鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

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間話② 百合の過去

 

百合は扉のところでためらい、息を呑むほど美しい顔に、迷いの色を浮かべている。

 

「も、もちろん。入って。」

 

なんとか声を絞り出したけど、驚きで声が一オクターブ跳ね上がってしまう。

 

緊張で胃がよじれる。

わたしのことが好きじゃない唯一の東城家のメンバーは音もなく近づいてきて、わたしが座っていたベッドの隣に腰を下ろした。

 

百合がわたしに会いにきた理由を探そうとしたけど、さっぱり心当たりはなかった。

 

「ちょっと話に付き合ってもらってもいいかしら。」

「え、ええ。もちろん」

 

口調に滲んだ警戒感はわたしと同じくらい、百合にはっきり聞こえてしまったんじゃないかって不安になった。

 

でも百合は軽く笑った。まるで響き合う鈴の音のように。

 

「この機会を最大限に活かさなきゃと思ったの。」

 

司の前では話せないことなんだと瞬時に察した。百合は何が言いたいんだろう…?

 

「ひどいお節介だなんて思わないでね。」

 

百合は優しく、懇願するように言った。

 

「わたし、これまでにあなたを無視したり、きつくあたったりして、もう十分傷つけてしまったでしょ。またそんなことはしたくないのよ。信じてもらえないかもしれないけど。」

「気にしないで。わたしの気持ちは…もうばっちりだから。それで、話って?」

 

百合はもう一度笑った。やけにばつが悪そうに。

 

「理由を話そうと思って。わたしがあなたを羨ましいと思う理由。」

「あ、そのこと…」

「なんで鬼になったか、司はあなたに話した?」

 

わたしはゆっくりうなづいた。途端に憂鬱になった。彼女にも、悲しい過去があるに違いないからだ。それをこれから聞くことになる。

 

「最初に言っておくと、わたしのはめでたしめでたしって話ではないわ。もしそうなら、わたしは今頃、墓石の中で眠っているはずだから。」

 

めでたしなら死んでいるとはどう言うことだろう。気になってしまい、わたしは続きを促すようにうなづいた。

 

「わたしはあなたとは違う世界に暮らしていたの。今から100年くらい前、当時わたしは18歳で、美しかった。まさに、完璧だった。」

 

百合は窓ごしに銀色の月を見つめながら言った。遥か遠くを思っているような顔つきで。

 

「わたしには弟が2人いた。普通は後継として男が望まれるものだけど、わたしは女でも両親の一番のお気に入りだった。女友達はわたしの顔を見て、髪に触れて、羨望の眼差しを向けたものよ。

 

自分が人生に何を望んでいるかわかっていたし、望み通りのものが手に入らないはずがないと思えた。わたしは愛され、憧れられる存在になりたかった。実際、そうだったわ。でも、わたしの望みはシンプルなものだった。

 

愛する人と結婚して、子供を育てて歳を取り、孫たちに囲まれながら幸せに暮らすこと。普通に暮らしていれば、なんなく叶えられる夢よ。でも、それは叶わなかった。

 

わたしには婚約者がいた。地元にある大地主の息子が、わたしを見そめてね。知り合って2ヶ月で婚約した。恋は盲目とはよく言ったものね。わたしは若くて、恋に恋をしていたの。」

 

百合は言葉を切り、ぐっと歯を食いしばった。そこでわたしは百合の物語から抜け出して、気がついた。恐ろしい場面は、すぐそこまで迫っている。百合が予告したように、この話はめでたしめでたしではないのだから。

 

百合が苦々しい思いを抱えているのは、そのせいなのかな…望んでいた全てが手に入るという時に、人間としての命を断ち切られてしまったから…

 

「人間として最後の夜、わたしは家路を急いでいた。あの晩のことは隅々まで覚えてる。忘れまいと必死だったから…それ以外のことは考えられなかった。だから覚えてるの。たくさんの楽しい思い出は、すっかり消え失せてしまったのに…」

 

百合はため息をついて、また囁くように続きを話した。

 

「家まであと少しというところで、ざわめきが聞こえた。男たちが集団で集まっていて、騒々しく笑ってた、酔っ払って。馬鹿馬鹿しいと思ったわ。でもその時、彼が…婚約者がわたしを呼んだの。呼んだっていうのはやわいわね。怒鳴ったの。他の連中は馬鹿みたいに笑ってた。面白がってた。

 

『俺の百合が来たぜ!なあ、言った通り美人だろう?』

 

彼はわたしを自慢してた。自分の言葉に嘘はないだろうって。でもある男がこう言ったの。

 

『なんとも言えないな、こうすっぽりおおわれてたんじゃ』

 

って。男たちはいやらしそうに笑った。彼も一緒になって。すると突然、彼がわたしの着物を肩から剥ぎ取った。わたしは痛くて悲鳴を上げた。男どもは喜んでた。わたしの悲鳴を嬉々として聞いてたの。

 

その後のことは…言わないでおくわね。

 

あいつらはわたしをその場に置き去りにした。わたしが死んだと思ったのね。こうなったら新しい婚約者を見つけなきゃなってからかわれ、彼が笑って応えるのが聞こえた。早く死にたかった。

 

そこで武流さんがわたしを見つけたの。血の匂いがしたから、探りにきたのね。なんとなくイラッとしたのを覚えてる。死にたかったのに、武流さんがわたしを救おうと、生かそうとしてるのがわかったから。気がつくと、明るい部屋にいた。でも突然、何か鋭いものがわたしに突き刺さった。ショックに悲鳴をあげて、武流さんはわたしをもっと痛めつけるためにここにつれてきたんだと思った。

 

そこで炎が身体中を駆け巡り始めて、他のことが考えれらなくなった。あの男どもへの憎悪を忘れたのはこの時だけね。それくらいの激痛だった。殺してくれって何度も頼んだわ。武流さんはずっとそばにいてくれた。手を握って、本当にすまないと言って、痛みはおさまると約束した。そして全てを話してくれた。

 

司は不満そうだったわ。耳を澄ますと、わたしの話をしているのが聞こえた。

 

『武流さん、どういうつもりなんだ。なんで彼女なんか』

 

司はそう言った。癪に触ったわ。わたしに何か問題があるとでも言わんばかりだったから。

 

『見殺しにはできなかった。』

『わかってる。』

 

司の口調が蔑んだように聞こえて、わたしは怒りに駆られた。

 

痛みはついに消えた。そこでもう一度、わたしが何者になったのかについて聞かされたの。信じたわ。飢えを覚えて、自分の硬い肌にふれ、鮮やかな赤い瞳を見たら…疑う余地はなかったから。

 

さすがに浅はかと言うのかしら、鏡に映った姿を初めて見た時には気をよくしたわ。赤く染まった瞳は別として、自分でもわたしほど美しいものは見たことがなかったから。美貌を呪うようになったのは、しばらくしてからね。そのせいであんな目に遭ったんだもの。普通だったらよかったのにと思うようになった。もしそうなら、わたし自身を愛してくれる人と結婚して、子供を産んで育てることもできた。でもそれはもう、永遠に叶うことはないの。」

 

百合はふと考え込んだ。わたしの存在を忘れているかのようだった。でも彼女はわたしに微笑んだ。

 

「知ってる?わたしの経歴は、武流さんに負けないくらい、ほとんど傷がないの。人間は1人も食ったことがない。」

 

ほとんど、というのはどういうことだろう。わたしの困惑した表情に百合は気がついた。

 

「5人の人間を殺したことがあるから。」

 

わたしは思わず身震いした。

5人…百合を襲った男たちだろう。

 

「まあ、彼らを人間と呼べるならね。でも血が流れないように細心の注意を払ったのよ。まだ鬼になったばかりだったから、血の誘惑に自分が抗えないのはわかっていたし、連中の一部だってこの身体に入れたくなかったから。婚約者は最後にとっておいた。仲間の死を知って、しっかり理解するように。自分が待ち受ける運命を思い知るようにね。その恐怖によって、死が一層恐ろしいものになればいいと思ってた。実際、その通りになったわ。わたしが居場所を突き止めた時、彼は窓のない部屋に隠れて、怯えてた。わたしもちょっと子供じみてたわね。結婚するときに着る予定だった上等な白無垢を着て始末したの。彼はわたしを見て悲鳴を上げてた。」

 

百合は話をやめて、わたしの方を見た。

 

「怖がらせてしまったかしら?」

「いいえ、大丈夫。」

 

嘘だけど…きっと今わたしの顔はこわばっているだろうから、説得力はないけど。百合の復讐したいという気持ちは理解できる。

 

「でも司が話してなかったなんて意外だったわ。」

「彼、他の人の話をするのが好きじゃないの。信頼を裏切ってるような気がするんじゃないかな。彼は相手が聞かせようと思っていることより、はるかにたくさんのことが読めてしまうから。」

「もっとあの子を認めてあげるべきなのかもね。あなたにも、ずっとひどい態度をとってきてしまったわ。司は理由を話した?」

「えっと、わたしが人間だからだって言ってた。」

 

百合の歌うような笑い声がわたしの話を遮った。あんなふうに笑うことあるんだ…

 

「こうなると、本当に気が咎めてくるわ。あの子、わたしに対しても寛大だったのね。もったいないくらい。」

 

その笑みを見て、わたしの前では絶対に外すことのなかったガードを少し緩めてくれた感じがした。

 

「全く、あの子はなんて嘘つきなのかしら。」

「嘘だったの?」

 

突然不安になって聞いてみた。

 

「嘘っていうのはちょっと言い過ぎかもしれないけど。全部は話さなかっただけね。あなたに教えたのは真実よ。当時は…言い訳にしかならないけど、ほとんど嫉妬だったの。あの子があなたを選んだから。わたしじゃなくてね。」

 

百合の言葉を聞いて、戦慄が全身を駆け抜けた。隣に座っている百合は想像を絶するほど美しい。わたしなんかとは比べ物にならない。

 

「でも、百合は徹を愛してるでしょ?」

「そういう意味で司が欲しいわけじゃないのよ。未だかつて一度だってね。兄弟として、大切に思ってる。でも司の第一声を聞いた瞬間から、癪に触っていたものだから。わたしは…求められることに慣れっこになってた。なのに司はわたしに見向きもしなかった。イライラしたし、最初は傷ついたわ。でも司は誰も求めなかった。だから気にならなくなった。そしてあなたに出会った。」

 

百合は戸惑い気味の目でわたしを見ている。

 

「なにもわたしよりあなたの方が美人じゃないとは言ってないのよ。」

 

わたしの表情を誤解したらしく、百合が続けて言う。

 

「でも、わたしよりあなたの方が魅力的だったということね。そこが引っかかるくらい、わたしは自惚れ屋なの。」

「でもそれは最初のことでしょ。今はもう気に障らないのよね、だって…百合が地球上で一番の美人だって、お互いわかってるわけだし。」

 

わざわざ口に出さなきゃいけないなんて、と思ったら思わず笑ってしまった。言うまでもないことだ。わたしが美貌で百合に敵うわけがない。

 

「ありがとう澪。もうそれほど気にならないわ。司は昔からちょっと変わってたし。」

「でも、わたしのことはやっぱり好きじゃないのよね。」

「……ごめんなさいね。」

 

百合の顔から笑顔が消えていった。先は続けたくないみたいだった。

 

「でも百合もめでたしめでたしってなったんじゃない?徹と出会ったわけだし…」

「そうね。それで半分は取り返した感じかしら。わたしが熊に襲われていた徹を助けて武流さんの元へ連れて行ったのは知ってる?死なないで欲しいと強く思ったの。彼の存在に救われた。立ち直ることができた。でも…わたしたちは永遠に2人なの。白髪混じりの徹に寄り添って、大勢の孫に囲まれることは決してない。」

 

そこで百合は話を区切ると、微笑んで立ち上がった。

 

「これからはもっと行儀良くするから。おやすみなさい。明日、楽しみにしてるわね。」

「おやすみなさい、百合…」

 

わたしたちはまだ友達とは言えない。でも、かなり確信はある。この先は四六時中、ものすごい敵意を向けられることはないだろうということが。

 





百合の美人度は、堕姫より上です。
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