薄れていく意識の中で、わたしは夢を見ているような感じがした。ゆらゆらただよっている暗い海の中にいて、わたしは沈んでいく。何か音がするけど、ワーンというぼやけた音しか聞こえない。
でも次の瞬間、手に鋭い痛みが走った。まだわたしを痛めつけるつもりなの?
お願い、さっさと終わらせて・・・
その時だった。誰かが走って来る音が聞こえた。それはわたしを襲っている鬼に突進して、突き飛ばした。
わたしは呆気に取られていたけど、その正体をはっきりと認識した瞬間、朦朧としていた意識が一瞬だけはっきりとした。
彼だ。みんな来たのかと思ったら、彼、司だけだった。
司の姿を見た骸は、口角を上げた。興奮しているようだ。
「やっと来たか。見た感じ、まだお前だけか。お前は瞬足だからな。でも…」
そこまで言うと、骸は司を壁に押し付け、首を絞めた。
「弱い。お前らは人間を食わないからな。俺には敵わないぞ。」
「お前を殺すだけの力はある。」
そう言うと、司は骸を突き飛ばして、わたしを抱えた。
「遅れてすまない」
司はわたしを抱えて逃げようとするけど、骸はそれを許さない。わたしはゴロゴロと床を転がった。
部屋の中で司と骸がす凄まじい戦いを繰り広げていることも耳に入ってこないくらいの激痛が、わたしを支配する。
もがき苦しんでいると、他のみんなが来たみたいだ。
「…かさ、司!もういい!」
骸の首を絞めている司を、武流さんが掴んだ。
「自分を見失うな。バケモノにはなるな。こいつはみんなが始末する。君は澪についていてあげなさい。」
わたしの名前が出たからか、彼の灰色の瞳からゆっくりとだけど、殺意が消えていく。
「澪、澪!わたしよ、わかる?!」
かろうじて杏の声だと言うことは分かったけど、返事ができない。
「武流さん!来て!!」
杏の声を聞いて、司と武流さんが駆け寄ってくる。
その一方で、徹と純、そして百合が骸を捕まえていた。
頭の一点が締め付けられるようにズキズキする。でも、別の痛みの方がもっと強烈だった。手だ。わたしは喘ぎながら泣き叫んだ。
「出血しているが、頭の傷はそんなに深くない。脚に気をつけて、骨折している。」
脇腹にも痛みが走った。
「肋骨も何本かやられてる」
でも頭の傷も肋骨のヒビも、手の痛みに比べたらなんてことない。やけつくような痛みが、他の全てを押し流していく。
「つか…さ…」
「澪、大丈夫だよ。聞こえるかい?愛してる。」
「痛い」
「わかってる。」
「手が、痛い…!燃えてる!」
みんなには見えないの?わたしの手が燃えてる!早く消して!
「武流さん、手を見てやってくれ!」
「あいつに、噛まれたんだ…」
いつも冷静沈着な武流さんの口調から、落ち着きが消えた。恐怖に凍りついた声だった。
「司!」
すぐそばで、杏の声がした。
「時間がないわ、澪が鬼になるのが見える。早くしないと…!」
「まだ可能性はある。」
武流さんが言った。
「噛まれた傷口から混入した鬼の毒を吸い出せれば…」
「ぼくには…できるか、自信がない…」
「できなければ彼女は鬼になってしまう。鬼になった鬼殺隊員は粛清対象だ。やるしかない。」
鬼にはなりたくない。わたしは鬼殺隊員だ。死ぬなら人間として死にたい。
鬼になって血への欲望に耐えられなくなり、誰かを殺すことになるなど絶対にごめんだ。
「澪、今からぼくが楽にしてあげるからね。」
そう言うと、司はわたしの手首を口に咥えて、血を吸い出した。
彼の目を見ると、欲望と必死に戦っているようだったけど、骸とか他の鬼みたいに、ぎらついてはなかった。すごく悲しそう。
身体から少しずつ血が失われていく。もともとかなりの量を失血していたため、どんどんわたしの意識は遠くなっていった。
かろうじて、武流さんの声が聞き取れた。
「司、司!もうだめだ、これ以上は死んでしまう!毒は吸い出せた。離しなさい。君ならできる!」
そうよ、あなたはわたしの血を飲んでも、欲望に負けたりしない。わたしを殺さない。わたしを救ってくれる。
あなたなら…
それを最後に、わたしは完全に意識を失った。