執務室に着くと、とても綺麗に修復されていた。壁に開いていたあの開放的な大穴はもう無くなっているし、床や天井にはヒビどころか傷一つない。妖精さんの働きぶりには本当に感謝しか無いな。しかし、やはり彼女達の顔は相変わらず沈んだままだ。まあ、無理も無い。彼女達から見たら、絶望的な戦局の中、仲間は皆沈んでしまい、鎮守府もボロボロ、提督も死んでしまったのに自分達だけ生き延びてしまった。そんな中起きたら、いきなり知らない人にに連れて来られたのだ、そう立ち直れるものじゃないし、混乱しているだろう。
だからこそ、自分が彼女らを少しでも安堵させ、楽にして上げねばなるまい。そう思い、私は前に進み出た。
こうして前に立ってみると、改めてここの静かさに気づく。本当に、ついこの前まで深海棲艦との死闘があった場所だとは思えない。ただ辺りに波の音だけが響いている。彼女らも、直立不動のまま、身動き一つ取らない。緊張に押し潰されそうになりながら、私は口を開いた。
「…諸君、私は今日をもってここに配属されることになった影中だ。
私はまだ新人ではあるが、提督としてここに来た以上は深海棲艦共に攻め込まれる事は絶対に無いようにすると誓う。これからよろしく頼む。」
私がそう言い終えた後も、叢雲と漣はともかくとして、やはり夕立と朝潮はとても不安と後悔に満ちた顔付きで、私の言葉などは全く持って信用出来ないようだった。まぁ、それは予想できた事だが。
どんな時でも言葉だけで、人を信用させる事など絶対に出来るわけがない。そんな事が出来るのは相当口の上手いペテン師ぐらいだろう。残念ながら私はペテン師では無いので、行動で示していく必要がある。
「自己紹介感謝するわ。私は吹雪型駆逐艦五番艦、叢雲よ。そしてこいつらは、それぞれ夕立と朝潮というわ。これから宜しく頼むわね。」
私が挨拶を終えた後、叢雲も真っ直ぐとこちらを見て自己紹介をしてきた。恐らく叢雲も不安なのだろう、少し体が震えている。しかし、しっかりとこちらを見て、一点の曇りなく引き締まった敬礼をするその姿は、軍人としての美徳すら感じる。
「こちらこそ。…それよりも、もうこんな時間だ。君たちも、お腹が空いているだろう。ここは、夕食にしないか?」
時計を見ると、時刻はもう7時を回っていた。外はもう暗くなっている。夕食にするには少し遅いくらいだろう。
「はい、そうしましょう、ご主人様。さあ、叢雲さん達も一緒に。」
「本当かぽい?!」
私がそう言うと、今まで緊張していたのか黙っていた漣も一緒に誘ってくれた。夕立は先程までの暗い顔は吹き飛んでしまっている。
「いや、私達は…いいえ、やっぱりお願いするわ。ほら、あんた達行くわよ。」
「ぽ〜い。」「はい…」
「では、決まりだ。食堂に向かうぞ。」
そう言って、私達は執務室を後にした。
食堂に着くと、良い香りが漂う。やはりカレーの匂いは食欲をそそる。
こんな事もあろうかと、私は朝潮達にカレーを作っていたのだ。流石に大本営にも良心の残っている奴等はいるらしく、食料と資材については何とか鎮守府を運営できるくらいの量を送ってくれていた。
にしても本当にいい香りだ。今日はデザートにアイスクリームも用意してあるから、本当にテンションが上がる。食堂の冷蔵庫をみた所、まだ動かせた。
「じゃあ、ご飯にするか。今日はカレーだ。取り敢えず明日のことは忘れて、好きなだけ食ってくれ。」
「…て、提督、やっぱり私は大丈夫です。その、提督たちに迷惑をかけたく無いし、それに…仲間達が沈んでいった中、私だけこんな思いをするのは申し訳ないです。」
…やはりそう言ってくるか。朝潮は真面目で正義感が強いだけに仲間に対して強く罪悪感を抱いてしまっているようだ。ここはしっかりと言ってやらないと朝潮に悪影響を与えてしまうだろう。
「朝潮、私は君がカレーを食べる事で、不利益を被る事は全く無いのだから心配しなくても大丈夫だ。それに、君は仲間と共に死力を尽くして鎮守府を守ろうとした、そうだろう?ならば、その結果生き残ったとしても君の仲間は君の事を悪くは思わないだろう。寧ろ、ここで仲間達を理由に遠慮し、君自身に悪影響を及ぼそうとするのなら、それは君の仲間に対する侮辱行為だと思え。」
「で、でも私…」
グゥ〜〜…
そこまで言いかけた所で、朝潮の腹の虫が鳴いた。
朝潮は恥ずかしさで顔を少し赤く染めている。
「…さぁ、カレーを食べようか。」
「は、はいぃ…」
「いただきまーす!」
皆で席に座り、手を合わせながら声を合わせる。これほど食事をすると言う実感を沸かせるものはない。さて、まずは一口。そう口に入れた瞬間、優しいカレーの味が口に広がる。ジャガイモのホクホクとした食感と、玉葱の溶けるような味わいが優しさに拍車をかけ、生きてて良かったと思わせてくる。
「美味しいっぽい!」
「…凄く、温かくて、美味しいわ。」
「お、美味しいです…」
夕立はカレーを食べ、完全に元気を取り返したようだ。
一方の朝潮は目に涙を浮かべながら、カレーを味わっている。相当長い間緊張状態で居たのが、安心した事で緩み、思わず泣いてしまったのだろう。叢雲も朝潮と同じく、少し目に涙を浮かべている。
ここまで喜んでもらえると、私としても作った甲斐があったと言う物だ。
「すごく美味しいカレー、キタコレ!凄く美味しいですよご主人様、今度教えて貰いたいくらいです!」
「あぁ、また落ち着いたらな。まだまだお代わりは有るから、どんどん食べてくれ。」
「おかわりっぽい!」
「「早っ!」」
「ふぅー、食った食った。」
「漣ももうお腹いっぱいです…ぐぉぉ、食い過ぎた…」
「夕立ももう食えないっぽい…」
「そうか、じゃあデザートのアイスは食べれn「食べるっぽい!」
「…そ、そうか、凄いな。」
結局、私は少し作り過ぎなくらいカレーを作ってしまったが、気付いたら空になっていた。この中で、おそらく一番夕立は食っていたが、まだ食えるのかこいつは。胃袋ブラックホールか。
「ふふん、デザートは別腹だっぽい!」
「じゃあ、私も一つだけ食うかな。」
「わ、私は遠慮しとくわ。」
「わ、私もです。」
安心しろ、それが普通の反応だ。生憎、私はこいつと同類なのでな。そう思いつつ、ガリガリ君を齧るのだった。
「では、そろそろ眠るとするか。」
時計を見ると、時刻は9時を回っていた。今日はみんな疲れているだろうし、このぐらい早い方が良いだろう。
「えぇ、そうしましょう。だけど提督、寝る場所はどうするのかしら。寮の方はまだ妖精さんが工事してるから使えないのだけど…」
「そうだったな。では、今日は執務室の隣にある提督室で寝よう。あそこなら妖精さんが直してくれたし、全員が寝れるスペースもあるだろう。」
「了解です、ご主人様!」
「もう夕立眠いっぽい〜」
「朝潮も、ちょっと眠くなってきました。」
そんなふうに話をしながら、私たちはもう誰もいない食堂を後にした。
「…もう寝たか。」
あの後、私達は執務室に着き、眠る準備をした所で、私は尿意を催してしまいトイレに向かった。その後戻ってきたら、みんなぐっすりと眠っていた。やはり、今日は色々あったからな。みんな疲れ果ててしまっていたのだろう。かく言う私も、睡魔が襲って来て布団に入ったら寝てしまいそうだ。
だが、私にはまだやるべき事が残っている。この書類の山だ。大本営の奴ら、こんなボロボロの鎮守府で生活するのすら大変なのに、仕事もしっかりしろと言ってきた。前任が居なかったせいで業務が滞っていたそうだ。だとしても、初日に渡してくるのはおかしいだろう。
やはりあいつらが何か仕組んできたんだろう。あの頃、嘘でも良いから取り繕っていれば良かったとつくづく思う。
まぁ、文句を言っても仕方がない。終わらせるとしようか…
重めの話になると言っておきながら、ほのぼの回になってしまいましたね。でも、大変なのは鎮守府が落ち着いてから。ここからだんだんドロドロ展開になっていくと思います。しばらくはほのぼのすると思いますが。