アサルトファング Bestia Oratorium   作:羽桜千夜丸

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 アニメ第3話の続きです。この回は難産で、書くのに時間がかかり過ぎた……。





第7話 Alas……

 

 

「あ痛たたた……」

 

 夜。学院の浴場で、楓、二水と一緒にシャワーを浴びている梨璃が小さく呻いた。夢結によるしごきとも言える訓練で床などに何度となく叩きつけられた彼女の体には、薄い痣が何ヵ所もできている。

 

「おいたわしや梨璃さん。全身痣だらけですわ」

 

 そんな彼女の背中を洗っている楓は、ここぞとばかりに肌の触り心地を堪能していた。

 

「ほらここも…ここも……あら、こんなところまで!」

 

「そこは違います!」

 

 例に漏れず、楓の目は爛々と輝いていた。

 すると…。

 

 

「どうやら派手にやったようだねぇ、お嬢さん」

 

 

 やや低く、力強い印象の声が投げかけられた。

 声の方に3人が振り向くと、楓より赤みが強い茶色のロングヘアを後ろに纏めた、背の高い黒鉄嵐メンバーが笑顔で立っていた。スラリとしているが、痩せているのではなく筋肉が適度に付いた、いわゆる細マッチョな体格の女性。

 

「また…!梨璃さんとの貴重なひと時を邪魔しないでくださいませんこと?!」

 

 彼女を睨みつける楓だが、隊員は適当にあしらう。

 

「ヌーベル嬢に一柳嬢だね?元気そうで何よりだよ」

 

「あ…はい、おかげさまで…。……どこかでお会いしましたっけ…?」

 

 きょとんとして彼女を見上げる梨璃。見覚えがない隊員だ。

 

「ほら、煙吐くヒュージとやり合った後、あんたたちの隣に吉春乗せてたマシンあったろ?あれの中身さ」

 

 梨璃は2台のカサドールが迎えに来ていたことを思い出す。彼女たちは荷台のある方に乗って学院に戻ったのだ。

 

「ということは貴女が……」

 

「はい、黒鉄嵐副隊長の小鬼田(こきた)片子(ひらこ)さんですよ!梨璃さん!」

 

「今日のあんたたちの浴室警備はあたしさ。ドーンと任しとくれ」

 

 興奮気味に彼女を紹介する二水。片子は彼女の方を向く。

 

「っと、二川嬢だね?今度はあんたも射撃訓練に来るんだよ?待ってるからね?」

 

「ひぇえ…」

 

 少し萎縮する二水を放っておき、楓に向き直る片子。

 

「それからヌーベル嬢、嫌がるまで相手の体にベタベタするもんじゃないよ。加減を覚えな」

 

「ちゃんと加減していますわ!」

 

「そうかい?んじゃ、隣で見させてもらおうかねぇ…」

 

「ぐぬぬぬ…」

 

 楓は渋々と手を引き、さっさと体を洗って湯船に移動した。

 その中に置かれた仕切りのブロックの上に寝そべり、離れた場所で浸かっている梨璃と二水に話しかける。

 

「わたくしにはやっぱり解せませんわ。そこまでして夢結様にこだわること、ないんじゃありません?」

 

「楓さんだって最初は…」

 

 二水が苦笑いで呟くが、楓は無視を決め込む。

 

「……こんなところで挫けてられないよ。だって私、夢結様のことまだ全然知らないから……」

 

 と、彼女の後ろからぞろぞろとリリィが入って来る。

 

「貴女が夢結様のシルトね?」

 

「まさか本当にものにしちゃうなんてね」

 

 まず話しかけて来たのは壱と亜羅椰だ。次いで樟美が祝いを述べる。

 

「おめでとう梨璃さん」

 

「アールヴヘイムの皆さん……!」

 

 二水が反応すると、続いて片子も湯船に浸かった。

 

「あんたたちだね?ウチの慶に泣き言言わせてんのは」

 

 彼女の言葉に真っ先に壱が答える。

 

「まあ大半は樟美のせいだけど」

 

「お…怒りますか…?」

 

 すこし不安そうな彼女に、片子は笑顔を向ける。

 

 樟美は、愛する姉である天葉と連絡先を交換しようとする慶に敵意剥き出しで襲いかかり、勢いに任せて彼の通信機を破壊しようとしたのだ。相手が男というだけでも、彼女はとてつもなく強い不安に駆られてしまう。

 

 そんな気持ちを、片子は理解しているようだった。

 

「いいや、責めやしないさ。何なら感謝してるんだよ?何せ、あいつがあんな面白いことになるなんて、これっぽっちも思ってなかったからねぇ。いいもん見せてもらったよ、くっくっ…」

 

「ほっ…」

 

「まあでも、程々にしといてやりな。慶の評判が下がると、あいつが好きな隊員が付き合いづらくなっちまうからね。あの子と同じ女なら、その恋の邪魔になる真似はしないことだよ、江川嬢」

 

「はい……えっ?」

 

「普通あんなのに恋する?!」

 

 樟美と亜羅椰は目を丸くした。

 

「5年もいるとねぇ、後輩の色恋沙汰にも慣れるようになるのさ」

 

「5年…?」

 

 その活動歴の長さに興味を引かれる梨璃。片子なら、もしかすると…。それに、アールヴヘイムは中等部からの持ち上がりも多いベテランチーム。

 楓も同じことを考えたのか、今しがた来た彼女たちに問いかける。

 

「丁度いいですわ、教えていただけません?夢結様のこと」

 

 壱が困り気に空を見上げる。

 

「そうは言っても、中等部は校舎違うしね…」

 

「でも夢結様と言ったら……」

 

 

「甲州撤退戦……」

 

 

「甲州…?」

 

 亜羅椰に次いで樟美が呟いた。梨璃は夢結と初めて会った日を思い出す。

 

「2年前…ヒュージの大攻勢に遭って甲州の大部分が陥落した戦いのことですね」

 

 二水が解説を始めた。

 

「百合ヶ丘からも幾つかのレギオンや黒鉄嵐が参加したものの大きな損害を出して、威勢を誇った先代のアールヴヘイムが分裂するきっかけにもなったんです。先輩方や黒鉄嵐の古参の方に伺っても、この件には口が重くて…」

 

「度胸あるわね、貴女も」

 

「中等部の3年生だった夢結様も、特別に参加していたと……」

 

 壱が感心していると、亜羅椰が呆れ気味に言う。

 

「なら知ってるでしょ?夢結様は…

 

 そこでご自分の守護天使(シュッツエンゲル)を亡くしてるって」

 

「え……!」

 

 梨璃は衝撃を受けたが、これだけではなかった。

 

 

「その時、助けに来なかった黒鉄嵐を夢結様は恨んで信用されなくなって……この戦いの後、黒鉄嵐が再編成されたのよ」

 

 

「あ…吉春さんも言ってました。再編成があったって…」

 

 以前のラウンジでの会話を思い出しながら、梨璃は片子の方を見る。彼女は苦しい顔をして目を伏せていた。

 

「ああ……いい思い出じゃなかったねぇ…。一緒に戦ってきた仲間といきなり散り散りになるっていうのも」

 

「どんなふうに変わったんですか?」

 

「昔の黒鉄嵐は、あんたたちのとびっきりな攻撃を裏打ちするための防御力重視でね。そこを削ぎ落として攻撃力と機動性を増して、今のバランス重視にしたのが、あの再編成だったのさ。ただ……」

 

 片子は目を開けると、梨璃を真っ直ぐ見た。

 

「これだけはわかっとくれ。これはあの戦いの結果から決まったことなんだよ。決して、白井嬢があたしらを恨んだからってわけじゃない。あの子は何も悪くないんだ」

 

 一度言葉を区切り、順番に彼女たちを見回す。

 

「そこだけは…念頭においてあげな。あんたたち皆もだよ」

 

「はい…」

 

 梨璃を含め、亜羅椰たちや楓たちも彼女の言葉に頷いた。

 

 

 

 梨璃たちが浴室で話している頃。

 夢結は自室の窓から夜の空を見ていた。彼女の横には、短い銀髪のリリィが今日も立っている。

 

「新入生相手に手荒いな、君は。彼のことも、あんな風に睨まなくたってよかっただろう」

 

「これが私です。仕方ありません」

 

 夢結は淡々と答える。

 

「……嫌われるのが怖くない?」

 

「別に……構いません」

 

「本当は、あの新入生や今の騎士たちが怖いんじゃないか?怖いから遠ざけたい。受け入れる勇気がない」

 

「そんな……私は……。……」

 

 言葉に詰まる夢結に、銀髪のリリィが頬を寄せる。

 

「ごめん…」

 

 一言謝罪し、彼女は窓の向こうの景色を夢結と眺めた。

 

「見てごらんよ、あそこ。今年もソメイヨシノが咲いたようだ…」

 

 旧市街地を挟み、寮の向かいにある山の頂。そこでは白い花が月明かりを受け、ぼんやりと光を放っている。

 

 

 

 1週間後。

 吉春は今日も屋内訓練施設に足を運んでいた。リリィの訓練相手ではなく、普段行っている見回りのために。

 

「はぁ…」

 

「ん?」

 

 入り口の近くにあるベンチに座っているリリィ…二水のため息が聞こえる。

 

「二川嬢」

 

「あ…吉春さん」

 

 彼女は座ったままぺこりと一礼。あまり元気がないようだ。

 

「一柳嬢やヌーベル嬢を待っているのか」

 

「はい…」

 

「……。何か悩みでも?」

 

「…実は、今日こそはと思って先程、射撃訓練に行ったんですけど……」

 

「ほう。今回の的も、確か姐御たちだったな」

 

「それで、片子さんが撃ってきた榴弾砲に一撃でやられちゃったんです…。しかも一番最初に……」

 

「……そうか」

 

 しょぼんとする二水に、かける言葉が中々見つからない。

 

「今日ヒュージが出たら、私たちが迎撃するんですよね?もう不安で…」

 

「いや、実戦未経験のリリィを無理矢理引き摺り出すことはないが」

 

「そうなんですか?」

 

 彼女は意外そうに見上げる。

 

「ああ。ただ、いつまでもそうとはいかないだけの話だ」

 

「ほっ…。ちょっとだけ気持ちが楽になりました…」

 

「そうだ、ついでに姐御たちの攻略法も少しばかり教えよう」

 

「え、そんなのあるんですか?!」

 

 目を丸くする彼女の隣に座った吉春。淡々と説明する。

 

「姐御が最初に君を狙い、破壊力の大きな榴弾砲を惜しげもなく使ったのは、君を最初に無力化しておきたかったからだ」

 

「私を…?」

 

「君のレアスキル、鷹の目。遮蔽物に関係なく敵の位置を捕捉できる。つまり君が長い時間生き残り、最適の行動を取ったなら……姐御たちはかなり不利になっていた」

 

「はあ…。それはそうですけど…まだ慣れてなくて…」

 

「ならば、訓練で積極的に使っていくといい。他のリリィや姐御たちも、きっと期待しているはずだ」

 

「……。そうですね。梨璃さんも頑張ってますし、私も挫けてられません!」

 

 拳を握って立ち上がる二水。気力は戻ったらしい。

 と…。

 

 

「二水ちゃーーん!」

 

 

「あ、梨璃さん!」

 

「噂をすれば」

 

 遠くから梨璃が駆け寄って来た。彼女も相変わらず気合いが入っている様子である。

 彼もベンチから立ち上がった。

 

「では、俺は見回りに戻るとしよう」

 

「はい、ご機嫌よう!」

 

 二水の挨拶に礼で返すと、巡回警備を再開した。

 

 

 

 しばらく歩いて正門の近くに着く。すると荷物を背負った隊長の紀行が、その門を潜って帰還した。

 

「お、吉春!戻ったぞ」

 

「お帰りなさい、隊長。関東地方の部隊長報告会でしたね」

 

「ああ」

 

 2人は並んで歩き始める。

 

「どうでした?」

 

「まあ刺激的だったな。年度始めとなると、新しい試みを始める他所のガーデンもあって面白そうだった」

 

「ほう」

 

「ただ……『連中』と仲のいいガーデンの部隊はいらない苦労をしてるようだがな」

 

「……それは、そうでしょう…」

 

「あとは事故もあったそうだ。H(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)を直接触ったリリィがいて、大変なことになったらしい」

 

「リアクターから生成される負のマギは、謂わばヒュージの怨念、呪詛…。リリィには毒になる。それに直に触れたとなれば……」

 

「黒鉄嵐でも、安全管理の体制見直しておくか」

 

「それがよさそうで……」

 

 

  ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…

 

 

「「!」」

 

 唐突に鳴り響く鐘の音はヒュージ出現アラート。その後、屋外スピーカーからセリの声が流れる。

 

『黒鉄嵐海中偵察班より百合ヶ丘全域へ。海上よりヒュージの侵攻を確認。頭数は1体。当ガーデンに直接上陸するコースにあり。直ちに迎撃態勢を整えてください』

 

「「………っ」」

 

 吉春と紀行は目を合わせて頷くと、すぐさま格納庫へと駆け出した。

 

 

 

 廃墟の上に立ち、チャームを手に海を眺めるリリィたち。その視線の先には、黒々とした異様な塊が見える。

 

「上陸まではまだ少し、余裕がありそうですわね」

 

 その内の一人である楓が呟く。その横に梨璃と夢結も合流していた。

 

「あれ、楓さんも出動なの?」

 

「今回は、まだレギオンに所属していない、フリーランスのリリィが集められていますわね。この時期にはよくある光景ですわ」

 

 

「俺たちは大抵いるけどな」

 

「あら、ご機嫌よう」

 

「わっ…ご、ご機嫌よう…」

 

 

 楓たちが優雅に挨拶するのは、大柄な体格を西洋風のアシストアーマーで覆い、波打つ刃の付いた幅広の大剣を背負った紀行。

 彼の後ろには、和風のアーマーを装着した吉春も来ている。右肩のウェポンラックに両端に刃を備えた槍、左肩には長い柄の長剣を携える。

 

「じゃあ二水ちゃんも?」

 

「あの方は後方で見学ですわ。実戦経験ありませんもの」

 

 4人が振り向いた先。校舎近くの高台に二水が立って声援を送っていた。

 

「皆さん、頑張ってくださーーい!」

 

 

 吉春が楓たちに話す。

 

「近いうちに、二川嬢もこちらに来るとは思うが…」

 

「ええ。とりあえず、初陣は梨璃さんだけですわね」

 

「……。今更だけど、一柳嬢は大丈夫なのか?チャームにしても今一つだと聞いているけど」

 

「心配いりませんわ隊長さん。先程、完全にマギが入りましたから。技量はともかく、出力面では戦えますわ」

 

「そうか」

 

「は、はい…!頑張りま…」

 

「貴女もここまでよ」

 

 と、気合いを入れようとする梨璃を遮るのは夢結だ。近くに集合している黒鉄嵐メンバーとは目を合わせようともしない。

 

「え…?」

 

「足手まといよ。ここで見ていなさい」

 

 唖然とする梨璃の横で、吉春が疑問を呈する。

 

「君がわざわざ連れて来たのにか?白井嬢」

 

「………」

 

 …が、彼女は無視を決め込んだ。

 

「……夢結様……」

 

「来いと言ったり、待てと言ったり……」

 

 楓も不満そうではあるが、結局夢結は取り合わなかった。

 

 

 

 ヒュージが陸地に近づくと、その全貌が鮮明となる。太い腕が2本生えた分厚い楕円体であり、棘が付いた甲羅を背負っているような形。中央にある単眼の中で、曲線状の視覚器が青い光を放つ。

 

「いつにも増して歪な形のヒュージですこと」

 

「吉春、奴のマギを透視してくれ。いつも通りにな」

 

「了解」

 

 吉春の瞳が燻んだ赤い光を湛え、彼のスキルであるホルスの眼が作動する。

 すると…。

 

  グォォ……

 

「!」

 

「飛んだ?」

 

 ヒュージの巨体が海面から浮き、廃墟の街の上を飛行し始める。その下目掛けて夢結が駆け出した。

 

「待て白井嬢!奴の弱点は……言っても無駄か…」

 

 吉春の声はもう聞こえない。

 

 

「はあっ!!」

 

 ヒュージの足の付け根を斬りつけ、巨体を地面に落とす夢結。逆に勢いよく飛び上がった彼女は、ヒュージの甲羅が修復の跡であると理解した。

 

(このヒュージ……『レストア』だわ…)

 

 

 一方、梨璃たちのいる場所では…。

 

「ふーん。レストアね……」

 

「最近は出現率が上がっとると聞くのう」

 

 百由とミリアムが皆の横に現れ、吉春とは別に解析を進めていた。ミリアムは戦鎚型のチャームを持っており、百由が立体映像のディスプレイを見ている。

 

「わ、百由様!……とミリアムさん。どうしてここに…。レストアって何ですか?」

 

 百由が梨璃たちの方に誇らし気な笑顔を向けた。

 

「工廠科とはいえ、私たちもこう見えてリリィなの。結構戦えるのよ?」

 

「今日は当番と違うがの」

 

「で、損傷を受けながらも生き残ったヒュージが、(ネスト)に戻って修復された個体。それを私たちはレストアード……レストアと呼んでるの。何度かの戦闘を生き延びた手合いだから、手強いわよ」

 

「はあ…」

 

 

 夢結の攻撃に感づいたヒュージは、体の表面にある六角形のパネルを弾き飛ばして球形のミサイルを多数連射する。

 生命体故か、僅かながらに誘導性能を持つそのミサイルを回避し、爆風もものともせずに接近戦を試みる夢結。

 

 

「その分、古傷を突ければ有利になることもあるから、よっしーみたいにマギを透視できる騎士団のスキルは重要になってくるわね」

 

「………」

 

 吉春はじっとヒュージを見つめている。

 

「どう?よっしー、何か見えた?」

 

 

「……。奴のミサイルは奴自身が誘導している。込められたマギの量からして、おそらくこの市街地をもう一度滅ぼすくらいは容易いだろう。だが…」

 

「だが?」

 

「奴の背中…棘や甲羅の下がよく見えない。爆炎から噴き出すマギが眩しくてな。何かはあるようだが……もう少し集中すれば…」

 

 

 その頃。

 梨璃は夢結の戦いに目を奪われていた。殺到するミサイルの群れを次々と回避し、ヒュージに斬撃を浴びせる。

 

「凄い……夢結様…」

 

「じゃが、ちょっと危なっかしいの」

 

「なまじテクニックが抜群だから、突っ込みすぎるのよね」

 

 ミリアムたちが会話していると……。

 

 

「……っ?!」

 

 

 吉春が何かに気づいた。

 

「よっしー?どうかした?」

 

 

「……悪辣な…!」

 

 

  ギリ……

 

 彼の握り拳か、あるいは食いしばった歯が音を立てる。

 次いで彼は誰かを捜すように辺りを見回し、立っている場所より下の区画へと飛び出した。

 

 カタフラクトの脚と背中のスラスターからエネルギーを噴射し、かなり急いでいる様子。

 

「吉春さん?!」

 

「どうされましたの?」

 

 梨璃や楓は不思議そうに呼びかけるが、紀行は冷静だ。

 

「何か見つけて、急いで伝えるべき相手がいるってことだろうな。たぶん理由はすぐにわかる」

 

 

 

 

「吉村嬢!!」

 

 吉春が探していたのは、夢結の戦いを見守っている梅であった。舟型の薙刀状チャームを手に、驚く彼女の後ろに着地する。

 

「吉春?何だ、急に」

 

「何かまずい!白井嬢をヒュージから引き剥がせるようにしてくれ!」

 

「どういうことだ?」

 

「奴の甲羅の下に……!」

 

 

 

 

 ヒュージの棘を叩き斬るべく、その根本にチャームを振る夢結。

 

 すると……。

 

 

  ガギィン!

 

 

「なっ?!」

 

 ぶつかった。チャームを通さぬ何かに。

 

 棘には“芯”があるのだ。夢結に……否、リリィ誰しもに聞き覚えのある、打撃音を発する芯が。

 

 距離を取り、割れ目を見る。そこで何かが陽の光を受けて銀色に煌めいた。

 

「あれは………っ?!」

 

 ヒュージのミサイルが眼前に飛来し、チャームの刃に食い込んで爆発。夢結を吹き飛ばし、地面へと叩き落とす。

 

「っ!」

 

「そろそろ引け、夢結!!」

 

 着地した彼女に梅が詰め寄る。が。

 

 彼女は起き上がるや否や飛び出し……

 

「なっ……?!」

 

 なんと空中で、ミサイルをチャームに当てさせたのだ。

 着弾から吸着、そして爆発。そのタイムラグの内にチャームの刃を振り下ろす。

 

「やぁあっ!!」

 

 

  ドグォォォッ!!

 

 

『□□□□□ッ!!』

 

 

 叩き付けられる形で自らを放ったヒュージの装甲を爆破するミサイル。

 その爆風でもって吹き払われる炎。その中から現れるのは……

 

 

 「な……っんだと…?!」

 

 

 チャーム、チャーム、チャーム、チャーム……

 

 

 10機は有に超えるチャームが、ヒュージの甲羅に囚われていたのだ。それらが突き立てられたこの光景は正に……チャームの墓場。鋼の墓標である。紀行と楓は息を呑んだ。

 

「あれって……」

 

 

 梅と吉春もまた、その光景を見上げている。

 

「コイツ……どれだけのリリィを……!」

 

「連れ去って…その上、閉じ込めていたのか……!!」

 

 2人の目には義憤が宿った。

 

 

 

「マジか……」

 

 ミリアムが絶句の末に発したのは、その一言だけ。

 

「ど…どういうことですか…?」

 

「チャームはリリィにとって身体の一部。それを手放すとしたら……」

 

 

「吉春……」

 

 アーマーのヘルメットに内蔵された通信機に向け、紀行が静かに呼びかける。

 

『……わかっています。しかし、白井嬢のマギが…!』

 

 

 

 ヒュージの上……チャームに囲まれた夢結の胸を苦しみが襲う。

 

「あ………う…っ…!」

 

 胸を押さえて呻く彼女に、もう一度梅が近寄った。

 

「もういい!!下がれ夢結!」

 

 

「……っ!」

 

 

 だが、その声は聞こえていないようだった。夢結の黒い髪の下から、真紅の眼光が閃いて肩に手を置く梅を睨みつける。

 

「あ…っ!」

 

 そして彼女を突き飛ばした。

 

「吉村嬢っ!」

 

 落下する梅を吉春が空中で受け止め、スラスターからのエネルギー噴射で安全に着地。

 

 

 その時には、夢結の黒髪にも変貌が訪れていた。眼光と同じ真紅が彼女を包み、髪は銀を経て純白へと変わる。

 

 

 

 月が昇った。

 その瞳は、低空に燃える紅い月。

 そして髪は、天高く闇夜(あんや)を照らす白い月。

 どちらも冷たい輝きを放つ。

 

 

「うぅ……っ!」

 

 

 彼女の脳裏を支配するのもまた、冷たい記憶。

 

 伸びる触手。飛び散る鮮血。

 

 愛する人を貫いた苦痛の悲鳴が、晩鐘のごとく頭に響く。

 

 

うあああああああああああああっ!!!

 

 

 彼女は叫ぶ。

 怒り、絶望、怨嗟、悲嘆……ありとあらゆる負の感情が掻き混ぜられた、禍々しい咆哮を。

 

 

 

「ルナティックトランサー……」

 

「動き出したのか…またしても…!」

 

 楓と紀行が呟くと、百由が解説を始める。

 

「一度トランス状態に陥ったリリィは理性を失くし、敵味方の見境なく、マギが枯れ果てるまで破壊の限りを尽くす。夢結自身が封印したスキルよ」

 

「それが何でまた…?」

 

「主を失ったチャームの群れが、夢結に思い起こさせたのね……」

 

「それって……」

 

 ミリアムと梨璃に向けた説明。その間にも、夢結はヒュージとの戦闘を続ける。自失となったかのように、荒々しく。

 

「……夢結は、中等部時代に自分のシュッツエンゲルを亡くしているの。そのときにルナティックトランサーを発動していたことから、夢結に疑いがかけられたわ」

 

「そんな……」

 

「実際、遺体には夢結のチャームで付いた刀傷もあったと言われているわ。結局、証拠不十分で疑いは晴れたけど…夢結自身、記憶が曖昧な状態で……でも、はっきり覚えていることもあったみたいなの」

 

「それってもしかして……」

 

 梨璃は紀行の方を向いた。

 

「……ああ。最初の事情聴取は俺たちが受け持った。そこで白井嬢は……

 

『黒鉄嵐ならお姉様を救うことができた。お姉様が助からなかったのは黒鉄嵐のせいだ』

 

…そう叫んだんだ」

 

「………」

 

 梨璃はただ絶句する。

 

「白井嬢のシュッツエンゲルが亡くなったあの日……俺たちは一般市民の避難に手を貸していた。その判断が間違いだったわけはなかった。そうしなければ大勢死人が出ていたからな」

 

 一度言葉を区切り、悲しそうに夢結を見る紀行。

 彼女の近くには梅と吉春が。通信機を介して、彼らの会話は2人にも聞こえている。

 

 

「だから俺たちが支援に向かったときには……もう…。やれるだけのことはやった。だが間に合わなかった。純粋に機動力が足りなかった。それが事実だ。当然白井嬢にも説明して謝罪した。だが…彼女にはそれが受け入れられなかった…」

 

「じゃあ、夢結様は……」

 

 紀行の目が悔しさに歪む。

 

 

「ああ…俺たちを心から信頼してくれていた。だからこそのやり切れなさが、受け入れ難さがあったんだ…!それに……

 

わかっているんだ…!あの白井嬢の叫びが、本心なんかじゃなかったことはな!ただ、一度口にしてしまったから、白井嬢は俺たちから距離を取った…!それしかないと考えてしまったんだよ!それから…ずっと…っ!」

 

 

 紀行の言葉を、百由が補完する。

 

「……ずっと、自分を苛み続けているの……。シュッツエンゲルが亡くなってしまったこと…黒鉄嵐を遠ざけたこと…。この二つを、自分のせいにしてね……」

 

「………」

 

 黙り込んで何か考えていた梨璃は、表情を切ないものから真剣なものに変える。

 理解したのだ。初めて出会った時の笑顔が、今や見る影もない、その理由を。

 

「私、行ってきます……!」

 

 彼女の手にあるチャームにマギが流れた。クリスタルコアにルーン文字が重なった図柄が浮かぶ。

 

「駄目だ、一柳嬢!」

 

「今の夢結は危険よ!」

 

「それだけじゃない!これは黒鉄嵐と白井嬢の問題でもあるんだ!無関係な君を巻き込んでは……!」

 

「…百由様…」

 

 振り返った梨璃の顔は……

 

 笑っていた。

 

「私、夢結様のこと…少しだけわかってきた気がします!それから紀行さんも。無関係だなんて言わないでください。夢結様の力になりたいのは…私も黒鉄嵐の皆さんも一緒です!」

 

 そう言って彼女は飛び出した。足からマギを放出し、廃墟を飛び越えながら夢結へ近づいていく。

 

「それ答えになってないわよ?!」

 

 百由の声はたちまち届かなくなった。

 

「……。吉春」

 

『はい、隊長』

 

 対する紀行は、吉春との話を始めていた。

 

「今までの会話、聞いてたよな?」

 

『はい』

 

「……どこまで、白井嬢の動きに対応できる?」

 

『…次の挙動くらいであれば、ホルスの眼で予見できるかと』

 

「よし…では命令だ」

 

『何なりと』

 

 

「『彼女たち』を救出しろ。そしてお前なりのやり方で……白井嬢と、黒鉄嵐にケジメを付けてくれ…!」

 

 

『かしこまりました』

 

 

 

 

 通信が切られると、吉春は梅に振り向く。

 

「……そういうわけだ。…吉村嬢」

 

「わかってるゾ。手を貸せって言うんだナ」

 

「ああ。一柳嬢、白井嬢、そして俺と、彼女たち。とてもやるべきことが多い。頼めるか?」

 

「当たり前だ。お前も夢結も、大事な友達だからナ。お前らのためなら、梅の手くらいいくらでも貸すゾ!」

 

「…そうか。ありがとう。感謝する」

 

 胸を張って答える梅に、微笑みで返した吉春。

 左肩のラックから剣が抜け落ちた。切り離したのだ。

 

(今必要なのはこいつだけだ。白井嬢は百合ヶ丘でもかなりの腕利き。小細工は通じないからな。さぁて……)

 

 右肩から槍を取り、見つめる先には置き去りにされたチャームと、それらに囲まれた夢結。

 

(俺は君たちに救われた。だから……。乱世に芽生え、戦火に散った華の束(リリィたち)……。その一片も救い出す!!)

 

 意思に呼応して、背と脚のスラスターから噴き出すエネルギー。それは彼の体を持ち上げ、今や焼け野原となったヒュージの甲羅に着地した。

 

「……」

 

「……っあ……!」

 

 ミサイルの攻撃が止むと、夢結も動きを止めてただ苦悶の声を上げる。

 吉春が見えてはいないようだ。彼は手近なチャームに空いた手をかけて……

 

「まずは君だ……っ!」

 

  ズボッ!

 

『□□□?!』

 

 チャームが引き抜かれ、ヒュージは驚きと痛みからか悲鳴を上げる。

 

「悪いが、これらは君のトロフィーではない。還してもらう」

 

 そう言って放り投げたのは夢結が立っている方向。彼女の眼前に、古びたチャームを通過させる。

 

「…あ…?」

 

  ガランガラン……

 

 彼女は目でそれを追い、地面に転がった瞬間を目撃。

 

「…あぁ…!」

 

 次いで睨み返したのは、チャームが飛来した方向。

 

 そこには、サーカスのピエロのように大仰な礼をする吉春がいた。背にした槍の刃は、血色の稲妻と共に赤々と焼ける。

 

「さあ、君の月夜を踊り明かすとするか!白井嬢!朝日が昇るその時まで!」

 

「ああぁあ!!」

 

 夢結がチャームを構える。

 

「君を救う者に手を貸す。これが俺の……黒鉄嵐の、君へのケジメだ!来いっ!!」

 

 フェイスガードが閉じる。鬼へと変わる吉春の顔。

 

 

「ぃやぁああああっ!!」

 

 チャームを振り上げ、夢結が彼へと斬りかかった。

 

 





 次の投稿も百合ヶ丘編の続きになるかと思います。3本立てになったり2本立てになったり……(楓さん風)
 戦闘シーンがある回は本数が多くなるんですかね。


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