IS学園記   作:debac

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第五話 我々の苦労も知らないで

「んもう! 信じられない!」

 

 その日の一年四組の朝は、橙子の嘆きから始まった。

 彼女が嘆いているのは、昨日行われたクラス対抗戦へのものだ。

 一組と二組の代表の試合中に所属不明の無人機が乱入。辛くも撃退出来たもののアリーナは滅茶苦茶となり、また教師陣が事後処理に追われてしまった為にその後の試合が軒並み中止となったのだ。それはつまり、簪の試合も流れてしまった事を意味していた。

 

「まあ、仕方がないんじゃないかしら。アタシ達も見たじゃない。アリーナぼろぼろだし。それに、襲撃してきた無人機だっけ? あれの調査も徹夜でやってたみたいよ」

 

「それはそうだけどさ。簪ちゃんが頑張る姿は見たかったじゃん」

 

 雅美のフォローも意に介さず、橙子は雅美の机の上で上体を寝そべらせていじけていた。身長の低い彼女がそうすれば、自然と足元は浮きプラプラと振られている。

 簪は、そんな彼女の駄々を隣の席で眺めながら、代表戦の時の事を思い出していた。

 アリーナの観客席から見えていたのは、史上初の男性IS起動者。そして『自分の専用機が後回しにされた結果』作られた、彼専用のISの姿。そして、そのISが二組のクラス代表と共に無人機を無力化する光景。

 周りの生徒は皆、一様にしてその緊急事態に右往左往していたが簪自身は驚くほどに冷静だった。目の前には今まで抱いていた不満の元凶がいたにも関わらず。彼らの安否に対しての動揺はあったが、それ以外の感情は湧かなかった。無関心、とも違ったが、心は落ち着いていた。少し前の自分ならば、到底信じられない事だろう。

 

「ありがとう。でも今回のトラブルの穴埋めはするっていう話だし、その時頑張ればいいから」

 

 すっと席から立ち上がって、橙子の側に歩み寄る。そして、彼女の頭を優しく撫でながら簪は答えた。

 今ではすっかり簪も、橙子の頭を撫でる一人になっていた。橙子の視線が下る。他のクラスメートと同じ日常のそれだが、後から加わった彼女に対してはまだ慣れていないらしい。

 しかし、簪にとってはこのクラスの日常に加われたように感じられて、つい手を出してしまう。周りの他のクラスメートの顔が、綻んでいる。彼女は、自分を取り巻く環境が、そしてその中にいる自分がいつの間にか変わったとここ数日で確かに感じていた。クラス代表に選ばれた時から、さらに一歩前に進んだ気分だった。

 その証拠に、最近は姉の気配を無意識の内に作り上げてしまう事こそあれど、その視線に怯える事は無くなっていた。それは、浮かんではそのまま消える、霞のようなものになっていた。

 

「でも、日程改めてクラス対抗戦をやる事になっても、簪さんてまだ専用機が無いんでしょう?」

 

 雅美が、目を細めて尋ねる。

 それでもなお、彼女中にはまだ心の奥底で燻っているものがあった。自分の専用機だ。まだ、手元に来ていないという事実が、簪の表情を曇らせる。

 開発の難航が原因、とだけ。詳細は省いて彼女はこのクラスの人間に専用機が無い理由は既に伝えていた。つまり『織斑一夏の存在』が遠因とまでは伏せる事にした。落ち着いた今になって考えてみれば彼には非はないし、半ば個人的な事情が含まれている事までこのクラスに打ち明ける事は、どうしても気が引けたのだ。ただ、川村先生にだけはこの胸の内を明かしていた。その時の彼女の表情がとても穏やかだったのは強く印象に残っている。

 

「大丈夫、間に合わなければ打鉄かラファールかで出れば良いだけ。今回もそのつもりだった。クラス代表戦はあくまで訓練の一環。勝てれば良いに越したことはないけど、むしろ、普段動かしているISでやった方がクラスの皆に動きの参考にしてもらえるかも」

 

 いずれにせよ、目下のところ自分は代表候補生であると同時に、一年四組の代表なのだ。ならば、『更識楯無の妹』である事を考えるよりも、四組の人達の模範となるように努めるべきだろう。

 

「分かった。ウチ達も応援する。頑張ろうね、簪ちゃん」

 

 橙子は、いつの間にか体を起こして彼女の言葉に耳を傾けていた。

 雅美は、微笑みながら彼女の言葉に相槌を打つ。

 そして、側にいた他のクラスメート達も一様に黙って彼女の話を聞いていた。

 簪は、目の前にいるこの人達が『誰』の言葉を聞いているのかすぐに理解する事が出来た。それは、自分がいつも夢見ていたもの。長い時間をかけて積もり積もっていた塵が、たった一瞬の風で払われるようなむずがゆさがあった。

 

 

 

 

 

※      ※      ※

 

 

 

 

 

 昨夜から何度も続く長い長い会議から開放され、教務室へ戻ってきた千冬と川村はデスクに戻るや否や体を大きく伸ばしたり、自身の肩を手もみをする。

 彼女達の目の前ではマグカップに入れられたコーヒーの湯気がゆらゆらと立ち上っていた。その緩やかな動きを見つめていると、直前までのやかましさを和らげさせてくれるような心地にさせてくれる。

 

「やっと会議も一段落ですね。今日はゆっくり眠れそうです」

 

「織斑先生もお疲れさまです。一夏君や二組の鈴音さんは変わりないですか?」

 

「対抗戦が有耶無耶になった事以外は相変わらずですよ。それどころか一部の人間を巻き込んで特訓に燃えていると言うか。余計な騒ぎを起こさなければ良いんですが」

 

 呆れたように、千冬がため息を漏らした。

 

「まあ、目標が出来たというのは良い事じゃありませんか」

 

「全くですよ。我々の苦労も知らないで。羨ましいです」

 

「あはは。一休みしたら次は学園内のセキュリティの見直しをやらなきゃですものね」

 

「……それを聞くと余計に疲労がたまります」

 

 千冬は椅子に深く座り直す。

 無人機乱入の一件はIS学園に幾つかの問題を浮き彫りにさせていた。

 完全だと思っていたセキリュティはあっけなく封じられ、避難誘導はうまく行かず、必要以上に生徒達を怯えさせてしまった。緊急会議では、これの根本的な対策が必要という事になり、川村が幾つかの提案をした。

 一つは電子ロック関係が完全にダウンしてしまった時の備え。いくらIS学園が多重に保険をかけているとは言え、今回あっさりと例外が出てきてしまった。その為、円滑に避難経路を確保する為に手動でロックの解除を出来る隔壁の数を増やす事になった。

 もう一つは避難誘導の見直し。代表戦の時のように大人数の生徒が一同に介する場合、どうしても教師陣の人手が足りない。ただ、これに関しては幸運にも参考になる事例が今回起きていた。

 

「そちらのクラスの更識には随分助けられました」

 

 コーヒーを一口含み、千冬は感謝を告げる。

 アリーナにいた一年生の多くが恐怖に縮こまる中、簪は避難誘導の補佐を買って出てくれていた。その為、四組とその側にいた他のクラスの生徒達に関しては大きな混乱は発生せずに済んでいたのだ。

 クラス代表への負担を今以上増やすつもりは毛頭無いが、この事例は大いに参考になり得る。会議ではそのような意見が出され、見直しの中に組み込まれる事となった。

 

「ええ、少し前まで専用機の件でだいぶ落ち込んでいましたけど、最近になってその事もある程度彼女の中で折り合いがついたようです。今はクラス代表として立派にやってくれていますよ。ISの操作も、私よりずっと上手ですし」

 

「……その件は本当にご迷惑をおかけしました」

 

「織斑先生が悪いわけじゃありません。タイミングが、どうしても悪かっただけです。もっとも、先方にはきちんと抗議はさせてもらいましたが」

 

 千冬の謝罪の言葉を、明確に川村は鋭い眼差しと共に否定する。

 『簪の専用機の開発中断』は、果たして彼女の言う通りであった。織斑一夏というセンセーショナルな例外。そして突発的に発生したクラス代表決定戦。それにあわせて急遽開発が決まった専用機。その後のデータ収集に割かれる人員。物事にはどうあっても優先順位というものがつけられ、それは専用機ですら例外ではない、という現実。結局、誰が聞いても納得こそ出来ないという裏がありながらも、彼女の言う通りひたすらにタイミングが悪かっただけなのだ。

 ただ、それだけの事が、幾つも重なって巻き込まれた人を狂わせてしまう。千冬はそれが痛い程分かっていた。身近に、『そういう人』がいるからこそ。

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえて気が楽になりました」

 

 だからこそ。否定されるが為に、姉として、一人の教師として謝罪しなければならないと思った。それは意地にも似たような感情だった。

 コーヒーはいつの間にか冷めていた。湯気も、もうのぼっていない。

 

「そういえば、後堂の方はどうですか」

 

 ふと、千冬はもう一人の男性起動者の事を思い出して尋ねた。入学当初はそれなりに騒がれた彼だが、ここ最近は「そういう人がいる」程度に落ち着き、とんと噂を聞かなくなっていた。クラス代表決定戦しかり、無人機を撃退した件しかり、愚弟の方が皆の注目を浴びて、かえって埋没してしまったのだろうか。そんな疑問すら彼女の中に過ぎった。

 

「ISの訓練も積極的にやっていますし、入学当初に比べて授業にもきちんと追いついてきています。さすがに代表候補生レベルとまではいきませんが、秀才っていう感じですね。クラスの中でも彼の努力を一目置く子もいるぐらいです」

 

 疑いの目を向けていると受け取られかねない質問だったが、川村の回答は至って冷静であった。それが、クラスの担任として毎日彼を見てきたが故なのか。

 仮に、『織斑一夏について誰かが質問をしてきた』ならば、自分はどう回答しただろうか。しばし考えて、何故か、目の前の彼女と似たような事を応えただろうという確信を得た。もっとも、最後には「余計な事に首を突っ込んでは無自覚に厄介事ばかり起こす」という一言を付け加えるだろうが。

 

「弟さんの事、大切にされているんですね」

 

「……身内の事をそう悪く言うほど腐ってはいませんから」

 

 川村はにっこりと笑みを浮かべる。どうやら心の内を読まれたらしい。

 千冬は気恥ずかしさを覚え、ため息一つ吐いてしまいそうなところをコーヒーと共に無理やり飲み込んでしまう事にした。

 

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