機動戦士ガンダム Shattering Stars   作:紫雲英

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第1話 邂逅

宇宙世紀0082年。地球連邦軍とジオン公国軍の間で勃発した戦乱、一年戦争が終結して2年の月日が経っていた。しかし世界各地にはジオン軍の残党が潜伏しており、散発的なゲリラ活動を以て地球連邦軍への反抗を続けている。未だに流され続ける人々の血が世界に刻み込まれていた──

 

 ◇

 

 北米大陸、ジョージア州オーガスタ。その地には小規模な市街地を除けば、荒れ果てた不毛の土地しかない。

 

尤も自然が潤沢に残されているのはコロニー落としによる影響を免れた欧州大陸と南米大陸の一部に留まっている以上、激戦区として戦争被害を受けてきた北米大陸では珍しくもない光景である。

 

オーガスタの荒凉とした大地の一角に建てられているのが地球連邦軍オーガスタ基地であった。広大な敷地の中に滑走路、管制塔、MS(モビルスーツ)の格納庫と軍事施設として一線級の設備が整えられている中に一際目立つ建造物が存在していた。

 

オーガスタ研究所。クラークヒル湖畔に立地し、軍には似つかわしくない小綺麗さを持つその建造物は様々な角度からMS(モビルスーツ)とそのパイロットを研究する最先端の研究施設である。

 

そんなオーガスタ研究所内に存在する格納庫。揺らめく蛍光灯の照明の中、先程まで自らが操縦していたMS(モビルスーツ)を眺める男がいた。黒髪をオールバックに掻き上げ、赤い眼鏡を掛けた彼の名はネイト・サール。地球連邦軍の大尉であり、この研究所のテストパイロットでもあった。

 

「お疲れ様。サール大尉。今日で14日目になるけれど、この機体……ガンダムNT-2にはもう慣れた?」

 

ネイトに声を掛けたのは白衣を羽織り、赤茶色の長髪を持つ女性。オーガスタ研究所の研究員、アデラ・マルムクヴィストであった。

 

「マルムクヴィストか、驚かさないでくれよ。こいつか? ……まあそれなりには慣れてきたとはいえ、この機体の操縦系統はジム系の何倍も繊細だ。少しの入力までフィードバックされる」

 

自身がテストパイロットを務める眼前の機体、ガンダムNT-2は今まで駆ってきたどのMS(モビルスーツ)よりも反応性が良く、繊細だとネイトは評してみせる。

 

「それが高性能機の宿命ってものよ。エースパイロットにしか到底扱うことのできない機体。それがこのガンダムNT-2なんだから」

 

二人の眼前に立つ灰色と青色に彩られたガンダムタイプのモビルスーツ、ガンダムNT-2の主任研究員でもあるアデラはまるで我が子を誉められたかのように頬を緩めて、上機嫌さを隠そうともせずに言葉を続ける。

 

「そう、エースパイロットたる貴方のような存在にしかね。ネイト・サール大尉、貴方を引っ張ってくるの結構大変だったんだから」

 

「……エースパイロットってのは長く戦場に居続けただけのMS(モビルスーツ)乗りでしかない。どんなに良い腕を持っていたとしても容易く命を奪われるのが戦場、それが事実だ」

 

首を軽く振り、彼女の言葉へ否定の意を示すネイト。戦場の現実を知る彼の面持ちは硬いが、持論を曲げるつもりはないと言わんばかりにアデラは言葉を連ねる。

 

「いいえ、貴方にはエースパイロットとしての素質と経験がある。このMS(モビルスーツ)の追従性は一年戦争の英雄、アムロ・レイの反応速度に対応しているもの」

 

「アムロ・レイ……か。あんな年端も行かぬ少年が戦場に立っていたと思うと、心が痛くなってくるよ。大人が始めた戦争に子どもが巻き込まれるなんて、あっちゃいけない」

 

アムロ・レイ。地球連邦軍の白い悪魔と呼ばれる彼はエースパイロットではあったが、同時に年若い少年でもあった。そうネイトは記憶している。

 

「随分と高潔ね。戦争の前では老若男女、誰もが平等だと思うのだけれど」

 

ネイトが持つ戦士としての高潔さ。ある種の騎士道精神にも似た彼の意思は、アデラにとっては前時代的だと感じさせる。彼女の平等だからこそ老若男女問わず才を活かすという考えは、極めて科学者的な思考であった。

 

「平等に悲劇は訪れるからこそ、力ある大人が身体張って守らなきゃいけないんだろうよ」

 

「力ある大人、ねぇ。どんなに力を持っていても、目に見えるもの全てを守れるわけないわ」

 

「そんなことは分かっている。所詮、一人の人間にできることは限られているとも知っているさ」

 

全てを守れるわけがない。そんなことは分かっていると、ネイトは思考よりも先に言葉を出してしまっていた。

 

「神様にでもならない限り、この世の不条理は変えられないものよ。……今でも悔やんでるの? 過去を」

 

「悔やんでいないわけがないだろう。命令に従って部隊を失った。生き残ったのは俺一人だ」

 

「あなたは間違ってないわ、他の人も誰も間違ってなんかない。何も出まかせ言ってるわけじゃない。あなたの戦歴は全て確認してるもの」

 

過去を受け止められない自分の情けなさを噛み殺すかのように、ネイトは金属製の手すりを掴んだ。冷気で冷えた金属の感触が彼に冷静さを取り戻させた。

 

「まあ、細かいことは良いわ。ガンダムNT-2のデータが取れるならなんでも、ね」

 

自身が招いた重苦しい空気に耐えかねたのか、それとも単純に自らの研究データが第一なのか。アデラはどちらにも取れるような戯けた振る舞いを見せる。

 

「……そうか、なら俺もデータ取りを精々頑張らせてもらうさ」

 

尤もネイトは彼女の意図など推し量る気にもならないようで。己の愚かさと情けなさに辟易するかのような溜息と共に返答を吐き出し、格納庫を後にする。その足取りは少しばかりの重さを孕んでいた。

 

 

 研究所の食堂は軍のそれよりも遥かに優れている、ネイトはそう実感していたつもりだった。しかしながら先程の一件で苦々しい過去を思い起こした神経細胞では大した旨みを感じるわけもなく、ただ機械的に白身魚のムニエルをナイフでカットし、フォークで口へと運んでいく。

 

「前、いい?」

 

そんな中、響いたのは自らへの呼びかけの声だった。ネイトはナイフとフォークを置き、声のする方へと上向く。そこには一人の少女が立っていた。

 

「ああ、構わないが……どうして君のような少女がここに?」

 

構わない、とネイトが告げれば少女は彼の対面の席へと腰を下ろす。軍服でもなければ白衣姿でもない少女の存在と、なぜ彼女が自分の前にわざわざ座った理由。二つの疑問を頭の中に思い浮かべながら、目の前の少女に問いかける。

 

「少女じゃない。レーナ・デーニッツ、それが私の名前。レーナって呼んで、ネイト」

 

彼女は少女と呼ばれたことに少しムッとしたような顔を見せた。その整っていながらも幼さを僅かに残す顔立ちは齢は十六歳程度。どこからどう見ても少女と形容するに相応しい姿であると、ネイトは僅かばかりの理不尽さを感じた。

 

「……レーナはどうして俺の名前を?」

 

「IDタグに書いてあるでしょ、ネイト・サールって」

 

胸元に下げられたネイトのIDタグに視線を落とすレーナ。彼女が指し示す通り、ネイトのIDタグには彼の名前とやつれた姿の顔写真が確かに載っていた。

 

「あまりジロジロと見ないでくれ。それ、写真写りが悪いんだ。……で、俺に何か用事でも?」

 

「ネイトはニュータイプって、知ってる?」

 

「……アムロ・レイやシャアのようなエースパイロットのことだろ?」

 

「違う、ニュータイプは人を殺すための道具じゃない。ニュータイプは人と分かり合える人なの」

 

ニュータイプを何かと問われれば、ありきたりな答えを返すネイト。それを否定するかのように首を振ったレーナの答え──それはニュータイプの本質そのものであった。

 

「人と分かり合う人、か。なら人類全員がニュータイプになれば戦争なんかなくなるよな。まさしく世界平和だ」

 

「そう。皆がニュータイプになれば、皆が分かり合える。……気づいてないと思うけれど、ネイトもそのニュータイプなんだよ」

 

凄惨な戦場を見てきたネイトにとって、その言葉は青臭い理想論にしか思えなかったのだろうか。レーナは斜に構える彼をその青い瞳で見つめながら、彼もまたニュータイプであることを告げる。

 

「俺がニュータイプ、か。もしそうならどれだけ良いことか」

 

「ネイトは目をずっと背けてるだけ。きっといつか気づく時が来るよ、自分はニュータイプだって」

 

もし本当に自分がニュータイプであれば部隊を失わずに済んだのではないかなどと、存在し得ない空想と"全てを守れやしない"というアデラの言葉がネイトの心の中で反響する。

 

「ネイト、怖い顔をしてるよ」

 

「……すまない、少し考え事をしてた」

 

レーナに声を掛けられ、ネイトはふと我へ返る。僅かに強張る表情筋を隠すように彼は自らの眉間を手で覆った。

 

「そっか。大人はいつも難しいことを考えてるなって思う。もっとシンプルに考えればいいのに」

 

「と、そろそろ時間だ。さようなら、ネイト。近い内にまた会えると思うから」

 

再会を示唆するような言葉を放ったかと思えば、レーナは立ち上がり、ネイトへと背を向け去っていく。

 

プラチナブロンドの髪をたなびかせるレーナ。彼女の後ろ姿を見つめるネイトは胸中を掻き回されたかのような思いを抱いていた。

 

やがてレーナはネイトの視界から消える。ため息を一つ吐き、熱を失っていくらか味の落ちた白身魚のムニエルを口にして、誰に言うわけでもなく彼は呟いた。

 

「……冷めた魚は微妙だな」

 

 

 ネイトの視界から消えたレーナはオーガスタ研究所の格納庫へと足を運んでいた。

 

「オークランドはどうだった?」

 

パイプ椅子に座り手元のノートパソコンを操作していたアデラ。彼女は靴音でレーナの来訪を感じ取り、顔を上げてレーナへと言葉を掛ける。

 

「つまらなかった。周り一面木しかないし、殆ど外には出られないしさ。……あ、でも。さっき面白い人に出会ったよ」

 

「ネイトって人。あの人、私と同じ匂いがする」

 

彼女の問い掛けにレーナはオークランドを"つまらなかった"と一蹴したものの、他に興味を唆られたものを口にする。彼女の興味の対象となったのは、先程まで言葉を交わしていたネイト・サールだった。

 

「彼もニュータイプってこと?」

 

「そ、私と同じニュータイプ。気づいてないみたいだったけど。というか、知り合い?」

 

既知の仲であったのかを確かめるレーナ。彼女がこてん、と首を傾げれば、首元のネックレスがゆらりと揺れた。

 

「知り合いも何も、ガンダムNT-2のテストパイロットよ。本当にニュータイプならとんだ拾い物ね……」

 

「あ、さては信じてないね?」

 

「ニュータイプ同士の感応性のデータは少なすぎるからね、実証不足でーす」

 

自らの言葉を話半分に聞き流し、視線をノートパソコンへと戻すアデラを尻目に見ながら、レーナはガンダムNT-2を見上げた。

 

「ふぅん……ニュータイプでガンダムタイプのパイロット、か」

 

彼女は誰に聞かせる訳でもなく、そう呟く。特徴的なV字型アンテナの頭部パーツが映り込む彼女の青い瞳は恐れの色を僅かに宿していた。

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