鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

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親子の形

 

ただ1人冷静さを失わなかったのは、武流さんだった。

 

「徹と百合、純を外へ連れて行きなさい」

 

落ち着いた威厳のある口調に、数世紀に渡る医師としての経験がはっきり滲み出ていた。

 

この時ばかりは流石の徹も神妙な顔で頷いた。徹に押さえ込まれ、純は抵抗しようと身をよじらせて歯をむき出しにする。目から理性は消えたままだ。

 

恵美さんは片手で鼻と口を押さえていた。

 

「ごめんなさいね、澪」

 

と言って、顔には恥ずかしさを滲ませながら、部屋から出て行った。そうか、この部屋はわたしの血の匂いが充満しているから辛いんだ…

 

「澪、病院か蝶屋敷まで連れて行こうか。ここでわたしが処置してもいいが」

「ここでお願いします」

 

と囁いた。

蝶屋敷のみんなに知られたら、大騒ぎになる。

 

「あなたも外に行って」

 

司に言うけど、彼は頑なにここにいると言い張った。

 

「無理しないで、ここは武流さんに任せて。新鮮な空気を吸ってきてよ」

「そばについてる」

「どうしてそうやって自分をいじめるのかな」

 

頑なな彼に、思わずつぶやいた。

わざわざ"自分専用のヘロイン"が充満している部屋にいることなんてない。

 

そこで武流さんも仲裁に入る。

 

「司、あまり遠くへ行かないうちに、純を見つけてやった方がいい。きっと自分で自分を許せずにいる。」

「そうよ。純のところへ行ってあげて。」

 

力を込めて賛成する。そのほうが役に立てると、杏も説得してくれた。

 

3人かかりで説得され、司は不機嫌そうにすっと目を細めたが、最後にはこくりと頷き、部屋から出て行った。

 

腕の感覚がどんどん麻痺していく。突き刺すような痛みは消えたけど、あの深い傷のイメージが頭に浮かんでくる。武流さんの手元から意識を逸らそうと、顔に注目してみた。司に負けず劣らずの、とんでもなく整った顔が見える。

 

「こんなわたしでも、部屋を空っぽにするくらいはできてよかったです」

「君が悪いわけじゃない。」

 

本当にすごい人だ。武流さんはリラックスしていて、冷静そのもの。他のみんなの反応とは正反対だ。正確に傷の処置を進めていく。わたしの二の腕の傷口から、刺さった花瓶の破片を取り出していく。

 

「あの、どうして平気なんですか?みんな辛そうだったのに」

 

他のみんなだって、武流さんと同じように人間を喰らっていない。それでも強烈な誘惑に苛まれずに、わたしの血の匂いに耐えられるのは武流さんだけだ。はたからみるより、ずっと大変なことに違いない。

 

「長年積み重ねてきた経験かな。わたしはもう血の匂いを意識することはほとんどないんだ。」

「仕事のどこが楽しいんですか?」  

 

わからない。長年の苦悩と禁欲によってようやく誘惑をやり過ごせるようになったのに、わざわざ血の誘惑が多い医者という職業についているなんて。

 

「そうだな、一番嬉しいのは、自分の特別な能力のお陰で、ともすれば失われてしまったはずの命を救えることかな。わたしがこの世に存在していることで、誰かの人生がより良いものになる。そう思えるのは幸せなことだ。」

 

武流さんは破片が残っていないか傷口を確認すると、新しい器具を取り出す。

 

「凄まじい努力をして償おうとなさってるんですね、自分の罪じゃないのに。望んで鬼になったんじゃないのに、そこまで身を削らなくても」

「償いというのはどうだろう」

 

武流さんは軽く反対した。

 

「与えられたものをどう使うか、自分で判断しなければならなかっただけだからね。人生というのはそういうものだ。」

「司のこともですか」

 

わたしの言葉に、武流さんは一瞬手を止めた。

 

「…わたしに決心させたのは、司の母親だった。」

「彼の…お母さん?」

「そう。司の父親と一緒に病院に運ばれてきた。父親の意識は戻らず、疫病の流行初期に亡くなった。だが彼女はかなり最後まで意識がはっきりしていた。彼は母親に生き写しだ。彼女も不思議な赤銅色の髪をしていた。」

 

武流さんの瞳は今、数百年前の彼方を見ている。わたしも想像してみた。

司のお母さん…生き写しってことは、相当な美人だったんだろうな。

 

司は自分の過去のことを詳しく話さないから、武流さんの話は正直とても興味がある。

 

 

「彼女は息子をひどく心配していた。病気の身で息子の看病をしようとして、寿命を縮めてしまったようなものだ。わたしは死ぬなら司の方が先だと思っていた。母親よりずっと容態が悪かったからね。しかし彼女に最後の時が訪れると、あっという間だった。ちょうど日が落ちたところで、わたしは病院に着いたばかりだった。日中働き通しだった医師たちと交代するためにね。当時は人間のふりをするのが辛かった。仕事は山積みだし、わたしは休息を取る必要はない。いやでたまらなかった。大勢が命を落としているのに、家へ戻り、睡眠を取るふりをしなければならないなんて…

 

夜勤についてすぐに、わたしはすぐに彼女と司の様子を確認した。いつしか気になる存在になっていてね。彼女の容態が悪化したことにはすぐに気がついた。高熱は下がらず、体力も尽きかけていた。それでも意識はかなりしっかりしていた。彼女は寝台からわたしを見上げて言ったんだ。『あの子を救って!』と。わたしは彼女の手を取り、できる限りのことはすると言った。高熱で、わたしの手が不自然なほど冷たいことには気がつかなかったんだろう。彼女はわたしの手を強く握り返して、『約束して。他の人にはできないことを、わたしの息子にしてやって!』とね。

 

ぎくっとした。あの見透かすような瞳を向けられ、一瞬のうちに正体がバレたと悟った。そこで彼女は意識を失い、わたしに望みを託して、1時間余りで亡くなった。

 

共に生きる仲間を作る。わたしはその想いを何十年もあたためていた。仮の姿ではなく、本当のわたしを知る相手を1人でいいからとね。だが、どうしても自分を納得させられずにいた。自分がされたことを、他人にしても構わないと思えなくてね。目の前では司が横たわり、死にかけていた。もって数時間だと思った。傍にいる母親の顔は亡くなってもなお、どこか安らぎにかけていた。」

 

武流さんは全てを思い出している。

 

わたしの頭の中にも、当時の情景がはっきりとイメージできた。病院に広がる絶望感、圧倒的な死の空気。司は熱にうなされて、命の灯火は燃え尽きる寸前。わたしは身震いして、そのイメージを振り払う。

 

「彼女の言葉が頭の中に響いてきた。わたしにできることが、なぜわかったのか…司の方に視線を移すと、病床にあっても美しく、その顔にはどこか純粋で善良なところがあった。これが息子だったらと思うような…

 

わたしはその場の勢いで行動した。司はもう助からないと思われて、そばには誰もいなかったから、そっと家に連れて帰った。

 

手順が分からなかったから、自分が受けた傷を再現してみるしかなかった。後で申し訳なく思ったよ。必要以上の苦痛を長く与えてしまったからね。でも、後悔はない。司を救ったことを悔やんだことは一度たりともない。」

 

武流さんは首を振って現実に戻ると、わたしに微笑みかけ、傷口を確認して、包帯を巻いた。

 

「さあ、終わったよ。」

「送っていく。」

 

手当が終わるのを待ち構えていたように、司が現れた。

 

「着替えが必要だな。その服を着て帰ったら、蝶屋敷の子たちが卒倒するだろう。杏に何か用意させる。」

 

そういうとまた、スタスタと出て行ってしまった。

 

「動揺してるみたい。」

「そうだね。今晩のような出来事を、司は何よりも恐れていたんだ。私たちの存在が君を危険に晒すことを」

「彼のせいじゃないのに」

「だが君のせいでもない。」

 

武流さんの思慮深い美しい目からわたしは目を逸らした。自分のせいじゃないなんてとても思えないから。

 

顔を上げると、恵美さんが戻ってきていて、わたしが転んだところを掃除していた。強烈な消毒液の匂いがする。

 

「あ、わたしやります…!」

「いいのよ、もう終わったわ。具合はどう?」

「平気です。武流さんは今までのどのお医者さんより、手際良く縫って下さったから」

 

少しでも安心させたくて、そう言った。武流さんと恵美さんはおかしそうに笑う。

 

杏が着物を貸してくれた。杏からの誕生日の贈り物と言えば、着ているものが変わっていても、蝶屋敷の子たちからも不審に思われないだろう。腕の白い包帯もそれほど深刻そうには見えないし、着物で隠れているから大丈夫だ。わたしにとって転んだりぶつけたりは日常茶飯事だから、驚かれない。

 

「ねえ杏、純は?大丈夫なの?」

「ひどい自己嫌悪に陥ってる。血への渇望を抑えるのは、純にとっては凄まじい試練なの。それにあの人、負けず嫌いだから。」

「純は悪くない。わたしは全然怒ってないって、伝えてくれる?」

「もちろんよ。気をつけて帰ってね。贈り物を忘れないで。」

 

 

 

 

 

外に出ると、司が待っていた。しばらく無言で歩いていたけど耐えられなくなって、話しかけた。

 

「ねえ、何か言って」

「なんて言って欲しいの」

「わたしのこと、許すって言って」

 

無表情だった彼の顔に一瞬、感情が浮かんだ。一瞬の怒りが。

 

「君を許す?君が何をした?」

「わたしがもっと注意してたら、何も起こらなかったはずだもの。」

「澪、君は紙で指を切っただけだ。それで‘’死刑‘’にされるいわれはない」

「でもわたしが悪いのよ」

 

その言葉をきっかけに、彼は堰を切ったように話し始めた。

 

「君が悪いだって?もし蝶屋敷のみんなや、鬼殺隊に入らずに、普通の友達と遊んでたらどうなってた?最悪でもたかが知れてる。絆創膏が見つからないくらいだ。そばについている間ずっと、君を殺したいという衝動と闘うこともない。玲、今晩のことで自分を責めたりしないでくれ。そんなことされたら、僕はますます自分が憎くなる。」

 

全く…せっかくの誕生日の夜を取りなす方法ってないわけ?

 

結局何も思いつかなくて、蝶屋敷の前まで来てしまった。彼と離れたくなくて、無意識のうちに顔を顰めてしまう。

 

「傷が痛む?」

 

彼が心配そうに聞く。

 

「ううん、大丈夫。改めて、今日はありがとう。」

「どういたしまして。」

 

ちょっと沈黙が流れた。

 

「何を考えてるの?」

たまらなくなって聞いてみた。

 

「善と悪について」

 

どういう意味?自分がわたしと一緒にいるのは悪いことだってことだろうか。でも、誕生日くらいそんなこと考えたくない。

 

「まだ誕生日は終わってないわ、だからキスして」

「祝われるのは嫌いなんじゃなかった?」

「嫌なら無理にしなくていいわ」

 

彼は声をあげて笑った。

 

「ぼくが望まないことをするなんて、そんなはずないだろ」

 

そう言うと、わたしに優しくキスをした。彼は慎重そのもので、ちょっとだけ物足りなかった。

 

「おやすみ。いい夢を。」

 

色んな意味で、長い1日だった。こうして終わりを迎えても、安堵感はない。でもそんな気持ちとの闘いに負けて、わたしは眠りに落ちた。

 

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