鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

4 / 77
すれ違い

 

夢の中はとても暗かった。彼の顔は見えない。見えるのは、漆黒の闇の中にわたしを置き去りにして、遠ざかっていく背中だけ。どんなに速く走っても、追いつくことはできない。どんなに大声で呼びかけても、振り向いてくれない。

 

へとへとになって、真夜中に目が覚めた。再び眠りにつくまでにかなり長い時間がかかってしまった。

 

その後も彼は毎晩のように夢に出てきた。でもいつも、どこか片隅にいて、絶対に手は届かなかった。

 

 

 

それから1ヶ月、1回だけ蝶屋敷で居合わせたことがあった。向こうもピリピリしていて、決まりが悪かった。

 

でもどうしても話がしたくて、声をかけてみた。酔っ払いから助けてもらって話した時はほとんど喧嘩みたいになっていたし、彼がわたしに何か隠していることにムカついていたから。

 

でも彼がわたしを助けてくれたことは事実だし、時間が経つにつれて怒りの炎は恐怖の混ざった感謝に収まっていた。

 

「どうも、司さん」

 

ツンケンするつもりはないってところを見せようと、できるだけ明るく話しかけた。

 

しかし彼は視線を合わせずに、ほんの一瞬、こっちを向いたけど、それからそっぽを向いて去って行ってしまった。

 

彼と何か言葉らしきものを交わしたのは、それきりだ。

 

一体なんなの?彼は挨拶すらまともに返さないわけ?

せっかく感謝の気持ちで落ち着いていたのに、また怒りの感情が蘇ってくる。

 

初めて会った時はあからさまに嫌な顔をされ、かと思えば穏やかな口調で挨拶しに来て、酔っ払いからわたしを助けて(助けた理由は"わからない"らしい)、また無視?

 

意味がわからない。モヤモヤする。わたしは何もしていないと自分に言い聞かせるしかなかった。

 

 

 

あれから、がむしゃらに任務をこなす日々を送っていた。イライラしながらも、彼に会いたいと思う自分が嫌で仕方ない。鍛錬のノルマも倍にした。こうやって忙しくしていれば、気が紛れる。忘れられる。そう思っていたのに。

 

いつも通りに蝶屋敷で鍛錬をしていると、ものすごく聞き覚えのある声がした。

 

「澪」

 

どうしてこんなに懐かしい声に聞こえるんだろう。まるで生まれた時から知っていたみたい。抗えない。ゆっくりと振り向いた。

 

あの完璧すぎる顔を見たら感じてしまうとわかっている思いを、味わいたくなかった。わたしの表情は強張っている。彼の表情はわからない。おまけに何も言ってこない。

 

「何か御用ですか。またわたしと口をきくことにしたんですか?」

 

やっとのことで問いかけた。つい刺々しくなってしまう。

 

彼は口元を引き締めて、笑いを噛み殺した。

 

「いや、そう言うわけでもないんだ。この前のことを謝りに来た。すごく失礼な態度をとってしまったこと。でも、こうした方がいいんだ。本当に。」

「意味がわからないです。」

 

わたしは一蹴した。

 

「ぼくたちは親しくならない方がいい。ぼくを信じて。」

 

その言葉に、わたしは目を細めた。

 

「もっと早く気づかなくて、残念でしたね。後悔しなくて済まれたのに。」

「後悔だって?」

 

わたしの言葉と口調に、彼は不意を突かれているようだった。

 

「後悔って何を?」

「この前、酔っ払いからわたしを助けたことです。」

 

彼はびっくりして、信じられないって顔で見つめてきた。ようやく口を開いたときには、ほとんど怒っているような口調だった。

 

「酔っ払いから君を助けたことを、ぼくが後悔したと思ってるの?」

「そうです。」

 

ぴしゃりと言った。だってそうなんでしょ。少なくとも、わたしはそう思わされてる。

 

「まるでわかってないな。」

 

間違いなく怒っている口調だ。

 

「わかってなくて結構です。どうせわからないもの、あなたが意味わからないことばかり言うものですから。」

 

歯を食いしばって、ぐちゃぐちゃになった気持ちを抑え込んで、くるっとそっぽを向く。

 

走ってその場を後にしようとしているわたしの腕を、彼が掴んだ。まるで行くな、と言っているように。思わず振り返ってしまった。

 

彼の灰色の瞳と、わたしの茶色の瞳がぶつかり合う。

 

「聞いてくれ、真剣な話なんだ。ぼくは君を嫌っているわけじゃない。でも…君は本当に、ぼくに近づかない方がいいんだ。」

 

彼の瞳は真剣そのものだ。でもその瞳に微かな迷いがあることを、わたしは見逃さなかった。

 

「そうですか。嫌ってないのにそんなことおっしゃるなんて、いまいち信じられませんけど。」

 

そう言って彼の腕を振り切ると、今度こそわたしはその場を走り去った。

 

その場には顔を顰めた司と、会話を聞いていてオロオロしているなほ、すみ、きよが残された。

 

 

 

 

 

 

 

またいつもの日々を送る。彼の意味がわからない言動や行動を忘れられたら、もう少し楽に過ごせるのに。

 

気を紛らわせたくて、最近アオイのご飯の支度を手伝っている。料理はいい。献立を考えるのも、具材を切ったり、煮込んだりするのも、なんだか無心になれて、余計なことを考えなくて済んだ。一種のセラピーみたいな感じ。

 

ーーぼくたちは親しくならないほうがいい。

 

どう言う意味なんだろう。わざわざ口にする必要がある?

 

鬼と人間。親しくなるべきじゃないことくらい、お互いわかっているはずだ。

 

ふと、前にアオイに言われたことを思い出した。

 

『東城様は、誰のことも好いたり、嫌ったりしないのよ。鬼だから、人間と深く付き合ったらだめだと思っていらっしゃるのね。』

 

わたしとは関わりたくない、って言いたいのかも。友達にもなれない、最低限の付き合いもしたくないって。わたしに興味なんて、あるわけない。

 

腹を立てながらそう考えると、目がチクチクしてきた。時間差で玉ねぎにやられただけ。

 

わたしはつまらない子だもの。彼は違う。魅力的で、頭が切れて、謎めいていて、完璧で、美しくて…

 

諦めよう。いいかげん、わからなくちゃ。諦める。わたしなんかに想われても、迷惑に決まっている。

 

自分にそう言い聞かせて作業に没頭して気がついたら、山盛りの玉ねぎのみじん切りが出来上がっていて、アオイが唖然としていた。

 

そしてまたいつものように、わたしのいつものモヤモヤする日々が過ぎ去っていく。

 

 

これから激動の人生を歩むことになるとは、この時はまだ何もわかっていなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。