IS学園記   作:debac

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第三話 自由に空を飛んでみたい

「ねえ簪さん。クラス代表て何をするのかしら」

 

 朝一番、寝ぼけ眼のまま自分の席に座った簪はいきなりそんな話題を隣から投げかけられた。

 反射的に、頭を右に回して声のした方に顔を向ける。机に肘をつき、頬杖をついたままで雅美が自分の方をじっと見ていた。

 

「今度のクラス対抗戦に出るとか、そういうクラス単位での行事に参加したりクラスの取りまとめとかやったりするんだったと思う」

 

 頭の中が急速に冴えていくのを感じながら、簪は記憶を辿っていく。要するに学級委員? と雅美が更に尋ねてくる。少しばかりの面倒くささを感じ、それに対して黙って頷いて返した。

 

「せっかくだから雅美君やってみたら? ウチが推薦しようか?」

 

 視界の隅に、小柄なクラスメートの姿が映った。着席している雅美よりも頭一つ分さらに小さい。

 小学生かと見間違えるほどの背丈、青みがかったショートヘアに丸い顔。その中央には、澄んだ黒い瞳が2つ、あった。

 澄んだ瞳の持ち主、秋葉橙子は授業の合間に彼の周りに集まる女子生徒の一人だ。普段はもう二、三人に囲まれて姿も見えない事が多々あるのだが、時間が少し早い事もあってか一人で彼の元まで来ていたらしい。

 

「アタシはISに関しては生まれたての子鹿よ。タイミングが悪いわ。だから、パス」

 

「あーIS乗ったら足元震えちゃう、みたいな?」

 

「そうそう」

 

 からから笑う橙子に、雅美は肩をすくめて見せる。

 

「そういえば雅美君ってISの適性どうだったの?」

 

「確か……Cとか言ってたわね。普通よ普通」

 

「じゃあウチと一緒だね。ISってさ、頑張れば宇宙にドーンて飛んでいけるみたいだし、そういうの楽しみなんだよね」

 

「アタシは、そうね。宇宙とまでは行かなくても足を地面から離して、自由に空を飛んでみたい。ISって、自分の思ったとおりに動いてくれるんでしょう。そうなるのが楽しみだわ」

 

 二人は談笑を続ける。

 簪は、最初に声をかけられ顔を向けた後、この会話に入るタイミングも抜けるタイミングもすっかり見失ってしまって相槌ばかり繰り返していた。

 橙子の言う宇宙へ行く事。雅美の言う空を飛ぶ事。簪は、そのどちらも出来る事をよく知っている。日本の代表候補生に選ばれている自分ならば。

 自慢気に話をしてやりたい。彼らの会話に割って入ってやりたい。

 そう思うものの、喉元まで来て何かが引っかかる感触を覚える。

 本来ならもう用意されているはずの自分専用のIS、それが開発途中で突然中断されたという事実が、彼女の中で暗い影を落としていた。ただ、史上初の男性起動者というだけで、そして、『クラス代表を決める一戦が行われるというだけ』で自分の方が後回しにされてしまい、ないがしろにされているように思えて仕方がない。そしてそれは、目の前の二人目に対して八つ当たりのような感情を抱くきっかけとなってしまっていた。

 純粋に将来の希望を語らう二人は、簪には眩しく見える。彼がが楽しそうにすればするほど、自分が惨めに思えてくる。

 

「……あ、ごめんなさい簪さん。朝から騒がしくしちゃって」

 

 いつの間にかため息が口から漏れていた。

 それが雅美達の耳に届いていたらしい。気まずそうにこちらに向かって頭を下げる。

 

「ううん、違うの。……昨日、あまり眠れなくて」

 

 彼らに非はない。それでも簪は、昨晩の寝付きが良くなかった事だけを伝える事しか出来ず頭を振る。ただ、こうしている間にも折り合いをつけられない自分が情けないだけなのに、それを口にすることが出来ない。

 それから程なくして、チャイムが鳴る。川村先生が姿を見せた。直前まで雑談をしていた雅美と橙子だったが、先に彼女に気がついた雅美が橙子に促して席に戻らせる。どうやら橙子の席は最前列の左隅だったらしい。ちょうど簪の座席の斜向いだ。

 

「えー、すでに知っている人もいると思いますが、今日はまずクラス代表を決めたいと思います。推薦でも構いませんよ」

 

 川村先生が出席を取り終えると、続けてクラス代表についての説明を始めた。簪が雅美に説明したそれと変わらない内容を受けて、にわかにクラス内がざわつく。無理もない、クラス代表戦など、ISの実機訓練も率先してやるというならば、それはよほど自身があるか目立ちたがり屋かのどちらかだろう。

 隣の雅美を横目に見る。誰が立候補するのか興味深そうにクラス内を眺めていた。先程の橙子との会話でもあったように、自分からは率先してやろうという意思は感じられない。

 

「じゃあさ、簪さんはどうかな。確か代表候補生じゃなかったっけ」

 

 誰かが、自分の名前を呼んだ。それまで教室内を泳いでいた視線が、刺すように自分へと向けられる。川村先生の顔が若干引きつっているのが見てわかった。当たり前のことだ。自分が日本の代表候補であるのは正しい。しかし、本来ならば渡される予定だった専用機がまだ手元にないのだから。そして、彼女が自分にその事実を伝えたのだから。

 

「あー……どうします? 簪さん」

 

 戸惑いながら、川村先生は問いかけてきた。暗に自分を否定されているような嫌な気持ちになり、半ば自棄気味に簪は応える。

 

「私でよければ……やらせてください。クラス代表」

 

 

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

 教務室で織斑千冬は、雅美のプロフィールをまとめた資料に改めて目を通していた。『最初に読んだ時はめまいを起こしそうになったその内容』も、何度も読んでいれば慣れてしまう。そういうごく普通な感性に、若干の苛立たしさを覚えながら。

 

「適性Cか。ISが無ければ、何事もなくそれで終わりだっただろうにな」

 

 彼女が後堂雅美という二人目の例外に抱いた感想はこれであった。国家代表クラスに慣りうる適性Aであれば、あるいはそもそも雅美が女性であったのならば。ありもしない可能性が浮かんでは消えていく。

 父はサラリーマン。母は保育士。兄弟はおらず、親戚との付き合いは季節ごとの行事で顔合わせする程度。そんな彼の両親は、ごく普通の生まれでありながら近所でも有名なIS急進派、否、『ごく普通の環境であったからこそ、ISに傾倒してしまった人達』だったらしい。ISに過剰に信頼を寄せている、とは近所に暮らす人達や職場の同僚達の談だ。それでいて、世の中に蔓延する女尊男卑の風潮にはさしたる興味を示さず、日常生活そのものはごく普通だったと言われている。

 だが、その環境の中に一人取り残された雅美の生い立ちは決して良好とは言えなかった。ISが世に放たれるのと前後して、彼は女言葉を使うようになり、立ちふるまいも女性らしくなったという。当時10歳にも満たない子供が自発的にそうなったとは考えにくい。ISに傾倒した両親の影響なのは疑いようもないだろう。結局、家族ひとまとめで「変わり者」と世間は見た。

 千冬は、資料をデスクの上に投げて再考する。

 世界の変革に巻き込まれた少年は今日に至るまで何を考え、そして、その原因となったものを身近にして何を感じているだろうか。資料にあるのは、あくまで外から見た情報だけだ。その心の内までは到底見渡すことなどできない。

 つまるところ、資料をどれほど眺めて後堂雅美の生き方をわかったつもりになったところで、そこに至るまでの過程、すなわち彼の輪郭が見えてこないのだ。

 楯無と話をした時も、お互いに同じ結論に至った。実際に雅美と会って『挑発』をしたという彼女は、そこに付け加えて「不安にさせる時は、底無しに不安にさせてくる」と評している。

 

「クラス分け、どうしようか最後までなかなかまとまりませんでしたからね」

 

 いつの間にか隣に来ていた川村が憂鬱そうに言葉を漏らす。彼女は雅美に対して警戒心を持っていない一人だった。だからこそ、担任を任された、と言えるのだが。

 

「一夏……ああ、織斑といっしょに一組でまとめて面倒をみてやるべきだったかも知れません。ただ、それだと必要以上に二人が注目を浴びてしまう恐れがある。会議であがった例の懸念は、私もわかっているつもりです。すみません。川村先生には負担を強いてしまって」

 

「それはお互い様ですよ。私もその資料を読んだ時はその、少し怖くなってしまいましたし、楯無さんと雅美君が会った時の雰囲気にはやっぱり驚いちゃいましたけど。避けるべき話題は誰でも持つものだと思いますし、それに、実際に話をしてみたら印象も変わって。普段のクラスでは会話も弾んでいるみたいですし、なんというか人当たりが良いんですよ。何人かの生徒とちょっとしたグループも作っていますし」

 

 確かに、人当たりが良いという点については千冬も正解だと考えた。IS学園が女子校となっている事で、皮肉にも雅美はその中に自然と溶け込む事が出来ているようだ。自分の弟、史上初の男性起動者、織斑一夏のように入学早々クラス代表で揉めるなんていうトラブルを起こす事もなく、今はクラスメートとよい交流をはかっている。時間さえあえば一度、顔合わせぐらいはさせてやるべきだろうか、と天井を仰ぐ。

 

「……親は親、子は子です。私は雅美君には自分の中にある可能性を諦めないで欲しいですし、その為に導いてあげる事が大切だと思うんです」

 

 全くそのとおりだ、と千冬は脳裏に厄介な友人の姿を思い浮かべながら頷いた。

 

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