が言うなら…」

 

 結局折れた雨嘉は、射撃形態のチャームを吉春へ渡した。

 

「……ほう…」

 

 両手で受け取った彼は、興味深い様子で武器の観察をする。

 

(…これは…)

 

 刃の周りなどを一通り見て、次に射撃姿勢を取りスナイパーライフルの要領で構えた。

 

「……なるほどな」

 

「な、何か変だった…?」

 

 不安そうな雨嘉にチャームを返す。

 

「まさか。わかったのは君がこのチャームを使い込んでいるということくらいだ」

 

「そんなことは…」

 

 

「刃が何度か交換されていて、傷も補修された跡があった。極め付けは照準。初期設定からずらされている。君の癖に合わせてチューニングしている証拠だ。ここまでしていて、使い込んでいないということはないだろう」

 

 

 聞いた雨嘉は俯いてしまう。

 

「…確かに狙撃はちょっとだけできる…。でも、近接格闘は全然ダメで…」

 

 

「そういうことでしたら雨嘉さん、吉春さんをお相手に訓練なさってはいかがです?」

 

 

 神琳のこの一言で、吉春は彼女の狙いを察した。

 

(ああ…郭嬢、王嬢に自信を持たせたいのか)

 

「そんな…迷惑かかるし…」

 

「いや、王嬢。決して迷惑ではない…が、今日は無理だ。何せもうすぐ……」

 

 

 彼が言いかけた次の瞬間…

 

  ガギンッ

 

「くあっ…!」

 

 

 背後で梨璃が膝を打った。

 

 

「……もう次が始まっている」

 

 

 相手に打たせるのではなく、自ら徹底して打ち込んでいく。

 吉春とは真逆の訓練が、夢結の手で開始され……

 

 

 訓練の時間一杯まで続くのであった。

 

 

 




 初期案では、主人公と梅さんは縁もゆかりもない関係だったのですが、ゲーム内イベントのストーリーから関係性を考えついたので修正していました。
 次はエレンスゲ編の続きを投稿する予定です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。