鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

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プロセス

長い1日だった。

わたしたち3人はずっと部屋から出ず、杏は宿の人に自分たちでやるから、掃除に人をよこさなくていいと言った。

 

‘’お守り役‘’の二人は、ジリジリとした緊迫感にもわたしよりずっとうまく対応している。わたしがそわそわ行ったり来たりしている側でも、2人はじっとして動かない。でも視線はいつもさりげなくわたしを追っていた。

 

暇つぶしのために寝室に入った。暗闇の中に一人でいれば、意識の片隅を漂っている恐ろしい不安にどっぷり浸れるんじゃないかと思ったから。それに居間にいると、純に注意深く抑え込まれてしまうからだ。

 

でも杏はさりげなく後をついてきた。まるで自分もちょうど居間にいるのに飽きてしまったとでも言うように。

 

司は杏に何か言ったのかな、一瞬たりともわたしのそばを離れるな、とか?

 

「ねえ杏、みんなは無事だって、本当にそう思ってる?」

「何回言えばわかってもらえるの澪。私たちは危険とは無縁なのよ。」

「わたしには本当のことを教えてくれる?」

「もちろん。いつだって。」

「それじゃ教えて、鬼にはどうやって‘’なる"の?」

 

杏は不意を突かれて黙り込んだ。複雑そうな顔をしている。

 

「聞かれても喋るなって、司に言われてる」

「んー。でもわたしには聞く権利があると思うんだけど。」

「そうよね。きっとこっぴどく怒られるけど」

「司には関係ない。これはわたしとあなたの間のことよ。友達として頼んでるの。」

 

今ではわたしたちは友達だ。きっとこうなると、杏はずっと前からわかっていたに違いない。

 

「仕組みは教えられるけど、わたしは自分でも覚えてないから、実体験は話せない。だから教えられるのはあくまで理論だってことを肝に銘じておいてね。」

 

わたしはうなずいて、続きを待った。

 

「わたしたちは‘’捕食動物‘’だから、肉体に有り余るほどの武器が備わってる。実際に必要な範囲を大きく超えてね。力、俊敏性、鋭い感覚。もちろん、わたしや司や純にはそれ以外の‘’能力‘’もある。それから、食中植物みたいに外見でも獲物を惹きつけるの。」

 

そうだ。まさに同じ意味のことを、司はあの草原でわたしに見せつけた。

 

「そして普通は必要のない武器がもう一つある。私たちの血には、‘’毒‘’があるの。」

 

杏の歯がきらりと光った。でも、人間のわたしと比べても特に長いわけでもなく、全然変わらない。

 

「毒に100%の致死性はない。だから鬼に襲われて鬼になってしまう人と、死んでしまう人が分かれるの。"毒‘’は血流を通して広がって、じわじわ効いていく。一旦鬼の血が混入したら、あまりの激痛に逃げられなくなる。」

「じゃあ、その毒が体内をめぐり続けると…」

「完全に変身するまでには2、3日かかる。体が強い人ほど、時間がかかるものみたい。どの程度の量の血が、毒が入ったか、どのくらい心臓に近い場所だったかにもよるけど。心臓が止まらない限り、毒は広がり続け、肉体を修復しながら変化させていく。それが終わるまで、その人は1秒1秒死を願うのよ。それくらいの激痛なの。やがて心臓が止まり、完了するってわけ。」

 

わたしは身震いした。

やっぱり聞かなきゃよかったかも。想像するだけで恐ろしい。

 

「ゾッとするでしょ」

「滅多にできることじゃないって司が言ってたけど、あの時はその意味がよくわからなかったの。でも今の話を聞いたら、よくわかったわ。」

「ある意味、私たちはサメにも似てる。一旦血を味わったら…もっと言えば、匂いを嗅ぎつけただけでも…欲望を抑えるのはかなり難しくなるし、時には不可能だったりする。相手に牙を突き立てて血を味わった途端、極度の興奮状態に陥るから。途中でやめるのはほぼ不可能。武流さんが司、恵美さん、百合、それに徹を鬼にした時、どれだけ葛藤していたか、想像もつかないわ。」

「どうして杏は覚えてないの?」

「わからない。他のみんなには、変身の苦しみが人間だった頃の一番鮮明な記憶なのに。わたしはその頃の記憶がまるでないの。変な話よね…」

 

切なげな口調だった。

しかし次の瞬間、杏はなんの前触れもなくすっと立ち上がった。

 

「何か変更が、あったみたい…」

 

杏は切羽詰まった口調で言った。襖を開けると、純と鉢合わせした。私たちの会話も今の杏の言葉もちゃんと聞いていたに違いない。純は杏の両肩に手を添えて、座椅子に座らせた。

 

「何が見える?」

 

杏の視線は遥か遠くの何かを捉えている。わたしは隣に座って、小声の素早い会話に耳を傾けた。

 

「部屋が見える。細長くて、大きい鏡がある。あいつがいる。」

 

杏は手にした鉛筆で、紙に部屋を描いていく。

 

「じゃあそこに向かってるのね?舞踊教室に。」

 

杏と純がパッと顔を上げてわたしを見た。

 

「ここがどこかわかるのか?」

「多分だけど…小さい頃通ってた、日本舞踊の教室にそっくりなの。でも、一体どういうこと?」

「追跡者の計画に、なんらかの変更があったってことだ。この部屋に繋がる、なんらかの決断をしたんだ。」

「これでみんながあいつを追い詰めることはなくなったわ。あいつはみんなをまいて、この部屋に来る。」

 

杏は弱々しい口調で言った。

 

そこで電話が鳴った。

 

「もしもし」

『澪』

「司!ものすごく心配してたんだから!」

『澪、自分のことだけを心配しろと言ったはずだろ。』

 

彼の声を聞いてとてつもなくホッとした。

 

『すまない。あいつを見失った。どうやら怪しまれたようだ。用心深く距離を置かれていたから、考えていることが読めなかったんだ。今はもう姿を消してしまった。』

「知ってる。杏が予知したの。」

『でも心配しなくていい。君はそこでじっとして、僕たちがあいつを見つけるまで待つんだ。いいね?』

「会いたい」

『わかってる。僕も同じだ。まるで身体を半分持っていかれたみたいだよ。』

「それなら取り返しに来て。」

『すぐに行くよ。できる限り早く。でも君の安全を確保するのが先だ。こんな目に遭わせて信じてもらえないかもしれないけど、愛してる。』

「信じてるわ。」

 

電話が切れた途端、絶望感がまた襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、わたしたちのもとへ1本の電話がかかってきた。杏がわたしに受話器を渡す。

 

「蝶屋敷の子達からよ」

『澪さん?澪さんですか!?』

 

なほの声だ。ちょっとパニック気味みたい。蝶屋敷でも重傷患者が運ばれてくるとしょっちゅうこんな声を出していた。

 

「落ち着いてなほ。わたしは大丈夫だから。戻ったらちゃんと全部説明するから。みんなを避難させることになっちゃって、本当にごめんね。」

 

わたしに繋がるものは全て危険と考え、蝶屋敷のみんなも藤の家紋の家に避難してもらっている。ちょうど入院患者がいなくて本当に助かった。

 

なほは何も言わない。

おかしいと思っていた次の瞬間、わたしは凍りついた。

 

『こっちが指示するまで、何も言わないように気をつけてくれ。』

 

人当たりがいい印象だけど、特徴がない。無機質な感じ。

 

『いいか、何もこの子達を傷つけたいわけじゃない。だから、こっちの指示通りにしてくれないか?そうすれば、この子達は無事だ。』

 

この子「たち」…なほだけじゃなくて、すみときよも…?!

っていうか、なんでここにいることを、ここの番号を知ってるわけ…?!

 

恐怖のあまり黙って聞いていると、相手は言葉を切った。

 

『あんた今一人じゃないよな?じゃあ俺の言葉を繰り返してくれ。『だめよなほ、そっちにいて』』

「だめよなほ、そっちにいて…」

 

やっとのことで声を絞り出した。わたしの声を聞いた骸は、完全に面白がっている。

 

『これはちょっと手こずりそうだな』

 

そりゃそうだ。わたしは超がつくほど、隠し事が苦手なのだから。演技などうまくできるわけがない。

 

『お友達に表情を見破られて、何もかもおじゃんにしないように、他の部屋に移ったらどうだ?移動しながら言え、『なほ、お願いだから話を聞いて。』』

 

わたしは言われた通りそのまましゃべった。杏の心配そうな視線を背中に感じながら、のろのろと寝室に向かって襖を閉めた。

 

『さあ、しっかり聞いてもらおう。君にはお友達をまいてもらいたい。できるか?はいかいいえで答えろ。』

「いいえ。」

 

できるわけがない。予知能力と感情を操る能力を持つ2人がいるのだから。

 

『それは残念だ。君はもう少し機転がきくかと思ったが。質問を変えよう。この少女たちの命がかかっているなら、お友達をまくことはできるか?』

「!!…はい。」

『そうだ、その方がいい。すんなりとはいかないだろうが、君の仲間がそばにいる気配がほんのわずかでもあったら、この子達はかなりまずいことになるからな。』

「どこに行けばいいの」

 

電話越しに奴が笑ったのがわかった。

 

『日本舞踊の教室。君が昔通ってたところだ。じゃあなお嬢さん。再会を楽しみにしてる。』

 

ぼうっと突っ立っている場合じゃない。頭を働かせなければ。なんとか落ち着こうとする間にも、刻々と時間は過ぎていく。

 

これからわたしがどうなるかはともかく、とりあえず杏と純から逃げることが絶対条件だ。

 

純がこの場にいなくて、本当に良かったと思った。もしここにいたら、電話をとってわたしが怯えて思い悩んでいたことに気づいてしまったはずだ。なんとかして怪しまれないようにしないと…

 

あの部屋に行って、わたしは死ぬ。

 

その前に、一つ、やることがあった。気持ちの整理だ。わたしは司にもう二度と会えない。最後に一目だけでも会って、死ににいくことも許されない。

 

怪しまれるなと言われたけど、わたしの絶望的なまでの演技力の無さを知らないからそんなこと言えるのよ、と悪態をついた。結局、虚な表情をするのが精一杯だった。

 

杏が心配してこっちをうかがっていたけど、質問される前に口火を切った。

 

「なほたちが心配して会いにくるって言ってきたんだけど、大丈夫。カナヲやしのぶ様たちといるように説得したから。」

「そう…」

 

わたしは杏に背を向けた。とても顔を見せられない。

ふと、机に置かれている紙と鉛筆に目が止まった。これなら…

 

寝室に戻って、床に這いつくばりながら手紙を書いた。手が震えて、ほとんど読めないような字になってしまった。

 

司へ

愛してる。本当にごめんなさい。なほたちを人質に取られたみたいなの。わたしはやってみるしかない。うまくいかないかもしれないのはわかってる。本当に本当にごめんなさい。

 

杏と純を怒らないでね。わたしがあの2人から逃げることができたなら、それは奇跡だもの。2人にありがとうって伝えて。

 

そしてお願いだから、どうかあいつを追わないでください。それがあいつの狙いだから。わたしのせいで誰かが傷つくなんて耐えられない。それがあなたならなおさらよ。お願いします。今のわたしが願えるのはそれだけ。どうかわたしのためだと思って。

愛してます。許してください。

 

 

 

 

いつかこれが司に渡って、読んでくれることを祈るしかない。それからわたしは自分の心にきっちり封をした。

 

 

 

 

 

 

 

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