「ギャアアアアア!」
「頸を斬られてのたうち回ってやがる!やべえぞ!」
伊之助の言う通りだけど、脱線する衝撃を和らげるにしても、わたしたちが今更技を出したところで焼け石に水だ。
「炭治郎、伊之助!乗客を守、っ…!」
「おい!お前腹大丈夫か?!」
「大、丈夫…!わたしより、乗客を…うわっ…!」
次の瞬間、横転した車両の衝撃で投げ出された。
近くに車掌さんの姿が見えた。
死ねない。
わたしが死んだら、あの人が人殺しになってしまう。
それに司と約束した、生きて帰るって。こんなところで死ぬわけには…!
まともに受け身を取ることもできず、わたしはもろに地面に打ち付けられた。
「澪!」
「大丈夫か子分!」
炭治郎と伊之助が駆け寄ってくる。
「鬼の肉でばいんばいんしてて助かったぜ、逆にな!」
「大丈夫?!傷口を見せて!」
「2人とも落ち着いて…それより、あの人は…車掌さんは無事…?」
それを聞いて、伊之助は一瞬固まる。
「あいつ死んでいいと思う!」
「よくないって…」
被り物をしているからどんな顔をしているのかはよくわからないけど、なんだか怒ってるみたい。
「お前の腹刺したやつだぞ、足が挟まって動けなくなってるぜ、足が潰れてもう歩けねえ、放っておけば死ぬ!」
え、うそ。
正直、刺されるより気の毒な目に遭っている気がする。
「だったら、十分すぎるくらい罰を受けてるわ…助けてあげて…」
また伊之助は少しの間固まるが、怒ったまま歩いて行く。
「ふん!行ってやるよ、親分だからな、子分の頼みだからな!助けた後、あいつの髪の毛全部むしっておいてやる!子分その1、子分その4頼むぞ!」
「伊之助ったら…そんなことしなくていいって…」
「まあ、後は伊之助に任せよう。」
ふと空を見上げると、うっすら夜が明け始めている。夜明けが近いんだ。
みんな無事かな…
禰 豆子ちゃん、善逸、煉獄さん…
大丈夫だろうか。ずっと先頭車両にいたから、様子が全然わからない。
きっと大丈夫だ、みんな強いもの。
ふと司の顔が頭に浮かび、声も聞こえた。
『どうか無事に帰ってきてくれよ。君は日常生活を送るだけでも危なっかしいんだからね。』
はあ、全く…その通りなんだから笑っちゃう。
帰ったらまたコッテリ絞られるんだろうな。彼にも、しのぶ様にも。アオイにも、なほ、すみ、きよにも…
生きて帰れたら、だけど…
「ぃ、澪?聞こえる?!」
「ねむぃ…」
「澪、澪!寝ちゃだめだ!呼吸を続けて、もう少しできっと助けが来るから、頑張れ!」
わたしの弱々しい口調に、炭治郎は声を張り上げる。
お願い、少しでいいから寝かせて…
そう思って瞼を閉じかけたその時だった。
「竈門少年!奏多少女!」
「!」
ものすごい声量で、一気に目が覚めた。
「煉獄さん!大変なんです、澪が重傷を負ってて…!応急手当てをしたいんですが、救急箱とかありませんか」
「落ち着け、竈門少年!救急箱など必要ない!呼吸で止血可能だ!」
え、そうなの?初耳だった。
「左側腹部から出血しているな。もっと集中して、呼吸の精度を上げるんだ。体の隅々まで神経を行き渡らせろ。敗れた血管があるはずだ、それを探し出すんだ。」
「…っ…」
「集中」
わたしは目を閉じた。思ったよりもかなりキツい。
歯を食いしばりながら、やっと探し当てた。
「そこだ、止血。出血を止めろ。」
「くっ…ぅぐっ…!かはっ……?」
あれ、呼吸が少し楽になった。
「うむ、止血できたな!よくやった!」
「すごい…」
炭治郎も呼吸で止血できるのを初めて知ったのか、驚いているようだ。
「呼吸を極めれば、さまざまなことができるようになる。なんでもできるわけではないが…昨日の自分より、確実に強い自分になれる。」
「は、はい…」
「皆無事だ!怪我人は大勢だが、命に別状はない!君はもう無理せずに…」
その直後、隕石でも落ちてきたのかと思うような、ものすごい音が響き渡った。
あたりに砂埃が舞い、少しずつ晴れていく。落ちてきたのは隕石なんかじゃなかった。
人間だ。いや、正確には人間の形をした何か。目に何か書いてある。
上弦…参…
わたしは目を見開いた。
上弦…!?
以前、しのぶ様から聞いたことがあった。
柱も葬るほどの力を持っていると。下弦はころころ入れ替わるが、上弦は別格で、ここ100年ほど顔ぶれは変わっていない。つまり柱をもってしても、討伐に成功していないということだ。
しかも、その上弦の中でも上位3体に入る鬼が、今目の前にいる。
全く…!この状況では、怪我人はただの足手纏いでしかない。
伊之助を庇ったことは全然後悔してないけど、よりによってこんな時に怪我するなんて…!
しかもなんだか、見られている気がする。気のせい…?
そんなことを思っていたら、目の前に鬼の拳があった。
瞬きよりも早い速度で移動してきていたんだ…!
止血をしたとはいえ、咄嗟に避ける体力はなかった。どうする…?!
炭治郎が刀に手をかけるが、それより速く動く影があった。煉獄さんだ。
『炎の呼吸 弍ノ型 昇り炎天』
鬼の拳がわたしに届く寸前で、煉獄さんの斬撃が鬼の腕を切り裂く。
鬼は一瞬驚いた表情をして、距離を取るために後ろに下がる。
わずか数秒の出来事だったけど、わたしは冷や汗をかいていた。
煉獄さんがいなければ、わたしは一瞬で頭を砕かれていただろうから。
「いい刀だ。」
15メートルは離れているというのに、こちらまで圧迫感と殺気がビリビリ伝わってくる。
「なぜ手負の者から狙うのか、理解できない。」
「話の邪魔になるかと思った、俺とお前の。」
「君と俺がなんの話をする?初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ。」
「そうか、俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫唾が走る。」
「俺と君とでは、物事の価値観が違うようだ。」
弱者。
言わずもがな、この場ではわたしのことだ。まともに立つことすら難しいのだから。
両者、ものすごく淡々と話をしている。
煉獄さんの口調は冷めたものだけど、鬼の方はなんだか楽しんでいるみたい。
「そうか。では素晴らしい提案をしよう。お前も鬼にならないか?」
「ならない。」
「見ればわかる、お前の強さ。柱だな?その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い。」
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ。」
「俺は猗窩座。杏寿郎、なぜお前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。人間だからだ。老いるからだ、死ぬからだ。」
老いる。死ぬ。
その言葉はわたしの心を深く抉った。司と一緒にいると、いやでも考えてしまうことだから。
司は鬼だ。老いることも、死ぬこともない。
一方わたしは人間で、年々老いるし、いつの日か死ぬ。それは避けられない。
「鬼になろう、杏寿郎。そうすれば100年でも200年でも、鍛錬し続けられる。強くなれる。」
ふと炭治郎を見ると、焦った顔をしている。
「炭治郎、大丈夫?」
「あの猗窩座って鬼、今まで会った鬼の中で、一番鬼舞辻の匂いが強いんだ…!」
「上弦だから、無理もないわね…」
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ。」
煉獄さんの言葉は、わたしの心に平手打ちをかましたような衝撃をもたらした。
そうだ…そうよね。
いつだったか、わたしは司に聞いた。
わたしが歳を取って、お母さんやおばあちゃんに間違えられたらどうするのって。そしたら彼は即答した。
『そんなこと、ぼくにはなんの意味もない。ぼくにとっては小さい問題なんだよ。』
正直あまり信じられなかったし、今もそうだ。
でも、今まで一度も「わたしも鬼だったら、永遠に歳を取らずに司と一緒にいられる」と考えなかったかと言われると…
考えなかったと言えば、それは嘘になる。考えた。2、3回くらいは。
我ながら、なんてバカなの!
「強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない。この子たちは弱くない、侮辱するな。」
わたしと炭治郎は目を見開く。
「何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺はいかなる理由があろうとも、鬼にならない。」
「…そうか。」
それを聞くと、猗窩座のまとう雰囲気が一瞬で変わった。
『術式展開 破壊殺・羅針』
「鬼にならないなら殺す」
「竈門少年!奏多少女を頼む!」
そう言うと、煉獄さんは猗窩座に突っ込んで行った。