無限列車での任務の後、わたしは鎹鴉を使って司に手紙を出した。しばらくは会えないって内容の。
嘘はついてない。あの後、怪我の治療に加えて、傷口から感染したらしく高熱を出して、1週間ずっと寝込んでいた。
ため息しか出ない。
帰ったら真っ先に司の元へ駆け寄って、ただいまって言って、彼が抱きしめてくれるのを楽しみにしていたはずなのに。
正確には会えないんじゃない、会いたくないのだ。
会ったら、わんわん泣いてしまいそうだったから。そうなれば、一生泣き止める気がしない。
朝起きるたびに、あれは夢だったと思い込もうとしたけど、非情にも現実だと毎朝突きつけられた。
泣くのは時間の無駄だ、歯を食いしばって前を向け。煉獄さんにそう言われた。その通りだと思う。
でも、わたしはすぐ気持ちが切り替えられるほど、強くない。自分のあまりの無力さに、完全に打ちのめされていた。
伊之助や善逸がいると賑やかな蝶屋敷も、今回ばかりは静まりかえっていた。
何もしていないと気が狂いそうだ。わたしは外出禁止どころか、庭へすら出してもらえない。怪我が治るまでは、部屋から出るのでさえ、しのぶ様とアオイの監視の目を掻い潜らなければならなかった。
面倒なので、みんなが寝静まってから庭で鍛錬をした。ひたすら素振りをするだけでも、何もしないよりはるかに気が楽になった。
それから、夜中の鍛錬はわたしの日課になった。
「澪、怪我の具合を診ますから、わたしの部屋まで来てください」
「はい…」
しのぶ様に言われてふと我に返る。
とりあえず空返事をした。
「熱は下がりましたね。気分はどうですか」
「大丈夫です。今夜から任務に行っていいですか」
しのぶ様はこいつ何言ってるんだって顔でわたしを見た。
「駄目に決まっています。熱は下がりましたけど、傷はまだ完全に塞がってません。あと1週間は安静にしてください。」
勘弁してよ…地獄の1週間になりそうだ。
わたしにとって、忙しくすることが気を紛らわせる最高の手段なのに。司と別れた時も、それでなんとか生きていられた。
「最近、傷の治りが遅い、というより悪化しています。わたしに隠れて何かやってますね?鍛錬とか」
「何もしてません」
「嘘ですね。」
そうだ。わたしは嘘が絶望的に苦手だ。見破られて当然だ。
「…ぃ、澪、わたしを見てください」
しのぶ様に言われて、ようやくちゃんと顔を上げた。
「大丈夫ですか」
「いいえ。」
「……」
「でも」
しのぶ様が何か言う前に遮った。なんとなく、何て言われるかわかったから。
「大丈夫ってことにしないとだめですから。前を向かなきゃいけないって、わかってます。泣いて蹲るのは時間の無駄ですよね。」
「澪」
しのぶ様はわたしの手を取った。
「確かに、どれだけ悲しくても、苦しくても、前を向いて生きていかなければなりません、いずれはね。でも…感情を押し込めすぎれば、逆効果になります。自分が思っていることを、抑圧しすぎないでください。それに知ってますか?泣くのは一番のストレス解消方法なんです。泣きたければ泣いていいんですよ、今は。」
その言葉が合図だったみたいに、涙が溢れてきた。
「わたし、今回のことで何が一番辛かったかって…何もできなかったことなんです。」
しのぶ様は黙って聞いている。
「全力を尽くしてだめだったなら、まだマシでした。でも…あんなに無力感を感じた事はありません。それに…」
思わず言葉に詰まった。
「……何を言っても責めませんよ。」
「いいえ、しのぶ様は優しいので、責めます。絶対に。」
「口を挟まずに聞くと約束しますから。」
しのぶ様はそう言ってくれたけど、そんなわけない。だって、わたしが思ってることは本当に最低のことだから。
「煉獄さん、最後の最後までわたしたちを励ましてくれたんです、ここで自分が死ぬのは気にするな、柱なら後輩の盾になるのは当然だって。それを聞いて、わたしなんて思ったと思います?そんなことして欲しくなかったって思ったんです。だって…どう考えても、わたしより煉獄さんの方が生き残るべき人でした。すごい実力があって、強くて、優しくて…鬼殺隊にとっても、必要な人でした。煉獄さんなら…いずれ無惨を倒せたかもしれない。しかも、煉獄さんには家族がいらっしゃるんです、お父様と、弟さんが。家族を失う悲しみは、痛いほど知っています。わたしにはもう家族はいません。わたしが死んだって、泣く人なんていない。あの場で犠牲になるべきだったのは、わたしです。煉獄さんじゃなかったのに…」
しのぶ様は口を挟みたい衝動に駆られてるみたいだったけど、わたしは止まらなかった。
「わかっています、わたしは煉獄さんに助けられて、今この場にいます。生きて、この場に座れているんです。ありがとうございますって、感謝するべきですよね。そう思わなきゃいけないってわかってるんです、頭では。煉獄さんは、わたしがこんな風に思うことを望んでないってこともわかっています。でも、無理なんです…」
「澪。」
しのぶ様は、わたしが言い終えるまで口を挟まないという約束を守ってくれた。しかも、責めなかった。
「口に出すのは勇気がいったでしょう。気持ちを切り替えるのは、並大抵のことではありません。今はそれでもいいんです。自分が思っていることはこれだと、認識するだけでも、認めてあげるだけでも少し楽になりますよ。でも、一つだけ言わせてください。あなたが死んだら、泣く人は、悲しむ人はいます。まずわたしがそうですし、この蝶屋敷にいる全員がそうです。あなたがいなくなったら、なほ、すみ、きよが泣き叫ばずにいられると思いますか?」
確かに、それはおそらく無理だろう。簡単に想像がつきすぎて、少し笑ってしまった。
「少しずつでいいんですよ。すぐに立ち直れない時もあります。でも」
そこまで言うと、しのぶ様はゾッとするような笑みを浮かべた。
「傷が塞がってないのに鍛錬するのは看過できませんし、許しません。夕食に睡眠薬を入れてでも、夜中起きられないようにしますから、そのつもりで。とにかく、鍛錬はやめるように。」
「は、はい…」
それからわたしは大人しくしのぶ様の言うことを聞くしかなくなり、大人しく治療に専念した。
じっとしていると色々思い出して辛かったけど、炭治郎や善逸、伊之助と悲しみを分かち合って、励まし合い、少しずつ元気になっていった。
1人じゃないというのは、すごく幸せなことだと改めて実感した。
でも、まだ何か欠けてる。
わたしはどこにいても、誰といても、彼がいないと…寂しい。
後日談を含め、これで無限列車編は終了です。
わたしは一番好きなキャラが煉獄さんなので、辛くてあまり気が進まなかったのですが、主人公が無効化できそうな血鬼術を使う鬼が魘夢くらいしかいなかったのでやりました。
恋愛ものとはいえ、一度くらい戦闘で活躍させたかったので。
さて、出会いと別れを経験した司と澪ですが、次はいよいよ…