束の間の平穏
ゼファントは珍しく緊張していた。
こういった式典は卒業式以来だし何より今回は規模が違う。
ほとんどの出席者が名の知れた共和国の高官だ。
そう考えると足が震える。
恥をかいたり失敗するつもりは毛頭ないのだがそれでも仕方あるまい。
経験不足というやつだろう。
だが長年軍役に身を投じたセルネアン准将改め少将は微動だにしない。
これこそ経験の差だ。
ならば上官に恥をかかせない為にも意地でも堂々とするしかないだろう。
とは言ってもこの手の式典は何期の聞く事を言ったりする訳でではないので楽と言えば楽だ。
実際の戦場と比べればの話だが。
「ゼファント少佐、セルネアン少将、お時間です」
2人は静かに立ち上がった。
セルネアン少将が優しく微笑みかける。
「では、参ろうか」
式典が終わり一同は立食によるパーティーが開かれていた。
ゼファントもセルネアン少将も軍服姿のままでの参加となった。
多くの高官達が華やかなドレスや衣服を身に纏いグラスを片手に談笑を楽しんでいた。
とは言っても今日の主役は特にゼファントだ。
何せ主役に足る肩書きが全て揃っている。
ジュディシアル・フォースの若き士官で僅か二十歳で少佐に昇進、しかも彼はあのヴァント家の人物だ。
別名“軍人貴族”と呼ばれるほどの軍族一家だ。
当然持て囃されるし口を揃えてこう言うだろう。
-英雄クイエム・ヴァント元帥の再来だ-
実際その通りに物事は動き皆若き英雄を皆が持て囃した。
彼はグラスの飲料に手をつける事が出来ない程高官や美人達に囲まれ銃弾を連射するかのように言葉を浴びせかけられていた。
「いやぁ君のように若くして少佐とは。頭が下がるよ」
「いえ…私はその、義務を果たしたまでです」
「その歳でそこまでの意識を持っているとは…いやはや感心感心!」
若干酒臭い高年の政治家や官僚に囲まれゼファントはお世辞に近い褒め言葉を大量に受け取っていた。
褒められるのは嫌いじゃないがこうまで言われ続けるといささか反発心を覚える。
尤も彼を取り囲んでいるほとんどの政治家達は前線で戦った事のない者ばかりなのだが。
別に戦うことがいい事じゃないってのは重々承知している。
それでも感情面で若干割り切れなくなっていた。
「君はぜひ私の星系に配属になって欲しいものだ。君みたいな優秀な将校が守ってくれればもう安心だ」
「いや是非我が宙域に!きっとそこなら少佐もさらなる武勲を立てられるでしょう」
「どうせなら私の星の惑星防衛軍に加わりませんか?貴方なら少佐で…いや中佐、大佐の階級で引き抜きたい」
「いやその私はまだ若輩のみでそう言ったことは…」
「そう謙遜なさらずに…貴方の実に素晴らしい」
「是非とも深く言葉を交わしてみたいものですな。そう言えば家に年頃の娘がおりましてな、貴方のその秀麗なお顔と話を聞けば…」
疲れた。
死にそう。
顔の筋肉千切れそう。
それより前に理性が飛びそう。
率直な感想がゼファントの脳裏を埋め尽くした。
数ヶ月前までこの地で戦史資料の研究をしていた者とは思えないほどの変わりようだ。
無論昇進は素直に嬉しいしセルネアン少将や大勢の銀河市民を守れた事は自分の誇りだ。
だがそこまで褒め称える必要はないのではないかと彼は思った。
実際アーガニル艦隊を壊滅させたのはゼファントではなく四個艦隊の指揮官達であるしミッド・リムの犯罪者組織を一掃したのも彼の巧妙ではない。
これはたった一人の勝利ではなくみんなの勝利なのだ。
誰か一人欠けていては勝つ事は不可能だった。
そう思うゼファントだからこそどこか引っ掛かるところがあった。
「やあやあ皆様」
「エヴァックス中将…」
政治家達が道を開ける。
この方はゼファントも知っている、戦術研究課の創設者であるカール・エヴァックス中将だ。
実際ゼファントの上官でもある。
中将の背後には見慣れたメガネの優男ガコン少佐が控えていた。
よく考えればガコン少佐とゼファントは同じ少佐同士でもう部下と上官の関係ではないのだ。
年齢だけで言えば九歳以上年上であるのになんとも不思議な気分だ。
中将に配慮して政治家達が立ち去る。
「少佐良くやってくれた。君のおかげで優秀な将兵が多く死なずに済んだのだ」
エヴァックス中将は彼の肩を優しく叩く。
「ありがとうございます。ですがそれは私だけの功績ではありませんよ、その優秀な多くの将兵達が積み上げてくれたお陰です」
「謙遜しなくても良い、まあ君もあのような媚び諂いの日和見主義者達の相手は疲れたろう。少しは何か腹に入れておくといい」
「お気遣いありがとうございます」
ゼファントはエヴァックス中将に丁寧に頭を下げた。
すると元上司のガコン少佐が嫌味のように彼の耳元でこう言った。
「中将を厄介払いに使うのはお前さんくらいだぞ」
思わずゼファントは苦笑を浮かべた。
嫌味を言われたら嫌味で返してやろう。
「そんなつもりありませんが確かに少佐じゃ役者不足ですからねぇ」
「何!?…言ってくれるじゃないか…まあ中将の言う通り体は大事にしておけよ」
「ええ」
ガコン少佐はそう言って立ち去った。
ようやくグラスの飲み物に手をつける事ができた。
ひとりになって考えてみると不思議なものだ。
ゼファントがやった事は間接的であるかも知れないが人殺しだ。
それなのに多くの人々から支持されるなんて。
こんな考えは今まで放棄してきたゼファントだが今日ばかりは如何してもそう言う気分だった。
ふと彼は思った。
懐かしいアカデミーでいつも一緒だったあいつらに会いたいなと。
「今俺たちに会いたいなぁなんて顔してただろ」
「うわっ!!」
驚きのまま彼は振り返った。
そこには見慣れすぎた軍服姿の3人がいた。
「よっゼファント少佐殿」
「アザフェル…それにゼネークトにリエス…如何してこんな所に」
「なんだぁ?俺達はパーティーにでちゃいけない決まりでもあるのか?」
ゼネークトがそう言って彼をおちょくった。
なんだか彼らと共にいると疲れが吹き飛ぶようだ。
「やめなさいよゼネークト、改めて昇進おめでとうゼファント」
「ああ、おめでとう」
「我らの出世柱!」
思わずゼファントは少し笑ってしまった。
多分今まで彼を取り囲んだ高官達から投げ掛けられたどの言葉よりも嬉しいものだ。
「しかし少佐とはな…」
「ほんと早いわね、やっぱりそう言う血筋?なのかしらね」
アザフェルの独り言にリエスが続いた。
全くここまで仲がいいのならアザフェルもとっとと告ればいいのに。
そんなくだらない事を思いながら彼らの言葉に答えた。
「血筋はともかく運が良かったのさ、たまたまそんな戦場があっただけで実際は実力なのかすらわからないよ」
「だが事実は事実だろ?もっと誇っていいって」
ゼネークトが励ましと共にかなり強めに彼の背中を叩いた。
結構強かった為ゼファントは少しよろけてしまった。
「そういやお前あのヴァンガロに相当恨まれてたぞ?」
「はっ?」
「いやお前がこんな早く昇進するからあいつブチギレてたって誰かが言ってたぜ?」
「はあ…くだらね、いいじゃないかあんな奴ほっとけば。ほっとくのが一番の攻撃だよ」
「確かに、一理あるわね」
「相変わらずお前は変わらないな」
「だな」
なぜか3人はそんなゼファントを見て小さく笑声を立て始めた。
アカデミーで何度も見た光景だ。
懐かしいあの日々。
久しぶりにあの頃に戻った気分だ。
その晩だけゼファントは少佐や英雄と言った肩書を脱ぎ捨てていた。
それは三日目のパーティーの間に起きた。
疲労を感じながらも来客した人達と話をし終え少し休もうかと思ったその時だった。
「お疲れようだね」
深く優しい声が聞こえた。
振り返るとそこにはどこか見覚えのある議員がドリンクを2つ持ったまま立っていた。
確かナブーの元老院議員だったような…
記憶の中の人名録をもう少し探したかったが目の前の恐らく議員であろう方にまずは挨拶と敬礼を送った。
「ゼファント・ヴァント少佐です」
議員は優しく微笑みかける。
笑顔の似合う優しい男性だ。
優しい父親というイメージがぴったりに合う。
「敬礼はよしてくれ。私は“シーヴ・パルパティーン”、ナブーの元老院議員だ」
パルパティーン議員と名乗るその男は挨拶と共にドリンクを手渡してくれた。
「ありがとうございます」
一言礼を述べると早速そのドリンクを口に含み始めた。
ナブーの元老院議員か…通りで見覚えがあるわけだ。
ナブーはついこないだまで遠征に行っていたミッド・リムと更に辺境のアウター・リム・テリトリーの境目に位置する惑星だ。
度々彼の就任演説をゼファントはホロネットで耳にしていた。
「お疲れのようだね」
「あっいえ、とんでもない」
「ハハハ隠す必要はない。長い間ずっと共和国の為に戦ってくれたんだ、疲れくらいあるだろうに」
彼はそうゼファントを気遣った。
ゼファントはどこかこのパルパティーン議員が今までパーティーで出会った他の政治家達と違う気がした。
この方の眼は他の政治家達とはまるで別のいやもっと未来を見つめている気がした。
彼は一体何者なのだろうか…
「議員」
パルパティーン議員の秘書と思われる人物が彼に耳打ちをした。
仕事の話だろうか。
彼は静かに頷くとゼファントに再び声を掛けた。
「仕事の要件が入ってしまった、今度ゆっくり話そうではないか」
「はい、是非ともお願いしたいところです」
この時ゼファントはゼファントらしくなかった。
普通なら面倒くさいと心の片隅で思いながら偽笑を作り爽やかに「考えておきます」と言うだけである。
だがなぜか今回はパルパティーン議員の提案に了承し自分から行きたいと願い出たのだ。
「嬉しいものだ、では」
パルパティーン議員は優しくゼファントの両手を握りしめた。
暖かい優しい手だ。
「頑張ってくれたまえ」
「はい」
同じようにゼファントもその手を強く握った。
珍しいものだ。
あのゼファントがパーティーで初めて会った政治家にここまで心を開くとは。
しかも損得感情なしに。
一体彼をそこまでさせるパルパティーン議員とは何者なのだろうか。
今のゼファントにはそのような疑問を抱かせる余地はなかった。
一週間後ようやく彼らはパーティーの地獄から解放された。
とは言っても実際にパーティーが行われたのは式典の日も合わせて三日ほどだった。
残りの数日間は与えられた有給を使い久しぶりに故郷ハンバリンへ帰っていた。
知ってはいると思うが父や母、そしてオルホールや家の者達に昇進を報告しに行ったのだ。
久しぶりの実家はとても心が落ち着いた。
そして一週間がちょうど過ぎた頃ゼファントはコルサントのジュディシアル・フォース本部に出頭命令が下された。
しかし出頭命令を出したのは彼が所属する戦術研究課では無く“共和国情報部”であった。
二人のジュディシアル・フォースの兵士に連れられ共和国情報部の本部に向かった。
共和国情報部。
共和国の情報収集や秘密工作を主な目的とする組織でありその実態は共和国内部でも謎に包まれていた。
実際彼らの迅速な行動が実行部隊であるジュディシアル・フォースに勝利をもたらしたことがあるのは言うまでも無い。
だがそんな重要機関が彼になんの用だろうか。
「こちらです」
兵士がブラスターを肩に吊る下げたままゼファントを案内した。
目の前には何かの検査機が設置されていた。
「申し訳ありませんがここで身分証明と身体スキャンをさせて頂きます」
ゼファントは頷きスキャナーの上に立った。
「監査官のレムスター大尉であります。検査に少しでも異常があれば例え少佐殿と言えど此処をお通しする訳には行きませんぞ」
屈強な大尉はゼファントの前に出た。
数日前まで同階級だったと考えるとどこか不思議な気分になる。
スキャナーが起動し身体を検査を始める。
既に身分証は無事ゼファントを表しすぐにスキャナーも同様の反応を示した。
「お手数をおかけしました少佐殿、さあどうぞ」
レムスター大尉が頑丈なブラスト・ドアを解除した。
兵士2名とゼファントはそのまま司令室まで真っ直ぐ進んだ。
数メートル進んだ先にその部屋は存在していた。
2名の兵士に守られ同じく頑丈なブラスト・ドアで守られていた。
「ゼファント少佐をお連れした、解除の要請を」
衛兵が静かに頷き扉のコンソールをタップする。
「閣下ゼファント少佐が到着しました、ドアの解除をお願い致します」
衛兵の呼びかけによりドアが解除された。
兵士に連れられゼファントは室内に入った。
立派な椅子に座り多くに資料を並べているこの男こそ共和国情報部の支部組織の支部長を任されている“デルフ・ドレイヴン”大佐だ。
ジュディシアル・フォースにも所属しているらしく彼と同じ青い軍服を着ていた。
ドレイヴン大佐はゼファントを確認すると椅子から立ち上がり彼を歓迎した。
「昇進おめでとう少佐、私はデルフ・ドレイヴン、情報部の将校だ」
「ありがとう…ございます、えぇ…ゼファント・ヴァント少佐です」
ゼファントは気まずい表情になりながらも挨拶をした。
本来なら「耳にタコが出来るほど聞きましたよそのセリフ」と皮肉混じりに行きたいところだがドレイヴン大佐とはそこまで親しい間柄ではないし何より上官だ。
いくら英雄とはいえ彼がそんな行動を取っては周りの者に示しが付かないであろう。
「本来なら君が命令を受ける立場はエヴァックス中将なのだがね、だが今回ばかりは特例だ」
ドレイヴン大佐はデスクの引き出しから何かのデータテープを取り出した。
「とは言っても君を下手に前線に送って死なせないようにする為だがな」
冗談と共にドレイヴン大佐はデータテープを軽く振った。
彼はそのまま近くのホロテーブルにデータテープを差し込んだ。
ホログラムが起動し惑星コルサントになる。
「君のおかげでコルサントが攻撃されるという最悪の事態は防げた。しかし我々情報部は連中がある別の犯罪組織と手を組んでいる情報を入手した」
ホロテーブルのコンソールをタップし次の場面へと移動させる。
「そして最悪な事にその犯罪組織はこのコルサントに構えている…地上で君が倒した革命軍と合流する予定だったらしい」
「となるとその犯罪組織は相当の規模ですね?」
「ああ、元老院を奇襲して尚且つ勝てる見込みのある連中だ、相当の戦力があるはずだ」
ゼファントの推察にドレイヴン大佐は賛同する。
またこれはキツい任務になりそうだ。
「我が情報部も全力でサポートする、その為君に一人の部下を授けよう」
「部下…ですか…?」
正直情報部員なんて得体の知れない者を部下につける日が来るとは思わなかった。
一体どんな人物なのだろうか。
期待と不安を抱えながら到着を待った。
「少尉!」
ドレイヴン大佐がその人物の階級の名を呼んだ。
するとブラスト・ドアが解除され一人の女性が入ってくる。
彼女は無表情のまま二人に敬礼した。
まるで感情がないみたいだ。
「紹介しよう…」
「“フィーナ・リースレイ”少尉です、ドレイヴン大佐の命令により少佐の配下となります」
物静かな彼女は挨拶をする時も無表情で微動だにしなかった。
「ゼファント・ヴァント少佐…です、よろしくお願いします」
同じく敬礼し彼女に合わせる。
一応ゼファントは彼女に微笑んだ。
フィーナ少尉は頬が赤くなったような気がしたが若いゼファントがそれに気づくはずないだろう。
「では二人とも頼んだぞ」
「はい大佐」
「それでは」
ゼファントが歩くと彼女はすぐ後ろについた。
慣れないなと思いつつもゼファントは表情を隠し部屋を退出した。
しかしこの時のゼファントはまだ知らない。
彼女の本当の秘密を…
新しい任務と“
「少佐か…父さんもやっぱりこの年頃に少佐だったんだね」
彼はなぜか微笑ましくなった。
ヴァント大佐が軍に入った頃からゼファントは中将で遠い存在だったからだ。
そんな彼も自分と同じ年頃に同じ階級にいたと思うと不思議な気分になる。
そんな思いに浸りつつもまたページを捲る。
彼と彼らの一族の歴史を。
つづく
こんなに連チャンで移植してるとなんかゲシュタルト崩壊してきますね()