「本当は何歳なのか、教えてくれるつもりはある?」
「それって大きな問題?」
「ううん。でもやっぱり考えちゃうんだもの。未解決の謎ほど、睡眠を妨げるものってないの。」
「言ってもいいけど、動揺するんじゃないかな」
「言ってみてよ」
彼はため息をついてから話し始めた。
「武流さんが病院でぼくを見つけたのは、1678年のことだ。当時ぼくは17歳で、ある伝染病にかかって死にかけていた。かなり前のことだから、あまりよく覚えていないんだ。人間だった頃の記憶は薄れていく。」
少しの間物思いにふけり、先を続ける。
「でも命を救われた時、どんな感じだったのかは覚えている。とても忘れられるようなことじゃないから。」
「あなたのご両親は?」
「同じ病気ですでに亡くなっていて、ぼくは天涯孤独だった。だからこそ、武流さんは選んだんだ。ぼくが失踪しても、誰も気付かない。」
「どうやって救ってくれたの?」
彼は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「滅多にできることじゃないんだ。そもそも自我を保てる鬼すら多くはないし、ましてや血への自制心を抑えられる鬼はほぼ皆無だ。でも武流さんは最も慈悲深く、思いやりに溢れている人だ。歴史を振り返っても、武流さんに匹敵する人物はいない。でもまあ、ぼくにとっては凄まじい痛みでしかなかったけど。」
彼の口元から、これ以上何も言う気がないことがわかった。
「武流さんがぼくを鬼にしたのは、もちろんぼくを助けるためだけど、他にもう一つ理由があった。寂しかったんだよ。」
「寂しかった?」
「大抵の場合、動機はそこにある。ぼくが最初の仲間に、家族になったわけだけど、そのあとすぐに恵美さんが加わった。」
「武流さんの奥さんね。」
「そうだ。彼女は崖から転落して、すぐに病院に運ばれたけど、遺体安置所に放置されていたんだ。心臓はまだ動いていたのに…」
「つまり、死にかけている必要があったわけね。」
「いや、それが武流さんの主義だったんだ。他に選択の余地がある者には絶対に手を出さなかった。」
彼が父親がわりの人物の名前を口にするとき、いつも深い敬意がこもっているのがわかる。
「次に迎えられたのが百合だ。自分に恵美さんがいるように、ぼくにも百合をってね。まあ、そのことに気がついたのはずっと後になってからなんだけど。武流さんはぼくが心を読めるって知った時から、ぼくがそばにいるときは気を遣って物事を考えるようにしているんだよ。」
彼は全く、と言わんばかりに天を仰いだ。
「でも結局、百合が姉以上の存在になることはなかった。それから少しして、百合は徹に会った。狩りの最中に、熊に襲われて瀕死状態だった徹を見つけてね。武流さんの元へ運んだんだ。徹の何かが、百合を突き動かしたんだろう。任務がない時は、2人はいつも一緒にいる。べったりだ。」
武流さん、恵美さん、百合、徹…あと2人いたかな?
「杏と純は?」
「あの2人はかなり珍しい事例だ。人間を喰べることに罪悪感を覚える、いわゆる良心を、誰に教えられることなく身につけた。杏には未来が見える能力があるから、純が自覚していないうちから、彼が自分を探し求めていることに気がついた。そして武流さんの存在も知っていた。だから純と2人で探し当てたんだ。」
「杏と純はなんで鬼になったの?」
「純は…ちょっとぼくから言うのは荷が重すぎる。杏は全く謎だ。彼女は人間だった頃の記憶が一切ない。目覚めたら1人だったらしい。彼女に特別な能力がなくて、いずれぼくたちの家族になれるとわかっていなかったら、あの子はケダモノになってしまっていたかもしれない…」
じっくり聞きたいことも、考えたいこともたくさんあった。でもその時、お腹がぐーぐー鳴ってしまった。
「すまない、夕食をお預けしてしまったね。食事を取る相手とこんなに長いこと一緒にいるってことがなかったから、すっかり忘れてたよ。」
「もっと一緒にいたいのに。聞きたいこともある。」
「いいよ、なんでも聞いて」
「どうしてあなたは他人の考えが読めるの?どうしてあなただけなの?杏は未来が見えるんでしょ、それってどういうこと?」
彼が肩をすくめる気配がした。
「よくわからないんだ。武流さんはある仮説を立ててる。ぼくたちは全員、人間だった頃に持っていた一番強い特性を鬼になった時に引き継ぎ、それが強化されるんじゃないかって。思考力とか、五感と同じようにね。ぼくはもともと周囲の人の考えていることにものすごく敏感だったはずだって言うんだ。杏はどこから来たにせよ、何かしらの予知能力を持っていたはずだって。さらにそれが強化されたのが血鬼術ってわけだ。特殊能力を持つ鬼は約50体に一体と言われてる。」
「武流さんは何を引き継いだの?」
「慈悲の精神だろうね。恵美さんは情熱的な愛情。徹は強靭な肉体。百合は・・・不屈の精神かな、強情とも言えるけど。」
彼は忍び笑いをもらす。
「それから、純はかなり個性的だ。元々の人生でかなりのカリスマ性があったんだろう。周りの人に影響を与えて自分の思い通りの見方をさせることができた。今では周囲の感情を操ることができる。例えば怒った集団を落ち着かせたり、逆にぼんやりした群衆を興奮させたりね。すごく不思議な能力だ。」
そんなことがあり得るの…?
なんとか理解しようと、じっくり考えてみる。
「他にも聞きたいことがある?それとも帰る?」
「あなたへの質問がなくなることなんて当分ないわよ」
「明日があるよ、明後日も、その次だって…」
彼にとってはそうだろう。でもわたしには、時間は有限なものだ。
「そうね、じゃあ今日はあと一つだけ。鬼になって、恋愛的なことで人間とここが違うって感じることはある?」
「ほとんど変わらないと思う。ぼくたちには人間の欲求のほとんどが備わってる。もっと強い欲求の裏に隠されているだけだ。」
すなわち、血への欲求…
「ほとんどの鬼は自我を保つことすら不可能だ。禰 豆子でさえ、自我は薄いだろう?恋愛まで頭が回らないんだよ。ほとんどの鬼は、血への欲求に支配されるから。」
「そう、よね…」
「君の興味の裏には、何か具体的な目的があるのかな」
「そうかなと思ったのは確かよ。あなたとわたしがいつか…」
彼は瞬時に真剣になった。突然動かなくなった。わたしも反射的に凍りつく。
「それは多分…無理だと思う。」
「そこまで近づくのは精神力の限界ってこと?」
「それも確かに問題の一つではある。でもぼくが考えているのは、君はあまりにも繊細で、あまりにも脆いってことだ。一緒にいる時、ぼくは絶えず君を傷つけないように、自分の行動を制限しなきゃならない。ちょっとした手違いで、君の命を容易く奪ってしまいかねないんだよ。」
声は微かな呟きに変わり、氷のように冷たい手のひらがわたしの頬に触れる。
「急ぎ過ぎたり、一瞬でも気を抜いたりしたら、君の顔に触れようと手を伸ばして、うっかり頭蓋骨を粉々にしかねない。君は自分が信じられないほど、壊れやすいと気が付いていない。一緒にいる時に、制御を失うようなことは、どんなことであれ、許されない。」
彼はわたしが何か言うのを待っている。黙っていると、不安になってきたみたいだった。
「怖くなった?」
「ううん、平気」
少し間を置いて答えた。
「でも知りたくなってきたな、君はこれまで…」
思わせぶりに、言葉が途切れる。
「もちろんない」
わたしは今きっと真っ赤だろう。
「他の誰にも、これまでこんな風に感じたことないわ」
彼は少しほっとしたようだった。
「ぼくは他の人間が考えていることがわかるからさ、愛と欲望は必ずしも一致するわけじゃないから一応…」
「ご心配なく、わたしは一致してるわ。いずれにしろ、今のわたしはとにかくそうなの。」
「よかった。ぼくたちに共通点は少なくても、一つはあるわけだ。」
満足げな口調だ。
「というか、あなたはそう言う意味でわたしに魅力を感じてるの?」
彼は声をあげて笑うと、わたしの髪をくしゃくしゃにする。
「ぼくは人間じゃないけど、‘’男‘’ではあるからね。」
彼は安心させるような口調で言った。