元魔王ククルさん大復活!   作:香りひろがるお茶

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第十三話    リーザス奪還編 第五幕

 

コルドバの時間が止まる。叫び声も上げず、刃が通った後、暫くして、ドバっとその生命を散らした。ゴトリとその首が落ち、少女の美しい白髪が黒く染まった。その肉体は未だに四つん這いの体勢を維持したまま。少女の生首はまるでつい先程まで生きていたとは思えないほど、無造作に、振り向いた姿勢で固まったコルドバの元へと転がっていく。

 

 「ク、ククル………。」

 

 一体全体何がなんだかコルドバにはわからなかった。軍に席を置くだけあって、身近な死には慣れている。だが、余りにも唐突なククルの登場と死。結局、ククルが何故ここに現れ、何故自分を助けようとしたのかわからないままであった。口うるさい奴だった。食費ばかり消費するふざけた居候だった。そのくせ訳のわからん説教と垂れてくる生意気なガキだった。

 

 「なんだアイゼル? 殺しても良かったのか?」

 

 「生かす意味も特にないと思ったまでだ。此奴を殺せば何も問題は起こらんだろう。それにノス爺の心配事を増やしたくないからな。此方に飛び火されては敵わん。」

 

 ひゅっと血糊を振り払い、鞘にしまう。だがその動作の中に、アイゼルは僅かなブレを感じた。なんだ…? 普段と勝手が違うな。

 

 「殺しても良かったならサテラがさっきの一撃で殺してたのに。アイゼルかっこつけたかったんだろ…。」

 

 見目同じ年頃の少女が一刀のもとに両断されたというに、サテラはむしろ獲物を取られたこと、それのみが不満な様子であった。壊れてやがる。元人間だなんて生易しいもんじゃない。コルドバは魔人という存在をこの時初めて理解した。

 

 「うるさいな…。」

 

 しかもそれでいて、もう終わったと、お前など戦う必要もないというように魔人達はコルドバを放置し、再びふざけた会話を始める。

 

 「てめぇら…許さねぇ………!」

 

 もう力の差だとか人数差だとか、リーザスがどうとかそんなのはどうでもいい。必ず、こいつらに一撃ぶち込んでやる!

 

 「サテラ、もう一匹はお前に譲ってやろう。」

 

 「当然だ。イシスもちょっとだけど傷つけられたしムシャクシャするからな。」

 

メインディッシュ前の肩慣らしだろうか。右肩を一回転、鞭を撓らせる。ビシャッというなんとも言えない音が飛び散り、それだけでリーザスの石道に亀裂が走った。

 

 「お前のゴーレムに傷を負わせたのか…。ふむ。」

 

 アイゼルの中の違和感はどんどん膨らんでいく。思った以上に呆気なかったな。やはり人間というものは脆い。魔人の身では人間がいくら力をつけようと児戯に等しいか…。

 

 やはり、おかしい。この違和感はなんだ…?

 

 ………匂いが、違う。血の独特な匂いがしない。どういうことだ。

 

 暗がりの中に目を凝らして見てみれば、少女の胴から流れ出たものは、黒い。闇のように真っ黒な液体のようだった。更には首を切り落としたというのに、その流血がもう止まりかけている。

 

 「さてと、覚悟はいいか? 少しくらい楽しませてみろっ!」

 

 最早、違和感どころではない。これは何かある!? 

 

 

 「待て! サテラ!!」

 

 

 サテラが鞭を振り被ったその時、ククルの肉体が突如ぼこぼこと奇怪な音を立て、四肢から何まで膨張し始めた。これは、まずい。

 

 「爆発魔法か!? だが魔力は感じないぞ。」

 

 例え爆発魔法であったとしても、無敵結界を破壊しない限り魔人に肉体的損傷は起こらない。それは間違いない。しかし、アイゼルが自身に疑問を感じてしまうほど不気味な光景であった。

 

 「くっ、シーザー! イシスを守るんだ!!」

 

 それはサテラとて同じ、加えてサテラのゴーレム達は無敵結界を保有していない。既にククルの肉体は殆ど球体に近いほど膨らんでいる。

 

 

 刹那、アイゼルの目には、顔を地に伏せるように転がるククルの首が、ニヤリと笑った気がした。

 

 

 爆発。ククルの肉体はその場にいた誰しもの想定を裏切り、内側からの圧力を持って弾け飛んだ。じめついた破裂音と共に肉体から飛び出て来たのは黒い液体。先ほどアイゼルが血液と勘違いしたものだ。液体は四方八方面状に決壊し、魔人もゴーレムもヘルマン兵をも、全て飲み込んでいく。

 

 

 「ぐおっ!? なんだこれは!? くっ、前が見えん!!」

 

 「目! 目がっ!? 取れないぞっ!?」

 

 

 

 べっとりと周囲に広がったのは、アミノ酸とメラニン。つまりは、墨だった。

 

 

 

 「………この状況はなんだ?」

 

 騒ぎに駆けつけたのは魔人ノス。一体全体どうなっている。辺り一面真っ黒ではないか。しかし、この光景、どこかで見たような…。

 

 「サテラ、アイゼル。何があったのか、詳しく話せ………!」

 

 

 

 

 リーザス城下の裏道に荒々しい呼吸音が響く。一人の巨漢が息も絶え絶えに膝をついていた。

 

 「なんとか、逃げ切れたみたいだな………。」

 

 「いやはや間一髪じゃったのー。」

 

 はて、この場所には彼一人しかいるようには見えない。一体どこからと声音に耳を澄ませば、どうやらコルドバの胸元に何かあるようだ。

 

 「くそっ!俺は気が狂っちまったのか!!!!!」

 

 彼が抱えているものは、なんと!少女の生首であった。しかもその生首、喋っているではないかっ!

 

 「なんじゃその言い草は! 失礼なやっちゃ!!」

 

 コルドバの思いが痛いほど伝わってくる。何故この生首は平然としているのか。

 

 「なんで、なんでお前は首だけで生きてんだよ!!!」

 

 

 実のところ、ククルククルは齢六千年を重ねた存在。これほど歴史上において彼女以上に長きに渡り君臨したものはいなかった。どれほど強い存在でも、どれほど賢しいものでも、彼女以上齢を連ねたものはいない。その理由の一つが今回活躍してみせたものの正体。それが自切、所謂蜥蜴の尻尾切りであった。

 

 

 「正直わしもこの姿で出来るとは思わんかったのじゃ。あー冷々したのじゃ。」

 

 「なんで喋ってんだよ! なんで平然としてんだよ! おかしいだろぉおおお!!」

 

 「世の中には首だけで宙に浮き生存している使徒もおるんじゃ。べ、別に変なんかじゃないんじゃからな!」

 

 「誰か俺に説明してくれええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお_________!!!

  

 

 艱難、汝を玉にするかはわからないが、コルドバは又一つ世界の神秘を知った。


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