元魔王ククルさん大復活!   作:香りひろがるお茶

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 ククルさん、ケイブリスを仲間に加える事は出来るのか…?


第三十三話   ククルさん in 魔人領 その3

 

 

 

 月明かりが荒野に立つ二人を照らす。荒野の風が吹きつけ、ケイブリス城がゴーっ、と静かに鳴く音が響いていた。

 

「リスよ。どうしてもか? このわしの言うことでも信用できんか?」

 

 丸い者の王、ククル。普段の陽気な表情は消え、ただケイブリスを見つめていた。

 

 「姐さんは知らねんだ…。姐さんが死んだ後、何が起こったかを…。」

 

 相対するケイブリスはゆっくりと下を向き、震える声でぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。己が経験したあの事実を。神とはどれほど恐ろしいのかということを。

 

 「姐さんが死んでアベルの糞野郎が死んで、散り散りになった俺たち丸いものはドラゴンを恐れ隠れ潜んでいた。そんな時だ。空が落ちてきやがったんだ…。突然空の色が変わりやがった。それが、全部神々だった。魔人だった俺は奴らには見向きもされなかったが、あのドラゴン達が次々と胸元を一突きにされて、魔法で吹き飛ばされて、訳の分からない力でバラバラにされて…。あれが地獄の一丁目って奴よ。気付いた時にはもう大陸にはダーレもいなくなりやがった。戦いにもならねぇ。あんなのに敵うわけがねぇんだ!」

 

 この世界で嘗て唯一、世界統一を果たしたドラゴン。魔王ククルククルを討ち倒した至高の種族。悲劇を繰り返す現実を変えるために、平和な世を目指した者達の末路は、実にあっけないものだった。闘争を求める神々にとって、平和を求めたドラゴン達は最早不要な存在となった。神が創りだしたシステムの一つである魔人であったケイブリスは神々の対象とはならず、ドラゴンを恐れて逃げ出したこの世の果ての果てでその光景を目撃したのだ。

 

 「それが魔王になりたい理由か?」

 

 魔王は神の創りだした絶対者。故に魔王となれば神の庇護を得たものと同じ。少なくとも神が魔王を襲うということはまずあり得ない。それはあの和睦の魔王ガイが証明したと言っても良いだろう。

 

 「神ってのは次元が違うんだ…。勝てる勝てないとかじゃねぇんだよ! 従わなけりゃ馬鹿を見るだけだ。空一面の敵が全員俺たちと同じ…いやそれ以上かもしれねぇ! そんな連中なんだよ!」

 

 ケイブリスは悔しいのか恐れを振り払おうとしたのか、拳を握りしめ大地に叩きつけた。打ち付けられた拳は乾いた地面をえぐり、パラパラと土埃が風に乗る。

 

 「…一理ある。しかしわしらに与えられた魂の容量では今の魔王の力を手に入れれば千年と生きてはられんぞ。」

 

 ククルは微動だにせずに、淡々とケイブリスに残酷な現実を告げる。お前の求めるものは、お前が想像する程の価値はないのだぞ、と。

 

 「それでも千年もの間最高の自由が手に入る! 姐さんの頃はなかったが今は無敵結界もある。しかも敵は下等な人間ときた。魔王になればこの世界は思いのままだ! もう何も恐れるものはねぇんだ!」

 

 魔王を否定しようとするククルに反発し、ケイブリスは苦虫を噛み潰すような顔を上げ、キッと睨みつけた。ケイブリスにとって魔王とは特別な存在なのだ。非無き最高の存在、誰も逆らうことの出来ない力、そして嘗て夢見た理想の姿…。まさかその理想に否定されようとは。

 

 深呼吸。ククルは埃だらけの空気を避けるためか、両手を腰に当て空を見上げた。

 

 「…リスよ。わしは嘗て魔王と成り、丸い者の領土をドラゴンから守るためにも、丸いものを再び表舞台にあげるためにも日々激しく辛い闘いの中に身を置いた。くしくもそれは神々の求める闘争そのものであったが、それでもわしは大切なもののために立ち上がり続け、こうしてリスを救うことも出来た。わしはそれを後悔などしてはいないし誇りにすら思っておる。」

 

 震えるケイブリスにククルは先ほどまでの鉄仮面を脱ぎ、己が綴った道標をゆっくりと語る。

 

 「それが神と戦うことにどう関係するっていうんだ!」

 

 「今は人間がこの世界を跋扈しておる。じゃがそれも長くは続かんじゃろう。いずれ再びリスの体験した神による淘汰が行われ、また新しい存在がこの世界を歩き出すだろう。」

 

 神々の頂点に君臨するルドラサウム。彼が飽きれば全ては終わる。神々による掃討には出会ったことはないが、丸いものがメインプレイヤーの席を降ろされ、ドラゴンが突如地上に溢れかえったことをククルはよく覚えていた。

 

 「わしは一度死に、何も無い無垢な状態で丸い者もドラゴンも殆どが滅びたこの地に再び生を受け、第三者となった時ふと思ったのじゃ。丸い者も、ドラゴンも、ましてや人間も、外面が違う以外そこに差異はないのでは、と。…そして実際にこの目で人間を見て確信したのじゃ。我々は神の遊戯のために、只闘争をわかりやすくするために区別されただけの同質の存在であるとな…。」

 

 ケイブリスは驚愕した。魔王になるのを否定したかと思いきや、まさかあの人間共と自分達丸い者が同じ存在だと…仲間だと言うとは微かも想定していなかったのだ。

 

 「あんなちんけな人間どもと一緒だぁ? 姐さんは人間がどれだけ俺たちの前じゃちっぽけなゴミ共だってわかんねぇのか!?」

 

 再び、深呼吸の後、ククルは顔を下ろす。その視線にはどこか憐憫を含んでいるかのように思えて、ケイブリスは目を合わせられなかった。

 

 「それは神がそうなるよう創りだしたからじゃよ。わしはこの世界の歪さが気に食わぬ。正に盤上の児戯、つまらん、つまらん。故に、わしは再び同じように立ち上がろうと思ったのじゃよ。この世界に翻弄される悲しき全ての存在を守るためにも、わしの自己満足のためにものう。」

 

 ケイブリスにはその考えはとてもではないが理解できない。何故殺しあう相手を同族などということが出来るのだろうか。まして、丸い者の王であるククルが、他種族の事を守るだなんて…。

 

 「それが、姐さんの戦う理由…。」

 

 なんで丸い者の事だけを考えないのだとか、なんで危険を犯してまで利益もなく神々と戦おうとするのかとか、そもそも勝算はあるのかだとか、言いたい事がケイブリスには山ほどあった。だが、ククルの視線と交差するたびに言葉が詰まり、結局出てきたのは意味のない確認だけであった。

 

 「そうさな。他にも幾らかあるにはある。単に面白そうだからとも言えるし、有る男の行く末を見たいというのもある。まぁ理由なんぞ大した意味はない。自分自身が何をしたいか、じゃ。」

 

 ケイブリスは、ククルは変わったと思った。あの頃の王の姿とは違うのだと。自分を守ってくれた絶対強者ではないのだと。

 

 「リス、御主はどうじゃ? 何がしたい?」

 

 「…僕は安心して楽しく暮らせればそれでいい。でもそのためにも力は必要なんだ! だからやっぱり魔王にはなりたいし神には逆らえないよ…。」

 

 ククルは、ケイブリスはあの頃のままだなと思った。図体もその力も比べ物にならないほどでかくなったが、本質は全く同じ。物事の姿を捉えられず、只強いものを恐れ、そして誰かから認めてもらうために明確な称号を求めている。

 

 やはり、無理か。ケイブリスが自分を慕ったのは、自分が強かったからなのだろうか。それだけだったのだろうか…。

 

 「済まなかったな、リス。御主の考えは至極真っ当じゃ。わしは考えを押し付けとうはない。先の話は忘れてくれ。わしは自由気ままに生きるしリスも御主の好きなように生きる。じゃろ? さぁわしももう満足じゃ。そろそろ帰ろうぞ。」

 

 くるりとケイブリスに背を向けて、ケイブリス城へとククルは荒野を歩き出す。

 

 「…だが一つ覚えておくといいのじゃ。魔王になった時、リスはリスではいられないかもしれん。嘗て魔王ジルがそうだったようにな。」

 

 なんだか景色が行きと随分変わったな、とだけククルは考えた。

 

 

 

 

 

 

 「ふむ…。一先ず激突は避ける事が出来たか…。しかしこれからどうなることやら。ジル様を守るため、今一度己自身に喝を入れねば。」

 

 なんとかククルとケイブリスの対決は避ける事が出来たようだ。しかしその雰囲気はとても好ましいものではない。ククルとケイブリスの関係は嘗ての俺とジル様と同じようだったのでは思ったが…やはりククルも魔王であった頃とかなり違うのだろうか。何にせよこのままケイブリス城に居ることはもしやすると難しくなるかもしれない。

 

 詳しく観察するためにジルの元から離れていたノスは、ククル達の会話が終わったことを確認すると城壁から飛び降りる。今のジルには危険が付き纏っている。できるだけ早く戻らねばならない。ノスは魔人の持つ強力な脚力を持って、即座にジルがいるであろう一室にたどり着いた。が、どうやら部屋から話し声が聞こえてくる。まさか魔人がジルを見つけ出してしまったかと扉に走り寄った時、やたらとやかましい甲高い声が耳に突き刺さった。

 

 「それでそれでニャンはぴゅーでにゃーんニャン! その絵本は今でも宝物にゃんだニャン!」

 

 「そう。いい友達を持ったのね。」

 

 「でもケイブニャンちゃんその後大変だった~のねぇ。」

 

 …どうやらケイブニャンとケイブワンのようだ。ノスがちらと中を覗き見ると、何やら彼らはジルに一所懸命なにか話しているようである。少なくとも危険は無さそうだ。

 

 「…お前達は使徒だというのに、まるで悪意が無いし狂気もない。強いのね。」

 

 「ニャンはリス様の使徒ニャン! 強くて当然ニャン!」

 

 ケイブニャンとケイブワンを優しい微笑みで見つめるジルは、やはり過去の魔王ジルとは似ても似つかない。

 

 嘗ては大陸を支配し、そのカリスマで全てを従えたジル様。今のジル様にそのカリスマは見られない。故に俺はジル様はお変わりになられたと考えた。だが、あの主人にしか懐くことのあまりない使徒達があんなにも慕っているではないか…。何か周りを惹きつけるその在り方は変わられてはいない。そして俺も惹かれた一人…。

 

 「ジル様。只今戻りました。どうやら最悪の状況は避けたようです。」

 

 ガチャリと扉を開け、当時と同じように一礼をしつつ、静かにゆっくりと部屋に入る。

 

 「…ノスっ。少し遅かったようですね。何かあったのかと心配…しました。」

 

 さっと立ち上がりノスへと歩みを進めるが、昔の距離感を思い出し途中で立ち止まってしまうジル。その行為はジルがどれ程ノスを頼っているのかを表しているようだった。

 

 ジル様がここまで信頼を置いてくれる。ならばもう何も必要あるまい。

 

 「ご心配をお掛けしました。このノス、生ある限り必ずやジル様のお傍に。」

 

 さて此度のような無用な心配を起こさないためにも、まずは直ぐに脚力でも鍛えるとするか。

 

 

 

 




 ちょっぴり可哀想なククル。でもケイブリスに神と戦えってのは酷ですね。

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