いつまで経っても慣れるようなことではない。
死と再び対峙することはそれでも、不思議と避けられないらしい。
まるで本当に、不吉な星のもとに生まれついたよう。
何度逃れようと、死はまた襲ってくる。
だけど、今度は次元が違う。
相手を恐れているなら逃げられるし、憎んでいるなら戦いを挑める。こうした殺人者を相手にする準備ならできてる。
自分の命を奪おうとする者を愛している時、そこに選択肢はない。どうして逃げられる?戦える?
そうすることで、愛する者が傷ついてしまうのに。
差し出せるものが自分の命しかないなら、どうして与えずにいられるだろう。
その人を心から愛しているのなら。
「澪」
声がする方へ、わたしは導かれていく。真っ直ぐ歩いていく。
ああ、彼だ。美しい。彼が伸ばす手を、わたしは掴み取る。これはおそらく、式のフィナーレだ。これでやっと、私たちは…
しかしふと下を見ると、見知った人の亡骸があった。
お館様、お内儀のあまね様とその御子息、蝶屋敷のみんな、柱のみなさん、炭治郎、善逸、伊之助…
わたしはその人たちの血濡れた亡骸の上に立っている。わたしの白無垢も真っ赤に染まっている。わたしの手も血まみれ。誰の血かもわからない。
わたしはパッと目を開けて飛び起きた。生暖かい布団の中で、しばらく震えて大きく深呼吸をしながら、夢を断ち切ろうとする。
無限列車の任務で、血鬼術で夢を見せられてから、今まで以上に夢と現実の境界線が曖昧に感じることが多くなった。
夢は、見ている時は現実だと思っている。目が覚めて初めて何か変だと感じ、それまで現実だと思っていたものが夢だったことに気がつくのだ。
今見たのは、間違いなく夢だ。夢だ、夢だ…
ひたすら自分に言い聞かせる。
ようやく司と結婚することが夢じゃないと確信できるようになったのに、今度はさっきのは夢だと言い聞かせなきゃいけないなんて…
そんなわたしとは裏腹に、窓の向こうで空が白々と明け、鼓動が落ち着くのを待つ間に、綺麗なピンク色に染まっていっていた。
お館様のお屋敷に着き、わたしを見た杏は目を丸くしていた。
「ちょっと澪、なんなのその目のクマは。寝なさいってあれだけ言ったでしょう!」
「ごめんって。悪い夢を見たの。きっと緊張のせいね。」
「澪を目の眩むような美女にする時間は限られてるのよ。‘’素材‘’は大事に扱ってもらわなきゃ困る。」
「誰もわたしが美女になるなんて期待してないって…」
それもそのはず、わたしは美女などとは程遠い、凡人中の凡人なんだから。
「まあ、クマを隠すのは化粧でなんとかなりそう。それに寝る時間は式が終わったらたっぷりあるわよ。移動時間が長いからね。」
そうだ。わたしは10日お休みをもらったので、式が終わったら、わたしと司は新婚旅行に行く。行き先は教えてもらっていない。司が一つもヒントをくれなかった。わからなくても不安はないけど、今日の晩、どこで眠るのか知らないというのは不思議な気分だった。
「あ、もう荷造りは済んでるからね。」
「ちょっと杏、荷造りくらい自分でやらせてったら!」
「それだと色々バレちゃうじゃない」
「そんなこと言って、杏が買い物する機会がなくなるからでしょ。」
「あと数時間でわたしと姉妹になるのよ。そろそろ服装もお洒落になってもらわなきゃ困る。」
思わずため息をついた。
すると杏は顔を顰めてわたしの肩を掴んだ。
「こら、澪。ため息をつくと幸せが逃げちゃうわよ。今日は人生最高の日になるんだから。」
「そう、よね。」
「心配しないの。全部計画通りだから。伝統にのっとってやるのよ。始まるまで、司はあなたには会えない。」
「でもどうせもう‘’覗き見‘’してるんでしょ」
意外なことに、杏は首を横に振った。
「ううん。覗いてない。そんなことしたら殺すって、司に言ってあるから。あなたの白無垢姿は、今のところわたししか見てないわ。司がそばにいるときは、衣装のことは考えないようにすごく気をつけてたし。ああ、これを見て息をのむ司を早く見たいわ!」
杏の化粧の腕は一流で、鏡に写った自分は「誰?」って言うくらい別人になっていた。凡人が凡人の上に昇格したって感じ。でも…
「あのさ杏、司が隣にいたら、わたしなんてただの添え物よ。」
「わたしの手にかかれば、誰にも添え物だなんて言わせません。」
少しすると、百合が部屋に入ってきた。わたしは思わず息を呑んだ。あまりに綺麗で、泣きたくなった。
百合がそばにいるのに、わたしが着飾る意味なんてある?
「みんな準備できたわよ。」
「司だけはここに入れないでよ!」
杏がヒステリックに叫ぶ。
「司だって、今日はあなたに逆らったりしないわよ」、と百合は杏を安心させる。
「あなたに逆らったら殺されそうなくらいの気合の入り用だものね。こっちの手は足りてる?澪の髪のセットならわたしやろうか。」
それを聞いて、わたしは思わず口をぽかんと開けてしまった。
昨日、初めて百合の過去を聞いた。それで少しは今までのギクシャクした感じは無くなったのかな?
でも、百合はありえないほどの美貌、愛する家族、そして徹というパートナーを得ても、人間に戻れるなら、きっとその全てを差し出すだろう。だから人間であるわたしを嫌っていたんだし。
「じゃ、よろしく。」
杏はあっさりと百合に任せた。
「こんな感じで編み込みにしてまとめてね。」
杏はまた化粧係に戻って、最後の仕上げをしていく。
「澪、深呼吸してね。あと、あんまりドキドキしないで。お化粧が汗で落ちちゃうから。」
「あ、うん…」
それは無理だ。結婚式開始直前で緊張するな?無理に決まってる。
結婚式じゃなくたって、普通に話す時だって未だに緊張するというのに、無理難題だ。
そこに、コンコン、とノックする音が聞こえた。やけに大勢の気配がする。これは…
「わあ…!!」
「澪さん…!」
「綺麗…!!」
やっぱり。なほ、すみ、きよだ。それにしのぶ様とアオイ、カナヲ。
「とっても綺麗ですよ、澪。」
「ありがとうございます、しのぶ様。みんなはなんでここに?」
正直、来るとは思っていなかったので驚いた。
「恵美さんが、みんなに席に着くようにおっしゃっているので、始まる前にどうしてもこれを渡しておきたくて!」
そう言ってみんなを代表してなほが渡してきたのは、蝶の髪飾りだった。
「これ…」
「蝶屋敷のみんなでつけてるものです!澪さん、最初に屋敷に来たとき、自分は家族じゃないからって、受け取らなかったですよね。でもこうして家族同然の存在として式に招待してくださったんですから、つけてください!」
しのぶ様をはじめ、みんなわたしを見て微笑んでいる。
わたしは驚きと感動で泣きそうになった。でも化粧が崩れたら杏に殺されそうだから、なんとか堪える。
「ありがとう。本当に、嬉しい…杏、髪飾りを最後までつけなかったのは、これがあるからだったのね。」
「まあね〜」
杏はあっけらかんと笑う。
「これでも大変だったんですよ」、としのぶ様が切り出した。
「何か提案しようとする度、杏さんが喉をかき切らんばかりの勢いだったもので。でも、これは二つ返事で許可してくれました。」
「じゃあ、これを髪につけて仕上げね。」
これで全て準備は整った。あとは扉の外に行くだけだ。
覚悟はできてる。この扉の向こうに彼がいると確信しているから。
たとえどれだけ怖くても、彼の隣が、わたしのいるべき場所なのだから。