動きが止まった。土煙でよく見えない。どうなったの…?!
「ぁ…」
何が起きているかを頭が認識した瞬間、声にもならないうめき声が漏れた。
煉獄さんの鳩尾に、猗窩座の腕が貫通している。
だめだ、あれはどう見ても致命傷だ。このままでは、煉獄さんが死んでしまう…!
「死ぬ、死んでしまうぞ杏寿郎!鬼になれ、鬼になると言え!お前は、選ばれし強き者なのだ!」
それを聞いた煉獄さんは、目を見開いた。
固まった…?何かを思い出してる…?
10秒ほど、煉獄さんは動かなかったけど、すぐに我に返ったように、握った刀に力を込め、猗窩座の頸に振り下ろした。
半分ほど頸に刀が食い込んだところで、まさかこの状況でこんな体力が残っているとは思っておらず、焦った猗窩座が空いた腕で煉獄さんの頭を狙って拳を振るう。
でも、それをも煉獄さんは止めた。
今、この場で何が起こっているのか認識することしかできなかったけど、辺りが明るくなってきたことで、夜が明けかかっていることにやっと気がついた。
猗窩座もそれに気がつき、目を見開く。
鬼は太陽の光で消滅する。それを回避するには、この場から去るしかない。
しかし、自身の腕は煉獄さんの鳩尾に貫通している上、もう片方は煉獄さんに掴まれている。
今だ。頸を斬るチャンスは、今しかない!!
わたしは無我夢中で駆け出した。
神経が興奮状態で脳への信号が遮断されているのか、痛みを感じないのが唯一の救いだった。
しかし、猗窩座も必死だ。必死に拘束を抜け出そうとしている。
「おおおおおおあああああ!!!」
「!!」
地響きかと思えるほどの、凄まじい音が響き渡る。
声だ。猗窩座の声。鼓膜が破れたかと思った。
「退けえええええ!!!」
「ああああああ!!!」
走っているとはいえ、速度が出ない。しかし、わたしの横を駆けていく影が見えた。伊之助だ。
『獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き…』
伊之助の技が猗窩座に届く寸前、猗窩座は自分の両腕を切り離して飛び上がった。
「煉獄さん!!」
支えがなくなり、崩れ落ちる煉獄さんを、慌てて抱き止める。
猗窩座はそれに構うことなく、日陰になっている森の中へ消えていく。
だめだ、耐えられない。傷一つ負わせることもできないで逃げられるなんて…!!
でも正直、もう立ち上がれそうにない。
「炭治郎!」
わたしの声に、炭治郎が振り返る。
「あいつに…なんでもいい、わたしの分まで一撃食らわせて、お願い…!」
「任せろ!」
炭治郎は猗窩座が逃げて行った森の方へ走り、思いっきり刀を投げた。
「逃げるな卑怯者!逃げるなァ!!」
びっくりして、少し肩が跳ねた。
炭治郎は穏やかな性格だ。あんなに感情を、怒りを露わにするところは見たことがなかった。
「いつだって鬼殺隊は、お前らに有利な夜の闇中で戦っているんだ!生身の人間がだ!傷だって簡単には塞がらない、失った手足が元に戻ることもない!逃げるな馬鹿野郎!卑怯者!」
わたしも我を忘れて叫んだ。
「あんたなんか、煉獄さんの足元にも及ばない!!煉獄さんの方がずっと強いんだから!煉獄さんは負けてない!!誰も死なせなかった!戦い抜いて、守り抜いた!あんたの負けよ!!ぅぅっ…ぁぁっ…」
涙で視界が歪んでいて、よく見えない。今までの人生でこんなに叫んだことも、泣いたこともなかった。
両親が死んだ時も、司と別れた時も、こんなに泣かなかった。
煉獄さんは炭治郎とわたしの叫びに驚いて少し目を見開いて、微笑んだ。
「もうそんなに叫ぶんじゃない、奏多少女。竈門少年もだ。」
「煉獄さん…」
そこで初めて、自分が煉獄さんの羽織をシワが寄るくらいキツく握りしめていたことに気がついた。
「傷が開く。君も軽傷じゃないんだ。」
「わたしの傷なんて…こんなの」
「奏多少女が死んでしまったら、俺の負けになってしまうぞ?」
それは嫌だ。絶対に。
「竈門少年も、こっちにおいで。最後に少し話をしよう。」
煉獄さんの前にわたしと炭治郎が座り、伊之助もいたが、その場に立ち尽くしている。
「竈門少年。俺の生家、煉獄家に行ってみるといい。歴代の炎柱が残した手記があるはずだ。俺は読まなかったから、内容はわからないが…君が言っていたヒノカミ神楽について何か…記されているかも、しれない…」
日が上り、太陽の陽に焼かれて、煉獄さんの鳩尾に貫通していた猗窩座の腕が、ボロボロと落ちた。栓がなくなり、血が流れ出す。
「煉獄さん、もういいですから…呼吸で止血してください、傷を塞ぐ方法はないですか」
「ない。俺はもう、すぐに死ぬ。喋れるうちに喋ってしまうから、聞いてくれ。」
いや、いやだ…
そんなこと言わないで、まだ何か、何かあるはずだ。隠はまだ来ないの…?!救護班とか…!
「弟の千寿郎には、自分の心のまま、正しいと思う道を進むように伝えて欲しい。父には、体を大切にして欲しいと。」
家族がいると知って、罪悪感が増幅された。
「それから…竈門少年。俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。汽車の中で、血を流しながら乗客を守るのを見た。命をかけて鬼と戦い、人を守る者は、誰がなんと言おうと鬼殺隊の一員だ。もちろん東城家の者たちもだ、奏多少女。」
突然わたしに話を振られてびっくりしたけど、途端に元々流れていた涙がまた溢れた。
みんなのこと、認めてくれてたんだ…
東城家のみんなは表向きは鬼殺隊公認の鬼の一族だけど、人を喰わないとはいえ鬼だということには変わりない。そのため、影では認めていないという人もちらほらいた。
「胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け。君たちが足を止めて蹲っても、時間の流れは止まらない。俺がここで死ぬことは気にするな、柱ならば、後輩の盾になるのは当然だ。柱ならば、誰であっても同じことをする。竈門少年、奏多少女、猪頭少年、黄色い少年、もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが、鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は信じる。君たちを信じる。」
それから煉獄さんはふと前を見て目を見開くと、今までで一番の笑顔を浮かべて、静かに目を閉じた。
そこに禰 豆子ちゃんが入った箱を背負った善逸がやって来る。頭に傷を負っている。今まで気を失っていたんだろう。
「汽車が脱線する時、煉獄さんがいっぱい技を出しててさ…車両の被害を最小限にとどめてくれたんだよな…」
そうだ、そうよね。
全車両脱線して横転して、衝撃があれだけなのはおかしいと思った。煉獄さんがやってくれたに決まってる。
「死んじゃうなんて、そんな…本当に上弦が来たのか?」
「うん…」
「なんで来んだよ、上弦なんか…そんな強いの?そんな…」
「うん…」
炭治郎の返事、というより相槌は空虚なものだった。
「悔しいなぁ…何か一つできるようになっても、またすぐ目の前に、分厚い壁がある。凄い人はずっと先で戦ってるのに、俺はまだそこに行けない…こんなところで躓いてるような俺は…煉獄さんみたいに、なれるのかなぁ…」
炭治郎も善逸も、声を押し殺して泣いていた。するとそれまで黙りこくっていた伊之助が叫んだ。
「弱気なこと言ってんじゃねぇ!なれるかなれねぇかなんて、くだらねぇこと言うんじゃねぇよ!信じると言われたなら、それに応えること以外考えんじゃねぇ!死んだ生き物は土に還るだけだ、べそべそしたって、戻ってこねぇんだよ!悔しくても泣くんじゃねぇ!どんなに惨めでも恥ずかしくても、生きてかなきゃならねぇんだ!」
「お前も泣いてるじゃん…被り物から溢れるくらい涙出てるし」
「俺は泣いてねぇ!」
伊之助は善逸に頭突きをかまし、善逸はそのまま地面に倒れ込む。
そこに隠が到着した。
「ちょ、この子刺されてる!聞こえる?大丈夫か?!」
応える気力もなかった。頷く気力もない。
ひたすら涙を流すことしかできなかった。
「意識はあるから、多分大丈夫だ。急いで蝶屋敷に運ぼう!そこの男の子3人もだ!」
隠の人に背負われて運ばれている間に、わたしは意識を手放した。