安斎千代美の幼馴染がドゥーチェとしてのアンチョビを知らない概念(仮題) 作:ガーリック&バジル
カーテンという薄い布一枚で隔てられた向こう側では、今頃千代美ちゃんが制服へと着替えている事だろう。
俺の部屋も彼女の部屋も電気を点けて明るい為、千代美ちゃんの身体のシルエットがカーテンに映ると言う事はない。しかし、薄い布では音までは遮る事は出来ないようで、衣擦れの音ってこういう事かぁ……と、変な実感を味わっていた。
う〜ん……何だかこちらが恥ずかしくなって来る。
「おまたせ!」
今まで2つの部屋を隔てていたカーテンをジャッ! っと勢いよく開けたのは、この間見たアンツィオ高校の制服を着て、俺がプレゼントしたマントを装備した千代美ちゃんだった。
この様子だと、さっきまで閉めていなかったカーテンが何故閉まっていたのか、という事を深く聞いてくることはないだろう。俺も態々言うような事はしないでおこう。
「うん、見立て通りよく似合ってる。可愛らしさとカッコ良さの両立が良い感じだ」
「え? そうか? てへへ……」
直球で褒められたのが恥ずかしかったのか、千代美ちゃんはマントを手繰り寄せて顔を隠すようにしているが、赤くなった耳の先は全く隠せて居ない。
しかし、我ながらいい仕事をしたものだ。制服の元ネタからマントと相性がいい事は分かっていたが、モデルが良い事も相まってとても素晴らしい。いかん、語彙力が無くなってきた。
「あ、そうだ! 確かあそこに丁度いい物をしまっていたような気がする……ちょっと待ってて!」
そう言って再び自分の部屋へと戻る千代美ちゃん。
何かを探しているのか、タンスの引き出しや棚をゴソゴソと物色している。
ちなみに、今度は見ていてやましい事は何もないのでカーテンは閉めていない。
「おー! これこれ」
千代美ちゃんは細長い棒状の何かを手に持ち、窓を乗り越えて俺の部屋へと入って来る。
「指揮棒は持ってないから、代わりにこんなのはどうだ?」
ヒュッ、っと風切り音を鳴らしながら振るったそれは……鞭だった。
それも、ゲームの武器として登場するような鞭ではなく、乗馬でジョッキーが振るう鞭、騎馬鞭と呼ばれるものだ。
一般人の棚から出てくるようなものではないと思うのだが、どうして千代美ちゃんはそんなものを持っているのだろうか。
「な、何でそんな物持ってるんだ……もしかして、そう言う趣味が……?」
そう言う趣味の人達が使う鞭と言うのは先がいくつにも分かれたような物を使うイメージがあるが、人によっては騎馬鞭を使う事もあるらしい。
それに、ルイズがサイトに分からせるために振るってたのも騎馬鞭だった。
千代美ちゃんは乗馬はしないので、ワンチャンレベルの高い趣味を持っている可能性が……ある!?
「? ……ッ! ち、違うぞ! これは商店街の福引で当たったんだ!」
そうやらそう言う趣味がある訳ではなかったようだ。
「えぇ……なんて景品を置いてるんだ……それってどこの店でやってた福引?」
「確かぁ、サイ何とかって会社が協賛してたような気がする」
「あっ、ふ~ん」
なるほどね。まあそれはいいわ。
「騎馬鞭をブンブン振り回して指揮するのはかなり目立つな」
「へへへ、そうかな?」
千代美ちゃんは俺がスケッチに描いたイメージ図と同じポーズを取ったり、自分が考えるカッコイイポーズを色々と決めたりして楽しそうにしている。
「おう、斬新な魔法少女みたいに見えなくもない」
「え? あ、うん。なんだろう、それって喜べばいいのかな?」
まあ実際にネタでも何でもなく、マントを羽織って棒状の何かを振り回していれば魔法使いっぽく見えるので、俺の言葉は素直な感想でしか無かったりする。
褒めてるか褒めてないかという判断に関しては……千代美ちゃんの考えに任せることにした。
「お、そのポーズいいね」
左手は腰に当て、右手に持った鞭を前へと向けて伸ばす。
イイ感じのポーズを見ると、俺もイラストに描き起こしたくなるのである。
「ふんふん」
「お? このポーズか? ふふーん!」
俺のベッドの上に立ち上がって俺が良いと言ったポーズを取って動きを止めてくれる。ありがたい。
鉛筆でサラサラと千代美ちゃんを描いていく。
今更千代美ちゃんを描くのに本人を見る必要はない。実際、今回のイメージ図を描いた時は千代美ちゃんは居なかった訳だしね。
とは言え、本人が目の前に居れば記憶の中の千代美ちゃんをモデルに描くよりも正確な描写をすることが出来る。
「よし、こんなもんだろう」
色は付けていないが、線画の清書までしたところでとりあえず完成と言う事にした。このまま千代美ちゃんにポーズを取らせたままで居てもらうのは申し訳ないのでな。
「出来たのか?」
ベッドからぴょんと飛び降りて、俺の方へと近づいて来る。
「よっと」
壁に背を預けて座りながら絵を描いていた俺の横に、千代美ちゃんがぴったりとくっつくようにして隣に座る。
俺の手元にあるスケッチブックを見ようとのぞき込む千代美ちゃん。必然的に距離が近くなり、彼女が使ってるシャンプーの匂いが漂ってくる。
……何て言うか、千代美ちゃんってこんなに無防備だったかな? アンツィオに入学して他人との距離感がバグってしまったんだろうか? あり得そうな話である。
千代美ちゃんって、俺以外の男にも同じようなことをやって無意識に男たちの純情を弄びそうだな。目に見えてイケイケな女子じゃない千代美ちゃんみたいな女の子の距離感が近かったら、そりゃ勘違いするってもんでしょ。知らんけど。
何にしても、アンツィオが女子高で良かったよな。
……あれ? それはそれで大変なことになるんじゃないのか?
この調子で人たらしをやってるとしたら、後輩たちからお姉さま扱いされているのでは? 何それ、ちょっと見てみたい。
「お~、相変わらずうまいねぇ」
「そうか?」
「そうだよ。ねえ、それ私に貰えないかな?」
「ん? 別に良いけど?」
なんだか最近は俺のスケッチが人気だな。
この間もアンチョビさんに欲しいと言われたし、今回は千代美ちゃんだ。まあ、千代美ちゃんは昔から俺が書いたイラストで気に入ったものがあれば欲しいと言っていたので、いつも通りと言えばいつも通りなのだけれどね。
「わー! ありがとうね!」
「どういたしまして」
何がそんなに嬉しいのか、千代美ちゃんはスケッチブックから切り離されたページをニコニコとしながら見つめている。
「あっ、そろそろ帰らないと」
「ん? ああ、そうだな。いつの間にか陽もすっかり暮れて真っ暗になってら」
ゲームを終わらせた頃はまだ夕陽が見えていたはずだが、千代美ちゃんのマントの試着からポージングショーとかとか、なんだかんだとグダグダしていたら結構な時間が経っていたようだ。
「そうだ、今日家で夜ご飯食べないか?」
自分の部屋へと帰ろうとしていた千代美ちゃんが突然そんな事を言いだした。
「え? そりゃまた突然だな」
「実は、家に帰って来る時期を間違えたみたいで、家族みんなじいちゃんばあちゃんの家に行っちゃってるんだ」
「え? 千代美ちゃん置いてきぼりでか?」
「どうも今年の夏は家に帰らないと思ってたみたいで……」
これは推測だが、実家に帰るだけだから適当に帰れば良いとか思って特に連絡も入れずにいたのだろう。
「まあ、そう言う事なら俺はいいぜ。丁度今日は母さんも父さんも遅いから一人で勝手にご飯作って食べる気で居たしな」
「そ、そうか? それならよかった。最近は賑やかな食事に慣れていたから、一人の家での食事は何だかさみしくて……」
「あー、アンツィオで食事とか楽しそうだもんなぁ。寮では食堂があっただろうし」
どうやら千代美ちゃんは久しぶりの一人静かな食事と言うものに物足りなさを感じているようだ。
ま、精々千代美ちゃんを退屈させないように頑張るとしますかね。