Fleet Admiral   作:Eitoku Inobe

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デノン戦役
ナブー危機の数百年前に勃発した戦い。
指揮官戦死の為宇宙地上両軍とも代理指揮官の下での戦闘であった。
地上指揮官のヴィアーズ大佐が立案した包囲殲滅戦により大勝。
戦役後の数十年近くデノンを狙う者はいなかった。
その後包囲殲滅戦はコバーン=ヴィアーズ戦術と呼ばれる。
またこの戦いで当時ジュディシアル・フォースの大佐であったヴァント家のエリアス・ヴァントが現地に駐留しデノン家と呼ばれるヴァント家の分家を作り上げる。


秘密は過去から

「…ここで殺しますか?それとも情報部やジュディシアルの保安部門に引き渡して尋問するつもりですか?」

 

「まさか、大切な部下にそんなことする訳ないさ」

 

覚悟を決めたフィーナであったがまるで変わらないゼファントにより最も簡単に挫かれてしまった。

 

彼の真意は誰にもわからない。

 

するとゼファントは彼女に手を伸ばした。

 

優しく救世主のように。

 

「でも話して欲しい事はある」

 

「簡単に口を割るとでも?それよりも死を選びますよ、貴方も知っての通り。そうやって教えられてきた」

 

「そう言う話は…今は求めてない。それに別に話したくなければそれでいい」

 

さっきから彼の意図が読めない。

 

元々読み辛かったが今はもっとだ。

 

そしてゼファントが求めるものは彼の口から直接放たれた。

 

「君の昔を、過去知りたい。どうしてそうなったかを。本当は嫌なんだろう?心の奥底では絶対にそう思っている」

 

「そんなわけ……そんなわけないでしょう!私は革命の為に共和国を……切り崩して…貴方を……」

 

殺さなければならない。

 

フィーナは全てを言い切れなかった。

 

再び理性とは別に勝手に流れる涙を抑えきれず言葉が途切れてしまった。

 

何故だかは分からない、それはフィーナ自身ですら分からない。

 

しかしその理由をゼファントは若干わかってきたような気がする。

 

彼女は確か以前コルサント生まれだと言っていた。

 

しかしどこの階層に生まれたかまでは言っていない。

 

そこに理由はあるのだ。

 

本当は優しく善意に溢れているはずの彼女がこうなってしまった原因が。

 

「私は確かに軍人でしかない、カウンセラーでもないし持てる権限も限られてる、救える保証なんてどこにもない。それでも出来る事はあるはずだ。だから話してくれないか少尉。今までの事を」

 

本当に分からない人だ。

 

彼は優しすぎる。

 

なのになんで優しさとは反対に近い職業をやっているのか。

 

いやそれもきっと家のせいなのだろう。

 

私と同じ、結局は同じ。

 

変えられない、誰も何も。

 

それはきっと不条理であり不幸だ。

 

フィーナはそれを発した。

 

彼女達の不条理を。

 

「わかりました…話します。生きる地獄を…私達が革命なんかに縋らなきゃいけない理由を…全部」

 

彼女は涙を拭うとゆっくり立ち上がった。

 

とっくの昔にフィーナは死ぬつもりだったがせめてこの事だけは彼に伝えておきたかった。

 

何度も見た首都の暗闇で彼女達がどんな生活を送っていたのかを。

 

どれだけ多くの命を見捨てたのかを。

 

全てを教えてこの世を去るつもりでいた。

 

不条理の世に生きる意味なんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が生まれたのはゼファントとちょうど同じ年だった。

 

だがゼファントはハンバリンの軍隊貴族に、フィーナはコルサントの薄汚れた地下階層(アンダーワールド)にだった。

 

あそこはゼファントが何度も訪れたように碌でもないところだ。

 

コルサントの最上階の発展具合や煌びやかな文化的な街とは違いアンダーワールドは光など当たらず空気も汚染され汚かった。

 

そんな暗黒街だからこそ犯罪者やギャングファミリーの格好の棲家であり治安などあってないようなものだ。

 

当然弱者はそんな犯罪者達に虐げられ助けを求めようにもこの暗黒街まで手を伸ばそうとする者は誰一人としていなかった。

 

むしろ興味本位で除いた瞬間傷を負わされる事だってある。

 

それが誰であろうと。

 

だからこそ首都であるのにも関わらず中央政府や行政機関は彼女達を見捨てたのだ。

 

弱者をいちいち救済するよりも首都の更なる発展に力を入れたほうがいいと考えたのだろう。

 

とうの昔に腐りもはやどうする事も出来ない場所に手を加えるよりまだ発展の希望や可能性がある場所に全てを注ぎ込む。

 

そうして発展してきたのだ。

 

仮にアンダーワールド救済を掲げた人物がいたとしてもそれは大方次の選挙で勝つ為の人気取りといった所だ。

 

結果彼女達はずっと救われる事はなかった。

 

上の階層の者達からは汚らしいものを見る目で“()()”と嘲られさらに下の階層に行けば命そのものが危険だった。

 

そんな場所で彼女は産まれ過ごしてきたのだ。

 

幼い頃のフィーナは父親と母親、そして小さな弟とこの地で暮らしていた。

 

生活は楽ではないが少なくとも幸せではあった。

 

だが悲劇は起きた。

 

これは彼女がまだ7歳の頃だった。

 

7歳の少女が受けるにしては惨すぎる悲劇が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーナ、夕ご飯出来たわよ!」

 

母親に呼ばれたフィーナと幼い弟は近所の友人達と別れ古いオンボロのアパートに戻った。

 

同じようなアパートだらけで一見見分けが付かなくなるが長い間ここに住んでいた為すぐに自分達の家が分かる。

 

2人がドアの前に立つと勝手に開き2人を迎えた。

 

「ただいま!」

 

「おかえり、そろそろパパも帰ってくるから早めに手洗っちゃいなさい」

 

「はーい!行こう“シュレイン”」

 

弟の名前はシュレイン・リースレイ。

 

この頃から彼女はかなりの美少女であり弟のシュレインもかなり整った顔立ちの男の子だった。

 

「うんお姉ちゃん!」

 

2人は洗面台の方へと走っていった。

 

彼女達が手を洗っていると父が帰ってきた。

 

「ただいま」

 

「おかえりパパ!お疲れ様!」

 

「おかえり!」

 

「ただいま2人とも」

 

父親はゆっくり腰を下ろすと2人の頭を撫でた。

 

フィーナの父親はコルサントのアンダーワールドで建築業の仕事についていた。

 

ほとんど肉体労働でその過酷さに比べては給料はお世辞にもいいとは言えないがこれ以上の職につく事が出来なかった。

 

だがメリットもあった。

 

少なくともある程度の賃金にはありつけるし仕事中だけだがコルサントの上階に上がる事が出来る。

 

それに仕事は少しでも欲しい。

 

少しでも金を稼ぎ家族の生活を、ひいては子供達にもっといい生活をさせる為に彼は働いていた。

 

「おかえり、ちょうどご飯出来たから」

 

「そいつはタイミング良かった。もう腹減って死にそうだよハッハッハ」

 

「ほんと、お疲れ様」

 

「お疲れ様パパ!」

 

母親に続いてフィーナも父にまた言葉を掛けた。

 

父は何も言わずただ疲れた顔に満面の笑みを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食のシチューの鍋が空になりリースレイ家は全員食休みに入っていた。

 

母が夫であるフィーナの父親にカフを差し出す。

 

「またアンダーワールド内でテロか…ここら辺も危なくなってきたな…」

 

最近はアンダーワールド内での爆破テロやブラスター乱射事件、誘拐事件などが立て続けに起こっていた。

 

一応共和国も警官やポリス・ドロイドを動員するなどポーズは取っていた。

 

「政府は何か手を打ってくれるのかしら…」

 

母親は不安そうに呟く。

 

父親はホロネットニュースを切るとカフを入れたマグカップを一飲みした。

 

「期待はできないけどな……せめてこの子達だけでも…」

 

父親が読み聞かせをするフィーナと弟のシュレインを見つめながらそんな事を考えていた。

 

母親も否定はしようとしていたが完璧には否定できない。

 

このアンダーワールドはそういう所だ。

 

それを覚悟で…と言っては語弊が生じるがここにしか居場所がないので彼らは住んでいる。

 

しかし子供達だけはなんとしても助けたかった。

 

すると家の裏の方から大きな音がした。

 

少し神経質になっていた2人はまさかと思い慌てて裏口から飛び出す。

 

数百メートル離れた同じアパートの一角が炎上していた。

 

「火事…?」

 

「違う…きっと……!」

 

「ちょっとあなた!!」

 

父親は一瞬で察知し妻の制止も聞かず部屋の中に入った。

 

すぐにリビングの2人の元へ向かった。

 

「2人とも今すぐ荷物をまとめるんだ」

 

「どうしたのパパ?」

 

「早く!ここも危なくなる…」

 

珍しく父の表情は険しかった。

 

僅かな時しか経っていないのに汗がダラダラ流れている。

 

すぐ後にやってきた母親も同じように焦りと緊迫感を帯びた表情を浮かべていた。

 

この時の彼女はまだよくわからなかったがすぐにわかるようになった。

 

それは外の騒ぎを目にすればすぐに分かった。

 

7歳の子供でも分かるほどの異常な事態が巻き起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

古いリュックに自分の好きなおもちゃや大切な物を詰め込むとフィーナは弟の手を掴み両親の下へ走った。

 

両親も荷物をまとめたらしくいつでも家を捨てられる形となっていた。

 

「フィーナ、シュレイン、こっち」

 

父は小さな2人を手招きし呼び寄せた。

 

突然言われたせいでシュレインはまだとても幼くよく分かっていなかったがフィーナはかなりの不安に襲われた。

 

「家を出たらすぐ走るんだ。そしたら地下通路を通って避難所まで行くんだ、きっと大丈夫…大丈夫だからな…!」

 

「フィーナ、あなたならシュレインを守れるわね?」

 

「うん…ママ」

 

不安を押し殺し母の言葉に頷く。

 

そして弟の小さな手をぎゅっと握りしめた。

 

「シュレインもお姉ちゃんと私たちの言う事ちゃんと聞くのよ、わかった?」

 

「うん…」

 

少年は小さな声と共に頷いた。

 

すると外を除く父親が何かに気づき急いで家族のもとに走った。

 

「伏せろ!!」

 

瞬間家の中に大量のブラスター弾が放たれ窓ガラスや電球、備品を幾つか割った。

 

初めて聞く銃声と一瞬のうちにものが破壊される光景が幼いフィーナの心を襲う。

 

そして次に聞くのは嗚咽だった。

 

「ウグゥッ!!アァ!!」

 

父親が左肩を押さえ唸っていたのだ。

 

電球が割れ灯のない状態だがよく見ると父親の左肩からは血が垂れ出ている。

 

そして垂れた血が彼の寝そべる床に行ってきずず静かに垂れていた。

 

さっき家族を庇って撃たれたのだ。

 

「パパ!!パパ!!」

 

「あなた!!大丈夫!?しっかりして!!」

 

「パパ…パパ……!」

 

フィーナと母親は彼の側に駆け寄りシュレインは涙を流し始めた。

 

「大丈夫…だ……早く…行こう……」

 

父親は無理矢理体を起こし心配させないよう笑みを作った。

 

仕方なく母親とフィーナも荷物を持ち走り始めた。

 

幼い弟シュレインをしっかり引っ張って。

 

玄関から飛び出し荷物を持って走り始めるとそこには地獄のような光景が広がっていた。

 

炎が家々を襲い容赦なく人々を巻き込む。

 

爆発が起こり建物が崩壊する。

 

そんな中両手に銃器を持ちただひたすらに何かを唱えるかのように引き金を引く白ずくめの男達。

 

幼い中でも彼女は覚えている。

 

彼らが唱えていた言葉の一つ一つを。

 

「暗黒の力が我らを救う!!我らは暗黒の為に!!暗黒面の為に聖戦を!!」

 

意味はまるでわからなかった。

 

しかし何かに取り憑かれたかのようにずっと同じ言葉を繰り返す彼らに自然と恐怖を覚えた。

 

放たれる弾丸や灼熱の業火も同様に。

 

全てが恐怖に感じた。

 

普段過ごしているこの街も、何もかもが。

 

文字通り崩れている。

 

「“()()()()()()()”の為に!!」

 

また意味のわからない言葉と共に今度は爆弾が投げ込まれた。

 

辺り一帯が全て吹き飛ぶ。

 

直撃ではなかったが爆風の余波でフィーナはつまづいてしまった。

 

「シュレイン大丈夫!?」

 

すぐに手を繋いでいたシュレインに声をかけた。

 

完全に足を突き姉よりも深く躓いていたようだが怪我はなさそうだ。

 

それよりも重傷を負っていたのは負傷した父を引っ張りフィーナ達の後ろを歩いていた両親だった。

 

「パパ!!ママ!!」

 

「う…だい…じょう…ぶ…」

 

「貴方!?しっかりして!!貴方!!」

 

母親は一生懸命に夫の体を揺らしフィーナもシュレイン父親の元へ駆け寄った。

 

彼はもう作り笑いを浮かべる余裕すらなかった。

 

「…子供達を連れて…行くんだ…俺も後から…ついて…」

 

父親は先程の衝撃と銃撃の痛みで意識が飛びそうになっていた。

 

突然そんな事言う父親のせいでフィーナも涙を流し始めた。

 

「やぁだ!!パパも一緒に逃げるの!!」

 

「後から行くっていっただろ…?早く逃げ…ないと…」

 

「でも貴方が!」

 

「早く…!!…きっと着いていく…」

 

あまりの気迫と覚悟に押された母親は小さく頷くと黙ってフィーナとシュレインを連れ走り始めた。

 

振り返ると父が必ず笑顔を浮かべていた為もうこれ以上立ち止まり振り返る事はなかった。

 

だから気付けなかった。

 

父は既に意識が無くなり息も途絶え始めていた事を。

 

最期に一言だけ「生きていてくれ」と呟いて事切れた事を。

 

彼女達はとにかく走った。

 

振り返らずきっとみんなで逃げ切れると希望を信じて。

 

しかしそんな一筋の小さな希望の光にもすぐさま暗雲が立ち込めてきた。

 

瓦礫が道路に散乱し永久に光が届かない筈の地下街を業火の光で照らし肌にジリジリと痛みを与えていた。

 

そして再び悲劇は起こった。

 

焼け落ちた建物の一部が崩落する。

 

こんな事は周囲を見渡せばよくある事だったがこの場合は悲劇の要因となった。

 

「フィーナ!!シュレイン!!」

 

突然母親がフィーナとシュレインを突き飛ばした。

 

訳も分からず2人は大きく転び少し顔を擦りむいた。

 

すぐにフィーナは突き飛ばした母親の方を振り返った。

 

「ママ!!」

 

彼女の目の前で母親は灼熱の炎に纏われた瓦礫に埋もれてしまった。

 

あれだけの質量と熱量だ、どうなるかは余裕で想像が付く。

 

最期に悲しげな笑みを浮かべて母親は瓦礫の中へ消えて行った。

 

「ママ!!ママ!!」

 

引き裂けそうな大声を挙げ瓦礫の山に近づこうとするが再び建物の崩落が始まり完全に道が塞がれてしまった。

 

後ろで母親の喪失を絶望の表情で見ていたシュレインを見てフィーナは立ち上がった。

 

母親は目の前で消え父親は到底現れそうにない。

 

だがまだ自分も弟も生きている、なら生き延びねばならない。

 

溢れ出る涙を一生懸命拭いながらゆっくりシュレインに近づく。

 

「行くよ!シュレイン!」

 

幼い小さな手を彼女はさらに小さい弟に差し伸べた。

 

彼女が実母を失った悲しみをなぜ耐えられたかはわからないが少なくともこの時までは彼女は明確に生き延びようとしていた。

 

シュレインも虚な目のまま姉の手を取り立ち上がった。

 

走って生きなければならない。

 

フィーナはとにかく走った。

 

瓦礫を避け、走る気力すら潰えたシュレインを引っ張りながら走った。

 

まだ4歳のシュレインは7歳のフィーナにとってはかなり重かった。

 

そしてシュレインの虚な絶望と悲しみに満ちた表情を見るたびに胸が苦しくなり涙が止まらなくなる。

 

「後少しだからね!!」

 

「ん…!」

 

小さな頷きと返事を認識したフィーナはそのまま弟を連れて走った。

 

彼女の言う通り父親が言った地下通路まで後少しだ。

 

両親を短い間に失い死が迫っている状況でも彼女は走り続けた。

 

運命はそんな彼女を嘲笑うかのように次々と不幸を浴びせかけた。

 

地下通路の入り口が見え始め後少しと言った矢先まず一つ目の不幸が訪れた。

 

突然近くの建物が爆発したのだ。

 

不発弾かそれとも何かが引火し爆発したのかは分からないがただ2人が再び余波で吹き飛び怪我をしたと言う結果だけが残った。

 

直接食らったわけではないので重傷まではいかないが膝を擦りむき血が出ていた。

 

「うぅ…シュレイ…危ない!!」

 

大きく飛ばされたシュレインと離れ離れになってしまったフィーナ達の前に大きな“()”が出来た。

 

辛うじて原型を留めていた建物が完全に崩壊し大きな壁を形成した。

 

とても高く積もれてしまった為まだ小さかったフィーナでは登ったり飛び越えたりする事が出来なかった。

 

「シュレイン!?シュレイン!!」

 

「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

 

互いの名前を姉弟叫びあった。

 

無事なようだがそれでも隔絶された事には変わりなかった。

 

どうにかしてシュレインを連れ出さなければと考え始めていた矢先次の不幸が訪れた。

 

シュレインのいる方から聞いた事のない男達の声が聞こえた。

 

「おいあそこに子供がいるぞ!」

 

「ああ……あの歳ならちょうど良さそうだ…おい動くな!」

 

何かが構えられた音と共にフィーナはなんとなく察した。

 

きっとシュレインを殺そうとしている。

 

「ぁぁ…お姉ちゃん助けて!!お姉ちゃん!!」

 

「シュレイン!!」

 

必死に助けを呼ぶ声がフィーナの体を動かす。

 

「まさか向こうに誰かいるのか…?」

 

「構わん、まず一人連れ去るぞ!」

 

足音が次第に大きくなる。

 

「うぅ…お姉ちゃん…」

 

姉を呼び続けながらシュレインは壁の近くに頭を抱え蹲った。

 

どうにかして助けなければ…。

 

己がどうなろうと弟を助けたい。

 

しかし幼さと目の前の物理的な壁はそれを阻んだ。

 

「子供を捕らえろ、絶対傷つけるなよ。中々見込みがありそうだ」

 

「わかってる、おら!」

 

「やだ!!離して!!助けて!!お姉ちゃん!!」

 

泣き叫ぶ声が更に大きくなる。

 

多分どちらかの男に軽く持ち上げられたのだろう。

 

4歳の小さな男児を持ち上げるなど多少腕力が備わっていれば造作もない事だ。

 

「シュレイン!!シュレイン!!」

 

姉の絶叫はなんの役にも立たなかった。

 

しかしそれでも弟は信じて叫び続ける。

 

「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

 

そんなシュレインを快く思わないのか男達は何かを話し始めた。

 

「少しうるさいな…どうする?」

 

「スタンは幼すぎて使えない、あれを使おう」

 

「ああ、どうせこの後も使うだろうしな」

 

意味はよく分からなかったがとにかくシュレインに何かしようとしている事は確かだった。

 

「シュレイン!!お願いやめて!!弟を返して!!」

 

「幼いな…向こうのやつも連れて行くか?」

 

「いやまずは一人確実に欲しい、我が卿(My lord)の為にも」

 

壁の向こうで男は頷くとじたばた暴れるシュレインに注射器のようなものを刺した。

 

中の透明な液体が全て入れられた瞬間暴れまわり大声を挙げていたシュレインの動きがぴたりと止まった。

 

あまりに一瞬でシュレインの反応が止まった為フィーナは察してしまった。

 

再び涙が溢れる。

 

また家族を失ってしまった。

 

何も出来なかった。

 

足音が遠くへと過ぎていく。

 

「あぁ…ぁぁ…あぁ…」

 

どうする事も出来なかった。

 

もう何もする事が出来なかった。

 

ただ何もかも壊された。

 

全てが奪われた。

 

生活も、家も、家族も何もかも。

 

壊され奪われてしまった。

 

彼女の人生はここで一旦全てが崩壊した。

 

一度目の崩壊であり全てが一瞬のうちに奪われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一晩経った。

 

テロはひとまず出動したコルサント保安部隊とジュディシアル・フォースなどの一部部隊により鎮圧された。

 

彼女達が住んでいた団地のほとんどは全焼するか崩壊し焼け跡だけが残った。

 

結局使者行方不明者合わせて数百人以上が犠牲になったと言われている。

 

だがコルサント数兆人以上に比べれば“()()()”数百人程度で大した事ない事件として処理された。

 

しかもアンダーワールドという事もあってか多くのコルサント市民がこの事件を気にする事は少なかった。

 

これが実情だ。

 

いくら人が悲劇的に死のうが統計的な数字として処理され小さな事件として記憶の片隅に、いや記憶すら残らない。

 

自分たちに実害が無ければみんな無関係で済ませてしまう。

 

それが今の共和国だ。

 

いや、今()続く銀河共和国の姿だ。

 

そしてそれは政府や行政にも市民にも最悪の形で伝染していた。

 

腐敗の伝染病が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィーナはなんとか生き延びていた。

 

弟がどうなったかは分からないが彼女だけは生き延びていた。

 

あの後自分がどうやって地下通路を移動し近くの避難所まで逃げたかは彼女自身も覚えていない。

 

ただ今の彼女には負の感情しか残されていなかった。

 

周りを見渡しても知らない人ばかりだ。

 

親しい友人や知人などは何処にも見当たらない。

 

みんな死んでしまったのだろうか。

 

何せ一番被害が大きかった場所にみんな住んでいたのだ、助かる可能性は低い。

 

フィーナの両親にように。

 

「おーい食料の配給が始まるらしいぞ!」

 

誰かが軽く大声をあげ全員に告げた。

 

もう朝方でそろそろ腹が減ってきた頃合いで、避難民達は皆立ち上がりぞろぞろと歩き始めた。

 

フィーナはとても食事が喉に通る気分ではなかったが流れに身を任せていついて行った。

 

避難所を出ると数十メートル歩いた先に仮のテントと役人やコルサントの保安部隊員が数名避難民達を待っていた。

 

1人の役人が前に出て避難民に説明を始めた。

 

「今から食料配給と同時に個人の確認を行います!特定された方から食料をお受け取り下さい」

 

そう言うと保安部隊員が集まり避難民達を列に並ばせた。

 

言われた通り食料を配るついでに誰が生きているか誰が死んでいるか行方不明なのかを確認するつもりだ。

 

殆どの人が名前を言い顔を認証されるとすぐOKが出され食料を受け取っていた。

 

数分後ついにフィーナの番になった。

 

「名前をどうぞ」

 

役人がタブレット片手にフィーナをチラ見した。

 

このタブレットにこの区画のほぼ全ての戸籍などが登録されている。

 

しどろもどろになりながら小さな声でフィーナは答えた。

 

「フィーナ・リースレイ…」

 

役人がタブレットに名前を打ち込み始めた。

 

これでひとまず助かる。

 

そう思っていた彼女は想像も出来ない事を言われた。

 

「リースレイ…?そんな名前は()()()()()()、他の家族はどうした?」

 

「パパも…ママも…」

 

あの2人の事を考えると自然と涙が出て来た。

 

泣きじゃくりもう答える事は出来ない。

 

しかし役人はその涙に全く同情を示さなかった。

 

「記録がない。そしてない者には食料は渡せん。保安員!」

 

無慈悲に切り出すと役人は避難民達を警戒していた保安部隊員を呼んだ。

 

全く表情が分からない保安隊員達はフィーナを取り囲んだ。

 

「不正入植者の可能性がある、連行せよ」

 

「わかりました」

 

強引に幼い彼女の腕を掴み保安部隊員達は彼女を引っ張った。

 

「やめて!離して!」

 

「いいから、来るんだ」

 

フィーナは保安部隊員達に腕を掴まれどこかへ連れて行かれた。

 

力が強くフィーナの幼く弱った体では反撃出来ない。

 

後から分かった事なのだがフィーナの両親は貨物船に隠れて密航して来た者でそのせいか一部の記録に記載されていなかったらしい。

 

加えて幼子1人でボロボロの身なりともなるともう孤児や乞食にしか見えないだろう。

 

向こうにも様々な理由があった。

 

しかしそれ以上に共和国側の方が無慈悲であった。

 

彼女が連れて行かれる最中ふとテント裏に控えていた役人達の小話が聞こえてきた。

 

「はぁあ…爆破テロか、全く俺達が勤めてる時以外にやって欲しいよ」

 

「おかげで数万人規模の食料配給と避難確保をしなければなりませんからね…どうしましょうこれから…」

 

「知るかよ、どうせやるならもっと派手に大勢死んでくれればこんな事せずに済んだのになぁたく…」

 

「そうなったら遺体回収で酷い目見ますよ」

 

「そっちも酷いもんだな、ハハ」

 

彼らに取ってはブラックジョーク的なたわいもない会話だったのだろう。

 

だが当事者であり会話を聞いたフィーナは正気ではいられなかった。

 

もっと大勢死んでくれれば、とてもじゃないがそんな事言える状況ではない。

 

地獄だった。

 

苦しくて怖くて張り裂けそうな悲しみばかりだった。

 

何度も泣き叫んだしとても熱かった。

 

もっと、もっと苦しめというのか。

 

役人は調子良さげに更に会話を続けた。

 

「で、避難民達はどうします?死者数はともかく市街地の被害が酷すぎて家に帰すなんて到底不可能ですが」

 

「まあ復興作業と適当な重労働に割り当てておけばいいだろう。というかそれくらいしか役に立たん。犯人もクソだが役に立たねぇここの連中もクソだな」

 

「全くですよ。身元不明者や不法入国者は?」

 

「適当な鉱業惑星に振りわてちまえばいいだろう。どうせ生きてたって死んでたって大して変わらん連中だ。いっそその辺の宙域にでも捨てちまえばいい」

 

「ですねぇ、後始末が大変そうだ…」

 

「ああ、こんな下民どもの尻拭いは今後まっぴらごめんだ」

 

唖然とするしかない。

 

冷たすぎる。

 

彼女は保安部隊員に連行された直後隙を見て逃げ出した。

 

このままでは殺されてしまうかもしれない。

 

その事がたまらなく怖かった。

 

フィーナにとってこの時の出来事はただ理不尽でしかなく信じられる者が消えてしまった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた一年が経った。

 

彼女は誰の助けもない中一年を過ごした。

 

いや過ごさざる終えなかった。

 

拘束され逃げてきたフィーナが今更共和国に助けを求める事など出来る訳もなかった。

 

それに助けてもらいたくもなかったし共和国だって彼女を助けてはくれなかっただろう。

 

フィーナは独学で色々な技術を身に付けた。

 

スリ、上手な無銭飲食のやり方、どこで寝泊まりすれば怪しまれずに済むか。

 

随分と痩せこけ汚らしい格好にはなったが生きる意志と技術が彼女を一日、また一日と生かし続けていた。

 

人の話をよく聞き様々な状況や状態を判断し以下に怪しまれないか最善の方法を取る。

 

皮肉にもこの過酷な一年がフィーナのスパイとしての能力を開花させてしまった。

 

過酷な状況だからこそ人の能力は最大限悪い方向へ活かされるのだろう。

 

その代償として彼女は人らしい感情を失っていったが…。

 

むしろ獣じみた何かがこの頃のフィーナにはあった。

 

そんな彼女に唯一残っていた人らしさと言えば死や痛みに対する恐怖心やふと思い出す度に痛む悲しい心の傷痕だった。

 

この日もそうだった。

 

盗んだ金でちょうどボロく、小汚いアンダーワールドのレストランで食事をとっている時だった。

 

静かな店に3人ほど黒いコートとハットを深く被りターバンか何かで顔を隠した男達が恰好に似合わず物静かに入ってきた。

 

一瞬だけ1人の男の素顔がフィーナには見えた。

 

右目の部分だけだったがその目はまるで“()()”のようだった。

 

金属の塊が右目の部分にくっ付いていて一部分だけ青く光っていた。

 

義眼なのだろうか。

 

目の錯覚かそれともそういう趣味なのかと彼女はそれ以上深く詮索しなかった。

 

男達の元にこの店のウェイトレス・ドロイドが現れ注文を尋ねた。

 

義眼と思われる目を持つ男が代表して答え始める。

 

「この2人に酒と手頃な料理を、私…いや俺は必要ない」

 

掠れたような声で曖昧な注文をすると男はウェイトレス・ドロイドを下がらせ男達は話を始めた。

 

彼女はこの一年間で否が応でも鍛えられた聴力でよく聞き取った。

 

しかしあまりに難しい単語ばかりだった為理解までは出来なかった。

 

それに次に起こる出来事の方が衝撃的だった。

 

「おいこの()()()()!てんめぇ俺の身内とシマに手ェ出しやがって!」

 

鬼の形相でドアを蹴破り店に入ってきた小太りのエイリアンはいきなりピストルを男に向けた。

 

フィーナもそのエイリアンは知っていた。

 

この辺では有名な犯罪シンジゲートのボスだ。

 

政府や治安部隊の手の届かないこのアンダーワールドで代わりに犯罪者が手を伸ばしているなどもう当たり前だ。

 

外の世界のアウター・リムなどの犯罪者に比べれば随分と小物だがアンダーワールドの弱者達にとっての危険度は十分だった。

 

「コイツ…!」

 

立ち上がりコートの懐から何かを手に取ろうとする男を義眼と思われる男は止めた。

 

男は懐に手を当てたまま渋々座り直す。

 

代わりにその男が席から立ち上がり前に出た。

 

「俺はお前の様な豚小屋で威張るしか脳のないクソ野郎から多くの者を()()()やっているんだ」

 

「んだとこのボケが!!舐めやがって!!」

 

ブラスター・ピストルを振り回しより激昂するエイリアンを挑発するかの様に義眼の男は更に言葉を浴びせた。

 

「お前のそのチンケな武器でやり合うなら店の外でやろう。この店は“()()()()()”だし迷惑を…掛けたくない」

 

ため息まじり男はエイリアンを見つめた。

 

完全に舐められ下に見られている。

 

侮辱を受け続けたエイリアンの怒りはもう頂点すらとうに越していた。

 

「このクソッタレがぁ!!」

 

ピストルの引き金を引く前に男は既に動いていた。

 

コートの袖から出た鋭い光が一瞬のうちにピストルに掛けられていた指を切り落とした。

 

引き金を握っていた人差し指以外の全ての指が一瞬で切り落とされたのだ。

 

血と指が床に落ちあまりの痛みでエイリアンは絶叫しフィーナの方まで転がって行った。

 

「ほら帰りな、命くらいは助けてやる。指四本の義手ならまだ十分安く済むぞ」

 

「ガァァァァァ!!クソッ!!クソッ!!クソォ!!この俺を舐めんじゃねぇぞ!!俺はギャングの王だ!!王なんだ!!」

 

エイリアンは突然近くにいた弱そうなフィーナを指の落とされた方の腕で掴み彼女の喉にナイフを構えた。

 

もう動かせる指が一本しかない為手ではなく腕全体でフィーナを取り押さえている。

 

ナイフを持つ手は震えもうそのエリアンは半狂乱状態だった。

 

「おいガキ!動くんじゃねぇぞ!!妙な事やったらぶち殺す!!」

 

フィーナは冷たい感情を失ったような眼のまま一旦エイリアンの言う事を聞いた。

 

コートを着た男たちは全員立ち上がりゆっくりとエイリアンを取り囲んだ。

 

もうこいつに退路はない。

 

店の者達もご信用のブラスター・ピストルを持ちながら集まっていた。

 

エイリアンはナイフを男達に突き付けながら叫ぶ。

 

「お前はお尋ね者だ!!問題を起こしたりガキを殺したりすればすぐ見つかって反逆罪で死刑だぜ!!ハッハッハ!」

 

「だから少女を人質に取ったのか」

 

「まあそんなところだな!さあ大人しく死ぬか俺に服従しやがれ!!今ならこの指もちょっぴりだけ許してやる!」

 

フィーナは隙を伺った。

 

その間に別の男が義眼の男に耳打ちしていた。

 

先程とは違いこの距離なら十分聞こえる。

 

フィーナは心を落ち着かせ聞き耳を立てていた。

 

「あのガキは確か孤児です。死んでも片付けるのは楽だ」

 

驚いた事にその男はフィーナの事を知っていた。

 

いつ知られたのだろうか、フィーナは謎に思っていた。

 

だがすぐに気を取り直し今必要な事をやる。

 

「そうか、まあそんな必要もなくなるだろうがな」

 

「おいテメェら!!さっきから何こそこそしてんだよ!!このガキの愛らしい首が吹っ飛んでもいいってのかァ!?」

 

再びナイフを牽制する為にコートの男たちの方へ向ける。

 

これでフィーナと彼女の喉を掻き切る為のナイフには十分な距離が出来上がった。

 

その瞬間をフィーナは掴んだ。

 

エイリアンの股間に全力をこめて肘打ちを食らわせたのだ。

 

あれは相当痛いだろう。

 

実際再びエイリアンは悶え始めた。

 

「ウグガァ!!このクソガキッ…!」

 

腕の力がすっぽり抜けてフィーナはすぐに離れる事が出来た。

 

男達の間を潜り抜け安全な地点まで身を隠す。

 

人質もなくなりもうなんの憂も無くなった。

 

指を一瞬のうちに切り落とした男が再び目にも止まらぬ早さで今度はエイリアンの腕を両方掻っ切り脳天にブラスターの弾丸を撃ち込んだ。

 

あんなに騒いでいたエイリアンも死ぬ時は静かだった。

 

「“()()”の邪魔をするな、このクズが」

 

ブラスター・ピストルを仕舞うと男はゆっくりと振り返った。

 

静かに彼女の方へ近づいて行く。

 

フィーナは警戒し少し身構えた。

 

男は静かにターバンを外し彼女に素顔を見せた。

 

捲られたターバンの先には継ぎ接ぎの顔が現れた。

 

機械やエイリアン、人間ノ様々な部分が一緒に繋ぎ止められている。

 

秀麗な顔立ちだが機械や人ではない部分の繋ぎ目のせいか妙に嫌悪感を覚えた。

 

これがサイボーグか。

 

絵本や物語の中でしかフィーナはその存在を知らなかった。

 

サイボーグの男は手を彼女に差し伸べる。

 

「勇敢な少女よ、君は1人か?どうして独りになった?」

 

外見に似合わない声で男は静かに尋ねた。

 

答えた所で何も変わらないと思いフィーナは端的に話した。

 

「親が殺されて…弟が誰かに連れ去られて…もう誰も…」

 

「それは辛いだろう。私も盟友と誓った兄弟たちを多く失った…気持ちはよくわかる」

 

同情するかのようにサイボーグの男は彼女の言葉に頷いた。

 

「そして全てを失った君はこの星から銀河から世界から見放された…不条理な話だ」

 

「だから…だから何だっていうんだ!」

 

フィーナは久々に叫んだ。

 

今まで隠した怒りを。

 

「俺も同じだ…目的を果たせず見放された、俺と共に名誉の聖戦へと加わらないか?」

 

「フェルシル!」

 

男-フェルシル-は仲間から咎められた。

 

だが彼は首を振りそれを振り払った。

 

「この少女はまだ幼すぎる、それにゴミ溜めから這い出た奴が同志にになれるはず…」

 

「幼いからこそ拒絶が少なく全てを受け入れる。ゴミ溜めから這い出た境遇だからこそ真に力を持っている。故に強い同志となるのだ」

 

フェルシルは仲間の否定的な言葉全てに持論をぶつけた。

 

そして再び彼女に手を差し出した。

 

「共に聖戦へと参加し己の境遇を覆そう。我らを一方的に見放した悪魔に正義の鉄槌を下そう」

 

そしてフェルシルはわざとらしく一言付け加える。

 

「まあ断るのであれば生かしてはおけんがな」

 

冗談半分だったのか本気だったのかわからないがフィーはある種ここで決心がついた。

 

まだ8歳の少女だ。

 

言葉の裏を読む事も、後先の利益を考える事もまだ出来ない。

 

故に今を生きるしか他に道はなかった。

 

死の恐怖は、痛みは誰よりも理解しているのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実とは言葉や理想通りではない。

 

それはこのフェルシルが創設し始めた新革命軍でも同様だった。

 

フィーナや仲間達は毎日毎日身の毛もよだつような訓練を受けさせられていた。

 

ありとあらゆる人の殺し方、できる限り被害を負わせる自決の仕方、重火器から暗器まで様々な武器の使い方。

 

それだけではなく指揮官や一般的な教養、また共和国などに潜入する為に必要な知識の教育。

 

更にはより従順な同志にする為の洗脳教育。

 

幼い子供達は世界を知らないので自分たちが辛い、非人道的な事をされているという事にさえ気づかない。

 

もう彼女達の殆どはフェルシル達の思惑通り従順な“()()”となっていた。

 

最初は普通の少年少女達のような幼さを残す子供達も皆口を開ければ「戦いが待ち遠しい」、「亡き同志達の為に」などしか発しなくなっていた。

 

そんな仲間達にフィーナは“()()()”を覚えていた。

 

皆機械のような、どこか冷たい感触。

 

口から放たれる言葉も顔に滲み出る笑みもどこかに気色の悪さを感じる。

 

それもそのはず、彼女は今までこれと言った洗脳を施されていなかった。

 

革命に対しなんら反抗的な態度はないし命令にも従順で何より誰よりも強かった。

 

戦闘能力は勿論の事、生きるという意志、暗殺能力が誰よりも強く先任の同志達が教える事は特になかった。

 

おかげで彼女は四年経ったこの時までも正気を保っていられた。

 

だがそんな日々すらも暗雲が立ち込めてきた。

 

彼女に二度目の崩壊が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ彼女が十二歳くらいの頃の話だ。

 

いつも通り日々の訓練を終え飲み物を飲んでいる時だった。

 

「リースレイはすごいよね、訓練でいつも手柄を上げて」

 

「うん…生きるためだもの…」

 

仲間の“リーセ”が彼女に話しかけた。

 

あまり他の仲間達と話したりすることは少ないが彼女だけは別だった。

 

何故か安心出来る存在だったのだ。

 

他の仲間達とは違いまだ暖かさを感じる嘘偽りのない何かがある。

 

「あっエディット、さっきすりむいてたけど大丈夫?」

 

普段無口の“エディット”は少し口籠るとスタスタ歩いて行ってしまった。

 

リーセは少しムッとしながらもそんな彼女を目線で見送った。

 

「私たちもいこ、疲れたし」

 

「うん」

 

2人が歩き出そうとすると誰かがフィーナの名前を呼んだ。

 

彼女は振り返った。

 

「同志ジョーゼ…」

 

「リースレイ、少し来い」

 

無表情でまるで何かに取り憑かれているような眼をしたジョーゼと呼ばれる男はフィーナ1人だけを呼んだ。

 

彼女は心配そうな表情を浮かべたがリーセが笑顔で「行って来なよ」と見送ってくれた。

 

ジョーゼの後ろに着くと彼は何も言わずに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はそのままフェルシルや彼の副官のフォンフ、幹部の同志が数名がいる部屋に連れられた。

 

部屋の中は相変わらず暗く威圧感があった。

 

「よく来た幼き同志よ」

 

幹部の1人が形式的な挨拶を交わした。

 

もう1人がまたお世辞に似た発言する。

 

「君達の努力はいずれ聖戦の勝利へと結ばれるだろう、しかし」

 

その幹部は一つ付け加えた。

 

それが彼女の呼ばれた本題だった。

 

「君達の中に“()()()()()()()”ようだな」

 

「まさかそんな事は…」

 

彼女は否定しようとしたが遮られた。

 

別の幹部が本題を口にする。

 

「既に目星はついている。そこで優秀なお前にはある任務を頼みたい、極秘の任務だ」

 

「人物の正体を探れと?」

 

「いや違う」

 

フィーナの推察はすぐに否定された。

 

「お前への任務は“()()()()()()()”だ、必ず始末するのだ」

 

一瞬フィーナは凍り付いた。

 

彼女に与えられた任務は仲間を殺す事。

 

いくら不気味な仲間達だとしても殺すのは流石に躊躇いが生まれる。

 

今まで生きる為とはいえ彼女が人を殺した事は一度だってないのだ。

 

そんなフィーナの思慮を無視し幹部達は更に付け加える。

 

「我々はお前を“()()”している、お前なら必ず我らの為、同志達の為にやってくれるだろう」

 

「必要な武器はこちらで用意した、追加で欲しいものがあれば言って欲しい」

 

「実行は3日後の夜間、裏切り者は必ず指定された場所に現れる」

 

「忠義を誓い奴を仕留めろ、どんな犠牲を払っても構わん」

 

「聖戦を冒涜する者を断じて許すな」

 

「これは殺人ではない、“()()”だ」

 

「我々の同志たる君が間違いを“()()”のだ」

 

「頼んだぞ、同志リースレイよ」

 

幹部達から雪崩のように言葉の嵐を浴びせかけられた。

 

その一言一言が彼女に大きく刺さる。

 

そして最後に、中央の席に座るフェルシルが静かにこう呟いた。

 

「試練を乗り越えろ、リースレイ」

 

彼女は悟った。

 

自分は試されている。

 

もししくじれば(あした)はない。

 

忘れていた死の瞬間が再び甦った。

 

「わかりました…」

 

了承の言葉はとても小さく短かった。

 

それでも幹部達は安堵の表情を浮かべていた。

 

「そうか、任せたぞ同志よ」

 

こうして彼女はまた少しずつ冷酷に崩壊へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーセはフィーナの異変に気づいていた。

 

幹部に呼ばれたあたりからどうも様子がおかしい。

 

「リースレイどうしたの?手が止まっているよ?」

 

スープを飲む手が止まっている彼女にリーセは呼びかけた。

 

するとフィーナは何か怖いものでも見たかのように青ざめ更に手が止まってしまった。

 

「なんでも…ない…」

 

リーセはなんでもない訳ないだろうと思った。

 

数時間前のフィーナと比べて明らかにおかしい。

 

普段から無口だったり無愛想だったりだが今はいつも以上に変だ。

 

ずっと黙って俯いている。

 

「本当にどうしたの?顔色が悪いよ?」

 

「なんでも…ないから…」

 

そういうと彼女はまだスープやパンがかなり残ってるにも関わらずトレイを持ち上げて片付けてしまった。

 

絶対におかしい。

 

リーセは急いで食べ終えると彼女の跡をつけた。

 

追いつけないかと思っていたが意外とすんなり彼女の居場所がわかった。

 

本来この時間は消えているはずのトイレの電気がついていたのだ。

 

リーセはそっとトイレの中を覗き込む。

 

やはりフィーナはそこに居た。

 

水道の近くで何か呟いていた。

 

「3日後…3日後に…うっ」

 

その言葉の先に嫌悪感を覚えたのかフィーナは吐きそうになった。

 

何度も咳き込み顔色ももっと悪くなっていた。

 

これ以上はまずいと思ったリーセはなりふり構わず物陰から飛び出した。

 

「大丈夫!?」

 

彼女の背中を優しく撫でた。

 

フィーナはまだ咳き込んでいて彼女に目も当てられない状態だった。

 

「だい…じょう…ぶ…」

 

なんとか言葉を返したが帰って心配を煽るだけだった。

 

「大丈夫なわけないよ!さっき何があったの!?何かあったんでしょ?」

 

少し声を荒げリーセは尋ねるがフィーナは何にもないと首を振るうだけだった。

 

「別に心配しなくたって…」

 

「心配するよ!だって“()()”なんだもん!」

 

もはや懐かしさすら感じるその言葉のせいか普段あまり人と目を合わせないフィーナがこの時リーセの目を見た。

 

昔失った一番大切なものだ。

 

「家族…?」

 

「だって同志は家族でしょ?これからもずっとあたし達は一緒に暮らして一緒に生きていくんだもん」

 

「でもママもパパも…」

 

「あたしだってそうだよ、昔ねギャングにお母さんもお父さんも殺されて…あたしだけフェルシルに助けられた…」

 

仲間の身の上話なんて初めて聞いた気がする。

 

もっと話せばよかった、もっと話しかけておけばよかったと思った。

 

「あなただってそうなんでしょ?だから安心してみんなを頼ってよ!」

 

「ごめん…」

 

「あなたは1人じゃないから…」

 

彼女は静かにハグされた。

 

数年ぶりに心の底からの愛を彼女は感じた。

 

そして時はすぐに流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンダーワールドの夜は一層暗黒が増していた。

 

元々当らない恒星の光も夜は僅かな粒子ほどの光すら照らされず唯一の光といえば見窄らしい街灯や怪しげな店の灯りだけだった。

 

路上には飲んだくれのエイリアンや家のないホームレス、浮浪者が座り込み虚な目をしている。

 

薄汚れたバーでは大声と共に酒の匂いが充満し酔いが回った客達は一部喧嘩が始まっていた。

 

本来取り締まるコルサント保安部隊は人手不足の為かここまで人員が回されていなかった。

 

逆に彼女達にとっては好都合だ。

 

そんな暗い夜道をフィーナは1人進んでいた。

 

この暗く秩序もない暗黒街において少女が1人で歩く事は思っている以上に危険だ。

 

しかし誰1人として彼女を襲ったり殺そうとするような真似をする奴はいない。

 

もうこの周辺一帯は彼らの支配地だからだ。

 

誰もフェルシルと革命軍に逆らおうとする者はいない。

 

保安隊や共和国よりもフェルシル達の方がこの周辺一帯での影響力は強い程だ。

 

「目的地はこの先の路地裏…裏切り者はこの地点から脱走しようと…」

 

まだ仲間を殺す事に抵抗があった。

 

それでも生きる為に支えてくれる本当の仲間達の為に報いる為には腹を括るしかない。

 

幹部達に与えられたブラスターに手を添えながら彼女は慎重に近づいた。

 

後数十メートルの距離だ。

 

静かに物音すら立てずゆっくりと進む。

 

緊張と不安感で心臓の鼓動が早くなる。

 

短い距離のはずがこの時の彼女には恐ろしく長く感じた。

 

ついに数メートル前後の距離まで近づいて来た。

 

ホルスターからピストルを引き抜きより慎重に近づく。

 

ピストルを両手で持ち構える。

 

路地裏まで後僅かだ。

 

覚悟を決めて一気に飛び込む。

 

「裏切り者め!覚悟し……っ…!」

 

ブラスター・ピストルの銃口の先には彼女と同じくらいの身長の少女が怯えていた。

 

見覚えどころの話ではない。

 

今日も共に訓練をしていた。

 

普段は無口だが彼女も同じ仲間だ。

 

「エディット…」

 

普段からフィーナ以上に感情を見せないエディットがこの時今まで一度も見た事ないような怯えの表情を映し出していた。

 

彼女が現れた事と手に持っているピストルに相当驚いていた。

 

「なんで…どうして…」

 

「あなたこそ…なんで裏切りなんかを…」

 

「来ないで!!」

 

エディットの悲痛な声はフィーナを文字通り遠ざけた。

 

恐怖のせいかエディットの頬には涙が溢れ始めた。

 

それに圧迫されフィーナもブラスターを持つ両手が徐々に下がり落ちていた。

 

「私は……私は…死にたくない…」

 

フィーナよりもエディットの方が震えている。

 

そんなエディットにフィーナは強めに言葉を投げた。

 

「死にたくないって…じゃあなんで裏切りなんかを!」

 

「あなたにはわからないのよ!優秀でフェルシルのお気に入りのあなたには!」

 

本来の目的も忘れて言い争いが始まってしまった。

 

「家族を殺されて…!私だけが連れ去られずっと訓練されて育て上げられてきた…しかも…」

 

引き攣りそうな声で彼女は叫んだ。

 

フィーナは黙って聞く事しか出来なかった。

 

「訓練に耐え切れなかった仲間達はみんなあいつフェルシルに殺された!あいつは聖戦の指導者なんかじゃない…ただの人殺しの機械(サイボーグ)だ!!」

 

「そんな事…」

 

「ゼルは薬を飲まされて殺され、ジェイケルは体を改造されて耐え切れず、フェーレはブラスターを突きつけられ殺された!!」

 

「どうしてそんな事を……」

 

「見たのよ……全部…私の親があいつに殺された時みたいにみんなも……次は誰?誰が死ぬの?私は嫌だ…」

 

単純な感情だったがそれでも必死で逃げようとする理由には十分だ。

 

だがこの組織の恐ろしさを一方で知っているフィーナはエディットに叫ぶ。

 

「でもここから逃げたって……逃げたって未来はない!」

 

未来はない。

 

それはフェルシルに初めて会った時から感じずっと思っていた事だった。

 

しかしどうする事も出来ない。

 

未来のない場所よりも最悪の未来がある方がまだマシだ。

 

そうやって生きるしかなかった。

 

しかしエディットは彼女に吐き捨てた。

 

「私にはある…だからもう関わらないで…追ってこないで」

 

その根拠がどこにあるかはわからなかったが路地の向こうに走ろうとした為再びピストルを向けた。

 

どんな理由であろうとどんな事情があろうと自分が生きる為にもやらなければならない。

 

その音に気づいたエディットも振り返りポケットからナイフのようなものを取り出した。

 

一瞬ビクッとしたがこの暗さと威力ではピストルの方が上だ。

 

エディットはナイフを彼女の方向へ向ける。

 

「来ないでって言ってるでしょ!もう放っておいて!」

 

「私が…他の仲間達が生きる為にも!」

 

「やめて!!」

 

フィーナの背後から声が聞こえた。

 

これも聴き慣れた優しい声だ。

 

二人は思わず振り返る。

 

「リーセ……?」

 

その真剣な眼差しは遠くからでもはっきりと分かった。

 

2人の方向へリーせは走ってきた。

 

フィーナを通りすぎエディットの前に出た。

 

「やめて!仲間同士で殺し合うなんていけない事だよ!」

 

「どうして…」

 

「フィーナが急にいなくなって心配で探したんだよ。どうしてこんなことするの!?」

 

ピストルを構える手が震える。

 

このままではエディットではなくリーセの方を先に撃ち抜いてしまう。

 

それは嫌だ。

 

彼女は殺したくない。

 

「どいて…裏切り者を…任務をこなせない…!」

 

「来ないで!!くるなら…もう…」

 

「二人ともやめてよ!」

 

リーセは仲間だと思っている2人を説得しようとする。

 

それが無駄だったとしてもだ。

 

「仲間を殺す任務なんてないよ!エディットも裏切りなんて嘘でしょ?」

 

2人は口を閉ざした。

 

それが答えだ。

 

だがリーセはそんな事まだ信じられなかった。

 

隙を見計らってエディットは逃走しようとしていた。

 

だがフィーナがブラスター・ピストルを構え直しそれを阻止する。

 

「フィーナ!」

 

「どいて!私はそいつを…」

 

しかしその度その度にリーセが邪魔をする。

 

そして悲劇は起きた。

 

「痛っ!」

 

痛みを感じたリーセは頬を押さえた。

 

手には少し血が垂れている。

 

暗闇で何かが鋭く光った。

 

その光は鋭くフィーナの頬掠め傷つけた。

 

多分エディットがナイフを投げたのであろう。

 

隙を見計らったエディットが走り出した。

 

「ダメ!逃がさない!!」

 

フィーナは急いで照準を合わせ引き金を引いた。

 

とても重かったがそこに躊躇いはなかった。

 

だがその一瞬に悲劇が生まれた。

 

「ダメ!!」

 

リーセの悲痛な叫びと共に弾丸の前に彼女が飛び出した。

 

このままでは絶対に彼女の心臓を貫いてしまう。

 

なんとかしようとフィーナが飛び出した時にはもう遅かった。

 

今でも彼女の脳裏に焼き付いている光景だ。

 

銃弾は容赦無く胸の中心を貫きエネルギーはそのまま逃げるエディットの肩に直撃した。

 

口から血を吹き出しリーセは倒れた。

 

「リーセ!!」

 

彼女の名前を呼び近くまで駆け寄った。

 

傷口からは暗闇でも見ればわかる程の血が溢れている。

 

フィーナの瞳からは自然と涙が溢れていた。

 

撃たれた衝撃で立ち上がれないエディットはゆっくりと這いずり出した。

 

「くっ…!!」

 

格好の的となったエディットは憎しみを込めてピストルの引き金を引いた。

 

何発もの弾丸がエディットに致命傷を負わせ息の根を止めた。

 

これでフィーナは与えられた初めての任務を成し遂げた。

 

腕に抱える代償と共に。

 

「リーセ…リーセ…?」

 

涙を流すフィーナをリーセは弱々しい手で撫でた。

 

痛みはないのだろう。

 

彼女は穏やかな顔をしていた。

 

息の荒いリーセはか弱い声で最期の言葉として家族のように思っているフィーナに告げる。

 

「フィーナ…あなたは…生きて…」

 

「ダメ…じゃああなたも生きてよ!!」

 

リーセの腕を掴み必死に訴えた。

 

「生きて…きっとあなたには…また家族が……」

 

そこからリーセは二度と彼女に話をする事はなかった。

 

フィーナの両手をすり抜け二度と動かなくなったリーセの手は無慈悲に地面へ滑り落ちた。

 

「嘘…そんな…」

 

嗚咽に似た叫びと涙が絞り出される。

 

彼女の悲痛な叫び声は暗黒街の暗闇に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた数年が経った。

 

彼女は何度も働きが認められスパイとして共和国のアカデミーへ送り込まれた。

 

丁度良い年齢という事もあったのだろう。

 

だが以前と比べて彼女はより人らしさを失っていた。

 

目から光は消え他人を殺す事にもうなんの躊躇いも無くなっていた。

 

()()()”という意味や死の恐怖すら曖昧になっていた彼女はフェルシルや幹部が望む“()()()()()()()()”と化していた。

 

一方で彼女は共和国のアカデミーにも完璧に溶け込んでいた。

 

時にはそのまま共和国側に裏切ってしまおうかとも考えた。

 

しかしそんなことしたらすぐに“()()”されるし何より彼女は共和国が嫌いだった。

 

父と母を失い弟を連れ去られた後一番最初に彼女を見放したのはこの国だ。

 

常に見下しあのテロの時でさえ「もっと死んでくれればよかった」と言った人でなしどもの国だ。

 

居場所なんてないしいたくもない。

 

故にただのスパイとしてあり続けた。

 

彼女は心も身体もいずれ死にゆく運命を辿るはずだった。

 

そう、既にバレていたのだ。

 

彼女達を直接教えていたドレイヴン大佐によって。

 

大佐は他に口外する事はなかったがいずれ何かの役に立ってもらおうと黙り続けながらも確実に知っていた。

 

彼女がどこの組織に属しているかまでは分からないがスパイである事には気づいていた。

 

だからこそフィーナはどの道死にゆく運命であったのだ。

 

だが変わってしまった。

 

彼を目にするまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィーナがアカデミーに通って三年目の頃彼女は運命的な出会いを果たした。

 

ちょうど情報部の士官候補生としてジュディシアル・アカデミーへ通っていた頃だった。

 

「リースレイ候補生、少し」

 

当時直接教えを受けていたドレイヴン大佐が彼女を手招きした。

 

「これを戦術研究課のエヴァックス中将に届けて欲しい、任せたぞ」

 

「はい大佐」

 

タブレットを受け取るとフィーナは無愛想に歩いていった。

 

ドレイヴン大佐も慣れた手つきで「頼んだ」と声を掛け執務室に戻った。

 

こういう場面で彼女は密かに情報を抜き取ったりするのだが今回はしなかった。

 

戦術研究課へ向かう為には途中軍事部門のアカデミーを通り過ぎなければならない。

 

当然その手の部門の候補生達も大勢いる。

 

目の前に別部門の候補生達が数人通り過ぎた。

 

みんな楽しそうな表情を浮かべ話していた。

 

今は同じ仲間ではあるがやがて彼らを裏切り対峙しなければならない。

 

彼らはともても仲が良さそうだった。

 

無論羨ましいとは思わなない。

 

だが反面昔の悲しい記憶を引き起こし彼女は咳き込んだ。

 

最近は度々このような咳がよくあった。

 

どれも家族といた時の事や革命軍で訓練を受けていた時の事を思い出した時に出る。

 

単なる気の弱さだとフィーナは割り切り気持ちを抑えていた。

 

すると誰かに声を掛けられた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ええ…ゲホッ…大丈夫…」

 

声を掛けてきた男性と思われる人物はフィーナの背中をさすってくれた。

 

「ありがとうございます…」

 

フィーナは一気に立ち上がろうとしたが途中でよろけてしまった。

 

しかしその男は彼女を優しく支えてくれた。

 

「気をつけてくださいね?」

 

「ええ…すいません」

 

顔を上げると同い年と思われる薄紫色の髪をした青年が彼女を支えていた。

 

優しそうな表情だがその水色の瞳の奥底には人知れぬ“()()()”があった。

 

フィーナはふと彼に名前を尋ねた。

 

どんな気持ちであったかは分からない。

 

ただ生まれて初めてと言えるほど興味が湧いた。

 

「えっと…貴方は…」

 

「私?あっ私は…」

 

彼は何故か戸惑っていた。

 

確かに突然名前を聞かれればそうなるのは無理はない。

 

しかしとぼけているのか素でこんな感じなのかは分からないがとにかく不思議な人だった。

 

「私はゼファント・ヴァント、ジュディシアル・アカデミーの候補生です。それじゃあ教官に呼ばれているので…」

 

「おーいゼファント!早く来いよ!」

 

別の候補生服を着た友人か何かの2人に呼ばれゼファントと名乗る青年は振り返った。

 

「早く行かねぇと少佐に置いてかれちまうぞー!」

 

「待ってくれ!今行くから!それじゃあ、急いでるので。あっほんと気をつけて下さいね?お大事に」

 

「あの…」

 

フィーナは彼に声を掛けた。

 

しかし彼の意識は完全に友人の方へ向いていた。

 

「それじゃあ!待たせたー!」

 

「ああ、待ったぞ」

 

「早く行こうぜ、今日はガコン少佐の愚痴を聞く会だ」

 

「うーん…なら急がなくても…」

 

フィーナも名も聞かずゼファントと名乗った青年は友人達と共に去っていってしまった。

 

今までに会った事のないタイプだ。

 

触れ合ったのはほんの僅かな時間であったが彼の優しさや人の良さが垣間見えた。

 

気づけばぼーっとしどこか頬も赤かった。

 

ゼファントはこの後の事もあって忘れていたがこれがフィーナとの、2人の初めての出会いだった。

 

言うなれば一目惚れというやつかもしれない。

 

ゼファントもフィーナも双方理解していなかったが。

 

しかし運命はさらに動き始める。

 

止まっていた彼女の歯車が良い方向へと動き出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二年近く経った矢先ついにその日が訪れた。

 

フェルシルが作り上げた地下革命軍と生き残ったアーガニルが生み出した革命艦隊。

 

この両軍が一挙にコルサントに攻め寄りかつて成し遂げられなかったアーカニアン革命を再び成功させる日が来たのだ。

 

それに先立ってフィーナはコルサントの防衛機能を麻痺させる為に暗躍していた。

 

他の共和国内に潜伏している同志も工作に成功し後は主力艦隊が来るのを待つのみとなっていた。

 

誰しもが「いよいよだ」と期待と闘志を昂らせ高揚していた。

 

しかしそれらは全て無駄骨に終わった。

 

コルサントに到達する事なくアーガニル艦隊が“()()”したのだ。

 

ミッド・リムでジュディシアル・フォースの艦隊に阻まれ後一歩の所で異常事態が発生し包囲され全滅。

 

敵の司令官を1人も討ち取る事なく静かに全滅したのだ。

 

その衝撃的なニュースはフィーナ達だけに留まらず幹部やフェルシルまでもが驚いた。

 

「有り得ない」とフェルシルは愕然とし当分その事実を信じようとしなかった。

 

衝撃と悲壮感は革命軍のほぼ全ての同志達に広がっていった。

 

更に衝撃的だったのはアーガニル艦隊敗北のきっかけを作ったのは若干二十歳の若き士官だと言うのだ。

 

ある者はその男を憎み、ある者はその男を如何に打ち倒すかを考えた。

 

そしてその士官の名前が公にされた時一番驚いたのはフィーナだった。

 

その士官の名は“()()()()()()()()()()”。

 

あのアカデミーでほんの少しだけだが出会った青年。

 

薄紫色の髪に青い瞳。

 

ある瞬間、フィーナはふと思った。

 

もしかしたらと。

 

もしかしたら、もしかしたら彼が変えてくれるんじゃないかと。

 

ゼファント・ヴァントが何かを変えてくれるんじゃないかと思い始めた。

 

その思いは本当に瞬きにも満たない程の一瞬であった。

 

しかしその僅かな希望はフィーナに残り続けていた。

 

彼女も知らない場所でずっと。

 

そして消える事はなく育ち続け大きく膨れ上がっていた。

 

もしかしたら何かを変えてくれる、もしかしたら終わらせてくれるんじゃないかと。

 

自分の命も、この手の届かない闇も全部。

 

ドレイヴン大佐を通してゼファントの部下になった時もそうだ。

 

その気持ちが徐々に彼女を抑制していた。

 

そして運命は今へと彼らを連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってますよ、だからって許される訳じゃない。スパイ行為も殺しも…」

 

「確かに許されないかもしれないな…」

 

ゼファントは否定せず彼女の涙を拭った。

 

その暖かさにフィーナは涙を浮かべながら微笑んだ。

 

フィーナは悟ったように話し始めた。

 

「もう終わりにして欲しい。どうせなら貴方の手で殺して下さい」

 

もうこの罪は消える事はない、失われた時間も帰ってはこない。

 

ならば終わりにして欲しかった。

 

終わりにして彼らを、革命軍を倒し連鎖を断ち切って欲しい。

 

限界に達していた彼女から寂しく悲しい笑みが浮かんでいた。

 

ゼファントは悲愴な表情を浮かべ慈悲深いように彼女の気持ちと言葉を一言一句聞き逃さず聞き取った。

 

その上で彼はこう言った。

 

「…でも、生きている人間は死んでしまった者の分まで生きなきゃいけない義務があるんじゃないか?」

 

今までにない真剣な眼差しがフィーナを見つめる。

 

初めて見せるゼファントの本気であり心からの本心だった。

 

彼は言葉を並べ彼女の過去や罪、今の彼女自身を包み込むかのように話した。

 

「君には罪が確かにあるのかもしれない…だから生きて償わなきゃいけないんだ。それに君の家族は君が死ぬ事を望んだのか?」

 

フィーナは死を受け入れようとした笑みから解き放たれた。

 

何か忘れていたものを思い出したかのようだった。

 

そうだ、その通りだ。

 

ずっと忘れていた。

 

母が身を呈して助けてくれた事を。

 

リーセの言葉を。

 

彼女の「生きて」という最期の言葉を。

 

両親もリーセも彼女に生きていて欲しかった。

 

消えゆく生命の中でそう願い続けた。

 

その事から目を背け罪ばかり見つめて危うく死を選ぶ所だった。

 

それこそ最大の罪だ。

 

「嫌でも君は生きなきゃいけない、何があっても。私も…多分そうなんだろうな…」

 

「少佐…?」

 

「私の両腕はもう血に塗れている。君の仲間を沢山殺した…直接手はかけてなくとも殺したのは私だ」

 

疽列葉今までゼファントが誰にも見せたことのない弱味だった。

 

何気なく任務を遂行してきた彼だがやはり心の奥底ではやりきれない部分があった。

 

ヴァント家という家の()()()と自身の能力のお陰でここまでやってきた。

 

それでも彼は1人のまだ若い人間だ。

 

だが、生きなければならない。

 

望まれ続けている限りは。

 

「だから私もどんな手を使っても生きて償う…それがせめてもの手向けだ」

 

「でも裏切ってもどうせ未来なんて…」

 

もう一度落としていた目線を彼女の方へ向けた。

 

青く美しい瞳からは真っ直ぐな気持ちと彼の持てる最大限の

 

「君の未来は君しか作れない、君が望めばきっと未来は来るはずだ。私が出来る事はそんな未来をただ守り続ける事だ。守ってみせるよ、絶対に」

 

ゼファントは照れ臭そうに手を差し伸べた。

 

特に意味はなかったがフィーナにとってはそれは“()()()()”に思えた。

 

「でも私は貴方をずっと…裏切って…」

 

「裏切られたくらいで私はへこたれないよ。君は私の大切な部下だ、絶対に見捨てやしないさ」

 

部下…か。

 

やっぱり彼にはそう見えているのだろう。

 

でも初めて純粋に差し伸べられた手をフィーナは掴んだ。

 

ずっと彼女自身気付いていなかったもの、彼が“()()”を与えてくれた。

 

フェルシルやその配下を全て倒し今の自分を変えてくれるのではないかと。

 

彼なら何十年も縛り上げられたこの鎖を解き放ってくれるのではないか。

 

事実ゼファントの到来により運命は大きく変わった。

 

しかし本当に変わったのは彼女自身だ。

 

自分を戦士として育て上げた組織に争う力を持たせる程彼女は強くなった。

 

それがゼファントのせいなのかは分からない。

 

「君はもう1人じゃないよ、フィーナ」

 

ゼファントは涙を流すフィーナに抱きつかれた。

 

こうしてフィーナ・リースレイはゼファントの信頼する副官となった。

 

涙と過去の罪を共に背負って。

 

やっぱり変えてくれる人だった。

 

守ってくれる人だった。

 

彼は約束した、「君の思い描いた未来を守って見せる」と。

 

私は、私が思い描く未来はただ一つ。

 

そう、それはー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今頃少佐はどうなっているか…まあ検討も付くまい」

 

ジュディシアル・フォースの本部でターキン中佐は苦笑気味に笑みを浮かべた。

 

その様子を見つめていた部下の1人である司法将校(Judicial Officer)ヘルハンス・ヴァリンヘルト中尉は不思議そうな表情で彼に尋ねた。

 

「どうしました?ターキン中佐」

 

ヴァリンヘルト中尉の声に気付きターキン中佐は振り返った。

 

「いやなんでもない。さて、行こうか中尉」

 

「はい、全隊上手くやれよ」

 

ヴァリンヘルト中尉は通信機に手を当てながら後ろに控える武装した憲兵隊の歩兵達に目を向けた。

 

アーマーとヘルメットを身につけスタン・モードのブラスター・ライフルを手に持っている。

 

一方のターキン中佐とヴァリンヘルト中尉はブラスター・ピストル一丁と逮捕状だけしか持っていなかった。

 

一行は歩き始める。

 

十数名のジュディシアル・フォースの憲兵達は彼に無言で続き中佐と中尉も不敵な笑みを浮かべ進んだ。

 

()()に引っかかっているだろうな?」

 

ターキン中佐と一行はジュディシアル・フォースの憲兵隊本部の情報室の前で立ち止まり中佐はそうヴァリンヘルト中尉に尋ねた。

 

中尉は小さく頷き答えた。

 

「ええ、とりあえずジュディシアル内にいる()()()()は全員集まってますよ」

 

「結構だ中尉、ではネズミ退治と行こうか」

 

ターキン中佐はハンドサインを出し憲兵達の隊長は指示を受け取り頷いた。

 

武装した憲兵達が強制的に情報室のドアを開けブラスター・ライフルを構えて一斉に室内に突入した。

 

中にいる何人かのジュディシアル・フォースの士官や下士官達は慌てたように憲兵達を見つめ引き攣った顔で冷や汗を流していた。

 

ターキン中佐とヴァリンヘルト中尉がゆっくりと威圧感を与えながら情報室に入る。

 

ヴァリンヘルト中尉の方は他の憲兵達と同じようにブラスター・ピストルを彼らに突きつけていた。

 

「どんな弁明をしようが、もう無駄だぞ。お前達の事は既に掴んでいる」

 

ターキン中佐の言葉により彼らの表情は更に深刻なものとなった。

 

もはや逃げ場がないそう悟った1人の男は引き攣った表情のままホルスターからブラスター・ピストルを引き抜きターキン中佐に向けて発砲しようとした。

 

憲兵達に一瞬緊張が走り直後銃声が聞こえた。

 

バタリと床に倒れる音が聞こえ彼らは更に顔を強張らせ目線を向けた。

 

その目線の先には素早くホルスターからブラスター・ピストルを引き抜き撃ったターキン中佐がいた。

 

先程と変わらない表情のまま彼はブラスター・ピストルをしっかりと握りしめている。

 

ターキン中佐はそのまま憲兵達に命令を出した。

 

「撃て、スタンさせ拘束しろ」

 

憲兵達は命令を受け取り無言の表情のままブラスター・ライフルの引き金を引いた。

 

何発かの青い白いリング状の弾丸が放たれ怯えて震える彼らに直撃した。

 

避ける事すら出来ずリング状の弾丸を喰らった彼らはバタバタと倒れ気絶してしまった。

 

憲兵達は倒れた場所に近寄り1人づつ腕を掴み引き摺り始めた。

 

『中尉、こちら作戦に成功しました』

 

「了解、こっちも成功だ。他はどうだ」

 

ヴァリンヘルト中尉は通信機越しの下士官に尋ねた。

 

『ほぼ全隊が成功です』

 

「よし、全員護送車に連れ込み拘束しろ。誰にも悟られるなよ」

 

『了解!』

 

下士官との通信を切りヴァリンヘルト中尉は直立不動のターキン中佐の下へ寄った。

 

「これで、共和国内に潜むスパイは全員逮捕しましたね」

 

中尉のその問いにターキン中佐は「ああ」と相槌を打ち更に続けた。

 

「連中への反撃の狼煙は既にゼファント少佐が成し遂げた。後は続くのみ、変わり蓑の用意は?」

 

「既に万端です。敵の所在地はともかくこちらの動向を恐らく敵は気づかないでしょう」

 

ヴァリンヘルト中尉の報告にターキン中佐は満足げに頷いた。

 

しかし、中尉の言葉は若干の間違いがあるな。

 

彼は「共和国に潜むスパイは()()逮捕しましたね」と言った。

 

それは間違いだ。

 

スパイが全員捕まったわけではない。

 

後1人、後1人残っている。

 

まあそれも彼次第なのだが。

 

「この戦い、終わりは近いぞ中尉。我らの勝利は目前にある」

 

全ての膿を排除し共和国はもはや万全だ。

 

戦意を込めた笑み浮かべながらターキン中佐はすぐにでも訪れようとする戦いを待ち望んでいた。

 

 

 

つづく

 

 

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