炭治郎、善逸、伊之助の3人と非番の日が重なり、ようやくバイクに乗れる日がやってきた。
「俺様が先に乗るぜ!!ついてきやがれ子分ども!」
伊之助は我先にとバイクに乗り、何もわからないにもかかわらずいきなりアクセルを押して、善逸にめちゃくちゃ怒られていた。
「お前、今こっちに走って突っ込んでくるところだったぞ、俺たちを殺す気?!」
「知るかそんなこと!いいからさっさと教えろ!」
とりあえず一通りの操作方法を教えると、スピードを出し過ぎるなという言葉を無視して、伊之助はものすごいスピードで走り始めた。
「うおーーー!すげェ、速ェーーー!来てみろ紋逸!」
「追いつけるかこの馬鹿!戻ってこいって!」
爆走する伊之助を、善逸が必死に止めようとするが、伊之助はほとんど聞いていないようだ。
伊之助は山育ちだ。機械類はどれも目新しいものなのだろう。
「善逸って、意外と面倒見いいわよね。」
「たしかに。女の子に対して余計なこと言わなければモテそうなのに、もったいないよなぁ。」
そんな2人を、わたしと炭治郎はほとんど他人事のように少し離れて見ていた。
「今度は澪の番だよ。準備はいい?」
「正直、全然。でも…やるわ。」
「うわ、すごく重いのね」
ハンドルをつかみ、なんとか真っ直ぐに保つのが精一杯だ。
「走ってる時は平気だよ。じゃあ確認ね、クラッチはどれ?ブレーキは?」
炭治郎が覚えが悪いわたしに丁寧に教えてくれて、確認もしてくれた。
「よし、じゃああとは走らせるだけだよ。」
「澪ちゃん、がんばれ〜」
「ちゃんと俺様みたいにやるんだぞ子分!」
緊張がピークに達して、胃が妙な感じにねじれて声が出ない。不安でたまらない。怖がることはないと自分に言い聞かせる。
だって、既に起こりうる最悪の事態は切り抜けてきてるから。
舗装されていない道を見通した。左右は鬱蒼とした木立てに仕切られて、地面は湿ってる。ぬかるみよりはマシだけど、初心者にうってつけという道ではなさそう。
さあ走り出そうと指の力を抜き始めたところで、ぎょっとした。邪魔が入ったのだ。
しかも、声の主は炭治郎でも善逸でも伊之助でもなかった。
『こんな無茶で子供っぽい真似を!どういうつもりなんだ、澪!』
甘い声が怒りをあらわにする。
「はっ…!?」
手がクラッチから滑り落ちていく。バイクはガタガタと揺れて、地面に倒れた。
「澪、大丈夫?」
炭治郎が話しかけてきたけど、わたしはほとんど聞いていなかった。
『だから言っただろ』
完璧な声が囁く。
「澪?」
「大丈夫よ、もう一度やってみる」
炭治郎に肩を揺すられて、ようやくわたしは我に返り、座席に座り直した。
『命を捨てるつもりか。これはそういうことなのか?』
厳しい口調だ。まだ幻聴が聞こえる。でも無視した。
『蝶屋敷に帰るんだ、しのぶやアオイのところへ。』
なんて美しい声なの。感動すらしてしまう。どれほどの代償を払おうと、これを記憶から消すことはできないだろう。
命令に反して、わたしはスピードを上げた。
『澪、よすんだ!今ならまだ間に合う!』
「あ」
ふと気を取られて、道がゆるやかに曲がっているのに気がつく。でももう遅かった。バイクはまだ直進してる。曲がり方がわからない。ブレーキを押すのも忘れて、わたしはバイクから投げ出された。
「…い!…じょうぶか?!」
炭治郎らしき声が聞こえる。
目眩がして、訳がわからない。でも…
「澪、聞こえる?大丈夫?!」
「…すごいわ。」
思わず呟いた。
すぐに善逸と伊之助も駆け寄って来た。
「澪ちゃん!血が出てるよ!」
「子分生きてるか?!」
「最高の気分よ…!もう一回やる」
それを聞いて、3人ともぎょっとした顔でわたしを見る。こいつ正気かって感じで。
「何を言ってるんだ、早く手当てしないと!すぐに蝶屋敷に戻ろう」
「そうだよ澪ちゃん、おでこがぱっくり切れてるよ、血も随分出てるし」
パッと手を額に当てた。善逸の言う通りだ、ぬるぬるしてる。
そこで炭治郎が布を手渡してくれた。
「とりあえずこれで傷口を押さえておいて。歩ける?」
「大丈夫だって、蝶屋敷に戻らなくても…せっかくの非番の日なのよ、まだ続けたいわ」
頭がちょっとズキズキするけど、そんなに酷い怪我じゃないはずだ。しかし、炭治郎は顔を顰めながら言った。
「澪、それ多分縫わなきゃダメだと思うよ。ちゃんとしのぶさんに手当てしてもらおう。」
その後、嫌だと、帰りたくないと駄々をこねるわたしは"親分"の伊之助に半ば引きずられるようにして蝶屋敷まで連行された。
出迎えたアオイは、わたしのおでこを見るなり顔面蒼白になり、「しのぶ様ーーー!」と叫びながら屋敷の中に消えた。
「はい、これでひとまずは大丈夫でしょう。」
結論、額の傷を閉じるには7針縫わなければならなかった。あまり痛くなかったのはアドレナリンのせいだったみたい。
「さて、何か申し開きはありますか?」
顔を上げると、ゾッとするような笑みを浮かべたしのぶ様がわたしを見ていた。
「えっと…申し開きもなにも。同期のみんなとバイクに乗りに行って、たまたまちょっと怪我をしました。それだけです。」
「そうですか、たまたま、ね。」
しのぶ様は完全に疑っている。こいつ絶対にわざとやっただろうって言いたそう。
でも事実、わざとではない。
わざとではないが、危険な目に遭えば、彼の声を聞けると思ったのは確かだ。
「わたしがドジなことはよくご存知でしょう?わたしにとって、怪我なんて日常茶飯事ですよ。あなたから任務や鍛錬以外のことをやれと言われて、そうした。それでたまたま怪我を負った。それだけのことです。」
しのぶ様はまだ納得していないような顔だったけど、静かに頷いた。
「そうですか。でもほどほどにしてくださいよ、少なくとも7針縫うのは"ちょっとした怪我"ではありません。」
「はい。」
その夜は辛かった。胸にはまたぽっかりと穴が開く。
バイクの修理が終わったことで、炭治郎たちと会うことも少なくなるだろうから。それは素直に寂しい。
でも、わたしには既に今後の計画があった。さらなる幻聴に期待を繋いでいる。お陰で少し気が紛れた。
計画のヒントを得たのは、数日前のことだった。
いつものように、任務に行った時。途中にとても高い崖があった。
ふと崖の方を見ると、15歳前後くらいの青年が1人、飛び降りたのが見えた。
「えっ…?!やだ、うそ…!!」
間に合わないとわかっていても、思わず駆け出す。
「だ、誰かお医者様を…!!」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
慌てふためくわたしに声をかけてきたのは、8歳くらいの、その地元の男の子だった。
「大丈夫って、飛び降りたよね?!」
「下は海だから大丈夫なんだ。遊びの一種だよ。"くりふだいびんぐ"って言うらしい。ぼくや友達はもう少し低いところから飛び込むんだけど、年上のお兄ちゃんたちは一番高いところから飛ぶんだ。自分がどれだけ勇敢か、女の子たちに見せたいんだってさ。」
「そう…無事なら、いいけど…」
額からの流血で、あれだけはっきりと幻聴が聞こえた。
あの崖に行けば、もっと…
少しでも彼を、司を感じられるなら、どんなに危険な目に遭ってもいい。なんだってやってやる。