アサルトファング Bestia Oratorium 作:羽桜千夜丸
それは、春の雨が降る3月下旬。
傘を濡らしながら、スーツケースを引くリリィ…
「……?」
そして、寮の入り口からいくらか離れた場所に立つ、異様な人影を見つける。
黒い手袋を嵌め、鮮やかなオレンジの雨合羽を纏い、腰のホルスターに折り畳み式トンファーバトンを携えた人物。
透明なビニールの縁が付いたフードを目深に被り、横から見ていることもあってその顔は見えない。
その人物はじっと立ち尽くし、誰かを待っているかのよう。
人を呼んだ方がいいかとも思ったが、ホラーを苦手とする彼女が抱いた恐怖が、その考えを撤回した。関わらないことを決心して、彼女は寮の建物に入る。
少しして、割り当てられた部屋に着いた。ルームメイトはもう来ているようだ。
一呼吸し、彼女は扉を開ける。
「!」
「あっ…」
部屋の中から、茶色のロングヘアのリリィが振り向いた。そのリリィは椅子から立ち上がり、雨嘉に手を差し出す。
「王雨嘉さん?
が、雨嘉は神琳の手を取ることはなく、代わりに両手を振って遠慮がちに言った。
「う…ううん、そんな…!私なんて全然……ヘボリリィだから……!」
その頃。
寮の外に立つオレンジの人影に近づく者があった。傘を差し、大きな鞄を肩に提げたリリィである。その鞄には猫の頭のシルエットが大きくプリントされていた。
彼女は人影に声をかける。
「……吉春」
「ようやく来たか、
フードの中から強面を向ける彼の視線の先には、淡い金髪をポニーテールにした赤い目のリリィがいた。
「人使いが荒いな、君は。これでも仕事中なんだが」
「この時期、こんな天気の日の見回り警備なんて暇なものだろ?」
「だからと言って手を抜いていると、隙を突いて妙な輩が現れるかもしれないだろう」
「それで、実際のところはどうなんだ?誰か捕まえたのか?」
「………」
吉春はバツが悪そうに目を逸らした。
「はぁ…。相変わらず嘘が下手だな、お前」
「生まれつきだ。それより、目的地に行くとしよう。猫が雨宿りに集まる場所だったな?」
「ああ。……その、心配で…」
「では、案内いたそう」
並んで歩く2人の姿が、雨の中に溶けていった。
それから、およそ1ヶ月後。
「えへへ…」
休日。学院のラウンジで、梨璃は同じテーブルに向き合って座る姉の夢結を見つめ、気の抜けた笑みを浮かべていた。
教本を読み返していた夢結は、その視線に耐えかねる。
「梨璃。貴女、そろそろ講義でしょう。予習は?」
「わかってはいるんですけど、今こうしてお姉様のお顔を見ていられるのが幸せで幸せで……。はぁぁ…」
夢結は軽く頭痛を覚えた。
(ダメだわこの子。完全に弛みきってる……。まさかシュッツエンゲルになった途端にここまで緩むとは……迂闊だったわ……)
彼女が内心で頭を抱えていると、2人組のリリィが通りかかって声をかけてくる。
「あら、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、“ユリ”さん」
「あはは……ご機嫌よう…」
梨璃が顔を上げて2人を見送った。一方……。
「はて、ユリさん?誰かと間違えたのかしら?」
夢結が疑問に思っていると…。
「あ、それ、カップルネームです」
「カップルネーム…?」
聞き慣れない言葉で示された梨璃の答えを反芻する。
梨璃はラウンジの掲示板に夢結を連れて行った。
「これです。週刊リリィ新聞の号外です」
デカデカと貼り付けられたその見出しには、『異色のシュッツエンゲル誕生』の文言と共に……
夢 梨
×
結 璃
と記されていた。
「………」
「ほら、横に並べるとユ、リって読めるんですよ〜」
目立ちたくはなかった夢結の背後に、暗いオーラが立ち込める。2人で並んでいると、周りに続々とリリィたちが集まってくるのだから、彼女にとってたまったものではない。
「あはは。ヤだなぁ…ここまですることないのに、二水ちゃんってば……」
「あら、本物ですわよ」
「まあ!このお2人が?」
「ユリ様ですわね」
「ユリ様ね」
「ユリ様ですね」
夢結が苛立ちに打ち震えていると……。
「ほらほら、お嬢様方。あまり固まると通行の邪魔に……」
壁際に集まるリリィたちの交通整理をしようと吉春が声をかけてきた。そのタイミングで……。
「……っ!」
夢結は遂に怒髪天となった。余りに強い怒りの波動を受け、梨璃は腰を抜かす。
「お、お姉様ぁ!?」
「早まるなっ!白井嬢!!」
吉春が怒りに囚われた夢結を押さえに入った。今日の彼はトンファーバトンを持っておらず、身一つでこの事態に対処しなければならない。
ラウンジでちょっとした騒ぎが起こっている頃。
雨嘉は寮の部屋で電話越しに会話していた。
「…うん…うん。大丈夫……。それじゃ……」
「お母様ですか?」
「うん」
電話を切った彼女に、神琳が話しかける。
「ご実家のアイスランドは、今は夜の11時といったところかしら?」
「うん…。ここには男の人もいるからって心配して、毎日、電話をくれるんだけど…」
「大切に想われているのね」
雨嘉は切ない表情で首を振った。
「ううん。私は姉や妹より出来が悪いから……だから心配…なんだと思う…」
「………」
沈黙で返した神琳の顔は…少し不満気であった。
一方、ラウンジでは……。
「……はぁ……ぜぇ……。り、リリィと生身で張り合うのはキツいな……」
レモン水のコップを握って突っ伏す吉春が、落ち着きを取り戻した夢結と梨璃に近い席にいた。
紅茶を一口飲み、夢結が口を開く。
「梨璃、貴女にお願いがあります」
「はい!何なりと!」
サイドテールの髪を揺らして、梨璃が嬉しそうに答えた。ティーカップをソーサーに置き、夢結が続ける。
「レギオンを作りなさい」
「わかりました!……え…レギオン……って、何でしたっけ?」
梨璃の天然ボケが、偶々近くを通り掛かった二水を襲う。
「ぐえっ!」
「わっ?!二水ちゃん!」
彼女は驚きの余り転んでしまった。
「あっ…ご、ご機嫌よう…あはは…」
床に倒れたまま、二水が顔を上げて挨拶する。
「二水さん、お願いします」
「はっ、はい!」
夢結に言われ、勢いよく立ち上がった彼女が説明を始めた。
「レギオンとは、基本的に9人一組で構成されるリリィの戦闘隊員のことです」
「ところで二水さん…」
「はっはい?!」
「お祝い……ありがとうございます」
夢結は二水に笑顔を向けるが、その表情はどこか不自然に歪んだ陰りがあった。
「ど…どういたしまして……あはは…」
その笑顔に気圧された二水は、冷や汗と共に後退る。
「けど、どうして私がレギオンを…?」
「貴女は最近弛んでいるから、少しはリリィらしいことをしてみるといいでしょう」
「リリィらしい……?はあ……。わかりました、お姉様!私、精一杯頑張ります!」
夢結は頷くと、また紅茶を口に含む。
(正直、梨璃にメンバーを集められるとは思わないけれど。時には失敗もよい経験となるでしょう……)
だが、次の瞬間。
「なんたってお姉様のレギオンを作るんですから!!」
「ぶ……っ!?」
危うく紅茶を噴き出すところだった。梨璃は盛大な勘違いをしている。
しかし最早、止めることはできそうにない。
「私もお手伝いしますね!」
「ありがとう!頑張るよ!」
「では早速勧誘です!」
「「おーー!」」
「いえ、そういう意味では……」
今や夢結は置いてけぼり。2人で勝手に盛り上がっている。
「まずは
「…えと、ヘリガリッターって?」
「百合ヶ丘のリリィの集団を目的に合わせてサポートするための、専属の黒鉄嵐メンバーを指名できる制度です。例えば工廠科には、黒鉄嵐の技術者である
「レギオンでもいいの?」
「はい!単純な戦力アップ以外にも、騎士団の情報網にいち早くアクセスできるようになったり、相談相手、訓練相手が確保できたり…男性隊員を指名して、リリィ引退後の男性免疫を付けられるといったメリットも期待できます。殿方と結ばれて家庭を持つことを夢見るリリィも当然いますから!」
「へぇー。誰がいいのかな?」
二水はメモ帳を取り出し、黒鉄嵐の情報が書かれたページを捲る。
「まず隊長さん、副隊長さんは役柄上、聖騎士になれませんので外して……あ、ちょうどです!あそこに、まだ聖騎士になっていない方が!」
二水の視線の先には、背もたれに体重を預けてぼうっと天井を見上げる吉春がいた。先程の疲れによる放心であった。
2人はさっそく駆け寄る。
「吉春さん!」
「…んあ?」
彼は放心を止め、梨璃たちに向き合った。
「梨璃さんたちのレギオンの、聖騎士になってくださいませんか?」
「お姉様のレギオンなんだけど……」
「え……ああ、俺は構わないが…白井嬢はいいのか?」
「吉春さんなら大丈夫です!」
彼は夢結を探し…試しに目を合わせてみると、彼女はこくりと頷いた。
「…確かに問題はなさそうだな。それで、メンバーはあと何人集める予定なんだ?」
「合計9人だから……」
「(あと6人か)…なるほど。勧誘するなら、手伝うとしよう」
「いいのかな…。まだ結成してないのに手伝ってもらって…」
「手続きはあるが、それより先にサポートの仕事を始めても大丈夫だ。とりあえず、よろしく頼む」
「は、はい。こちらこそ…」
「聖騎士、確保です!」
梨璃たちがメンバー勧誘に動き出した一方。
夢結は射撃場に来ていた。一通り的を撃ったところで、隣にいた梅が声をかけてくる。
「夢結は何を気にしてるんだ?」
「……?」
「梅が6発撃つ間に夢結は10発も撃った。気が焦ってる証拠だ」
「……相変わらず、人のことをよく見ているのね」
梅は満面の笑みを浮かべる。
「おう!梅は誰のことも、大好きだからナ!」
夢結たちは射撃場の後ろにあるベンチに腰掛けた。射撃に来た何人かのリリィや、黒鉄嵐メンバーと交代した形である。
「へーえ。自分のシルトにレギオンを作らせるなんて、やるな」
「私は梨璃に、自分のレギオンを作るよう言ったつもりだったのに……」
「夢結らしいな。聖騎士のアテはあるのか?」
「……一応、七須名くんが務めてくれるそうよ」
「ふぅん、吉春か。なぁそれ、私入ってもいいか?」
「貴女までそんな…」
「あはは〜」
梅の笑い声が射撃場に響いた。
その頃。
梨璃たちは二水の似顔絵と共に『レギオンメンバー めざせ9にん!』と書かれたチラシを作っていた。それを手に、校舎の中を歩く。
「さて……これからどうするんだ?」
「まず、同じクラスの人からあたってみましょう」
「うんうん!えーと、1年椿組は……」
梨璃が辺りを見回していると…。
「お。彼女はどうだ?」
「あ!あの人……!」
3人の視線の先に、淡い金の髪に赤い目のリリィが通り掛かる。
「
だが、声をかけようとすると……。
「あ゛ぁ?」
睨み返して来た。
「「っ?!」」
彼女たちの間に広がるのは、ディスコミュニケーションの荒野。
威嚇された2人は声をかけられなかったが、吉春は苦笑いしている。
「おやおや…。ここにいてくれ。少し話してくる」
「え…?」
梨璃は心配になったが、吉春は気にすることなく笑顔で鶴紗に近づいた。
「やあ、安藤嬢」
「吉春……」
「クラスメイトには、もう少し愛想をよくしてもいいと思うが?」
「私の勝手だろ。……あの2人は何だ?」
「レギオンのメンバーを募集していてな。俺も聖騎士に指名されたので、手伝っているところだ」
「……出世したな」
「止してくれ。仕事が増えるだけだ」
鶴紗が歩き出すと、手を振りながら見送った。
後ろから梨璃たちが来る。
「かなり仲がいいんですね…?」
二水は不思議そうに吉春を見上げた。
「ああ、彼女た……彼女は友人だ。以前、騎士団に修行期間があると話したろう?その間に、とある任務で知り合ってな」
「じゃあもっと誘ってくれても……」
「いや、友人だからこそ、無理強いはしないと決めている。打ち解ければ、案外素直で親しみやすい面もあって……快い関係になれるものだが。まあ、クラスメイトならば、そのうち仲よくなるだろう」
「うん、そうだね!」
「とりあえず、他のクラスメイトを探しましょう」
メモ帳を手に歩く二水について行き、ラウンジ内の小部屋にたどり着いた。
次に勧誘するのは、茶色の髪を三つ編みのツインテールにした、落ち着いた雰囲気のリリィである。
「私を一柳さんのレギオンに…?それは光栄だわ」
二水が彼女を紹介する。
「
「いいんですか?あの……私じゃなくてお姉様のレギオンなんですけど…」
「うーむ……二川嬢、彼女は…」
「あっ……」
吉春に言われて気付いた二水は、顔を青くした。
「…現在はレギオン、水夕会の副隊長として活躍されて……」
「えっ、そうなの?」
「不覚です……」
汐里は笑顔を見せた。
「そうなんですよ。素敵なレギオンができるよう、願っていますね」
笑顔のまま、吉春の方を向く。
「貴方も頑張ってください」
「ああ…ありがとう」
「そういえば、水夕会にも聖騎士が……」
「失礼いたします…」
二水が呟くと同時に、小部屋の入り口から黒鉄嵐メンバーの一人が顔を覗かせる。
短めのシャンパンゴールドの髪の、大人しそうな女性隊員。
「汐里お嬢様、リーダーが本日午後、お茶会を開かれるそうです。お嬢様もぜひにと…」
「わかりました。ありがとうございます、すずなさん」
二水の脳裏に、射撃訓練の日が蘇る。
「な、
「上手くやれているようだな、すずな」
「はい。吉春くんはこれからですね?」
「ああ。夕方にでも正式に手続きする」
梨璃たちが構内を巡っている頃。
寮の部屋では、自作のテラリウムを確認していた雨嘉が神琳と話す。
「神琳はレギオンに入るの?」
「ええ。貴女もせっかく留学してきたのだから、交流するといいわ」
「………」
「ところでこれ、読みました?」
神琳がテーブルに差し出すのは、彼女が読んでいた週刊リリィ新聞号外。朝のラウンジで起きた騒動の火種である。
「週刊リリィ新聞……?こんなの読むんだ…」
雨嘉は見出しを読む。
「……ユリさん…?」
「雨嘉さんも見たでしょう?この前の戦い」
「…うん」
前回のヒュージ襲撃…大量のチャームが回収されたあの戦いに、雨嘉と神琳も参加していた。梨璃が夢結の下へ向かう道を切り開くための、支援攻撃役として。
「技量もバラバラで、息も合っていない。なのに、不思議な迫力があって……」
「……うん」
雨嘉の返答はどこか上の空。彼女は記事を見ながら思い返していた。梨璃と夢結と…もう1人の戦いを。
「…わたくしの話、退屈…?」
「うん……あ、そ、そんなことないよ…。…あのね…神琳…」
「はい…?」
「神琳は……黒鉄嵐の人と仲がいいみたいだけど…」
「………」
「お…男の人、とか。どうやったら神琳みたいに上手く接するようになれるのかな…って。あの時みたいに一緒に戦うのに、まともに話せなかったら……私…」
「……。単純に、慣れているだけですよ。何度か話せば、雨嘉さんもきっと慣れます」
「そう……だよね…」
雨嘉は新聞を読むフリをしながら、考え込んでしまう。
(やっぱり神琳はすごい…。でも…私は…)
その頃。
鶴紗は校舎のすぐ外にある道を歩いていた。視界の横には青々と木が茂る。
ガサガサッ
「!」
草むらに近づいたところで、茂みに飛び込む何かの気配を感じた。振り向くと……。
「ニャ〜」
「何だ、猫か……」
茂みから這い出したのは一匹の黒猫。安堵のため息と共に笑顔を見せ……次の瞬間。
ズジャアアアアアアア
「にゃにゃにゃ?!こんなところで何してるにゃあ?!」
上半身を地面に滑らせながら、うつ伏せの姿勢で猫に急接近。口調も何故か猫に近づいていた。
「迷子になったかにゃ?!お腹空いてないかにゃあ?!猫缶あるけど一緒にどうかにゃ!?」
目を爛々と輝かせ、呆気に取られる猫に詰め寄る……のだが。
「……ん?」
「…………」
「……ぁ……ぁ…」
「ニャ〜……」
彼女の背後に、いつの間にか2人もやって来て、猫とのやり取りをまじまじと見ていた。
顎に手を当てて、興味深そうに見ているのは吉春。見てはいけないモノを見てしまったと言わんばかりに顔を引き攣らせているのは二水である。
「………」
「………」
沈黙が流れていると、梨璃が駆け寄って来た。
「どうしたの二水ちゃん、吉春さん。あ、鶴紗さん!」
「言ったろう二川嬢?安藤嬢は案外、親しみやすげえっ?!」
「どうぞごゆっくりぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「えっ?!」
二水は吉春の後ろ襟と梨璃の手を掴み、顔を赤くする鶴紗を置いて真っ直ぐ校舎へ走り去る。
「な、なに〜〜!?」
「ふ、ふたが……はな…っ!首がっ……ぐぇ……」
勢いのまま引かれる梨璃はまだマシで、二水より背が高い吉春は首を締められながら引き摺られて行った。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら3人がたどり着いたのは廊下の一角。壁や膝に手をついて息を整える二水と梨璃の間には、吉春がうつ伏せで倒れ込んでいた。
「はぁ……どうしたの二水ちゃん…?吉春さんも大丈夫……?」
「……サーカス団で鍛えたからな……」
シャツの襟を緩めながら彼が立ち上がっていると、吊り目の黒鉄嵐メンバー…慶が近づいて来た。
「何やってんだお前ら……」
「ああ、慶……。何、ちょっとした野暮用で……というか、君がいるなら…」
「貴女たち、レギオンのメンバーを集めているんですってね」
彼だけでなく、アールヴヘイムの1年生たちとも鉢合わせた。
「え?あ、はい。壱さん、樟美さん。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう……」
壱の後ろから顔を出す樟美。そのさらに後ろから現れたのは……。
「ご機嫌よう、梨璃」
「わっ、亜羅椰さん…」
彼女はずい、と梨璃に詰め寄った。
「……も、アールヴヘイムでしたよね…確か…」
顔を近づけたので目を逸らす梨璃に、亜羅椰は妖しげな笑みを浮かべて問い詰める。
「私の樟美に手を出す気?いい度胸だわね?」
「そんなこと、誰も言っていないぞ。遠藤嬢…」
「ったく、他所のレギオンにまで迷惑かけんなよな、お前……」
慶と吉春が彼女を引き剥がしにかかる。梨璃が見るからに嫌そうにしているためだ。
すると……。
「樟美を貴女に差し上げた覚えはありませんけど?」
「天葉姉様……。はっ!」
そこに彼女も合流。樟美は反射的に慶を睨みつける。
「ああ…くっそ…ややこしいことに…!頭が割れちまいそうだ……!」
「だ、大丈夫か?慶……」
更には……。
「梨璃さんからそのいやらしい手をお放しになって!」
「「うわぁ!?」」
「楓さん…!?」
「楓……?」
2人の背後から楓が現れて梨璃共々驚かせる。彼女の登場に、壱も意外そうな反応をしていた。
「ヌーベル嬢……」
「どっから出やがった?!」
驚きが収まらない騎士2人を無視し、楓と亜羅椰が睨み合う。
「ふん?天葉様はともかく、楓こそ梨璃に馴れ馴れしくない?」
「何故?わたくしと梨璃さんは同じレギオンですから。貞操の危機からお守りするのは当然ですわ!」
そう言って、楓は亜羅椰の手を振り払って梨璃を引き寄せる。
「わぁ…!」
「楓さん…!」
嬉しそうにする梨璃たちの横で、吉春は頭を悩ませた。
「これは……仕事が減った…?いや、増えたのか……?駄目だ、皆目わからん……」
「ささ、参りましょう♪」
楓が梨璃の手を引き、この場を離れようとする。
「あ…み、皆さん、ご機嫌よう!」
「ご機嫌よう〜〜」
梨璃たちが挨拶して3人で去って行った。
「……慶、明日にでも頭痛薬を分けてやる」
「ならお前にゃあいずれ胃薬をくれてやるぜ吉春。せいぜい大事に使え」
騎士2人も言葉を交わすと、吉春は梨璃たちの後を追い始めた。
「なんで楓ヌーベルみたいな凄腕が、あんなド素人と……?」
壱の疑問に、不満気な亜羅椰が口を開く。
「どうせ下心だけの繋がりでしょう」
「亜羅椰ちゃんがそれ言う?」
「冗談は鏡見てやってろってんだ……」
こめかみを押さえる慶と、天葉の後ろから顔を出す樟美がツッコミを入れる。
怒りを剥き出し、すかさず樟美に飛びかかる亜羅椰。
「食うぞ樟美ぃ!!」
「きゃあっ!」
「食わないで」
その亜羅椰の頭を天葉が押さえ込む。
「お前、いちいち騒がねぇと気が済まねぇのか?遠藤嬢よぉ」
「っ!このっ…!リリィでもないのに馬鹿力な…!」
「イテッ!暴れんな、コラ!」
抵抗する亜羅椰を引き離しながら慶が叱り、この場をどうにか収めることができた。
梨璃、二水、楓の3人は足湯場に来ていた。建物のすぐ裏手にある庭園の石には吉春が座り、壁代わりに設けられた格子の裏から彼女たちの話を聞いている。
「さっきの皆さんは、中等部時代からアールヴヘイムへの引き合いがあったそうですよ」
「へえ、すごいんだね……」
「はい。とりあえず、楓さんゲット…と」
淡々とメモ帳に書き込む二水に、楓は不満を漏らす。
「ちょっとそれ、リアクション薄過ぎじゃありません?!」
「そ、そんなことないよ……」
梨璃が楓を宥めていると……。
「うわーーヌーベル嬢だーーぎゃああああ」
「お黙り!」
吉春なりに濃ゆいリアクションを試してみたが、棒読みであったために一蹴された。
「あはは…。とにかく、これで4人だね」
「え?3人じゃありませんか?」
二水はぽかんとして梨璃を見る。
「は?」
「……?」
楓と吉春が不思議そうに見つめると、彼女は指折り数え始めた。
「夢結様と、梨璃さんと、楓さん……」
「二水ちゃんは?」
「え?!わ、私も…!?」
心底驚いたという顔を見せる。
「貴女だって卑しくも、百合ヶ丘のリリィでしょうに」
「というか……今までの話の流れから、君を仲間外れにはできないと思うぞ」
楓と吉春が呆れ気味に言うと、二水は嬉し涙を浮かべた。
「はあぁぁ…!光栄ですっ!幸せですぅ!私が綺羅星のごときリリィの皆さんと同じレギオンに入れるばかりか、黒鉄嵐の専属サポーターがついているなんて!!」
「あと5人だよ!頑張ろうね!」
感激する二水を、楓は楽しそうに眺めた。
「ちびっ子ゲ〜〜ット…っと」
呟いた後に、吉春の方を見る。
「それにいたしましても貴方、よくわたくしたちの前に現れますわね、吉春さん?」
「ん?……ああ、言われてみれば…。まあ、腐れ縁とでも思って諦めてくれ。これからは仕事仲間でもあるからな」
「ま、貴方に恨みはありませんけど……憲兵隊の見張りが付くというのも面倒ですわね…」
「君が加減を覚えればいいだけのことだろう……」
その後。
4人で学院内を回ってみたものの勧誘に乗るリリィはいなかった。黒鉄嵐の司令部まで行って話をすると、自由に動ける隊員をこれ以上減らすことができないため、梨璃たちのレギオンの聖騎士は増やせないと言い渡された。
夕方になると今日の勧誘は終わりにし、他のクラスメイトとの話し合いも明日から続けることになる。
「はあぁ〜〜……」
寮の部屋に戻った梨璃は、ベッドに身を投げ出した。
(二水ちゃんや楓さんが来てくれたとはいえ、レギオンの人集めなんて……。やっぱり私には難し過ぎるよ……)
うつ伏せになっている彼女は、頭を動かしてルームメイトを見る。
「閑さん、入ってみません?」
ソファで読書していた閑が顔を上げる。
「それは無理ね。私も高等部に入ったら、自分のレギオンを持つって決めていたから」
「志が違い過ぎる……」
枕に顔を埋める梨璃に、閑は笑顔を向けた。
「貴女のレギオンには、楓さんだっているんでしょう?」
「うん……。知ってるんだ」
「噂でね。楓さんは8つのレギオンから誘いを受けていたみたいだけど……」
梨璃は身を起こし、ベッドに腰掛ける。
「え…?そんなこと、楓さんは何も……」
「それと二川二水さん」
「はい?」
「あの方は『鷹の目』と呼ばれるレアスキルを持っているそうね。欲しがるレギオンは多いわ。それに聖騎士になった七須名吉春さん」
「吉春さんも?」
「槍や剣だけでなく、ほとんどの火器も満遍なく扱えるオールラウンダー。あの人を狙っていたレギオンも、多かったと思うわ」
「ええ…そ、そうなんですか……?」
閑は紅茶のカップを取り自慢げに笑う。
「情報収集と分析は得意なの」
「………」
ぼうっと天井を見上げ、物思いに耽る梨璃。
(皆、すごいんだ……。何でもないのは…私だけか……)
その頃、吉春は司令室で聖騎士になるための書類に記入していた。すると後ろからすずながやって来る。他のメンバーは今はいない。
「意気込みはどうですか?吉春くん」
「……ああ、やれるだけはやってみる。これでリリィへの恩返しもやりやすくなるな」
「特別手当ても出るんですよ」
「驚くほどの額でもないが……まあ、将来のために金を蓄えておくのも悪くないだろう」
「……慶くんは、そのために聖騎士になることを受け入れたんですよね……」
「……。彼は事情が事情だからな…。個性の塊のアールヴヘイムで、あれだけ苦労していても辞める気はないようだった」
すずなは頬を染めて、胸の前で指を組む。
「や…やっぱり支える人がいないとダメ……ですよね……」
「………」
呆れた顔で、吉春は彼女を見上げた。
「さっさと告白でもして付き合えばいいのに……」
「だ、だって…彼の負担にはなりたくないですし……一緒にいられる時間も少なくなってしまってますから……その…」
「やれやれ……」
吉春は席を立ち、記入が終わった書類を隊長のデスクに置く。
「これ以上恋の悩みを聞かされても、俺ができることは秘密にしておくくらいしかないぞ。後は普段通り姐御と話せ」
「うう……そうします…」
2人は司令室を出て、夕食を摂るべく食堂へ向かった。
まともにセリフを出すまでこんなに時間がかかってごめんよ、鶴紗さん……。ゲームで普段からお世話になっているメンバーの1人なのに……。