元魔王ククルさん大復活!   作:香りひろがるお茶

33 / 35
 ケイブリスは可愛い。


第三十二話   ククルさん in 魔人領 その2

 

 とある居城の中に、人間ではない巨大な生物があたふたと右往左往していた。彼の者の名はケイブリス。最強の魔人にして最古の魔人と呼称される存在である。

 

 「あ~…。どうすりゃいいんだ…。勢いでカ、カカカ、カミーラさんを無理やり…。だがあんだけ俺様が気持ちを伝え続けたってのに!!! …はぁ。」

 

 しかし、その独り言からはとても人類の敵である魔人だとは思えない。まるでまだ経験の浅い青年のようではないか。

 

 事の始まりは、ケイブリスはかれこれ数千年に渡り同じく魔人であるカミーラに対し所謂恋を抱いていた事に起因する。ケイブリスは彼なりに、紳士的にカミーラへその思いを伝え続けていたのだが、長きにわたって無視されていた鬱憤が遂に爆発してしまったのだ。

 

 煮え切らない態度を取り続ける(とケイブリスは思っていた。その実完膚なきままに拒絶されていたが)カミーラに、ケイブリスは力づくでの隷属を決行。地力で勝るケイブリスは魔人最強としての力を存分に発揮し、カミーラを即時再生不可能なレベルまで追い込んだ。しかしあくまでもケイブリスは純粋にカミーラを愛していた故に、傷ついたカミーラを見て立ち止まってしまったのであった。

 

 「リス様リス様~。」

 

 そんなケイブリスの足元にちょこちょこと猫耳を生やした人物と犬耳を生やした人物が顔を出す。二人のその顔はどこまでも上機嫌であり、ケイブニャン、ケイブワンが主人であるケイブリスを慕っていることがよくわかる。

 

 「…おうケイブニャン、カカ、カミーラさんは返事をくれただろうな?」

 

 あ、すっかり忘れてたニャン。と自らに課せられた命令を思い出したケイブニャンであったが、一瞬足りともその表情を曇らせること無く、むしろケイブリスに疑われたことに憤慨するかのように眉をひそめた。流石、場馴れしている。

 

 「ちゃんと渡したニャン! でもカミーラの奴返事くれなかったニャン! 酷いやつだニャン!」

 

 ケイブワンとケイブニャンの十八番。カミーラが返事をくれなかった、である。実際問題カミーラがケイブリスなんぞの手紙なんかに返事を書くことは天地がひっくり返ってもあり得ないのだが。

 

 「また返事をくれなかっただとおおおおおぉぉぉ!? クソぅ…俺様の堪忍袋もそろそろ限界だぞ…。」

 

 今回の手紙はカミーラの傷をいたわるためにも渾身込めて書いた力作だったそうな。書き手としては、読んで貰えなかったかもしれないというのが一番苦しいものだ。痛い程、よくわかる。

 

 「リス様、お客さんな~のね。」

 

 ケイブニャンに続いて、同じくケイブリスの使徒であるケイブワンがケイブリスの間の扉を指さす。一体全体、こんな時期に誰だ全く。

 

 「何ぃ? メディウサの奴か?」

 

 ケイブリスはケイブリス派という大層な一大勢力を築く頭領であるが、基本的に嫌われもの。どちらかと言えば、ホーネット派が嫌だからケイブリス派に属しているのが大半であろう。そのため好き好んで彼の居城に訪れるのは唯一友人とも呼べるメディウサとその使徒アレフガルドくらいなものであった。

 

 ところが今日は勝手が違った。ゆっくり開き、溢れんばかりの後光と共に踏み入ってきたのは全く見覚えのないボロ布を来た少女と、どこかで見た気がする女と、ホーネット派の魔人ノスであった。

 

 「おおおおおおお! 随分立派になったのぉ!! あの頃とは大違いじゃ。」

 

 戦闘好きなノスが殴りこみでも来たかと思えば、真っ先にケイブリスの元へと駆け足で寄って来たのは見覚えのない少女であった。膠着した空間にぺたぺたと石床を駆ける音と、無駄にやかましい少女の声だけが響く。

 

 「なんだてめぇは? 人間…じぇねぇよな。使徒か?」

 

 もしやこいつはノスの使徒だろうか。しかし殴りこみだとしたらわからない。ノスは強いがケイブリスの強さは伊達ではない。ましてや、ケイブリス派の魔物が跋扈する領内で勝算など無いに等しい。何を思ってここに来たのであろうか。

 

 故に、焦ること無くケイブリスはその少女をじっと見つめる。ケイブリスは感覚的な察知は苦手だが、血独特の色香が漂うその少女は少なくとも只の人間では無さそうだ。

 

 「まぁ今はこんな姿だからのぉ。わからんでも無理ないわい。」

 

 ケイブリスの質問に対し、少女はやれやれと首を振る。その態度は一介の使徒が最強の魔人であるケイブリスに振る舞うものではなく、まるで旧友と話しているかのようである。これにはカミーラの件で落ち込んでいたケイブリスもカチンと来てしまった。

 

 「…俺様を馬鹿にしてるのか!? おぉ!?」

 

 ケイブリスはその巨体に見合った巨腕を振りかぶり、直ぐにでも少女を押しつぶせる体勢へと動く。その動きはケイブリスにしてみれば緩慢なものであったが、只の魔物から見れば正に刹那。それほどまでにケイブリスとは格の違う存在なのだ。

 

 こうなってしまえばもうこいつの命はもらったも同然。ノスのやろうが何を考えていようが関係ねぇ。俺様の機嫌を損ねたことを後悔させてやる!

 

 「なんじゃカッカしおってからに。そんな態度をとられるなんて、わし悲しい。あれだけ高い高いしてあげたというにのぉー…。」

 

 ところが、そんな状態にも関わらず少女は膝を抱えて蹲り、右人差し指で地面をなんだか知らないがなぞり出したではないか。しかもわけもわからない事を呟いている。

 

 こいつは一体何だ? 俺様の気迫に何も感じていねぇのか? しかも待て、今なんか…。

 

 「高い高ぃ…? ………っ!? てめえなんで知ってやがる!? こ、殺してやる!!」

 

 高い高いという言葉にケイブリスは反応し、カミーラに対する思いとは違うベクトルで赤面。それは偏に恥辱であろうか。高い高いとはズバリ子供に対し大人が行う遊びの一環のあれである。

 

 ケイブリスにも当然子供のような時代があった。両親はいなかったが、親代わりの存在ならば彼にもいた。その人物は異様に巨大な体躯を持っていたために、ケイブリスは良くその人物に高い高いをねだったものだ。

 

 「リス様、お顔真っ赤な~のね。」

 

 「ほへ、リス様風邪引いたニャン? ニャンが看病してもんぷちいっぱい貰うニャン!」

 

 常に使徒達にはかっこいい姿を見せつけようとしているケイブリスである。不意に普段は見せない主のあられもない姿を見てしまった使徒二人が、ケイブリスの気持ちなどまるで考えずに声に出して指摘してしまったのも無理もない。使徒達になんとも無様な姿を見られてしまったではないか。主にその使徒達のせいであるような気もするが。

 

 ブンブンと赤面した顔を追い払う。兎も角、コレ以上の会話は無意味である。振りかぶった右腕を振り下ろそうと力を込め、そして標的に狙いを定めるため少女を睨めつける。が、少女はケイブリスに行動を察知すると、逃げるかと思いきや真っ直ぐにケイブリスの目を見返して待ったをかけた。

 

 「STOPじゃSTOP! もうちょっと思慮深くなるのじゃ。そのことを知っている人物で、わしに当てはまりそうな奴はおらんか? ほれ、あの強くて大きくてかっこいい…それでいて美しさも兼ね備えた最強の存在を………。」

 

 見知らぬ相手と真っ直ぐ見つめ合ったのは何年振りであろうか。未経験どころか数だけはやたらとこなしてはいるが、未だ初恋は抱えるケイブリスはその視線に思わずドキリと固まってしまった。さらに言えばケイブリス自身この少女が何を知っているのかも段々と気になってきたのであろう。

 

 「あぁ…!? てめぇ何を言ってやがんだぁ?」

 

 ケイブリスにとってカッコイイ存在とは自分自身において他にない。が、自身を除いて考えるとするならば…。それはやはりケイブリスが焦がれ続けたあの最強の魔王以外にあるまい。それこそがケイブリスの成長の原点なのだから。

 

 だとしてもこいつがあの方なわけがねぇ。いくらなんでも姿が違いすぎるし、どう見てもこいつの見た目は人間だ。

 

 「それにわしが言った通り、努力を続ければ強く慣れたじゃろ? 今ではリスが最強の存在と聞いたのじゃ。わしとしても喜ばしい。よく頑張ったのじゃ。」

 

 頑張ったのじゃ。そんな言葉をかけられたのは何年ぶりだろうか…。ケイブリスは努力を重ねて強くなった。最弱と言われたあの頃から、自分を支えてくれたあの人を信じてひたすらに生き延びて強くなったのだ。

 

 「…いや。そんなわけねぇ………。あれから何千年経ったと思ってやがる。ありえねぇ…ほんとに、ほんとに………ククル姐さんなのか?」

 

 「おうとも。久しぶりなのじゃ。」

 

 

 

 

 

 

 「それにしても姐さんがまた魔王になるなんて…。流石姐さん!」

 

 ケイブリスは上機嫌であった。最初こそ疑っていたが確認してみればどうやら本人に間違いはなかったようだ。それに魔王の力も健在とのこと。かなり小さくなってしまったが、そもそもリスは変態を重ねる種族である。見た目なんぞ大した問題ではない。

 

 「ふほほほ、まぁわしは最強じゃからの。と言っても2.5%だけじゃからなんとも言えんがな。あんれま、立場が逆転してしまったな。」

 

 ケイブリスとの久しい再開にククルもご満悦。ケイブリスの肩車に乗り、現在ケイブリス城周辺を観光中である。と言っても見栄えのない城壁と岩肌が見えるだけなのだが。

 

 「それじゃ今度は僕が今度はリトルプリンセスの奴を殺して一緒に魔王になるんだ!」

 

 ケイブリスにとってククルは、奇怪な姿から虐められていた自身を地獄から救い出してくれた誠の英雄にして親代わりである。あまりの喜びように普段の舐められないようにと身につけた喋り方も忘れて幼児退行。全く最強の魔人には見えないが、これもケイブリスの一面であった。

 

 「あー、魔王についてはいろいろとリスに言わなきゃならん事があるんだが。それは置いといて話し方は今の自然体でええぞ。なんというか見た目とあってないしの。」

 

 それはあなたにも言えそうですがね、ククルさん。

 

 「ぼ…、俺…でいいの? 姐さんと話すとやっぱり昔の思い出しちゃって…。」

 

 えへへと笑い頬を掻くケイブリス。ああ、なんとも可愛らしいものだな、と絶賛ククルは悶え中である。これもギャップ萌えだろう。いや違うか?

 

 「リスよ。御主には今回ジルの事も含めてだいぶ世話になってしまったな。すまなかった。」

 

 ククルはケイブリスの首もとをなぞるように優しく触る。以前の巨躯では出来なかった事だ。人間の身体もやはり、悪くない。

 

 「姐さんのためだからね! なんならホーネットの屑も姐さんのために殺してくるよ!」

 

 ケイブリスはちょっとした興奮状態故に可愛い言葉遣いをしてはいるが、中身はそのままである。なんとも恐ろしい発言をサラッとしてくれるものだ。

 

 「なんというか物騒な性格になったのぉ。ところで真面目な話じゃが、わしには目的が有るのじゃ。殆ど誰にも話しておらんがリスにはそれを知ってもらいたい。」

 

 特段魔人界の統一なんぞを望んでいないククルとしては傍迷惑な話だ。それにククルとしては魔王の娘なんて興味深いものを一度は拝んでみたいのである。

 

 第一ホーネットが死ねば、ランスに纏わる歴史が大きく動いてしまうではないか。やはりケイブリスには知ってもらわねばならんな…。

 

 「こ、光栄だよ! 一体どんな目的なの?」

 

 ククルから信頼されているという事実にケイブリスは目をらんらんと輝かせる。彼の者幸福ここに極まったり。

 

 が、その高揚も長くは続かなかった。ククルは注意深く周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、身体を低くし耳打ちした。

 

 創造主ルドラサウムの支配を終わらせることじゃよ、と。

 

 「ルドラサウム?」

 

 「神々の頂点に君臨するこの世界を創造した最高神じゃな。」

 

 ケイブリスにとっては聞いたこともない名であった。それも当然、ルドラサウムは歴史上一度たりとも現界したことのない神なのだ。本の一握りしか知る由もない。

 

 「じょ…冗談だよね? 姐さん。」

 

 ククルの言葉にケイブリスは今までの高揚を忘れ、ピタリとその歩みが止まる。

 

 「わしは至って本気じゃ。この手でこの世界の理、変えてみせようぞ。」

 

 だがケイブリスの祈りも虚しく、ククルはニヤリと笑って答えた。彼女は本気なのだ。

 

 「そ…、それはだめだよ姐さん…。それだけは駄目だ…。お、俺は反対だ!!!」

 

 ケイブリスはそう怒鳴り散らすと、身体を大きく揺すりククルを振り払う。先ほどまでの親愛はどうしたというのだろうか。それほどまでに神に逆らうのが恐いというのだろうか。

 

 「何故じゃリス。力を求めてたのではなかったのか? どれほど強くなろうと神がいるこの世では、力など無意味じゃ!」

 

 「た、たとえ姐さんでも! 神に牙を向くって言うなら俺は従えねぇ!!!」

 

 

 

 

 

 「良いのですかジル様。さしものククルもケイブリスとやり合えば只では済みませんぞ?」

 

 ククルとケイブリスの対峙をひっそりと見守るものが二人。魔王ジルと魔人ノス

である。

 

 「…私はククルを信じているわ。私を救った彼女ですもの…なんとかなるわ…よね? 大丈夫よね?」

 

 「ああ! この不肖ノスの迂闊な言葉をどうかお許し下され!!」

 

 未だに心配性が抜けないジルと、相変わらずのノスである。

 

 

 

 

 




 やっぱりケイブリスは可愛い。ククルに対する呼び名はククル様にしようか迷ったのですが、ククル本人が「様付ってなんか主従っぽくて嫌じゃのー。もっと気軽に呼ばんか。」と言ってそうなので姐さんにしました。

 因みに後光はククルさん自前の演出。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。