ここからが夢だと分かって見ている夢はない。目が覚めて初めておかしいと気がつく。夢を見ている間は、夢の中がその人にとっての現実なのだ。
映画、インセプションより
「おはよう澪!」
「おはよー」
「今日も寒いね〜」
クラスのみんなとありきたりな挨拶を交わす。
毎日の、当たり前の光景。しかし、次の瞬間、わたしの視線は左隣に釘付けになった。
「おはよう」
このたった一言の破壊力。間違いない。この声の主は…
「どうしたの?寝坊でもした?相変わらずだな君は。」
相変わらず神々しい。永遠の17歳。
たった一つ違うのは、太陽を浴びても煌めかない肌。
「あなたも相変わらずね。」
彼は声を上げて笑った。笑い声も魅力的だ。
「なんか不思議な気分だわ。あなたと並んで、授業受けるなんて…」
「不思議?毎日受けてるのに。どうしたんだ?また本の読みすぎで、夜更かしでもしたの?」
その時、先生が入ってきた。
「教科書忘れてなければいいけど。もしそうなら貸すよ」
彼はそう言ってウインクした。わたしの顔は
一瞬で真っ赤になる。
幸か不幸か、教科書は忘れてなかった。
「あら、おかえりなさい澪。」
おかしいと思いながらも、家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。いつもの光景なはずなのに、なぜか胸がいっぱいになった。
「ちょっとどうしたの、何かあったの?!」
「ううん、何も、ない…」
「じゃあどうして泣いてるの?」
「えっ…?」
指摘されて初めて、自分が泣いていることに気がついた。
「おかしいな、ほんと、なんでもないのに」
「きっと疲れてるのよ。それか何かイライラすることでもあった?あなた感情が涙腺に繋がってるから、怒ると泣くじゃない」
そうだったと苦笑いしてしまう。お母さんの声は毎日聞いているはずだ。なのに、どうして懐かしさなんか感じるんだろう…
「あれ、お父さんは?」
「畑を見に行ってるわ。もう少ししたら戻ると思う。」
「そう…」
何かがおかしい。
わかってはいるけど、なぜだかその違和感を認めたくない。認めたら、その何気ない幸せが一瞬で消え去ってしまうような、そんな気がした。
『なんでなの?!さっきからやたら攻撃される!』
一方その頃、澪の夢に入っていた少女は、困惑していた。
夢の中に入ったはいいが、通行人が通りがかりに斬りかかってきたり、どこからともなく突然熊が現れて襲ってきたり、突然銃撃されたりした。
夢の中で死ねば目が覚めてしまうため、少女は何回も死んでは目覚め、また夢に入るということをしなくてはならなかった。
さらに。
『どうして…!?』
何度も死にかけてようやく夢の端まで到達したものの、厭夢から渡された錐を使っても、バリアが破れない。弾かれてしまうのだ。
こうなると、精神の核を破壊する以前の問題だ。核は無意識の領域の中にある。その中に入れなければ何もできない。
破壊できる可能性があるとしたら、今よりも深い意識に行くことだ。
こうして澪は落ちていく。今よりも深いところ、つまり夢の中の夢へ。
「さて、そろそろご飯にしようか」
またものすごく魅力的な声がして、わたしは反射的に振り返る。
「…?ご飯?」
「あぁ、お腹すいただろう?この子も待ってたんだよ、君が洗濯から戻ってくるのをね。お昼ご飯にしよう。」
目の前には少し大人っぽくなった司と、見知らぬ女の子がいた。
司は永遠に歳を取らない。永遠の17歳なのに、目の前にいる彼は見たところ25〜30歳くらいに見える。
わたしが何も言えないでいると、女の子が抱きついてきた。
「おかえりなさい、母上」
「!」
え?母上?わたしのこと?
「こっちです、今日のお昼ご飯は雑炊だって。父上が作ったんですよ。」
わたしは目を丸くすることしかできなかった。
わたしを母上と呼んだ目の前にいる女の子は
司によく似ている。というか、そっくりだ。
彼の美しさは疑いようがない。どんな人も敵わないと思っていた。だけど、この子は違う。司も敵わないほど、美しい。
そこで扉を叩く音がした。
「お客さんみたいだ」
「わたしが出るわ」
思い切って扉を開けると、目の前には知らない少女が立っていた。
「あの、何か御用でしょうか?」
少女は少し俯いて、意を決したように顔を上げた。
「単刀直入に言います。これは夢です。」
「……は?」
わたしは思わずぽかんとしてしまった。
「信じられないでしょうが、事実です。何者かが、あなたの夢に侵入して、精神を破壊しようとしています。」
思わず顔を顰める。
からかわれてるだけよね?ただの子どものいたずらよね?そう自分に言い聞かせるが、たくさんの違和感を感じていたのも事実だ。
太陽の光を浴びても何ともない司、歳を取る司…
そして何より、あの女の子…
あの子は見覚えがない。
太陽を浴びてもなんともない?歳を取る?そんなの普通のことじゃない。なんでそんなこと、疑問に思うの?
夢かもしれないと疑念をいだき始めたその時、わたしの世界はカタカタと音を立てて揺れ始めた。
クリストファー・ノーラン監督の傑作、インセプションの大ファンとして、夢の中の夢ってやってみかったんです。